早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 約11000文字!
 ではどうぞ!



第11話

 

 

 夏休み!

 社会人は例外として、学生ならば殆どの人物が楽しみとするであろう休校期間!

 友人と遊ぶも良し! 海で泳ぐのも良し! 家でゲームするも良し! ただし出された課題はやるべし!

 

 そんな飴と鞭の両方を受ける夏休み期間を目の前に───

 

 

「ァ゛ア゛ア………」

 

 

 広瀬は絶望の表情を顕にしていた。

 

 

「……ラクダの鳴き声みたいな声を出してどうしたんですか?」

「え、そんな低い声出してた? ……いや、ちょっと夏休みがな」

 

 

 放課後の誰もいない教室。

 机に突っ伏して深い溜め息(?)を溢す広瀬に、早坂は問う。

 

 

「全部仕事で埋まった」

「……あら」

 

 

 「御愁傷様です、私も似たようなものですが」と紡ぎそうな瞳でそう溢す早坂に皮肉に聞こえたのだろうかと若干焦りつつも、広瀬はスマホに入れてあるカレンダー表を出した。

 7月下旬から8月末までビッシリと書かれている其の様子に、流石の早坂も頬を引攣らせる。

 

 

「几帳面ですね……」

「……こうしないと、突然の予定変更やキャンセルに対応したかの確認が出来ないからな」

 

 

 流石に40日程の予定全てを自由に差し支えられる程頭の容量は良く無いと目を逸らす。無駄足を運びたく無いから仕方ないのだ。

 予定変更やキャンセルなんてあるのかと早坂が思っていれば、それを察した広瀬が説明し始める。

 

 

「カウンセラーっつっても、俺の場合はピンキリでさ……。“念の為に”って事で予約される事もあるのよ」

「……何かしらの事業によって心を崩す子供の為の、という感じですか」

「そう。それで「問題ないので大丈夫です」ってなるパターンが過去に数回ほど」

 

 

 料金は基本振り込みだし事前キャンセルすれば払わずに済むシステムになっているから、依頼しやすい。だからその分仕事も増えて予定は埋まる。

 仕事である以上儲ける為の手段を取るのは分かるのだが……最初から予定が埋まっていたら、他の予定を入れる隙など当然無い。

 相手にも相手の都合がある。「前日キャンセルやったぜヒャッホウ! あ、遊ぼうぜ!」とは流石になれない。

 

 石上ならば誰かと遊ぶ予定も無いだろうし誘えるのだが、多分「予定がありますので」とゲームのSE・BGMを背後に断る。

 白銀はバイトで気軽に誘えないし、ましてや誕生日での一件があるので「いや、俺に気を使わなくていいんだぞ?」となるのがオチだ。というか「もし予定がキャンセルされたら遊ぼうぜ」と誘ったら実際そうなった。

 

 藤原は面倒な事になりかねないし、四宮など以ての外である。誘ったら恐らく殺される。目で。

 故に学生ならではの夏休みなど満喫出来まい。夏祭りや花火大会にすら行けない可能性もある。

 毎年の事だから今更なのかもしれないが、友人が増えてきた現在にとって『学生らしい事』が出来ないのはそこそこストレスが溜まってしまう。

 

 「いつもの事だけど」と納得しつつも不満げな顔を隠すつもりもない広瀬に、早坂は紡いだ。

 

 

「私でよければ構いませんが」

「……えーと、それは以前みたいな?」

「いえ、単純に二人で」

 

 

 以前───白銀・四宮・藤原の三人で出掛けた時に護衛として尾行してたのと同じ様にかと問えば、早坂はあっさり否定。

 普通に二人で出掛けるだけだと告げられた広瀬は鼓動を早めつつ、視線を逸らして先ほどの皮肉げな瞳を思い出して問う。

 

 

