ではどうぞ!
「かぐや様、流石に連絡を送らなければ……もう18時を過ぎます」
「分かってるわ。でももう少し……もう少しだけ、待たせて」
未だ明るい空。夏場を知らせる強い日差しを浴びながら外を見つめるかぐや様を見つめ、私は口を結んだ。
先日から自分が可笑しくてしょうがない。まるで運命から逃れる事など出来ないのだと、
本当ならば、今はもっと強く言うべきだ。それとも強く言わないなら言わないで、彼女が望む『皆との花火鑑賞』を叶える手助けでもするべきである。
でも今の私には、何かをしようとする気は起きなかった。自分が余計な事をすれば酷い結果を招くだけだと、昨日突き付けられた様だったから。
……でも、かぐや様は本当に強い。酷く気力を無くしてるだけの私とは違って、こうして表面上だけでも気高く雰囲気を保っている。
表面上だけ……。………?
「かぐや様?」
「なに、早坂?」
「その……失礼ながら、あまり落ち込んだ様子が無いと思い……アレだけ楽しみにしていた花火大会さえ行けなくなって、それで何故……?」
表面上だけで無い。その眼は強く、何か確信を……覚悟を決めたかの様な確かな目で、外を見つめていた。
アレだけの事があった。本人も間違いなく寂しさを感じていただろう。いつもなら間違いなくブルーに陥って弱り切っていた筈だ。
それがどうだ。たった1日で立ち直り、何処か覚悟を決めた様子で待っている。抜け出す素ぶりは無く、ただ何かを忽然と待ち構え、覚悟を決めた様子で。
私の問いに、かぐや様は苦笑を溢して目を瞑り、開き、ベッドに座ってポンポンと叩き、私を隣に呼ぶ。命じられるがまま隣に座れば、かぐや様は私の肩に頭を乗せた。
私が見えてないだけでやはり弱っていたのか───そんな思考も、次の瞬間には搔き消える。
「ねえ早坂、恋をした事はある?」
「は……?」
質問の意図が掴めない。IQが20違えば会話が成立しない、なんて話を聞いた事はあるが、それを実感する様だ。
一体全体、どうすれば「なぜ落ち込んでいないのか」という問い掛けから「恋をした事があるか」という返事になるのか。
かぐや様は頭を預けた拍子に瞑った目を弱々しく開き、口も開く。
「私はこの想いに名前を付けることは出来ないけれど……でも、どうしても告らせてみたい相手は……気になる相手は、いるわ」
「……」
やはり頑なまでに認めようとしないのか……もしくは本当に自分がどう想っているかに気付いてないのか。気付こうとしないのか。
この雰囲気から「恋愛感情」と呼ばない頑固さには最早尊敬の念すら覚える。
謎の紡ぎもあって何とも言えぬ表情をしているだろうが、かぐや様は私の表情なんて気にする素振りも無く続きを放つ。
「ああ、酷く会いたい。この人の為となりたい。情けない姿は見せられない。幻滅などされたく無い。期待には応えたい」
「それ、は……」
「ええ。相手への想い。そんな何重にも重なった想いを恋だと言うのなら……もしそれを抱いた時、
続きを紡ぐ言葉は、突如耳に届いたノック音に遮られる。扉の奥から聞こえる幾つかの声。そこには私が恨んでいた、かぐや様を『四宮 かぐや』たらしめた張本人の低い声も混じっていた。
予定では今は別館に……昨日青星くんに伝えた別館へ留まっていた筈だ。なのに何故、こんな場所にいるのか。
ノックから数秒。かぐや様は私の肩から頭を離し立ち上がり、私も立ち上がったのを確認し、覚悟を決めた様に一息。
静かに喉を鳴らし「どうぞ」と言葉を投げる。
開いた扉の奥には、強面の雁庵様。
周りの使用人は一歩引いた立ち位置で
雁庵様にも使用人の行動にも訝しげな視線を向けていると、かぐや様は手を包みながら一歩踏み出した。
「あのっ、お父様───」
決めていた様に見えた覚悟とはこの事か。真正面からぶつかろうと、もしや呼び出したのか?
生徒会の皆と花火大会に行きたいと、直接伝える為に?
