今回は約11000文字!
ではどうぞ!
誕生日。
一年に一度訪れる、誕生を祝う日。365日という長い月日のたった1日だけ存在するその日は、多くの子供にとって喜ばしい日だと思う。
例外を除けば、大抵の家庭は『好きなもの』を貰えるからだ。
ゲーム、玩具、スポーツグッズ……あまり高価過ぎないものならば、自由に一つを選べるだろう。
それを抜きにしても、誕生を誰かに祝われるというのは単純に嬉しいものである。
だが、広瀬は例外。
誕生日が嫌いという訳ではないものの、別段好きという訳でもなかった。
何せ自分から積極的に絡もうとせず、親とは最早親子と呼べるのかも怪しい関係。
祝ってくれる人物など誰一人としていなかった。
それでも家族である証だからと実家から送られるプレゼント。だが顔を合わせる気が無いその理由を察し、寧ろ逆効果。
別段嫌いでは無い。一年に一度の祝いが無いだけの、ただの日常だ。
だから好きでもなかった。
───が、今年は違う。
結ばれようとする未来こそまだ見えないが、好きな人と良い関係を築き、それを発展に友人も出来た。
まあ教えてる訳ではないが、LINEのプロフィールに載っているし気付いてくれるだろう。
そんなワクワク気分で七月七日を迎え───22時間が経過した。
つまりはその日の夜10時。幼き子供ならばお眠の時間であり、中・高生ならば起きていても「相手に迷惑かもしれない」という時間帯。
広瀬は開いていたスマホを閉じ、一息吐いた。
「……期待してた分落胆が酷いな」
広瀬の心情を表すが如く、雨の降り注ぐ音に包まれる。
もう一度深く溜め息を吐くと、「そろそろ風呂に入るか」と呟いて浴室へと向かって行った。
もしかしたらサプライズで遅めの時間に家に来るのでは? という期待感から髪型も服も崩さないでいたが、流石にこの時間で雨の中来るはずもない。
どんよりとした空気を背負って風呂へ入って行った。
浴槽で呆然と十分。時折タオルに包んだスマホに目を向けるが、通知音が鳴ることはない。
密かに残っていた期待感もやがて消え、「まあこんなもんか」と一人納得する。
友達だからって必ず祝う訳でもあるまい。一方的に好意を抱いているだけだ。
勝手に期待して勝手に落胆する。同じ事を何度繰り返すつもりなのだろう。こんな状態で明日会おうものなら失礼だろう。
裏切りのない確信だけを期待すればいい。
早坂 愛と広瀬 青星との繋がりは、『約束』という確立された協力関係というだけなのだから。
「……よし」
頬を叩き、気持ちを切り替える。
浴槽から立ち上がり、水気を拭き取って浴室を出た。
変わらない日常。いつも通りの日々。
風呂後には水分補給をして、仕事のスケジュールの確認。それが終われば就寝だ。
それで───また、日常は終わる。
時計の針が進む音。
その長い針が9を示す時、突如広瀬のスマホが揺れ動く。
ミュートはしてない為に音も鳴り響く。普通の通知音ではなく、設定で変えられる音。それが示すのはライン。
スタンプの為に入れた公式からだろうかと手に取ると、そこには『愛』の名前と『開けて下さい』という短いメッセージ。
まさかと思いつつ階段に伸ばされた足を引っ込め、早足でドアを開く。
目の前には、傘を差してはいるが雨に濡れた様子の早坂。
「……ハッピーバースデーです」
「え……あ、ああ。どうも」
袋に入った箱を広瀬は受け取り、礼を言う。
「じゃなくて、どうしたんだこんな時間にっ!?」
「お風呂、借りて良いですか?」
「そりゃ構わんけどもっ……だぁ、もう! 分かった、話は後な! 階段横右側の扉が浴室だから、さっさと入れ! 風呂は……ぁあ……湧いてるけど俺が入った後だし、嫌なら入らなくてもいい。沸かし直してもいいから」
「もう一回入れ直すのも面倒ですし、折角なので入ります」
一応思春期の少年少女。流石に嫌かもしれないと思って気を遣ったが、然程気にした様子も無く、早坂は靴とソックスを脱いで颯爽と浴室へと入って行った。