「し、四宮と白銀の件についてはいいのか? 休みが無いなら間違いなく駆り出されるだろ?」

「全くの無問題ですよ」

「断言するのか」

「少なくともかぐや様が自ら動く事は無いですし」

「断言しちゃうのか」

「白銀会長が誘う事を前提に予定を組んでましたから。ノートにわざわざ書いて」

「見ちゃったのか」

 

 

 それでいいのか主従関係と何とも言えぬ表情で思いつつも、広瀬はあっさりと決まりそうなお出掛けに若干躊躇いを覚えて問い掛ける。

 

 

「白銀の一件があるし、夏休みに二人で出掛けたら付き合ってるとか思われるぞ……?」

「いっそそう思われた方が二人で行動し易くて良いのでは?」

「俺は事実無根の付き合いは嫌だぞ」

「……私と付き合っていると思われるのは嫌ですか?」

「そうじゃないけども! いやそうでもなくて! ……んん? いや、そう……?」

 

 

 寧ろ付き合えるのならば光栄だが、好き合っている状態でないと広瀬は認めない。

 ガッカリとした様な声音の早坂に慌てて「付き合ってると思われるのはいい」と訂正するが、それでは好意がバレバレになると慌てて訂正し、自分の言葉に振り返って混乱が生じる。

 

 こんがらがった様子の広瀬に、早坂は笑いを零した。

 

 

「冗談です。出掛けるなら変装していくので問題ありません。それに……私自身、青星くんと出掛けたいと思っていましたから」

「……それは、どういった意味で?」

 

 

 好意的……ではあるが、恋愛的感情でないのは見抜ける。だがそれだけだ。どんな意味で放たれた言葉なのかという断定は出来ない。

 早坂は目を瞑りながら笑みを浮かべ、紡ぐ。

 

 

「私は青春したい。偽りに固めた姿ではなく、本音での青春を。……私が本心で話せる相手というのは限られますからね」

「感情を見抜けるから選ばれただけか……」

「? まさか。確かに見抜いたというキッカケが無ければ関わる事こそなかったでしょうけど……」

 

 

 確かに本心を見抜かれ、そんな眼があるからこそ関わるキッカケとなり、友達になったのは否定出来ない。

 だが友人関係となった今。広瀬という人間を知った今、眼の事を抜きにしても思える。

 

 

「私はこれでも、かぐや様と同じくらいには心を許してるつもりですよ。青星くん」

「ぇ……ぁ、んん……真正面から言われると照れるな……」

 

 

 偽りなき本心。一切の揺らぎなく放たれた言葉に、広瀬は僅かに朱色へ染まった頬を掻く。

 同時に「揺るぎない感情で言われるのもちょっと気に入らない」とは思ったが、それ以上に好きな相手に信頼されてる事に照れが生じてしまう。

 

 広瀬は羞恥感を紛らわす為に、苦笑を装って「まあ」と紡いだ。

 

 

「別に必ずしもキャンセルが入るとは限らないからな。念の為にって事で」

「そうですね。……ところで課題は大丈夫ですか?」

「夏休みが埋まるのは毎年の事だし、既に出されてる課題はもう終わらせた」

「これから出される課題は?」

「課題が出来ないほど時間が無いって訳じゃないしな。まあ家に居る間はダラけてたいし……新幹線に乗ってる最中にでも」

「夏休みだと近辺だけではなくなるんですね、やはり……」

 

 

 笑って流し、やがていつも通りの淡々と進む日常会話。過去には外国まで仕事で行ったと発言したのを思い出して「やはり」と言う早坂に、広瀬は苦笑して「少なくとも1ヶ月は学校に行かない訳だからな」と紡ぐ。

 何ならお土産でも買ってこようかと思案していると、片耳に付けたイヤホンから「ばかぁ! 冷血人間! 前髪長すぎ! 石上くんなんてたこ焼きで舌火傷しちゃえばいいんです!!」という藤原の言葉が聞こえ、互いに顔を合わせる。

 

 

