一度接した人物と再度接するというのは、意外と難しいものである。
部活や委員会など、関わる機会の多い相手ならば話は別だが、普段話さない相手と少し話した翌日は大抵気不味いものだ。幼き子供ならば気にせずガンガン喋り掛け、喋り掛けられるが、精神的に育ってきている中・高生などは人間関係に色々と悩む。
ほんの少しキッカケがあってちょっとだけ喋った程度。たったそれだけの会話で友達認定は難しいだろうし、ましてや異性ともなれば余計に考えてしまうだろう。何か共通の話題があったり、学校行事によって関わる機会があるならば話は別だが、そんなものはない。
だから広瀬と早坂の接触は一度きり。
────と、広瀬自身は思っていたのだが。
「こんにち殺法!」
目の前でコルナをしながら変な挨拶をしてくる早坂に、広瀬はポカンと呆気にとられた表情を晒した。話しかけられた為に反射的にイヤホンを外して再生していた動画を止める。
「……こ、こんにち殺法返し」
困惑するように瞬きを繰り返していたが、ニコーっと笑顔のまま目の前に立っている早坂に対し、コルナをしながら挨拶(?)を返した。
「おー、知ってたんだ?」
「藤原とやってんの見掛けたから。……まあ意味はサッパリだけど」
「ぶっちゃけ書記ちゃんは意味不行動多いから意味とか考えない方がいいよ」
かなりガチトーンだった。
言葉を詰まらせながら「そうか」と返答すると、早坂は懐っこく身体を近付けて、動画を再生していたスマホを覗き込む。
「何見てたの?」
(待って近いぇなんで何が起こってんの?)
「あー……聴いてみた方が早いと思うけど」
内心狂乱状態。だがそれを一切表に出さず、決して悟らせないリラックスした表情のままイヤホンを差し出した。
早坂がイヤホンを着けたのを確認し、再生ボタンを押す。
『〜〜〜〜♪』
「………? この声」
「ん、俺の声」
歌詞が流れた直後、早坂は疑問の表情で広瀬を見つめると、あっさりと頷いて自分の声だと答えを出した。
停止してイヤホンを外させ、イヤーピース付近のコードを指で挟んでクルクルと回す。
「何、歌手でも目指してるの? まあそこそこ上手かったけど」
「どーも。けど別にそういう訳じゃないぞ」
ほんの少しだけ照れ臭そうに頬を掻き、広瀬は早坂の言葉を否定する。
そう。別に歌手を目指してるわけではない。
「人の声ってさ、意外とその人物の心象を表してくれんのね」
「……うん? まーそうだね。嬉しい時とか、悲しい時とか、結構声のトーンは変わるかも」
「そう。けど自分の調子ってあまり自分では分からない事も多いからさ。客観的に聞く為に、録音した自分の声を聞いてるんだよ」
果たしてそれは歌である必要があるのか。
そんな早坂の疑問を見抜いたのだろう。広瀬は目を逸らして遠くを見る様に語る。
「自分の調子が分かりやすい言葉を口にするとして、それを撮ったものを毎日毎日自分で聴いてるってどう思うよ?」
「うわ引くなっ」
「ん。だから歌にシフトした」
一時期は病んでるのではないかと教師に心配された程である。
光の無い眼で空笑いをする広瀬に、早坂は「やっていたのか」と若干引き気味に思う。
「───あ、もう予鈴なるぞ。席着いた方が良いんじゃないか?」
「わっ、ホントだ。いきなり話し掛けてごめんね?」
広瀬が一度スマホをスリープモードにし、時間が映るロック画面にすると、早坂は近付けていた身体を離して席へと戻っていく。
「え、何。そういう関係っ!?」「愛、いつの間に!」と一部始終を見ていた早坂の友人は色恋話に現を抜かし、早坂本人は笑顔で「えー別にそんなんじゃないって」と軽く否定する。
広瀬はそんな会話には耳を向けず、目を見開いたまま机に突っ伏した。
