早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 今回は約10500文字!
 ではどうぞ!



第7話

 

 未成年者喫煙禁止法。

 二十歳に満たない者が煙草を吸うのを禁止とするこの条例は、大抵の日本人が知る法の一つである。

 近年では二十歳を超えていても歩き煙草をする人は減ってきており、喫煙所以外では見掛ける事も少なくなった。

 

 「買う余裕がそこまでない」という切実な社会人の気持ちや「逆にダサくね……?」という若人の認識によって減ってきた喫煙者だが、それでも全くいない訳ではない。

 法を破り煙草を吸う未成年者も、決して0ではない。

 

 可能性がある限り対策は万全───四宮 かぐやは安否の為というボディーガードの献身的な結果により、煙の“け”の字も吸わせる事なく人生を歩み続けていた。が、それでも現物自体は見た事はある。

 現物のイメージは明確に四宮の頭に残されており、実物を見たら察するであろう。

 

 故に。

 

 

「か……かい、ちょう……?」

 

 

 白い棒状の物を口に挟む白銀を視界に収めた彼女は、呆然と驚愕を零した。

 

 

「ん……おう、四宮。掠れた声でどうした?」

「……そういうお人、だったんですね……。会長の事は、それなりに尊敬していたのですが」

「……? ああ、ありがとう。ところで四宮、お前も一本どうだ?」

「いりません! 会長、この事はご報告させて頂きますからね!」

「どうした、そこまでカッカして……校則で縛られてる訳でもあるまいし」

「法では縛られてるでしょうッ!?」

 

 

 ギョッと目を見開いて叫ぶ四宮に、白銀は疑問を覚えて脳を回転させる。

 法……法……と、ついぞ思い当たる瞬間。バンっ、と扉が開かれた。

 

 

「こんにち───あ! 会長、それってもしかして!」

 

 

 入ってきたのは藤原 千花。生徒会の書記を務める、秀知院学園高等部二年B組に所属する生徒である。

 彼女はいつも通り挨拶しながら扉を開くと、白銀が咥える白い棒を見て表情を変えた。

 

 四宮は「やっぱり藤原さんも驚くわよね」と振り向く。

 だが四宮のそんな期待を裏切るように───

 

 

「懐かしいですよね〜、これ!」

「っ!?」

 

 

 藤原は四宮の横を通り抜けて白銀に近付き、嬉々として拳を握りながら頷く。

 「懐かしい」という言葉に、四宮は戦慄を禁じ得なかった。

 

 白銀が箱を差し出しすと、藤原は遠慮なく一本抜き取る。咥えようとすると、思い出したように喋り始めた。

 

 

「小さい頃は大人が吸っているのを見て、良く真似しましたよね〜」

「……ああ、そうだな。何故かカッコよく見えてしまうんだよな」

 

 

 白銀は一瞬の思考。

 薄々勘付いた様子ではあるが、四宮の反応がツボにハマったのだろう。弁解する様子もなく藤原の言葉に同意した。

 

 やがて藤原は白い棒を口に含もうとする!

 四宮は腕を伸ばして止めようとする!

 だが無情にも白い棒は藤原の口に入り込み───バキッ! ……と。

 

 

(た、食べっ? たべ、バキッ!? 食べた!?)

 

 

 四宮から冷静の字は消えた。

 

 

(ただでさえ煙は身体に悪いのに食べる事なんかしたらっ!)

 

 

 煙となる原料が藤原の口内に分泌。

 身体に悪い成分全てが藤原の胃を侵食する。

 障害を負いながら生涯を生きなければならない身体へと───

 

 

「は、吐き出しなさい藤原さんっ!?」

「うぇっ───な、なんですかかぐやさん!? 脳が、脳が震えるぅううッ!」

「タバコには発がん物質であるベンゾピレン、ベンゼンなどの有機化合物やニトロソアミン、一酸化炭素、シアン化水素、窒素化合物、アンモニアなどの有害物質が含まれてるのよ!? 幾ら貴方でも危険な事くらいは分かってるはずでしょ!」

「た、タバコ?」

 

 

 四宮、勘付く。

 ポカンと「何言ってるんですか」という表情を曝け出す藤原に、冷静を失っていた四宮も流石に状況を認識し始めた。

 そもそも「バキッ」という擬音がおかしいのだ。

 

