文字数は約10700文字!
ではどうぞ!
ps.本作品では、感想で「こんにち殺法」と送られると「こんにち殺法返し」が確定で返されます。感想の入りで悩んでいたら是非ともお使いください。
参加する事に意義がある。
かつてオリンピックの地でピエール・ド・クーベルタン男爵が残した言葉だ。勝敗を決することよりも、参加する事で得られる物があるのだと。友情、闘争心。競い合いぶつかり合うことで芽生える感情にこそ有意義なものがあると意味を込められた言葉である。
しかしこのご時世、過去の至言なぞ『どういう状況下で放たれた言葉なのか』という点を無視し、ただただ都合の良さそうな言葉を都合良く解釈して都合良く使う時代。オリンピックという大舞台に対して体育祭という小さい舞台に使うのはお門違いだ。
いや、少々語弊があるだろう。一学生にとって、体育祭とは学生故に行える若き戦。燃えるもの、全力で挑む者、必ず1人はいる筈だ。
しかし
運動は苦手、騒ぐのは苦手、学生のイベントなのに厳しく律する先生が面倒、などなど。様々な理由により、人は参加する事にさえ意味を無くす生き物と化すのである。
───とはいえ、彼。石上 優は比較的この言葉に同意する人物だ。元々表に出ないだけで感情の受容性は高く、他者の為を思える人間。
正しさや間違いを確立させるほどリーダーシップがある訳でも頭が良い訳でも無い。しかし理不尽を理不尽と認識する術は心得ているし、その理不尽を仕方ないと済ませるような人物でもないだろう。
だから他人を見てて思う。参加する事には確かに意義があるのだろう、と。でも自分に苦楽を共有出来るほど仲のいい友人というのは極端に少ない。メンタルケア以降もそれとなく付き合いのあった先輩(広瀬)は彼女(偽)が出来て関わる時間は減ったし、生徒会組は基本的に年上。同年代の伊井野は犬猿の仲であるが故に親しくもない。
参加する事に意義がある。強制的に参加させる言葉ではなく、実際に意義がある故の言葉であるが為、石上はこの台詞が嫌いではない。しかし見出せる意義もないのであれば、理解はあれど意欲は無くなる。
ではどうするか? 意義を見出すしかあるまい。蚊帳の外から眺めていた光景は、内側から見たらどんな光景なのだろう。遠回りをして避けていた景色は、いつしか興味の対象へと変わっていた。彼らにとっての“意義”は、自分はどう感じるのだろうかと。
───結論を言おう。
「よぉし、じゃあ赤組のスローガンは『風林火山 最the高⭐︎マジ卍〜インスタ映え〜』でいいかー!?」
「うぇーい!!」
クソだった。
人の感情・性格というのがそれぞれに違いがあるのは、誰もが知る真実である。昔は小説という類が浸透される迄は他者に自分と似た様な人格構成ロジック……言わば感情や思考などがあるとは思われていなかったそうだが、現代ではそう思う人は殆どいないだろう。
しかし、あくまで“似た様な”だ。共通点は『何をしようか』と思える理性まで。『何をするか』までの共通化まではいかない。全ての人類が同じ思考、同じ能力を有するのであれば、それは進化も退化も無くなってしまう。
進化も退化もなく、ただ百年近くの時が過ぎるのを悠々と待っているのは酷く退屈だろう。停滞は退化と同義。常に成長を重ねる人間という種に於いて、進化のない先というのは、最早退化と同じだ。
新しい言語が開発され、解明し、文明を発展させていく。なんと人類は自然さえも利用する化学実験さえ行ってみせた。それで尚、今も進化を重ね続けている。なんと素晴らしきかな。
しかし石上は考えた。では『進化する事が退化とはならないのだろうか?』と。石上は
だが、石上は考えを改めた。
「ラインでインスタ送るね!」「ストーリーでハイプいけるわ!」「もー今日クラブオフっしょ!」。ふむ、確かに単語一つ一つを言語展開して意味を日本語に直せば分からなくもない。いわゆる略語という方式を取っているのも分かる。
だが日本人なら日本人らしく日本語を使って日本人にわかる様にしろと強く思う気持ちが何処かに存在する。自分自身「ナイスファイト」など言う事もあるだろうが、あくまで一単語として世界中に浸透しているだろう言葉を使っているだけだ。あと響きが良い。