「かぐや」
……続く言葉を察したのか。雁庵様はかぐや様の言葉を遮る様に名前を呼ぶ。
やはり無謀だったのでは無いか。
「お前は……生徒会の皆と、花火を観に行きたいのだな?」
「……はい」
「そうか……」
重い空気。だが不思議だ。何故か、今までとは違う空気を感じていた。
真正面から話す様子など見た事が無かった所為だろうか。「いたのか」と自ら呼び出した結果の冷たい反応を見ていた反動か、ただ話し合う様子を見るだけで、明らかに今までとは違う雰囲気が見て取れた。いや、よく見れば───あの強面は、強張った表情は、何処か緊張している様にも見える。
戸惑う私など置いてきぼりに、雁庵様は口を開いた。
「私は止めなどせんよ。行きたいならば行けば良い」
「雁庵様っ!?」
「お父、様……───」
『四宮 かぐや』という
思わず唖然とした様子で溢した言葉は、きっと「やっぱり自分に興味なんて」という意味合いが込められていたのだろう。悲しそうに俯くかぐや様に、私は雁庵様の目の前だという事も気にせず近寄って肩に触れる。
だが差し掛かる影に、思わず鋭く視線を上げて睨みつけてしまった。
四宮家に仕える家系として、その当主を睨みつけるのは最悪も良いところだろう。
「……なるほど、本当に見えていなかったのだな。私は」
だがそんな視線を気にした様子もなく、雁庵様は小さな声で何かを呟く。何処か後悔した様な表情で目を瞑ると、不器用ながらに優しい笑みへと変わり、その手を伸ばす。
「……何と言えばいいか、親として未熟な私には分からないが」
伸ばしたてのひらは、かぐや様の頭を優しく撫でた。
「大きくなったな、かぐや」
「──────」
笑って撫でた。優しき父親が幼き娘を撫でる様に、雁庵様がかぐや様を。
ただそれだけだ。ごく普通の裕福な家ならば、きっと茶飯事だろう日常の一部かもしれない。
でも、それでも。たったそれだけの筈なのに。私は驚愕が治らない。開いた口が塞がらない。
かぐや様も同じ思想だったのだろう。だが私と違い、その愛情を感じ取り、表情は改まる。
涙が溢れそうなほど嬉しそうな表情となり、その大きくも優しい手に撫でられるのを受け入れていた。
「さあ、友達を待たせているのだろう。行って来なさい」
「はい───行ってきます、お父様っ!」
浴衣を着る暇なんて無く、慌ただしくかぐや様は館を駆け抜け、約束の場所へと向かって走って行った。
かぐや様の雰囲気と似たものを通わせる様に外を見つめる雁庵様に、私は問わざるを得ない。
「どういう、おつもりですか?」
「……どうとは?」
「今更、何年も放置して、何年も関わらないでっ、今更歩み寄ってどういうおつもりですか?」
「………」
自覚はあるのだろう。俯き、目を閉じる。
そうだ。幾らかぐや様があれだけ嬉しそうにしてたからといって、この人がやってきた事は変わらない。愛情を向けた事など一切ない冷徹なる当主。そのイメージが根強い私にとって、この人は恨むべき相手以外の何者でもない。
唇を噛み締めた問いに、雁庵様は鋭い視線を向けて言い放つ。
「傍付き風情が生意気な口を利く様になったモノだ」
「……ッ」
「───なんてな。分かっているとも、早坂の娘。誰よりもかぐやに寄り添って生きてきたお前にとって、私は紛う事なく憎むべき相手だ」
昔の雰囲気そのまま。それが垂れ流れた瞬間に警戒心が増すが、雁庵様は「揶揄いが過ぎた」と反省する様に笑う。
今まで見てきた光景と何一つ噛み合わない現実に、私はまたも困惑する他ない。
「私はきっと、こうして歩み寄る事など無かっただろう。まさか予定をすっぽかしてまで行くとは、自分でも予想出来なかっただろうな」
「……では、なぜ」
「……たった一人の生意気な
我ながら情けない事になと、自嘲気味に笑う雁庵様の言葉に、まさかと思う。
もしや───
「さて、私の話はもう終わりだ。すっぽかした予定の埋め合わせをせねばならぬのでな」
「ぁ……」
「まあ、詳しくは本人に聞くと良い」
唖然と察した様子の私を置いて部屋を出て行こうとする雁庵様は、最後にふっと笑みを浮かべて言葉を残し、扉を閉めた。
「そう、か……分からないか」
静けさ漂う部屋にて、雁庵は肩を落として顔を俯かせる。
後悔だらけの表情を浮かべながらも、微かに笑みを浮かべて紡いだ。
「
「…………」
理解してくれようと居た自身の子供に対しての自分の行動を振り返り、感傷に浸る。
ヒリヒリと痛み続けていた額はやがて引いていき、広瀬は額に当てていた手をどかし、雁庵の様子を見て一息。
これにて安心一件落着───という安堵のため息かと思えば。
(やべぇ死ぬ)
表情を整える為の深呼吸だった。
(いや待って何やってんだ俺、なに四宮グループ現当主に頭突きなんかかましてんのッ!? いや分かってる、あんな頑固な姿とか見たら殴りたくなるわ鬱陶しくて! でも頭突きはヤバイだろ頭突きはっ!)
