早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 今話は約6200文字!
 ではどうぞ!


第23話

 

 

 

「人に好かれるのって、どうしたら良いんですかね」

 

 

 いつも通り、柏木 渚の彼氏でお馴染み田沼 翼の恋愛相談(と称した彼女自慢)を終えた生徒会男子組(白銀と石上)。惚けた表情のまま去っていく彼を見送ったあと、石上はポツリと呟いた。

 その場にいるのが生徒の憧憬対象たる生徒会長で、大分モテると噂になっている白銀だからこそだろう。言葉を簡単に砕けばそれは好かれると同意。憧れはあれど、きっと中には恋愛感情を持つ人物も少なくはない筈。

 

 そうして問いた言葉に、白銀は「急にどうした」と心配するかの様な表情で聞き返した。

 

 

「いえ。僕は体育祭以降、避けていた他人の目をよく見る様にしました。それで、何というか……案外、どうでもいい嫌悪感情ばかりだな……と」

 

 

 石上は感情をネガティブに捉える事が多い。よく言えば感受性豊かなのだろう。だが、ただ単純に“嫌悪”されるのは酷く苦手だった。でも仕方ないのだと受け入れてきた。

 でも体育祭で広瀬と白銀から貰った言葉を心の奥底で反復し続け、広瀬の本質を暴くかの様な綺麗な瞳を思い出し、考える。果たしてその嫌悪は何を以って生まれているのだろう? と。

 答えは簡単なもので、みな大友の件を耳にしたからだ。そう、耳にしただけ。学校の面目立てるための建前や、石上が嫌われていた原因の最たる人物の萩野の言葉を真に受けていたが為だ。

 

 別にそれが悪いとは思わない。それを理由に彼女達を嫌ったりはしない。きっと同じ立場であれば自分も似た様な行動をしていたからだ。

 けど、もっと奥深い所を探ろうともしないで、聴いただけで出した結論故の嫌悪など、現在の石上にとっては薄っぺらいモノにしか見えなかった。……いや、まあ実際萩野を殴った事に変わりはないので、それを目撃した人物からの嫌悪は仕方ないと受け入れているのだが。

 

 嫌われたくないなら聞かぬ存ぜぬを突き通せば良かった。でもそうしなかったのは、きっと自分を形成する理不尽を嫌うという想い。……何も知らない大友をいかせる理不尽を嫌ったからだ。

 だから広瀬が躊躇いながらも提案した、石上の思考に合った『最善策』を貫き通した。少なくとも現状、助けたにも関わらず全ての人から責められるだけという理不尽はない。事情を知って寄り添ってくれる人はいるし、事情を知らなくても寄り添ってくれる人はいる。

 そういう人たちの優しさに触れ、口伝えだけでの噂で嫌悪される事などなんて事ないのだと悟った。

 

 

「実の親に殴られましたし割と心抉られてましたけど、家族ですら気付いてくれない事に気付いてくれる知り合いの大切さを実感出来ます」

「ねえ最後にちょっと闇抱えた言葉出してくるの止めてくれない?」

「人の絆って血の繋がりじゃないんだな、って」

「まあ繋がりのない血二つが混ざって生まれてる訳だしな」

 

 

 ニコニコと笑顔なのに重い雰囲気を漂わせる石上に、白銀は察した。これ今までとは違う形で青春ヘイトが発揮されてるのだと。

 やはり人は変わったと思っても原型が崩れる事はないのだと気付かされる一幕である。

 

 

「ただ、まあ……お陰で無くしてた好意への憂いを再発させまして。べ、別に好きな人がいる訳じゃないんですけどね?」

「最後の最後で四条(ツンデレ)になるのはやめろよ……ホントにいないのだとしても居ると思われるぞ」

 

 

 話の流れからして純粋に好意的に接してくれる友人関係を紡ぎたいと白銀は解釈した。実際そのつもりで話していたから間違いではないのだが、『好意』という言葉はLIKEでもLOVEでも取れる。現状LOVE寄りで好いている先輩がいるため、石上は「もしやそっちの方向で解釈されるのでは?」と思い、反射的にそっぽ向いて言い訳した。

