常春頭の忍者道 作:さとる
件の事件の後、春樹は火影の執務室に呼ばれていた。そして火影は厳しい表情を作り少女を見る。
「今回知ったことは他言無用じゃ。もし話せば、厳しい罰をうけることになる」
「あ、はいー。わかりましたー」
火影を目の前にしてもいつものペースを崩さずに、のんびりと笑う春樹がよい子のお返事をする。緊張感の無いその様子に火影は半分呆れるが、半分は安堵した。
真実を知ってもまったく気にしていない・・・・・・・ナルトを、九尾の狐だと嫌悪しない。長く生きてきた分、人を見る目はあるつもりだ。この少女の言葉は軽いが、偽りではないだろう。
しかし些か読めぬところがあるのも事実。
春樹が帰った後、火影はううむと唸って思案する。
「さて……。誰にまかせたものかのぉ」
「ヒっナタちゃーん!」
艶やかな黒髪をおかっぱにした白い眼の少女、日向ヒナタは後ろか突如かけられた声に驚きながらも、慣れた様子で振り返り対象を受け止めた。
「きゃ、び、ビックリした……。春樹ちゃん、いつもおどかさないでって言ってるのに」
「ふふっ、ごめんなさい。ヒナタちゃんの背中見ると、ついつい抱きつきたくなっちゃうんですよ~。いい感じに抱きしめがいがある可愛らしいこじんまりさなので!」
春樹はヒナタにはりついたまま、自分より背の低いヒナタをぎゅっと抱きしめた。ヒナタはそれに困ったような照れたような表情になりながらも、実はいつも大きな犬がじゃれてきているような気分になっていることは内緒にしている。
この桜庭春樹という人間であるが、くノ一教室で異常なほどに目立たない。全部の生徒が彼女のことを知っているかどうかも怪しいくらいだ。それは本人が意図した結果なのだが、その中でヒナタは春樹を認知でき、更には友人などという珍しいポジションにいた。
それが何故かといえば、可愛い物好きの春樹にとって小動物じみたヒナタの何もかもがどストライクだったのだ。ありていにいえば、好みだったのである。
臆病だが優しい性格は気が強い者が多いくノ一クラスの中でも強く惹きつけられた。そして一方的に懐き、ヒナタがその熱烈なアタックに折れたのが友人関係の始まり。
春樹にとって前世の家族とはまた違った愛着だが、きっとこれが”友人”という丁度よい距離なのだろうと、春樹はこの関係に満足していた。
引っ込み思案で照れ屋なヒナタだが、側にいると心地よい。反応もいちいち初々しくて可愛らしいのだから、構いたくなるのも仕方がないというものだ。慣れたようでいて、抱きしめたことに少し体を緊張させ段々と顔を赤くしていく様は愛らしい以外のなにものでもない。
「春樹ちゃん。そ、そろそろ、は、放して?」
「ええー? 嫌ですか……?」
「そ、そうじゃなくてね。あ、あのね……春樹ちゃんってね……その……、ぱっと見……男の子にも見えるから……人に見られるとね……。あ、ご、ごめんなさい」
「いいえー。気にしなくて結構ですよ。うふふ、ヒナタちゃんは可愛いですねぇ」
言いながら相変わらず悦に入ったまま今度は頭を撫で始めた。(あ、人の話聞いてない)と、ヒナタは撫でられるがままにされながらも遠い眼になる。
ヒナタが言う通り、春樹は見た目が中性的だ。
そう長くない黒髪をきっちりひとつに結わえて、混じりけの無い黒色の瞳を覆うのは下だけフレームのある銀縁の眼鏡。同い年の中でもいくばかりか上背も高く、その背筋はぴんとキレイに張っている。一見、本当に見た目だけなら聡明そうな美少年である。彼女の一人称は女性らしく「わたし」であるが、外見との絶妙なバランスで物腰が丁寧な柔和な少年そのものだった。
普段はこの容姿で何故教室で目立たないのか不思議でしょうがないヒナタであったが、何故か外ではこういう時その見た目にふさわしく異様に目立つ。……そのため、道行く人からの「仲のいい幼く可愛いカップル」を見る的視線がいたたまれなくてしょうがないのだ。