 四宮がゆらりとゆっくり首を捻り、白銀の方へと向く。

 白銀は声を潜めながら笑っていた。

 

 

「……会長?」

「いや、すまんすまん。四宮。これは駄菓子だ」

「だ、駄菓子……?」

 

 

 裏向けにされていたパッケージを表向きにし、四宮に見えるよう持ち上げる。

 そこには『ココアシガレット』という白い文字……。

 

 

「子供の頃によく買った安い菓子でな。その内の一つがこれ。大人の真似をしたがる子供が多いから、本当のタバコを吸わない為の抑制として発売された物なんだよ」

「まあかぐやさんは幼い頃からそういうもの規制されてたでしょうし、知らないのも無理ありませんよね〜」

 

 

 バリボリガリガリと食べ進める藤原が察する様に紡ぐと、四宮はトドメを刺された様に頭を抱え込んだ。何せ、つまりそれは、無知な自分がほのぼの空間に槍を降らせた様なモノ。

 「あのプラモデルは頭の“V”が最高だよな!」と話してる人物に「え、頭に付いてるのって“L”じゃ無かったっけ?」と論外な言葉を放つ友人の如く空気の読めなさ!

 

 四宮 かぐやにあるまじき失態に、顔を羞恥に染めた。

 

 

「……会長、お聞きしたいのですが」

 

 

 が、その羞恥は一瞬。

 白銀が持つパッケージと()()()()()()箱をスクールバッグの中に入れていた人物を思い出し、酷く光の消えた瞳で問いかける。

 

 

「それは自分でお買いになられたモノでしょうか……?」

「……い、いや? 幾つか買ったからと、広瀬に貰った物だが」

 

 

 「嘘は許さない」と瞳を暗く輝かせる四宮に、白銀はゴクリと喉を鳴らしながら正直に話した。

 

 

「すみません、5分ほど席を外します」

「……何処に?」

「あらあら、女性にそれは禁句ですよ? ……ほんのお化粧直しです」

「そ、そうか」

 

 

 白銀の頭にフラッシュバック。

 かつて父から聞かされた言葉が蘇る。

『もし大切にしたいと思える友人が出来たのならば、一緒にバカやったのだと存分に騒げ。子供は青春する物だ』

 これは白銀が蒔いた種も原因になっている。変に揶揄う事なく早めに誤解を解いて置けば、四宮がここまで静かな怒りを抱く事もなかっただろう。

 連帯責任───白銀はその文字を浮かばせ。

 

 

「ああ、いってらっしゃい」

 

 

 ガン無視した。

 

 白銀、「すまん」と一言だけ広瀬にライン!

 四宮、「広瀬くんは何処?」と早坂にメール!

 

 既読して困惑する広瀬。

 「私の隣に居ますが」と素早く返信する早坂。

 ほぼ同時に来たメッセージを二人は見せ合い、広瀬は寒気を感じる。

 

 コクリと頷く早坂に、広瀬は察して扉を開く───と。

 

 

「あら。御機嫌よう、広瀬くん」

(アイェエエエエッ!? メッセが来てから20秒も経ってねえよナンデ!?)

 

 

 そこには光の消えた瞳で日本人形の如く無表情に広瀬を見つめる四宮の姿。

 驚愕と恐怖で肩を跳ね上げた広瀬は、現在自分が位置する場所から生徒会室までのルートを頭の中で展開する。が、どう考えても20秒経たずにこれる道ではない。せめて30秒は必要な筈である。

 

 ビックリした広瀬の内心を察したのだろう。四宮は笑わない目でニコニコと笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「戦時中の名残が残っていましてね……学園内には至る所に短縮ルートが存在するんですよ」

「……それで、えーと。俺に何か?」

「貴方の所為で恥を被ったのよ。報いを受けてもらうわ」

「心当たりが全く御座いませんが!?」

 

 

 四宮に何かをした訳でもない。

 白銀に彼女の弱みを伝えた訳でもない。

 本当に全くもって一切心当たりのない広瀬は全力で頭を回し───あっ、と気付く。

 

 四宮はご令嬢だ。その上知識は豊富。法については大体把握しているだろう。

 だが一般的な子供が食べるような駄菓子は知らない。小さい頃から高級で上品なものばかり食してきただろう。

 もし駄菓子について知っていないのならば。

 

