今回かなり短めです。6500文字です。
ではどうぞ!
「ほい、お疲れさん」
「……ああ、サンキュー」
賑やかな秀知院学園のその一角で、生徒会長としての責務……貴賓方の対応を終えた白銀に対して、広瀬は労いつつ、紙コップに水筒から飲み物を注いで手渡した。
奉心祭。想い人に心臓を捧げた愛の物語を由来とした、別名『文化祭』は、既に幕を開けている。数多くの来客が殺到して、それぞれのクラス、部活は大忙し。この休憩も束の間に過ぎない。
……大忙しの中で
「広瀬、お前出し物は……?」
「あー……俺シフト入ってるの割と遅めの方だし、部活もやってないからな。ぶっちゃけるとめっちゃ暇」
「手伝えばいいんじゃ」
「いや、今暇なだけだからな? 部活やってないつっても演劇部の助っ人頼まれてるし、昼辺りからは忙しくなる。単純に空いてる時間が今ってだけだ」
「なら俺に構わずともいいんだぞ? たった2日で、自分で回れる時間は少ない。お前も興味のあるモノとか幾つかあるだろ?」
まあ正論である。それぞれの生徒に訪れる『空いた時間』が偶々初期なだけだった、ならばその時間はクラスを回っていい。相手を気遣っての当然の言葉である。
が、広瀬にも広瀬で簡単には去れない理由がある。その理由によって今の時間帯を半ば強制的に空けさせられただけだ。
どう言い訳を積んだものかと悩んでいると、白銀は先ほど広瀬が淹れたドリンクを口に含む。
「……? 不思議な味だな。プロテインか?」
「ああ、アミノ酸ドリンク。疲労してるならオススメだからな。……苦手だったか?」
「いや、普段コーヒーや紅茶を口にしてる身からすると、少し驚いただけだ」
紙コップに入っていた分を飲み干すと、白銀は一息。覚悟を決めた様な、そんな鋭い視線と微かに赤く染めた頬を見せつつ、広瀬に目を向けた。
「……お前がここにいるなら、丁度いい。何か先約があればそれでも良かったのだが……俺としては助かる」
「ん?」
どうやって言い訳を並べたものかと視線を下げて悩んでいた広瀬。故にこそ感情視は働かず、白銀の感情を見ていなかった。
白銀から話しかけた事によって上げた視線はその感情を捉え、『緊張』と『好意』、そして『悩み』をその瞳に映した広瀬は、その一瞬で内容を悟り。だからこそ驚いた。
「俺は、四宮が好きだ」
「……」
「お前に協力を求めたい」
「構わない……けど、急にどうしたんだ? そりゃまあ好意はバレバレだったしいつまでこの関係引っ張り続けんだとか思ってたんだが」
言ってから「あ」と悔やむ様に零す。そう、体育祭の時に学んだばかりだというのに、見通してしまうこの眼と当たり前に認識していた脳はポロリと簡単に溢してしまった。
自分の思考や感情を完璧に読まれるのは恥ずかしいのだ。呆れた様に言われれば尚更クるものがあるだろう。真剣な眼差しをそっと下げて顔を真っ赤に染め上げる白銀を見て、広瀬は気不味く視線を逸らす。
静寂の5秒間。表情を完璧に整えた白銀は立ち上がり、生徒会長席の鍵付き棚に入った書類を取り出し、広瀬に手渡した。
「スタンフォードの合格通知書だ。あそこへ行く前のケジメとして。そして繋がりの何よりの証明として、俺は四宮に告りたい」
(……なるほど)
広瀬は納得がいったように口元を隠し、考える仕草を取る。
男の決意を目の当たりにして、それを蔑ろに出来るほど広瀬は薄情じゃない。白銀が白銀自身の考えを示してくれるなら、必ず協力しようとするだろう。そういう性格だ。
しかし何とも珍しい事に、その決意を目にして尚
「広瀬?」
「……よし、分かった。協力出来ることがあるなら協力する」
「そうか……! すまない、助かる」
「つばめ先輩、一緒に文化祭回りませんか?」
「うん、いいよー! どこ回る?」
