常春頭の忍者道 作:さとる
腕が使い物にならなくなった春樹だったが、その顔が苦悶に歪むことはない。それどころか依然と微笑をたたえており、首を傾けながらもその目は揺るがず敵の動向を観察している。
今までは「ちょっと変わっているけど実力は大したことない奴」「普通の奴」という認識だった。実地演習の時一人だけ演習の意図に気付き、鈴を取っていたにも関わらず。
思えばそんな奴を「普通」と評していたのがおかしな話だ。わずかな違和感を抱く。
穏やかに目を細め、笑みを絶やさないその表情はこの緊迫した場面において、無表情よりもよほど恐ろしい。どこか超然として見えた。
しかしその笑顔の中にも種類があることに、ここ最近なんとなく気が付いた。それは昔から大人たちの隠しているつもりで隠せていない、むき出しの敵意にさらされてきたからだろうか。多分自分はちょっとだけ、他の子供より人の心に敏感だ。
だからこそ、春樹の笑顔にもいくつか種類があって、そこにはそれぞれ違った感情が込められていることがわかる。
今の血だらけでほほ笑む様子はいっそ狂気じみているが、先ほど……。再不斬に誇りを踏みにじられて、地面に這いつくばらされた自分にむけられた笑顔。それは、わずかに肩の力を抜いてくれた。
うぬぼれでなければ、期待されたのだ。あの笑顔に。
(だったらなにやってんだオレ、何やってんだよオレ!)
それに奮い立たされるように、肩をいからせ敵……再不斬を見据えた。
まだまだ知り合ったばかりで、よくわからない奴。でも「火影になる!」と言った自分の夢を馬鹿にしなかった……友達で、仲間だ。
ここで放って逃げられるか!
(カカシ先生、仲間を大切にしない奴はクズなんだろ!? オレってば忍者になったんだ。もう逃げねェって決めただろ! 逃げねェって……!)
ナルトは力強く地面を踏みしめると、今までだったら意地が邪魔して絶対に申し出なかったことを……ライバルと目する少年に持ち掛けた。
「サスケ、ちょっと耳貸せ」
刃を受け止めた瞬間にオーラで腕を覆い骨で止め、その隙に防御を投げ捨て配分のオーラを振り分けた片手で仕留めるつもりだった。が、再不斬が自分で包丁を止めたので目算が狂った。
(ふむふむ、やりますねぇ。というか、私が未熟でしたか。仕掛ける気配をこぼしてしまった)
春樹はしばらく機能しないであろう腕をぶらさげて、肩を抉られた分身再不斬を観察していた。ちなみに腕の出血はオーラを器用に束ねて止血済みである。
再不斬の分身は抉られた肩を忌々しげに見ると、次いでこちらを睨んでくる。だが警戒しているのか、すぐには近づいてこなかった。春樹としてはラッキーだ。
「評価を改めてやる。とんだ食わせ物だな、クソガキ」
「ふふふ、光栄です。包丁はとりに行かなくていいんですか?」
分身というものは忍術が不得意な春樹にはいまいち良くわからない。分身本体から離れて転がるこれまた分身の大包丁は、春樹の血をべったり付着させたまま未だそこに転がっている。消える様子は今のところない。
再不斬は大包丁を一瞥すると、マスクの下で鼻で哂った。
「胸糞悪い餓鬼だが、これ以上遊んでやるのも面倒だ。オレは仕事が優先なんでな。……一瞬で終わらせて、ジジイを始末させてもらおう」
言うなり再不斬の手元が霞んだ。目で追いきれない勢いで印が結ばれているのだ。
それが何であるか気付いたカカシは声を張り上げる。
「逃げろ春樹!! お前ではその術をくらったら……!」
「遅い!」
術が完成する。
『水遁水龍弾の術!!』
術の発動と同時に湖の水が盛り上がり、雄々しき水龍をかたどる。決壊したダムのごとき勢いをもつそれは、春樹を飲みこみ水圧で押しつぶそうとその牙をむいた。
春樹は腕はやられたが足は健在。動体視力は正しくそれを捉えて、龍が自分を飲み込むまでの時間も瞬時に叩き出した。多少のダメージは覚悟せねばならないが、避けられないことは無い。
そのためすぐ足にオーラを集めて飛び退こうとした春樹だったが……その前に。春樹の動きより早く、自分を抱えて飛び退いた者がいた。
「おや?」
腹に回された何者かの腕を見る。いや、誰の腕かなんてわかっている。……サスケだ。
