常春頭の忍者道 作:さとる
「君には……大切な人はいますか?」
タズナの話を聞いてから、毎日早朝まで特訓に励んでいたナルト。その中でのある朝、薬草を採りにきたという女性と話を弾ませていた。
柔らかく優しげな雰囲気に警戒心を抱くこと無く、つい色々と話してしまう。
その会話の中、彼女は和やかな空気にほんのわずかな真剣さを含ませてナルトに問いかけた。
ナルトは突然の質問にきょとんと眼を丸くする。その質問にまだ答えぬうちに、伏せていた視線を上げた彼女は真っ直ぐに彼を見つめて言う。
「人は……。大切な何かを守りたいと思った時に、本当に強くなれるものなんです」
春樹は未だに朝食の席に現われないナルトを散歩がてら探そうと、修行場所となっている森まで来ていた。
脅かしてやろうと絶まで使い気配を断って歩いていたのだが、目的の少年を見つけるとその隣には先客。春樹はその容姿に軽く息を止めると、感嘆のため息をゆるく吐いた。
(ふむ。ここまで素直に人を綺麗だと思えたのは、久しぶりですね。素晴らしい)
黒檀のような髪は美しく、絹のようにきめ細やかで滑らかそうな白い肌。何よりも髪と同じく黒いその瞳が、ひた向きな光を宿して美しい。
一瞬かつての弟を思いだしたが、その性質は真逆だろうとその眼を見て感じる。
眼とは心の窓であり、意外と多くの情報を得ることが出来るのだ。その性質もしかり。
木漏れ日が差し込む森の中でその佳人の清廉さは、清浄な空気に馴染み一幅の絵のようだった。
ようは春樹の綺麗なものセンサーどストライクだったのだが、いかんせん隣の黄色いのが邪魔だ。探していたはずのチームメイトに対してひどい感想である。
とりあえず春樹はもうしばらくこの美しい景色を眺めてきたくて、しばし傍観を決め込むことにした。
「人は……大切な何かを守りたいと思った時に、本当に強くなれるものなんです」
春樹の存在に気付くことなく、朝方の澄み切った空気の中で会話は続く。
ナルトは今しがた言われた言葉に、頭の中にこれまでの記憶がいくつか廻った。最近聞いたばかりのイナリの父親の話、自分達を守ると言ったカカシの顔。……下忍になる前、ミズキと戦った夜のこと。イルカを守りたい一心で成功させた多重影分身。
ナルトは大きく頷いた。その表情は笑顔だ。
「うん! それはオレも、よくわかるってばよ」
太陽と言うほど眩しくは無いが、まるで一生懸命咲いた向日葵のような笑顔だと彼女は……否、彼は思う。
わずかな会話しかしていない。しかしこの忍者の少年が言葉の意味を心から理解していると知るためには、その笑顔だけで十分だった。
本来は会話することもなかったであろう人物。しかし、戦う前に話すことが出来てよかったと少年は思う。
思わずつられて笑顔になると、「あっ」とナルトが声をあげるので首をかしげた。ナルトは興奮したように自分の額当てをこんこんと指の節で小突く。
「コレ、コレってばさ。オレのすっげー大事なもんなんだってばよ」
「額当てと言えば、忍者の証ですものね」
「うん……オレ、ちょっと前に敵にボロボロにされちまって……。いや! 反撃はバッチリだったけど! ……とにかくさ、その時「お前みたいなのは忍者と呼べない」って言われて、この額当ても踏みにじられて……」
少年は黙ったまま、しかし続きを促すように聞いている。
そんな相手の様子に、恥ずかしい過去を話すことに知らず張っていたナルトの緊張がほぐれた。聞き上手な相手を得たナルトは、再不斬との戦いからずっと心にわだかまっていたそれを不器用に言葉にしていく。
「その時、オレの仲間が一人真っ先に敵に挑んでった。一人で前に立って、オレ達に逃げろって。……腹立った」
「その仲間の人に?」
「違うってばよ! 自分に腹立ったんだ。何やってんだよって」
ぐっと握った拳を見る。