床が濡れないよう配慮した為だろうが、広瀬は気不味く目を逸らし、渡された袋に入った箱を冷蔵庫へと持っていく。
早坂は指示通り階段横右側にある浴室へと入って行った。
上がった時に濡れた服を着せるわけにもいかないので、取り敢えず適当な服を選んで浴室へと持っていく。入る前に扉に耳を近づけ、シャワーの音がなっている事を確認し、扉を開いた。
洗面所の鏡に映る頬の染まった自分に「意識するな」と言い聞かせ、早坂に喋りかける。
「服とタオル、ここに置いとくから」
「……待って下さい、青星くん」
「あ、ああ……なんだ?」
キュッと響く音と共にシャワー音が止み、早坂が広瀬を呼び止めた。
一刻もここから脱したい羞恥心を抑えて返事をすると、早坂は声音を僅かに低くして紡ぐ。
「すみません」
「え?」
「今日が誕生日だというのは、つい先程……1時間前に気付きました。言い訳に聞こえるかもしれませんが……その所為で祝うのが遅れてしまい、申し訳ありません」
扉から見える僅かに見える影が俯いた。
罪悪感を抱いている事がハッキリと分かる仕草だ。
扉越しなので確信を抱ける感情は視えないが、培った経験が「その悲しみは本物」だと伝える。
思考し、広瀬は笑みを浮かべた。
(いつも通りは、愛も同じか)
親の仕事を手伝い続け、己の眼が見る世界を考え、やがて自ら他人に干渉する事を止め、誰にも祝われる事なく生きてきた広瀬。
ただ主人に命じられ、それを行い、偽りに染めて生きてきた愛。
互いが互いに『本当の友人関係』など知らずに今までを過ごした者同士。
何時だっていつも通りの日常で、特別な日は存在しなかった。
(……あー、バカだな俺。確信を抱けない期待はしない?
勝手に期待して、勝手に落胆する。
───それこそ上等。友達なのだから、その程度良いではないか。
予想できない嬉しさもあるのだから、期待していい。
やりたい事、やって欲しい事。全部本音であるが故の友達だ。
「……んー、まあ忘れてた……つか、気付かなかったなら仕方ないだろ。俺も直接は言ってなかったしな」
その辺は反省だと、自分に言い聞かせるように紡ぐ。
「祝う相手が居なくても、どうせいつも通りの日常だ。そんな気にする事はない」
「いえ、ですが……」
「───筈なのに、こうして気に掛けてくれるって、結構……いや、凄い嬉しいんだよ。ちょっと遅れたとか気にしなくていい。祝ってくれる特別な日も、悪くないって思えるからな」
いや、寧ろ。この遅れているのが逆にサプライズ感があって、特別な日であると再確認出来る。
いつも通りでない日常も悪くないと、広瀬は本心からそう思った。
「……そう、ですか」
早坂は浴室に座り込み、壁に背中をつける。
同じように壁に背中をつけて座っていた青星は立ち上がり、心臓に悪いからそろそろ出て行こうかと立ち上がった。
「青星くん」
立ち上がる気配を感じたのだろう。早坂は広瀬を呼び止める。
流石にそろそろ鼓動がマッハを超えそうなので勘弁してくださいという言葉を飲み込んで「何だ?」と返せば、また揶揄われてると疑いそうになる言葉を早坂は紡いだ。
「私の服のポケットを探って下さい」
「……い、いや、それはマズイんじゃないかと。倫理的に考えて」
「───ふふ、可愛らしいですね。安心して下さい。下着類は全て離れた場所に置いてあります」
「女子の服を漁るという行為自体がギリギリアウトな事に気付かないかなっ!?」
「本人が許可してるんだから構いませんよ。ああ、それとも、
「女子なんだからもっと、もっと……! ああもうわかった、撮ってアップとかすんなよ!?」
「それも面白そうですね」
「愛っ!?」
「冗談です」
加速する鼓動が急停止しかけた。
激しい運動をしたかのように体力は減っていき、深く呼吸を繰り返しそうになる。が、この