そんな困っているヒナタを十分堪能すると、春樹はやっと腕をほどいて彼女を解放した。
「ふふ、ごめんなさい。ヒナタちゃんには好きな人いますものねー。変な噂をたててもいけませんかー」
「へ!? あ、春樹ちゃん……!」
「ナルトくんでしたっけ? 彼の名前どこかで聞いたと思ったら、ヒナタちゃんからでしたねぇ。この前会いましたよー」
「春樹ちゃん! もう!」
ぼっと顔を赤く染め上げ、珍しく声を張るヒナタ。その姿はまさに恋する乙女であり、いつ見ても春樹はこの新鮮な反応が楽しくてならない。前世でも可愛くて可愛くてそれはもう可愛がっていた少女たちはいたのだが、彼女らにこれを求めるのは難しかった。むしろ無謀と言っていい。
自分自身がそういった感情とはどうにも縁が無かったというのもあり、春樹にとってヒナタの反応はどこまでも新鮮だ。自分が持っていないものというのはうらやましく、そして輝かしいものなのである。
しどろもどろにうろたえるヒナタの耳元に、春樹はそっと口を寄せてささやいた。
「ナルトくん、卒業試験合格しましたよ」
「え?」
ばっと顔を上げるヒナタの頭を「よかったですねぇ」と笑いながら撫でてやると、彼女はとても安心した様子で嬉しそうに微笑んだ。
「ナルトくん……合格、できたんだ」
「一緒の班になれるといいですね」
「あ、あああああああのね、別に、私は」
「バランス的に恥ずかしがりやのヒナタちゃんと元気なナルト君は一緒になるかもしれませんよー。ふふふ、楽しみですねぇ。そうなったらわたしはあたたかーく見守ります」
「もう、春樹ちゃんったら……! …………あのね、でも私、春樹ちゃんとも……同じ班になれたらいいのになって……思うの……」
「ヒナタちゃん、そういうところですよ!」
いじらしいその姿のなんと可愛らしいことか。
今度こそヒナタの恥ずかしさが頂点に達し怒られることになるのだが、春樹は再びぎゅっとヒナタに抱きついた。
**********
翌日。
説明会の会場である教室に行くと、春樹はさっそく額当てをつけて嬉しそうにしているナルトを見つけた。
「おはようございます、ナルトくん」
彼の近くの席はほとんどうまっていたので別の場所に座ろうと思ったが、一応声くらいはかけてから行こうとナルトに話しかけた。まあもともとこんな真ん中の席ではなくて隅に座ろうと思ってはいたのだが。
「あ、春樹! お前来るの遅いってばよー!」
この間ようやくまともに名乗りあったので、名前で呼ばれる。一部の席が埋まってきているとはいえ、まだ人がまばらな教室を見るところ十分に早いのだが……喜び勇んで、恐らくだが一番に教室にやって来ていただろうナルトにとっては遅い部類に入るようだ。
「ふふ、すいません。じゃあまた後で~」
「早! オレあれからお前探したんだぞ! なのに見つかんねーし……お前どこのクラスにいたんだよ」
イルカに聞けば早いだろうにと思いつつ、春樹は面白いのでまだ誤解をそのまま解かずにいることにした。どうやらこの少年、まだ春樹を男と勘違いしているようだ。
その後近くに座るように誘ってきたナルトを適当に誤魔化してから、一番隅の席に腰を落ち着ける。
……そういえば昨日は夜更かししたのだったかと、席に座った途端春樹は睡魔に襲われた。先生が来るまでまだ時間があるだろうと、春樹は呑気に見積もって睡眠欲に身を任せる。
途中なにやら騒がしく、目を開ければ何故かナルトの顔がぼこぼこに腫上がってプスプスと煙をあげていた。隣に座っている少女(たしか春野サクラさん)から未だ収まらない殺気のようなものが発せられているのを見ると、彼女の怒りをかったようだ。
哀れな。女子は怒らせると怖い。
しばらくすると、イルカが入って来てこれからについての説明が始まった。
