常春頭の忍者道 作:さとる
ガサっと茂みがゆれる。四人が四人とも、ターゲットを視界の内に捕捉した。
忍者の名に違わず気配を消して忍び寄り……そして小さく無線機で応答をはかる。
「目標との距離は?」
『五m! もういつでもいけるってばよ!』
『オレもいいぜ』
『私も』
『同じく』
「よし!」
一拍。
「やれ」
そしてターゲットの悲鳴が響き渡った。
「ニャーーーーーーーーーッっ!!」
現在下忍として任務をこなしている四人は、数日前の試験に無事合格していた。
ナルトに弁当を食わせるな、と言ったカカシだったがそれに反して全員がナルトに弁当をわけようとしたのだ。
「忍者は裏の裏を読むべし。忍者の世界でルールや掟を破る奴はクズ呼ばわりされる……けどな! 仲間を大切にしない奴は、それ以上のクズだ」……とのカカシの言葉はまだ四人の記憶に新しい。つまり、試されたのだ。
しかし全員意外だったのが、あれほど弁当に執着していた春樹が真っ先に弁当を差し出したこと。
春樹としては最初、他三人が受からなかった場合一人でおいしく弁当を食べようと思っていたのだが……食べられないのは丸太に縛り付けられたナルトだけというではないか。さすがにそれは可哀そうだと、弁当を差し出した次第である。
食べ物に執着するからこそ、一人だけ仲間はずれで食べられない悲哀にも同情するのだ。
結果それが合格へとつながったのだから、春樹的には棚から牡丹餅だ。せっかくなのでありがたく合格を享受して今に至る。
下忍になってからの目下受けている任務はDランク……ABCDとある任務の中で、最も簡単なものだ。
先ほどは逃げ出した猫を捕獲する任務で、あとは畑の手伝いやらおつかいやら子守やら……そんな雑務ばかりである。お金をもらっているので雑務と言い切るにはいささか依頼者に不敬だが、およそ忍者の仕事として少年少女が想像していたものとはかけ離れていたようだ。これならば学校に通っていた時の方がよほど忍者していた、とはぶーたれたナルトの弁である。
春樹としては給料が安いものの任務によっては早く終わって自由時間が得られるし、それなりに楽しんでやっているので文句はない。サクラもちゃんと里の仕組みを理解しているからか、文句は言わずに仕事をこなす。
……が、ナルトとサスケはそうでもないようだ。
あまり表面には出さないが、実力を簡単な任務でもてあまし苛ついているサスケに、もっとわかりやすく不満たらたらなナルト。そして今日、ついにそれが爆発したようだ。
執務室にて次の任務内容を伝える火影に向かって、両腕をクロスさせ大きなバツマークを作ったナルトが大きな声を出す。
「ダメー!! そんなのノーセンキュー!! オレってばもっとこう、スゲェー任務がやりてーの! 他のにしてェ!!!」
ダダをこねるナルトに、火影の横に居たイルカがたしなめてカカシが拳を振り下ろす。火影も里の任務がどういうものであるか説明するが、ナルトはそっぽをむいて耳を貸さない。
そして「話を通してくれるまで話なんてきかないもんね」とばかりに、関係ない話をし始めた。
「昨日の昼はとんこつだったから今日はミソだな」
「ああ、ラーメンもたまにはいいですねぇ。わたしも今日は食べたい……。ふふっ、せっかくだし、麺から打ってみますか!」
しかし空気を読まずそれにのる馬鹿がもう一人。春樹である。
「なになに春樹! お前ってばラーメン麺から作れるのかってばよ?!」
「うふふ、なめてもらっちゃこまります。これでも食にかける情熱はナルト君のラーメンに対するものに負けません!食べるほうが好きですが、いつも外食していれば出費もかさみますからね。一通りの料理は作れますよ。ついでに言うとうどんと蕎麦も得意です」
得意満面に胸を張る春樹だったが、ようやっとそこに雷が落ちる。
「二人ともきけェェェい!!」
「ど……どーもすいません」
部下の代わりにあやまるカカシだが、ナルトは相変わらずだ。
「あーあ! そうやってじいちゃんはいつも説教ばっかりだ。けど オレってばもう……! いつまでもじいちゃんが思ってるような、イタズラ小僧じゃねェんだぞ!」
