早坂 愛は恋をしたい   作:現魅 永純

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 今回は約10500文字!
 ではどうぞ!
 


第9話

 

 

 ───一度、疑問に思った事はないだろうか?

 広瀬と早坂の関係は『協力者』だ。普通の友人とは呼べず、あくまで『白銀と四宮を付き合わせる』事を目的とした関係性である。

 無論その関係性が特殊なだけで、別に友人じゃない訳でもない。広瀬にとっての早坂は、『好意を抱く相手』であり『他の誰よりも自分を知っている相手』。早坂にとっての広瀬は、己が取り繕わず、気負わずに居られる『己がしたい青春を叶えてくれる唯一の身近な人』である。

 

 普通から逸脱してるだけで、充分に友達と言える関係だろう。

 さて、ではこんな疑問を浮かべるかと思う。「では普段、二人は何をしてるのか?」と。

 協力者兼友人であるのなら、別に接さない訳では無い筈だ。ならば普段は何をしてるのか。

 

 ───折角の機会である。此度は、二人の“普段”を覗いてみよう。

 

 

 

 白銀の勝利で幕を下ろした期末試験。

 その翌週にて、生徒会室ではある話で盛り上がっていた。

 例えば性格。例えば欲望。

 表面上からでは汲み取るのが難しいそれを曝け出す占い。

 

 そう。心理テストである。

 ニヤニヤといやらしく気になった物を見つけた様子など、色々な感情を浮かべるその場。

 

 ────が、今回の舞台はそこではない。

 生徒会室からそう離れぬ近く。暗闇の空き教室にて、ゴソゴソと動く二人の姿。

 

 

「ん……青星くん、あまり動かないで下さい」

「いいだろ? もう少し声を聞きたいんだよ」

 

 

 そう。広瀬と早坂である。

 

 

「私、敏感なんですが……」

「ええ……なんでしようと思ったんだ」

 

 

 片目を瞑って僅かに顔を熱くさせる早坂に、広瀬は呆れた様に言う。

 どうしようかと悩む様に頬を掻くと、早坂は「仕方ないですね」と零して紡ぐ。

 

 

「青星くんの好きな様にして下さい」

「……まあ、なるべくそっちが不快にならない程度に抑えるけどさ」

 

 

 

 

「ところで愛さんや、この意味深な会話は一体?」

「一種の揶揄いです。青星くんがその気にならないかと」

 

 

 ……暗闇の空き教室にて、外からは分からない程度の小さな光が二人を照らす。

 広瀬の左耳、早坂の右耳にイヤホンコード。擽ったそうに耳を弄る彼女との会話に広瀬が突っ込みを入れると、早坂は「忍耐チェックです」とでも言うように淡々と答えた。

 

 

「そのうち襲われても知らんぞ」

「襲うんですか?」

「襲わないけどさ……」

 

 

 それならば特に問題なし。淡々と断ずる早坂に、広瀬は「そこまで信頼されるのもなぁ」と少々困惑した。

 早坂は目の前の光……生徒会室の様子が眺められるタブレットの画面を見つめる。

 ニパーっと笑顔で本を持つ藤原を見て、早坂は広瀬に言った。

 

 

「おや、今回は心理テストの様ですね。近頃では本格的な心理学を取り入れたテストもあると言われています。青星くん」

「……説明か? まあ良いけど……心理テストだと割とぶっ飛んだ理論で構成されてるのもあるから、俺が説明できるかは分からないぞ?」

 

 

 そもそも、広瀬の心理学もかなりの自己流だ。感情を見通せるからこそ、どの感情がどんな思考を浮かばせるか推測出来るだけ。完全に心理を読み取れる訳ではない。

 それでいいのかと問う広瀬に、早坂は頷いた。

 

 

「構いませんよ。『ぶっ飛んだ理論』を編み出した人の思考までは流石に推測が難しいというのが確立される訳ですからね」

「む……そう言われるとやる気が出てくるな」

 

 

 クスクスと控え目に笑いながら「その程度だっただけ」と断定する早坂に、広瀬はむっと若干苛立ちを感じた表情で「全部説明してやる」と言わんばかりの気迫でタブレットと向かい合う。

 割と単純に動く広瀬を見て更に笑みを深めつつ、早坂はイヤホンから流れる声に耳を傾けた。

 

 

『貴方の前に動物用の檻があります。その中に猫は何匹入っていますか?』

 

「……何匹だと思う?」

「あ、すみません。あの本の内容は大体知ってるので、答えを言われても期待されてるアクションは取れませんよ」

「チッ、四宮の対藤原予防にでも付き合わされてたか……」

「答えを知らない時の考えでしたら……確か二匹だったかと」

「お、奇遇だな。俺も二匹だったぞ」

 

