常春頭の忍者道 作:さとる
分身同士の騙し合いが始まる前に一度、分身の再不斬がタズナを強襲した。すぐカカシにより退けられたが、七班の面々はそれにより鬼人と自分たちの間にある実力差をはっきり自覚した。途中で襲ってきた忍などとは格が違う。
その後の瞬く間の攻防にて、カカシを水の牢獄に閉じ込めて第一ラウンドを制したのは桃地再不斬。それを前にしてナルトは背中をつうっと冷たい汗が伝っていくのを自覚した。
自分は目の前の敵に、恐怖している。
その隙に再不斬に蹴り飛ばされて、大事な額当てまで踏まれる有様だ。その情けなさに悔しくてたまらないのに、今自分の中で多くを占める感情は恐れなのだ。
殺される。
その生々しい事実を、はっきりと突きつけられているのだ。今。
「フン、ただのガキだな。偉そうに額当てまでした忍者気取りの……な。クク、いくつもの死線を越えてオレ様の手配書に載る程度になって、初めて忍者と呼べる。……お前らみたいなのは、忍者とは呼ばねェ……」
再不斬の侮辱にも返す言葉が出てこない。
(くそぉ! 動け動け、動けってばよぉ! オレェ!!)
心の中で叱咤し鼓舞するも思うように体は動かない。そんなナルト達に水牢に閉じ込められているカカシが、大きく声をかける。
「お前らァ!! タズナさんを連れて早く逃げるんだ!! コイツとやっても勝ち目はない!! オレをこの水牢に閉じ込めてる限りこいつはここから動けない! 水分身も本体からある程度離れれば使えないハズだ! とにかく今は逃げろ!」
そんなカカシの必死な声に応えたのは、場違いなほどに穏やかな声。
「逃げるにしても、足止めくらいはいるんじゃありません? あ、そうだ! これ一度言ってみたかったんですよね~。えー……ごほん。ここは俺に任せて先に行け!! ……なぁんちゃって。う~ん、満足!」
「! な、春樹!?」
担当上忍が閉じ込められ、対峙するのは水分身とはいえ……恐るべき強さが脳に刻みつけられた男。
その状況の中、春樹はいつもと変わらない笑顔で一歩前へ出た。
「背を向けたらザックリで終わり! なんて、いかにもありそうですしね。あっけなくて。……ふふ、そういうわけですから桃地さん……でしたっけ? 皆さんが逃げ切るまで、わたしのお相手をしてくださいますか」
「そんな! 春樹くん何言ってるのよ!」
まさか春樹が足止めを申し出るとは思わなかったサクラが、なにを馬鹿なと焦ったように声をあげる。一人でなど無謀だ。
「クク……。殺気にビビらない分、他のガキよりはマシか? 自己犠牲精神とは立派なものだ。……と、言いたいが。くだらんな」
「……その昔、血霧の里と呼ばれた霧隠れの里のお前にしたらそうかもな」
カカシは牢獄から外を見るだけしかできない自分を歯がゆく思い、ギリッと唇を噛みしめる。
たしかに依頼人を逃がすためには、全員でかたまって逃げるより一人が少しでも足止めしたほうが生存率は上がる。まさか春樹が進んでその役を申し出るとは思わなかったが……。
しかしこの実力差。足止めし者の生存率は恐ろしく低い。
完全に使いこなせていないとはいえ、写輪眼を使う自分と同等に張り合ったのだ。再不斬の力を今この場で一番理解しているのはカカシ。この分析は正確なものだろう。
せめて少しでもこちらに気をむけようと皮肉まじりに放ったカカシの言葉に、再不斬は感心したように水牢に視線を送る。
「……。あの卒業試験まで知ってるのか……」
「鬼人再不斬といえば、その話がまず有名だからな……」
「そ、卒業試験……?」
再不斬は子供たちが怯える様子を愉しむように目を細め笑うと、一言、
「生徒同士の”殺し合い”だ」
共に学び、生活し、競った仲間との殺し合い。どちらかが力尽きるまで。卒業試験が分身だった木の葉とはわけが違う凶行だ。
が、現在その試験は廃止された。……変革せざるを得なかったのだ。原因を作ったのはこの男、桃地再不斬である。
「なんの躊躇もためらいもなく……まだ忍者の資格を得ていない幼い少年が、百人を超えるその年の受験者を喰らいつくしたんだ……」
錯覚なのか、殺気が空気を歪ませているような気さえする。
その殺気は次の瞬間、まるで突風のようにナルト達に襲いかかった。
「楽しかったなぁ……アレは……」
ねっとりと嗤うその様は、まさに悪鬼。
「おっとっと」
言い終えるなりノータイムで襲いかかってきた再不斬を、春樹が「お茶をこぼしそうになった湯呑をキャッチしました」くらいの声で受け止める。再不斬が目を見開いた。
「おや、もう長話はおしまいですか? ふふふっ」
「ッ! 春樹、お前ってば、本当に……!」
「! 受け止めるか……。吹っ飛ばすつもりだったんだがな」
「びっくりしてくれたのなら嬉しいですねぇ!」