殴るのもヤバイけどなっ! と若干変なテンションで思考する。
(というか言葉遣いもかなりマズイよな不敬罪で海に沈められたりしないッ!? というかこの人最初海に沈める気あったよなヤバイマジで沈められそう)
思考の余裕も無くなり混乱してグルグルと目を回し、広瀬は焦った。
痛みによって目的以外の何にも注意を向ける事がなかったからこそ先程まではノリに乗って叫べたが、冷静になった瞬間「あ、オワタ」と悟った様な顔となる。
遠い目となった広瀬に、雁庵は一息吐いて話し掛けた。
「小僧、付いて来い」
「え……あ、ああ」
雁庵は立ち上がって部屋を出て行き、広瀬はその後に着いて行く。
暫く歩くと慌てた様子で近付いてきた使用人に「車の用意を」と紡ぎ、やがて玄関近くに止まっていた黒塗りの高級車のドアを開いて乗り込んだ。
広瀬は若干対応に困ったが、雁庵の「乗れ」という言葉に従い共に後部座席へと乗った。
(わー広いなぁー)
テンパった末に思考放棄を決意する。
「……休憩を挟んでも構わん。明日の17:00までに東京の屋敷に移動しろ」
「はっ、畏まりました」
現在位置から考えれば、東京都内の四宮家屋敷に移動するまでは八時間もあれば充分だろう。
現在時間は夜中の二十二時。単純に考えれば朝六時辺りには着くが、流石に夜中ずっと運転させるのはという配慮だろう。もしくは単純に覚悟を決める時間が欲しいだけかもしれない。
「……さて。小僧、少し聞きたい事があってな」
「ぇ、あ、はい」
「………ああ。今更畏まる必要などない。安心せい、別に気にしとらん」
息を飲んで緊張感募らせながら返事を返す広瀬の様子たる要因を察したのだろう。「アレだけの豪胆な態度をしていたとは思えんな」と笑みを浮かべて気にしてないと伝える雁庵に、広瀬は頬を引き攣らせる。
いや、分かっている。この言葉は間違いない本心だ。雁庵は本当に気にした様子もなく、畏まらずにいて良いと言っている。
でも四宮家の使用人が存在するこの空間で、ましてやドンと圧のある構えでいる雁庵を前にして、先程の感情的だからこそ出来た態度など表に出せるだろうか。
だが本人が気にしてないと言ってる以上、畏まるのも失礼に当たるかもしれない。
悩んだ末、考えるのを止めて「もうなるようになれ」と投げやりな態度で頷いた。
「分かった」
「……ふ、豪胆な態度を見せたかと思えば、弱気に頭を垂れるとは。まあ良い。それで聞きたい事だが」
雁庵は睨みつける様に鋭い目となり、威圧感を溢れる腕組み姿のまま問い掛ける。
「お前はかぐやの事が好きなのか?」
「……………はい?」
「いやなに、今怯えているという事は、どんな相手であれ平坦に喋れる訳では無いのだろう。だがそれにも関わらず私に……四宮家に踏み入ったのは、相応の理由があると思ってな」
なにが悲しくておっさんと二人で恋バナをしなくてはならないのだろうか。
しかしここで答えを渋ろうものならば、白銀の時と同じく謂れのない事情が確立されてしまうだろう。広瀬は睨みつけてる筈なのに何処か『ソワソワ』している雁庵を見て、頬を掻きながら否定した。
「良い友人とは思ってる。側から見てて面白いしな。……時々怖いけど。でも恋愛感情があるかって言われたら、無いって断言する他ないな」
「……ほう、我が娘では足りないと?」
「ぁすみませんそういう事じゃないんですかぐや様は大変素晴らしい娘さんだと思います!? ……ただ、仮に恋愛感情を抱いたとして、俺には勝ち目が無いって分かってるしな」
「かぐやには、もう好意を抱く相手が?」
「んー……そうだな。本人は頑なに認めようとしないけど、俺から見たら間違いなく好いてる。……でも別に、四宮に好きな奴がいるから遠慮してる訳じゃないぞ?」
