今話は約10600文字!
ではどうぞ!
───三者面談!
主に進路の相談や、調子の確認、親子の距離感や仲などを確かめ、将来性を確認するこの行事!
生徒にとっては、基本的に見る事のない「家族といる時のあの人」というのを見れるこのイベント!
実はこの行事、地味に人間関係を改めさせる大事なモノである。普通に仲の良い家庭ならば大して変わる事はないが……普段「お母さん」呼びしてる人が家族間では「ママ」呼びだったり、会話をあまりしないほど仲が良くなかったり、親の前でだけ「良い子」を演じていたり……など。
人間関係は簡単に変わるモノである。要はギャップだ。普段と違う部分を見れば、自然と“今まで”との見比べを行い、それを受けて「どう接するか」という疑問を浮かばせる。結果“今まで”とは違う接し方となるケースはかなり多い。
果たして今までよりも仲良くなるか。それとも遠ざかるか。それが試される一時───!
……なんて、そんな考えを持つものは本当にごく一部である。それこそ噂好きや癖の強いマスメディア部くらいなものだろう。幾らギャップがあれど、余程心動かされる事象でない限り、今までと変わる事は殆どない。……いやまあ、慈愛の眼や嫉妬を浮かべる事はあるだろうが。誰がとも誰にとも言わないが。
が、ここは普通の学校とは一味違う。大手会社の跡取り息子、優秀なご令嬢が数多く集まる学園。普通ならば仲のいい親同士が話し合ったり、関わりのない人との関わりを楽しむ場なのだが……。
「───いやはや、ウチの御行では物足りないですかな? 雁庵殿」
「物足りんとは言ってない。そもそも足りる足りないの判断を仰げる確認などしてないのでな。だが、ふむ。こと勉学に於いて我が娘の上をいく子供には興味がある。是非四宮家へと招こう。親子共々、な」
言葉を簡単に噛み砕こう。
「御行との交際を認めてくれません?」「駄目とは言わないけど、本人達の意思が一番だよ。仲を深める為に今度ウチへ遊びにおいで」という事である。いや、もう砕いて砕いた結果がこれだ。断じて親バカ拗らせて思いっきり圧を喰らわせてやろうなどとは考えていない。そう、断じて。
「雁庵様、息災で何よりです」
「うむ。其方も相変わらずで何よりだ」
「元気〜?」「うん元気元気!」である。
名医・田沼 正造。雁庵の妻、及び四宮の母に名を連ねる四宮 名夜竹の心臓病に付いていた、四宮家お抱えの医師である。
知事主催のパーティーを放り投げてまで行った四宮の診断結果が『恋の病』だったにも関わらず、一切の苦手意識も出さず淡々と結果を話す、名医に恥じぬ人格者である。
決してソーラン節を踊る様な人ではない。
父ではなく祖父が来た理由は、孫が『血』を継いでいるかの確認のためである。
「今まで放置していた娘に急に甘くなるとは。何を企んでいる?」
「は、他人事に妙に熱心だな。とっとと海外に移住すれば……妙なプライドなど持つから遅れた身となる」
「家族の仲が良くなったんだね! 祝福した方がいいのかな?」「有難いけど、お宅も自身に気を遣ってみては? わざわざ鳥籠に縛られる事は無いんですよ。才能を潰すなど勿体ない」である。
四条の親と四宮雁庵の直接面合わせである。そして言葉を噛み砕けばこの意が出来上がる。二人の薄ら笑い声でガラスが揺れてるなど視界に入らない。だって本当はお互いを思っているのだから。
言葉を噛み砕けばっ!