「今日は何か仕掛けるのか?」

「いえ……夏休みの予定組み程度の話ですので、あわよくば会長が誘ってくれれば、なんて事は考えてたんでしょうけど……」

「今回は場を乱して自爆した藤原と、お陰で自然と予定が出来た結果があるだけだな。……じゃあ俺たちも帰る準備するか」

「そうですね」

 

 

 ───これは、あくまで生徒会室での出来事を観察する日常の一つに過ぎない。

 さり気ない会話を交わしつつ、生徒会室を観察してるだけ。

 そんなさり気ない会話を交わすだけの一幕を何故映すのか。……答えは簡単。

 

 

「…………」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 時は終業式を終え、夏休みに入ってから三日後の朝10時。突如として二日間の仕事キャンセルが入った広瀬は、夏休み前の早坂との会話を思い出してお出掛けに誘った。

 軽々しく適当に言った訳じゃないのは分かってたし、折角ならばと誘ったのだ。

 

 まさかこんな早く機会が訪れるとは思わなかったけどと、スマホのロック画面に映る時間を見ると、突如視界が塞がれ耳元で囁かれる。

 

 

「だーれだ?」

「……えーと、愛さん? これはなんのつもりでしょうか?」

「いえ、口調と声音を変えればバレないかと思い、悪戯心が」

 

 

 周囲への印象付けの為か、舌先を出して可愛らしい表情でいるが、口から発するのは普段の早坂の声。

 耳元で囁かれた時は一瞬誰かと疑ったが、似たような声質と「そもそも自分に声掛ける女子は限られる」という判断の下、早坂だと断定した。

 

 故にこそ、耳元で囁かれた声に今更ながら物凄く鼓動を早めた。

 表情に出ないように気をつけ、自然と視線をズラしながら問い掛ける。

 

 

「ところで、今日はどうする? 出掛けるっても朝10時はちょい早い気がするんだが……何処か行きたい場所でもあったか?」

「ええ、ちょっと小物を」

「なら雑貨屋か」

 

 

 時間を決めたのは早坂だ。何かやりたい事、行きたい場所でもあったのかと問い掛ければ、頷いて答える。

 その答えに対してスマホでいい場所が無いかと探ろうとすると、早坂は広瀬の手を引いて歩き始めた。

 

 

「いい場所は知ってますので、態々調べなくても大丈夫ですよ」

「そうか? なら案内頼む」

 

 

 ナチュラルに手を繋いで歩いている状態に、広瀬は僅かに頬を染めながらも振り解いたりはしない。早坂は特に気にした様子もなく、ただ友人と接する様な笑顔を振りまく。

 そして。

 

 

「……」

 

 

 そんな二人を影から覗く人物が、また一人。

 その正体は早坂が仕える主人たる四宮 かぐや。若干怪しげなサングラスを掛けつつも、日差しを妨げる目的で作られてる物だから特に不自然さもなく割と街に溶け込んでいた。

 

 

「まさか主人を差し置いて男の子と出掛けるなんて……」

 

 

 ただの自業自得である。

 

 

「デート……という様子はありませんが、凄い距離が近い様な……。いえ、アレが普通……? ただのお出掛けで異性と手を繋ぐのが普通……?」

 

 

 友人関係、また男女関係の世間一般的な見解に疎い四宮は悩み続ける。

 男女二人を見つめてブツブツ呟きながら尾行する様子は完全にストーカーだった。四宮のその更に後ろにいるSPが存在しなければ通報対象になっていたかもしれない。

 

 

「……ところで青星くん、少々聞きたいのですが」

「ん?」

「青星くんは何か好きな色とかはありますか?」

「……また随分と唐突というか……。まあそりゃあるけど」

 

 

 「ほれ」と首元からネックレス───誕生日に早坂から貰ったものを出し、ニヤニヤとしながら紡ぐ。

 

 

