早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 今回は約11200文字!
 ではどうぞ!



第18話

 

 

 ───それは運命だった。

 

 偶然は幾つも存在する道の一つ、必然でしかない。予測できない必然と言い換えるべきだろうか。運命もまた然り。

 人は運命という言葉が好きだ。世界に踊らされる自分が好きなのかもしれないし、或いは必然も偶然もどちらも指せる有用性的言葉であるからかもしれない。

 いや、運命の定義などどうでもいいのである。

 

 人はロマンを感じるから運命と呼ぶのだろうか。……いいや、分からない。人の感性はそれぞれだし、何なら運命なんて挨拶気分で使う輩もいるだろう。「運命(おはよ)ーっ!」。……それは言い過ぎかもしれなかった。

 まあ兎に角、明確化されていない定義など十人十色である。証明できないものに明確なる説明など不要。

 

 そう、故に思う。

 

 

「これは運命だと思うの!」

「ちょっと現実に目を向けよ、ミコちゃん」

 

 

 ───もうちょっと現実に夢を持とうぜ!

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

「こばちゃんに情緒はないの!?」

「哀れみはあるけど」

「理解度的な意味で!」

 

 

 その目を止めてと、哀れみの視線を向ける少女───大仏 こばちに対し、もう一人の少女───伊井野 ミコは若干涙目となりながら理解を求める。

 伊井野はハッと何かに気付いた様に表情を動かし、大仏に問い掛ける。

 

 

「もしかして、私の話を信じてない?」

「ううん、信じてるよ。ミコちゃんの肩を見れば信頼性はあるし」

「え、肩?」

 

 

 気付いていなかったのだろう。伊井野は大仏の言葉で制服を引っ張って肩を見ると、少し埃を被って汚れていた。気恥ずかしく埃を払うと、伊井野は再度疑問を浮かべる。

 

 

「じゃあ何で?」

「……ミコちゃん、もう一度その時の状況を説明してもらっていい?」

「え、うん。えっとね……」

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

 

 それは昨日の事なんだけどね。こばちゃんが帰った後に、風紀委員会の仕事をもう少し終わらせておこうかなって、教室の見回りをしてたの。完全下校まですぐだったからね。念の為に。

 一応睡眠は怠ったつもりなんてないんだけど……その、ちょっと寝不足? 貧血だったかな? 症状は覚えてないけど、兎に角体調不良で階段間近にして倒れこんじゃったんだよね。

 

 これはヤバいなって、咄嗟に鞄を頭に当てたんだけど……その前に後ろから腕を掴まれて、引っ張られてね。こう、慌てた感じで力強く。

 体幹とか気にしてる余裕もなかったみたいで、バランス崩して後ろに倒れこみながら。で、その人の胸に倒れ込んじゃって。慌てて起き上がろうとしたんだけど、なんか力が入らなくてね。多分危険なシチュエーションに遭遇して竦んだんだと思う。

 

 謝ろうとしたんだけど、その前にその人が頭を撫でてね。不思議と落ち着いて。

 その上で「大丈夫、君は一人じゃない。怖がることはないよ」って言ってくれて! なんかあやされてるみたいで恥ずかしかったけど、凄いカッコよく言われちゃって!

 ああ、なんか凄い会いたくなってき───

 

 

ーー

ーーーー

ーーーーーー

 

 

「うん、ストップ。ミコちゃん」

「む、これから15分くらい、その時のトキメキを説きたかったのに」

「リアルな数字が逆に怖いんだけど。……まあミコちゃん、取り敢えず目を覚まそう?」

「やっぱり信じてない!?」

「……んー、シチュエーションはまだ納得出来るよ。でも台詞が何か……人間っぽくない」

「人間っぽくない!?」

 

 

 リアルさが無い。或いは妄想的台詞が具現化してる、ならまだ納得の範囲内である。

 しかし「人間っぽくない」という突飛で特徴的な言葉となると流石に戸惑う。上記二つを意味した言葉であるのは間違いないが、普段使わない言葉で表した大仏に驚愕の視線を向けた。

 

 