「……
広瀬のその一言が全てを表していた。噛みつく四条父を軽く遇らう雁庵の姿だったり。「困った時は是非ともウチへ」と名刺を渡す正造の姿だったり。四条父に「職業に悩みを抱えているなら私に」と名刺を渡す、どこからともなくチャリンっと聞こえてきそうなほど目を
あれ、三者面談って社交場で牽制し合う目的の場所だっけと錯覚した程だ。
いや、秀知院が特別なだけだろう。
「………」
いや訂正しよう。単純にここに集まる親組が二癖も違うだけである。四宮当主とその分家に、世界10選に選ばれた名医に資格大量持ち一般市民とかどう考えたら模範となるのか。
実際、遠巻きに見つめる
「……取り敢えず、皆さん? ご自身達のご子息、ご令嬢の所に行かれては如何でしょうか?」
こと修羅場に於いて最もやってはいけない事とは、全くの無知人が間柄を持つことである。
要はその場にいる人の知らない奴が指示しては駄目という事。人は“知らない”というだけで幾らでも非情になれる生き物だから。
故にその場にいる全員の知ってる人物が間柄を持つ事が出来る人物がストップを掛けるべきなのだ。しかし普通に考えれば、4代財閥から一般人まで幅広い人種全てと関わりある人物など珍しい。
だが幸いにも、広瀬は
四条父に関しては本職の仕事で。正造に関しては熱が出た時に行った病院で。恐らく雁庵が裏を回していたのだと考えられるが、実際はただの偶然かもしれない。
まだ三者面談が始まったわけでもないのにドッと疲れたと、広瀬は段々と闇深そうな笑い声を響かせる後ろ姿を見送り、深く息を吐いた。
「……お疲れですね」
「あの四人組を相手にしたら誰だって───」
一瞬、秀知院学園内に於いて敬語で接してくる相手という構図を描き、真っ先に思い当たる人物との会話の感覚で返事を返すが、馴染みのない声質と声音にハッとし、視線を声の主へと向けた。
メイド服を幻視する様な、高級そうではあるもののシンプルなデザインのカットソー。少し見下ろす形で目と目を合わせると、咄嗟に謝罪の言葉を放つ。
「すみません、知り合いと勘違いして気安く……」
「構いませんよ。それよりも貴方は……案内の方でしょうか?」
「まあ、似た様なものです。この学園、無駄に広いので。あくまで学年内で決めたボランティアですけど」
再び姿全体を目に移せば、やはり勘違いしてしまう容姿。金色の髪に青い瞳。どう考えても早坂と被らせてしまう。……が、広瀬は目の前にいる人物と早坂を、しっかり別人だと認識する。
外見は兎も角として、内面が全くの別物なのだ。早坂は基本的に複雑な絡み方をする感情に加えて平坦な嘘を装っているが、目の前にいる人物は完全な平坦。もちろん揺らぎはするが、そういった感情……雰囲気が別物なのである。
まあ親が子と似る、似ないは家庭それぞれだろうし、生まれてからの数年間が一番影響する“性格”問題を完全一致させる親子も滅多にいないだろう。
「自分の番が来るまではこうやって案内して、近くなったら相談する教室に向かうって形で……と、自分もそろそろですね。折角なので付き添いますよ」
「あら、わざわざ宜しいのですか?」
「ええ、まあ……」
確かに、性格的なモノを一致させる親子は寧ろ珍しい部類だ。しかし感情面に於いて模範として見てきた対象の“癖”というのが乖離するケースこそ最も珍しいと言える。つまり、遺伝子的に
最たる例はルックス。そして次点で“癖”である。外面的なモノか内面的なモノかの違いはあるが、ルックスに加えて内面的な癖まで一致するのであれば、ほぼ間違い無く遺伝子が通じてると言える。
ここから導き出されるのは、まず早坂の遺伝子に通ずる人物であるという事。そしてここからが本題だ。果たして、今広瀬の目の前にいる人物は誰なのだろうか?