「……えと、自分のクラス……ホラー系の出し物なんですけど。つばめ先輩そういうの好きって聞いたんで、良ければ」
「じゃあ最初は優くんのクラスかな? よしいこー!」
───石上は今生最大のレベルで自然さを装った誘いをした後、それをあっさりと受けてくれた事に驚いた。あまりにあっさりだったので誘った自分が硬直してしまったが、ここまではシミュレーション通りだと頷き、頬を掻きながら提案する。
石上自身はつばめに予定が出来てると思っていたが、広瀬の情報を信じたが故に報われた。彼は劇の件やその他の絡みでつばめの情報を探りつつ、それを石上に伝えたのである。
注意すべき点ややるべき事。進展を求めての相談に対して、広瀬は親切に教えた。
やはり頼りになる先輩だと石上は思っていたが、最後に残した「出来るだけ自分のクラスに誘うのを早くしろ」という言葉だけは未だに理解していない。いや、もちろん早めに誘う事でその後の付き合いも長くなるという意図も含んでいるのだろうが、あの悟ったような目は明らかに別の意味を深めていたはずだ。
一体何なのかと考えていれば、やがて自分のクラスに辿り着く。
「───そうして、チョキ子さんは綺麗な耳の人を見ると、ハサミで耳をチョキチョキするようになったの」
相変わらず、声のトーンの下げ方が上手い人物だ。石上は素直にそう思う。普段は伊井野の傍にいるが、割とキャラが濃いし、広瀬曰く『難題女子の四人の中の一人』というどんな設定の盛り方をしてるのかと。まあ三年男子人気生徒な風野とあっさり付き合う肉食系な所があるから信じられる部分もあるが。
大仏の意外な情報を振り返りつつ、聴き慣れた台詞をその耳に一歩、一歩と足を進める。
「……やっぱり一年生だと本格的なもの作るね。
「あー……そうっすね。僕も良く出来たと思います」
実際は一週間前ですら進歩50%の状態だったので、雰囲気を利用しての苦肉の策である。とは言えリカバリーの仕方としては良い方法だったとは思う。自分の意見によっての功績な為、つばめの賞賛は石上にストレートに刺さった。
思うところがないでもないが、普通に嬉しいと調子に乗り、さり気なく自分をアゲる。
ただ。
「はっ……この音はチョキ子さん! みんな、このアイマスクとヘッドホンを付けてロッカーに隠れて!」
この説明だけは未だに納得出来ない。本当に何の必然性があるのだろうか。いやまあ確かに何事も妥協は必要だし、都合を良くするのも仕方ないとは思うのだが……。
隣にいるつばめも同様である。「突拍子だねー」と笑っているが、少し汗が滴れているので、困惑してる様子がよく分かる。
(───というかちょっと待て)
つばめを誘う。付き合うためのプロセスを踏む。距離を縮めたい。そんな欲が先行していたから今更気づいたが、これはペアになった人と同じロッカーに入り込むシステムだ。つまりペアとしてこのクラスに入った石上とつばめは同じロッカーへと入る。
男女でロッカーの中に密着状態だ。色々触れ合うし、何より石上はデリケートな部分がある。こういった状態に於いては相手の気遣いが優先的になってしまう。
つまり、自分の体臭は大丈夫か? という事だ。相手があまりにも気にするようだったら普通に傷つくし、折角の予行練習で鍛えたメンタルが一瞬で削れる。
制服の襟を引っ張って嗅いでみた。
「ほらほら優くん、早く入ろ!」
が、判断をし終える前に興奮した様子のつばめに引っ張られてロッカーに連れられる。多分彼女には男女での密着よりも、ホラーに対しての興味が勝ったのだろう。
それはそれで気に入らないが、まあつばめに過剰に気にした様子がないならば良いだろうと、目を瞑って笑った。
次に目を開ける時には真っ暗で何も見えない状態。
(あ、やばい。ほわほわした状態から一転して真っ暗になるの普通に怖い!)
