常春頭の忍者道   作:さとる

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6 サバイバル演習その一 ~狸笑いと狐笑い~

 窓から差し込む朝日に誘われて、彼女は目蓋をもちあげる。そのままゆっくり三十分二度寝を決め込むと、いつものように起きていつものようにキッチンへ向かった。

 

 今日は何にしようと考えてから、そういえば昨日レモンカードを作ったのだと思い出した。

 レモン果汁と皮をすりおろして入れたカスタードクリームを、バターをたっぷり塗ってトーストした六枚切りのパンにさらに塗り重ねる。パンはお気に入りのパン屋で購入したもので、ついおいしくて食がすすむ。二枚目は焼いただけで食べてみた。

 外はカリカリ中はもっちりで最高の一言。割ればほくほくやわらかい湯気が立ち昇り、バターを乗せれば黄金色の液となってとろりと白い割目に溶けていった。

 卵は下にベーコンを敷きこんでシンプルに目玉焼き。かけるものに特にこだわりは無いから、塩コショウにするかソースにするか醤油にするかケチャップにするかと悩んでしまう。しっかりレタスとプチトマトをそえて野菜摂取と彩りも申し分ない。

 しかしそれだけでは野菜が足りないから、さらに昨日の残りのサラダを追加。シーザードレッシングと削ったチーズをたっぷりかけた。

 飲み物はコーヒー、紅茶、牛乳に100%オレンジジュースにハーブティーどれにするかと再び迷う。結果、コーヒーにたっぷりミルクを加えてカフェオレにした。砂糖もひとさじ加えたそれは、ほんのり甘い。

 デザートはお腹の調子を整えるためにヨーグルトを用意して、ジャムではなくてあえてイチゴの形をそのまま残したコンポートを添えた。赤と白のコントラストが可愛らしい。

 

 春樹はボリュームと栄養満点の朝食をおいしくいただいてから、いつものようにきっちり髪を結わえて銀縁眼鏡をかけて玄関の扉を開ける。

 

 

 そんな彼女の頭からは「朝飯はぬいて来い」という、担当上忍たるカカシの言葉はすっぽりと抜け落ちているらしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 集合場所に到着すると、すでにナルト、サクラ、サスケの三人は集合していた。

 ちなみに現在は集合時刻丁度ジャスト。時間前行動とは感心だなぁと、緊張からかわずかに表情の硬い三人を前に春樹は穏やかに笑って朝の挨拶をした。

 

 しかし挨拶の返事よりも先に返ってきたのは、元気な腹の虫の音色である。それも三人分の。

 

「おや。お三方とも馬鹿正直に朝ごはん抜いてきたんです?」

 

 春樹が首を傾げながら問えば、ナルトが「まさか」といった表情を浮かべわなわなと震え始める。

 

「春樹……。お前まさか、食べてきたのかよ!? 朝ごはん!」

「せ、先生が吐くから食べてくるなっていってたじゃない! 大丈夫なの?」

 

 続いてサクラが心配そうにいうが、その視線はどこか羨ましそうだ。ひもじいらしい。

 

「ふふっ、わたしは朝ごはんを抜くことのほうが大丈夫じゃないですから。朝は食べなきゃ駄目ですよぅ」

 

 どうやらカカシの言葉を忘れていたわけで無く、わかっていながらボリュームたっぷりの朝食を食べてきたらしい。ちちちっと指を左右にふる動作は本人無自覚なのだろうが、腹ペコ三人には煽ってるように見えて仕方がなかった。

 春樹はジト目で見られていることに気付いているのかいないのか、ふとサスケを見て不思議そうに問うた。

 

「君も抜いてきたんですね? 成績が一番だと聞き及びましたので、てっきり「はん! どんな演習だろうと吐くようなやわな修行はしてないぜ!」くらいの気概で食べてくると思ってました。いやー、傲慢にならないところが流石ですね!」

 

 本人素直に褒めているつもりだが、これもまた煽っているようにしか聞こえない。ので、当然サスケは眉間に皺を寄せた。しかし腹ペコだからかいまいち迫力はない。

 

「! お、オレは実はカップラーメン食ってきたんだってばよ! 普段からすっげー修行してるこのオレなら」

 