(え、何、何だったのマジで? 関わる事とかもうないと思ってたんだけど? 寧ろ引かれてるとすら思ってたんですけど)
本気で疑問を浮かべてる広瀬は混乱したまま思考する。
ドアを開ける音と共に入って来た教師の存在を認知しつつも、基本的に話は耳から流れ落ちていく。無意識に出席の返事はしつつ、ボーッとした顔のまま一限目の授業の準備を始めようと机の下に手を伸ばす。
────と、手に紙が触れた。
「……?」
基本的に机の下には筆記用具と教材しか入れてないので、少々疑問に思う。大きさ的にメモ帳を折り畳んだものだろう。如何にも「話を聞いてますよ」という表情を保ちながら、一切話は聞かないで紙を開く。
そこには『放課後、屋上前の階段で待ってます』と。本来ならば告白とでも思ってしまいそうな文章だ。だが広瀬は表情変わらぬまま、早坂に目を向ける。
そこには予想通り、無表情の早坂が同じくして広瀬に視線を向けていた。
(ああ……四宮案件ね)
とても好きな相手に向けるとは思えぬ、冷たい目へと変わった。
「聞いていいかな? 何処まで知ってるのかなーって」
表情は笑顔。
だが決して笑っている様な雰囲気ではない。何処か取り繕っている。
広瀬は緊迫した場を和ます様に、気軽な言葉を口に出した。
「メイドとしてご主人様の近辺お世話?」
「…………」
「あ、すまん。ちょっと語弊のある言い方だった。わざとだけど。……いや、ホントすまんって」
間違いではないのだが、聞き手によっては同人誌案件である。
誤解を招きかねない言葉選びに対して、早坂は広瀬に冷たい視線を送った。
「……まあ、バレてる以上取り繕っても仕方ありませんね。単刀直入に聞きます、広瀬君」
───四宮からの指示は、広瀬 青星が本当に相手の思考を読めるのかを確認する事。
それならば問うべき物は簡単だ。「思考を読めるというのは本当ですか?」と聞けばいい。流石に思考を読むことは無理だが、嘘かどうかを判断するくらいならば早坂にも出来る。
そうすれば「本当に読める」か「読めない」かの二択だ。読めると言って読めない、読めないと言って読めるという二択が削除され、二択のうちの一つだけが確定される。
行動の読めない対象
だが。
「勝負をしませんか?」
「……勝負?」
早坂は敢えてそうしない。
まあ、広瀬が早坂の言葉に疑問を浮かべた時点で思考が読めないという事は確定されてるのだが、直接的な質問を避けて全く別の事を提案する。
「二週間後に行われる中間試験、全教科の合計点数で競いましょう。そして勝った方は負けた方に好きな命令を一つだけ出来る。どうでしょうか?」
「好きな命令」
広瀬も男である。
好きな命令なんてワードを聞けば色々と想像してしまうものだ。ましてや好意を抱いてる相手ならば。
だが反応が敏感になった広瀬の想像を理解したのだろう。
「性的なものは無しです」
早坂は予め警告し、広瀬は舌打ち一つ。
「なら何処までがセーフなんだ?」
「そうですね。相手の秘密を聞いたり、あまり高価すぎない物を奢らせたりするのはアリにしましょう」
「……そもそも、受けるとは言ってないけど」
「なるほど、確かに。……仕方ありません。出直しましょう」
広瀬は条件を聞くだけ聞き、特に利益が無いと判断した為に“逃げ”を選択する。性的なもの以外ならば基本アリなので「一緒に出掛ける」という願いもありなのだが……先程は反射的に浮かべてしまったものの、広瀬は命令によって動かす事はあまり好まない。
果たしてそれは、自分の一方的な願いという意か。或いは、早坂の行動が四宮の命令によるものだと分かっている為か。結論から言えば、どちらにしても不本意だ。