 馬鹿みたいな話だが、と。余計な思考を浮かべながら広瀬は紡いだ。

 

 

「……もしかして、ココアシガレットの事か?」

 

 

 思い当たりそうな事はマジでそれしかなかった。

 四宮、光の消えた瞳に僅かな光が灯り、頬を染める。

 

 

「〜〜〜〜ッ!」

 

 

 それは彼女の琴線に触れた。

 察しが良い事が逆に仇となったのだろう。「知っててやったのか」と考える四宮に、広瀬は「やべ選択ミスった」と悟る。

 四宮からその理由を言い出せば本当に偶然だったのかもと思わせる事が出来たが、なまじ広瀬の察しが鋭すぎたが為に最悪の方向へと展開は転んだ。

 

 先程まで『冷酷』な『無』の『装い』だった四宮の感情が明確な『怒り』と『羞恥』へ変化した事に気付き、広瀬は己の失敗を自覚する。

 チラッと早坂の方を見れば、彼女は悲しそうな表情で静かに首を横に振った。

 

 

(待って何されんの怖いッ!?)

 

 

 侍の血を引く日本人なら切腹するのが妥当だと言い始めるのだろうか。

 古き歴史を紡ぐ四宮家ならば言わないとは言い切れない。

 段々と恐怖が募っていく広瀬に、四宮は一息吐いて一言。

 

 

「……次はありません」

 

 

 プイっと首を振り、不貞腐れたような表情で紡ぐ四宮に、広瀬は安堵を隠しきれない。

 ただし「次はない」という言葉で、同時に緊張感も高まった。

 

 ───本日の勝敗

 四宮(知識不足)と広瀬(理不尽な怒りを受けて後に引けない)の敗北。

 

 

 

 

 ポキッ……。

 

 

「……あ、おいし」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

「では、第一回『恋愛頭脳戦をどう終わらせるか』の相談会を始めます」

「すっごいアホみたいな始まり方だよな」

「ホントですよね」

 

 

 夜中、9時半。

 初夏に入ったとは言え、夜は涼しい時期。

 そんな時期と時間帯にて、広瀬と早坂はとある店にて顔を合わせていた。

 

 会話の内容は当然の如く、白銀と四宮の『恋愛頭脳戦』についてである。

 

 

「取り敢えず飲み物持ってくるわ。何要る?」

「オレンジジュースでお願いします」

「りょーかい」

 

 

 ドリンクバーでオレンジジュースとコーヒーを注ぎ、席に着いた。

 早坂は広瀬の目の前に置かれたカップを見て呟く。

 

 

「この時間帯にコーヒーですか……」

「この後仕事なんだよ」

「明日も学校があるのに、ですか?」

「……今回は秀知院生じゃないけどな。他の学校の生徒で、引き篭もってる奴の対応。昼夜逆転してるっぽいから遅い時間になっちゃうんだよ」

 

 

 眠れるのは三時間か、最悪徹夜コースである。

 静かな店で疲れるように喋る広瀬に、早坂は心配するように言葉を紡いだ。

 

 

「大変、ではありませんか?」

「大変……って言えば大変ではあるけど……実はそこまで苦でもない」

 

 

 広瀬は慈しむ様な、また逆に恨むかの様な、皮肉げな笑みで呟く。

 

 

「結局、()()の血は引いてるって事なんだろうな。他人を助ける事自体は普通に好きだからさ……」

 

 

 大勢の他人の為に自らの息子を道具とした男を思い浮かべ、吐き気がする様に呟くと、突如ハッと我に返って両手を合わせる。

 この話は置いといて……というジェスチャーだ。

 

 

「それはさて置き、白銀と四宮の件だな」

「……ええ」

 

 

 愚痴ならば零してもいいのだが……と早坂は思うが、話題転換をした以上あまり触れない方が良いだろうとも判断。

 頷いた早坂を見て、広瀬は「そもそも」と問い掛けた。

 

 

「なんで白銀達は、自分から告白しないんだと思う?」

「? 以前も話したと思いますが、仮に告白して振られでもしたら怖いという、初心であるから……かと」

「まあ四宮はそうなのかもな。ついでに言うと好きである事自体を認められないんだと思うけど……ただ、白銀は違った」

 