だがウェイ系人間の放つ言語は最早多言語。彼らにとってはノリでそれとなく理解が及ぶのだろうが、コミュニケーションの乏しい人間にとってノリというのは天敵。言葉一つ交わすだけでも『放たれた言葉→意味変換→言葉の繋ぎ合わせ』という過程を辿らなければならない。率直に言えば面倒である。
常に“楽”や“便利”を心掛け、これからの未来を歩もうとする人間にとっては、『増える』事こそが何よりの『退化』なり得るのだ。故に新しいは、必ずしも進化になるとは限らない。
「しかし助かりました、青先輩。あっち側の人達の会話とか、教えてもらわなきゃ全く理解出来ませんでしたよ。理解しても納得はしてないですけど」
応援団の会議が終わって暫く経ち、放課後。昼休みに於いて唐突にお願いしたにも関わらず聞き入れて教えてくれた広瀬に対してお礼を言う石上。広瀬は気にしなくて良いと首を振る。
「けど、ぶっちゃけあのスローガンはどうかと思うんすよね……」
「ん……別にいいんでない?」
「え、常識人枠の青先輩が意外に肯定的なんですね」
「お前の知り合いは非常識人枠で埋め尽くされてんのか。……いやまあ、スローガンってのは団体主張みたいなもんだろ? それを短い語句で表したもの。一見は長く適当なモンの詰め合わせみたいだけど、一つ一つ考えればそれとなく分かる」
例えば『風林火山』は戦いに於ける四つの心構え。例えば『最the高☆ マジ卍』は最もたる高みまで感情が昂る事。例えば『インスタ映え』は誰に見られようが恥ずかしくない見栄えを保つ意味。
「……はあ、確かに一見はクソふざけてる風ですけど、かなり真面目な意味なんですね」
「まあノリで決めたのは間違いじゃないだろうけどな」
「クソふざけてんじゃないっすか」
「実際問題、意味を理解してるかは不明だぞ」とヘラヘラ笑いながら紡げば、石上は感心していたのがアホらしくなったように悪態吐く。
広瀬はふと苦笑気味に微笑み、ドリンクで乾いた喉を潤し、テーブルにコップを置く音を静寂の中で静かに響かせ、目を瞑って言葉を紡いだ。
「まあ今までの……語り継がれてきた秀知院を思えば、もっと質実なスローガンを掲げるべきなんだろうな」
再び目を開き、石上の目をジッと見つめながら「元より貴族・士族の為の教育機関だしな」と放つ。そう、“由緒正しき”を思えば例のスローガンはおふざけ全開だ。もっと堅苦しく、世間に晒されようが恥ずかしくないモノにするべきだっただろう。
しかし。
「貴族制が廃止された以上、別にそれに乗っ取る必要もない。もちろん今までの栄光を貫き通す為……伊井野的な思考をするなら、乗っ取っても良いんだけどな」
「……敢えて感情が揺らぎそうな言葉にしてません?」
「はは、
「……そうですね」
静かで綺麗な色をする瞳に貫かれながら問われた言葉は、不思議と心に重くのし掛かる。普段は些細な嘘なぞ理解しながらもあっさりと見逃す広瀬が、嘘を見逃すつもりなどないと言わんばかりに見つめるからだ。
人とは、時に自分の本音すら分からなくなる生き物だ。元来本能と感情で動く生物。思考することで全てが分かるわけではない。
しかし石上は僅かな思考の後、何かに思い当たった様に笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「何で自分が応援団に入ろうとしたのか。……それを考えれば、やりたい事なんてとっくに決まってましたね」
どんな景色なのだろうと興味を抱いた。楽しそうにする他者を妬み、自分が惨めだと思い、自分を変えたくて応援団に入ったのだ。今の……今までの自分を変えたくて。
過去を振り返ろう。糧とし経験とし、後悔は幾らでも重ねよう。だが振り返るのだけは、もう止めにする。先に進みたいという願いがあるのだから。
「でもぶっちゃけナシ寄りのナシじゃありません?」
「個人的な意見として述べさせて貰えばナシ寄りのナシだな」
“今”を突き進むのは理解したが、とは言え自分自身が“今”に付いて行けるのかなんてのは別問題であり。石上は自分の意見がオカシイ訳ではないよなと、彼の主観からすれば常識人枠として映る広瀬に同意を求め、広瀬は同意だと頷いた。