言ってから再びふくれて火影に背を向けるナルトだったが、意外にもそのあと火影はCランクの任務を与えてきた。そうまでいうならやってみろ、という事だろうかと春樹は首を傾げる。
その任務の内容はというと、ある人物の護衛という忍者らしいそれ。
何を思って火影がCランク任務を与えたのかはわからないが、せっかく里の外へ出られる貴重なチャンスだ。そう思い、春樹は旅行気分で楽しむことにした。まだ早い気もするが、困った時の担当上忍ということで何かあればカカシに丸投げしようという図々しい魂胆である。
春樹が打算的な考えで「旅行楽しみ~」とにこにこしている間に話は進んだらしく、いつの間にか目の前には一人の酔っ払った老人が立っていた。
「サクラさん、サクラさん。あのお爺様をお守りすればよいのですか?」
「春樹君てば……もう。ちゃんと話聞いててよ。あのね、あのおじいさんはタズナさん。護衛期間はあの人が国に帰って橋を完成させるまでよ」
「へぇー、そうなんですかぁ」
橋職人。狙われるような人には見えませんけどねぇと、しげしげとタズナを見つめていると、タズナは今はじめて春樹に気づいたようで顔を向ける。
「なんだ、超目立たんガキじゃのう。ひょろっちくて頼りなさそうじゃわい」
「おや、そうですか? ふふふ。昔から目立たないもので~」
「……ま、くってかかってこないだけそこの超アホ面よりはましか」
「何だとクソじじぃー!!」
「お前は……。そんなんだから言われるんだって」
ばたばた暴れて今にも老人につかみかかりそうなナルトを押さえるカカシが、呆れたようにため息をついた。七班の担当になってからため息が増えたのは、おそらく気のせいではない。
その後各自家で旅の準備をしてから集合と、一回解散が言い渡されたため春樹も家へ帰った。
予定外の長期間の不在に、冷蔵庫の中の物を見てちょっと困ったぞとうなる。とりえあえずできる限り弁当用に調理して、残りは潔くあきらめてご近所に配ることにした。
そしてもろもろの準備を終えると、里の門へと向かう。その足取りは初めて出る里の外を思ってか、心なしかはずむようだ。
(ふんふふ~ん♪ いやぁ、楽しみですね。なんだかんだ、里の外へ出るのって初めてですし! とりあえず風景でも悠々と楽しんで、護衛は他の班員に押し付け……任せましょう! ええ、信頼してますよ皆さん! がんばって!)
何、これも彼らの成長のためである。そこいらの山賊程度なら任せたって平気だろうと、彼女は任務前から職務怠慢を決め込んだ。サバイバル演習のときに社会人だ何だと言っていたのはいった口はどこの口だと、その考えを知るものが居たならばつっこんだだろう。
そして。
「出発ーっ!!」
あ・んと書かれた木製の巨大な扉は、木の葉の里の出入り口。
嬉しそうにはしゃいで声をあげるナルトを微笑ましそうに見ていた春樹だったが、ふと、つついと視線を背後の木立の上に向ける。
「んー?」
「どうしたの? 春樹くん」
「いえ、ちょっと珍しい鳥が居たもので~。ふふふ」
穏やかに笑う春樹を見て特に疑問をいだかず、サクラは「そうなんだ」とだけ笑って相変わらずタズナにつっかかっているナルトに気づき、制裁の拳を振り下ろしていた。
春樹は笑顔のまま視線をサクラたちに向ける。気づいた"それ"を、わざわざ目視する必要はないからだ。
彼女の"円"は二人分の存在を捉えていた。それもあきらかに一般人ではない……というか、もしそうなら日常生活に非常に興味が湧く。何故ならその人物たちは、高い木の上に居るというのに一人が一人をおぶっている格好だからだ。おぶさっている側が子供、ということもない。感じ取った大きさは大人二人分。
これで普通の人です! と宣言されたらだいぶ面白い。いや、忍者でも面白いが。
気配の消し方とこの距離からでは、カカシもまだ気づいていない様子。
円が得意な念能力者は本来隠密を軸とする忍者にとっては天敵かもしれないなぁと、今さらなことを春樹はぼんやり考えた。まあ、おそらくこの世界での使い手は春樹だけなのだが。