 

 まあ何故二匹にしたのかの理由は全く別だろうがと、広瀬は早坂の若干ズレた心理を思いながら考える。

 そんなやり取りをしてる一方、画面の奥では答えた白銀が途轍もなく驚いている表情を曝け出していた。

 

 

「……九匹で図星というのは中々ですよね。九人の子供を欲するという事は、30辺りまで子作りする気満々という訳ですから」

「何で生々しく言い直した?」

「それで青星くん、猫と子供にどの様な関係が?」

 

 

 生々しく言い直された後だと説明も若干躊躇ってしまう。

 だが説明を求められ、その内容についての推測が大体出来ている以上答えない訳にもいくまい。

 

 本当に何故生々しい言い方をしたのかと恨みがましく思いつつ、言葉を紡いだ。

 

 

「……えーと。愛は子供に対してどういうイメージを抱いてる?」

「無邪気で可愛らしい、でしょうか」

「じゃあ猫は?」

「気ままに自由で可愛らしいですが」

「はいそれ。その“可愛らしい”ってのが話のミソだ」

 

 

 まあ持論だけどもと、若干視線を逸らして思いながら言う。

 

 

「これの質問対象は大体学生辺りに絞られる。何せ学生だとほぼ確実に「子供を産む体験」なんてした事ないからな。だから()()()()()()っていう抽象的な答えにハマりやすい」

「……なるほど。()()()()()()という対象であるから、数が同じになりやすいのですね」

「そう。ついでに言えば、抽象的であるが故に本当に何人欲しがってるかと決まってる訳じゃない。だから出た数に対して「大体その辺りだ」って思っちゃうんだよ。……まあ白銀の件に関してはマジの偶然だろうけど」

 

 

 流石にそうそうドンピシャは無い筈だ。或いは広瀬が気付いてないだけで、何かしらの理由があるのか。

 まあここまで抽象的だと、当たる確率をそれなりに上げ、心理学を応用して「そうかもしれない」と思わせる意識誘導以外だとは思えないが。

 

 

『んー……これとかどうですかね? あなたは行列のできる店に並んでいます。あなたの前には、何人並んでいますか?』

 

「……これ、狙ってますね」

「ん、何が?」

「いえ……青星くんはこの質問の意図、分かりますか?」

「そうだな」

 

 

 何故“行列の出来る店”にしたのか、“前に何人いるのか”という言葉の意味を考えれば答えは導き出せる。

 この二つが示す意味は───

 

 

『いるにしても一人だな』

『おっ、会長にしては珍しく冷静な分析から外れましたね。8〜10人くらいと予想していましたが』

『ふ、甘いな藤原書記。予め行列が出来る事が分かっているのなら、敢えて時間をズラしたり比較的並びが少ない曜日を選ぶに決まっているだろう?』

『わービックリするほど冷静だったぁ。……しかし会長、流石の一言ですね!』

『ん?』

『これの答えは、「これから付き合う人の数」なんですよ〜。つまり会長は一人だけと付き合う一途な性格という訳なんですね!』

 

 

 凄くモテるって聞いてたから複数人だと思ってましたよと言う藤原に、「当たり前だ」と言わんばかりに白銀は足を組み、片腕を大げさに広げながら溜め息を吐いた。まるで「俺がそんな不誠実な男に見えるか」と言っている様だ。

 そんな当然の事を答えた様に見える白銀の内心はこうである。

 

 

(っぶねぇ! これで二人以上とか答えようもんなら四宮から白い目向けられてた可能性あったわ!)

 

 

 心臓をバクバクと鳴らして途轍もない動揺を見せていた。

 心理テストなのだから変に気負う方が不自然なのだが……広瀬も気持ちは分かる。そりゃ好きな人に「へぇー、ふーん……そういう人なんだね」と一瞬でも思われたくないだろう。

 

 

「……この質問は、『行列が出来る=人気=モテる』って方式で、待ち人数は『それを望む人の数』を表してるんだろうな。行列の出来る店を“自分”に捉えれば、それを望む人は『付き合いたい』と考える事が出来る」

「なるほど……ちなみに青星くん、何人でしたか?」

「………三人デス」

「素直ですね。一人と言えば良いでしょうに」

「自分に嘘は吐けないタチなんで」

 

 

 話題転換や多少の誤魔化しはあれど、真実と違う“嘘”を広瀬はあまり好まない。

 好まない対象はあくまで“自分の嘘”だ。他人の嘘はどうでもいいと割り切っている。好まない理由は、あくまで「対等(フェア)でありたいから」に過ぎない。

 

 話し始めるのに若干間があった事で察したのだろう。目敏く見ていた早坂の揶揄い混じりの質問に、広瀬は僅かに視線をズラして目線を交えない様にする。

 

