常春頭の忍者道 作:さとる
今まで幾度となく卒業試験に落ちてきた春樹だったが、今年はいつになく……というほどではないが、それでもこの数年来の中で一番頑張る気概を見せていた。表面上は欠片の緊張感もない笑顔だが、たしかに、間違いなく。春樹は珍しくやる気をだしていたのだ。
何故ならアカデミーでの仲良しさんが無事合格したと先ほど聞いたからである。なれば彼女に心配かけまいと、気合も入るというものだ。
「分身の術!」
いつもより凛と引き締まった声を発し、印を結んだ。そして成果はすぐ隣に現れる。
ぼひゅっと煙を上げた後に現れたのは同じ顔。そして"二人"は同じ呑気な笑みを浮かべて向かい合った。……そう、二人である。それは分身として出した数ではなく、この場にいる少女の合計数だ。
他の卒業生は最低でも三人出していた分身だったが、春樹の出した分身は一人だけだったのだ。これには気合を入れた春樹も肩透かしである。
(う~ん、残念ですねぇ。今年も留年でしょうか)
しかし初めてまともな分身を出せたのも事実。体の裏表が逆だったり、体のパーツがバラバラだったり、又は欠損していたり、果ては顔は人間体は犬というような合成獣を生み出すこともなく、初めてまともに分身出来た。それは春樹にとっての快挙である。
嬉しくなった春樹は不合格については残念に思いながらも、褒めてほしくて試験官の顔を見る。
「「ふふっ、すみません。また留年のようですから、来年もよろしくお願いしますね先生」」
のんびりとしたユニゾンで言うが、二人の教師は何も答えず沈黙した。その眼は驚愕に見開かれている。
首をかしげて返事を待っていると、しばらくしてから試験官の片割れであるうみのイルカが口を開いた。
「いや、おめでとう。桜庭春樹、卒業試験合格だ」
春樹はにこにこ笑顔を貼り付けたまま、己の出した分身と共に左右対称に首をかしげる。すると今度はもう一人の試験官であるミズキが口を開いた。
「春樹君……その術は、どうやって会得したんだい?」
「「え? 授業ですが……」」
「そんなはずは無いよ。アカデミーでは分身の術は教えていても、影分身の術は教えていない」
「「?」」
「春樹。それは幻でなく実体だ。敵を惑わす残像を作り出すのが分身の術で、実体を作り出すのが影分身の術という高等忍術。一人出すだけでも分身三人より難しいはずだぞ?」
イルカが律儀に説明すると、春樹はそうなんですかーと納得する。どうも、意図した術ではないものを使ってしまったようだ。
教師二人は普段目立たないくせに、卒業試験のたびに強烈なインパクトを残してきた春樹のまさかの術に困惑していた。とりあえずのんびり口調を二重で聞いていると頭が痛くなったので、影分身は消えさせたが。
「いや、でも印は分身の術だったよな? お前一体何をしたんだ」
「う~ん、そう言われましても……」
聞かれたところで一番疑問に思っているのは自身の忍術の不得意さを知る春樹だ。
しかしイルカとミズキは普通の分身の術の修行で影分身などありえないと説く。どんな修行をしたのかと聞いてみると、春樹は特に隠すことも無いので素直に答えた。
「ひたすらイメージの練習です。鏡をじーっと見てみたり、自画像と人体の骨格と筋肉を何枚も何枚も写生したり、体中をくまなく触ったり噛んだりして感触をたしかめてみたり」
言ってから春樹は、そういえばこれは念で言う所の具現化系の修行だなと思い至る。どうやら教科書通りにやってもうまくいかないからと、無意識に念の修行法を取り入れていたようだ。
しかし完璧に具現化系能力の顕現というわけでもないようで、原理は不明だが結んだ印とオーラの融合が招いた結果が影分身という形をとったのだろうと……春樹の中ではとりあえず、納得のいく答えが出た。
(素晴らしい! グッジョブですわたし。影分身とも少し違うようですし、記念に名前でもつけましょうか。うう~ん、悩みますが、そうですね。『
ちなみに元の世界で春樹が死亡した少しの後に、同じ技名を生み出す男がいたりする。それを彼女が知るすべはないが、何の因果か彼も春樹を死に至らしめたピエロ男に殺されてしまうのだから運命とは皮肉なものだ。
