早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 今回は約10000文字!
 ではどうぞ!


21話 感情は止められない/後編

 

 

 

 地面が揺れる感覚に陥る。重なり合う声が空気を振動させる。ビリビリと肌を刺激させる、太陽の熱と秋の涼しさ。一時の静寂に襲われ、やがて一つの宣言───宣誓を終えると同時に、体育祭の開催が宣言され、その場は熱狂に包まれた。

 怠げに自分の席へと戻る者、次の種目に出る為に準備を始める者、応援に気合いを入れる者。十人十色にそれぞれの行動をしながら、体育祭の時は進んでいく。

 

 そんな中で一人、早坂は不機嫌極まりない表情で種目を眺めていた。

 

 

「……広瀬くんに振られたからって不機嫌すぎよ、早坂」

「振られてませんから」

「でもNOを出されたのよね?」

「別に振られた訳ではありませんから」

 

 

 ()()置いた席が近くの場所だった為に、周りには四宮と早坂が近くにいる事をなんら不思議と思っていない。これを利用して周りにバレない程度の声量で言葉を出せば、早坂はジト目を強めながらも事実とは違う言葉に否定する。

 そう、別に振られてはいないのだ。何せ()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()のだから。

 

 とは言え、明確な拒否を出された事には間違いなし。呆れ気味に言われた早坂はムスッと不貞腐れ、肘を膝に乗せて両手で顎を支えながら競技を見つめ、溜め息混じりに呟いた。

 

 

「……青星くんは、人格構成のロジックを見抜く事に掛けては人間離れしてますけど、人格そのものへの理解は凡人以下です」

「そうね。彼、感情や推測は飛び抜けてるけど、()()()()()()()()()()()能力は酷いくらい低いもの」

 

 

 ───例えば、だ。広瀬は感情視を以て相手を見る事で、相手が抱く感情を100%見抜く事ができる。その上で「では何故その感情を浮かべてるのか」という事に関しても簡単に暴く事が可能だし、ことコミュニケーションに於いてどういう言葉を選べばいいのかも考えられるだろう。

 しかし、広瀬は()()で止まってしまう。通常人間という種は、親しくなった友人の性格や思考を理解し始めるものだ。「この人ならこうするのではないか」という考えはきっと誰しもが浮かべたのではないだろうか。でも広瀬は「こういう感情だからこうする」という判断が基準になっており、「この人ならこうするのだろう」という判断は酷く鈍い。

 

 つまり、広瀬は早坂の好意には当然ながら気付いている。しかし早坂が何をして欲しかったのかまでは理解していない、という事だ。

 

 

「……そうね。早坂、彼に変わった点は無かった?」

「変わった点……ですか?」

「ええ。幾ら人格其のモノに疎いと言っても、それは決して理解していた恋心への否定には繋がらない。理由があるんじゃないかしら?」

「……少なくとも、私の前では何も。あ、いえ」

 

 

 早坂は指を顎に当て考え、首を横に振る。しかし数瞬、別段普段行う手段でも無かった為に忘れていた事を思い出し、言葉に出す。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。夏休み中に何か吹っ切れたのかと思っていたので、然程気にしていなかったのですが……」

「最近……夏休み。……なるほどね」

「何か?」

「……早坂。例え話をしましょう」

 

 

 早坂の言葉を汲み取るに、夏休み前までその癖が出ていたのは確かな事実。しかし夏休みを経て、その癖は無くなっていた。はてさて、夏休みに不安を見せなくなる様な出来事とはなんだろう?

 早坂は改めて考える仕草を見せるが、それと同時に四宮は広瀬の思考を理解し、直接的な言葉を選ばずに敢えて例え話を選択する。

 

 疑問符を浮かべる早坂に、四宮は話し始めた。

 

 

「英雄と言えば何を思い浮かべるかしら?」

「……英雄譚など、珍しい話をされますね」

「真面目な話で例え話よ。……より厳密に言えば、どんな“在り方”を思い浮かべるかしら?」

「それは……悪者を倒して、誰をも助ける様な人物では?」

「そう。誰をも助けるなら不安な事を覚えさせてはいけない。何より()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 泥臭く、執念深く成長していく姿を好む者も多いだろう。それでも英雄と呼ばれるのであれば、誰よりも強く、安心感を覚えさせる存在でいなくてはならない。安心させるのであれば自分が不安を浮かべるなんてダメだろう。

 では───

 

 

「英雄が辛い時、誰が英雄を助けられるのでしょうね」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

(うーむ……)