指先がコツンと当たり、手で掴むと箱の形状をしている何かがある事を理解する。
抜き取って見れば、小さな四角の黒い箱。
もしやと思い開くと、そこにはネックレスが入っていた。
チェーンは長くも短くもない程度。シンプルな銀色のチェーンに通されたエンドパーツには、青と金の円形。
パーツそれぞれはとてもシンプルだ。変に衒った形も長さも無い。
だがこれは───
「……そっか。サンキュー、愛」
「……」
ネックレスを握り締めて壁越しに感謝を伝える広瀬に、早坂はホッと一息。
初めて出来た、主人以外に本心を出せる良き友人。そんな相手に送るプレゼントなど分からず、ただ不安感を隠す為にいつも通りを演じた。
このプレゼントで良かったのだと安堵して吐いた息だ。
「友人に送るプレゼントがネックレスはちょっと重い気がするけど」
「っ!?」
「いやー、重いなぁ。愛されてるなぁ、俺」
「……! ……っ!」
ジャラジャラとネックレスのチェーンを鳴らしながらヘラヘラと笑い、何時ものお返しだと言わんばかりに揶揄っていく。
言い返す為にドアを開こうとするが、全裸の現在。流石に羞恥心が勝り、口の開閉をパクパクと繰り返して顔を赤くする。
間違い無く恥ずかしがっているだろうと広瀬は確信を抱く。
そして仕返しと言わんばかりに揶揄いを繰り返す広瀬の頬は、僅かに赤く染まっていた。
「じゃー先にリビングで待ってるぞ。落ち着いたら出てこいよ」
自分が落ち着く時間も欲しいからと別の意味を持たせてそう言い放つと、早坂は壁をドンッ───は流石に他人の家なので無理な為、中指第二関節でノックするようにコンッと叩く。
「……なぜ女性用の服を持っているんですか、青星くん」
髪を下ろしてワンピースを着衣してる早坂は、自分の服を摘んでは広瀬に白い目を向ける。
食器棚を漁る広瀬は視線を向けないまま答えた。
「外見の変化が意識に変化を及ぼすって話はしたっけ?」
「ええ、聞きました」
「その為だ。カウンセリング対象は男女どっちでもいるし、それぞれの悩みに合わせられる様に女性物の服も持ってる。……いや、言っとくけど買ってるのは俺じゃないからな?」
「では誰が?」
「実家の親戚に三つ上の……以前までカウンセリング対象だった人が居てな。ここから遠くない場所に住んでて、ファッション系の専門校に通ってるから、良さそうな服が有ったら持ってきてくれるんだよ」
無論、代金は払ってるし感謝もしてる。広瀬はあくまで相手の感情を読み取るだけだ。「あ、この服いいなぁ」と相手が思っている事こそ見通せるが、実際に似合うかどうかを判断するファッションセンスは然程ない。
故にこそ専門的に学んでいる人から服を選んでくれるのは有り難いのだが……強いて言えば、服が増えすぎて定期的に洗うのが面倒な事だろうか。
女性物を着る機会なんて無いだろうし、かと言ってカウンセリングに使わないとも断言出来ない。捨てようにも捨てれず、新しいタンスでも買おうかと思う程に有り余っていた。
「……青星くんって基本ボッチじゃありませんでした?」
「誰がボッチだ誰が。自分から行かないだけで知り合いはそれなりに多いぞ」
幼い頃からカウンセラーの手伝いをしてきたのだ。ザッと200人の知り合いが存在するだろう。
今現在でも付き合いのある人ならば50人はいるし、何かしらの問題があれば対応できる様に連絡先も交換している。
学校での姿しか見てなかったのだからそれを理解しろとは言わないが、流石にボッチと呼ぶのは酷いだろうと口をへの字にしながら冷蔵庫を探る広瀬に、早坂は若干間を置いて言葉を紡ぐ。
「……青星くん」
「………なんだ?」
「なぜこっちを見ようとしないのですか?」
「言うなよ意識しない様にしてたんだから!」
絶対この質問だろうなぁと思いつつも返事をした広瀬に対して質問した早坂に、冷蔵庫を閉じて近所迷惑にならない程度に叫ぶ。
今の早坂は、ワンピース一枚