しかもヘッドホンをしてる状態なので環境音を捉えにくく、密着状態だから気軽に動けないし、身体は硬直する。
隣のロッカーからの振動と、脚に感じる柔らかな感触。本来なら吐息すら聴こえるほどの距離感で耳を封じられているから、触感が敏感となる。溢れる息が耳に届かないのは寧ろ幸いだった。
───刹那。石上の背筋に寒気が走る。
「ひゃうっ」
ゾクっと鳥肌が立つような、全身から音が聞こえるような。立体音響やバイノーラル特有の、聞こえる場所がどんどん移動していく感覚。石上が聴いたことのある『耳マッサージ』とか『タップ音』などとは違い、凶器を後ろで鳴らされている。これには流石に背筋が凍るだろう。
一応一度体験はしていたが、この過度な緊張と余計な思考でほぼほぼ初体験の感覚で身体は反応する。
しかも環境音も何もなしのまま、驚いた様に漏れるつばめの声だけが耳に届き、過度な緊張が常にリセットされているのだ。以前聴いたのを思い出して耐性を付けようとしても、反応が思考を封鎖する。
「ひわっ……」
マッチの擦れる音。幾度かの擦る音と、点火したのを示す一際大きな擦った音。それを耳近くでやられたつばめは咄嗟に離れる様な仕草を取り、しかしこの場所で逃げる場所などなく。ますます密着度が上がってしまう。
「せ、先輩って耳敏感な方でしたか……?」
「ど、どうだろ……基準が分からないから何とも言えないかな。こういうホラーはあまり体験ないし……」
ヘッドホンを付けてるとはいえ、ある程度の声量で放てば声は聞こえる。ヘッドホンから流れる音響以外の音が聞こえればつばめも平静さを取り戻せるかと判断して話し掛けた。
石上の判断は正しかっただろう。ただ結果として見れば、別の判断をすべきだったと悔やむ事になる。この場ですべきはつばめへの先輩よりも、次に何が訪れるかの振り返りだ。
何せ石上にはある程度の耐性があるが、ほぼ初体験に近く目を塞がれてるから敏感になりつつある聴覚では、通常以上にリアルな音を捉えてしまう。撮り方がなまじ上手いだけに。
次に訪れる音は───
「んぅっ」
耳舐め───は流石にアウトに近い為、耳ハムである。直接か音を介してかの違いは当然あるが、それでも限りなくリアルに近い感覚を覚えさせる反響。
例え敏感な聴覚でなくともゾワっとする、耳を駆け回る音に、思わずといった風に漏れ出るつばめの喘ぎにも似た声。
耳を口で咥えられた様な感覚と同時に至近距離で聞こえる艶かしいつばめの声、更には今の音によって更に上がる密着度。
目が見えない分鋭くなっている聴覚と触覚はハッキリとその全てを捉える。つばめはかなり巨乳の部類に入る。密着度が上がるという事は、その柔らかな感触を与えるということ。
まあつまり、
「────」
「ぅん……? 優くん、なんか太ももに硬いのが」
「ベルトですね」
「ベルト?」
「ベルトですね」
「そっか」
童貞にそこまでの刺激が加われば、何が起こるかなど一目瞭然、必然運命! 幸いつばめはリア充気質な割にピュアピュアなタイプの為、何が起こっているかなど不明だ。実際腰位置近くなのに変わりはないので、ベルトが当たってるのだと納得する。
その後、若干喘ぎ混じりの驚き声を上げるつばめと仏の様に悟った顔でバイノーラルホラーを終えた石上は、「はんっ」と馬鹿にした様な笑みを浮かべた大仏に迎えられつつ、自クラスの出し物から出て行く。
「自分はハサミ音が嫌でしたね」「火が背後すぐ近くで付くのは鳥肌立つなぁ」と二人で当たり障りない会話とホラーの完成度を語る。
それを行う事数分。一息ついた石上は、今日一番の笑顔で口を開いた。
「すみません、トイレ行ってきていいですか?」
「異性で同じロッカーに入るのは許しません!」
四条眞妃は思う。「だったら元々男女別にしとけよ」と。いや分かる、文化祭マジックを利用してこの機会に目当ての女の子・男の子を勝ち取れという意図は伝わってくる。過度な接触はアレだが、健全に迫るならば伊井野も強くは言えないだろう。