 

 

 二年生のプログラムたるソーラン節を踊る広瀬は、流れる音に合わせて体を動かしながら白銀に目を向け、安心した様に息を吐いた。

 

 

(白銀って基礎能力は凄いんだけど、技術が絡むと悪夢だから心配してたんだが……無用な心配だったな)

 

 

 藤原の苦労を知らない広瀬である。

 ソッと視線を外そうとすると、突如絶望的な感情を芽生えさせた事に疑問を覚えた為、踊りを終えた後に彼へと近づいていった。

 

 

「白銀、そんな世界の終わりみたいな顔してどうした?」

「俺は四人組バンドじゃないぞ」

「セカ○ワじゃねーよ、そのまんまの意味だよ」

「あー、うん分かってる。……いやな? ちょっとロクでなしにロクでなしを掛けたような父親が来ていてな」

「ロクでなしの上位互換的な存在って……」

「一言で言えばゼウスだな」

「確かにギリシャのロクでなしだけどな? ……え、そこまで?」

 

 

 まあロクでなしにロクでなしを掛けたとて相応しい言葉は思い付かないが、ロクでなしな神様に例えるのかと問えば、白銀は神妙な顔付きで頷いた。

 生徒会長の仕事を増やしてる(主にカウンセリング対象になる人物がいるかどうかを探してもらっている)身としてはその親に挨拶くらいと思っていたが、そこまでロクでなしと言われれば流石に躊躇いが生じてしまう。

 

 が、予め選択肢など無かったのだろうと囁くように、その父親の方から寄ってきた。

 

 

「よお御行」

「父さん……今日来るなんて言ってなかったよな?」

「え、暇だったから」

(あ、なるほど)

 

 

 白銀の言わんとしていた事を察し、確かに結構なロクでなしと理解する。通常の親なら仕事を休んで来たなり休みだったなり、合間に来たなり伝えるモノだろうが、この満喫している所を見る限り一日中暇なのだろう。

 広瀬はガチで暇な様子なのだと感情を見て理解し、職が不安定なのも察した。数百の内のたった1、2人程度だが、過去にクライアントに存在していたので分かる。

 

 

「で、そっちの子は誰かな?」

「あ、はい。広瀬 青星と言います。白銀……御行には大変お世話に……」

「……そっちの気があったり?」

「そういう意味のお世話じゃねーよっ!」

「何口走ってんだ親父!?」

 

 

 まあ幾らロクでなしと言われていようが、友人の父親で目上の人物である事に違いはない。故に敬語にし、同じ白銀では困るだろうと思い名前で呼んで挨拶すれば、何を勘違いしたのか同性愛を疑われる始末。

 ああこれは怒っていいレベルのロクでなしだと本当に理解し、どうしたものかと悩み、やがてこちらに向かって歩いてくる人物を見て安堵したように話し掛ける。

 

 

「大地さん、ナイスタイミングです」

「やあ、広瀬くん。久し振り。ナイスタイミングとは?」

「いえ、お気になさらず。お久し振りです」

「うん。……あ、白銀さん。写真はどういった感じですかな?」

「ええ、よく撮れています。この様なアングルで構いませんか?」

 

 

 白銀は嬉々として話し掛けた様子の広瀬に知り合いかと疑問を浮かべ、自分の父とのやり取りで渡した藤原の写真を覗き見て、藤原の親御さんだと考えが到達する。流石に真昼間から他所の女子をドアップで撮る変質者などいないだろうし、間違い無いだろう。

 ともすれば、改めて浮かび上がる疑問。

 

 

「広瀬。あの人は藤原の親父さん……だよな? 知り合いだったのか?」

「ん? ああ、藤原 大地さん。カウンセラーの仕事で、大地さんが海外に行く際にメンタル回復要因として連れてかれたんだよ。海外で精神やられる人もいるしな。まあ小さい頃だし、大地さんからすれば連れてく子供が増えた様なものなんだろうけど」

「その際には藤原書記やその姉妹も居たのか?」

「ああ。藤原家とはその時くらいから知り合いだ」

「にしては、藤原書記と結構他人行儀の様な……」

「……藤原がその時の事を忘れてるんですよ。だから藤原の記憶だと、俺は中学の頃からの知り合いな認識だな」

「藤原書記……」

「まあ俺の問題もあるんだろうけど」

「……?」

「……いや。ところで白銀、向こうに四宮がいるけど話し掛けなくていいのか?」

 

