早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 今回は6400文字と少々短めです。
 ではどうぞ!




第17話

 

 

 

 絵とはイメージの模倣である。

 ……細かい技術は置いておくにして、もし『オリジナルで一番』になる人がいるならば、それはきっと感性豊かで表現力の優れた人間なのだろう。なにせリアル(現実)イメージ(空想)を超えるなど不可能に等しいからだ。

 故に、絵は純粋な技術のみで測れる様な救いのあるものではない。本当の一番になれる人物というのは、言わゆる“天才”なのだろう。

 無論、相応の技術は求められる。イメージをリアルに反映する為の能力は必須条件とも言えるし、何より下手ならば何を伝えたいのか相手には分からない。

 

 ───さて、話は一転。全く別のものへと変わってしまうが、飽きずに考えて貰いたい。

 人が人を指導する時に求められる能力とはなんだろう? 絵に限らなくとも良い。スポーツ、作家、“教える立場の存在するモノ”であれば何を浮かべてもいい。さあ、一体何を浮かべる?

 

 答えは『知識』と『客観・主観』を持てる人物だ。そう、さして特別な事を言ってる訳でもない。教えるという行為に当たり『知識』は誰もが浮かべるであろう対象だし、『客観的な視点』から見る事で『なぜ・なに』を思える。

 客観的な視点と知識を持てば「なぜそうしたのか。こうすればいいのではないか」と客観的に正しい判断が出来るのだ。

 そう、何も特別な事ではない。では何故この様な事を問い掛けるのだろう?

 

 理由は単純だし、人生の中で誰しもが浮かべたであろう思考。『自分は出来ない癖に偉そうにするな』。……さてさて、これは難しい問題だ。確かに出来ない立場で偉そうに指導するのは、子供にとって納得のいかない事だろう。感情論、反抗してしまうのも無理はない。

 しかし中には当然、間違いなくど正論且つこの上なく正しい指導も存在するだろう。いや、寧ろ正しくない指導は指導じゃない。少なくとも“正解”たる目星があるからこその指導なのだから。

 

 では更に問題だ。()()()()()()()()()()()()()? 人々はきっとこう答えるだろう。「指導される側が受ければ済む話」だと。だが悲しきかな。世は“当たり前”などの言葉は存在しないとばかりに指導者を責める。それが自然の摂理。

 ああなんと見事なまでの理不尽だろう。指導者は正しい事を教え、それで尚責められるなど。「出来ないなら教えるな」? ならば言ってやろう。プロにでも頼め、と。

 でもプロに頼んで、それが確実にプラスとなるかと問われれば否と答えよう。何故ならプロに技術があれど、教える術や知識を持っているとは限らないのだから。寧ろプロだって教わる立場になる事などザラだろう。

 

 さて、話を纏めれば『教える立場の人間が教えている事を出来るとは限らない』し、『ならば自分でやってみろなどという返答は全くの的外れ』という事だ。

 

 ───長くなった。つまり何が言いたいのかと、そう思うだろう。それへの答えはシンプル。これが『誰の物語』なのかを考えれば直ぐに理解出来る。

 そう、『広瀬 青星』という人間は()()()()()()という話に過ぎない。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「藤原め許さぬ」

 

 

 開幕一口、不機嫌極まる広瀬の口から放たれる『許さない』発言。

 時は二クラス合同で行われる選択授業の日。場所は美術室。「出席番号が近い二人で行ってもらう」という発言の後、それぞれの似顔絵を描くというお題が確定され、確実に広瀬は早坂と組めなくなったからだ。

 純粋に出席番号が近いというだけならば早坂 愛(A組23番)広瀬 青星(A組24番)は組めていたのだろうが、他クラス合同であり、かつ藤原 千花(B組23番)の存在がその場にある為、絶対に組めないのである。

 

 少なくともサークル質問ゲームを行った白銀・四宮、そしてその様子を見ていた広瀬・早坂は藤原の絵の下手さを理解してる為、それが尚のこと広瀬を刺激していた。

 

 

「正直、私も書記ちゃんの相手は御免被りたいのですが」

「んー……」

 

 

 背中合わせに小声で言葉を交わす。考え事をしながらも、広瀬は手を止めずにキャンバスに相手の似顔絵を描く。純真無垢で狂気的な笑顔を見せながら機嫌よくキャンバスにペンを走らせようとする藤原を見て、早坂は僅かな焦燥。