サスケが春樹ごと水龍の着弾地点から飛び退くと、今まで春樹が立っていた場所に術がぶつかりその猛威を振るった。龍の
その後はじけた術が一瞬、波となって春樹達に襲い掛かった。それもギリギリやり過ごし術がかき消えると……残されたのは、再不斬の術の激しさうかがえる無残な地面。
完全には避けられなかったサスケは、春樹を抱えたまま転がるように着地した。だが、大きな怪我はない。
カカシは班員たちが無事なことに安堵すると、自分を捕らえている本体の再不斬を見る。
「下忍相手にずいぶんと強い術を使うじゃないの。意外と小心者なんだな?」
「千の技を持つ男が安い挑発をするんだな。……ふん、慎重だと言ってもらおうか」
再不斬は水の牢獄を形作る精神を緩めることなく、更に岸に向けられた目は冷静そのもの、まさにプロと言った風体だ。
分身も同じく。巨大な術を避けたことに感心しながらも、術の勢いで足元まで跳ね跳んできた大包丁を拾い、すぐにターゲットであるタズナのもとに迫った。切り替えが早い。
しかしそれは、大量の人影に阻まれた。……ナルトの影分身だ。
「ほー……影分身か。それもかなりの数だな……」
クナイを構えた大量の影分身に飛びかかられたにもかかわらず、再不斬は余裕である。そして肩の怪我など意に介さない勢いで大包丁を振り回すと、分身を全て蹴散らした。
が。その吹き飛ばされた分身と入れ替わるように、先ほど春樹を抱えて飛び退いたサスケが飛び出し、巨大な手裏剣を構えた。
「風魔手裏剣、影風車!!」
サスケはそれを勢いよく投げるが、相手は桃地再不斬だ。自分にはそんなもの通用しないと言いきるが……予想に反して、それは分身再不斬の横を通過する。
その先に居るのは、本体である桃地再不斬。
「なるほど、今度は本体を狙ってきた訳か。分身相手に無様を晒したオトモダチの教訓を生かしたようだ。……だが、たりねぇな」
甘い。これならば今自分が無様と評した、先ほどの子供の方がよほど脅威だった。
そう嘲笑い本体再不斬が回転する手裏剣をつかみ取るが、そこで予想外。否……教訓にしたと言うならば予想してしかるべきだった。
手裏剣の陰からもう一つの同じ手裏剣が飛び出したのだ。それも避けるが再不斬を通り過ぎた手裏剣は、煙と共に金髪とオレンジカラーが特徴の下忍へ姿を変える。
「!?」
その下忍、ナルトの投げたクナイが再不斬に迫る。背後からの奇襲、避けきれない距離。……再不斬はやむなく、腕を水牢から離してしまった。
本体の顔に裂傷が走り、水の牢獄は消え去る。
「……なるほど。腕とはいかなくても、春樹みたいに囮を使ったわけか。作戦見事だった。成長したな、お前ら……」
水牢から出た担当上忍、はたけカカシの言葉。それに対し、一連の流れをサクラとタズナのそばで見ていた春樹は「ほへー」と間の抜けた声を出した。
負傷を伴う自分の囮と違って、連携したナルトとサスケの機転の方がよほど見事だ。そう感心して。
さきほどサスケに助けてもらったものの、すぐ無造作に放り投げられ前線から離れた春樹は再び観戦者に戻った。内心ではきゃっきゃと拍手している。
そんなお気楽春樹の横で悲鳴があがった。
「ちょっと春樹くん!腕、そのままじゃない!!」
「ああ、血は止まっているので大丈夫ですよぉ」
「何でむき出しのままなのに血が止まってるのか疑問だけど、そのままでいいわけない事だけは分かるわ!」
「おおお!? そうじゃ、超大丈夫かお前!?」
サクラの声に今まで戦場に目が釘付けだったタズナも、大きな負傷をした子供を見る。すると見た目が思っていた以上にひどいもので、ぎょっと声を上げた。
大包丁で切り込みを入れられた肉は生々しい断面の一部をのぞかせているし、更には白い骨までちらっと見える。黒い服で分かりにくいが、鉄臭いにおいにそこそこの量出血していたこともわかった。……すくなくとも、むき出して放置してよい傷ではない。
サクラは術の余波で襲ってくる水から春樹をかばいながら、すぐの応急処置をほどこした。その手並みと処置はお手本のようである。
その間に戦闘は瞬く間に進んでいき、ついにカカシがコピーした再不斬の術……「水遁大瀑布の術」で再不斬を吹き飛ばした。