「この額当て、本当に、本当に大切なもんなんだってばよ。でもそいつが一人で立ち向かって怪我したの見て、悔しいと思って、動けない自分にムカついた。でもさ、そいつ怪我してんのに、こっちの気も知らねーでヘラヘラ笑ってるんだ。だからその時……額当て踏まれたことよりずっと悔しい思いして、この馬鹿オレが守ってやんなきゃって思ったんだってばよ。で! そこからすっげー逆転劇だったんだけど!」
最後は自慢げというよりも、照れ隠しなのだろう。大声で無理矢理話をしめたナルトに、彼の話す一部始終を見ていた少年……白は、今度は意図的に笑みを浮かべた。そうでなければぎこちなさの際立った、なんとも曖昧な表情になってしまいそうだったからだ。
ナルトはまだ気付かないが、自分は再不斬をあの場から救い出した彼の仲間である。
お互いの立場を相互理解して居ない状況だからこそ、穏やかな会話がなりたつ危うい場。しかしその中で白はナルトに対して、そのいっそ清々しいまでの真っ直ぐな性質に好感を抱いていた。
かといって敵として相対すれば手加減などするはずもないが、今までの白の人生の中では好ましい部類。
…………だが、あれは違う。
今の会話で再不斬を焼こうとした、あの少女の顔が鮮明に思い起こされた。一度邂逅しただけ。だがあの得体のしれない不快感に似た何かは、なかなか拭いきれない。……少なくともその存在が会話に出るだけで、体に力が入る程度には。
そんな白の様子に気付かずナルトは言葉を続ける。
「だからさ……。本当に、よくわかるんだってばよ」
ともあれ、仲間を思う少年の気持ちは真実だ。たとえその相手が得体のしれぬものであろうとも。
「そうですか。君にとって今守りたいものは仲間なんですね」
「う~ん、そうなんのかな? まあサスケの奴は守ってやんねーけど!」
「お前に守られるほど弱くねぇよ。うすらトンカチ」
「!?」
「お迎えにきましたよ~。サスケくんも、偶然ですね」
突如聞こえた第三者の声に、首を勢いよく回して振り返る。するとそこには不愉快そうな顔をしたサスケが立っていた。ついでにその隣に春樹がいることにも気付く。ゆるい笑顔でひらひらと手をふられた。
一方ナルトと違い人が近づいてくるのに気づいていた白だったが、別の意味で驚かされていた。一人……サスケまでは気づけたが、春樹の気配をまったく感じていなかったのだ。
視認した途端、何もなかったところから現れたようでひどく心臓に悪い。それも今さっき思い出すだけで苦手だと感じた人物ならばなおさら。
そしてどうやら驚いたのはサスケもだったらしく、一瞬肩が跳ねた。今気づいたらしい。
「守る、いい心がけですね! でも彼には守るどころか守ってもらっちゃいましたよね~? この国に来る途中で。うふふ」
「う、うるせーってばよ!」
いたずらっぽく笑う春樹。その笑顔は仲間へ向けられるものだからか、以前の不快感は感じられない。それどころか、これが初対面ならば「優しそうな女の子」とさえ思えそうな緩やかな雰囲気をまとっている。
白はわずかに強張った体からゆっくりと力を抜いた。
「お友達ですか?」
「サスケが友達とかねーし!」
「こっちのセリフだ馬鹿」
「おや、じゃあわたしはお友達カウントオッケーですか?」
問いに三者三様の答えが返ってくる。賑やかな人たちだと、白は一瞬敵対してることを忘れて素で笑ってしまった。
「ああ……すみません、お嬢さん。うちの班員に構ってくれてありがとうございます。薬草集めを邪魔してしまいましたか?」
白の持つ薬草の入った籠に気付いたらしい春樹が、笑顔ながら申し訳なさそうに問う。そこで内容が気に入らなかったらしいナルトが反論した。
「構ってもらってってなんだってばよ春樹! 子ども扱いするなってーの! オレ、薬草集め手伝ってたんだからな!?」
「おや、そうでしたか。可愛らしいお嬢さん相手に浮ついていたのかと」
そこで白ははたと、自分の性別が勘違いされたままのようだと気づいた。慣れてはいるが、男としてはやはり複雑である。