 目尻で早坂の姿を捉えた広瀬はその感情を見抜き、視線を前に向け、芯の出ていない先端でキャンバスを叩いて早坂の注意を引く。予想通り視線を向けた早坂を視界に収め、広瀬はペンの先端を周りにバレない様先生へと向けた。数瞬意味を考えたが、視線を向けさせた意味───つまり似顔絵をかなり終わりに近付けているキャンバスを視界に入れさせた意味を考え、至った。

 

 要は「先生に他人に教えて貰いながら描いてもいいかと聞いてみろ」という事だ。キャンバスに意識を向けさせたのは、自分の分がそろそろ終わるから手が開くという合図。そこから先生に視線を向けるのであれば、この場の打開策という点から考えてそれが正解だろう。

 早坂はコクリと頷き、手を挙げて先生を呼んだ。

 

 

「センセー、友達に教えて貰いながらやってもいいですかー?」

「ん、構わない。だがお喋りだけに集中するなよ? 一応これは授業だからな」

「ハーイ。んじゃ青星くん、よろ?」

「自分の描きながらでもいいか?」

「もちもち、コツがあれば教えて貰いたいだけだからね!」

 

 

 キャンバスと椅子を引き、広瀬はアドバイスをし易い距離にする。背中合わせではなく隣並びへと。

 

 

「この辺とかどう描いたらいいのかな?」

「向いてる方向が若干横なのを考えると、奥の部位の大きさは変えた方がいいな。後は光がどんな感じに当たっているかで影の描き方も───」

 

 

 経験上、藤原は黙々と作業をこなすよりもコミュニケーションを取りながら作業を行う方がモチベーションを維持するタイプだと広瀬は判断した。その上かなり自分に甘い性格をしてるので、自分が優先でないと納得しない節が存在する。

 もちろん黙々と作業をこなせない訳ではないだろう。だが少なくとも、他人がコミュニケーションを取っている中で黙っていることが出来るような性格でもない。

 

 ならば当然、藤原は我慢出来ずに広瀬と早坂の会話の合間に突入してくるのだ。

 

 

「広瀬くん、私のはどんな感じでしょうか?」

 

 

 藤原の相手を早坂じゃさせなくするというのは、授業内容的に流石に無茶だ。しかし早坂が不憫にならない程度に絵を改善させる目的ならばまだ可能な範囲だし、ついでに考えるとこちらに集中させる事で白銀と四宮の邪魔をさせない様に出来る。

 咄嗟の判断にしてはナイスだと内心自画自賛しつつ、呼ばれた為に藤原の元へと赴く。

 

 

「……う、ん。特徴は捉えられてると思う……yo」

「えへへー、でしょー? 褒めて褒め───」

 

「けど形がカクカクし過ぎてるし、最低限特徴が捉えられてるだけちょっとだけ頭の良い幼稚園児が描いた様な絵になってるな。首から下を入れるなら頭の大きさに合わせるべきだ。まつ毛はただ一本線引いただけになってるし、全体的なバランスが悪すぎる。なんだこの目、どこの『ちゃお』だよ。笑顔なのに眉が下がりめ、苦笑か? 苦笑を表してんの? 総合的に言えば全体的に煩い絵だな」

 

「全力で批評するなら下手に褒めるの止めてくださいよっ!?」

 

 

 上げて落とす、落として上げる。方法は似通っているが、理論的にも結果的にも真逆の成果をもたらすこの手法。

 分かりやすく言えば『上げて落とす』のが“ドS”。『落として上げる』のが“ツンデレ”である。イメージとしては「うん、アイデアはいいな。でもお前の能力はダメダメだわ。折角のアイデアが勿体ない。いやもうホントこのアイデアは俺が貰ってやった方がいいんじゃないかな。そこの土にでも埋まってれば?」と「ったく下手だな! 本当に下手だわ勿体ねぇ! ……まあアイデアはいいから、それを再現出来る能力があれば褒めてやるけどな」くらいの差である。

 

 此度広瀬が行ったのは、言わばドS仕法。(辛うじて)褒めてから全力でダメな部分を指摘し、最初の褒めがせめてもの情けだと言うのを意識させ、それだけ指摘したい部分があったのだと思わせる手法。