「で?」
「……?」
「いや、別にスローガンがどーのこーのって話をするつもりじゃなかったんだろ? 俺を呼び出した用事は何なのか、と」
「ああ……」
スローガンの話は元々「そうだなー」という相槌だけで終わる予定だったが、その話を広めたのは広瀬だ。スローガンの件はあくまで前置きとして話そうとしていたのだろうと思い問いかければ、石上は「そうだった」と思い返し、姿勢を正して真剣な顔つきで向かい合う。
「青先輩……」
かなり追い詰めた様な表情と感情。広瀬は
「女子の制服ってどうしたら借りられますか……!?」
「………………は?」
犯罪臭漂う言葉に思い浮かべていたものと的外れだったと脱力し、呆けた声と共に力の抜けた瞳で石上を見つめる。その真意を暴こうとしたが故の視線だったが、石上は自分の放った言葉を思い広瀬の視線が軽蔑に見えたのだろう。その感情には焦りと恐怖が浮かび上がる。
「い、いえ! その……応援団で応援を行う時、どうやら男女の制服を入れ替えるそうでして……女子は学ラン、男子はセーラー服といった様に」
「私たち、入れ替わってる……!? を参考にしたのか。影響されやすすぎて鼻で笑いそうになるわ」
「入れ替わる事での応援に何の意味があるのかとかは気になりますよね……。理由があるのなら納得はするんですけど」
「まあこれもノリだろうな。率直に面白そうって思ったものがウケるケースは珍しくないし……下手やればスベるけど。……団長は風野先輩、副団はつばめ先輩か?」
「……?」
「ごめん俺が悪かった」
ノリに遅れない様理解を進めるのに精一杯だったのだろう。元の性格も相まって、彼らの名前を知らない可能性は大いにあった。キョトンと首を傾げる石上に、広瀬はソッと視線を逸らして謝罪。
「……あ、あの巨乳の先輩が確か子安先輩でしたっけ?」
「人を胸で覚えるな、胸で」
「まあ、確かそんな名前だったと思います」
「そっか、なら無問題だな。三年男子女子の人気組なら問題皆無だ。寧ろ興奮のし過ぎで倒れる人が出ないか心配だわ。……んで、制服の件ね」
「はい」
「俺が持ってるので良かったら貸そ───おいちょっと待て何処に連絡するつもりだお前っ」
「ぼ、僕は共犯者になるつもりなんてありませんから!」
「思ったよりも飛躍した結論に達している!?」
軽蔑されてるのでは無いかと思い恐怖を浮かべた眼から一転、軽蔑しきった眼でスマホ片手に立ち上がろうとする石上の手を掴みながら問えば、嫌々と首を振りながら達した結論を紡ぐ。
まあ女子の制服を男子が所持してるとか下手したら女子の私服持ってるよりもヤバいので気持ちは分からなくもない。しかし所持してる理由が“盗み”にまで達するのは予想外だった広瀬は驚き、誤解を解こうと必死に言葉を放ち続ける。
「俺がほぼほぼ秀知院のカウンセラー役として通ってる件はお前も知ってるだろ!? それは中等部、小等部も対象! 進学に不安を覚えてる子たちの不安要素を取り除く材料として渡されてんの!」
「えぇ……」
「お望みならば校長の同意書でも見るかっ!? 一応校長の許可貰って買ってるもんだしな!」
「……いや、まあ……はい。弁明の気迫的にマジなのは分かりましたけど……」
「けど?」
「実際、自分で着たりとかしてません?」
「俺に女装趣味はありませんがッ!?」
───まあ、実際問題、広瀬は女装出来る技術は整っている。が、あくまで
が、断言して着た事などない。
そんなに気になるなら家に存在するPCフォルダやバックアップデータでも探ってみれば良いと言わんばかりに否定すれば、石上は予想外にも更に「ええ……」と解せない様な表情を出す。
「女装出来る術があるなら普通やってみません?」
「俺はどんな答えを出せば正解なのかな!?」
女装趣味があると言えば恐らく引かれるであろうに、女装趣味がないと言えば引かれる。どちらを選んでも変わらないとかクソゲーである。
「まあ取り敢えず、制服はあるんですね? それなら有り難いです」
「知らん、四宮にでも借りてこい」
「殺されたくないので嫌です」
「藤原に借りてこい」