水に滴れた様子と上気してる肌がより一層意識させるその服装に、広瀬はなるべく視線を向けない様にしていた。
「流石にブラとパンツはありませんか……」
「当たり前だろッ!! 外見変えるだけなら服で充分だからな!? 俺それ以上干渉しないからな、倫理的に!」
というか一人暮らしの男が女性服を持ってる時点で割とアウトに近い。その上、下着類まで待ってようものならば警察コース一直線だ。
とはいえ、その所為で今現在、早坂は下着類を一切着けずにワンピースのみを着衣している。
もう夏だ。あまり暑くなるような服装では駄目、だがなるべく肌が隠れるように……と考えた結果ワンピースになったが、スカートが捲れればすぐ素肌と考えるとかなりヤバい格好ではないかと改める。
だが手の平で団扇の様に風を仰いでる姿を見る限り、あまり厚めの服は選べない。
「……もうちょいマシな服持ってくる。クーラー掛けとくから、適当に温度調整しといてくれ」
「私はこのままでも構いませんが」
「俺が駄目なんだよ……」
早坂が家に上がるときに広瀬に渡した箱───ケーキを取り出して更に出し、フォークを添える。
準備を終えたら言葉通りクーラーを掛け、持ってきた服よりも若干厚めの服を取りに行く。
スカートだと広瀬の理性的にマズイが、かと言ってノーパンでズボンは擦れるだろう。
悩みに悩んで二分半、広瀬は簡単には捲らない重めのロングスカートなワンピースを選択した。
あるならば最初から渡せという話かもしれないが、広瀬は『使わなくてもいいなら使わない主義」なのである。
本日は夏ではあるが、雨とそこそこの風があり、窓を開けていれば涼しい風が入ってくる。クーラーを掛ける必要がなかったから掛けていなかったのだ。まさか早坂がこの時間帯に来るとも思うまい。
しかし、涼しいとは言っても夏。流石に風呂上がりはかなり暑く、ワンピース一枚だとしてもちょっとした風では足りない様だ。
ならば部屋は冷やし、せめて少しくらい広瀬の精神が安定する様に簡単には捲れない厚めのロングスカートにした方が良いだろうという結論の下、ロングスカートのワンピースとなった。
リビングの扉を開くと、僅かな冷気。最近のクーラーってやっぱ優秀だと思いつつ、手に持つ服を早坂に渡した。
「部屋出てるから、着替えたら声掛けてくれ」
「分かりました」
直接触れた訳でも、直視した訳でもない。
だが鼓動は加速する。
接触も直視もせずにこれならば、ラッキースケベを発動する漫画の主人公は一体どんな精神構造をしてるのだろう。オリハルコンだろうか? なんて思いながら心臓を押さえて素数を数えていると、やがて早坂から声が掛かる。
「終わりました」
「……ホントだな? 裸の状態でスタンバイしていて俺を引っ張り押し倒し状態にして変態のレッテルを張る策なんて準備してないだろうな?」
「私、他人に気軽く裸を見せるような痴女に見えますか?」
「申し訳ないけどギャルの時にはそう見える」
「即答……もしやその想像で」
「してない、してないから!」
頼むから下着付けてないときにそういったネタで弄るのはやめてくれと本気で思い、いや下着付けててもやめてほしんだけどと一人ツッコミを虚しく脳内で行いつつ、早坂の言葉を信じて扉を開く。
実際ピュアな部分が本性な彼女だ。流石に痴女じみた行動は起こすまい。
そういった
故にこそ、あくまで普段から行っている揶揄い交じりの会話としか思っていない。
まあ、毎回の如くやり返されるのだが。
溜め息を吐き、扉を開いた。
「……取り敢えず、改めまして」
「ん」
「誕生日、おめでとうございます」
「ああ、ありがと」
後ろで両手を組みつつ、微かに笑みを浮かべて祝いの言葉を出す早坂に、広瀬は苦笑してお礼を言う。
「……ところで、今日はどうするんだ?」
「どう、とは?」
「いや、この時間帯で外は大雨だろ? また濡れるのも嫌だろうし、泊まるなら泊まってもいいけど……」
