早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 さて、今回は約9000文字となっております!
 ではどうぞ!




第6話

 

 

 ───白銀は見た。

 

 白銀家は、母を除く父・長男・長女の三人で暮らしている。

 職業不定の父を反面教師にしたか、白銀は質実剛健に育った。

 そして兄妹と言うべきか、その妹の圭もかなり真面目な性格だ。

 思春期やら反抗期やらの問題は山積みだが、兄としては自慢の妹と言えるだろう。

 

 さて、それでは問題だ。

 そんな妹が不純異性交遊らしき行動を起こしていたら、兄はどう思うでしょうか?

 

 答えは簡単。

 

 

「───!? っ!?」

 

 

 普通にテンパる。

 

 

 

 

 事の発見に至るまでの流れを説明するとしよう。

 普段自転車通学の白銀は、本日秀知院学園からそう遠くない本屋に訪れていた。

 家から学校まで一時間は必要とする距離だ。普段家の近くにある本屋を訪れる白銀は、目新しい物でもないかと偶々学園近くの店に尋ねたのである。

 

 ホクホク顔で参考書を買った白銀が、人通りの多い場所で漕ぐのは危ないからと自転車を押して歩いていると、道路反対側のガラス張りの店か目に入る。

 男女のペアが多い喫茶店だ。

 

 

(……ああいう喫茶店に四宮と行ってみたいな)

 

 

 恋愛頭脳戦臨戦体制でない今、純粋にそう思う白銀が苦笑していると、二人のペアを見つけた。

 

 

「圭ちゃんと……広瀬?」

 

 

 話す仲であると聞いた覚えはあるが、二人で遊びに行く仲とは聞いてなかった白銀は少し驚く。

 何故か向かい合わずに隣で座っているのも気になった要素の一つだ。

 

 なにやら真面目な顔で話し合っているようで、「普通に勉強してるだけかな」と白銀は一瞬思う。

 だが一瞬も一瞬で、その目は直ぐに見開くことになる。

 

 隣に座っている二人が突如向き合い、広瀬は圭の口下……顎に人差し指と親指を触れさせ言わゆる顎クイをしながら、左手で頭を抑えながら顔を近付けていた。

 その反応が、冒頭の白銀だ。

 

 が、それでは終わらない。

 広瀬から視線を外して真正面を向いた圭は、頬を赤く染めながら両手で顔をムニムニと揉んでいた。まるで照れ隠しをするように。

 

 

(広瀬ぇッ!?)

 

 

 シスコンではない。……筈だが、流石に兄としては自分の妹が自分の同級生に恋をしているような顔をするのを何も思わず見ていられる筈がなかった。

 ボンヤリとした表情のまま、染み付いた登下校の感覚が白銀を家へと導いて行く。

 

 バイトもボンヤリしながら特に問題なく熟すという凄技を見せつつ、その後帰宅すると鼻歌を歌っている様子の圭が部屋にいた。

 パッチンと音を響かせて爪を切っている彼女に、白銀は言葉を紡ぐ。

 

 

「……ただいま」

「わっ……なんだ、帰ってたの?」

 

 

 お帰りという言葉はない。

 どこか冷たい様子で質問するように言う圭。

 実は「お帰り」という言葉が出掛けていたのだが、グッと息を飲んでそういった言葉にしたのだ。

 

 何せ、白銀 圭は『反抗期』だから!