「青と金色だな」

「……揶揄っているのなら怒りますが?」

「いや、冗談抜き。揶揄う意思があったのは否定しないけど」

「では殴るに留めます」

「反省します」

 

 

 実際問題、青と金色が好きなのは変えようの無い事実。揶揄い気味になってしまったのは、その色が好きな明確な理由を察せられたくないが為だ。

 まさか「愛を思い浮かべる色だから」なんて事実を言える筈が無い。

 まあ言ったところで「……愛と言えばピンクでは?」となるのがオチで広瀬もそれとなく察しているのだが、流石にそこまで踏み込む勇気は無かった。

 

 「イタっ、痛い」と若干棒読み気味に肩を軽く殴られていると、早坂は若干呆れた様に息を吐く。

 

 

「……? どうかしたか、愛」

「いえ、青星くんに弱味を握られたのは痛手だったと。ああ、なんて事でしょう。もし青星くんが周囲に言い触らそうものなら私はそれを全力で止めに掛かり、「嫌ならば命令に従って貰う」となってしまうのです」

「俺ってそんな鬼畜に見えた!?」

「ああっ、ダメです青星くん。こんな所で……!」

「身震いして想像働かせる様な仕草を取るの辞めてもらえませんかね!? 分かった反省する、もうこれで揶揄わないからッ!」

「分かれば良いんです」

 

 

 後ろに視線を移した早坂の行動が気になって問い掛けてみれば、悲劇のヒロインの様に頬を抑え、広瀬がそれに突っ込めば早坂は自分を抱いて身震いの演技。公然の場でのその仕草はかなりアウトな為、広瀬は慌ててネックレスを仕舞い断言した。

 その一連の行動を見た早坂は一瞬で真顔に戻り、視線を再び背後に向ける。

 

 

(かぐや様……尾けるのは構わないんですけど、青星くんにバレないようお願いしますよ。変に気を張らせたくないですし、これはあくまで『友人とのお出掛け』なんですから)

 

 

 尚、早坂は四宮が尾行するなどとは一切聞いていない。「どうせ予定の無い主人は予定が入った従者が気になるのだろう」という予測と、持ち前の察知能力で探し当てただけである。

 一方広瀬は間違いなく四宮に気付いていない。というか普通はそう簡単に気付かない。

 

 早坂は広瀬から好きな色を聞き出すと「青と金色……」と呟いて悩み始める。

 そんな様子を見て広瀬がバレたのだろうかと若干焦り気味になっていると、早坂は顔を上げて視線を左に向けた。

 

 

「ああ、着きましたね」

「……駅前で待ち合わせたのって、雑貨店から近かったからか」

 

 

 なるほどなーと頷いて、店に入っていく早坂の後を追っていく。

 

 中は随分と広く、レパートリーも豊富そうな品揃え。家具は最低限で小物も然程置いてない広瀬にとっては初めての店だ。

 オシャレそうなオブジェが置いてある店の入り口で品物を見てると、早坂はスタスタと奥へと入っていく。別行動だろうかと一瞬疑問に思ったが、早坂がチラッと広瀬に視線を向けて疑問の感情を浮かべた為に「着いて来ないんですか?」という意図を察し、近くに寄って行った。

 

 早坂が進む先にあるのは椅子や棚などの家具。またカーペットや壁紙など、主に部屋の模様替えの品がある場所だ。

 ザッと見れるだけでも20種以上の壁紙がある為に「ホント広いな……」と広瀬が改めて広さを再確認していると、早坂は近くで作業している店員さんに話し掛けていた。

 

 

「店員さん、聞いても良いですか?」

「何かお探しでしょうか?」

「はい」

 

 

 相変わらずの装いだと感嘆する程の笑顔と、広瀬の時とは違いそれに合わせた高めの声音。更には普段ならば「聞いてもよろしいでしょうか?」となる部分を、『言葉遣いが少し丁寧な女子高生』となるように簡易的な敬語で済ませている。