 

 藤原のお父さんの紹介を済ませ、知り合った経緯を話す広瀬。話の流れ的に藤原家娘達の遊び相手でも勤めていたのだろうと察して、それを覚えていないと言われてついつい呆れた様に溢してしまう白銀。が、庇う様な擁護する様な呟きを残す広瀬に疑問を浮かべれば、彼は首を振って話題を変える。

 ああ───と顔を横に向ける直前、頭に過ぎる考え。四宮と親父を会わせていいのか? と。最近ははっちゃける部分も増えているが、根は生真面目な性格の四宮と、反面教師にはいい材料の人間である。

 

 視線の先には四宮と藤原。頑張る娘の写真を撮るという正に健全で幸福な家庭であるならば、家族間の仲は相当に良いだろう。ならば娘から寄ってくる可能性は十二分にあり得る。イコールそれは一緒にいる四宮も寄ってくるという事。

 恐らく会わせるとロクでも無い事が起きると予知し、白銀は即座に父親の方へと視線を向け、購買の方を指差して言葉を放つ。

 

 

「なあ親父、知ってるか? ウチの購買のカレーパンって絶品なんだぜ。近くの自販機には今話題のタピオカミルクティーなんかも売ってる」

「ほう、専用の店で買う機会なんてないしな。この機会に寄ってみようか」

(よっしゃ!)

「親孝行な息子だねぇ」

「いえ、(本当に)とんでもない」

 

 

 親孝行ではなく単純な私欲で遠ざけただけである。藤原父は勘違いして感心しているが、彼の父親の性格を理解した広瀬はそれとなく察した。

 購買の方へと歩いていく父親を見送り、感心して呟く藤原父に謙遜する素振り()()()()を見せ、広瀬は遠い目をする。流石に初対面で同性愛を疑われる経験は初めて故、動揺するほか無い。

 

 そうした出来事を経て、見事白銀父と会わせることなく四宮と藤原は近づいてきた。

 

 

「お父様、何会長と広瀬くんに絡んでるの……恥ずかしいよー、もう」

「千花。いやいや、唯の挨拶だとも。この機会だしお誘いもしようかと思っていたけどね」

「お誘い?」

「ああ。どうかな? 圭くん、四宮くんも、日頃のお礼を兼ねてディナーにでも」

「ええ、是非とも」

 

 

 話の流れの様で悪いがね、と。笑いながら紡ぐ藤原父に白銀は戸惑っているが、広瀬は慣れている様に了承し、四宮は“会長”と“圭”が一緒だと理解した為に即答のOK。

 二人が了承した様を見て、乗っかる様に白銀も分りましたと頷いた。

 

 暫く親子で話している藤原の様子を、少し輪の外から広瀬は眺める。何処か羨ましそうに、微笑ましい様に───そして妬ましい様に。自分が嫉妬を浮かべてると即座に理解すれば、ハッとして表情を改める。

 ああ、これはダメだ───と、離れる機会を模索する。たたでさえ親の愛情という類は地雷。それを精神が弱ってる時にやられるのは、心に掛けた鍵を削る行為だ。酷い嫉妬心が芽生えてしまう。

 

 広瀬だって理解してる。こんな感情を抱くのは間違っているのだ。でも無意識に浮かんでしまうのは抑えられない。だから離れる機会を模索する。

 

 

「……!」

 

 

 ブルッと、ポケットの中に入れたスマホが震える。消音モードにしているが、音はならないだけで通知自体は切っていない。メッセージを知らせる一度のバイブではなく、通話を知らせる数回のバイブ。

 ホッと安堵した様に息を吐いて携帯を取り出し───その瞳の光を消した。

 

 

「……すみません、大地さん。少し外しますね」

「ああいや、こちらこそ済まない。引き止めてしまったかな」

 

 

 人差し指の爪で消音モードを解除し、コール音を出しながら携帯を見せれば、その仕草で意味を理解した大地はにこやかにこちらも悪かったと謝る。

 笑顔を見せながら「いえ」と首を振る広瀬は、携帯を一度タップしてから校舎裏へと向かっていく。お昼休みでも無ければ人が来ないだろう、電話をするには最適な人気の無い場所に。

 

 

「……」

「どうかしたか?」

「いえ。()()()()()()()()()、と。そう思っただけです」

「……()()()()。今の場面、()()()()()()()()苦笑を見せているのだろう」

 

 