まあ、ともあれ。イルカとミズキに疑問を残したものの、合格を言い渡された春樹は木の葉の額宛を受け取ると意気揚々と外へ出た。
いつもより気合を入れたことは事実だが、まさか本当に合格できるだなんてと春樹としてもちょっとした予想外だった。しかも形はどうあれ、苦手としていた忍術をひとつ会得できたのも事実。何だか得をした気分だ。
外に出ると、そこかしこで両親とともに卒業を喜ぶ生徒たちで溢れていた。親のいない春樹はその中を常日頃と変わらぬ様子で歩いて帰ろうとしたのだったが、ふと耳に入ってきた会話に足を止めた。
「フン! いい気味だわ……」
「あんなのが忍になったら大変よ」
悪意を含んだその言葉に、試験に落ちた生徒が居ることだけまず理解する。ずいぶん辛辣な言い方をするな、と思いながらもしやと目を向けてみれば、一年前に出会った少年がブランコにまたがって気落ちした様子で顔を俯けていた。
本来春樹は人への興味は薄く顔を覚えるのがあまり得意ではない。しかし多少なりとも興味を持った人間のことはなんとか記憶している。火影に成ると宣言した少年は、彼女の記憶の端にぎりぎりひっかかっていたようだ。
彼は大人たちの会話が聞こえたのか、春樹が声をかける前に何処かへ行ってしまった。
自分は受かってしまったが、一年前の約束の通りもう一度食事に誘おうと思った春樹の手は行き場を失い所在なさげにさまよった後おろされる。毎回毎回落ちていた春樹にとって少年にはどこかしら親近感を覚えていたので残念だ。一度ゆっくり話してみたいと思っていたが……。
「また今度、会ったら誘えばいいですよね」
そう納得すると再び帰路につこうとする春樹。が、ふと思い至って先ほどの会話をしていた誰かの母らしき女性二人に近づく。
別に彼に同情したわけではないし、無神経な女性二人に怒りを覚えたわけでもない。ただ疑問に思ったことを素直に聞いてみようと思ったのだ。
「あのー」
「あら、どうしたの?」
首をかしげた春樹に気づいた女性二人は、少年に向けていた蔑むような目をころっと変えて人当たりのよさそうな笑顔をむけてくる。
春樹はそれに心底不思議そうな表情で尋ねてみた。
「あのー、試験に何回も落ちると嫌われてしまうのですか? それだときっと、さっきの彼より何回も落ちているわたしとしては立つ瀬がないのですが……」
「え!? べ、別にそんなんじゃないわ。ただ、あの子は……」
「ちょっと、禁句よ!」
「わ、わかってるわよ」
「禁句?」
ますます疑問に思った春樹だが、女性は誤魔化すように笑みをうかべた。
「とにかく、そういうわけじゃないのよ? あなたは気にしないでね」
「そうよ。それにあなた、額あてを持ってるって事は今回は受かったみたいじゃないの。よかったわね」
腑に落ちない春樹だったが、「禁句」と言ったのだからこれ以上聞いても無駄だろうと、軽くお礼だけ言ってその場から離れた。あの少年には何かあるのだろうか? と少しだけ好奇心がうずく。
喉に小骨がひっかかる思いに、春樹はもう一度首をかしげた。
その日の夜。
春樹は念の修行のため、家から程近くにある森へと来ていた。森に入ったのは夕方だったが今はすっかり日が暮れて、時折聞こえる梟の声と虫の音以外の音は聞こえず、集中するには丁度よい環境となっていた。
しかし修行のはずの春樹の腕には、団子の包まれた風呂敷と小瓶に入った酒。わくわくしたような笑顔の春樹は子供の飲酒など気にすることなどなく、上機嫌でそれを抱えなおした。
今夜は空気が澄んでおり空に満ちた月があまりにも綺麗で、修行のついでに月見と洒落込もうと思ったのだ。むしろこちらのほうがメインといえる。
寝静まった夜行性以外の動物を起こさないようにオーラを絶ち、木の葉の間から漏れる月明かりの中をゆうゆうと歩く。
しかし、心地よい静寂に満ちた森の中に騒がしい気配を感じた。ほのかに漂った鉄臭い血の香りを敏感な鼻が捉える。
「おや? 喧嘩ですかねぇ~」
少しばかり気になって、あわよくば酒のつまみにでもしようかと”円”を広げて探りを入れてみる。すると、ほんの少し離れた場所に三人いることが分かった。