「バイノーラル……だっけ? それ聴き過ぎて聴覚に異常をきたしたんじゃないの?」

「流石にそうなるまで聞いた覚えは……ない、けど」

「ホントだとしたら単純に痛い人だし。そもそも異性の頭を躊躇なく撫でるって点で相当なプレイボーイの可能性もあるよ?」

「……で、でも、助けてくれたのは事実だし!」

「うん、その点は普通に良い人だと思う。まあ完全下校時間間近までナニをしてたのかっていうのは気になるけど」

 

 

 その時間帯に校舎にいたというのならば間違いなく部活ではないだろうし、雰囲気を考えれば生徒会の人物というのもあり得ない。性別が男なのは確定だろうが、石上ならば伊井野はすぐ気付くし、白銀ならば白銀で超有名人物。気付かない筈もない。

 ともすれば、用事も特にない生徒が家に帰ろうともせず校舎内に残っていた事になる。もちろん進路相談やらの話もあるだろうが、完全下校時間間近まで残るのが分かっているならば、行動回数を減らす為に荷物等は持って行って直接下駄箱へと向かうのがセオリーだろう。

 伊井野の言う場所は教員室や相談室のある階ではないし、その時点で別の疑惑も思い浮かぶ。

 

 もちろん、普通にその考えがなかっただけという可能性も大いにあり得るが。

 

 

「な、ナニをしてたって……?」

「……その人以外に下校時間間近まで校舎にいた人っている?」

「え、うん。他にも数人くらい居たけど」

「なら、敢えて帰ろうとする時間をズラして一緒に居た事実を隠そうとしてる可能性もあるね。校舎内で隠そうとするって事は……」

「……ふ、ふじゅ───ッ!」

「付き合っている事を隠したい人達だったり」

「……………」

「え、ナニを想像してたの? ミコちゃん、今ナニを」

「言わないで! 私はナニも想像してないから!」

「……ミコちゃんって存外ど変態だよね」

「どへ……!?」

 

 

 許してつかぁさい、許してつかぁさいと、真っ赤になった顔を両手で隠しながら伏せる伊井野に、大仏は躊躇なく追い討ちを掛けた。鬼である。

 心の底からショックを受けた様に、力なく机に倒れ込んだ。

 

 

「……ど変態……私は、ど変態……うぅ、なんか変な趣味抱えてるこばちゃんに言われるのはショック」

「その流れで私をディスる必要はあった?」

「だってこばちゃんなら「もしそうなら寝取るのは熱いシチュ」とか言いそうだもん!」

「え、うん」

「真顔で肯定!? こばちゃんなら本当に出来そうだから尚更タチが悪いんだけど!」

 

 

 自分に溺れていくのを見てると凄いゾクゾクする感覚があるのは分かるが、本当にやったらダメだからねと、そう言うように伊井野は視線を大仏へと向ける。

 大仏はその視線に気付き、オーケーと表すグッジョブサインを見せた。

 

 

「大丈夫、その時は隠れて付き合っていた対象も溺れさせるしミコちゃんも混ぜるから」

「そういう意味じゃないんだよぉ……」

 

 

 伊井野は再び机に倒れ込んだ。

 

 

「……まあ冗談は置いておくとして、ミコちゃん。一つ聞き忘れてたんだけど」

「……?」

「お礼は言ったの?」

「あ」

「顔は覚えてるんだよね? うん、じゃあ早めにお礼はした方がいいよ。後々君誰展開になる可能性もあるし。助けてくれたお礼と言い忘れたお詫びって事で、それを口実に何処か出掛けてもいいと思うし」

「……うーん。出掛ける云々は兎も角、お礼は言わないとね。じゃあ行ってくる」

 

 

 この話を全体的に冗談として捉えればいいのか、或いは伊井野を混ぜようとした事だけを冗談と思えばいいのか悩むが、それ以前の問題に気付いて伊井野はハッとする。

 顔は覚えてるし、何年生かも推測は付いている。クラスが分からないだけだ。まあ昼休みだから校舎内にいるのは確実だし、最悪の場合は風紀委員のチェックリストからクラスを割り出して放課後に速攻で会いに行けばいい。

 

 伊井野は立ち上がり、丁寧に椅子を机下へと押してから廊下へと出て行く。

 二年生の階、二年生の階と頭の中で繰り返しながら歩き、やがて年上の人達が存在する二年生の階へと着いた。

 普段は取り締まる立場として堂々と歩き注意を出来るが、現在は単純に一年生として、下級生として歩いている。普段通りとは違い僅かな緊張を漂わせていた。

 上級生の階に緊張して歩く後輩。そんな姿を認識する2年生達は微笑ましく見る。

 