「結果を悟っていても軽蔑はされたくないので嫌です」
「伊井野……」
「嫌です」
「……愛」
「え、良いんですか?」
「ダメです」
「では?」
「俺が貸そう」
「イエッサー」
……とんだ茶番である。まるで打ち合わせしたかの様に流れた会話だったが、決して打ち合わせなどしていない。割と普段は二人での会話はこの様なテンションである。
石上も広瀬もふざけてるだけ。決して本気で焦ったり怒ったりしていた訳ではない。石上は広瀬の性格を把握しているし、広瀬に限れば現在進行形で感情把握が可能なのだ。お互いに本気で怒っているなど微塵も思っていない。
広瀬は背後に感じる視線を察し、苦笑しながら石上に口を開いた。
「用件は以上か?」
「あ、はい」
「じゃあ帰っていいぞ。俺はもう少し残る。今日は俺の奢りだ」
「いえ、流石に自分の分くらいは払いますよ」
「……意地でも自分が奢ると言わない辺り、流石というべきか何というべきか」
遠慮しすぎるのも困るが、遠慮しないのも困るモノだと、広瀬は苦笑する。まあ後輩からの誘いで先輩が全負担というのは白い目を向けられかねないし、逆に後輩全負担では先輩としての面子が立たない。割り勘は妥当な判断だろう。
ドリンク分の代金を置いてファミレスを出て行く石上に手を振り、姿が見えなくなると同時に表情を改める。ドッカリとソファーに背中を預け、後ろに存在するだろう人物に話し掛けた。
「こんな感じでどうだ?」
「……ええ、バッチリです。無茶な要求してすみません」
「クライアントのメンタルケアは俺の仕事だし……寧ろ“情報”が得れて助かったよ」
「いえ、後輩の為ですから」
其処に居たのは、紛れもない早坂 愛である。ただし制服ではなく私服のと付くが。
スミシー・A・ハーサカの雰囲気はない。髪型はポニテ気味で、カラコンは付けず、ただしメイクはアリ。肩は露出しているがその他の肌はなるべく隠している服装。つまり
石上が広瀬を呼んだ。これに間違いはないが、広瀬にも広瀬の目的があったのは事実。寧ろ誘ってくれたお陰で違和感も覚えさせる事はなかった。
「まさか大友 京子……石上が嫌われている原因の一人が体育祭に来るつもりなのは予想外だった」
「……まあ、考えてみれば可能性としては充分あり得ました。彼女は自ずと外部を望んだ訳ではなく、単純に進学に落ちただけですし」
「でも前向きになり始めたタイミングで来るかね……狙ってるとしか思えないタイミングなんだけど」
人の精神状態など他人が、ましてや遠くにいる筈の人間が感知できる訳ない。だが広瀬がそう言いたくなるのも無理がないほどのタイミング。
もちろん結論として言えば、仮に数ヶ月前にあったとしても変わらず、石上は酷く狼狽しただろう。でも忘れようと……必死に思い出さないようにゆっくり顔を上げて、漸く前へ進もうとしたタイミングで振り返させる。狙ってるとしか思えないだろう。
「……一応言っておくけど、俺が出来るのはあくまで“耐性”を持たすだけ。前準備のみだ。実際に効果が出るかは分からない。……お願いだからこうしたけど、本来なら大友が来る事自体を伝えるべきなんだが」
「それでは何時迄も守られてばかりでしょう。それが悪いとは言いません。しかし」
「優自身が前に踏み出そうとしてるんだからそれを尊重しろ、だろ? 分かってるよ」
分かってるけど、そう割り切れる様な性格をしている訳じゃない。何処かソワソワとした様子で、自分に落ち着きを施そうと冷静さを取り繕う為にカップに口をつける。納得していない脳が、珈琲の苦さを強くする。
顔を顰めて納得していない広瀬の様子に、早坂は苦笑した。
「過保護ですね」
「……んー」
何処か苦笑気味に唸る広瀬に、早坂は疑問の視線。頬を掻く彼は、何処か光の消えた瞳で言葉を紡いだ。
「傲慢に思われるかもしれないけどさ。俺、自分が救えない人なんて居ないって思ってた」
「……思っ“てた”?」
「虐められていた子も、トラウマを持った子も、病気を患って絶望していた子も、俺は何百人と救って来たからさ。正直それだけの自信はあったんだよ。……でも優は
「アレだけ貴方を慕って、学校にも問題なく通っているのに?」