 

 

「あ、ああ。……なあ圭ちゃん、今日の夕方ごろに広瀬と居なかったか?」

「……何で知ってんの? 尾けてたんだとしたら流石にキモいんだけど」

「いや、偶々目に入って……。その、圭ちゃん。広瀬と付き合ってるのか?」

「は?」

 

 

 圭は驚愕を示す。

 今回は装いとか反抗期だからとか、そんな理由は一切ない。

 マジな表情で「何言ってんのこいつ」という顔を見せていた。

 

 

「その、なんだ。別に否定する気は無いんだ。付き合いはそれぞれだし、兄妹とはいえ踏み込みすぎる干渉はお互い嫌だろうしな。けど外から見えるガラス張りの店でああいう事をするのは……」

「待ってごめん、何言ってんのお兄ぃ?」

「だってお前広瀬とキスしてただろうッ!?」

 

 

 心当たりがないとは言わせんぞと言わんばかりの剣幕に、流石の圭もたじろいだ。

 何せ、マジで心当たりがないのだから。

 

 ───錯視。

 遠近によって見え方が変わったり、ジャストロー錯視の様に位置が変わる事で別の物に見える現象などを指す言葉だ。

 つまるところ。

 

 

「いや、してないけど……」

 

 

 白銀の言葉は事実無根である。

 

 

「え……けど圭ちゃん、広瀬にキスされた後にすっごい顔赤くしてた様な」

「だからしてないって! ……顔を赤く? あー……なるほど」

 

 

 圭は察する。

 そして思った。「あ、確かに位置を変えたら誤解されても仕方ない」と。

 

 ───例の件の真相は、学園の課題である。

 「恋する少女」というお題の下、美術の授業に於いてそういった課題が出されたのだ。

 本当は夢理奈も居たのだが、タイミング悪く席を外していて二人っきりと思われていたのである。

 三人一緒なら、白銀の頭脳があれば別の可能性も浮かばせただろう。だが二人っきりの状態では確かに誤解を招いても仕方がない。

 

 何せ顎をくいっとされて(表情筋を整えられて)頭を抑えられていた(目元を緩くしていた)のだ。後ろから見たらキスシーンに見えなくもない。

 「感情表現は一度体験した方が描きやすい」という広瀬の好意に甘えさせてもらったが、こんな事になるとは思わなかった圭は、深い思考に陥る。

 

 誤解を解く為の説明は面倒だ。省略して更に誤解を招いても駄目。

 しかし変に長々しく説明しようものなら、『兄に誤解されたくないブラコン妹』という判定になりそうでもっと嫌である。

 何せ白銀 圭は、『反抗期』だから!

 

 とは言え、課題に協力してくれた広瀬の誤解を解かないままでは流石に失礼だろう。

 ならば誤解を招かない様に広瀬へ迷惑をかけない方法。

 

 

「───え? それだけでキスとか想像したの? 妹の表情で? 経験ないお兄ぃにそんな妄想されるのクッソ鳥肌立つんですけど」

「ぐっ……マジの誤解なら何も言い返せねぇ。でもはしたないから“クソ”はやめなさい」

 

 

 罵倒風意識誘導。

 精神的に参る言葉を重ねて相手の心に隙を作り、「誤解してるからマジギレしてます」という雰囲気になって「あ、本当に誤解なんだな」と思わせる反抗期ならではの戦法。

 

 妹にマジギレされて兄が心を傷付ける事以外にはそれほどリスクがない便利な戦法ではあるが、人によっては「なるほど誤解されたくないんだな」と察する人物もいるので、相手を選ぶべき方法だ。

 

 

「けど、それならアレは何だったんだ?」

「……再現。今日出された美術の課題を描きやすくする為には、一度体験した方がいいって広瀬先輩に言われたから」

「ああ、なるほど。表現の為か……確かにそういうの得意そうだもんな」

 

 

 広瀬と白銀は、あくまで同じ学年の一般生と生徒会長。生徒会に入ってる訳でもなく、部活動の部長をやってるわけでもない広瀬は、殆ど関わる機会がない。

 故にそこまで広瀬の事を知らない白銀は、知っている情報たる「カウンセラー」の仕事から、あくまで推測として紡いだ。

 

 

「しかし、俺の思う広瀬のイメージと実際は少し違ってたな」

「……お兄ぃの方が見掛ける機会は多いと思うんだけど、そんなにイメージ違うんだ」

 

 