普通に考えれば保護者を呼ぶ三者面談。親であるのはごく自然であるのだが……しかし事情があって姉が来るケースも無い訳ではない。
そもそも広瀬は、早坂の家族構成を詳しく知っているわけでは無い。彼女との
このパターンから考えるに、最も良い選択は───
「お姉さんは、もしや愛……早坂 愛の保護者として?」
「あらお上手。私は姉ではなく、母です」
「っと、すみません。随分お若いので」
姉と勘違いし、探ること。
姉と感じたのは決して嘘では無いし、ご機嫌取りの為に行ったわけでは無いので、気を悪くする事は決して無いだろう。……いや本当に若すぎないだろうかと思っているのは内緒である。
「まあそんな訳で、大丈夫です。愛の親御さんならば行き場所は同じでしょうから。出席番号次ですし」
「なるほど」
「……ところで」
「あれ、マ───」
階段を上がり、突き当たりを左に曲がって直ぐの教室には椅子が並べられている。突き当たりから顔を出した瞬間に驚いたように声が上がるが、横で歩く少年の顔を見ると、咄嗟に顔を横に向けて呼び名を訂正した。
「……お母さん、来たんだ」
「あら」
「………俺に視線を向けられても困ります」
普段の呼び方と異なり、驚いた
一見は通常通りのポーカーフェイス。しかし広瀬が感情視で見る世界では、大量のニヤニヤを浮かばせながら、
「あら、いつもの『ママ』呼びはどうしたのかしら? もしかして彼氏くんの前でその呼び方は恥ずかしいの?」
「ちょっ!?」
「別に良いと思うわよ。愛の本質は
「〜〜ッ!? ………ッ。……青星くん、早急に答えて下さい」
「………はい」
「気付いてましたか?」
「………………ぶっちゃけ中等部の時から」
母親がぶっちゃけた事だしと思い広瀬もぶっちゃける。そう、早坂がマザコン気質……甘えの強い性格なのは、素を何度か見た時には確信していたし、何なら中等部の頃から家族愛の感情を見せる部分が多々あったので気付いていた。
「さあ呼びなさい。“ママ”と。そして刺々しい雰囲気も無くして全力で甘えなさい。いえ寧ろ彼氏くんに甘えなさい」
全力で煽る。
いやもうホント勘弁してくださいその羞恥プレイ、と。そう言わんばかりに顔の熱を上げていく
「あー……早坂さん? 俺は別に彼氏ではないですよ」
違うそうじゃない。
フォローすべき言葉は「流石に可愛そうなんで全力で煽るのはやめて差し上げたら」であり、断じて男女関係についてではない。
とは言え、恨めがましく見つめる
もちろん
つまり
答えは簡単だ。
「あら……雁庵様は愛の恋人だ、と。そう言ってらしたのですが」
「やっぱりか畜生ッ!」
───いやまあ、接触タイミングを考えれば当たり前ではあるのだ。学校に訪れるというこの機会に、四宮家を変えた張本人に接触しないはずがない。それ自体は凄く自然、故に違和感を覚えさせなかった。
要は『自分が接触した生徒が、
「では何とお呼びすれば良いでしょうか?」
「……広瀬でも青星でも、どちらでも」
「では“あーくん”で」
「選択形式で用意した回答を完全無視ッ! 俺“なんとでも”とは言ってませんよね!?」
「はっ……私が娘のことを“あーちゃん”と呼べば、あーくん、あーちゃんというお似合い夫婦に」
「アレ恋人から友人に下がるんじゃなくて夫婦に跳躍した!?」
「あーくん、私のことをお
「ま、待ってママ! 青星くんにそれ関係は地雷───」
「………
「何でちょっとノリノリなんですかッ!?」
「よっし、娘の“ママ”呼びと既成事実の
先ほどの四宮・四条・田沼・白銀親御四人に比べれば重い空気こそないものの、結構なカオス状態である。
何せ娘からしてみれば母親が乗り気で義息子作ろうとしてるし、その相手はマジで恋心を抱く相手ではあるし、恋人ではあるけど恋人ではない複雑な関係。言ってて訳が分からなくなる関係である。
「そういえばあーくん、先程は何を伝えようとしていらしたのですか?」
「え、あーくん呼びは変わらない?」
あくまで悪ノリ程度の認識だった為、“あーくん”呼びが定着した事に驚愕を隠せない広瀬。しかし拒否反応が出るわけでもないので、訂正は強要せずに、頬を掻いて紡いだ。