 白銀の場合は解釈に間違いはないという絶対的な自信故にLOVE方向での可能性は排除したが、もしこれが藤原ならば察してしつこく問い掛けてくるであろう。石上は想像しただけで殴りたくなる。男女平等主義を抱えてる訳でもないし女性への手出しは基本的に避けている石上だが、彼女は別だ。殴りやすい性格(ボディ)をしているのが悪い。

 

 

「というか、そういう話に関してなら俺よりも適任がいるだろう?」

「まあ、会長の場合は好意ってより尊敬が近いかもしれませんからね。尊敬も一種の好意ですが」

「ああ。俺自身、そういう好意であった方が有り難い。友好では遊びなどに誘われた時、少々困ってしまうからな」

 

 

 たたでさえ生徒会長という激務を成している中、学力で一位を取るための勉強をし、更には家の為にアルバイトを行なっている白銀にとって、暇な時間というのは極端に少ない。

 もし気軽に誘われでもしたら、真っ先に思い浮かぶのは「どんな断り方をしようか」だ。出来る限りは勉強に当て嵌めたいし、暇な時間ができるなら埋めるのが白銀のスタイル。ともすれば、遊びに行く余裕など殆どない。

 まあ四宮に誘われ……万が一、いや億が一にでも誘われようものなら、予定が空いてる時に行くだろう。だが基本的に暇な時間はない。故にこそ友好よりも敬意たる好意は白銀にとっては有り難い。

 

 

「……それで、人に好かれるにはどうしたらいいか……か」

「はい」

「まあ答えは単純だな。相手が好意的に思える社交性仮面を被る事。一般的に考えれば、良い奴ってのは……まあ人に優しく接して、誰もやりたがらない事を熟す様な人だな。けど、あくまでこれは一般論に過ぎん。それに好意的に接してもらう他に、人との関わり合い方という側面も強いからな」

 

 

 生徒会組に関しては、比較的友好的な付き合いは出来ていると思う。しかし基本的に敬意や畏怖の側面を受けることが多い白銀にとっては、どの様な行動が相手に好かれるかという問題に対しての答えが浮かばない。……そもそも敬意を持たれている現在に至った理由は、一人の少女を想って行動した結果に過ぎないからだ。

 それを考えると「好きな人、大切な人の為に頑張る姿」というのが正解な気はするが。しかしそれを伝えるとすれば、イコール白銀に好きな人がいる事へと繋がってしまう。

 後輩の相談事である以上無下には出来ないが、幾ら後輩と言えどそこまでプライベートに踏み入れさせる訳には行かない。『恋愛観』を明かすのはいいが、『恋愛事情』まで明かすのは流石に拒みたい。

 

 それに───

 

 

「この手の話に関しては、俺より詳しい奴が居るんじゃないか?」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「人に好かれる人はどんな人ですか?」

「顔が良い奴」

 

 

 ───ド直球だった。質問から答える間はコンマ数秒。本能で反射的に答えたのではないかと疑うほどの速さで放たれた答えを耳に届かせた石上は、数秒の沈黙。

 いや、質問に対して何かを考えているわけではない。現状、寝ている早坂に膝枕をしている広瀬を見て、もしや邪魔したから怒って適当に答えてるのではないかと考え始めただけである。というか本当に付き合ってるわけでもあるまいし、距離が近すぎるのではないかと、いろいろな疑問が頭を占めていた。

 

 突如黙りこくり、無数の疑念に駆られる石上の様子に気付いたのだろう。その“疑念”の意を理解しつつ、広瀬は苦笑して石上に視線を向けた。

 

 

「……別に適当言ってるわけじゃないぞ?」

「まあ、顔が良ければ好意を持ってくれるというのは理解出来ますけど」

「あー、違う違う。俺が言いたいのは『好意を抱かれる過程』であって、『好意を抱かれた結果』じゃないんだよ」

「……ああ、スタートラインって事っすか? 確かに第一印象(ルックス)第二印象(パーソナリティ)が全く違うってのは良くあるケースですけど」

「まあ、概ねその通りではある。人に好かれるって過程に於いて最も大事なのはスタートラインだ。つまり第一印象。ルックスだな。ただそれだけで好印象を与えられる……とはいえ、必ずしもそれが好意に発展する訳じゃない。もちろん性格が良ければ大多数には好意が芽生えるだろうけどな」