…………同時に、春樹は遠くで様子を窺っていた"もうひとつ"の気配が動くのを感じる。
その瞬間、カカシによって木の幹に打ちつけられた再不斬の首に、二本の細長いものが突き刺さった。
「ほほう」
春樹の呟きに、手当てに集中していたサクラがそちらを見て目を丸くする。
「え……? う、嘘。死んだの…………?」
困惑は再不斬を殺したのがカカシではなく、第三者だったからだ。
その第三者は表情の窺えない面の下でつぶやく。
「フフ…………。本当に死んじゃった」
突然現れた第三者。木の枝の上に悠然と立つ少年と思しき人影は、背格好からしてナルト達と同じくらいの年齢だ。彼はナルト達に対し「再不斬を殺す機会を窺っていた」と言って礼を述べてきた。
カカシは彼が霧隠れの追い忍であることを言い当てるが、自分たちが散々苦労して相手取り……かなわなかった相手を、いとも簡単に殺されて納得が出来ないのかナルトがわめく。
そんな彼を自分より強い子供もいると言ってカカシがたしなめる。その間に追い忍の子供が再不斬の遺体の傍らに現われる。
「ボクはこの死体を処理しなければなりません。何かと秘密の多い死体なもので……」
そう言った少年に、朗らかに声をかける者がひとり。
「でしたら、お手伝いしましょうか?」
「!」
「え、ちょっとコラ春樹くん動かないの! っていうかいつの間に……」
滑るようにさりげなく、誰にも違和感を感じさせずに追い忍の後ろに回っていた春樹。誰もが驚く中、特に後ろを取られた追い忍は仮面の裏で動揺を露わにする。
しかも驚愕はそれにとどまらない。目の端に捉えたものに少年はカッと隠された瞳を見開き、筋肉の全てをフル稼働させ体をひねる。同時に放つのは千本……と呼ばれる針状の武器だ。先ほど再不斬の首を貫いたものと同じである。
その千本が今度貫いたものは、起爆札。……今まさに再不斬の体を焼き尽くさんと迫っていたものである。近くの木に千本で縫い留められた起爆札はすぐに弾け、木の幹を爆炎で包み込んだ。
あと数瞬遅ければ……。そう考え、少年の背中を冷汗が伝う。
「おおー、良い反応ですね」
「…………何のつもりですか? 僕の目的は再不斬だけ。貴方がたと刃を交えるつもりはないのですが」
「だったら何故、処分するのを止めるんです? 秘密の処理には燃しちゃうのが一番ですよ~」
追い忍の少年は、睨むつもりで見据えた春樹の眼の色にぎくりと体を強張らせた。
口もとに微笑をたたえ、柔らかくほそめられた目。しかしその眼球に見つめられると、言いようのない不快感が体を這った。
(……不快感? いや、違う。これはもっと深い)
自らの根源と言うものを掘り起こされて、己の全てをむき出しにされるような。圧力的で理不審で暴力的な……喰らわれるかのような支配力。それは動物が炎を恐れるのに似ていた。耳鳴りがする。
黒く塗りつぶされた太陽があったら、こんな色だろうか。
それを振り切るように少年が再不斬を抱えて飛びすさると、カカシが舌打ちした。ひとつの可能性に気付いたのである。
「クッ! そういうことか!」
「ど、どういうことなんだってばよ!? 何で春樹はもう死んでる再不斬を……」
「死んでないからだ!」
「え!?」
「! 千本……なるほどな」
「サスケくん、それってどういう……。…………あ!」
サクラもまたその可能性に気付き、顔を青ざめさせた。
追い忍の少年が使った千本は、殺傷能力が低く治療にも使われる武器。うまく刺せば仮死状態に出来る。……少年が再不斬を「確実に殺そうと」迫った起爆札に焦ったのは、つまりそういうことだ。
桃地再不斬は、まだ生きている。
カカシは写輪眼の使用のため軋む体に鞭打って少年と再不斬に飛びかかるが、少年は片手だけで印を組むと、カカシに数多の水の針を襲いかからせた。
「な! 片手での印だと!?」
避けようとするが、鈍っている体ではその数を回避しきれず傷を負う。
「…………どうやら気付かれたようですね。うかつでした。いや、彼女を褒めるべきか」
少年は春樹を一瞥するが、どうやら件の相手はこれ以上動く気はないようだ。
「引かせてもらいますよ。ですが、また……」
そう言い残し、謎の少年は姿を消した。