 きゅーぐるるるるるる~

 

 ナルトが全てを言い切る前に、腹の虫が再度元気に鳴いた。

 

 春樹の言葉を聞いて見栄を張ろうとしたナルトだったが、情けなくも見栄は一瞬にして崩れ去った。

 一人お腹いっぱいでにこにこ笑顔の春樹に、三人分の恨めしげな目線が突き刺さる。が、本人はどこ吹く風だ。

 

「はたけ上忍は注意しただけで必ず食べてくるなと言ったわけでは無いですし、ようは自己責任です。わたしが吐いたら「ああ、食べてこなくてよかった~」ってなるじゃないですか。だから気にしない、気にしない。うふふ」

 

 まあ、吐くなんてもったいないことしませんしそうはならないでしょうけど。そう心の中でも笑んでいる汚い大人は、素直な少年少女を前に朗らかに言い切ったのであった。

 

 

 

 それから二時間後。

 

 

 

「やー諸君! おはよう!」

「「おっそーい!!!」」

 

 かるーく手をあげて現れたカカシにナルトとサクラの激しい突っ込みと非難の声が突き刺さる。しかし先ほどの春樹と同様、はたけカカシはとくに気にしたふうでもないようだ。もしも事情を知るものが居たならば、一日に二度も汚い大人にあしらわれる純朴な少年少女に憐みの視線を送っていたかもしれない。

 木の幹に背を預けて満腹の腹で気持ちよく眠っていた春樹もサクラとナルトの声で目を覚まし、大きく伸びをする。いよいよ吐くほど激しい演習が始まるようだ。

 

 それからカカシは用意した目覚まし時計を十二時にセットして、三つの鈴を春樹たちの前にかかげた。どうやらそれを制限時間までにカカシから奪え、ということらしい。もし奪えなかった場合は昼飯は抜きで、丸太に縛り付けられた上にその目の前でカカシが弁当を食うのだという。

 それを聞いて素直に朝食をぬいてきた三人は、お腹を鳴らして情けない表情になる。そして再び、一人しっかり朝食を食べてきた春樹に恨めしげな視線が集まった。

 

「スズは一人一つでいい。三つしかないから……必然的に一人丸太行きになる。……で! スズをとれない奴は任務失敗ってことで失格だ! つまり この中で最低でも一人は学校へ戻ってもらうことになるわけだ」

 

 春樹を除いた新米忍者の表情が緊張で強張る。

 

「手裏剣を使ってもいいぞ。オレを殺すつもりで来ないと取れないからな」

「でも!!危ないわよ先生!!」

「そう、そう! 黒板消しもよけれねーほどドンくせーのにィ!!! 本当に殺しちまうってばよ!!」

 

 サクラ、ナルトの言葉に春樹は何も言わないが、ただ首をわずかにかたむける。下忍ごときに上忍が殺されてしまえば、さぞや他国は火の国を侵略しやすいだろう。見たところ弱そうではないし、もしナルトの言うようにカカシが弱かったなら春樹は昨日の時点で忍者になることをやめていた。本来従う気質ではないというのに、弱い上司についての任務など退屈だ。

 しかしこのはたけカカシという男、わざと隙があるように雰囲気を作っているが実のところそんなものは存在しない。まんまと騙されてその隙に侵入を試みれば……。

 

(あらら)

 

 ドベと言われいきりたって攻撃を仕掛けたナルトの背に立ち、くないを突きつけたはたけカカシの姿は強者そのもの。

 眼球の動きだけでつついとカカシの移動を追っていた春樹は、嬉しそうに口の端をもちあげた。それは春樹だけでなく、押さえられたナルトもわくわくとした表情だ。一部始終見ていたサスケとサクラからも、すでに侮りの色は無い。

 

「やっとオレを認めてくれたかな? ククク……。なんだかな。やっとお前らを、好きになれそうだ。……じゃ、始めるぞ!! ……よーい……」

 

 

 

 貯めの間に張り詰める緊張感。それが。

 

「スタート!!」

 

 弾けた!