 

 感情を100%言い当てる広瀬だ。「違う」と断言するに足る判断材料が存在するのだろう。

 早坂が口を閉じたままコクリと頷いて続きを催促すると、広瀬は紡いだ。

 

 

「アイツは表面上は兎も角として、内心では自分が四宮の事を好きだってのは認めてる。その上で告らせたいって願ってんだ」

「……自覚しないかぐや様とは違い、自覚した上でそうしていると?」

「ああ。そんで白銀は、自分から告白すれば四宮はきっと受けてくれるって思ってる。……まあ愛の言う通り、振られたら嫌だって気持ちもない訳じゃないっぽいけどな」

 

 

 結果的な考えがちょっと行き過ぎるだけで、受けてくれる“だろう”やら振られたら嫌だなど、思考する事は普通の高校生だ。

 ()()()()()白銀は思っている。

 

 

「対等で居たいんだよ、きっと。それこそ愛の言うプライドなのかもな」

「……歯痒いモノですね。互いが互いを好き合っているというのに、どちらも自ら動こうとしない状況は」

 

 

 もどかしさを感じる早坂。

 どちらも動こうとしないということは、現状打破が出来ぬ状態であるということ。

 つまり、どう付き合わせるかの考えが浮かばない。

 

 どうしたものかと伸びをする早坂から少し視線をずらし、広瀬は自身の考えを口に出した。

 

 

「俺としては、白銀の考えを尊重したいかな」

「会長を、ですか」

「ああ。まあ極論、どっちが告ったとしても結論は変わらないだろうけどさ……それなら俺は、白銀が告られる方を推す」

「なるほど。どの道私はかぐや様の命に従うほかありませんし……そうなると、必然的にこうなりますね」

「つっても、協力関係であることに変わりはないよ。結局、告り告られるは当人たちの問題だ」

 

 

 別に敵対する訳でもない。

 ただどちらを告らせたいか、その明確な相手が決まっただけ。

 やることは今までと同じだ。

 

 

「俺は明日に仕掛けるつもりだけど、そっちはどうする?」

「……そちらが仕掛けるというのであれば、こちらは受けとなりましょう。かぐや様から指示が出ない限りは見守るだけです」

「決まりだな」

 

 

 広瀬はクールにコーヒーを口に含み、颯爽と立ち上がって店を出る───

 

 

「うぇ……にがっ」

「……使いますか?」

「あ、うん。どうも……」

 

 

 ……つもりだったが、やはり慣れない事はするものじゃなかった。

 思いっきり顔を顰める広瀬に、早坂は僅かに口元を隠しながらスティックシュガーとコーヒーフレッシュを前に置く。

 隠しても『ニヤニヤ』の感情は浮かんでいる。が、それを追求すれば更に揶揄われそうな為、僅かに頬を染めながら黙って置かれた二つをコーヒーに注いだ。

 

 

 好きな人と同じ空間で過ごす。協力者関係……というだけでなく、友人として接するように揶揄いを混ぜてくる早坂との時間は、広瀬にとってはそこまで嫌いでもない。寧ろ好んでいる。

 彼女が本心から楽しんでいる事は目に見えて分かっているからだ。

 

 ただ、だからこそ。嫌いでないからこそ、気に食わなかった。

 たった数週間の関わりで人を好きになれない性格なのは知っている。別に自分の事を好きじゃないから嫌だという子供じみた考えを浮かべているわけでも無い。

 ただ、気にくわない。

 

 ───でも。

 

 

「ご馳走さまでした。んじゃ行ってくるわ」

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 

 まだ暫くは、このままでも良いと思ってしまう。

 自分が望む展開になれば、きっとどんな過程であれ、今まで通りでは居られなくなるから。

 だからこのままでいい。

 

 広瀬は代金を机の上に置き、挨拶を交わして店を出て行った。

 

 

「……普通、とは言い難いですが」

 

 

 広瀬を見送り、早坂はオレンジジュースで喉を潤す。コクリと鳴らしながら飲み込むと、ふと微笑んで呟いた。

 

 

「学生らしい青春を、私も歩めてますかね」

 

 

 

♢♦︎♢

 

 

 

 引いてダメなら押してみろ作戦。

 