車に乗った瞬間に比べれば、鼓動の音は静まっていた。
しかし冷静になっている分、感情的に攻めれていた先程とは違って掛かる威圧に鼓動は飛び跳ねる。
いわゆる『親馬鹿』の素質もあるのだろう。恋愛感情など無いと断言した広瀬に、雁庵は無表情で睨みつけていた。
だがだからと言ってその視線を避ける為に「実はありました」なんて嘘は付けない。実際、恋愛感情など全く無いからだ。
「四宮家に踏み入ったのは相応の理由が存在する。……確かに、この言葉通りではあるよ」
「ほう?」
「俺は愛が───四宮の姉の様に傍に居た早坂 愛が好きだ。そんな相手から『たすけて』ってメッセを送られた。……動く理由なんて、それで充分過ぎる」
無邪気な笑顔で紡ぎ、それはやがて大人びた笑みに変わり、その視線は遠くを見つめる。
窓から見える夜空。暗闇で煌めく一つの星を見て、広瀬は首からぶら下げたネックレスをギュッと握る。
一切の嘘偽り無し。雁庵はそれを見抜き、「そうか」と呟いた。
「愛する者の為に……人はこうまで心を動かせるのだな」
自分も、他人も。
雁庵は隠し続けた愛情を想い、そして目の前で好意を抱く相手を思う広瀬を見つめ、「こんな小僧に気付かされるとはな」と目を瞑り、笑みを浮かべた。
「よ、愛」
雁庵様が出て行って数秒。静寂が支配するその場に扉の開く音が鳴り響く。
そして私の耳に届くのは、青星くんの声。
「ぁ……ぇ、と……」
言いたい事が沢山ある。どんな無茶をかましたのか、何を以って雁庵様を変えたのか、何故こんな事をしたのか、何故私をたすけてくれるのか。
でも喉が渇いた様に声は出なくて、開く口から言葉は紡がれない。
何も言えないままでいるわたしを見て青星くんは苦笑し、ドアに寄っかかって放った。
「宣言通り、“今まで”の四宮家は破壊した。これからは“新しい”四宮家の始まりだ」
「─────」
「何はともあれ、依頼は完了……という事で」
これが正しい事か、それとも間違いかは分からない。でも後悔は一切していない。……そう言うかの様に無邪気に笑みを浮かべて両手を合わせる青星くんは、意地悪そうな笑みで続きを紡いだ。
「依頼は依頼だ。報酬はたんまりと貰わないとな?」
「……か、身体で支払えばいいですか?」
「何故お金より先にそっちが出るのか分からない。……まあ取り敢えずは貸しって事で」
何時もの様な揶揄いのキレが無い。青星くんも大して動揺しない。
何時もとは違うやり取りに言葉が出ず、私は口を結ぶ。
言いたい事は沢山ある筈なのに、何を紡げばいいか分からない。いや、紡いでしまえば何かが変わってしまうと確信している。
変わってしまう───そう思うからダメなのだろう。これでは変える勇気を持たないばかりか、変える事に恐怖を覚える臆病者だ。
変えたく無い。でも変えたい。変えた先に何があるのかを見てみたい。
私は───気付けば、言葉を口にしていた。
「なぜ、私を助けてくれたのですか……? 下手したら、四宮家を敵に回していたかもしれない、そんな行為を……」
知っている。青星くんはそんなヘマを起こす様な人じゃ無い。もしこれが『正式な依頼』ならば確実に成し遂げるだろう。
でも『ただの弱虫なお願い』である以上、彼は仕事として割り切らない。必ず自分の本心を隠すこと無く伝えるだろう。ただ淡々と解決方法を教える仕事ではなく、友人のお願いだからこそ自分の本心を。
青星くんは何処か考える素振りを見せて、頬を搔きながら照れ臭そうに笑った。
「カッコ悪い所は見せたくないしな、
───それ、は………
「……あ、でもそうだな。確かに下手したら俺死んでた可能性あるし、貸し一つじゃ報酬は足りないな」
「えっと……では、今資金を」
「いや、そっちが先に言ったことだ。身体で支払ってもらうか」
────ッッ!?