「いや、まあ……お名前を聞きそびれていたので、それだけです」
「ああ。早坂 奈央です。娘の愛を宜しくお願いします」
「……はい」
どういう意味での“お願いします”なのかは非常に気になったが、追求すればまた場は混沌とするだろう。一見はぼんやりとした平坦な様子なのだが、スイッチが入ると随分性格が悪くなる。ドS状態の早坂と似た雰囲気を持つ奈央に、結局は親子だと感じた。
「ママ、今夜は一緒にいられるの?」
「ええ。今夜だけでなく、暫くは定期的に帰れるわ。夏の終わりから随分と変わったものだから」
「じゃあお寿司食べたい!」
「私はフグ刺しを食べたいし、折角だからどちらも用意しましょうか」
「うん!」
広瀬が勘付いてると知ったし、彼自身にも本心の一片も現状の感情も見られていると分かれば、いっそのこと開き直れば良いと思ったのだろう。早坂は甘えた性格を隠すことなく披露する。
普段彼女の家庭環境について聞いた事なかった為に、早坂自身の考えは兎も角として親からは良く思われていなかったのだろうかと考えて話題は避けていたが、親子共々お互いを良く思っているらしい。
やはり仲が悪い方が特殊なのだろう。普通は程よく良いか、干渉しすぎない程度の距離感。それが普通の家庭で、親を親とも思えず、物理的にも精神的にも距離を置く自分の家庭が歪。
羨ましいと同時に妬ましく感じる黒い心を潜ませ、微笑ましさ
「あーくんは何か食べたい物はありますか?」
「え……」
突然の質問に驚き、躊躇う。
今の会話の流れでそれを聞くのは、つまるところ「一緒に食べましょう」というお誘いだ。二人の間を邪魔して良いのか、そもそも自分は───と、悩みの種を思考している内に、教室から教師の呼ぶ声が聞こえて来た。
奈央は優しい微笑みだけを残し、早坂と共に教室へと入室する。
心が揺れ動く。もしや嫉妬を抱いていたのがバレていたのか。自分は同情を誘ったのか。哀れみを向けられたのか。ああ、酷く黒い感情が現れる。醜い感情が溢れ出る。自分で自分が気持ち悪い。
誰も居ない静寂なこの空間で、1秒でも早く心を落ち着かせたい。
ああ、しかし。
「……面を合わせるのは久しぶりだな」
そういう時に限って、都合悪く。
「相も変わらず、作り物の様な眼をしている」
───世界は、自分を鏡合わせにする。
「……大丈夫かな」
面談を終えた早坂は教室を出て、すぐ近くで機械の様に静止する広瀬を。そしてその隣に座る男性を見て、声は掛けずに外へと向かう。
様子を振り返り、思わずと言った感じに溢せば、隣で歩く奈央は、答えを出す代わりに問い掛けた。
「あーくんの家庭、あまり親子関係っぽくなかったわね。あーくん自身も酷く嫌悪していた」
「うん」
「でもそれだけじゃなくて……嫌悪と同時に、何か別の感情もあったわ」
広瀬の家庭事情に関しては、本人と早坂しか知らない事である。雁庵にも、ましてやその雁庵から断片的な情報しか伝えられていない奈央も、当然知らない。
だからこそ「嫌悪していた」という言葉に対して相槌を打った後、「でも本当は」と紡ごうとした。しかし奈央はそれを遮る様に、気になる素振りを見せる。
早坂が驚嘆を見せれば、奈央はそれに気付いて問い掛けた。
「知ってる?」
「……希望だよ、きっと。でも」
その希望が
一刻も早く伝えなければいけない。しかしこれは
(雁庵様……ご多忙なのは承知ですが、早く答えを……お願いします)
「───ええ、ですので息子には私の仕事を引き継がせようと思います」
「自分もお世話になった機会がありますからね……その道を辿るのは良いと思います」
機械に徹してればいい。親の言う事を熟せば、それが正しい道だ。……幼い頃の記憶が蘇る。
子供の純粋無垢から無垢を奪い取った、そんな瞳。光が消え、濁った青。
取り繕いの笑顔を見せて、先生が満足する言葉を吐き出す。そうだ。自分も誰かを救いたいと思う気持ちがあるからこそ、今までを過ごして来た。ならばこの道で良いのだ。何故逆らう必要がある? 結局、やりたい事はやって来ただろう。やりたくない事はしてこなかっただろう。
助けたいと思ったから助けて、買いたい物は買えて、自分が進むべき道を進んでいる。其処に何の不満があるのだろう?