「襲うんですか?」
「襲わないけども。帰るにしたって、下着も濡れてちゃ外は出歩きにくいだろ?」
「……まあ、そうですね。明日は休みですし、かぐや様も無理に戻れとは言わないでしょう。男の家に泊まるとメールしておきます」
「その文章だと四宮が勘違いしそうなんだが」
「それはそれで面白そうですね」
時計は23時過ぎを示しており、四宮はもう寝ている時間帯だろう。
つまり朝起きたら『男の家に泊まる』という早坂からのメールがきていたことに気付く訳で、帰った後には「泊まったの!? シちゃったの!!?」という慌てふためく姿が見れる訳だ。
処女にビッチと詰め寄る様子は見ていて面白いかもしれない。
「やめたれ」
「そうですね、流石に止めておきます。あ、でもご厚意に甘えて泊まっていきますので」
「おー、了解。……じゃあケーキ食べようか」
「ええ」
先程準備していたケーキを机に持って行き、向かい合って座る。
フォークを指で挟んで手を合わせ、頂きますと言って食べ始める。
一口パクリと食べると、広瀬はふと思い返して顔を羞恥に染めた。
(さり気に言ったけど俺とんでもない事口にしなかった!?)
下着を付けてない状態で大雨の中帰るのもアレだろうという善意から言葉にしたが、
早坂本人は特に気にした様子もなく、淡々といつも通りの会話で応じていたが、思い返した広瀬はフォークを口に入れたままプルプルと震えていた。
もし近所に秀知院学園の生徒が偶々通りがかっていて見られ、そのまま家から出てない様子を知られようものなら、噂が流れる事間違い無しである。
そうやって『もしも』の可能性に怯えていると、早坂が気付いて問い掛ける。
「……美味しく無かったですか?」
「へ? あ、いや。美味いぞ、うん!」
慌てて気付いて買ったという様子からして、プレゼントを買った近く……恐らく市販のケーキだろう。
食べたこともないくらい美味いという訳でもないが、普段甘いものを食べない分普通に美味しく感じている。
だが現状の再確認によって緊張感が高まり、味はもうどうでもよくなっていた。
(平常心……平常心……)
何か平常心を保つアイデアがないかと探る。
ゲーム……は、このタイミングでは不自然。
何かないかと探るが、早坂と二人っきりの状態で何かをしようとするのは逆に緊張している証拠になってしまう。
やはり、いつも通りの会話が一番だろうか。
普段の会話を思い返して不思議と鼓動が収まった感覚に陥った広瀬は、落ち着いた笑みを浮かべながら早坂に問う。
「愛。折角の機会だし、何か訊きたい事があれば訊いてもいいぞ?」
「……では」
「名前を好きになった理由に関しては無しで」
「訊いてもいいと言ったのに……」
「何でもとは言ってない」
予防線張っておいて良かったと安堵の息を零す広瀬に、早坂は少し視線を逸らして部屋を見渡す。
男の一人暮らしにしては綺麗な家。……というより、必要以上の物が置かれてない居間。ソファ近くの机に雑誌の一つでも置かれてるかと思えば、あるのはティッシュ箱のみ。
お洒落はしてるのでそういった事に興味がない訳ではないだろうが、あまり飾りっ気のない部屋を見て、ふと思う。
その理由は、もしかして────と。
「……青星くんの」
「ん?」
「青星くんの、今までやってきた仕事について」
彼があまり過去話を好まないのは分かっている。親に触れるような話もなるだけしないよう心掛けてきたつもりだ。
でも、この機会だ。友人の誕生日を祝えたこの機会に、もう一歩踏み込もう。
ただ楽しい会話を紡ぐだけが、青春ではない筈だから。
「……分かった。ちょっとアルバム持ってくるわ」
「アルバム?」
「小さい頃の写真が詰まってる奴。普通は友人とか家族写真の為にある奴なんだろうけど……まあ、色々と特殊だったからな。ウチは」
苦笑し、居間を出て自室に向かう。