 何時もならば「あっそ」とか冷たく遇らう圭だが、初めて会った頃から殆ど変わらない人物の「イメージの違い」は気になったのだろう。

 問い掛ける圭に、白銀は頷いた。

 

 

「ああ。俺が知ってる広瀬は……こう、淡々と物事を運ぶっていうか、物静かっていうか……悪く言うと、ちょっと冷たい感じがあったんだよな。圭ちゃんを紹介する時も、俺とはあんまし目を合わせなかったし」

「お兄ぃの眼が威圧的過ぎたんじゃないの?」

「頼むから気になってる事を抉らないでくれ……」

 

 

 目を瞑って落ち込む様子の白銀に、圭は髪を弄りながら「そっか」と思う。

 

 

(広瀬先輩、“眼”については何も言ってないのか)

 

 

 ───実のところ、圭は広瀬の事情について知っている事は結構多い。広瀬の過去については全く触れてないので知らないが、感情を100%見抜く『感情視』はもちろん、白銀の広瀬に対するイメージの原因も。

 早坂以外ならば、唯一広瀬が()()でいる理由を知っている人物だろう。

 

 

「だからちょっと意外でさ。普通に笑顔で話してるのって」

(まあ話して広瀬先輩に迷惑かけるのもアレだし、また誤解されるのも面倒だから言わないけど)

「これから関わる機会なんて沢山あるだろうし、普通に仲良くなればいいんじゃない? そしたらなんか分かるでしょ。私は特に関与しないけど」

「そうだな」

 

 

 心境の変化で変わったのか、或いは何かしら理由があって学校では晒さないのか。

 それはこれから探っていけばいいという圭に、白銀はその通りだと頷いた。

 

 

「まあつっても、クラスは違うし生徒会に入ってる訳でもないし、早々そんな機会はないと思うけどな」

 

 

 ───ザ・フラグ!

 

 確かに白銀の言う通り、特に関わりのない広瀬と白銀がそんな機会に遭遇する事はほぼないだろう。

 先日対面していたのは、あくまで圭の友人として。その兄であり生徒会長でもある白銀がフラフラでいるのが見るに耐えなかったからと白銀は思っている。

 

 が、広瀬からしたらそれはあくまで理由の一つに過ぎない。

 元々白銀と四宮への接触は増やすつもりだったし、圭からのお願いもそれと偶々重なっただけだ。

 

 もし広瀬が自ら会おうとしているのなら、偶然会える確率も0ではない。

 そう、例えば───。

 

 

「……死にかけのアルパカかよ」

 

 

 絶望的運動センスの無さを克服する為に一人練習していた場面で、など。

 

 

「ひ、広瀬……っ!?」

「いや、その……なんだ。誰にだって得意不得意の一つ二つ存在するから、そんな気にするものじゃないと思うぞ?」

 

 

 「死にかけのアルパカ」と割と傷付く暴言を吐いておきながら、誤魔化す様に苦笑して慰める広瀬に、白銀は頬を引き攣らせながら頭を抱える。

 

 

「せ、先日は妹が世話になったみたいだな……? 何故こんな所にいる、広瀬」

「ああ。ここに居るのは仕事帰りだからだけど」

「仕事? 自転車でも学園から一時間以上は必要なこの距離までか?」

「外部生はお前だけじゃないぞ」

 

 

 というか、広瀬自身も中等部から入学した外部生だ。

 突然の出来事で頭が回りきってない様子の白銀は広瀬の言葉で少しだけ冷静になり、「そうだったな」と頷いた。

 

 

「……なあ白銀、サッカーの授業って一応一年の頃にもあったよな? その時はどうやって乗り切ったんだ?」

「逃げ回っていた」

「……よく生徒会長に立候補したな、お前」

 

 

 分からなくもない。運動が苦手ならば下手に絡まずに避けた方が互いの為になる。

 だが生徒会長である現在では、逃げてしまうと最悪の事態を招きかねない。

 恐らく最も注目度が高い白銀だ。生徒への示しが付かないどころか、「え、アレが会長……?」「真面目にやって下さいよ」と心を抉る言葉が突き刺さるだろう。

 