 一昔前に流行ったメンズ・レディース雑誌に載った恋愛必勝法の一つ、押してダメなら引いてみろ。

 だが、言わゆる『草食系男子』が増えてきた事により比較的「引いてる側」が多くなった現代に於いて、『肉食系男子』は貴重となっている。

 冤罪に対して酷く敏感になっている事が、恐らく原因の一つだと思う。

 

 さて。そんな草食系男子と比べるとまた別かもしれないが、自ら仕掛ける事は滅多にない白銀。

 果たしてそんな彼が───

 

 

「………」

 

 

 チャンスになる可能性の高いと明言されているそんな雑誌を見つけたら、どう思うだろうか。

 その答えは簡単。

 

 

「……なるほどな」

 

 

 興味深そうに見る以外の選択肢はないだろう。

 時刻は昼。場所は生徒会室。机に置かれた『告られたい貴方に☆』という題名のメンズ雑誌。

 

 

「ふむふむ……」

 

 

 紙を数回捲り、頷き、パタリと閉じる。

 その目は決意に満ち溢れ、威圧感溢れる空気が生徒会室に流れた。

 

 時は過ぎ、放課後。

 既に六時を過ぎているが、まだ明るい外。

 会長としての仕事を進める白銀に、四宮が近付く。眠そうに目元を擦る彼の目の前に、四宮は紅茶を置いて問い掛けた。

 

 

「お疲れですか?」

「ん……まあな。先日のバイトが思ったよりもハードだったもので、どうも疲れが取れん」

 

 

 首をポキリと鳴らし、肩を回す。

 伸びをして筋肉をほぐし、紅茶を口に含んだ。

 

 

「流石……と言うべきか。相変わらず美味しいな。四宮、ありがとう」

「え? あ、はい。……? どういたしまして?」

 

 

 『引いてダメなら押してみろ』作戦第一段階!

 対象の何気ない行動をとらえて褒めるべし!

 

 普段から礼を欠かさない白銀ではあるが、その‟普段”よりも褒めを増やすことで「何時もとは違う」ということをアピールするのだ。

 要はこの第一段階において重要なのは、自身の変化に気付かせて多少なりとも対象からの注意を引くという事。

 どんな理由であれ、気に掛けるのは間違いあるまい。

 

 

「ところで四宮」

 

 

 その意識を利用し───

 

 

「先日バイト先の知り合いから喫茶店の割引券を貰ってな。その上今週末はセールをやっているらしい。折角だから一緒にどうだ?」

 

 

 攻め入る!

 

 

(……どういうおつもりですか、会長? 男女二人で出掛けるという行為は、それそのものに特別な意があります。例えどんな言い訳をしようと事実は覆りません)

 

 

 四宮は一瞬の思考。

 白銀が発する可能性のある言い訳を全て潰し、「これは貰った」と笑みを浮かべる。

 

 

「あら、会長。その喫茶店は街中でしょう? そんな所に赴けば、学園の生徒に見つかる可能性は高いです。ただでさえ噂の立つ私達が外で一緒にいる姿なんか見つけられたら……弁解の余地なく、私達が付き合っていると思われますよ?」

「嫌か?」

「……………いえ」

 

 

 言い訳を防ぐ言葉の根拠と客観的状況判断。

 タダの仮定。だが最も可能性の高い過程を言われてしまえば白銀に逃げ道は存在しない。

 

 が、白銀は「で?」と言うように、客観性ではなく四宮自身の意見を求めた。焦り散らして弁明を始めようとする白銀に攻め入ろうとしていた四宮は、毒気を抜かれたように頬を染めて首を振る。

 

 

「周りにどう思われようと、俺達が付き合っていない事実は変わるまい。それに……仮に噂が立ったとしても、四宮ほどの美人が相手ならば嬉しいものだ」

 

 

 ───引いてダメなら押してみろ作戦第二段階!

 ある程度好感を稼いだ相手に“事実”と“仮定”を伝えるべし!

 

 もしそこまで仲良くもない相手を褒め称えればドン引きされる事間違いなしだが、好感度がそこそこにある相手に褒められるのは嬉しいものである。

 故に客観的な目線を交えた“事実”と、「もしこうなら」「こうだとしても」という“仮”の話をして、自身の思考をストレートにぶつけるのだ。

 

 

「皆から慕われる四宮家才女……市民の俺からしたら大変名誉なものさ」

(しまっ……そういう事ですか!)