だが異性と二人っきりならば
そうすればこの心に更なる追い討ちを受けなくても済んだのに、と。最後の最後で私情を挟む。
四条は怒られている
まさか四条が素直に礼を言うとは思わなかったのか。元々それほど強くは嫌っていなかった四宮は驚きつつも、微笑んで「今度お茶でも持ってきてください、それでチャラです」と言った。
四条は四条で「では貸し一つ」と言われる覚悟をして言ったのだが、明確な対価を提示しての許しは予想外だ。一度目を見開いたが、今は翼と渚の事も忘れて苦笑する。
「わかったわ、最高級の茶葉を仕入れてあげる。おばさ───」
途中まで普段の呼称で自然と呼ぼうとしていたが、関係上はその通りとは言え四宮は同年代からのその呼び方を嫌っている。
こうして許し許され、多少なりとも繋がりを戻せるなら、呼び方一つくらい変えてもいいだろう。
「……かぐや」
「あら……」
プイっと顔を赤らめて名前を呼ぶ四条に、四宮は思わずと言った風に言葉を零す。次第にニヘラっとした笑みへと移り変わっていき、「あらあら」と他に言葉が見つからない様に言葉を放ち続ける。
四条はやがてブチ切れで勢いよく紡ぐ。
「ああもう! 気に入らないなら別にいいわよっ!? 普段通りの呼び方に戻してあげるから、かぐやおばさま!」
「若干距離近づけてるわよ、それ」
「うーっ!」
「別に気に入らないなんて言ってないじゃない。寧ろ気に入ったわ、眞紀さん」
クスクスと笑い続ける四宮。普段甘える四宮と宥める早坂という光景が多いからか、それとも血筋的にやはり同年代でも年上感は出るのか。血の繋がりは確かに現れ、今は四宮が姉で四条が妹の様にも見える。
口元に手を当てて微笑む四宮を、四条は気に入らない様に見続けた。
「……その“さん”っていうのやめて」
「え?」
「この私が敬称を外したっていうのに、いつまでも他人行儀でいられても困るのよ」
「……わかったわ、マキ」
───現状、四宮家と四条家の関係は停滞している。雁庵の変化によってお互いの戦争意欲はなくなったが、それは仲直りと同義ではない。喧嘩などと言えるほど優しいものでもないからだ。
人死にさえ出した事のあるお互いは、精々争わなくなる程度が限界だ。それでも偉大なる一歩。あの雁庵が頭を下げなければ刻まれる事のなかった、大きな一歩である。
つまり、争い続けたお互いが停滞する今、大事になってくるのは『次世代』。直接争う事はなく、お互い親の意向により反発し合ってきたに過ぎない二人が、これからの四宮・四条の関係を作り上げる。
だから今、寄り添う様に近づいた瞬間。歴史は大きく動くのだ。
でもそんな事など別に深く考えていない。単純に溝のあった関係を『友人』に近しいモノとしただけだと、四条は微笑んだ。
「ところでマキ」
「ん?」
「あの二人、もう行っちゃったけどいいの?」
「……あ!」
気付かない内に先に行ってると、振り返ってもいなかった二人を思い、「私は邪魔者なのね、そーなのね!」と若干ヤキになって怒りながら二人の行く場所を推測して歩き始める。
四宮はクスクスと笑いながら、過去を振り返りながら思う。「あの時お互いの家事情を忘れて手を取り合ったのなら、今頃は姉妹の様に接していたのかしら」と。でももしそうなら、今の様に
四宮は白銀と出会った。四条は渚達に出会った。それによって救われた過去がある。今だって、四条と四宮の事を考えて離れた二人が四宮だけには見えていた。
全く、どんな形で運命が結び合うのか分からないモノだ。でも運命という言葉一つで片付けられる事象は存在しない。運命には選択が伴う。
この運命は、自分と白銀の行く末は。自分の手で手繰り寄せなければならない。
「私には、もう時間がありませんからね」
〜令和こそこそ噂話〜
白銀くんは、竹取物語でかぐや姫が不死薬を渡したのは「いつか迎えに来て」というメッセージとして受け取った、らしいですよ?
これが自分達の物語ならば、裏の裏まで読んであんな結末にしないと豪語しています(原作より)