三人一組に上忍が一人担当につき、その指導の下に任務をこなしてゆく。ちなみにチームはすでにバランスを考えて決定しているらしい。それに対して仲のよい友達と組みたくて祈っている者や、三人一組などまどろっこしくて面倒だとばかりに顔をしかめる者など反応は様々だ。春樹はといえば、ヒナタと組めれば最高だが、まあなるようになるだろうとぼけっと寝ぼけまなこのまま外を見ている。
そのため自分の名前が呼ばれた時、反応が少し遅れた。
「じゃ、次。第7班。春野サクラ……うずまきナルト! それと……うちはサスケ。最後に桜庭春樹」
「…………あ、はいー」
口から出た気の抜けた返事に、「え、ここに人居たの?」とばかりに視線が集まった。それに対し、春樹は「今日もわたしの能力は絶好調です」と一人ご満悦である。
(それにしても卒業人数を考えれば当然ですが、ひとつだけ四人班ですか)
しかし理由を考えて「ああ」と納得する。
ナルトの正体を知っている自分が彼と同じ班になるのは当然と言えば当然だった。約束をしたとはいえ子供である自分が、他の人間にうっかり話してしまうことも否めない。なら、まとめて一人の上忍が面倒を見るのが楽だろう。
要は監視だ。
ぼんやり今日のおやつと並行して考えていた春樹だったが、抗議の声をあげたナルトに視線をむける。
「イルカ先生!! よりによって優秀なオレが! 何でこいつと同じ班なんだってばよ!!」
ビシッ、とサクラをはさんで隣に座る黒髪の少年を指して言うナルト。ああ、では彼がもう一人の班員かと春樹は納得する。サクラはむこうが知っているかはともかくとして、同じくノ一クラスだったので知っていた。名前が似ていることもあって、一方的に親近感を感じていた子でもあるので班員になれたのは少し嬉しい。
(えーと、あと一人はうちわサケ君? あ、少し違う。うちはサスケ君でしたっけ? 彼とは完全に初対面ですねー)
ぼんやりと聞いていたので分からなくなりそうになったが、何とか思い出した。
「…………サスケは卒業生28名中一番の成績で卒業。ナルト……お前はドベ! いいか! 班の力を均等にするとしぜーんとこうなるんだよ」
「へーえ。そうなんですかー」
どうやら優秀な子のようだ。
サスケが一番の成績だ、と言うところに感心してもらした一言だが、教室中の声がまんべんなく聞こえる教壇側のイルカにはばっちり聞こえたようで。
「春樹! のんきにしてないで、お前もだぞ。体術と学科はともかく忍術に関してはナルト以下なんだからな」
しっかり釘を刺されてしまった。
春樹は相変わらずのうふふ笑いではーいとよい子のお返事をしたが、そこで未だ教室の中で春樹に気付いていなかった少年少女から視線が集中する。……実は春樹はこの"能力"だけで忍びとしてはかなり有利に動けるのではないかと踏んでいた。
同じ班のサスケやサクラですら、はて桜庭春樹なんていう人物がいただろうかと思っていたようで。今気づいたようだ。
(忍術はナルト以下……? ちィ、足手まといが増えやがる)
(ふーん、春樹君っていうんだ。しゃーんなろー!! ちょっと、結構恰好いいじゃない。って駄目よサクラ。私にはサスケ君が……!)
思うところはそれぞれなようだが、共通して感じた疑問はやはり今まで彼女の存在に気づかなかったこと。しかし隅に座って目立たないようにしている春樹を見て、そういう性質なのだろうとひとまず納得した。
サスケに足を引っ張るな、ドベなどと言われていきり立ちつっかかっていたナルトだが、途中気づいて春樹にぶんぶんと手を振ってきた。
「春樹、これからよろしくだってばよ! 忍術ならこのオレが教えてやってもいいぜ!」
「ちょっとあんた何偉そうなこと言ってんのよ! 春樹くーん、よかったら私に聞いてねー!」
ナルトと、ナルトに鉄拳を下しながら笑顔を向けてくるサクラに春樹はひらひらと手を振って答えた。
こんな個性豊かそうなメンバーならばとりあえず、退屈はしなくてすみそうだ。
お約束第七班