棚に仕舞っていた分厚いアルバムを取り出して、居間に降りる。
食器類を適当に水に浸し、ソファー近くの机にアルバムを置き、開いた。
早坂をソファーに呼び、隣に座ってアルバムを見せる。
「大体5歳辺りからかな。その時からの写真が此処にある」
開いて一ページ目。一番上の写真を指差し、小さいな自分を見て微笑みながら話す。
「……純粋な瞳ですね」
「今は違うみたいに言うなよ」
「違いますけど」
「いや、んん……否定は出来ないけども」
そりゃ、子供から大人になれば色々と変わる事もある。
広瀬に限った話ではあるまい。
「確かこの時は、母の手伝いで隣の県に行った時の写真だったかな」
まあ隣の県と言っても、地区もほぼ隣だ。時間は大して掛からない程度の距離。
まだ小学生にもなってない子供が、幼稚園帰りに行く距離でもなかったが……。
2、3ページ進め、下の写真を指差しながら紡ぐ。
「これが6歳の時。仕事の手伝いで行った帰りに、その近くの動物園に行った時の写真だ」
「あら、可愛らしい」
「……兎だよな? 兎に言ってるんだよな?」
6歳という小さな子供がその両手で兎の赤ちゃんを持ち上げている様子の写真。
それを見て呟いた早坂の言葉に、広瀬は若干複雑な気持ちになりながらページを捲る。
「これが7歳の時。本場大阪のたこ焼きを食べた時の写真だな」
「……隣に写ってるのは?」
「カウンセリング対象。俺と同い年……あー、つまり当時7歳の子で、それくらいの歳だと「大人は怖い」って印象が強くてな。流石にここまで小さい子供の相手を出来るのは限られてて……で、遠い場所だけど、同年代の俺がカウンセラーとして呼ばれた訳だ」
左手でたこ焼きを刺した爪楊枝を口に含みながら右手でピースサインする広瀬と、少し恥ずかしそうに左手でピースサインをしている小さな男の子。
微笑ましい写真に、早坂の頬も僅かに緩む。
「……そして、これが8歳の頃の写真」
声音が低くなり、目も細まる広瀬の言葉。
先程まで爽やかな笑顔を見せていたとは思えない程に冷たい目で小さな笑みを浮かべている小さな広瀬に、早坂は声を詰まらせる。
「正確にはもう少し前なんだけど……親が“俺”って
「……別人、の様ですね」
「だな。それだけ変わるくらい、ショックだった。明確に理解出来ないまま、ただ愛されてない事に気付いて……ショックだった」
普通の子供で、普通の人間で、普通の性格。
ただちょっぴり、人より特殊な眼を有しただけ。
自分よりも不幸なんて人は沢山いるだろう。でもなまじ普通で過ごしたが故に、幸福から不幸への幅が大きく、比例してショックの幅も大きかった。
次いで9歳、10歳、11歳とページを捲る。
その途中で気になるのを見つけたのだろう。早坂が広瀬の腕を掴み、「これは?」と指差しながら問い掛けた。
「日本とは思えない雰囲気ですが……」
「……ああ、そりゃな。ここ日本じゃないし」
サラッと外国宣言。
四大財閥四宮グループ幹部の早坂が抱く思想では無いと思うが、当たり前かの様に外国へ行ったという言葉についぞ頭を抑えた。
「ちなみに早坂が触れなかっただけで、7歳・8歳の時も外国行きの写真はあるぞ?」
「……仕事の手伝いで?」
「仕事の手伝いで」
「それは手伝いの範疇を超えてる様に思えますが……」
「まあ、感情視を持ってる心理学者・カウンセラーの息子なんて、相当に重宝されるからな。国に」
「国に?」
「国に」
何なら国家単位でサラッと発言した。
「私と付き合うなんて国の一つでも用意して初めて検討に値する」と言い切る四宮の
「……私、広瀬 青星という名前を貴方と知り合うまで知らなかったのですが」
「そりゃ匿ってもらってるからな。国家権力で」
「国家権力で?」
「国家権力で」
oh……と、早坂は戦慄を覚えながら思考する。
(かぐや様……かぐや様が興味を引く対象には『何処かオカシイ人』という条件でもあるのですか……?)