 

 

 だが、ここで注意点が一つ。

 自分の思考をストレートにぶつけるとは言ったものの、それを『自分の考えだ』と明瞭されてしまう言葉で表現してはいけないという事である。

 つまり、自分の考えではあっても伝えるのは、あくまで客観的な意見。

 

 こうしてしまえば「あくまで客観的な事実」という一つを確立させ、自分自身の考えではないと判断させる事ができる。

 攻め入ったのは攻められない為の布石。動揺を誘い、本来ならば浮かんでいたであろう考えを判断させない為の布石だ。

 実際効果は爆発的で、白銀の思惑通り四宮は迂闊に攻め入る事が出来なくなった。

 

 

(ですがっ、詰めが甘いですね会長! 私と出掛けたいならば「出掛けざるを得ない状況」まで持ち込む必要があります!)

 

 

 そう。例え周りの目を気にしなくても、噂が立とうと気にしなくなったとしても、全ては四宮の返事次第。

 四宮が「行かない」という判断さえしてしまえば、この全ては無に帰すだけ。

 いや。寧ろ白銀が攻め入った事実により、後の恋愛頭脳戦は四宮に分があるだろう。

 

 

「折角のお申し出は有り難いのですが───」

「こんにちはー!」

 

 

 四宮が断りを入れる直前、藤原が介入。

 突然の扉が開く音にびっくりした四宮だが、今回は特に思う事はない。ただ断る台詞に上乗せされただけ。もう一度断りの言葉を紡げばいいだけだ。

 

 四宮が口を開こうとすると、藤原は白銀の持つチケットを見て瞳を輝かせた。

 

 

「あー! 会長、それってあのお店の割引券ですか!」

「ああ。知り合いから貰ったものでな」

 

 

 白銀は僅かに口元を緩め、確信した。

 

 

(計算通りだ)

 

 

 今までの会話は、ただの前座。

 白銀とて、先程までの流れで四宮を誘えるとは思っていなかった。断るのは目に見えていた事だ。

 だから考えた。ならばその『断り』さえも利用してやろう、と。

 

 ───引いてダメなら押してみろ作戦第三段階!

 ()()()()()()()

 

 

「そうだ、藤原書記。一緒にどうだ?」

「───ッ!?」

「四宮も誘ったのだが、どうも乗り気ではなくてな。折角のセールと割引き券だし、使わなきゃ損だろ?」

 

 

 対象の相手以外を誘う事で、対象に「別に特別な誘いではない」という事を認識させる。

 「そっかぁ、まあ別にいいや。あ、お前はどうだ?」と誘って断られたから軽いノリで他の人を誘うという友人のノリだ。これにより、対象はある考えを浮かべるだろう。

 

 「まあ確かにそうなんだけど、それはそれでイラッとくる……」と。

 これは人間的に間違ってはいない反応だ。特にプライドの高い人物ほど浮かべやすい。

 故にこそもう一つ。「やっぱり行こうかな」という思考が浮かび上がる。

 

 断った手前再び誘いに乗るのは難しい所だが、幸い四宮は()()()()()()()。断ろうとしても、実際には明言してないのだ。

 だから乗ろうとすれば乗れる───

 

 

(……断って、ない?)

 

 

 そこで違和感を覚えた。

 本来ならば断りを入れた事で、もう誘いには乗らなかったであろう四宮。それはプライドが高い故の、「今回は仕方がない」という思考。

 もし断りを入れていたのならば潔く諦めていただろう。

 

 だがそれは“もしも”に過ぎず、実際問題として「断りきれてなかった」という現状が確立されている。それはまだ誘いに乗れるチャンスがあるという事。だが見方を変えると、「自身が懇願すれば乗れる」という認識になる。

 もしそれを誘っているのだとしたら、それはつまり。

 

 

(藤原さんがこのタイミングで生徒会室に来るのを見計らっていた!?)