アレは揶揄いのつもりで……本当に身体で支払う気なんて無かった。というか青星くんがそんな事をする筈がないと確信していたから出せた言葉だ。
でも上気した様に赤くなっている頬、興奮している様に吐かれる息が、本気だと伝える。
怖い。しかし相応の対価である以上、拒否は出来ない。
それで青星くんの気が済むならと、手が肩に触れると同時に目を瞑り───
「膝、貸して」
……続く言葉に、唖然とする。
否応の返事をする間もなく青星くんは下に膝をつき、その頭を私の膝に乗せた。
「ぁあもうつっかれた! 何だあの爺さん怖えよなにあの威圧感! 人が出していい雰囲気じゃねえだろマジで心臓破裂するかと思ったわ!」
「…………カッコ悪いところを見せたく無かったのでは?」
「そりゃ怖いだけで『無理』とか言うようなカッコ悪い所は見せたくないけどな!? でも愛の場合散々情けない姿見せたんだから弱音くらい今更だろもう! 訂正訂正、はい少しでもカッコいいところを見せたかっただけですー!」
私の勘違いだったようだ。
上気した頬に興奮した息は、どうやらアドレナリンが出ていただけの様である。それが今この瞬間に切れ、力が抜けたように私の膝に頭を乗せていた。
情けなく、だが一切隠すつもりもなく弱音を吐く彼に、私は苦笑した。
分かっている。この「カッコ悪いところを見せたく無い」という台詞は、以前私が言った事をそのまま返したつもりだったのだろう。……実際カッコ悪いところは散々見せているので最終的に訂正した訳だが。
私は苦笑すると同時に、ほんの少しの後悔を抱く。だって、その台詞は、王道的に考えるとするならば───
「なあ」
鼓動が高鳴る。浮かべた思考は搔き消える。耳に届く青星くんの声が、私の視線を其方に動かした。
青星くんは確信を抱く様な笑みで、紡ぐ。
「今の生き方は楽しいか?」
─────。
「……最悪です。本心なんて出さなければここまで弱る事はなかったですし、きっとあんな事があっても何時もの私で居られました。こんな弱り切った姿なんて、本来私にあるべき姿ではありません」
最悪だと言っているのに、何故そんな楽しそうに笑うのか。何処か期待した様な視線を送るのか。
やはり私に他人の感情を読む事は出来ない。彼にしか見えない“何か”が、私の奥底に眠る心理を見抜いているのかもしれない。
なら隠さなくても───否。意図的に紡ぐこの口を結び、無意識の言葉を吐き出してもいいかもしれない。
例え、もう戻れなくなるのだとしても。
「まあ、でも。……ほんの少しだけ、楽しいとは思います」
取り繕う必要のない日常を、本心など隠そうが見抜かれていただろう今までを思い返し、青星くんから視線を外して紡ぐ。
今私が。私と青星くんがどんな表情を浮かべているかは分からない。
でも例え誤魔化そうとも、彼は必ず見抜く。この状況で「違う」と言わないのであれば、私はきっと一切の紛いなき本心を紡げたのだろう。
私は───かぐや様の言葉を思い出す。
「もしそれを抱いた時、貴方は」
貴方は、どうするの? きっと、そんな単純な問い掛けだったのだろう。
ああ、何時迄もこうして触れ合っていたい。自分の本心を暴いてくれるこの人と一緒に居たい。情けない姿を見せても、尚離れたくないと感じる。でも幻滅はされたくない。期待されているのならそれに応えたい。
かぐや様が仰った例の何もかもが当て嵌まる訳ではない。でも私は、自覚出来るだけでもこれだけの想いが重なり続けてしまう。
それを抱いた時、私はどうするのか。
「そっか、そりゃ良かった」
「────」
もしそれを恋だと言うのなら、私は踏み出せないだろう。分かっている。きっと青星くんは、私の事を好きで居てくれている筈だから。カッコいい所を見せたいというのは、王道的に考えれば相手の事を好きだからという理由が一番に思い浮かぶ。
でも確信は出来ない。王道は王道。人の気持ちを100%見抜くなど、それこそ青星くんの感情視が無ければならない。
無邪気な笑顔で、本当に私の事を想って「良かった」と言ってくれる。貴方ならば私の気持ちも分かっているだろう。貴方が告白すれば私は受け入れる。だから告白してほしい。この動悸を貴方が抑えてほしい。
私には、踏み出す勇気がないから。
───ああ、かぐや様。私はいま初めて、貴方から告白できない理由を……理解しました。
〜オマケ〜
石上「……え、浴衣着てるのって自分だけっすか?」