目の前にいるにも関わらず、割と酷い事を思い浮かべた。
「ま、こんな感じだな」
「……?」
小学校6年、12歳までの広瀬の過去。
それ以降中学生活は早坂にも説明してある通り、秀知院学園をメインにその周辺の学校を交えた近辺のカウンセリング。
情報としては間違ってはいないだろう。
が、早坂は違和感を覚えた。
「これで終わりですか?」
「ああ。ほれ、流石にこんな分厚いアルバムに全部入るほどの写真は持ってないからな」
最終ページを開けば、何にも入ってないフィルムだけが目に映る。
確かに、これだけ分厚いアルバムに全部入る写真を集めるには、一人が思い出に撮っていた程度の量では足らないだろう。
広瀬は一切変な事は言っていない。
───が、侮るなかれ。早坂はこれでも四宮 かぐやの近侍。広瀬や生徒会組の人間を『何処かオカシイ人物』と称してはいるが、彼女も割とその枠に当て嵌まっている。
その秀才の頭には、先程広瀬が見せた小学6年までの写真が入ったページを覚えているし、何ならその次のページにチラッと見えた写真の影も覚えている。
だがどうしたものかと悩んでいると、突如としてインターホンが鳴り響いた。
「……こんな時間に?」
こんな遅くに誰かと広瀬は立ち上がり、玄関の方へと歩いていく。
アルバムは机に置いてあり、今は誰も見ていない。
チャンスだと思い、サッと先程のページまで2秒も経たずに開いた。
12歳の写真を過ぎ、次のページを捲る。
「────」
そこには、以前白銀・藤原・四宮が喫茶店に行った時の尾行にて、怪しまれない様にと遊んでいる学生を装い撮ったプリクラの写真。
ノリノリな早坂と、若干恥ずかしがりながら笑う広瀬のツーショット。
8歳から12歳までの、誰も信じなくなり無くしたその笑顔を再び見つめ、早坂は慈しむ様な笑みでアルバムを閉じ、表面を撫でた。
「良い思い出作りは……今からでも、遅くありませんよ」
興味半分で見てしまったのを反省しつつ、これからも青春を歩める様にと、
もっと青春らしい事を、もっと高校生らしい事を……そんな、何時訪れるかも分からない何かを待つのはやめ、自ら。
これからの行事を思い浮かべ、笑みを浮かべ、早坂も玄関へと向かった。
「───ああ、こんな時間に済まなかったな。サプライズにと思っていたのだが、ここまで遅くなるとは」
「別に気にせんでもよかったのに……」
「そうもいくまい。一応世話になったのだからこの程───」
そして、玄関先にいるその人物は、早坂を捉えて驚愕を表に出した。
「ハ───ハーサカさんッ!?」
「へ?」
「え? あ、え? あ……す、すまん広瀬! 邪魔をしたッ!」
慌てて去っていく人物───秀知院学園生徒会長、白銀 御行を見送り、やがて広瀬はソーっと早坂へ振り返る。
「……ハーサカサン?」
「ああ……この姿、ほぼ対会長用『スミシー・A・ハーサカ』状態なんですよね。まさか来るとは思わず……」
「……俺、神ってないのに神ってる認定されないかな」
「確実に神ってると思われるでしょうね」
「何で神ってるで通じるんだよ……」
「率直にセッ」
「言わなくていいから!」
マジで率直に言い掛けた早坂の口を押さえ、その言葉を遮る。
いや、ホント、月曜日からの学校どうしよう……と、広瀬は頭を抱えた。