再不斬を受け流し、同時に後ろに飛び退く春樹。そして未だにその場に留まっているタズナ、サスケ、サクラを振り返り、最後にナルトを見る。
「どうしましたか? お気を遣わず、逃げるなり、何かするなり、お好きなように~」
「……! お、オレは……」
「ああ、そうそう。一応これだけ言っておきましょうか」
ほんのり笑んだ春樹の表情は、少しいたずらっぽくナルトの手の甲を指さした。
「誓いを無駄にするのは、もったいなくありません?」
サクラの制止の声を背に受けながら、春樹は再不斬に接近。身を低く沈め、足払いをかけた。だがすぐに上にかわされ、逆に顎へと手痛い蹴りをもらってしまった。
しかしいざ戦いを始めて攻撃を受けても、春樹は笑顔のままだ。それも心の底から楽しいというような無邪気なそれに再不斬は「不気味なガキだ」と嫌そうに顔をゆがめた。
今のところまったく脅威は感じない。だが忍びの世界にはたまにいるのだ……化け物のような、年齢不相応の強さをもつガキが。かつては自分もそう思われていた。
この子供がそうだとはまだ思えないが、この場に来ても笑顔を継続させている様子は異様。実力を隠し持っているか、頭のねじがすっとんでイカれてるかのどちらかだ。
(さて、お前はどちらだ)
そんな再不斬の値踏みするような視線を受けた春樹だったが……内心は表面の笑顔と全く変わらない。
つまり、高揚し浮かれていた。
(ああ、もう~! すごいもの見せられちゃったから、私もちょっと交ざりたくなっちゃったじゃないですかぁ~! 忍術合戦すごかった! はたけ上忍を初めて尊敬してもいいかなって思えました。楽しかったー!)
るんるんである。
どうも先ほどの再不斬とカカシの戦いに影響されて、サボる気満々でいたくせに戦いたくなったらしい。班員にはいろいろそれっぽいことを言ったが、完全に自分本位の趣味の領域である。
しかし勝算があるからウキウキしているわけではない。単純に高揚感に酔っているだけで、あまり後先考えていないのだ。おそらく頭の中には蝶々が飛んでいる。
まあ死んだらその時はその時で! と、いっそ清々しいほどに自分の命に対して執着も無い。それより優先されるのは、一瞬一瞬の中でどうすれば一番楽しくなれるかだ。
ふと、そういえば前世もこんなノリで死んだのだったと思い出す。
(彼、格好は妙な方向にセンス突き抜けてましたけど、強かったんですよね~。わたしとの戦いは気に入ってもらえなかったですけど、わたしはすっごく楽しかった! うふふふふ。今回はもし死ぬんだとしたらロケーションがいまいちですけど、まあそれ相応に楽しめればよし! ですね。さてさてどう動きましょうか)
今はただ、殺気にけぶる霧の中で享楽に酔いたいのだ。
……それにしても彼らはいつ逃げるのだろう。春樹は完全に集中しきってしまう前に、チラと班員たちを見る。
別に任務はそんなに重要視していないし、タズナに情が移っているわけでもない。だからもし殺されても春樹にとっては問題ない。
しかし班員たちには、積極的に死んでほしいとは思わない程度の愛着はある。逃げるのならさっさと逃げてほしいなぁ……と思いつつ。
ただ、心のどこかで。
ナルトがこのまま折れているとも、サスケがみじめに退くとも、サクラが自分だけ逃げるとも思っていなかった。
ナルトはいつも奇想天外だ。そして時々驚くような根性と気概を見せる。
サスケは強い。かなわないからといって逃げる? プライドが許さないだろう。
サクラはずっと同じクラスで見てきた。面倒見の良い優しい彼女は、仲間を見捨てて逃げることはしないだろう。
(ん? おや、どうやら思っていたより彼らに愛着がわいていたようですね。逃げないのは当たり前だったか)
逃げないと確信を抱く程度には、自分は彼らを見て、興味を持っていたらしい。しかし逃げないならそれはそれで何か動けばいいのになぁとも思うわけで。
まあ自分は自分で好きにやらせてもらうだけである。
春樹は目前に迫った包丁をのけぞって避けると、バク転してから体勢を整えた。そして首をコキっとならすと再不斬に視線を向ける。その再不斬はと言えば、再度襲い掛からず怪訝そうな顔をしていた。
戦っていたのはせいぜい三十秒。一分にも満たなかったが、彼はその間に"違和感"に気づいたのだろう。
「ふ~む。さてさて?」
顎に手をあて思案する春樹だったが、その顎には何故か先ほど受けた攻撃の痕はない。……むしろ今までの攻撃でダメージを受けていたのは、春樹でなく再不斬である。
彼は今春樹を蹴った足の先に痺れを覚えているだろう。まるで何か堅いものを蹴った時のように。
未だ生前の自分に追いつけないでいる春樹だが、念は習得している。
オーラに似ているチャクラを練られてしまえば、オーラを送っただけでは殺せない。が、自分の体に対して使う分にはほぼ自由自在だ。