恵まれた人間ならば、これ以上の我が儘を言ってはならない。ハッピーとアンハッピーの度合いは、皆が平等であって欲しい。平等を愛するものとして、この程度の不幸は受け入れるべきだ。
したいと思ったからする、なんてあやふやな物じゃなく、しなくてはならないからするのだ。そちらの方が正しく頑丈な道だから。
人の
───あれ。でもそれは、悔いのない選択と言えるのだろうか?
しなくてはならない。やらなくてはいけない。……自分の望まないことすら強制されるかもしれないその道は、辛く苦しいかもしれない。例え、自分の眼があればやり遂げられると分かっていても。
ああ、オカシイな。酷く
あれ、そもそも。
何で自分は、この学園にいるのだろうか?
「進学も外部に行く必要もありませんね。青星は必要な術を既に持っていますし、実戦で培っている。独自で必要だと判断したものも習得しています。下手に口出しするよりは、このまま進んだ方が良いかと」
「そうですねぇ。……っと、進路に関してはこの辺で良いでしょうか。次は家庭内や学友などについての相談等があれば、是非」
「一人暮らしですし、話す機会も中々取れなくて……御学友については本人から聞いた方が」
「そうでしたね。青星くん、何か友人関係で困っている事はありませんか?」
───友人?
この学園に入学したのは、対応出来る地域を広げる為だ。学友と青春を育む目的なんかじゃなかっただろう。
「ええ、特にはありません。
相も変わらず、よく回る舌である。具体的な例など言っていないのに、納得できてしまう様な内容を即座に選択する。思考でなんて思っていようと、染み付いた最適解を選ぶ癖はハッキリと答える。
機械じみた笑顔で、鏡を見れば吐き気を催す様な笑顔で、しっかりと受け答えをする。まるで人形の様に、自我をなくして。
どうせ決まってる道だ。相談など面倒な事は終えて、早く次の仕事の準備を───
テッテテン♪ ……と、その場に似つかわしくないリズムが鳴り響く。消音モードにしていなかったスマホから響く、ラインの通知音。
退屈な今に嫌気が差して、気まぐれにスマホを眺める。
「────」
「おい青星……」
「いえいえ、大事な用ならば構いませんよ。そうでなくても通知には敏感になる世代ですし」
安定していた会話に機嫌をよくしていたのだろう。教師は特に注意をするわけでもなく、少しくらいならばと許可を出す。事実、広瀬は3〜4秒眺めただけですぐにポケットへとスマホを仕舞い、慣れた手つきで消音モードへと変えた。
僅かに頬を緩め、光の灯った瞳で窓の外を見つめる。我思う、故に我あり。
そうだ。そんな単純なことすら、何故忘れかけていたのだろう。いや、思い出していたからこそ塗り替えられていた……と、そう言うべきだろうか。全く自分が嫌になると、そう笑った。
矛盾など大いに結構。
悔いを積み上げて来たのだから、その経験を糧に、辛く苦しい道を
だから、抱いていた希望は……もう捨てよう。
「……先程までは
だから、これがきっと最後だ。
自分の気持ちを素直に取り繕うのは、最後にしよう。
「俺は今まで通り、カウンセラーとして歩みたいと思います」
「……え、ええ。先程も親御さんが仰っていた様に」
「父の引き継ぎではなく、新しい道として」
同じ様に、そのニュアンスを含めた言葉を紡ごうとする教師の声を遮り、広瀬は断言する。
この男を継ぐつもりなど無いと。
「独立して、父の下に着いて歩んできた今までとは別の道を歩みたいと考えています」
「おいっ、青星!?」
「そして俺が卒業したら、同時に“広瀬”の縁も切りたいと考えています」
「なっ……独立など、お前が考えているほど甘いモノじゃないぞ!?」
「ん、分かってる。だから充てはもうあるんだ」
