早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 さらばシリアス!
 ようこそコメディ!
 生徒会の恋愛頭脳戦、始まるよー!

 今回は約8700文字。
 ではどうぞ!



第5話

 

 

 寝 不 足

 

 人間という種に限らず、生物に属する全ての生命体が有する三大欲求は、食欲睡眠欲性欲である。

 食は肉体を作り上げ、睡眠は脳を活発させ、性欲は繁殖を施す。一つ欠ければ生物として成り立たないであろう三大欲求。

 その中の内の一つ。睡眠欲。

 

 人は寝なくても死なない───そんな言葉を聞いた事はあるだろうか。

 これはある種事実であり、だからこそ語弊を招いてはいけない言葉である。

 人は寝不足で死に陥る事はないが、間接的に死を訪れさせる事象は発揮されるのだ。

 

 寝不足によって引き起こる最も多い事例は、集中力・体力・気力の低下である。

 集中が途切れれば意識は乱れを起こし、体力が低下すれば激しい運動には耐え切れず、気力が無くなれば咄嗟の行動は難しい。

 さて。この症状に陥ったとして、最悪の状況を想定してみよう。

 

 学校、または会社への登校・出勤時間帯。最も電車が混むであろうこの時間。

 溢れんばかりの人がホームに集まるその場所にて、寝不足の自分がフラフラと足元の安定しない状態でいるところを。

 一歩間違えれば線路に落ちて、タイミングが悪ければ電車にはねられる事は想像に難くないだろう。

 

 もちろんあくまで『最悪の想定』だ。実際に起こるかは分からない。

 が、決して()()()()()()()()()()。可能性がゼロでない限りは断言することなど出来ないのだ。

 

 

「───だから、睡眠はこまめにとっとけって話……。……聞いてるか? 白銀」

「む……? ああ、いや。聞いているとも。こまめがどうかしたか?」

「聞いてねーなおい」

 

 

 ───時は五月下旬。中間試験の結果発表が行われた翌日。

 うつらうつら頭を揺らす白銀と呆れる様に片目を瞑る広瀬だけが存在する生徒会室にて、二人は対面で座っていた。

 心なしか普段見かけている状態よりも目つきが悪く、隈の濃い白銀に、広瀬は溜め息を吐いた。

 

 

(重症だな……)

 

 

 500点という満点を取り、四宮に勝つ代償はそれだけ重かったという事か。

 体力が尽き果てた様に、何時もの堂々たる堅物姿を崩してボンヤリとしている白銀に、広瀬は困った様に頭を掻く。

 

 

(圭がいなかったらマジではねられてたんじゃないか?)

 

 

 さて。きっと誰もが気になるであろうこの組み合わせ。接点があったのかと問いたくなるであろう二人。それにはこう答えよう。

 「まああるっちゃあるけど別に親しい訳ではない……?」と。

 恐らく交友関係の広い人物ならば経験した事のあるだろう「この人の距離感ってどの程度だっけ?」という関係性である。

 

 広瀬は以前、中等部の女子生徒の件に於いて、彼の妹───白銀 圭と接触する機会があった。

 その機会を作り出したのが白銀だ。広瀬の『仕事』について知っている人物の一人である。

 

 

 この機に、一度整理しよう。

 広瀬は事情ありきで親の仕事を手伝う事になっている。仕事の内容は主にカウンセリング。

 特に『秀知院学園に属する人物』のカウンセリングである。

 

 広瀬の実家は秀知院学園からそれなりに離れた距離にあり、あまり気安く行ける距離ではない。が、仕事はそれなりに回ってくる。

 デバイス越しという手段もない訳ではないが、それでは相手によって出来るか分からない。何せ当の本人に拒否されてしまえば、事情も分からず何も出来ないのだ。

 

 だったら手っ取り早く、「そこに居る人物」に頼めばいいではないか、と。

 勿論広瀬以外に居ない訳でもないが、人数は限られる。人数が限られるという事は了承出来る仕事も減るという訳だ。

 救われる人物は多いに越した事はないという親の信条の下、広瀬はその仕事を了承し続けていた。

 