特に春樹の円の範囲は広い。
念の応用技の中でどれが一番得意であるかと聞かれたら、まず間違いなく円と答えるだろう。
春樹はどうしようかと考えるが、しかけてくるまでは特に気にしなくて良いだろうと無視をきめこんだ。まだまだ旅行は始まっても居ないのだから……と。
しかしほどなくして二人分の影は動き、先回りの動きを見せた。ずいぶんせっかちらしいと呆れるが……一人班員たちの話に加わらず、後ろを歩いていた春樹はふと。悪戯を思いついたような笑みを浮かべる。
そして先回りした二人組みの気配が消えた水溜りのある道に差し掛かると、わざと水溜りに足を踏みいれて……それはもう楽しそうに足でびしゃびしゃと踏みつけた。
「なーにしてんのかなァ……」
唯一水溜りを気にかけていたカカシが言うと、他のメンバーも気づいたようで春樹を見る。
「いいえー。ちょ~っと足に汚れがついていたので、おとしただけです。丁度いいところに水たまりがあったので!」
仕上げとばかりにぐりぐりと踏みにじってから、春樹は何事もなかったかのように水たまりを出た。
カカシも「団体行動はみださないよーに」とかるく注意しただけで、あとはいつも通り。…………が、その目は水溜りを一瞬だけ見つめていた。
そして、間を置かず。
穏やかな一行の歩みは、突如として崩された。
ピチャりと静かな水音を皮切りに、殺気がふくれあがる。そして空を切って飛来したのは、刃のついた長いチェーン状の凶器。それがカカシの体を捕らえた。根元を辿ればセンスが良いとはいえない、角を模した飾りのついた額あての二人組。
一同が驚愕する中……考える間も与えられず「一匹目」の言葉とともに、カカシが血と肉塊へと変貌する。首と胴どころか五体全てを引き裂かれ、ぼとぼとと肉体だったものは地に落ちた。
サクラの悲鳴が響く。
ナルトは突然の出来事に固まっており、自分の背後に敵が回ったことに気づかない。
……だが一人、サスケだけは違った。
カカシが引き裂かれる様を見ていながらも、現状をしっかりと見極めたようでサスケはすぐに行動に移った。一瞬の驚愕の後に引き締められた表情は恐ろしく冷静だ。サスケは飛び上がると、チェーン状の武器をホルダーから取り出した手裏剣で木に縫いとめ、すかさずクナイでそれをさらに固定する。あれは簡単には抜けないだろう。
それだけに留まらず、動きを止めた敵二人の鋭い爪のついた手甲に飛び乗って強烈な蹴りを叩き込む。無駄のない美しい流れの攻撃だ。
春樹はそれを眺めつつ、「ふむ」と顎に手を当てた。あれだけ水たまりで踏みにじったら自分のところに来るとばかり思っていたのだ。春樹が気づいている可能性を考慮して一番隙の多そうなナルトを先に狙ったのだとしたら、なかなかに感心だ。……と、何故か微妙に上から目線の春樹である。ちなみに特に他意はない。
まあ、どちらでもよいか。と、数十秒ほどで終盤に差し掛かる攻防を春樹は笑顔のまま見守った。
その途中一人がこちらにつっこんできて、気づいたサクラがタズナをかばうが……その必要もないだろうと、春樹はそのまま動かない。
ドコッ
そんな音とともに、タズナ達に迫っていた敵はもう一人と一緒に仲良くカカシの腕の中。変わり身の術を使って生きていたのだ。
敵は一人はぐったりしてるものの、もう一人はじたばたと暴れている。だがカカシは苦もなくそれを押さえつけていた。
しかしそれでは縛れなかろうと、春樹は呑気な歩みで近づいて、どこからともなくずるずると長いロープを引っ張り出した。
「うふふ、お疲れ様です。これどうぞ」
「あー……。じゃあとりあえず、手首縛って」
「はいはいっと」
何か言いたそうなカカシだったが、彼は今は構うべきではないかとそのままスルーした。また一つ彼はスルー上級者へと一歩階段を上ったのだ。
カカシがぐっと腕に力を込めると、こきっと音がして暴れていた男も気を失って項垂れた。春樹は言われたとおりにそれを縛る。
…………そこでようやく、緊張に晒されていた一般人のタズナはほっと息を吐いた。