父は慌てる。そりゃそうだ。広瀬家が成してきた手柄の半分は、殆ど広瀬があげたモノだと言っても過言ではない。だからこそ異端な存在で、父も“使ってきた”のだから。
居なくなられては困る。だがそれは、カウンセラーとしての仕事を全う出来る数が極端に減るが故の思い。戸籍上の縁を切ることについては、一切触れられない。だからこそ決意できる。
広瀬は先ほどの通知の正体、ラインのメッセージ画面を開き、父に突きつける。そこには『四宮家お抱えのカウンセラーとして迎えて欲しい』という早坂へのメッセージと、『雁庵様は了承しました』という早坂のメッセージ。
「デタラメだと思うなら確認しても良い。雁庵さんの名前を勝手に使ったと思われれば、俺の首も無事じゃいられないしな」
「確認しようが」
「ああ、何なら四宮……ご令嬢の方にアポを取ってもいいな。雁庵さんは確かに多忙だけど、娘の方はまだ学生だし。家で決まった事は知らされるだろうから、多少なら時間はあると思うぞ」
───まあこの件に関してはその場しのぎの言葉に近いので、事後報告となるが。何かしら対価を用意しなくてはならない。
とは言え、父親が確認しなければ済む話だ。
「今まで有難う御座いました。
裏を返せば、それ以外に感謝するモノがない事に他ならない。取り繕い、でも本心混じりのその笑顔を見せて、広瀬は教室を出て行った。
教室を出て直ぐは、ただ歩いているだけだった。その足は一歩毎に回転数を上げ、段々と早歩きへと変化する。
階段を降りて、下駄箱で靴を履き替え、外で会話する二人の金髪の女性へと近付く。多分早坂は察していたのだろう。なるべく人目のつかない影で会話していた。
広瀬は少し勢いがあるまま早坂を後ろから抱きしめる。
「……悪い、少しの間……こうさせてくれ」
「………仕方ありませんね」
顔が見えない様、その肩に押し付け、抱き締める力を強くする。早坂は微かに湿る右肩を感じつつ、左手を肩の方へと回し、広瀬の頭をゆっくり撫でる。
きっと、奈央も事情を聞いたのだろう。早坂の背中に抱きつく広瀬の隣から包み込む様に抱き締め、聖母の様な穏やかな笑顔で問い掛けた。
「今夜は、何が食べたいですか?」
「……コバンザメを。出来ればピンクのゼラニウムを飾り付けに使って」
「今夜は魚介づくしですね」
───なんて事はない、一人の少年の話だ。
特別なモノなんてさしてないありふれた家庭の一つに、一人の少年が才能を開花させた。
人の死がキッカケとなって開花された才能は、その死に影響を受ける人の元に生まれ、才能に溺れて狂っていく。トラウマを覚えさせた。もう一つの人格と錯覚してしまう様な恐怖があった。
親が嫌いで、嫌いで、求める意思を、当たり前の日常すら奪っていった親を憎んで……それでも夢見て、愛を求める。
普通の家庭じゃなくてもいい。狂っててもいい。たった一言。「愛してる」と言って欲しかった。
もう叶う事はない。それを夢見た少年の───なんともまあ憐れで、悲しい、つまらない話である
〜令和コソコソ噂話〜
ピンクのゼラニウムには『決意』の花言葉があります。
ちなみにサブタイで『悲しい』ではなく『哀しい』を選択したのは、『哀れみ』の意味も込めているためです。
-追記-
なんか軽い気持ちで「花言葉があるんなら魚言葉なんかもあるんじゃないかな(適当)」って感じで調べたら、マジであるっぽいんですよね。あ、ならこれも使うか、と。
サーモンをコバンザメにしました。食べられるらしいですし。
因みにコバンザメの意味は『依存関係』。
だから今回のサブタイと繋げて別の意味を持たせるとすれば、『哀れみの決意は依存を生む』って感じですかね。
まあ最初は気紛れで付けた言葉遊びみたいなものでしたし、サブタイの裏の意味とかは後付けなんで、あまり気にしなくても良いんですけども。