 とは言え、学園側がそれを認知していなければ、他のカウンセラーに依頼する可能性が高い為に必ず広瀬家へ依頼が届く訳ではない。

 故に学園の先生は大抵が広瀬の事情を知っており、且つ生徒の代表と言える生徒会長にもそれとなく伝わっている。

 つまり学園側の『先生』『生徒会長』『カウンセリングを受けた生徒』は広瀬の事を知っている、という訳だ。

 

 生徒会長である白銀も広瀬の件は認知済み。だからこそ例の女子生徒、夢理奈 莉愛のカウンセリングに於いて『彼女の同級生』と縁のある白銀は最も頼りやすい人物だった。

 それによって広瀬と白銀は互いの事を知ってはいるが、あくまで仕事の一環で接触した程度の仲となっている。

 

 さて。二人の間柄については分かっただろう。

 では、そんな特別親しい仲でもない二人が何故こうして対面してるのか……再度そんな疑問を浮かべるだろう。

 その答えは簡単だ。

 白銀 圭からのお願いである。

 

 白銀(兄)とは然程関わりはないが、白銀(妹)とは夢理奈との一件で「年の離れた友人」という間柄になっている。一緒に出掛けるという事こそ無いものの、普通に話す仲だ。

 そんな白銀───圭から広瀬はお願いを受け、こうして白銀と対面していた。

 

 ちなみにお願いというのは、「お兄ぃがすっごい足元不安定だからなんとかして下さい」というメッセージである。

 

 

(……電車じゃなかったらマジでヤバかったな。圭、ファインプレー)

 

 

 普段は登校の為の費用を減らす為に自転車で通学している白銀だが、今回は圭の誘導によって電車で通学していた。

 ボンヤリとしている白銀はとても動かしやすかったのだろう。普段は友人に見られるのを嫌って一緒の登校は避けている圭だが、今回ばかりは流石に不安を覚えて一緒に登校したようだ。

 

 

「………」

 

 

 注意を施しても意識が散漫している現在では中々聞き入らないだろう。

 余程のカフェイン中毒か、広瀬が訪ねる前に既に一杯飲み干していて眠りに入りにくい状態。

 

 カウンセラーとしてならば、不安定状態の彼をそのままにしておくつもりはないが……広瀬は先日の事を思い出し、僅かに笑みを浮かべた。

 

 

ーーーーーー

ーーーー

ーー

 

「恋愛頭脳戦?」

「ええ。二人はプライドがとても高く、自ら告白する事を良しとしません。どうやら「告白した方は隷属を意味する」という考えをお持ちのようで」

「……いや、うん。まあ確かに事例がない訳じゃないけどさ」

 

 

 中間試験の結果発表後、協力関係となった広瀬と早坂は二人の関係性について話していた。

 曰く。プライドの高い両者は元々「告ってきたら付き合ってやらんこともない」という考えを持っており、以降半年間全く進展はないままズルズルと時は流れ、最終的に「どう告白させるか」という考えに変わったらしい。

 

 早坂は、それを「恋愛頭脳戦」と題した。

 

 

「言いたい事は分かります。バカですよね」

「お前……」

 

 

 自分の主人に向かって何たる言葉か、と。

 微妙な表情で早坂を見ていると、彼女は嬉々として両手を合わせながらにこやかに紡ぐ。

 

 

「アレはプライドが高いというよりも、メンタルの弱い二人が必死にプライドを守りたいだけなんですよ。両者とも「モテない筈がない」という自信を持ちながら、実際対象にどう思われてるかは分からない。仮に告って振られでもしたら怖いという、何とも初心な理由です」

 

 

 ───全く可愛らしいですよねー、殺意を覚えるくらい。

 

 その言葉で察した。「あ、これ気軽に了承しちゃダメな奴だった」と。

 表情は笑顔だが目のハイライトは消えており、広瀬だけにハッキリと見える『イライラ』の感情が溢れ出ている。

 今の会話で早坂の苦労を悟った広瀬は、何と言うべきか困った表情で悩み、やがて優しい笑みで早坂の頭に手を置いた。

 

 