 「流石にここまで細かい演技は自分じゃ無理だな」と再度早坂の演技に感嘆していると、続く言葉に疑問の表情となる。

 

 

「青色と金に近い黄色……或いはそれぞれ単色で、オススメの壁紙やカーペットってありますか?」

「ああ、それならばあちらの───」

「分かりました、ありがとうございます」

 

 

 要望に応えた店員は作業に戻り、早坂は教えられた場所へと向かう。

 話し合えた様子を確認して店員から若干離れた位置に移動すると、広瀬は疑問を口に出した。

 

 

「なあ、此処には愛の買いたい物を買いに来たんだよな……?」

「いえ、違いますよ。今日は青星くんの部屋のリフォームの為の買い物です」

「……俺の?」

「だから先程好きな色を聞いたんじゃ無いですか。……それとも、部屋の模様は別の方が?」

「いや、特に拘りは無いけど……なんで?」

 

 

 何故自分の部屋を変えるのか、何故その為に早坂が協力するのか。そんな意味を込めて紡がれる疑問。

 早坂は笑みを浮かべながら少し間を置き、話し始める。

 

 

「以前の青星くんの誕生日の時……アルバムを見せて貰いましたね」

「今までやってきた仕事を知りたいって、愛が言ったからな」

「何故知りたいと思ったか、分かりますか?」

「……?」

 

 

 こうして問い掛けるという事は、まさか「単に知りたいから」という理由ではあるまい。

 だがそれ以外の答えが分からないし、何故部屋の模様替えに対する疑問からこの話に移ったのかという疑問が浮かび、答えが出せない。

 

 早坂は「そういう所です」と指摘して言葉を紡ぐ。

 

 

「青星くん、自分に対してはかなり無頓着ですよね」

「そ、そんな事はないだろ? 髪とか服とか、かなり気に掛けてるし……」

「外見ではなく中身の話です」

 

 

 最初の頃に早坂が話し掛けた時、広瀬自身が言った言葉と同じだ。「自分の事は案外自分じゃ分からない」。特に何もない部屋を見て、早坂もその言葉に再度同意した。

 

 

「お金に困っているわけでもないのに、部屋の家具・小物が異様に少ない。好きな物・欲しい物が大して無い証拠です」

「……散らかしたく無いとか、将来の為に貯金してるって可能性は?」

「あり得ますね。実際はどうですか?」

 

 

 確かに早坂の言葉は道理だ。だが物を買わない理由ならば他にも色々と存在する。

 例を挙げて問い掛ければ、早坂は変に理屈を放つ事もなくただ問い返した。「そう思ってるのか?」と。

 

 実際、広瀬はただ可能性を挙げただけ。実際のところは、分からない。

 だが散らかしたくないという気も貯金してるわけでも無い。早坂の言う通り無頓着なのだろう。

 視えているからこそ気を使ってしまう性格であり、且つ自分は基本的に本音でしか喋らない。『自分に気を使う』など出来ないのはある種必然と言えるだろう。

 

 口を開いて言葉を出そうとするが、何とも言えずに口を結んで視線を逸らしながら頬を掻く。

 そんな広瀬に、早坂は苦笑した。

 

 

「別に責めている訳ではありません。それも青星くんの個性なのでしょう。……ただ、もし無頓着な理由が、昔ながらに『使われてきた』が故でしたら……それはきっと、青星くんにとって嫌な事でしょう」

 

 

 例え親を嫌っていても、必ず何かしらで影響が出る。全部が全部を自我だけで行えるほど、人は賢く無い。

 ならば他人が教えるのだ。他人が導くのだ。でも他人だけで構成しては同じ事の繰り返しとなる。だからあくまで、友人として止まるように。踏み入りすぎないように、そっと教えればいい。

 

 

「貴方は何が好きですか? 貴方は何が欲しいですか?」

「───……」

 

 

 驚き、口を開き、結んで笑みを浮かべる。

 