野次馬根性がむくむく育ってきた春樹は、不謹慎にも浮かれた様子を隠さずその場所へ向かうのであった。
春樹が気配を絶ちながら例の場所を覗くと、そこにいたのは意外な組み合わせ。
片や昼間世話になったばかりのイルカとミズキ。片やあの黄色いつんつん頭の少年。
何故先生と生徒がこんな夜中の森で、剣呑な空気の中対峙しているのか。そう疑問に思う春樹の視線の先には、正解のヒントのように先ほど鼻をくすぐった血の香りの原因と思われる……幾本ものくないを体に刺したイルカが居た。
少年の方は派手に土に汚れていて、大きな巻物を背負っている。今は困惑した表情で木の上を見上げており、そこに居るのは二人を見下すようにして立っているミズキだ。
春樹はそのまま耳をそばだてて会話を聞く姿勢をとる。夜の静寂の中、彼らの会話はよく響いた。
「ナルトの正体がバケ狐だと口にしない掟だ」
「え?」
ミズキの発した言葉に少年は目を見開く。春樹はといえば「え、ナルト? ラーメンにのってるあの鳴門? あれって原料狐だったんですか?」と見当違いなことを考えていた。そんな春樹をよそに会話は続いていく。
「どっ……どういうことだ!!」
「やめろ!!」「つまりお前が、イルカの両親を殺し!! 里を壊滅させた九尾の妖狐なんだよ!!」
そこでようやく春樹は「ナルト」があの少年の名だと察する。同時にミズキが続けた言葉に、昼間からの疑問の回答を得た。
なるほど。だから、大人たちのあの嫌いようか。
「お前は憧れの火影に封印された挙句、里の皆にずっと騙されていたんだよ!! おかしいと思わなかったか? あんなに毛嫌いされて!」
春樹自身の感情は起伏に乏しく鈍いほうだが、他人の感情を知ることに対してはそれなりだ。察する力はある。そのためミズキの発言にナルトが傷ついていくのがよくわかった。
ミズキの言葉はナルトの心に容赦なく突き刺さっていき、彼は巨大な手裏剣を構えてついにとどめの一言を言い放つ。
「イルカも本当はな! お前が憎いんだよ!!」
ナルトから、莫大な量のチャクラが溢れた。
春樹は不謹慎にも拍手をしたくなった。これを見せられては、ナルトが九尾の妖狐であると納得せざるを得ない。
そうか、そういえば、始めにあの子が目に留まったのはあれが原因だったのだ。ひとつの体にもうひとつの生命オーラが重なっているような違和感が春樹の目を留めた。
それを考えるとナルトは化け狐そのものではないのだろう。今もオーラを目に収束させ”凝”を使って見ているが、ナルトとほぼ同化しているとはいえあれは中に何か居る。差し詰め彼は封印するための器か何かだろう。
ちなみに凝というのは目に見えないオーラを視認することが可能になる技だが、似て異なるが同じ生命力であるチャクラも見ることなら出来る。春樹がオーラとチャクラを別物と位置付けた理由はこれも関係している。見ることが可能になったため、判別可能になったのだ。
そして現在。ナルトを見ると、彼自身のオーラとチャクラを包み込むように、大きな赤いチャクラが迸っているのが確認できた。
己を上回る量のチャクラを見ても相変わらず笑顔を崩さない春樹は、目だけを細めて動向を見守る。
ミズキの手裏剣からナルトを護るためにイルカがかばって負傷するが、ナルトは何処かへ走り去ってしまった。それをミズキが追い、イルカがさらにそれを追う。
見るに、ミズキが狙っているのはナルトが背負っていた巻物のようだ。さて、自分はどうしようかと春樹は考えるが、数秒で結論を出すと彼らの後を追った。
途中でイルカがナルトに、ミズキがイルカに変化しての化かしあいを目撃する。
ナルトに化けたイルカがミズキを突き飛ばし、ミズキの変化をとく。しかし不意打ちを食らったとはいえ、いかんせん、先ほどの負傷が尾を引くイルカの方が不利だ。
「ククク……親の敵に化けてまで、あいつをかばって何になる」
「お前みたいなバカ野郎に巻物は渡さない」
「バカはお前だ。ナルトもオレと同じなんだよ」
「! 同じ?」
「うふふ、失礼。少々お時間よろしいでしょうか? イルカ先生、傷を見せてくださいな~。手当しましょう」