「まあその、なんだ。愚痴があったら何時でも聞くよ。……お疲れ様」

「───……」

 

 

 四宮家ご令嬢、四宮かぐやの近侍(ヴァレット)たる早坂 愛は、四宮家に付き従うのが当たり前の存在だ。

 命令を実行し、それを達成する。それを繰り返す日常。

 そう、当たり前の毎日だ。

 

 労われる事は殆ど無く、ただ当たり前をこなしたという確認のみ。

 故に、元々気の弱い性格たる早坂は。

 

 

「………」

 

 

 無償の労いに、ポロポロと涙を零した。

 

 

「……ッ!?」

 

 

 知らず知らずの内に、自分の感情がどんなものなのか分からなくなっていた早坂の感情を、広瀬はその『感情視』で見て労いを掛けただけ。

 流石に泣かれるとは思わなかった広瀬は酷く動揺するが、早坂から浮かび上がる幾つかの感情に気付き、苦笑する。

 

 

「……ふぅ。すみません。人の心を持っているのかと疑う主人の下で働いていたので、初めて人の心に触れたような感覚に陥りました」

「四宮ってそんなエグい命令出すの? 俺辞めたくなってきたんだけど」

「賭けは賭けですよ、青星くん」

「分かってまーす。……で、俺はどういう形で協力すればいいんだ?」

 

 

 協力してくれという命令に従うはいいものの、どういった協力をすればいいのかは分からない。

 その内容を確かめようと聞いた広瀬に、早坂は「どんな形でも」と答えた。

 

 

「白銀会長に協力するのもアリ。私とかぐや様に協力するのもアリ。要はどちらかに告らせる事を目的とする訳ですので、必ずこっちを選んで欲しいという願望はありません。……しかし、今回だけは───」

 

 

ーー

ーーーー

ーーーーーー

 

 

 

 太ももに振動が走る。ポケットに入れたスマホのバイブレーションだろう。

 つまり“今”という合図。

 

 

「白銀。どうせ今日は大して用事もないんだろ? なら早めに帰って休んだ方がいい。一日で一気に疲れが飛ぶとは思わないけど、休むと休まないのとじゃ違いが大きいからな」

「……休む?」

「無い仕事を増やす必要は無い、って事だ。四宮も「フラフラしている会長は心配」って言ってたぞ」

 

 

 ちなみに四宮の件は半分マジ、半分ブラフである。言っていたか思っていたかの些細な違いだ。

 決して表に出す事は無かったが、昼休み時に生徒会室へ共に行くとき、白銀の方をチラッと見ては心配の感情を大量に浮かべていたのだから、完全な嘘では無い。

 

 『四宮』という単語が白銀の耳をピクリと動かし、鋭い瞳が僅かに定まる。

 

 

「そう、だな……用事が無いのならば気を張る必要もあるまい。今日は早めに帰るしよう」

 

 

 四宮が心配していたという言葉により、四宮に心配を掛けさせまいという意思を触発させて「四宮に会わないで帰る方がいいかもな」という考えを抱かせる事により、生徒会室にいる理由を完全に断つ。

 そうすれば自然と腰は椅子から離れ、帰ろうという思いを抱く事になるだろう。

 

 それこそが広瀬の狙い。

 白銀にとって広瀬は妹の友人という認識だ。だが今の広瀬にとって白銀は、四宮と行う『恋愛頭脳戦』に終止符を打つ対象である。

 白銀はその事を知るはずもなし。故にこそ最も警戒が薄い相手となる。

 

 広瀬の言葉に頷いた白銀は席を立ち、スクールバッグを持って扉へと向かっていく。

 特に生徒会にいる必要もなくなった広瀬も席を立った。

 

 一歩───また一歩。

 謎の緊張感が募ってく広瀬が扉を見つめ。また、一歩。

 

 微かに扉が開かれ、それに気付いた白銀が若干前のめりになりながら立ち止まる。

 扉の奥には、四宮。

 

 

「あら、会長。珍しくお早いご帰宅ですね?」

「あ、ああ、四宮か。うむ、どうも皆から心配される程足元がフラフラしているようで───」

 