 が、僅かなどよめきが起こると人は自然とそちらに視線が向くものである。伊井野への視線を切ってどよめきの示す方へ。そして自分を見ていた周りを気にしながら歩いていた伊井野もまた、彼らが向けた視線の方角へと目を走らせる。

 人に囲まれていたら見えない147センチメートルという小柄な身長を疎ましく思うも、運良く隙間となって見える部分は存在した。しゃがんで先を見つめると、男女の制服が触れ合っているのが見える。

 少し視線を上げると、金色の髪と銀染みた黒色の髪。絡み合う腕にニコニコと笑顔を浮かべる青色の瞳をした少女に、空色混じりの翡翠の瞳をした少年。

 

 伊井野は僅かな硬直の後、いつも通り風紀委員として注意を施───()()()()()。だが実際に注意をする事など出来ず、ただ呆然と固まった。

 伊井野はその少年の姿と先日の件で助けてくれた人物の姿を合わせ、完全一致させる。

 

 風紀委員でも要注意とされている早坂 愛と付き合っているかの様に振る舞う少年───広瀬 青星の姿を。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 広瀬は困っていた。いやもう困ってたし嬉し恥ずかし何故こうなったと戸惑っていた。

 無論原因は明白。腕を絡ませ、まるで付き合っていると()()()()()かの様に校舎内を歩く現状だ。

 早坂は平然と笑顔でギャルっぽく軽薄な態度を見せているが、その内心は途轍もなく恥ずかしがっている。かくいう広瀬は恥ずかしさを隠し切れずに僅かな照れを表に出していた。

 

 広瀬と早坂の性格上、本当に付き合っているのならば公然と見せ付ける事など絶対にしない。互いが割と初心である事は知っているし、四宮・白銀ほどのプライドの高さもないので「はー! いいですよ別に! 私は恥ずかしくないですし? ぜひ見せ付けてあげましょうよ!」なんて展開になる可能性は0である。

 まあつまり、付き合っている様に見せているだけで、事実付き合っている訳ではないのだ。

 

 では何故そんな事態になっているのか。

 そう、それは昨夜の出来事である。

 

 

「……付き合っている様に見せたい?」

『ええ。実は以前……二年の一学期辺りから、ある男子生徒に付き纏われていまして』

 

 

 電話での会話曰く。一学期からとある男子生徒に好かれて付き纏われており、何回もお誘いを受けている。四宮との関係性を悟らせない為に始めたギャル設定だが、それが裏目に出て遊んでいる様に見られ、それを狙おうとしている、と。

 今までも何人かそんな生徒が存在していたが、大抵はルックスと身持ちの硬さへのギャップに呆れて勝手に遠ざかっていた。が、今回はそうはいかなかった。またもそれが裏目に出て、より一層付き纏われ始めたのである。

 

 

『今日に関しては襲われまして』

「やろうぶっと───」

『スタンガンで気絶させましたけど』

「……スタンガン常備、流石です愛さん」

 

 

 スタンガンで気絶させたはいいが、それだけ執着心を持っているのであればその程度で諦める男ではないだろう。

 だからこそ、もう付き合っているという様子を見せ付けて諦めさせる……と。

 

 

「けど愛、聞いてる限りだとそう上手くいかないと思うぞ?」

『……そう、ですね。しかし見せ付ける事で、ある程度の抑止は可能となります』

「ああ、周囲の人か。……立場の確立は出来るけど、それで解決するかって問われると悩むな」

 

 

 見せ付ける事での立場の確立。

 人は周囲の認識から自身の立場を確立させる生き物だ。仮に自身の能力が高かろうと、周囲の評価一つでどうとでも変化する。

 つまりこの展開……早坂と広瀬が付き合っている立場を確立させる事で、早坂の言う男子の立場を『人の恋人を奪おうとする悪人』に仕立て上げる事が出来る。

 

 頭が良い人物ならばその可能性にいち早く気付いて身を一歩引くものだが……恋は盲目とも言うし、襲おうとした事実を考えるにそれだけで手を引く人物だとは限らない。

 が、やらないよりはマシかと、広瀬は早坂の身安全第一で判断した。事実無根の付き合いは嫌であると言ったが、別に周りに流されてなし崩しで付き合うわけではなく、単純に付き合ってるフリをするだけ。決して適当で本当の付き合いではないので嘘は言っていない。