「「!!」」
何の前触れも無く、不自然に会話に入ってきた人物に両者が驚愕し、声のした方向を見た。木の背に潜んでいたナルトも人知れず息を呑む。
そこに何食わぬ顔をして立っていた春樹を見て、里の忍でなかったことにミズキは安堵した。そしてニヤリと笑う。今日卒業したばかり、それもナルトに負けず劣らずのドベ生徒など脅威にもならない。
「お前か。何故ここにいるかは知らんが、運が悪かったな。こいつとナルトを始末したらお前も殺す」
「何故と聞かれれば、さっきからお話を聞いていまして、あとを追ってきたんですよー」
始末、殺す、という物騒な単語には反応せずに、ペースを崩さず話す春樹。
「追ってきた…………だと? ハハ、ならさっきの会話も聞いていたのか」
「春樹! 逃げるんだ・・・・・ッ」
「何を言っているんだ、イルカ。こいつはきっとナルトを殺しに来たんだろうよ。殺させてやればいい。復讐したくてしかたがないだろうさ。何しろこいつの両親も、九尾の狐に殺されたんだからな!」
嫌な笑みを浮かべてのたまうミズキだが、見当違いのことを言われた春樹は疑問符を浮かべ首をかしげる。先ほど自分はイルカの怪我の手当てをしたいと言ったのに、聞いていなかったのだろうか。もし忘れたのなら、もしや痴呆の始まり。若いのに不憫ですねと失礼なことも考える。
とにかく訂正すべく春樹は口を開く。
「あのですね。わたしは」
隠れていたナルトがびくりと反応した。
里を襲った覚えなど無い。けれどもしもミズキの話が本当なら、自分が化け狐なら、ナルトは春樹とイルカの親の敵だ。
…………あの二人が自分を憎む?
会うのは二回目だが「火影になる」と言ったナルトを馬鹿にせず、軽口ながらも応援してくれたのは春樹だけだった。イルカに嫌われることはもちろん辛いし、その上春樹にも嫌われる、憎まれる。
耳をふさぎたい衝動にかられたナルトだったが、春樹の言葉はナルトを否定するものではなかった。
「少年……ナルトくん? を殺しに来たわけではありませんよ~。勝手に憎んでいるとか、設定つけられても困るのですが。両親といっても、わたし覚えていませんし」
笑顔であったが、こともなげに両親の存在を切り捨てた春樹はいっそ残酷だ。笑顔のまま。つまりいつもの様子で、気にかける必要も無い世間話をしているように何気ない口調で言う。
生んでくれたことに感謝はしたが、寂しかった覚えも悲しんだ覚えも無く、追悼の念も覚えたことはない。
しかし春樹の言葉をミズキは強がりとでも受け取ったのか鼻で笑う。
「なら、何でここに来た? 憎かったんだろう、殺したかったんだろう! 別に隠すことは無い。……さあナルトを殺すがいい。でなければあいつは巻物を利用し、また悪夢の再来だ。ナルトを殺して、オレに巻物をよこせば命くらいは助けてやってもいいぞ?」
見え透いた嘘をつくものだと、春樹は呆れ眼でミズキを見る。もう少し賢い人だと思っていたが、先ほどから子悪党のような言動が目立ち株は大暴落だ。
あわよくば自分を使ってナルトと同士討ちにさせて、漁夫の利を得ようというのがばればれである。子供と侮られているのか、煽れば行動を起こすと考えるほどに怒りの感情があると思われているのか。恐らく両方なのだろうが、見当はずれもいいところだ。存在しない怒りを煽られても、煙すらたちはしないのに。
助けてやる、と言うのも嘘だろう。ナルトに罪を着せて自分が悠々と逃げるためには、ここで目撃者を残すのは愚かとしか言いようがない。流石にそこまで馬鹿でもあるまいし、もしも春樹が生き残ってもミズキは生かす気など無いはずだ。
いい加減くどいなと、台詞に酔っているミズキに訂正の言を投げかけた。
「あなた、さっきわたしが言ったことを聞いていました? わたしはイルカ先生の怪我の手当てをしようと、追ってきただけです」
「手当て? この状況でよく言えたものだ」
「そうですねー。ミズキ先生が治療の邪魔です。なのでとりあえず目障りですから消えてください。えい」
「ッ!」