 

 ───寝不足による集中力の低下。また四宮登場による視界の固定。

 その二つが合わさった時、例え白銀だろうと現れる一瞬の隙。

 それを狙い、広瀬はほんの少し前のめりになった白銀の袖を引っ張った。

 

 足元が不安定である事、集中が散漫である事、四宮に意識が向けられた事。

 この条件により、『弱い力』で『気付かせず』に『四宮の方へ身体を倒させる』事を可能とした。

 

 突如体幹を崩した白銀が倒れ込む事を防ぐのは不可能である。

 

 

「───な……っ!?」

 

 

 四宮が心配していたのはマジだ。

 だが『告らせたい相手』に手を抜く事は決してない。注意が散漫ならば寧ろ絶好のチャンス。

 四宮は内心笑みを浮かべる。

 

 

(……うっわ、腹黒)

 

 

 それは、広瀬をドン引きさせる程に。

 

 

「す、すまない四宮! 怪我はないか?」

「はい、私は平気です」

 

 

 現状、白銀は四宮に覆い被さるような倒れ方をしている。

 そんな白銀の内心を表すとこうである。

 

 

(あぁ〜何もない所で躓いて転ぶとかクソダサい……あ、なんか四宮良い香りする。やっぱいいシャンプー使って───じゃなくて! どうする、どう誤魔化す? これでは「何もない所で転ぶなんて……お可愛い事」と言われかねん! だが変に慌てては生徒の見本として見っともない! どちらかを取らねば……)

 

 

 大分目が覚めた上に脳も活発してガチの思考に陥っていた。

 慌てふためくも、状況認識は比較的冷静だ。煩悩に襲われた事を除けば流石と言うべきだろう。

 

 取り敢えずこのままの体勢でいる事も出来ないので、白銀は四宮の上から退いて起き上がる。

 その途中、四宮の頬が汚れていた事に気付いた。

 

 

「む……四宮、頬に汚れがあるぞ」

 

 

 ───意識誘導。

 状況的に倒れた拍子に汚れが付いてしまったという解釈が当たり前だろうこの場面。

 だが敢えて「汚れについての謝罪」を避ける事で、その汚れは「本当に今付いた物なのか」という疑念を浮かべてると推測される様にした。

 仮に謝罪をすれば『責任』の二文字が白銀を襲うだろう。その責任感を四宮に利用される訳にはいかない。

 

 ()()()()()衝突とは言え、四宮が利用できる物をしない筈ないのだから。

 

 

「あら……すみません、私からは見えない位置の様です。どの辺りにあるのでしょう?」

「ああ、右頬の……顎に近い部分だな」

 

 

 顎近くの右頬。

 それは白銀と四宮の身長差を考え、真正面からでも見え難い位置だ。

 

 そう。確かに偶然の衝突だろうと、四宮は利用出来るならば利用する人間だ。

 だが! 起こった衝突が()()()()()ならば、四宮が「それで良し」とする筈もない!

 

 

「……?」

「どうかしたか、四宮?」

 

 

 四宮は自然と首を傾げる。

 それに気付いた白銀が問い掛けると、四宮はポケットから取り出したハンカチを広げて見せる。

 そう。少し破れているハンカチを。

 

 

「どうやら愛用のハンカチが破れてしまった様で……。先程お手洗いに赴いた時は何ともなかったので、倒れた拍子に破けてしまったのかもしれませんね」

 

 

 (ブラフ)───()()()()

 お手洗いに行った時には何ともなかったのは事実だし、更には倒れた拍子に破けてしまったのも事実だ。破け易くする為に早坂が『超繊細な切り口』を付けていたという情報が無い事以外は、全て事実である。

 

 二重段階で行う責任の押し付け。

 実は汚れについては、白銀が行った『浮かべているだろう疑念の推測』たる“疑念”の通りである。即ち、汚れを付けてしまったという責任を負わせる為の演出。つまりメイクで事前にそれっぽく見せていた、という事だ。

 白銀は衝突を“偶然”の産物だと考えているので、ただ汚れについての責任から逃れる為()()に頭を使った。

 