 実際効果は覿面だ。藤原は自分の絵と広瀬のを見比べ、造形や配置などを詳しく理解しようとジーッと見つめていた。

 

 

「……何というか、広瀬くんのは特別“綺麗”って感じがないですよね」

「まさかドン引きしてもいいくらいかなり適当な感じ漂う絵を描く藤原に言われるとは思わなかったけど、まあその通りだな。絵()()はそれほど綺麗に描ける訳じゃない。教えられるくらいには描けるけどな」

「隙あらば抉ってくるのやめてくれません? 正論で殴るDV男(石上くん)じゃないんですから

「優ってどんな認識になってんだ? ……絵っていうのは、感性豊かな奴ほど上達しやすい。絵は『イメージの模倣』だからな。イメージを鮮明に写せるのなら、人はそれをなぞればいい。……とは言え手元の狂いや使い方なんかは努力で上達させる他無いけどな」

「あ、じゃあ私はまだまだ上手くなれるって事ですね! こんなにも感性豊かなんですから!」

「藤原はどちらかというと天然だけどな。まあ特徴を捉えてる以上、全く絵心が無い訳じゃないし、そら上達もするだろうけど……」

 

 

 広瀬は先程から気になっていた対象───白銀へと視線を向け、その真剣な眼差しをキャンバスに向ける白銀とその足下に落ちている無数の絵を視界に収めた。

 明らかに同一人物が描いたとは思えぬ程の差。だが絵の雰囲気や特徴から割り出せる“上達感”を確かに覚えた広瀬は、感嘆するかの様に息を溢して言葉を紡ぐ。

 

 

「アレは参考にはならないからな」

「……え、アレ全部会長が描いたんですかっ!? なんか上手いとも下手とも言い難い普通レベルからあのレベルまで飛躍できるんですか!?」

 

 

 恐らく四宮の隠れファンが自分のを描き終えた後に他者を描いているだけだと推測していたのだろう。まさか全て白銀が描いたとは思っていなかった藤原は驚き、また白銀の近くでそれを見守り今の声が聞こえていた柏木はコクリコクリと頷いた。

 余程集中しているのであろう白銀にはそれが届かず、ただ絵を描き続けている。

 

 

「藤原の場合は、まず全体の形を整える所から始めた方がいいかもな。真正面から捉えた物を写し描く。目や口、鼻のバランスを考えて……で、慣れてきたら色々な角度からの似顔絵を描いてみろ。多分自分が得意な……或いは、好きだと思える角度が出てくる筈だから」

「例えばどんな感じですか?」

「そうだな……まずは縦描きか横描きかを決めて、予め胴体の何処まで描くかをイメージしてみろ」

「……じゃあ縦で、鎖骨あたりまででしょうか」

「ん、なら大体この辺を目安に……」

 

 

 広瀬は藤原の前にある白紙のキャンバスに三つ線を描き、上の線に頭、中心の線に顎、下の線に首と書く。ここまでが頭、ここまでが顎、ここまでが首の長さという簡単な目安だ。

 

 

「顔のラインを描くとき、なるべくカクカクしないよう曲線に。少し丸みをつけて───目が顔全体の大体をしめない大きさに───笑顔にするにしても苦笑や自信満々な笑みとかが───」

「……広瀬くん」

「ん?」

「早坂さんの方をあまり見ないでよくそこまで描けますね」

 

 

 何だかんだ見本の為に描く様になり、サラサラと説明しながら描いていく。あくまで特徴や感情への捉え方を説明する為の単純な絵なのでかなり簡略化して描いているが、それでも決して下手という訳でもなし。はっきり早坂の顔だと分かる程の絵を、早坂を全く見ずに描ける。

 藤原の疑問に、広瀬は恥ずかしがる様子もなく淡々と答えた。

 

 

「普段見てるしな」

「わおっ」

「ッ……」

 

 

 当たり前の様に答える広瀬に、藤原は何やらセンサーが引っかかった様に桃色空気を出しながら驚き、早坂は一瞬羞恥に顔を染めるもすぐ様取り繕って飄々と筆を走らせている。

 藤原は爛々と瞳を輝かせながら早坂に近付き、説明の為の絵を描いてる広瀬をそっちのけに耳元で囁いた。

 

 

「聞きました? 先程自分の相手はしっかり見ながら描いてた広瀬くんが、早坂さんには視線を移さず描けてるそうですよ?」

(記憶力が良いんでしょうねという単純な言い訳がっ! いえ、補足があればまだ……)