 自分が心の底から望む様な、恋人の様な関係とは程遠い。早坂にとって、広瀬はあくまで友人止まりの人間だ。

 けど、そんな甘い関係でなくても。否。そんな関係での会話でないからこそ、今一度思った。

 

 情けない所を見せても、自分では気付けない普通じゃない所でも、見抜いてくれる。そして配慮して一歩引くのではなく、一歩前に引っ張ってってくれる。

 偽りに包まれた小さな優しい本物()

 

 ああ、これは惚れるなという方が無理な話だったと。

 広瀬は考えるよりも先に口を開く。

 

 

「愛……」

「え?」

「───がさっき聞いてた壁紙な! さーてどんな柄があるかなぁっ!?」

 

 

 が、直前で我に返ってギリギリ訂正した。

 危うく告白になりかね無かったと焦り散らし、内心鼓動を激しく動かしていると、早坂は疑問の表情を浮かべながら広瀬を見つめる。

 

 

(愛……? 愛に飢えてる……んですかね。確かに親御さんとは不仲の様ですし、愛されてないって言ってましたしね。……でも愛ってどう与えれば?)

(あ、これ勘違いしてるパターンだ)

 

 

 恐る恐る早坂の表情を伺い感情を視てみれば、浮かび上がるのは『疑問』と『困惑』。

 もし告白だと認識すれば困惑ではなく『照れ』か『嫌悪』が浮かび上がる筈だ。照れは多少なりとも好意がある故に、嫌悪は別に好かれたくないという想いがある故に。

 

 「ホント妙な所で鈍感になるの、どこのラノベ主人公だよ」と脳内でツッコミを入れつつも、バレていない事に安堵した。

 

 

「ちなみに小物とかは?」

「動物系のオブジェとか、ランプとかかな。なるべくシンプルに」

「動物系ですか……動物では何が?」

「ふわふわ系なら全般。ちっちゃい頃デカい犬に抱きついてなー……もう完全に魅了された」

「……良いですよね、動物」

「だよな」

「クジラが大量の小さい魚を捕食するシーンとか」

「俺の着眼点と違うなぁ……」

 

 

 広瀬が求めていたのは癒し系だった筈なのに、何を間違えて捕食へと移り変わったのか。

 早坂の思想自体はそれなりに理解してるので、広瀬は苦笑で流したが。

 

 

「しかし、あんまし多く買っても持ちきれんし、内装を変えるのはかなり大変だよな……」

「青星くんは明日休みなのでしょう? 私も手伝いますから、今日明日で終わりますよ。多分」

「いいのか?」

「ええ。どうせヘタレな主人は会長を誘うなんて無理に決まってますし会長も会長でヘタレですから、予定は埋まりません」

「……それ、四宮に聞かれたら大分アウトな発言だと思うけど」

「……? 何か間違ってますか?」

「いや全然全く」

 

 

 流れる様に進む会話は流れる様に四宮をdisった。しかも早坂は四宮の尾行に気付いた上でだ。

 広瀬は広瀬で尾いて来てるなどと思ってないせいか、躊躇いもなく即答。

 

 棚に隠れて二人の様子を伺っていた四宮は怒りマークを浮かべながら思考する。

 

 

(誰がヘタレですか誰が! 会長はそうなのかもしれませんけど私は違います! 私だって、その気になればあっさり誘えますから! 何即否定してるんですか広瀬くんは!)