 が、仕掛ける側たる四宮の対応はそこでは終わらない。

 白銀自身が四宮の言及を避ける為に責任を負わない様に誘導し、四宮も特に言及する事なく流した。

 故にこそ、この衝突はマジな偶然だと思わせる事となる。

 ならば、衝突によってハンカチが破けたという話もマジかもしれない……と、少なからず浮かべる事になる筈だ。

 

 

「い、いや。ハンカチってそんな事で破ける物なのか?」

「どうでしょうか……このハンカチは小等部の頃に特別な人から頂いた物で、以来それなりに使っていますし。吸水性は高いですが、生地は薄めですから。破れ易くなっていたのかもしれませんね」

 

 

 これもマジだ。

 特別な人(ヴァレット)とは早坂の事であり、それなりに使っているのも事実。吸水性は高く、見た目から納得せざるを得ない程生地は薄い。

 同じブランドで同じ見た目の、贈られた物とは別のハンカチである事を除けば事実である。

 

 そして白銀は、これにて詰んだ。

 

 

「年貢の納め時、かもしれません。新しいハンカチを買うとしましょう」

「あー。なら、詫びに俺が───……ッ!」

 

 

 白銀、悟る。

 ほんの少し寂しそうな表情を浮かべながら呟く四宮についつい口出ししてしまったが、そこでこれまでの流れが全て予定調和だったのだと気付いた。

 倒れ込んだ原因については理解してないが、少なくとも狙ってやったものだとは理解したのだ。

 

 その事に気付いて言葉を詰まらせた白銀は、次の一手を考えようと熟考に陥る。

 が、そんな暇など与えさせないのが四宮 かぐやという人間。

 

 

「良かったら会長。新しいハンカチは会長が選んで下さいませんか?」

(……? しくじったか、四宮。()()()()という手段がこの戦に於いて最悪手なのは理解している筈だろうに)

 

 

 そう。搾取する側と尽くす側。その役割を決める恋愛頭脳戦に於いて、自ら誘うというのは懇願と同意。つまり『尽くす』を間接的に表現している。

 故に、告らせる事を目的とするならば悪手も良いところだ。

 

 

(ふ、追い込んだと確信して油断したか? 用意周到なお前らしくもない。誘われた事実を使って誘導尋問すれば───)

「しかし、随分と高級そうなハンカチだな……。流石四宮家」

(ぁあああお前いたんだよなぁ広瀬ぇッ!?)

 

 

 ───さて、早坂の話を振り返ろう。

 二人は『告ってきたら付き合ってやらん事もない』という考えから半年、『どう告らせるか』の恋愛頭脳戦を行なっていた。

 両者プライドが高い故に、従属を意味する『懇願』だけはしないと決めていたのだ。

 

 というのはある種事実であるものの、割合的には建前の方が上である。

 本音は「でも断られたら嫌だなぁ」という、コミュニケーション能力がほんの少し低い思春期が抱く思想。つまり、初心なのだ。

 

 ではここで一つ考えてみよう。

 果たしてそんな二人が、他人の存在する空間でいつも通りの恋愛頭脳戦が行えるか? と。

 答えは簡単。

 

 

(無理無理無理! 既に仕掛けられてる状態で事情も知らない他人を側に置きながらの誘導尋問は不自然すぎる! 四宮との対一ならば誤魔化せるが、四宮以外の人物に純粋な疑問を抱かれれば逃げ道がない!)

 

 

 もしも仕掛けられた後から考えるのではなく、仕掛けられる前に考えられたのならば、不自然にならない誘導は可能だっただろう。

 だが今回は既に仕掛けられた後。これでは自然な流れにする事は不可能だ。

 

 

(何か、何か抜け道はないか?)

 

 

 残念ながら存在しない。

 白銀が四宮を押し倒した時点で既に詰んでいる。倒す直前に汚れを見かけた訳でもなし、倒す前に四宮のハンカチが破けていた証拠もない。

 ましてや白銀が自ら誘う直前までいってる以上、ここで「最近は中々時間がなくて」などという言い訳は使えないだろう。

 それは白銀も理解している。

 

 だがそれでも尚、プライドは曲がらない。

 何とかして抜け道がないかと思考を休めない。

 

 

「……なあ、白銀」

 

 

 そんな白銀に、

 

 

「四宮と付き合ってんの?」

 

 

 追い討ち!