 少なくとも早坂が今まで培った校内擬態(ギャル)としての付き合いによって周りからの好感度は中々高いだろうし、それによる周りからのお節介も多少は期待できる。その上、今まではあくまで友人関係としての接触だった為に公然と話せる機会は少なかったが、付き合っている状態ならば優先度が高くなる事も二人きりになる事も何ら不自然ではない。

 

 ……まあ邪推される可能性も存在するだろうが、白銀に誤解されてる現状により割りと耐性は出来ていたし、誤解するであろう対象に誤解されたくない相手がいる訳でもない。

 大きいデメリットも大してないだろう。メリットの大きさを考えれば受け入れる方が得策である。

 

 

「ま、それで多少なりとも不安が紛れるなら、付き合うよ」

『ッ……と、唐突にそういう台詞を恥ずかし気もなく……』

「ん?」

『……いえ。では明日からはそういう事ですので、相応の振る舞いをお願いします』

 

 

 そんなこんなの会話で翌日。別に告白した訳でもなく対面して話し合った末の結果でもなく、単なる電話越しでの会話だけで迎えた翌日にて、二人は完璧に付き合ってるかの様に見せ付けた。

 元々二人共演技に関しては学生レベルではないし、普通に付き合ってる様に振る舞われたら疑う必要のない事であるからこそ、周りはあっさりと騙された。

 

 『付き合っている』事への明確化は早坂が。ただ公然と「付き合いましたー!」と言うのではなく、普段より距離の近い二人という形を演じる事で周りに興味を抱かせ、「付き合っているの?」と質問されたから素直に答えたという体を装う。その方が真実味が高い為だ。

 そして『付き合っている距離感の近さ』に疑いを持たせない為に広瀬が行動。近侍(バイト)をしている早坂の負担を減らすという献身的(恋人)な存在である事を確立させる為に、特に何も言われなかったが早坂へお弁当を作ってきていた。早坂 愛という人物の人格設定を、恐らく四宮以上に知っているからこそ成せるアドリブである。

 

 無論、演じる以上お互いに手は抜かない。必要以上に策は練っていた。人は恋をすると変わる。まあ付き合っているという結果へとすっ飛ばしてはいるが、これに習って二人共雰囲気を多少なりとも変える為に変化を施した。

 早坂はこれも丁度(マス部二人に自分はかぐや様に憧れていると印象付ける)いい機会だと判断して髪型を少し四宮風に仕立て上げ、広瀬は普段学校では付けないワックスを付けて束を作る。

 

 ちなみに、互いの変化の打ち合わせは一切無しだ。早坂は主人たる四宮には事実を伝えているが、「本当に付き合ってないの?」と疑われた程である。

 

 

(……んー、効果覿面なのは良いけど……こういう男女の付き合いって、風紀委員に目をつけられやすくなるからな。引き剥がされる場面を見て逆に調子に乗ったりしなけりゃいいんだけど)

 

 

 まあ本当に風紀委員に目をつけられて引き剥がされる場面というケースになったならば、逆にそれを利用して余計くっ付く様な行動を見せれば、風紀委員からのヘイトは上がれど例の男子生徒に調子付かせる事にはならないだろう。

 少しの照れで済んでいる様に見せて実際のところ鼓動は凄く早いので、これ以上加速させない為にそんな事態はなるだけ避けたいのが広瀬の本音ではあるが。

 

 多少の取り繕いを意識しながらも思案する広瀬。早坂は早坂で他に解決策がないかと探る中、一人の少女が彼らの前へと足をユラユラ進めていた。

 その左腕に着けた紋章が『風紀委員』の生徒と証明しており、それを確認した広瀬は「やっぱいるよな」と、困るよりも諦めが勝つ溜め息を吐く。

 

 羞恥の感情は大量にあるが、早坂の安全の方が先だと判断して彼女の腰に手を回す仕草を見せる───と同時に、その小柄で茶髪の姿に見覚えを覚える。無論先日の事をそうそう簡単に忘れるはずも無い。助けた少女だ。

 助けた時の恩だと思って多少は見逃してくれないかと期待して視線を下げると、その少女に映る感情は『悲観』。

 

 