 何故自ら注目される存在になったのかと疑問を浮かべる広瀬に、白銀はもごもご口籠る。

 

 

「いや、まあ……別に? やれば出来るって事を証明しようと思ったら出来ちゃっただけだし?」

(あ、四宮関連だなこれ)

 

 

 生憎と広瀬は鈍感じゃなかった。

 

 

「四月にやった体力テストは問題なかったろ?」

 

 

 寧ろ好成績を残していた筈だ。

 まあ学校まで一時間掛けて自転車で来ているし、バイトもやっているから鍛えられているのだろう。

 故に運動については寧ろ勉強よりも得意なのではないかと広瀬も思っていたのだが……。

 

 

「ああ。だが何故か上手くいかなくてな……。動画を参考にしながらやってはいるのだが、どうも出来ない」

 

 

 動画を参考にして死にかけのアルパカみたいになるのかと広瀬は思ったが、受け取りかたによっては完全に馬鹿にしてる言葉だ。広瀬は自重した。

 

 

「……聞くが白銀、今までのリフティングの最高回数は?」

「笑うなよ?」

 

 

 色々な意味で笑える筈がなかった。

 広瀬はコクリと頷き、続きを要求する。

 

 

「……二回以上続いた試しがない」

 

 

 ───対象比例。

 希望の幅が大きいだけ絶望が深くなるなど、リスクとリターンの価値が釣り合うようになってるこの関係性は、人間の感情に直結する事の多いものだ。

 逆に、期待の幅が狭ければ絶望は浅い。

 

 「リフティング一回すら出来ない」と言われてしまえば広瀬のやる気は地の底に着いていただろうが、「一回は出来る」という言葉ならばまだ安心出来た。

 大抵の初心者はやり方そのものを知らない為、リフティングの回数が低いのは仕方がない。

 

 これならまだ教えられる範疇だと安堵し、白銀に声を掛けた。

 

 

「白銀はさ、動画に載ってるような内容そのままでやってる……んだよな?」

「その通りだが……ダメなのか?」

 

 

 ほっと一息。

 期待が最低ラインまできていた分、まだ希望の残ってる会話に安堵を隠せない。

 

 広瀬は白銀の前に転がってるボールを右足裏で引いて足先を使い、脚を少しだけ上げ、ボールをその場に置くように右足を地面に着かないよう下げ、落ちてきたボールに合わせて足首を柔らかく使い、優しく上げる。

 ふんわりと浮いたボールを続いて左足先で同じように、そして再びふんわりと浮いたボールを、今度は強めに上げて手でキャッチ。

 

 

「こんな感じの動画か?」

「す───すげーッ!? なに今の綺麗なリフティング!?」※白銀基準

「いや……うん、まあ」

 

 

 サッカー部なら間違いなく出来るだろうし、このやり方だとまだ慣れてないので20回程が限界なのだが、それを白銀に言ってしまうと皮肉に聞こえてしまうだろう。

 何とも言えない表情で頬を掻き、手に持ったボールを足元に転がした。

 

 

「それで、白銀が動画で見たのはさっきみたいなリフティングだったか?」

「ああ。色々と見たのだが、その足先でちょんちょんとやるのが一番安定しそうだったからな」

「はい、それ先入観」

 

 

 確かに初心者からしたら、ソフトタッチで行うリフティングは力まずに安定するやり方だと思うだろう。だが実際のところ、このやり方は初心者ではかなり難しい。

 

 

「このやり方はある程度サッカー自体に慣れて来た奴が行うリフティングな。安定してるのはボールの扱いに慣れてるからに過ぎない」

 

 