 

 

 そう。彼女が所属するTG(テーブルゲーム)部の部活終了時間を計算し、四宮の断るタイミングと藤原の生徒会室入室のタイミングをバッティングさせたのである。

 四宮にとって藤原は計算外の存在。性格的な判断によって計画の内に加える事があるにせよ、論理的な展開の内に加える事は一切ない。

 だからこその予想外。「まさか藤原さんが普通に部活を終わらせるなんて」という予想外。

 

 

(会長の考えにはホイホイ乗る人の形をした悪魔め……)

 

 

 四宮、藤原をディスる。

 一方白銀の内心はこうだ。

 

 

(あっぶねぇえええッ! TG部の部員から今日の予定を聞き、藤原書記の性格から判断できるゲームの終了予測を立てたはいいけど、予測が外れてたら普通に四宮に断られてたわ! というか寧ろその可能性の方が高かった! ナイス藤原書記、俺には今のお前が天使に見える!)

 

 

 四宮とは一転、藤原をリスペクトしていた。

 

 計算というにはあまりに無謀な賭け。

 だが『引いてダメなら押してみろ』という作戦である以上、ここで押し切ってこそ男である。

 

 

(私が今乗ろうとすれば、会長はきっと受けてくれる。でも……)

 

 

 ───ほう。一度誘いをして乗らなかったのに、俺が他の女と出掛ける事になった瞬間乗ろうとするとは……そんなに俺が他の女に取られるのは嫌なのか? お可愛い奴め。

 

 

(はぁあああああああ!!!??)

 

 

 四宮、勝手に妄想して勝手に暴走。

 

 

(でも折角のチャンス! 乙女的にNOはNO!)

(無駄だ四宮、お前が懇願しない限り形勢は逆転しない)

 

 

 熟考する四宮!

 焦り散らしていたが、賭けを乗り切った事で確信を抱く白銀!

 二人の思考は数多の可能性を潰していく!

 

 だが───二人は忘れていた。

 それは、そもそもの根本的問題。

 

 

「うぇー!? 折角なんですし、かぐやさんも一緒に出掛けましょうよ!」

 

 

 別に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事を。

 

 

(……あ)

 

 

 最終的な段階として“二人”を目指していた白銀は、あくまで二人っきりで出掛けるが為に藤原を計算内に入れていた。

 だが、別に喫茶店のセールと割引券に『二人までに限る』という文字は書いてないし、男女が出掛けるという行動が必ずしもデートになるとは限らない。

 

 察しの良い人物ならば気付いて二人っきりにするだろうが、普通は『友人を誘ってるだけ』という空気になって断る理由はないのである。

 そして割と自分の欲を優先する藤原ならば、言わずもがな。一度誘われた以上用事がない限りは断る事はしないだろう。

 四宮が藤原の予定を知っている可能性を考慮に入れて、「一人ならば止める必要もない」という考えを潰す為に敢えて『用事が無い日』にした白銀の失敗である。

 対象だけに目的を絞っていたから、対象の為の過程は完璧だったとはいえ、その他の対応が疎かになっていた。

 

 今回ばかりは藤原にそこまでの非はないのだが、幾度となく恋愛頭脳戦をカオス状態へと変化させた彼女への怒りを内心で爆発させた。

 

 

(察しろよ! お前自称ラブ探偵だろうが! 何で半年以上続けてんのに気付かないのお前!? 何回フラグ壊しまくってんだこの悪魔!)

 

 

 白銀、藤原をディスる!

 

 

(さっすが藤原さん! あぁ貴方は天使みたいな親友だわ!)

 

 

 四宮、藤原をリスペクト!

 互いの意見は反転!

 自分にとっての価値一つでひっくり返る醜き心意!

 

 

「そうですね……用事がある訳でもありませんし、折角です。ご一緒させて頂きますね」

「ヤッター♪ あそこのスイーツ美味しいんですよー! それぞれに合った紅茶をオススメしてくれますし、複垢使って食べログの五つ星10個程付けたいくらいです!」

「サラリとサクラ擬きやりそうなところ、ホントあれだよな……」

 

 

 冷静な思考に戻った四宮はふと微笑みながら了承し、藤原はニコニコと笑顔を見せながら経験を語る。

 白銀は藤原の言葉に呆れ、今日一番の深い溜め息を吐いた。

 

 

 ───本日の勝敗

 白銀の敗北(無自覚恋愛フラグクラッシャーの察しの悪さを忘れていた為)

 

 

 


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