「あ、ハハー。青星くんって記憶力は良い方なんじゃないかなー? 他の人より対面する機会は多いからねー、私。ほら、テストでもそれなりの順位を維持してるじゃん?」

「? 青星くんの順位なんて知ってるんですね。50位より下の人は公開されてる所には乗らない筈なんですけど」

「えーと、以前賭け事した時があってね。その時に……」

「そういえば早坂さんが一度高い順位に居た事がありましたね。……あれ? 普段は50位以上で見かける事なんてない気がするんですけど……。もしかして早坂さんっ」

(う、かぐや様が普段書記ちゃんの事をIQ3とか言うからアホ認定してるけど、普通に頭良いんですよね……。引っかかった所は容赦なく聞いてきますし)

「やっはは、それは───」

「既に広瀬くんと付き合っていたり!?」

「それは考えすぎだよ」

 

 

 素だった。もうそれは驚く程に真顔な笑顔だった。機械的なまでの笑顔である。

 何か違和感を覚えれば突いてくる。当時は単純に友人になりたい気持ち故だったが、現在の早坂が広瀬を好いている事に間違いはない。流れ的に「早坂さんの方が広瀬くんの事をっ!?」という質問が来る事を覚悟し、敢えて仄めかす様に僅かな照れを見せて『悪くは思ってないし好意はあるけど慌てる素振りはないから微妙なライン』にしようとしたが、『既に付き合ってる』という結論に至った事に驚いてしまい、「何処かの誰かさんが早く告白してくれればそうなっていたかもしれませんね」という思考を浮かべながら広瀬に圧を掛けた。

 

 ビクリと肩を跳ね上げながら即座に視線を逸らす広瀬に、早坂は笑顔ながらも圧のある視線を送り続ける。

 

 

「んー、そうでしたか。結構いい推理だと思ったんですけどねー」

「ほら探偵さん、描き終えたから説明するぞー」

「はーい───って早いのに上手いッ!?」

 

 

 友達と話してる時の満面の笑みをモチーフに描かれた絵を見つめて驚く藤原に、若干ドヤ顔気味の広瀬。早坂はソッと覗き込み、()()()()()()()()()()()()両手を合わせながら喜んだ。

 

 

「わっ、すご!」

「ですよね、ですよね! あー、これを飾りたいです。私の名前入れたら私の物になりませんかね」

「オイ政治家の娘、見てないなら誰のものか分からない理論は止めろよ? というか先生見てるからな?」

「あはは、冗談ですよぉ」

 

 

 サラリと人の絵を自分のものにしようとする藤原。クイッと親指を先生に向けてジェスチャーしながら紡ぐと、一切慌てた様子もなく笑顔で冗談だと言い切る。自分の欲の為ならサラリと嘘を吐くのだろう。単純に素直になれないだけの白銀・四宮とは違って嘘を吐き慣れてる様子が感情視でよく分かる。

 マジでやろうとしていた様子に呆れ半分。残り半分は先ほどの早坂の()()()()()()()で褒めていた様子を思い出し、何故取り繕っていたかの疑問に当てる。

 

 暫く考え込み、やがて納得いった様子で顔を上げ、「こんな風に描ければなー」と絵を見つめる藤原を確認し、早坂の耳元に口を近づけた。

 

 

「後で時間掛けたヤツを渡す」

「………」

 

 

 時間掛けたヤツを渡す、だけを聞けば『簡略化されてないモノも欲しい』という考えが浮かび上がるだろう。だが広瀬はそういう意味で言葉を放ったわけではないし、早坂も当然それを理解している。

 これは───藤原の見本として描いた絵は、取り繕う早坂の絵だ。本当の感情ではない。それを理解した広瀬が『取り繕わない状態』の早坂を描くという約束を取り付けた。

 

 視線を藤原の方に向けていたから感情視で見抜いたわけでも無いだろうに、人の思考など簡単に推測できると言わんばかりに答えを導き出す広瀬に、早坂は頬を染めてそっぽ向く。

 

 

 ───本日の勝敗。

 早坂の負け……と勝ち(折角感情視から逃れたにも関わらず見抜かれた事への気恥ずかしさから敗北。しかし広瀬に描いてもらう事は出来た為)

 

 

 


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