オーラの総量こそ少ないが、攻防のため体の各部位へオーラを移動させる速度はすでに生前のそれに近い。……つまり春樹が目視できるスピードを超えない限り、彼女の”堅”又は”硬”によって物理的なダメージは防がれてしまうのだ。
身体的な能力では再不斬のスピードに追い付けていない春樹だが、目で追う事は可能。体を動かすのは遅くても、体の部位にオーラを集める速度は流れるようにスムーズだ。
攻撃して当たっているのに、ダメージを受けているのは自分。再不斬としては気味が悪いだろう。
しかし、それでは決定打を与えられないことを春樹は分かっていた。未だ発展途上のオーラでは、防御のためにオーラを集めてしまえば攻撃に回せる分は微量。
それに加え彼女は常時発動している能力にはらうコストと制約による制限がある。表に出して使えるオーラ……顕現オーラの数値は、潜在オーラの約十分の一。勝とうと思うには少し……いや、だいぶ厳しい。
ここで彼女はしばしの思案の後、すぐに行動に移した。
「! 春樹!!」
「春樹くん!」
「!」
「やめろ! 死ぬぞッ」
正面から地面を強く蹴り再不斬に向かう春樹。その無謀ともいえる特攻にそれぞれの方向から声がかかるが、春樹はにべもなく無視をして静かに目標物に視線を定めていた。
神経は怜悧に研ぎ澄まされて、筋肉の動きを五感のすべてでひたと追う。
再不斬は馬鹿正直につっこんでくる下忍を見て「過大評価しすぎたか。こいつは頭のねじすっ飛んでるだけの馬鹿みたいだな」と思うも……体の奥底がざわりとうずいた。
それは今までの経験で培ってきた忍びとしての勘。けして見過ごしてはならないものだ。
思えば今の短い攻防でも、何かがおかしかった。ダメージを与えているはずの相手はこたえた様子もなく無傷、しかし攻撃したこちらの手足は、わずかにしびれている。
(…………この餓鬼は早々につぶしておくべきだな)
多少の違和感、得体の知れなさ。それは再不斬に警戒心を抱かせた。
おそらく餓鬼の中で一番弱いであろう目の前の相手に、である。
小骨がのどに引っ掛かったような気持ち悪さ。そんなものを抱かせた相手に苛立ちが募った。こめかみにわずかに青筋を浮かべた再不斬は、違和感ごと叩き切ってねじ伏せてしまえば良いと、狂気あふれる大包丁を背中のホルダーから引き抜く。
何か姑息な作戦を携えて突っ込んできていようが、それごと真っ二つに切り裂いて蹴散らして終わりだ。……そう、己の膂力をもって豪速の勢いで振り下ろした大包丁だったが……。
春樹の白い
普段は黒い袖に隠されている春樹の白い腕が顔の前に差し出され、そこに大包丁の刃が食い込んだ。誰もがその腕が小枝のように跳ね跳び、その先にある春樹までもが二つに切り裂かれると予想したが……刃が肉を切り裂き、骨に到達した時点で大包丁の動きは止まる。
春樹が止めたのではない。再不斬が止めたのだ。
再不斬は全力で振り下ろした巨大な武器を、再び全力で止めるという不可解な行動をとったのち己の武器と腕に隠れて迫っていた黒い影を蹴りあげようとした。
しかし彼は包丁を止めた後、武器を手放し避けるべきだった。
蹴りで跳ねあげられるはずだった黒い影……春樹の手は、わずかに軌道をそらされただけ。それどころか逆に再不斬の脚を跳ねのけて、彼の肩の肉を抉った。
「ぐッ!?」
「……何だと?」
分身のうめき声と、水牢を維持する本体の驚愕の声。それに対して腕を半分まで切り裂かれた春樹は声もあげずに目を細めると、食い込んだままの包丁を蹴り飛ばして後方に跳んだ。
春樹と再不斬。二人分の鮮血が混じり合い、ぱたたっと地面に赤いシミを作る。
「う~ん、惜しい」
片腕をだらんと下げたまま春樹は笑顔で言うと、もう片方の手でつかんでいたモノを地面に捨てる。それ……僅かな肉片は再不斬の肩のものだろう。分身の物だからか、肉片は捨てた瞬間血痕だけを残して白い煙となって消えてしまった。
春樹は使い物にならなくなった腕を見て、高揚していた気分が少し落ち着くのを感じる。今の攻撃で心臓を抉りとれたとしても、所詮は分身のものだった。攻撃の際、分散させたオーラは包丁を受け止めた腕に三十%、攻撃を仕掛けたもう片腕に五十%、踏ん張るための脚に二十%。あとの場所は0%。
再不斬が止めなくてもオーラで骨を覆っていたので切り飛ばされるまではいかなかっただろうが……片腕一本使うにしては、もったいないことをした。
珍しくしょぼくれた顔で肩を落とした春樹。そこでようやく周りの視線に気づく。
「あー……」
突きささる敵と、仲間と、依頼人の視線。春樹は考えあぐねるようにぼーっとした声を出すと、へらりと笑った。
「えへっ。失敗しちゃいましたー」
「「「「(超)軽ッ」」」」
「なんなんだこの餓鬼は……」
緊迫した空気が、よくわからない感じに弛緩した。