「尤もだ」とあっさり引いてスクールバッグを持ち上げる早坂は、ついでの様に問い掛ける。
「念の為に聞いておきますが、私とかぐや様の件については誰にも話してませんね?」
「その「念の為に」の意味は話し相手がいないから別に聞かなくてもいいかもしれないって捉えていいのか、おい」
「いえ、漏洩してないならば構いません」
早坂は階段をスタスタと降りて行き、次の階段を下る前に振り返った。
窓から入り込む夕日の輝きが、早坂の笑顔を鮮明に映し出す。
「では、また明日」
「……今のは
「────それは想像にお任せっていうか〜、本人が言ったら意味ない的な? んじゃねー」
本心か、取り繕いか。命令故の言葉か、早坂自身の言葉か。そんな広瀬の疑問に対し、早坂はすぐにギャルへと擬態して片目を瞑りながら返答する。と言っても、答えとは程遠いのだが。
しかし広瀬は特に追求せず、そのまま見送った。
早坂の姿が完全に見えなくなると、広瀬は崩れ落ちる様に座って背中を壁に預ける。手で顔を覆い尽くし、ニヤけそうになる口に力を入れて強張らせた。
「だから……そういうギャップがズルいんだって」
人間とは裏表が激しいモノである。一見優しそうな人も内面は腹黒かったり、優しさに見せかけた脅しをする事もある。実際に広瀬はそういう人物を幾度と無く視て来た。
正義という名の免罪符に乗っかり、反対意見を出す『悪』を叩き潰す事などザラだ。先人の守った未来が見せかけの平和かと、皮肉気に呟く。
だが同時に思う。見せかけでも平和であるからこそ、これはある意味必然的な戦なのだと。国の為に命を捨てた過去を思えば、きっと自分の為に生きられる“今”は幸せなのだろう……と。
広瀬は無数の悪意をその目に映し、冷めた目で生きて来た。
「───でさー、昨日発売した『フルーツ-オン-トップ-ヨーグルト フラペチーノ with クラッシュ ナッツ』が結構美味しくて! 次は『ベンティバニラアドショットチョコレートソースアドチョコレートチップアドホイップマンゴーパッションフラペチーノ』を頼もうと思ってるんだよねーっ」
……なんて? と。
窓の外をボーッと眺めていた広瀬の耳に、呪文の様な何かが聞こえたのだ。「分かる」「私も明日行こうと思ってたんだよねー」と会話が聞こえ、それが女子同士の唯の会話だと認識した。
ふと目を移してみれば、金髪碧眼の少女が笑顔で喋ってる光景。大手会社の跡取り息子・娘が揃うこの学園にて、外国人の血が流れている人物というのは珍しくない。ただ見たことはない為、別のクラスの人物だろうと推測。
日常会話と分かると、広瀬は興味を無くしたように視線を逸らす。
───途中、広瀬はその感情を目に焼き付けた。
本物、偽物、楽、苦、温、冷。
酷く複雑に絡み合った感情。擬態している事がはっきりと分かる装い、だが間違いなく本物。友人と過ごしていて楽と思う反面、演じている自分が苦になる。彼女達の事を良く思っている筈なのに、ふと冷める。
そんな幾つもの感情を抱く少女───早坂に、広瀬は見惚れた。なまじ他人を読み解いてしまうから、多重に連なる感情を待つ早坂に興味を抱いたのだ。
決して読み取れない訳ではない。むしろ逆。読めるからこそ、複雑に絡み合う“本物”の全てに見惚れたのである。
裏表はどんな人間にも存在する。それは早坂も例外ではない。でも、だからこそ。例外ではない人物に惚れたからこそ、広瀬は初めて抱く事が出来たのかもしれない。
誰もが持つ“
「───せい───せんせー……広瀬先生?」
「……? ああ、悪い。あと何回も言うけど先生はやめてくれ……それで、最近はどうだ?」
150もないだろう背丈の少女に、私服の広瀬。
部活生が帰り始める夕暮れ時。広瀬はとある家の階段を降りながら問い掛ける。