 

 

 

 ザッと四人の影が四方に散る。

 

 第二の卒業試験の始まりだ。

 

 

 

 

 

*******

 

 

 

 

 

 

 春樹はさっそく仕掛けたナルトとカカシのやりとりと遠目に見ながら、片手間に本を読むカカシに少しばかり親近感を覚えていた。そんな春樹の腰のポーチにも、行儀悪く途中で開いたままページを折ってある本が挟まっている。

 

(さて、どうしましょうか)

 

 卒業試験よりまどろっこしくなくて良いと思ったが、今の自分の実力で真正面から挑んでも返り討ちは明白。戦いを挑むだけでもそれはそれで楽しいだろうが、これは試験。そういうわけにもいくまい。

 それに……チーム制だというのに、この試験本当にスズを盗るだけで合格になるのだろうか、と春樹は考える。下忍以前のレベルで単独、上忍から獲物を奪取できるとは思えない。はたけカカシは無暗に手加減してくれるやからにも見えないため、余計にだ。

 弱い者が格上に挑む時有効なのは、奇抜な策を用意するか……ベターなのは複数で組むこと。多勢に無勢といえば聞こえが悪いが、要はチームワーク。実際相手取る立場に立って考えると、お互いに足りない部分を補われると厄介だ。前世で自分を狙ってきたブラックリストハンターも、それで自分をいいところまで追い込んだなぁと懐かしく思い出す。

 

(ふむ。しかし、鈴は三つ。わかりやすいといえば、わかりやすい)

 

 春樹が考えている間もナルトが元気に動いていたが、思わず「あ」と小さく声が出た。ナルトが罠にかかったのだ。影分身を使っていいところまでいったのに……と、余興を奪われた気分になって少し残念に思う春樹である。

 そのまま春樹はナルトのあとにカカシに向かってゆくサスケの姿を目で追う。元気なことだ。

 

(ああ、彼強いんですねぇ。……あ、おしい)

 

 観戦を楽しむ春樹だったが、朝食を食べたにもかかわらずだんだん空腹になってきた。少々考えるのが面倒だ。

 ひとつの考えには至ったが……それを実行することを考えると、たいへん面倒くさい。

 

 いつのまにか時間が迫っていることにも気づき、とりあえず試験に合格することよりも弁当を手に入れるために春樹は動いた。

 

 

 

 (あと5分……か)

 

 カカシは先に弁当を食べようとしていたナルトを丸太にくくりつけると、チラと時計をみやる。

 ナルトはこの通りで、サクラは幻術にかかり意識を取り戻したとしても再びサスケを追うだろう。そのサスケは土の中。気になるのが……未だ挑んでこない上に、姿も見かけない桜庭春樹だ。

 何も仕掛けてこないからサクラと同様幻術にでもかけてやればよいと思っていたが、探せど探せど見つからない。

 

(慎重になりすぎて、ひたすら隠れて逃げるだけに徹したか)

 

 いや、もしそうならばその行動は慎重ではなく臆病だ。自分の保身だけを考えて任務を実行する勇気も無いか……。これなら、試験の本質を見抜けていないとはいえ積極的に向かってきたナルトとサスケ、色恋混ざって盲目的過ぎるとはいえ一人の仲間だけでも気にかけたサクラのほうがまだましである。

 

 時間終了まで、あと一分。

 

 少々の落胆を覚えつつ、十秒をきったところでカカシは心の中でカウントを始めた。

 

 

 9

 

 8

 

 7

 

 6

 

 そして5。

 

 チリン。

 鈴が鳴った。

 

 

 

 4

 

 

 

 自分が動かなければ鳴らないはずの涼しげな音が耳に届く。

 

「!」

 

 下を見れば、スズに手をかけた春樹の姿。

 

 3

 

「おや、見つかっちゃいました! でも遅いですよ」

 

 2

 

 笑みを浮かべた春樹にすぐさま反応したカカシの蹴りがはいる。しかしその春樹は笑みをたたえたまま、煙をあげてかき消えた。

 

 

 『二重鏡奏(ダブル)

 

 

 数こそ少なくとも、影分身(正確にはもどき)を使えるのはナルトだけではないのだ。

 ダブルの春樹が消えると同時に、くいっとスズが引っ張られてカカシの腰から外れた。伸ばした手をすり抜けて、スズは金色の軌跡を残して宙をすべる。

 

 

 1

 

 

 ジリリリリリリリリリリリリリ!