 広瀬も2、3回程度ならば普通に綺麗なリフティングとなるだろうが、10回以上続けようものなら少しずつ崩れていくだろう。

 元々運動神経は少し良いと言える程度の能力だ。専門的に鍛えてないならば「そこそこ凄い」くらいである。

 

 

「取り敢えず、やり方を変えてやってみよう。まずは足の甲に当てて軽く蹴り上げる。なるべく目と同じ高さの位置にボールがくるようにな。そしたら一度足を地面に着けて、落ちてきたボールに合わせて足を出す」

 

 

 人間が最も信頼出来るのは、視覚情報である。

 矛盾を孕みリテラシー能力が求められる現代社会だが、目に入る情報は絶対だ。

 手本を見せるのが一番だと判断した広瀬は、言葉を紡ぎながらその通りに実践する。

 

 

「ほれ、やってみろ」

 

 

 蹴り上げたボールをトラップし、白銀の足元へと優しく転がす。

 白銀は足裏でボールを受け止め───

 

 

「どわッ!?」

 

 

 ズルッ! ……と。

 

 

「………ん?」

 

 

 広瀬は困惑を隠せない。

 というか、目に見えていた光景が信じられなかった。

 

 広瀬がボールを転がす。白銀がボールを足裏で受け止める。白銀が転ぶ。

 

 

「んん………?」

 

 

 状況を再確認し、再度困惑した。

 

 

「よし、行くぞ……!」

 

 

 だが広瀬の困惑などいざ知らず、白銀は颯爽とボールを足元に置く。

 広瀬と同じように足裏でボールを引き、足先で───

 

 

「………」

 

 

 コロン、と。

 大して浮かぶことも無くボールは前に転がり、白銀は「やはりか」と言わんばかりに溜め息を吐いた。

 

 

「あー……白銀? 最初から足でやると次の動作に硬直する事が多いから、手から始めてみたらどうだ?」

 

「そうだな」

 

 

 白銀は転がったボールを拾い上げ、伸ばした足に触れるだろう距離感で腕を伸ばす。

 膝をほんの少し曲げ、ボールから手を離し。

 

 カスッ! ……と。

 

 

「取り敢えず一つだけ突っ込ませて」

「ああ」

「どうしてそうなった?」

「分からん」

 

 

 掠っただけで全く蹴り上げられてない。ほんの少しだけ回転がかかって転がるボールに唖然とし、質問に答えた白銀の言葉に驚愕する以外の反応はなかった。

 

 

(圭は普通に出来るからやり方の問題だと思ってたのにッ!)

 

 

 頭を抱えて蹲る広瀬に、白銀は心配そうに声を掛けた。

 

 

「大丈夫か……?」

「こっちの台詞だよっ!?」

 

 

 こっちの台詞だった。

 

 

「お前分かってるのか? 来週の月曜にはもうサッカー始まるぞ? 後三日しかないんだぞ!?」

「……さ、最悪休むしかないか」

「サッカーは何日か掛けてやるだろうが! 毎回休んでたら四宮が察するぞ、間違いなく!」

 

 

 ───お可愛いこと。

 

 

「ぐ……それは嫌だな」

「だよなっ!? じゃあ死ぬ気で覚えるしかないなッ!」

 

 

 そして広瀬は死ぬ気で教えるしかあるまい。

 白銀ほど運動センスのない人物は初めて見たし、どう教えるかも学ばなければならないだろう。

 

 

「協力してくれるのか……?」

「そりゃそうだろっ、好きな相手にカッコ悪い所は見せられない。そりゃ俺も思ってる事だし、一人黙々と誰にも気付かれない努力を重ねた奴を前にしたら協力したくなるわ!」

 

 

 本心だった。

 愚直に苦手なモノを克服しようと、センスの無さを訳に諦めない人物は素直に尊敬出来る。

 広瀬はカッコ悪い所を既に見せてしまったようなモノだが……せめてカッコイイ所も見せたいという気持ちはある。

 

 

「……ふっ」

 

 