 

 

 要するに、この世界は()()()()()なのだ。生まれも育ちも全く違えど、「何をしようか」という思考は至極当然あり、また「行った後の結果」は必ず訪れる。

 顔が良いはスタートラインでアドバンテージを取れるが、性格が悪ければ。また相手に合わなければ、確実に評価が下がる。そして逆もまた然り。例え顔が良くなく、スタートラインでディスアドバンテージをとっていても、積み上げ次第では評価は上がる。

 当然顔が良くて性格が良ければ評価は天井一直線だし、顔が悪く性格も悪ければ評価は地底まっしぐら。スタートラインは不公平だが、最終的な結果は公平なのだ。

 

 

「それにな、優。好意という感情……いや、どの感情にも言えるけど、人の気持ちに()()は存在しない。第一印象を良くして、第二印象を良くして……でも第三印象がダメなら? 第四印象がダメなら? 人の感情は、常に更新されるものだ。好意を抱かれたからって、必ずしも好意で終わる訳じゃない」

「……当たり前の事ではあるんですけど、改めて言われると納得する以外浮かばないもんっすね」

「ああ。ぶっちゃけお前は周りからの第二印象(パーソナリティ)評価から大失敗してるしな。根付いた噂ってのは簡単には無くならない。……とは言え、『良いから悪いへの更新』があるなら、逆もまた然りだ」

 

 

 事実はお前が悪いとは言えないが、事実が全て大多数の認識になるとは限らない。結局は周りからの評価が事実を上塗りする事は限りなく多い。もしかしたら今蓄えている知識だって、何か間違っているものもあるのかもしれないだろう。

 だからこそ石上の第二印象は最悪のモノへとなっている。が、それは決して変えられないものという訳ではない。それが悪い方向であれ、良い方向であれ。

 

 

「もしこれから長い間、数年数十年と付き合いを重ねていくのであれば、取り繕った性格じゃ意味がない。その仮面はいずれ剥がれる。人間はそんなに強い生き物じゃないから。……優は、今まで感じていた悪感情を「どうでもいい」って思えるようになったんだよな?」

「はい」

「なら無理に好意を持たれようとするよりも、取り繕わない自分で居た方がいい。楽な心で接してくれる相手を探すのは……また難しい問題で、側に居てくれるとは限らないけどさ」

 

 

 広瀬は慈愛の目を以て、膝の上で寝る早坂の髪を撫で、ふと微笑みを浮かべる。その点を考えれば、自分は恵まれているのだろうと考えたからだ。

 石上は「……付き合ってないんすよね?」と心の中で疑問を浮かべつつ、もう一つ芽生えた疑問を声に出した。

 

 

「青先輩って前世の記憶とかあるんすか? 一体何歳っすか?」

「え、そんな老けて見えるッ!? まだ17ですけど!?」

「いや、見た目というか……どう考えてもたった一つしか違わない人間には見えないんで……。考え方とか、対応とか」

「……おい、同情するな。なにうわ、すっごい濃い密度の人生経験してそうだな。この人前世でなにやらかしたんだ? 流石に許してやれよ神様みたいな顔してんだ」

「何でピンポイントに一文一句違わず言い当てられるんすか、エスパーですか?」

「言うほど過酷な過去は持ってないよ。“他人”を知る機会が違うだけだ」

 

 

 石上の身を守るような仕草からのセリフなどスルーし、別に悲惨な過去を持ってる訳ではないと否定する。また、話を戻す合図として咳払いし、表情を改めた。

 

 

「まあ話は概ね終わったけど……結論として言えば、素の自分で居ろって事だ。でもそれは、決して()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……矛盾してません?」

「いいや? プライドと勇気を履き違えるな、って事だよ。……例えば誰も水やりをしていない花壇を見つけた時、気になったけど「自分のキャラじゃないから」とスルーする人は多い。でも『気になった』は自分の感情だ。それを実行する“勇気”は、簡単に妨げていいものじゃない」