 親子で会話を続ける二人を横に、どこか見抜く様な視線で見送る四宮に気付いた白銀。問い、答えが返って来れば、思い返した様に白銀は同意する。

 形は違えど、二人は確かな天才だ。理不尽レベルに天才肌な四宮と、一途に貫ける白銀。そして、天才的な感覚……眼を持つ広瀬。

 この学園には優れた人材が沢山いるだろう。だが飛び抜けてる筆頭を出せば、四宮と白銀が浮かび上がるのは間違いない。そして公開こそしてないが為に評価はされないが、事情を知っていれば広瀬も相当に飛び抜けた存在だと評価される。

 

 しかし天才に悲劇はつきものと言うべきか、否か。各三人、周りの“当たり前”と隔離される様に生きてきた。

 四宮は全てが出来すぎた為。白銀は出来なさすぎた為。そして広瀬は、出来る必要がなかった為。

 

 周りが出来ない事を知らなかった(分からないんだから仕方ないでしょう)

 周りよりも出来なさすぎた(人より多く時間を掛けるだけ)

 周りに合わせる必要なんてなかった(だって全て分かってしまうのだから)

 

 だから、そう。二人の天才が当たり前の様に()()()()()()()()()()()は、大それた皮肉である。

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 英雄が辛い時、誰が英雄を助けられるのだろう? 誰かに不安を覚えさせない為に、自分は不安を隠す。全く無い訳じゃ無い、英雄だって人だ。当たり前の様に持つ感情を、表に出さない。

 ああ、きっとかぐや様の表現はその通りだ。英雄なんて大それた話ではない。でも私が助けられ、青星くんが助けるこの関係は、比喩表現としてこれとなく近しい例え話。

 そうだ。私は青星くんに弱い所を見せた。見せてしまった。まるで生きる理由の様に他者を救い続ける彼にとって、身近な私が不安を抱く事など許容できないのだろう。だから不安を浮かべても、不安を覚えさせない様に徹底してきた。

 ああ、私はなんて馬鹿なのだろう。心の何処かで気付いていたはずなのに、ふと外せば一気に堕落する気がして、気付かないフリをしていた。

 

 生まれ持った人生に於いて、普通に生きれば心を強く動かす事象というのは中々起きにくい。でもストレスが溜まり続けるこの世界で、少しずつ傷付けばいずれ崩壊する。

 例え一見無敵な様に見える999ターンの無敵効果も、999ターン経過すれば破れるものだ。青星くんは上手いこと小さなストレスを発散しているが、それでも弱さや不安を出せないストレスは酷く溜まる。

 だとしても、心のどこかで思ってしまうのだ。()()()()()()と。それが何より不安を見せない要因。過ぎた期待は、それに応えようとする程、身を滅ぼす結末へと向かう。彼の事を「人格そのものには鈍感」と称したが、私も似た様なものではないか。

 

 彼はただの“人”なのだ。

 

 

「うるっせぇんだよいい加減黙れッ!」

 

 

 決して大きい声ではない。現地点から校庭までは決して届かない、抑えられた声量ではある。しかし怒気を孕み、悲しみを抱き、強く感情に左右され無意識に発せられたその声は、声量とは別の威圧感を含んでいた。

 ピリピリと肌を刺激するその声を聞いて、心配するかの様な声音で名前を呟く。

 

 

「青星くん……?」

 

 

 

 

 

♦︎

 

 

 

 

 

「……もしもし」

『青星、仕事だ』

「……今は体育祭の真っ最中だよ。そんな事を話してる時間じゃない」

『クライアントの精神を左右する話だぞ? 下らない学生業に現を抜かすよりも仕事を優先しろ』

「───はっ。幸せな家庭を紡いだ結果、義妹を亡くし、息子を道具にする親の説得力は凄いな」

『……今の失言は見逃そう』

「思春期に反抗期はツキモノで大事な道具を手放す訳にはいかないから、ってか? 残念ながら本心からの言葉だし、アンタが俺の事を道具と思っている事実は変わらない。……学生らしい事くらいさせろよ」

『学生()()()、か。その時点でお前の高校生活が自分をも対象とした欺瞞なモノと証明されたな』

「……誰のせいだと」

 

 

 片や言葉が交わされる度に苛立ちを募らせる少年と、片や感情があるのかと疑問を覚える男性。男性が「そうしたいと思ってる時点でそう出来てる訳ではない」と断言すれば、広瀬は歯軋り鳴らしながら背中を壁に預ける。

 

 