「……そうだな、ちょっと語弊だ。確かに俺が居た事で優は
「……問いの仕方的に、1点と答えるのは不適切なんでしょうね。完璧であるか否か、ですか?」
「正解だ」
そして広瀬は、常に100点を取り続けられるだけの基盤が存在する。感情視を有し、心理学を用い、学べるモノは学び、恐らくカウンセラーとして考えれば現代に存在する中で最高峰クラスの人間だ。
でも───否、
本来ならば石上の心がボロボロになっていた要因たる大友 京子を切り捨てる手段を取るべきだった。彼女の存在が何より石上の心へ大きく影響を与えている要因だったからだ。でも他ならぬ石上自身がそれを拒んだ。
直接的に言われた訳ではない。だが石上がボロボロになった理由も、その解決策を間接的に拒否されたことも、話の流れで分かった。苦しめている原因を消せば、今度はそれこそが苦しめる原因なり得る。そんな矛盾の問題、幾らなんでも解ける筈がない。
だから広瀬に出来たのは、精々石上の心が折れない様に現状を維持し続ける事。「お前は間違っていない」なんて言葉、容易くは言えなかったからだ。自分で調べた訳でもなく、ただ聞かされて理解した内容。本心から間違ってないのだと思っていても、きっと心の何処かで上っ面を被っている。
石上はそういった感情に敏感だ。だから容易く言える言葉なんかじゃない。広瀬は白銀ほどの善人じゃないし、何処か冷めた目で人を見る事がある。きっと「こういう言葉が望みなんだろ?」と、見抜けるからと見下した思考をする事もあるかもしれない。
無論、広瀬の思う範囲でそんな事を考えた事など一度もない。……だが人の心は本人ですら分からない感情を持つ事がある。そんなの知らんと言わんばかりの勇気は、広瀬には出せない。
「……感情の見抜きや、その感情から考えられる思考の推測は飛び抜けているのに、鈍いところもあるんですね」
「え?」
「いえ、青星くんの凡人らしい所を見れた……というべきでしょうか? それとも悟らせる事なく本能で理解していた会計くんを褒めるべきですかね?」
勉強やスポーツなどは平凡クラスだ。しかし人の感情・思考に纏わる問題に関しては飛び抜けたモノを持っている広瀬の、“感情”が纏わる問題の凡人らしい所を初めて見た。
そうやって微笑む様子を疑問の眼差しで見つめる広瀬に、早坂は「結論を言いましょう」と人差し指を立てる。
「会計くんは、青星くんがそうやって気を遣っていることに気付いていたんじゃないですか?」
「……マジで?」
「マジです、恐らく。自分の本心ではないんじゃないか。心の奥底では見下してるのではないか。そうやって本来気を使う必要のない部分に目を向けて、彼の為に出来る最大限を行った。……だから、気を許してるんじゃないですか? そういう事が出来る人だから、安心して傍に居れるのだと」
「………」
広瀬に悟らせなかったというのは、それだけ感情に出ないほど本能レベルで理解していた事になる。普段ならば気付いている事に気付いてこんな感情を浮かべる事などなかった。
机に突っ伏し、心なしか耳まで真っ赤に染めた広瀬に、早坂は疑問のニュアンスを含めながら名前を呼ぶ。
「青星くん?」
「……感情とか考えを完璧に読まれるって凄い恥ずい」
「私の気持ちが分かりましたか?」
「痛いほど身に染みました、いっそ殺して下さい」
「どうせなら思う存分心の奥底まで弄り倒しますよ」
「くっ、殺せ!」
しんみりとした話から一転、早坂の眼の笑っていない微笑みと言葉に顔を隠しながら謝る広瀬。いやもうそれは本当に全力で顔を羞恥に染めていた。
珈琲の苦味で誤魔化そうとするが、カップにはほんの少し黒い水滴が付いているのみ。なんと間の悪いと恨めしく思いつつ、目を閉じて一生懸命精神統一を試みる。
そんな中、早坂は微笑みを消し、真剣な表情で悩み、やがて口を開いた。
「青星くん、この後は暇ですか?」
「……ん。ああ、今日は特に用事は無い」
「では、私の部屋に来てくれませんか?」
「そりゃ構わないけど……」
「では今日の二十二時三十分に、四宮家へ」
広瀬が四宮家……別邸に存在する早坂の部屋へと訪れるというのは、実はそう珍しい話でも無い。一学期時点で恋愛頭脳戦に終わりを齎す為の会議を行う際、何度か入った事がある。