「最近は大分良くなったよ。友達も顔色が良くなったって言ってくれた。せんせ……広瀬さんのお陰」
「始めの頃に「男の人は嫌ぁ」って言ってたのが懐かしいな」
くくっ、と喉を鳴らす様に笑う広瀬に、少女は頬を赤らめて視線を逸らす。
「か、揶揄わないで……」
「いやいや、揶揄ってる訳じゃない。未遂だから良かったけど、トラウマを持たない筈ないもんな。……それを乗り越えられた様子を見たら、懐かしくもなる」
「……本当に、広瀬さんのお陰。皆諦めて帰っていくのに、広瀬さんはずっと居てくれたから」
「お礼は圭にも言ってやれ。あの子が協力してくれなかったら、俺も無理だったからな」
「……うん!」
会話は止まり、玄関を出る。
「それじゃ、またな」
「───あ、あの……」
「ん?」
住宅街の道路に出て、一度振り返り手を振る。
少女はそんな広瀬の言葉に、少しだけ躊躇う様に声を掛けた。
「その……高等部と中等部だと関わる機会も殆ど無いから、呼ばなかったんですけど……先輩って呼んでも、良いですか? お、同じ秀知院学園である事に、変わりはないですし」
「構わないぞ。変なあだ名じゃなければ、別に呼び方なんて気にしないからな」
「そ、そうですか」
「……」
(落胆? なんで……って、あぁ……)
なるほど、と。
少女が考えていた事に思い当たったのだろう。広瀬はほんの少し困る様に目を瞑る。金髪碧眼の少女。自身の想い人を思い浮かべながら、広瀬は苦笑して言葉を紡いだ。
「まあ、なんだ。学校側の用事とか、そういうの関係なしに話しかけて来ても構わないぞ? OBが中等部を訪ねるのは珍しく無いし、逆にOBに尋ねに来ても珍しくないからな。俺は基本暇だし、いつ来ても構わないよ」
そう言って、広瀬は頭を撫でようと手を伸ばし───コツン、と。地を踏む音が耳に入り込む。
伸ばした手はそのまま視線を移すと。
「……」
そこには唖然と口を少しだけ開けながら、二人を見つめる早坂の姿。少女は疑問を浮かべ、広瀬は硬直する。何故このタイミングで現れるのかと、広瀬の頭は焦りで塗り潰された。
やがて早坂は開けていた口を閉じ、ポケットにしまっていたスマホを取り出し、指紋認証でロックを解除しワンタップ。
二回程同じ所をタップし、次に別の位置を────
「っぉおい待てぇッ!? 何処に掛けるつもりだッ!?」
「い、119……」
「それは救急車だ! 警察は110だぞ!」
「っ、そうでした」
ピッ、ピッ─────。
「いや違うよなんで教えてんだおいっ! 待て早坂、どういうつもりだッ!?」
「と、年下の女子に手を出そうとしていたものですから」
「
思いっきり力を込めて早坂の腕を掴み、連絡させない様に対抗する広瀬。対して早坂はほんの少し冷静になって来たのだろう。スマホの画面から指を離し、スリープボタンを押す。
画面が消えたのを確認した広瀬はホッと一息吐き、少女の方へと向き直る。
「見送りありがと。じゃあまたなっ」
「あ、うん」
広瀬は少女が頷いたのを目の端で捉え、掴んでいる早坂の腕を引っ張って去って行った。
「……ああいう顔、するんだ」
部活生が帰宅する道路。
多くの学生達が帰っている様子が視界に入りつつ、広瀬は横で座る早坂に話し掛ける。
「えーと……今日の事はどうか内密に、と」
「年下の女子に手を出そうとしていた事ですか?」
「間違ってはないけど誤解だからその言い方やめて、マジで頼む」
頭を撫でようとしただけで犯罪になる筈もないが、世の中にはそれをセクハラで訴えたり不快に思ったりする人もいる。冤罪だろうと捕まる可能性があるこのご時世、誤解を招きかねない言い方には全力で抵抗するしかあるまい。