「……ん?」

 

 

 感謝、或いは怒りなら、この短い時間でも簡単に理解出来る。感謝ならば単純に有り難さを思っているのだろう。怒りならば異性に触れられた事に後々怒りを覚えたと理解出来る。

 が、悲観となると即座に判断するのは不可能に近い。何を悲しんでいるのかと思考すると、結論に達する前に彼女は口を開いた。

 

 

「う……」

「う……?」

「運命の人だと思ったのにぃ!」

「……んッ!?」

「私の事なんて気紛れだったんですね!」

「んんんんんっ!⁇」

「昨日は助けてくれて有難うございましたッ!」

「律儀かっ!? いやでもちょっと待って変に誤解される様な───」

「失礼します!」

「ちょっ!?」

 

 

 誤解される様な言葉を何故ピンポイントに吐くのか、去る前に誤解を解いていってくれ。そんな言葉を言う暇など一切なく、特大の爆弾を残すだけ残して嵐の様に去っていく。

 騒めく周りに顔を引き攣らせ、キョトンと驚いた様に目を開く早坂を見て広瀬は思考を走らせる。予想外に予想以上のとんでもない事態が起きた。これを一言で沈めるのは不可能に等しい。四宮・白銀レベルの威厳、功績が無ければ納得させる事すら難しいだろう。

 

 

「……愛、ちょっと来い」

 

 

 何かを考える様にボーッとしてる早坂。その彼女に返答させる余裕などなく、手を引っ張って普段人が来ないであろう場所を頭の中で展開し、その場所へと向かう。走ってる最中も思考を止める事はない。

 少女、伊井野の言葉と感情を振り返り、それからイメージ出来る考えを理解して即座に彼女の問題を排除。自分のせいで周りが傷付くのは頂けないが、自分の評価程度は比較的どうでもいいのでこれは論外。だがこの事態によって例の男子生徒に調子付かせる事になったのはマズい。

 

 あらゆるシチュエーションを頭の中で展開し、どのルートでリスクが一番抑えられるのか。どのルートが自分にとって“良い”と言える結果を作れるのかを仮定し、何を話すのかを決めて誰もいないであろう場所へと到着する。

 即座に振り返って口を開こうとするが───

 

 

「あれ、青先輩?」

 

 

 建物の陰に隠れる様にその場にいた存在、石上に声を掛けられ、再度顔を引きつらせる。思ってる以上に今日は間が悪いらしい。予想以上に予想外の展開が起こりすぎる。

 まあ伊井野の件に関しては先日助けたから接触される可能性は高かったし、こういった隠れスポットは元より石上に教えて貰った場所。いる可能性も当然あるのだ。

 

 もう驚愕の連続で思考が固まった広瀬に、石上は早坂の存在に気付き、唾でも吐きそうな表情へと変化してそれでも悪態はつかずに言葉を紡ぐ。

 

 

「あー、そういや噂は聞きました。付き合ったんですね、おめです」

「祝福するならもっとそれっぽい表情しろよ。俺じゃなくても分かるくらい嫌悪ダダ漏れだぞ」

「で、ここで逢引ですか? ああ、青姦すか。お盛んっすね。避妊はちゃんとしないとダメですよ?」

「おい変な解釈に自己完結して話を進めんのを止めろっ!?」

(ヤバイな、優の思考的にそっち寄りになるのは仕方ない。というか誤解自体は別にいい。でも周りからの評価に相乗してその情報が流れたら明らかに居づらくなるし、愛の立場も結構危うい。けど誤解を解こうとしてホントの事伝えたとして、それが噂になったら例の生徒に対する煽りにしか───)

 

 

 と、そこで加速していた思考が数瞬止まる。何かに気付いて一気に脱力し、発熱しそうな程頭を回していたのがバカらしくなった様に遠くへと視線を向けた。

 そう、ここまで悩む必要など無かった。何せ───

 

 

(……優に噂を流せそうな相手なんて居ないじゃん)

 

 

 石上は生徒会室以外の場所では基本ぼっちであった為である。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「はあ……男除けの為に付き合ってるフリをして? んで、伊井野に変な台詞吐かれて事態が混沌状態と。そりゃ災難でしたね」

「もーホント災難っ! まさかこんな大事になるなんて予想外ってゆーか、もう少し丸く収まるって思ってたからさー」

「……」

(……青星くん)