「ナルト……すぐに助けてやれなくて悪かったな。ケガさしちまった。お前がここまで動けないとは思ってなかったからな。とりあえずサスケ、よくやった。サクラもな」
「…………!」
地面にはいつくばっていたナルトが呆然とした表情で立ち上がると、追い討ちのようにサスケが言う。
「よォ。……ケガはねーかよ、ビビリ君」
「!!!」
言い終わると、サスケは春樹にも視線を送り口の端を持ち上げた。
「鈴はとれても、実戦で動けないなら意味ねーな」
唯一カカシから鈴を奪取した春樹だったが、今の戦闘では微塵も動けていなかった。いくら演習ができても実戦で使えぬ忍びなど……そんな意味が込められた視線。
しかしそんなサスケの前で、カカシのじと目が春樹に突き刺さる。
「いや、春樹はさぁ」
「わー! 皆さんすごかったですねぇ! えらい!」
パチパチパチ、と拍手。
「…………お前、オレが生きてるのに気づいてサボってたろ」
「………!?」
「ええ、まさかそんな。反応できなかっただけですよぅ」
確信はないが、どうも嘘臭い。というかこの笑顔と微動だにしなかった様が逆に胡散臭いのだ。
そういえば、とカカシは意識を失った忍を見る。最初に自分を襲ったときより、若干ではあるがナルトを襲った動きが鈍かった。今見てみれば手の先が痙攣するようにびくん、びくんとはねている。そこでカカシは演習のときに八つ当たりで投げられた、春樹のクナイを思い出した。
服ごしにも効く即効性の痺れ毒……さては、先ほど水溜りで靴の汚れを落とすふりをして水に毒を溶け込ませていたか。
サバイバル演習以降の任務では特に目立ってよい動きもせずに、黙ってさえ居れば存在がやけに薄い春樹。だが、一度出し抜かれた経験がある身としては欺かれない。カカシは春樹の小細工を見抜くと、やはり存在感が薄いどころか厄介な曲者だとため息を吐き出した。ああ、またため息をついてしまった。今日何回目だろうか。
これが常に全力を発揮してくれたらよいのだが、手を抜くところはとことん抜いて最小限にしか行動しないものだから困る。
「春樹は気づいてたんだってば? だからさっき水溜り……」
「いいえ、まさか。そんな敵を怒らせるようなこと、わざわざしませんよ」
いけしゃあしゃあと、その怒らせるようなことをわざとやった春樹はすっとぼける。それよりも……と春樹はナルトの手を取った。
「ナルト君、毒抜きしないと死にますよー?」
「! ど、毒?」
「そうだな……とりあえずナルト、動くなよ。毒が回る。こいつらの爪には毒が塗ってあるからな……傷を開いて毒血をぬく」
そしてナルトに処置を施しつつ、カカシはタズナに声をかけた。
「タズナさん」
「な……何じゃ……!」
明らかに狼狽している護衛対象の老人に、カカシは振り向きざまに視線を送る。
「ちょっとお話があります」
敵方の忍……霧隠れの中忍を木にしばりつけると、意識を取り戻した彼らが冷や汗をたらしながらカカシを見る。
「……なぜ我々の動きを見切れた」
「数日雨の降っていない今日みたいな晴れの日に、水溜りなんてないでしょ」
「うふふ、水の術を主流に使う方々としてはまぬけですよねぇ」
「……! 小僧ッ」
霧隠れの忍びは痺れの抜けない体で春樹をにらみつけるが、春樹は友好的とすら思える笑みを浮かべている。しかし立っている春樹は見下ろす立場にあったので、かなり上から目線に見えて余計に憎憎しい。
カカシに見破られたことも失態だが、この子供に水に身を潜ませる術を利用されたことに何よりプライドを傷つけられた。水に潜んだ結果……体中くまなく痺れ毒をあびてしまうことになったのだから。
もう一人自分たちを攻撃した下忍も驚異的な強さを誇っていたが、それよりも毒だけ仕込んであとは悠々と毒の効果が出る様子を眺めていた下忍が憎らしい。
……話すことはできるが、完全に毒が回っていて体を動かすことは不可能だ。明らかに格上の上忍もいることから逃げることは難しかっただろうが、止めとばかりにこれで完全に逃げるすべを失った。
効き始めるのは数秒の即効性、効果が浸透するまでには時間のかかる遅効性。