 

 

 これが尾行じゃなくて一緒のお出掛けなら海に沈めてますよなどと怖い思考を浮かべている四宮に対し、早坂はバレない程度に視線を向けつつ思う。

 今の言葉で四宮が近づいて来ないという事は、尾行だと弁えて突っかかるというのは無い。ならば変に意識せずとも平気だと。

 

 その後三つの大きい袋に入るほどの小物と壁紙、カーペットを買い、「壁紙とカーペットはお客様の家のサイズに合わせる必要があるので、要望があれば業者の方に発送と張り付けをお願い出来ます」という店員さんの言葉に従い、取り敢えず持ち物は三つの袋のみ。

 無論早坂に出してもらう訳にもいかないので全て広瀬の払いである。

 

 

「こんだけ金使ったのって、家具買った時以来だな……」

「迷惑でしたか?」

「いやいや、寧ろ有り余ってたくらいだから丁度良かったよ。……と、もう昼か。何か食べたい物とかあるか?」

「そうですね。近くのファミレスで簡単に済ませる───」

 

 

 早坂は周囲に視線を向けて店を探すと、途中視界に入った移動販売トレーラーに目が止まる。

 それは最近SNSで流行中の『タピオカミルクティー』を扱っている場所だった。だが其処に並ぶ客の多さに即座に思考を働かし、違和感のない様言葉を紡ぐ。

 

 

「か、青星くんがよければ少し高い店でも」

「飲みたいのか?」

「……お酒は飲みませんよ」

「いや、タピオカミルクティー」

「…………そうですね。飲みたいか飲みたくないかで聞かれれば飲みたいと答えるでしょう」

「普通に飲みたいって言えばいいのに……ほら、行くぞ」

「あ、ちょっ……別に長く待って買いたいと思う程では」

「あーなんか無性にタピオカミルクティーが飲みたいなー。でもそっかぁ、愛がどうしても「待つのが嫌」だって言うなら諦めるしかないな!」

「……お人好しですね、相変わらず」

「さて、何の事やら?」

 

 

 小物とは言えそれなりの量。もし客が少なければ普通に買おうとしたのだろうが、何十分も立たせて待つのは流石にキツいだろうという早坂の配慮だったのだが、それを察した広瀬は「そんなに柔じゃないぞ」と言う代わりに「自分が飲みたいから」という理由付けをした。

 それに対して早坂が苦笑すれば、広瀬は目を瞑って笑みを浮かべる。

 

 早坂はかなりの美人だし、タピオカミルクティーを買うのは女性だけとは限らない。男性……年的には学生と推測できる男子の恨みがましい視線を受けるが、「そんな視線を受ける謂れはないぞ」と言うように広瀬は視線を逸らす。

 早坂も、別に広瀬を悪く思ってなどいない。本人の言う通り広瀬に対しては四宮並みに心を許してるし、広瀬もそれが嘘でない事は見抜いてる。

 でもそれが異性的な好意かと言われれば首を傾げてしまう。

 

 そうなっている理由を広瀬は理解してるのだが……それは早坂から歩み寄るものであって、広瀬から動くものではないというのも理解してる。

 だから今は、まだ心地の良い“友人”のままでいい。

 

 

「───青星くん、どれを頼みますか?」

「ん……どれって、そんなに種類あるのか?」

「ええ、近寄ると見えてきました。定番のミルクティーに抹茶。ミルクコーヒーやカルピス、オレンジなんかもありますね」

「選り取り見取りだな……。……まあ、変に冒険するよりは定番にするのが一番だけども。俺はミルクティーでいいかな」

「紅茶系にはカフェインが……はっ、まさか「今夜は寝かせないぜ」というニュアンスを込めたのですか?」

「えぇ……ミルクティーのカフェイン量ならそこまで長続きはしないだろ。つか泊まるつもりだったのか?」

「いえ。ですが泊まって作業するならばそれでも構いません。非常時の為に替えの下着は持ち歩いてますので」

 

 

 一日程度の近辺世話程度なら、早坂以外でも出来るだろう。四宮はそうそう出掛けないタイプでもあるからだ。

 「非常時の為」と聞いて以前の誕生日の時の事を考えていると、早坂は言葉を紡いだ。

 

 

「以前みたいに濡れてしまうのは困りますから」

「愛さん愛さん、「雨に」って付けるの忘れないで」

 

 