(大丈夫、そいつ鋭いだけで確信してる訳じゃ無い)

 

 

 全部話した。この事態に関わる全てを石上は理解する。

 とは言え、無論のこと早坂の擬態に関してまでは話していない。あくまで伝えたのは『男に付き纏われて困っている早坂』と『頼まれたから了承して付き合ってるフリをしてる現状』と『伊井野の発言によって混乱をきたした今』だけ。

 だからこそ、何か違和感を覚えた様に疑問の視線を向けてくる石上に対し、早坂は自然な様子で広瀬へと視線を向けた。視線の意味を理解した広瀬は石上に疑問を覚えさせないように首を小さく一振りし、瞬きを繰り返して「変に狼狽える方が怪しまれる」と伝えた。

 

 何処まで思考を察したかは定かではないが、それとなくニュアンスは伝わったのだろう。下手に表情を変えることも無く、ただニコニコと石上の視線を笑顔で受け止めていた。

 

 

「事情は分かりました。でも付き合ってるフリ(それ)で上手くいくとは思えませんが」

「ああ、それによる影響はあくまで周り。直接じゃ無く、あくまで周りからの評価を盾にする目的」

 

 

 石上も「それで止まるとは思えない」と同じ結論に達したのだろう。広瀬は同意しつつ、実際の目的を話す。が。

 

 

「───だったんだがなぁ」

「伊井野の所為で一気に崩れたと」

 

 

 伊井野が何を思ってあの台詞を吐いたのかに関しては、早坂は個人的にそれとなく理解していた。故に広瀬は誤解を解く必要もなく話を進められる。

 同じ女子として気持ちは分かるが、流石にあそこまでチョロくはない……と思いつつも、実際のところ助けられた結果を得て惚れたという点に関しては完全一致してる為、自分も同じ人種なのではないかと。自分ってチョロかったのかと悩み始める早坂を他所に、広瀬と石上の会話は進んでいく。

 

 

「まあ、伊井野に関してはそこまで気にする必要はないっすよ」

「……? 協力してくれるのか?」

「青先輩、今の時期分かってます?」

「…………ああ、そういや生徒会選挙間近だっけ。あの子も?」

「はい。票を集める為に動いてるらしいし、多分青先輩だけに掛ける時間ってのはそう無いかと」

「なら問題点は、例の男子と周りからの評価ってところか。で、それについては……愛」

「……んっ、どしたし青星くん?」

「例の男子の名前……苗字って分かるか?」

「2-Cの家鹿(けしか)くんだよ。詳しい事なら同じクラスの巨瀬ちんに───」

「いや、手間が省けた。……あんま使いたくない手ではあるけど、こっちは何とかする。後は周囲の誤解だけど……これも何とかなりそうだな」

 

 

 石上と早坂は、広瀬とかなり馴染み深い。無論学校内という点で言えば早坂が一番広瀬の事を知っているだろうが、彼の人となり……性格というのは、メンタルカウンセリングを受けて以降それなりに絡む事になった石上もそこそこ知っている。

 その広瀬が「あまり使いたくない手」と言った。ならばやる事は分かる。二人共何をするのかを即座に察し、だが止める事はなかった。

 

 そして次の問題点。

 

 

()()()()()()()()()()()()。客観的に見れば俺は二股してる感じだし、それを利用して愛が俺を振った事にする。同情が得られれば立場も───」

「本気で言ってるの?」

 

 

 淡々と、無感情に、無表情で。ただ機械の様に喋り続け内容を伝える広瀬に、早坂は『校内擬態(ギャル)』、『対四宮家(メイド)』としての自分を忘れ、ただ感情を吐露する様にグイッと顔を寄せる。

 泣き虫だという彼女の本心が顕に出ていた。“設定”無き感情を見せる早坂を見て、広瀬は驚いた様に眼を見張る。

 

 

「やっぱし青星くんって自分に無頓着だし。青星くんが自分の評価を気にしなくても、それを気にする他人はいるの。……そもそも事実とかけ離れた誤解で同情なんか得たくないしっ!」

 

 

 腕を組み、プンプンと「怒ってます」アピールであざとさを装っているが、その怒りは事実。広瀬は頬を掻きながら苦笑し、「流石に過保護になりすぎたか」と反省を施す。

 広瀬は自分の事を早坂 愛(好きな人)さえ分かってくれていれば良いと、少し依存気味になっていたのかもしれない。……一体どっちが同情を誘おうとしたのかと、苦笑を深めた。