そんな毒を靴の汚れに見せかけて溶かした春樹だったが、そこで即効性の……それこそ死に至らしめる毒を使わないのがなんとも性格が悪い。
ともあれ敵を縛り付けた第七班は、改めて依頼主に向き合う。
タズナの依頼について不審を抱き問うカカシに、タズナは押し黙った。
受けた依頼はギャング、盗賊などの武装集団から彼を守ることであったが、実際は他国の忍と刃を交えた。そのターゲットはタズナ。……忍者が相手の場合、本来Bランク以上の依頼となる。
「なにか訳ありみたいですが、依頼でウソをつかれると困ります。これだと我々の任務外ってことになりますね」
「そうなると、これからどうするのです?」
「里に帰るしかないわよ。この任務 まだ私たちには早いわ……やめましょ! ナルトの傷口を開いて毒血を抜くにも麻酔がいるし……医者に見せないと」
カカシがちらっとナルトに視線を向ける。春樹は面白そうにそれを見ていた。
あの性格だ。ここでおとなしく帰ったりしないだろう。
「こりゃ、荷が重いな。ナルトの治療ついでに里へ戻るか」
カカシがそういった時だ。
肉に刃物が突き刺さる音と飛んだ鮮血に、春樹は満足そうに笑った。
「ナルト何やってんのよ! アンタ!」
自らの傷にクナイを突き刺したナルトに春樹を除いた一同が驚愕した。
しかしナルトは痛む傷を我慢して、半ば無理やり笑う。
「オレがこのクナイで……オッサンは守る。任務続行だ」
(期待どおりですね~。ここで帰るなんてなったらどうしようかと思いましたよ)
声には出さないが、春樹は嬉しそうに笑みを深めた。……が、それはいつもの笑顔に比べてどこか歪である。
それを見てしまった霧隠れの忍……鬼兄弟と呼ばれる兄の業頭と弟の冥頭は、背中に大量の虫がはいずるような感覚に襲われた。彼らは知らないが、オーラと呼ばれるエネルギーを操るすべを知らない者が向けられたとき……その感覚にのまれるのだ。
ふと、その目がこちらに向けられる。笑っている、哂っている、笑顔で自分たちを見ている。なのにいったい何だというのか、この不快感は。まるで標本に貼り付けられた虫ケラにでもなったみたいだ。
全員がナルトに注目する中……春樹はゆったりと二人に近づいて、その白く長い指でついっと頬をなぞった。なぞられた業頭はわけのわからない恐ろしさに呼吸が乱れる。触られただけ、それだけだというのにまるで体と頭の中をめちゃくちゃに掻き混ぜられたような。
何故、この異様な空気に気づかない……!
鬼兄弟は予想外の行動をしたナルトにばかり注目しているカカシらを見る。恐らくこれから生きての帰還など不可能……まつのは死だ。しかしこの空気の中にいるくらいなら、殺されたほうがまだマシだと二人は思う。それだけ不快な空気。味わった事のない感覚だ。
気づけ、気づけ! そして早く俺たちを殺せ! と。心の中で懇願するが、彼らは気づかない。声など出せるはずもない。
春樹は傍から見れば慈愛すら感じさせる柔らかな笑みで、鬼兄弟の耳元でささやいた。
「あなた方の他にも、忍が?」
短い問いかけ。
鬼兄弟は一刻も早くこの空気から逃れたくて、馬鹿の一つ覚えみたいに何度も何度も首を縦に振った。忍としての黙秘など考える余裕はなかった。
春樹はいっそう華やかな笑顔を浮かべる。
「そうですか、ありがとうございます。では、お礼に」
優しく口元を覆っていたものをはずされ、滑り込まされたそれぞれ一粒ずつの丸薬。極限までに精神を追い込まれた二人に、ささやかれたそれの効能は甘美なものだった。
拒むことはなく、むしろ喜びすら覚えて受け入れる。
「おや?」
今度は不自然に"何か"にさえぎられることもなく、春樹の声はカカシらの耳にも届いた。集まる視線に、春樹は振り返る。
何事もなかったかのように、ただ事実を述べた。
「はたけ上忍、彼ら自害したようですよ」
強く噛まなければ、けして砕けることも溶けることもなかったそれ。自分はプレゼントしただけであって、それをどうするかは彼らの自由。けして嘘などついてはいない。
苦しんだ様子もなく、眠るように安らかな亡骸の口内には砕かれた毒の丸薬がはりついていた。