 広瀬はそれなりに慣れてきたつもりだが、公衆の場となれば話は別である。サラリと爆弾発言かます早坂に慌てて訂正を掛けると、それに対する返答もなく「あ、私たちの番ですよ」と放たれた。

 恥ずかしがる様子もなく淡々と紡がれる言葉に「その程度じゃ恥ずかしがらない関係なのか……?」という誤解が周囲に渡り、周囲の女性は盛り上がり、また男性は視線で殺す勢いで広瀬を睨みつけた。

 

 周囲から逃れる為に注文を手早く済ませてある程度離れると、疲れたように息を吐く。

 呼吸と共に入り込んだ鼻孔を擽る甘い香りに、慌てて頼んだから頼んだ物を聞いてなかった広瀬は早坂に問う。

 

 

「……これ、イチゴか?」

「ええ。合うかは分かりませんが、私としては甘い方が良いので」

「ほー……」

「……飲んでみます?」

「良いのか?」

「ええ、私は別に」

 

 

 なら言葉に甘えてと、広瀬は早坂が差し出すカップを手に取る。

 大きいストロー口を加え、タピオカでむせない様に勢いは緩めで吸う。モチリとした食感と共に喉を通る甘いイチゴを感じ、「おお」と少し驚いた様に呟いた。

 

 

「初めて飲んだけど、結構美味いな」

「私より先に飲まれて感想言われても困りますけどね」

「悪い悪い。ほれ、返すよ」

 

 

 申し訳ないと笑って返し、自分の分のミルクティーを口に含む。

 

 

「間接キスですね」

「んぐぅ……ッ」

 

 

 先の「良いのか」というのは「間接キスになるけどいいのか」という意味であり、それを構わないと言ったから気にしないタイプなのだと思っていたが、意識を強める為に敢えて「別に」と言ったのだろう。効果は抜群だ。

 むせて咳き込んでいると、早坂は口元を隠しながら笑う。

 

 広瀬は頬を引き攣らせて「どう揶揄い返してやろうか」と思案するが、やり返されるのがオチだと理解して若干頬を赤く染めながら再びミルクティーを口に含む。

 タピオカの食感を楽しみながら喉を潤すと、ふと思い出した様に話題を振った。

 

 

「そういや、タピオカミルクティーって言えば変なのも流行ってたよな」

「変?」

「ああ。タピオカチャレンジとか何とか……」

 

 

 タピオカチャレンジの内容を思い出しながら言葉を終えると、その視線は早坂の胸部へと向かう。藤原レベルならば余裕だろうが、早坂ならばどうだろうと無意識に追ってしまったのだ。

 視線を逸らして「ふっ」と笑うと、早坂はドリンクを持たぬ手で広瀬の鼻を掴む。

 

 

「今何処を見て笑いましたか?」

「……胸部です」

「正直でよろしい。……ありますから、これでもかぐや様よりは全然ありますから。私だって多分出来ますから」

「あ、やめて。溢れて濡れてそれを口実にウチでシャワー浴びてくまでの流れが想像出来ちゃうから辞めて」

「誰が貧乳ですか」

「そこまで言ってないけど!?」

 

 

 失敗前提で話を組み立てた広瀬の言葉に早坂が怒りマークを浮かべて淡々と抗議すると、広瀬は首を思いっきり振って「そこまで言ったつもりは無い」と否定する。

 尚、後を尾けてた四宮にも当然その会話は聞こえていた。

 「主人よりもある」という早坂の言葉に怒りマークを浮かべ、続く「誰が貧乳ですか」という言葉に『それ以下』だという事実を突きつけられ、その話の発端となった広瀬に、四宮も同じく「誰が貧乳ですか」という圧を送る。

 

 

(ホント、揶揄うもんじゃないな……とてつもない寒気と圧がくる)

 

 

 極寒の視線と地獄の視線という二重の視線に晒され、広瀬の体力はゼロになり掛けていた。

 

 

 ───本日の勝敗

 広瀬の負け(乙女心を敵に回した為)

 

 


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