『高校生は義務教育ではない』

「アンタの言葉に従うのも義務じゃない」

『お前の親は私だ』

「俺に尊敬出来る“親”なんていない」

『クライアントを助ける義務がある』

「俺以外の奴にでも頼めよ……っ」

『能力を有するモノは能力を行使する義務がある』

「それをアンタが“使う”道理にはならないッ」

『学生だという事に甘え───」

 

「うるっせぇんだよいい加減黙れッ!」

 

 

 たたでさえ削られていた精神に追い討ちを掛ける存在の言葉。感情というモノに対してどれだけ並外れた理解を示していようと、それはコントロール出来る事とイコールにはならない。感情は止められない様に、溢れ出る声は怒気を酷く孕んでいた。

 早坂の弱さを見て以降、決して見せる事など無かった不安で弱い姿。怯える様に身体を震わせ、涙に濡れた様に瞳は爛々と輝く。零れ落ちそうな涙は、怒りによって引き締めた顔で意地でも溢さない。

 

 そうして、静寂の余韻の中で聴こえてきた早坂の声に視線を上げて、反射的に通話の切断ボタンを押した。

 

 

「悪い、一人にしてくれ」

「しません」

「頭冷やしたいんだよ……っ」

「冷めさせません」

「今は───……っ!?」

 

 

 見られた。見られた。自分の情けない姿。7歳半ばの頃から被り続けていた社交性仮面(ペルソナ)は容易く破れて、二か月以上も保ち続けていた不安を見せないヒーローな自分も崩壊する。

 幻滅したか。それでも良い。それでも良いから感情を落ち着かせる時間を下さい。そうやって懇願する様に吐き出された言葉は、透き通った声にやんわりと否定される。無理矢理にでも良い。頭を冷やす(心に鍵を掛ける)時間を作りたい。否定される。

 今は近寄らないで欲しい───その言葉を吐き出す口は、早坂の手によって遮られた。

 

 驚きに目を開く広瀬などそっちのけ、早坂はグイッと襟を引っ張って段のある場所まで連れて行く。座って膝が立てられる程度の高さの段を見つけると、早坂はそこに座って広瀬を寝転がし、その頭を自分の膝へと乗せた。

 

 

「おいっ、愛……」

「ヒートアップした頭は論理よりも感情を優先します。それは人ならば誰もが持つ機能。青星くんも例外ではないでしょう」

「いや、だから───」

「だから、今はそのままで居て下さい」

 

 

 感情を優先する。それは広瀬にとって行いたくない事だ。不安や弱みを見せずに居たこの二、三ヶ月で溜められたストレスは生半可なモノではない。一度崩壊すれば土砂降りの様に垂れ流れる。

 つまり感情を優先する現在、それは弱さや不安を見せるとイコールになる。最も不安を見せたくない対象にそれはNGだ。

 

 だから頭を冷やす時間が欲しかった。……だが早坂は、その冷やす時間を与えない。感情が剥き出しているそのままでいろと言う。心に無理やり掛けられた鍵は、ギチギチと千切れそうな音を鳴らした。

 

 

「……夏休みの、花火大会の日。貴方は「散々情けない姿を見せたんだから今更だろ」と言いました。ええ、その通りです。弱さなど今更ですよ。隠そうとしないで下さい」

「……」

「でも、きっと私にも責任があるんでしょうね。貴方の弱さから目を逸らしていた。いえ、聞かない振りをしていた。……多分、“今まで”見せていたのは、そういうズルい私だったからでしょう。だから貴方に惹かれ始めている今、貴方は私に弱さを見せない」

 

 

 きっと、無意識の選択だ。その時点で親しく、だが同時に近付かないと確信出来る相手だったから許していた心。それが今、親しく、そして近しくなっていく関係に……つまり弱さを流さず捉える存在になったから、許さない心。

 

 

「そして「青星くんが居たことで会計くんは救われていた()()()()()()()」……これは青星くんなりのSOSだったんですね。救えた、救えなかったは、全て青星くんの主観から見た故の言葉。そこに客観的な視点は交わっていない。自分はこう思う事しか出来ないと……ほんの少しだけ見せた弱さ」

 

 

 誰もが自分の人生の主人公。誰もが主観の中で生きているのは当たり前の事実だ。でも自分の中で積み上げた人生という名のストーリーとは別に、世界が構築するストーリーが存在する。客観的視点とは、その世界が積み上げるストーリーの見極めだ。