「実行する勇気……“取り繕い”ですか」

「だから勇気を垣間見た白銀達は、心動かされた。……大友の件は失敗ではあるけど、同時に成功でもある。そして失敗の恐怖も乗り越えた。勇気を出して成功した。それは勇気を持つには充分すぎる理由じゃないか?」

「……自覚はないです。実感が足りません。成功経験は少ないです。何時も何かしようとすると、良くない何かが起こります」

 

 

 振り返る。果たして自分が自ずと行動を重ね、いい結果に導いた事例は幾つあるだろう? 答えとして言えば幾つもあるだろう。だが失敗の経験は、人によっては酷く重く捉え、前に進む足の枷となる。

 これはきっと、“ひとそれぞれ”という言葉が悪い方面で働いた結果だ。

 

 

「だから選びたくない。……そう思うのも自分です」

 

 

 何か行動して悪い結果を引き起こすなら、何もしないでいたい。それはきっと、経験した者なら誰もが思う事で、ズシリと重くのし掛かる選択肢だ。

 

 

「でも、その選択が無かったら()()()()()()()()も無かった。……なら、自分自身の気持ちに従ってみても……いいかもしれませんね」

「まあぶっちゃけると今まで通りにしてろって事なんだけどな」

「そこはぶっちゃけない方が良かったと思います」

 

 

 ヘラッと目を細めながら笑う広瀬の言葉に、石上は締まらない表情で紡ぐ。

 そう。要は「取り繕っても良いし、取り繕わなくても良い」という、今まで通りの選択肢を他者が明言しただけだ。並行線上を辿る他の道は出来ない。

 

 呆れた様に立ち上がる石上に、広瀬はわざとらしく「あ」と声を出して注意を引いた。

 

 

「優、つばめ先輩なら部活中だぞ」

「な、なんでつばめ先輩の名前が?」

「ちなみにあの人は炭酸系が結構好きだぞ。新体操部の休憩中なら、微炭酸はかなり喜ばれるかもな」

「何で今その情報をっ!?」

 

 

 じゃあ、と手を振る広瀬に、石上は物申したい気持ち半分、有難い気持ち半分で自販機のある場所へと向かって行った。

 

 

「……で、いつまで寝たふりをしてるんだ?」

「……私が話に関与しない方が、やり易いかと思いまして」

 

 

 あと役得でしたし、と。早坂は頭を撫でられた事、また現在進行形で続けられる膝枕を思い、流石に口には出さないも「分かるでしょ?」と言わんばかりに仰向けとなる。

 ホントに遠慮が無くなったな、と。嬉しくもあるが照れが生じる。そして関与しない方が話しやすいだろうという主張もある意味正しいので、尚タチが悪い。どちらの割合が高いのかと考えてしまうからだ。

 

 

「しかし、前世の記憶や年齢詐称を疑われるとは……ふふ、意外と石上くんも気付いてないみたいですね。それとも隠すのが上手いのでしょうか。……ね、()()()()()?」

「……()()を反抗期で済ませる愛には参るな」

 

 

 広瀬はベンチの背に体重を乗せ、仰向けで視線を向けてきた早坂の目を避ける様に空を見つめる広瀬は、苦笑しながらスマホを取り出す。

 画面上に羅列する文字を眺め、目を細め、体勢を整えて早坂の瞳をジッと見つめた。

 

 

「愛」

「……? はい」

「あの時の()()、精算して貰っていいか?」

 

 

 ───花火大会の日。早坂のお願いで四宮家の今までの破壊を行ったあの日の報酬の一つたる“貸し”。真面目な顔で、真っ直ぐな目で問い掛ける広瀬を揶揄う気は流石に起きず、2秒の間を空けて早坂は頷いた。

 

 

「頼みがある」

 

 

 

 

 

 

『今度の三者面談は、時間が空いたので私が行く。どうするかなどは決まっているだろうが、親が出ないのでは示しがつかないからな』

 

 

 

 

 


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