 ───知らなかっただけか、と。

 圭の疑問を浮かべた様子と、やる気満々の広瀬を見直し、白銀は笑みを零す。

 誰にだって隠したい一面や嫌な思いはある筈だ。それを表に出したからって、元々の人格が曲がるわけではない。ほんの少し印象が変化するだけだ。

 

 普通に素直なだけなのだと広瀬の性格を認識し、白銀は言葉を紡いだ。

 

 

「───俺、別に好きな奴とかいないし。普通に生徒会長としてみっともない所は見せられないだけだから」

「……お前のそういう所はホントにダメだと思う」

 

 

 広瀬の熱は少しだけ下がった。

 

 

 

 

 ───かくして、彼らの三日間に及ぶサッカーの特訓が幕を開けた。

 

 本来ならば三日でサッカーを完璧に行う事は無理なのだが、白銀 御行という男は愚直な程に努力家だ。ただ繰り返し、勉強する。勉学での無茶は無駄ではなかったと証明するよう、ただ問題の計算を行うように一つ一つの欠点を克服していく。

 やはり元の身体的能力は高いのだろう。克服した点はそつなく……寧ろ「凄い」と言葉が出るほど上手に熟していた。

 

 四宮の万能的天才とは違い、努力の天才と言うべきだろう。

 

 

「……広瀬は、何故そこまで他人の為に頑張れる?」

 

 

 三日目の早朝。軽いショートパスを繰り返す二人は暫く集中して無言に陥っていたが、やがて白銀が口を開いた。

 他人の為───仕事の件か。白銀の事か。

 まあ両方だろう。カウンセラーとして他者を救い、白銀の指導に全力を注ぐ。

 

 素直に疑問を浮かべた白銀に、広瀬は一瞬の巡回。だが嘘偽りなく本心を紡いだ。

 

 

「他人じゃなくて、自分の為だな」

「自分の?」

「ああ。仕事は……自分より不幸な奴を見て安心したかった。白銀を助けたのは、まあ前に言ったのと同じで……それに加えて、俺を産んだ奴らへの復讐のつもりだったのかもな」

「……復讐か」

 

 

 ズキっと、頭痛が襲った。

 過去がフラッシュバックされ、広瀬の目は細まる。

 

 不幸な奴を見て安心したい。『他人の不幸は蜜の味』の意味とはまた違って、自分の存在意義を確立するが為の言葉だ。

 広瀬 青星が自身の親である男と女の子供として居られなくなった原因の『感情視』を役立て、存在意義とする為に。

 

 親への復讐。『感情視』だけを見つめて周りが見えなくなった男と女とは違い、自分は心理的問題が全てではないと、苦手科目を克服しようとする白銀を助けて「自分の存在意義は『感情視』だけではない」と証明したかった。

 

 

「まあいいんじゃないか?」

 

 

 そんな悪感情を抱いて、自分自身にすら嫌悪を向ける本心を口にして。

 それを知って尚、白銀は気軽に肯定を口にした。

 

 

「え……?」

「誰にだって悪意の一つ二つ存在するだろうし、寧ろ無いやつなんていないだろ。もちろん悪く無いと言えば嘘になるが……」

 

 

 特に笑うことも無く、安心させる様な声音でも無い。

 ただ淡々と、()()()()()()()()()()()紡いだ。

 

 

「悪意で成り立つ過程によって救われた結果があるならば、それは“良い”と言えるのでは無いか?」

「───……」

 

 

 また一つ、“光”が増えた気がした。

 

 悪意であろうと、確かに救われた人物が存在する……白銀のそんな言葉に、広瀬は意地悪そうに笑う。

 

 

(それを一切の悪意なく言える白銀には負けるよ)

「俺にそっちの気があったら惚れてたぜ、おい」

「気持ち悪い事を言うな……っ」

「でもごめんな、俺好きな人居るから」

「なんで俺が振られたみたいになってんだッ!?」

 

 