 でも青星はそんな視点を持たない。全てが自分主役の自己(エゴ)ストーリー。ああ、なんと醜い心か。だからこそ隠し通したかった。

 でも心の何処かでは、きっとそんな心を救って欲しいと思っていたのだろう。だから早坂の言う通り、ストレスを少しずつ発散させる建前で弱さを晒していた。

 

 

「人は言葉に出さなければ伝わらない。……私も、()()()()()、きっと同じなんでしょうね」

「……っ!」

「だから此処に、言葉の誓いを建てましょう。不確かで、確実と言えるかは分からない。でも証明となる為の、言葉の誓い」

「……ああ」

「私は貴方の弱さを受け入れ、私の弱さを見せると誓います」

「俺は愛の弱さを受け入れ、俺の弱さを見せると誓います。……はは、オカシイ契約だな」

「ですね」

 

 

 仰向けで膝枕を受けているこの体勢。早坂は見下ろす形で広瀬の頬に触れながら、広瀬は頭を預けて見上げる形で早坂の頬に触れながら。二人は誓いを建てる。

 ああ、確かに───言葉にするだけで、心は羽が生えた様に軽くなった。

 

 

「……俺は、さ。ただ認めてもらいたかっただけなんだよ。いや、多分今も認めてもらいたいと思ってる。血縁関係だけじゃなくて、純粋に親と子でありたい……って、そうやって過去を振り返り続けてた」

「あらあら。では以前ファミレスで会計くんと話し合っていた際に発した言葉に何の重みもありませんね」

「そう、何の重みもない。ただ俺の願望を押し付けていただけだ。自分が向き合うのは怖いからって、他者に押し付けてた」

「……では、今はどういったお考えで?」

 

 

 自分の在り方を振り返り、浮かべていた笑顔を徐々に変化させ、やがて苦笑になり紡がれる言葉。そうして問われた広瀬は、柔らかい笑みで。しかし自信たっぷりに発した。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 どちらかを選ぶ事は出来ない情けない選択だけどな、と。苦笑気味に紡がれた言葉に、早坂は慈愛の笑みを以て返答した。

 

 

「ええ、きっとそれが良いでしょう。どちらかを切り捨てる必要は、無いのですから」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 言葉に於いて最も説得力の高いモノとは、経験を糧にして発したモノだと言われている。それは他ならぬ当人が経験し紡いだモノ故に、参考になるからだ。でも人間誰も経験しないであろう事を経験し、それによって心を壊す人物などザラだ。カウンセラーはそんな対象にどんな言葉を投げつけるか、きっと正解は分からない。

 だから広瀬が取ってきた選択は、シチュエーションに見合った言葉をそれらしく説得力ある言葉で言い放つ事。自分の主観は一切交えない言葉。

 

 でも正しい事だけを選択するのが、果たして正しい事だろうか? きっと間違いでは無い。でも確証のないモノに確実な正解など存在しない。人の気持ちに、答えはない。

 だから考えを改めた。他者にとって、自分が与えられる言葉は何だろう? と。正解がないから正解らしいモノを今まで通り選び続ければ良い。でもそれで根付いたモノを変えられる確証は持てない。精神論だろうが、人の感情はいつだって感情で動かされるモノだ。

 

 じゃあ、根付いた弱さに与えてやれる自分の言葉とは?

 

 

「───優」

 

 

 そんなの決まってる。

 

 

「過去は消えない。でもその延長戦を進み続けたのが今の道だ。怯えながら、這いずって。……でもそれさえ止まってしまったのなら、俺から言えるのは一つだけだ。───弱さなんて吐き出してしまえ。俺や白銀がいつでも受けてやる」

 

 

 さあ、過去を振り返れ(前に進め)

 その言葉は、自分が成した責任を負えと囁く言葉。ズシリと足を重くした。だがその言葉は、自分が出来た事も忘れてはならないと囁く言葉。強く思え。自分でも動けたのだと。

 

 裏の事情なんて知らない大友は好き勝手に言う。転べ、お前のせいだと。石上は煩わしそうに目を閉じる。好き勝手にいう、でも仕方ないかな。ぶっ壊したのは事実だし。けどお前の感情なんて知らないし、こっちの目的は達してる。

 もう大友の言葉だけに惑わされる理由は、どこにも無い。自分のことを理解してくれる人は確かに存在する。言葉にして貰って、漸くそれに気付いた。

 

 故に、落ち着かせた心は感情的に放たれる。

 

 

「うるせぇばーか」

 

 

 

 

 

 

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