両手を合わせて頭を下げ、割とガチで頼み込む広瀬。それに対して早坂は、いい事を思いついたと言わんばかりに目を細めて笑う。
「では仕方ありません。先日の件を受けて下されば、変に噂を流したりしませんよ」
「……」
一瞬意図的に起きた遭遇なのかと疑ったが、早坂に『嘲笑』等の「嵌めた」という考えは見えない。
広瀬は溜め息一つ、降参だと言うように両手を挙げて了承する。
「分かった、中間試験での勝負な。……ついでに誤解も解かせてくれ」
「構いませんよ。負けた時に「秘密なら前に話しただろ?」って保険にしないのであれば」
言質は必ず取りますと、早坂はペン───の型であるボイスレコーダーを見せながら紡ぐ。
広瀬は口を引き攣らせ、公園でボールを蹴って遊ぶ子供達を見ながら聞いた。
「俺の事、四宮からどれくらい聞いてる?」
「心理学者の父とカウンセラーの母が両親であり、一人暮らしであると。……ああそれと、相手の思考を読む事が出来るとも聞きました」
「やっぱし覚えてやがったか、あの才女め」
四宮家令嬢、ましてやその近侍を近くに置きながら「〇〇め」と悪態吐く度胸。
早坂は呆れるどころか、いっそ感心してしまう。もし早坂以外の傍付きならばフルボッコ案件だ。
「あ、けど一つ訂正な。俺は別に思考が読める訳じゃないぞ」
「……ええ、それは昨日の件で把握しました。読めるのであれば『予想外の反応』を示す筈ないですからね」
「そう。正確には『感情を視る』だしな」
ただ、と。そう続きを紡ぐ。
「思考を読む事が出来るのも強ち間違いって訳じゃないんだ。読むってよりかは、推測の方が正しいかもだけどな」
「ほう……。では、今の私の考えを推測する事は可能ですか?」
挑発するかのような言葉。
その能力が本物であるかどうかを見極める為の問い掛け。
広瀬はその言葉に、躊躇なく頷いた。
「ああ」
躊躇無し。
だが躊躇いを無くすことにより、相手の思考を誘導している可能性がある。もし誘導によって単純思考を抱かせ、それを当てるだけならば広瀬との接触はこれっきり。
早坂は目を細めることで視覚情報を出来るだけ狭め、意識的に自意識を薄くする。
心の内から出る感情さえ押さえ込み、且つ思考を無くせば、「思考を読む」という行為が出来る筈はない。
広瀬が僅かに口を開く。
(……流石に)
「無意識を読める筈はない、ってか?」
「……っ」
呆れた笑みを浮かべて息を吐き、サラリと言い当てる広瀬。
動揺の感情を見せながら目を大きく開く早坂に、慣れっこだと言いたげに紡いだ。
「相手の考えを読む事が出来るって聞いた相手の思考は大体決まっててさ。一つ、視界の内に収まるもの。一つ、自分の好きなもの。そして一つ、何も考えない」
適当に考えを浮かべるというのを難しく捉え、視界に入るもので簡単に済ませようとする人物。
簡易的に自分が好きなものを浮かべる人物。
そして、何も浮かべない人物。
「自分の好きなものを浮かべられると、流石に情報無しで読む事は無理だけど……他の二つは比較的簡単だ。視界に入るものの場合、考える物への集中力はほんの少し高まる。それは眼を見てれば一目瞭然。無意識は二種類あるんだけど……どっちにしてもかなり簡単だな」
「……簡単、ですか」
「まずマジで何も浮かべない人物。何も捉えない以上感情は動かないから、様子を見れば分かりやすい。そんで次は賢い奴にありがちな、意図的に意識を消す人物。眼を少し閉じる事で視界に入る情報思考を消し、意図的に意識を薄くする。ただ意図的である以上、相手の回答を“待つ”んだよな」
「なるほど……口を開いた時に僅かな間を作り、相手の思考を誘導させるんですね。「無理だろう」という傲慢的な考えに」