 

 

「え、は……?」

「なんか妙に俺を意識してるってか……四宮との関係を気付かれないように隠してる感じがあるんだよな。そういうのって逆に裏で付き合ってるっぽくて怪しいぞ」

(はぁああああああッ!!?)

 

 

 広瀬は内心ニヤニヤ状態。四宮もワクワク状態。

 白銀、内心狂乱状態。

 

 

(そう来るっ、そう来るかっ!? いやだが確かにそう見えなくはない……ッ! 客観的に見れば広瀬にバレないよう四宮にどう伝えようか考えているようにも……っ)

 

 

 最早完全に詰んでいた。

 だが、この程度では手を休めないのが広瀬流恋愛戦略術(笑)。

 

 

「あら、別に私は会長と付き合っている訳ではありませんよ?」

「そうか? なら白銀が一方的に意識してるだけか」

 

 

 更なる追い討ち!

 

 

(はぁあああああああッ!!? 誰が!? 誰を意識してるってぇ!?)

 

 

 既に白銀には打開する策を考える余裕はなく、現在状況で流れる情報への抵抗だけを思考していた。

 だが反論しない限り、そう思われても仕方がない展開になるだろう。

 でもどう反論しようと「そう思われても仕方がない」展開になる可能性は高い訳で。

 

 予想外の出来事が起こらない限りは大丈夫だと、四宮は確信を抱いた。

 

 

(勝った───!)

 

 

 そんな四宮の思考と共に、広瀬のスマホがバイブレーションを起こす。

 始めの合図以外では特に送るつもりはないと聞いていた広瀬は疑問に思い、短いメッセージならば確認可能なロック画面を開く。

 そこに映るのは、「すみません……止められませんでした」という言葉。

 

 

「────ッ!!」

 

 

 バッと振り向いた先は扉の奥。

 ターン……ターン……と、足音響く廊下に目を向けて、ゴクリと喉を鳴らす。

 一歩近づく毎に大きくなるそれは、一際大きい音が出ると同時に───その正体を現す。

 

 

(対象、F(ふじわら)っ!)

 

 

 桃色の髪に空色の瞳、少し幼い顔。

 そして姉妹の遺伝子を確信する豊満な胸に、広瀬は相手が藤原 千花だと確信し、悟る。

 

 

(あ、これ失敗したわ)

 

 

 割とすんなり、あっさりと。

 藤原は四宮を見つけると、パァっと笑顔を浮かべて近付いた。

 

 

「こんにちはー、かぐやさん! ……はれ? それって昔から使ってたハンカチですか? 破けちゃったんですか!?」

「え、ええ。今度の休日に代わりの物を買おうと思っていた所です」

「あ、なら私も一緒に行っていいですか? もう少し可愛いハンカチが欲しかったんです! かぐやさんのオススメがあれば聞きたいなぁ〜」

 

 

 破綻。根本的論理崩壊。

 今回の件は白銀と四宮が二人っきりで出掛ける事に意味があり、断じてそれ以外の人物が入って良い作戦ではなかった。

 会長と副会長の二人っきりという事実から既成を作り上げていくつもりなのに、そこに藤原が入ってしまったら単なる『生徒会活動』になってしまう。

 

 四宮は一瞬の思考。ただし常人ならば数秒は必要な熟孝。

 だが根底から覆された理論を元に戻す方法は思い付かず。

 

 

「……そーですねー。明後日は大した用事もないので、その日にどうですか」

「はい!」

 

 

 結果、四宮は光の消えた瞳で「ケッ」と言いそうな表情をしながら藤原に了承の返事をした。

 

 

 ───本日の勝敗。

 藤原の勝利(白銀の不利的状況を無意識ながらに助け、四宮と出かける約束を取り付けた為)

 

 

 

 

 

 

 





 実は臆病で泣き虫という早坂(素)の設定が難しい……。


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