 広瀬は楽しそうに笑い、ほんの少しだけボールを強く蹴った。

 

 

 

 

 

 ────翌日。

 

 

「ふっ」

 

 

 トラップ姿勢完璧。

 

 

「はっ」

 

 

 ドリブルで2人抜き。

 

 

「せいッ!」

 

 

 シュートはポストギリギリの横を通過し、サイドネットを揺らした。

 

 少しの間の休憩時間に入ると、周りの生徒たちは白銀に群がって褒めまくる。

 

 

「あらあら、人気ですね」

「……そーだな」

「何故そんなにボロボロなのか聞いても?」

「……男の友情、だな」

「気苦労お察しします」

「知ってたのかよ?」

「かぐや様には黙っていますよ。カッコ悪い所は見せたくないでしょうしね、男の子は」

 

 

 かぐやへ伝えればそれなりに有利となる情報だろうに、白銀のプライドを尊重したのだろう。

 恋愛頭脳戦で頭を痛めてる筈なのに大した気配りだと苦笑すれば、広瀬の視界にペットボトルが映った。

 

 

「水分補給はしっかりと取ってくださいね。温暖化が進むこのご時世、春でもそれなりに暑いですから」

「ん。サンキュー、愛」

「ああ、それと」

 

 

 キャップに指を掛けて開けようとすると、早坂は思い出したかのように言葉を放つ。

 

 

「誰かの為に頑張れるその姿。カッコいいですよ、青星くん」

「───ッ!?」

 

 

 ギャルモードへと早変わりして「乙乙〜♪」と去っていく早坂の言葉にドギマギし、広瀬は「何処まで知ってんだか」と呟きながらペットボトルの蓋を開けた。

 まるで既に開いていたかの様に軽く開き、心なしか飲み物の量も少ないようなペットボトルを見つめ、広瀬はペットボトルを地面に置いて顔を覆う。

 

 

()()()()、おい……」

 

 

 カッコいいと言われてドギマギしていたから、早坂の感情を視れていなかった。

 揶揄いなのか、マジなのか。

 即ち、それっぽく演出しているだけなのか。或いは早坂が既に口付けた物なのか。

 

 

(……ええい、ままよ!)

 

 

 広瀬は悩んだ結果、飲む。

 普通にスポドリの味───だけでなく、何か別のリップの様な味がした。

 

 

「んぐぅッ!?」

 

 

 吹き出しそうになる口を手で押さえ、ゴクリと喉を鳴らして通過させる。

 

 

「ッ!? ッ!!?」

 

 

 ペットボトルを視界に、周りにバレない様驚く広瀬を背後に、早坂は可愛く舌先を出す。

 自分の身体に隠れて広瀬に見られない様、その人差し指と中指にリップを挟んでいた。

 

 

 

 

 ───本日の勝敗

 広瀬 青星の負け(会長の運動音痴改善に付き合ってボロボロとなり、早坂から真実が見えない揶揄いを受けた為)

 

 

 

 

 





 今更ながらの主人公プロフィール。
 興味がないよって人は飛ばして構いません。


広瀬(ひろせ) 青星(あおほし)
年齢:16
誕生日:7/7
身長:178 
体重:69
血液型:A

 実はギリシャ人のワンエイス(1/8)。ほぼ日本人ではあるが、外国人の血が少しだけ表に出て瞳は翡翠混じりの青色。しかし髪色は普通の黒。

 好きな事は動物鑑賞(特にもふもふ系)
 嫌いな事(もの)は  ?
 夢……特になし。
 趣味……音楽(歌う・聴くどちらも)

 運動・勉学に不得意はそれほどない。
 運動だと、基礎さえ出来れば対人戦ではかなり強い。経験者相手で守る側になるとほぼ間違いなく負けるが、攻める側となれば相手が経験者でも勝てる可能性はそこそこ高い。

 余裕ぶった姿を見せる事が多いが、初心な場面を見せる事も多々存在する。

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