前触れのモーション無く投げつけられたクナイを、ミズキはぎりぎりでかわす。行き場を失ったそれは後ろの木に突き刺さった。
「! 殺されることが望みか。いい度胸だ」
「おや、残念。はずれてしまいましたね~」
春樹はそれはそれは残念そうに言う。かすってでもいれば、今頃ミズキは地べたに転がって喘いでいただろうに。
今しがた投げたクナイには、春樹が大事に精製して改良を重ねた毒が塗ってあった。前世から趣味で毒や薬に精通する彼女の作り出した毒の効果はなかなかにえぐい。今使った物は作るには手間がかかるが、その分即効性に優れている。そして身に受けたが最後、呼吸困難に陥り激痛に苛まれ耐性の無い者なら30分ほどで死に至る。
手持ちは今投げた1本だけだったので、さて次はどうしようかしらと春樹が考える。しかしそうしていると、立つのも辛いだろうに後ろに居たイルカが春樹の肩を手で押さえて後ろに追いやった。下がっていろということらしい。
「ナルトが……巻物を、利用、か」
「ほう、よく立って居られるな。ククっ、そうだ。あの巻物の術を使えば、何だって思いのままだ。あのバケ狐が力を利用しない訳が無い。この期に及んで春樹と同様かばうつもりもないだろう?あいつはお前が思っているような……」
「ああ!」
「イルカ先生?」
まるで肯定するように言うイルカにミズキは口を歪めるが、イルカの言葉はすぐに続いた。
「バケ狐ならな。けどナルトは違う。あいつは……あいつはこのオレが認めた 優秀な生徒だ。……努力家で一途で……そのくせ不器用で誰からも認めてもらえなくて……あいつはもう、人の心の苦しみを知っている。今はもうバケ狐じゃない。あいつは木の葉隠れの里の」
「うずまきナルトだ」
しっかりと言い放ったイルカ。春樹は円の範囲内にいるナルトが震えていることを知る。きっと泣いているのだろう。一瞬視線をそちらに向けるが、不粋かと静かに笑むだけに留めた。
春樹が追ってきたのには二人を心配した理由の他に、ミズキを実験台にしようという目論見があった。生死を気にせず今の自分の実力を測れる……上忍には及ばない事はなんとなく分かっているが、中忍相手ならばどうだろうかと考えたのだ。そんな春樹にとってミズキは恰好の実験動物に見えた。加害者は向こうだし、正当防衛だと言い訳できる。
しかし、ここは譲ろう。慕う人を護ろうとする少年に。
彼が行動を起こしたのはミズキがイルカにとどめを刺そうと攻撃してきた瞬間だった。勢いをつけてミズキを膝で蹴り飛ばし、木の葉が散る中でミズキを睨みつける。
「……イルカ先生とそいつに手ェ出すな……殺すぞ」
「お、格好いいですねぇ。さあさ、やるならちゃちゃっかやっちゃってくださいな」
のんきな声にナルトが軽くこけそうになるが、そこはなんとか持ちこたえた。
「き、緊張感ない奴だなぁ! けどまかせとけってばよ! ……よお、カス! 千倍にして返してやっからな」
「やれるもんならやってみろバケ狐ェエ!!!」
ミズキは吼える、ナルトが印を組む。
次の瞬間、息を呑む光景が広がった。
どこを見てもナルトナルトナルト。それも全部実体だ。春樹の影分身もどきなどと比べようも無い数の影分身。
ちょっとうるさいなぁちょっと鬱陶しいなぁと失礼なことを考えてしまった春樹だが、そのまま大勢のナルトにぼこぼこにされるミズキを生暖かい目で見守った。労いに後で塩を塗りこんでやろう。
ことがすむと、イルカはナルトに目を瞑るように言う。春樹は彼がナルトの額に自らの額当てをつけてやるのを静かに見守った。卒業の証である、木の葉のマークの入った額当て。
「卒業……おめでとう」
ナルトがイルカに抱きつく。それも邪魔をしないように、少し離れた場所でミズキを木の棒でつついて遊びながら見守っていたが、ふと気づいて声をかける。
「ナルト君、ナルト君。そのままだとイルカ先生が出血多量で死にます」
「ぎゃーーーイルカ先生!!」
ラーメンおごってやるとか言っている場合じゃないですよイルカ先生。
「とにかく、これにて万年留年組無事卒業! ですね!」
「言ってるばあいじゃねえってばよーーーーーーー!!」
夜の森に、ナルトの声がこだました。