 

 

 

 けたたましい時計の音が鳴り響いたときには、春樹の手には太陽の光に照ってやっとわかるくらいの細いワイヤーにつながった、ひとつどころか3つのスズが握られていた。

 

「あらら……え、マージで?」

「ふふふっ、マージです!」

「え……え!? は、春樹!? てか、鈴ぅ!?」

 

 してやられたとばかりに感心を通り越して呆れた表情のカカシ、満足そうな春樹、何が起こったのか理解が追いつかず二人を交互に見るナルト。

 

「わたし達下忍もどき相手にも、よく油断せず気を配ってらっしゃいましたが。……最後の最後でぬかりましたねー。ふふふ! 気分がいいです」

「春樹、お前実はイイ性格してるよね。いやー、にしても……こんなに近づくまでオレに気づかれないとは。たいしたもんだ。それに、影分身ときたか」

「気配を消すことだけは得意なもので」

 

 春樹がしたことといえば大したことではない。

 分身を作り、気配を消してカカシに近づき、スズをとるふりをしてその実……本体の春樹へとつながるワイヤーを鈴にとりつけたのだ。あとはそれを引っ張るだけでよい。

 

 しかしそのためには当然カカシに気づかれること無く近づく必要があり、ワイヤーを引っ張る際にもカカシが鈴をつかむ前にワイヤーを引き寄せなければならない。気配だけでなく地面を踏みしめる音も、空気をきる音も何もかもを紛れ込ませて迅速に、が最低条件。

 これが攻撃であったならば、カカシはもっと早く反応したかもしれない。だが春樹はスズだけを眼中に入れていた。盗ることだけに集中すれば、脳が、魂が覚えている記憶に体が自然とついてゆく。ついでに言うならば気配を消すことに関しては能力の一端も使用している。そうそうに気づかれるはずが無い。

 

 欲しいものを奪う。それに関して劣るつもりは無かった。たとえ相手が上忍であろうと、たとえまだ実力でかなわなくとも欲しい物は手に入れる。

 

 それはほんの少しの矜持。

 

 数多くのものを奪った前世の記憶。前の彼女は血なまぐさく奪う中で、時に血を流さず相手を出し抜いて掠め取る方法も好んだ。してやったりと思った瞬間がたまらなく"イイ"のだ。

 成功したことに対する久しぶりの高揚感に、スズを手にした瞬間にいつもより余計に口の端が持ち上がり愉悦で顔がゆがんだ。すぐにいつもの穏やかな笑みに戻るが、高揚感はぬけないままである。

 

 カカシはあと数秒だったとはいえ春樹を侮った自分にため息を吐き出す。何も仕掛けてこないからこそ、警戒するべきだった。最後の最後で最も油断する瞬間、つけこまれた。

 内面はいまいち読めないが小奇麗な顔立ちのわりに目立たず、他の三人に比べ特筆すべきところも見受けられなかった春樹。アカデミーでの成績も並で、忍術に関してはナルトよりはるかに悪い成績と書類に書いてあったが……それが擬態ならば、忍者としての素質は上々だ。自分もまた、書類上の数字より己の勘を信じるべきだったのだろう。

 

(こいつは間違いなく曲者だなぁ。あーあ。これ知られたらからかわれそう)

 

 一つどころか三つもまんまとスズを奪われた。偶然やまぐれでしてやられるほど、甘いつもりは無い。

 この事実を同じく下忍の担当上忍となった同僚に知られたならば、しばらくいい酒の肴にされそうだ。

 

「ははは。やるなぁ、春樹」

「うふふ、いえいえそんな」

 

 ナルトは飄々と笑うカカシと、目を細めて柔和に笑う春樹の背後に狸と狐を見た気がした。

 本当に狐を身に抱えるのは彼自身であるが。

 

 

 

 

 

 サスケとサクラがもどってくるまで、ナルトはこの狸と狐の笑いあう微妙な空気にいたたまれない気分を味わうことになる。

 

 

 

 

 

 

 

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