「思考じゃなくて感情を視る。その話を聞いた相手は「感情を無くせば読める筈がない」って考えるから。まあ「本当に読めるのか?」って奴もいるけど、疑いを浮かべてるなら逆に分かりやすいしな」
なるほど、確かに心理には強いらしい。早坂は納得の表情を浮かべたまま、頷いた。
思考の推測の話を切るように一度間を置き、再び口を開く。
「で……さっきのは、まあ仕事だ」
「仕事?」
「正社員って訳じゃないから手伝いが正しいけど……もう十年以上やってるからな」
広瀬は目を瞑り、過去を思い出す。
あの───周りが真っ暗になった、現実に落胆したあの日を。
「一人暮らしをするなら仕事を手伝うのが条件だ、と。家賃、学費を考えると流石に自分で払うのはキツいから……条件に従ってる」
「……十年以上と言いましたが、その時から一人暮らしを?」
「いや、一人暮らしは中学から」
流石に6、7歳から一人暮らしは無茶だと、手を振って苦笑する。
あくまで仕事を手伝い始めたのが十年以上前。一人暮らしを始めたのは四年と少し前。
仕事の手伝いはその前から行っていた。にも関わらずそれを条件にする、と。
───広瀬は仕事の手伝いを止めようとしていた? と、早坂は確信に近い疑問を浮かべた。
「……俺の話はこれで終わりな」
「え?」
「先の件はカウンセラーとして接した相手を宥める為。思考を読むのではなく、推測。読めるのはあくまで感情。知ってる中で誤解はもうないだろ?」
その通りだ。
広瀬が話すのは早坂が抱く広瀬に対しての“誤解”のみ。それが解けた以上話す義務はない。
まだ問いたいモノは残っているが、必要以上の追求は警戒を抱かせると判断した早坂は「そう、ですね」と同意した。
「……じゃ、また」
───早坂 愛は、高校二年とは思えぬ超人である。己が傍に付く主人たる四宮 かぐやに比べれば、才能こそ劣るだろう。だが近侍としては優秀過ぎる程だ。主人の役に立つ為、必要な能力は十分過ぎるほど鍛えている。
相手の考えを的中する事こそ出来はしないが、行動パターンの予測や突発的なアドリブは余裕でこなすだろう。広瀬の様な感情を“視る”その精度には及ばないが、目の動きや僅かな仕草から感情を推測する事は可能だ。
その観察眼があるからこそ理解した。
表情は変わらない。だが視認では難しい程度に瞼がほんの少しだけ閉じられ、早坂は確信を持った推測を浮かべる。
広瀬 青星という人間は過去を思い浮かべ、悲しんでいたと。
───酷く懐かしい夢を、広瀬は見た。
オリ主が放課後に行なっている『カウンセラーの仕事』を明確にする為に出したオリキャラですが、今後出る可能性があるかもしれないのでキャラ設定を明白にしておきたいと思います。
『
秀知院学園中等部二年生。中等部一年の頃にある事件がキッカケで心を閉ざして引き籠りになる。特に男性に対しては酷く怯え、肌が触れるだけで吐き気を催す。
何人ものカウンセラーが送られたものの、顔を合わせることもしない為に全員が断念。しかし広瀬が半年ほど掛け、漸く以前までの笑顔を取り戻した。
運動能力は元々平凡で、引き籠って以来は体力も筋肉も衰えてかなり下の方。しかし勉強はしていたので学力は学年でもトップクラス。
「何か趣味でも作ったらどうだ?」という広瀬の提案に従って絵を描いたところ、才能が開花した。
容姿↓
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ついでに早坂欲張りセットも↓
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-追記-
圭ちゃんの同級生なら中等部三年ではなく二年でした。すみません。