「あの、すみません。彼も勘違いしているようですが…………僕は男ですよ?」
「!?」
「…………」
あからさまに驚くナルトと、リアクションこそ薄いが目が大きくなるサスケの反応はわかりやすい。それに対して春樹だが、くすくす笑って「失礼」と返した。
「ごめんなさい。あまりにお美しいから、つい」
「え」
……これは気づいていながらお嬢さん扱いしたと受け取ってよいのだろうか。
「重ねて失礼を。男の方ですし、美しいなどと言われるのは嫌でしたか?」
「いいえ……。言われなれないものですから驚きました。少し複雑ですけど、せっかくのご好意です。褒め言葉として受け取らせてもらいましょう」
「そうですか。よかった」
悪戯っぽく笑う春樹からは、やはり先日の気味悪さは感じなかった。逆にここで緊張しては何か感づかれるかもしれないと、白はそのまま自然体を意識して話しかける。
「僕よりも貴方の方がお美しいですよ、お嬢さん?」
冗談めかして言ってみる。
すると当の少女でなく、今まで話していた少年の方から反応が返ってきた。
「ぎゃはははは! 春樹こそ女と間違われてやんのー!」
「え?」
「ああ……」
腹を抱えて春樹を指さすナルト。その指をにっこり笑った春樹が握り、ぐいっと手の甲側に反らした。
「イテーってばよ!?」
ナルトから大げさな悲鳴が上がると、サスケが「いい気味だ」とばかりに口の端を持ち上げていた。
「ナルトくん、人を指さすのは失礼ですよ。それとですね、特に問題ありませんでしたし言いませんでしたけど……"初対面"の方が気付いてくれるのに、なんでナルトくんもサスケくんもサクラさんも気づいてくれないんです?」
「気づかないって何を……」
「もー、しょうがないですねぇ。わたし女の子ですよー?」
「「は?」」
さっくりと言われた事実に、しばし時が流れる。
仲良く同じ顔で目を丸くしたサスケとナルトが、春樹を見た。白は逆にチームメイトであるはずの彼らが、この少女を男だと思っていたことに驚いた。たしかに肌の露出は少ないが首の線は少女らしく華奢で、中性的といえば中性的な顔立ちをしているが……間違えるほどのものだろうか?
件の少女は「もー」と言いつつ怒ってはいないようで、何かの拍子に落としたらしい本を拾いながらクスクスとおかしそうに笑っている。
「…………くだらない嘘をつくな。なら、サクラがお前のことを知っているはずだろう」
「ふふふ。わたし、影が薄いので。同じクラスでしたけど、名前も顔も認識してもらっていなかったのですよ。あ、でもヒナタちゃんとは友達ですよ」
影が薄いと述べる春樹に「どこがだ!」と、三人分の心の声が重なった。
春樹はなおも可笑しそうに笑うと、未だ信じられないように凝視してくるチームメイトを無視して白に話しかけた。その手は落ちた本の埃を掃いながら、ページが折れていないか確認するように紙をめくっている。
「ああ、余計に長く引き留めてしまいましたね。わたしはこれからチームメイトと相互理解を深めようかと思うので、あなたは行ってください。怪我人が待っているのでしょう?」
そこでわずかに違和感を抱くが、この場にとどまり続けるのはよろしくないと判断した白はそれに便乗した。
「ええ、ありがとうございます。では……」
「ねーちゃ……じゃなかった。にーちゃん元気でな!」
はっ、と放心状態からぬけたナルトが元気に言い放つと、白はにこりと笑い返してから三人に背を向けた。「世の中って不思議だなぁ……」というナルトの言葉と、確信はないだろうがどこか疑心のこもったサスケの視線を背にうけて、気を引き締める。
次に向き合った時は、敵だ。
「では、また」
小さく投げかけられた春樹の言葉は、一瞬吹き抜けた強い風に攫われて白に届くことは無い。
ただひとつ。ぱたんと閉じた本の音が、風が去った後の空白にやけに大きく響くのであった。