故に来てくれという言葉自体にはなんら疑問を浮かべなかった。が、一つ疑問に思ったのが時間帯だ。普段は四宮への意見を出す為にと、長眠者気味な彼女を思って早めの時間に訪れるのが常だ。しかし今回は四宮が確実に眠るであろう時間帯の約三十分前。もっと言えば、あくまで確実に眠るであろう時間帯だ。いつもは二十二時辺りで眠る。
一体何の狙いがあるのかと考え、一番に考えられるのは『四宮に知らせない方がいい会議』だ。白銀が有利に働くであろう恋愛頭脳戦でも思いついたのかと考える。
広瀬は四宮家の門の前に立つ人に挨拶して通り、屋敷の中へと入り、やがて早坂の部屋の前に止まり、ノックする。「どうぞ」という言葉を聞き届けて扉を開けば、目の前にはラフな早坂の姿。四宮の睡眠を見届けて着替えたのだと理解を及ぼす。
「で、今日はどうしたんだ? アイツらの恋愛頭脳戦について何かしら───」
「いえ、今日の話にかぐや様達は関係ありません」
机に置かれたオブジェ……以前夏休み始め、お出掛けした時に買った大量の雑貨。家に置くには少々多すぎたからと渡した青い花のオブジェを一撫でして問う広瀬の言葉を予知していた様に、早坂は即座に否定。
では一体何の用なのかと疑問の視線を向けようとすれば、先程まで離れた距離にいた早坂は既に目の前。驚いて一歩下がれば、早坂は広瀬の肩を両手で押した。重心が後ろに下がっていた広瀬に抗う術はなく、必然と倒れ、背後に存在する柔らかいベッドの上へと背中を預ける。
一体何をと問い掛けようと起き上がる仕草を見せれば、早坂は両腕を押さえてそれを阻止。男子と女子ではあるが、広瀬は身体能力は平凡、早坂は四宮の命に従う為にそれなりに鍛えている為、実は筋力に然程差が存在しない。故に容易く起き上がる事は出来ないのだ。
「愛……?」
そうして跨がり、身動きの取れない状態。広瀬が疑問符を浮かべて顔を上げれば、彼の目に複雑に絡み合った感情が見えた。
怒り、悲しみ、困惑、苦しみ……まるで衝動的に体を動かしてしまったのだと言うかの様に浮かび上がる、大量の感情。
「……どうしてですか」
「え?」
「私はこの距離に鼓動が止まりません。恥ずかしいです。でも離れたく無い。そんな気持ちが占めています。……もう、あれから二ヶ月以上。我慢出来ませんよ」
二ヶ月───十月下旬の今を思えば、恐らく四宮家の改善へ臨んだ日からの二ヶ月という意味だろう。
早坂は左手で掴む広瀬の手首を握り、その掌を自分の左胸に押し付けた。
「ちょ、愛っ!?」
柔らかな感触と、僅かな弾力。沈む様な豊かさでは無いが、性差を感じさせる胸の感触に、広瀬は顔を真っ赤に染めながら驚き目を逸らす。が、ドッドッドッと途轍も無い速さで繰り返される鼓動にハッとし、視線をゆっくりと早坂に向ける。
今にも泣き出しそうな、或いは怒りそうな、そんな複雑な表情。普段被っている仮面を外した率直な感情に、広瀬は目を見開いた。
「……今にも破裂しそうな心臓を必死に抑えて、でも今、私は初めて自ら見て欲しいからと……今までの様な見抜かれるなら仕方なしではなく、見て欲しいから見せてる」
「……」
「私は貴方になら襲われて良いと思っています。いえ、是非とも襲ってください。青星くんが求めているという実感を私に与えてください。……それとも、私が勘違いしてるだけか……」
広瀬が
現状、広瀬と早坂は付き合っている様に周りに見せているだけで、実際に付き合っているわけでは無い。恋人らしい事なんて、それこそ周りに見せる為に手を繋いでいるくらいだろう。広瀬が手を出してこないのは、付き合っている振りではなく実際に付き合っているという事ではない何よりの証明。
自分は求められていないのでは? やはり偽り無き本心に“愛”はないのではないか。
そうやって崩れ落ちそうな心が、溢れ出る感情を止めない。広瀬の気持ちなど関係ないと言わんばかりに、溢れそうになる涙をグッと堪えて口を開く。
「私は貴方がっ───」
「ごめん、愛」
───が、開かれた口は広瀬の手で遮られ、恐らく続く言葉を察したであろう広瀬自身の言葉によって、
「