 

 

「……まあ、早坂先輩の言う通りっすよ。ただの誤解で評価を落とす必要なんてない。青先輩には僕みたくなるのは避けてほしいですから。……もうどうしようもないってんなら仕方ないですけど、今はまだ、間に合うでしょう?」

「優……」

「おっ、良いこと言うねー! 先輩想いだし! ……もしかして石上くんって噂と全然違うタイプ? 超善人じゃんっ!」

 

 

 間に合わなかった自分とは違ってまだ間に合う。そうするしか出来なかった自分とは違い、他にもできる事はある。

 “恩人”に自分と同じ道を歩ませるつもりなんて無いと強い意志で告げる石上に、広瀬は僅かながら照れを生じさせた。それが嘘偽りなき本心だと気付いたから。

 決して、恩を売る為に救って来た訳じゃない。自分がやるのが一番だからと判断して、理由なく視てきた。……ひと時、自分以外の不幸な奴を見て安心したかったからと、悪意を以って救って来た。

 

 それでも「ありがとう」とバカ正直に答えてくれる。自分の為にと言ってくれる存在となってくれた。

 心の何処かで「他人の為に行動できるのは自分くらいだ」と傲慢に思ってた事実を、広瀬自身を救う事で否定してくれる存在。ある種、「そんな人物など普通にいる」と、広瀬を“普通”と断定してくれる存在。『普通』から『特別』となり、恋い焦がれる様に思い続けた普通へと引っ張り上げてくれる存在に、広瀬は頬を緩ませた。

 

 ちゃっかり知り合った偶然を利用して「石上は噂通りなんかじゃない」という理解ある人物を装い、多少なりとも石上の精神が安定する様に行動する早坂に苦笑し、機械の様に淡々としていた様子を崩して感情豊かな表情で紡いだ。

 

 

「まあ俺が何言ったところで聞く耳持つとは思えないから、俺は家鹿の方に専念する。周囲からの評価はそっちに一任していいか? 方法としては、()()()()()()()()()してくれると助かる」

「混乱?」

「ああ。事実を伝えるのが一番だけど、生憎人間って種は一度疑いを抱いたものに確信を得るのは難しい。だから、敢えて情報をバラけさせる。もちろん、出来るだけ良い方向にな」

 

 

 悪い情報も流す、なんて言ったら再度怒られるだろう。混乱させる目的なら幅広い情報の方が効果的ではあるが、『どれが正しいのかを迷わせる』目的ならばそれほど大幅に広めずとも良い。

 そうすれば自ずと『これが事実』だと自己完結するものは発生する。それが何人と出て、その全員の持つ確信がバラけているならば、更に困惑を要する事になる。

 事実をハッキリさせるのが難しいならば、敢えて事実を絞らせない。そうすれば、『何が本当なのか』に着目して“当人”自体には興味が薄れゆく。また、人の噂も七十五日と言う。元々注目度は然程高くない二人な上、この学園には注目を集めやすい人物は多く存在している。

 

 生徒会選挙というこの時期も頭に入れれば、やがて広瀬と早坂については忘れていくだろう。

 

 

「あっ、じゃあその件と後輩ちゃんの件、私に任せてもらって良いかな?」

 

 

 生徒会選挙というこの時期。そして先日主人から聞いた、「白銀がまたも生徒会長に立候補する」という件。また、立候補の理由が主人がお願いしたからという過程を思い返せば、四宮の性格上何をするのかは推測可能である。

 ならばそれを利用する、と。

 

 生徒会選挙の件自体忘れていた上に、白銀が生徒会長立候補するという件すら知らなかった広瀬は何をするのか全く理解してないが、少なくとも若干黒い感情が溢れてるのを見て完全に“良い事”と言い切る事は出来ない。

 が、早坂 愛という四宮の近侍を務めている彼女が自信満々に了承したのならば、相応に理由はあるのだろう。

 

 

「わかった。任せる」

 

 

 

 





石上(紀先輩に頼む手もあるな……生徒会は解散してる訳だし、今の僕が取り締まる理由はない訳だし)
※マス部との関わりについては広瀬は知らない


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