 

『では次に……ふふ、面白そうなのを取っておきましたよ!』

『ちょっと待て藤原書記、何故俺ばかりに質問する? 四宮と石上会計もいるだろうに』

『ああ、それはですねー。かぐやさん、この本を既に読んでいる様でして。答えを知ってたら心理テストの意味がないって言っていましたから。石上くんはこういうの興味ないと思ってましたし』

『え、普通にありますよ。占い一つで何が変わるわけでもないだろうにとは思いますが、娯楽の範疇である以上楽しまなきゃ損でしょう』

『わーこの現実主義。……えっと、じゃあやります?』

『まあ、折角なんで』

 

「……あら」

 

 

 白銀の問いに答えた藤原の言葉に、早坂は驚いた様に声を上げる。

 同時に広瀬はある考えが浮かび、早坂に問い掛けた。

 

 

「なあ愛、さっき狙ってるって言ったよな? それってもしかして……」

「ええ。私も聞かされていなかった事でしたので、少々困惑しましたが……青星くんの思っている通りかもしれませんね」

 

 

 広瀬が疑問を覚えたのは、早坂の驚きと藤原の言葉が原因だ。

 心理テスト内容の予防を四宮からの命令で受けさせていた早坂が浮かべた予想外。

 その上藤原の『かぐやさん、この本を既に読んでいる』という言葉。

 これでは『質問された時の予防』ではなく、『やる意味がない』という事態になる。

 

 一体何故か───広瀬が思い当たるのは幾つかあるが、最も可能性が高いのは『傍観者でいる』という事。

 そうする事でのメリットは、自分自身が質問対象にならないが故に質問する側と同じ立ち位置になれる事だ。

 しかし四宮が質問しようものなら何かしら裏があると白銀は睨むだろう。

 

 ならばすべき行動は一つ。

 「実はある順番で質問すれば面白い回答が得られそうなのですが……私の考えだというのを黙っていれば教えますよ、藤原さん」と言ってしまえば全ての流れは完成するのである。

 藤原はど天然少女ではあるが、約束事をしっかり守るタイプの人間であるという事は四宮も知っていた。

 その約束さえ取り付けてしまえば、四宮の考えだとは思い知らせずに四宮の流れが作れる。

 

 『子供が何人欲しいか』『何人と付き合うのか』と来たら、ここから考えられる「面白い回答」はただ一つ。

 

 

『貴方は今、薄暗い道を歩いています。その時後ろから肩を叩かれました。その人は誰ですか?』

 

 

 ───好きな人!

 心理テストに於いて最も需要が高く、そういう系の本には必ず入っているのではないかと思われる程の質問!

 

 今までの流れからこの問いで、心理テストの目的通り『好きな異性』が暴かれよう物ならば、それで他人の評価が固定されるのは確実。

 何せ『好きな異性』と『付き合い』『これだけ子を作りたい』という連鎖に他ならないからだ。

 仮に『何人と付き合うか』という部分に於いて複数人を答えたのならば最悪も最悪。何せその人物と子を成しながらも他の人物と付き合うという考えがその場の全員が思い浮かべることになる。

 

 無論あくまで心理テスト。最近の質問が心理学者の考えを交えた物とは言え、あくまで娯楽の範疇。確実にそうするとは言い切れない。

 そして白銀は複数人を選んだ訳でなく、あくまで一人。一途な性格を示したのだ。最悪の事態は免れただろう。

 

 が、それこそが逆に問題となる。

 最初の質問『子供の数』も、次の質問『付き合う人数』も、実際白銀に当て嵌まってしまっている。つまり九人の子供が欲しいのも一人としか付き合いたくないのも本心だ。

 だからこそ植え付けられた「この心理テストはマジだ」という思考。

 その考えが、最後の質問によって別の最悪な事態へと引き込む事になる。

 

 もしこれで異性の名前を答えようものならば、それは『決して別れることのない気持ちを抱いて貴方と付き合い、子供をこれだけ作りたいです』という公開告白に他ならないのだ!

 

 

『……もうちょいヒントくれないか?』

『そういう問題じゃないので無理です。それじゃあ心理が分からないじゃないですか』

『む、それもそうだな』

 

 

 当の本人は事態の深刻さに全く気付いておらず、普通に考えていた。

 

 

「エゲツないな、おい……」

「ええ。流石にここまで仕掛けるのは予想外でした」

 

 

 ───心理テストで最も恐ろしい点は、1()0()0()%()()()()()()()()()()()にある。仮に心理学混ざりならば悪い点として浮かび上がるが、こと娯楽の範疇で考えれば最も恐ろしく、盛り上がる要素。

 100%でないという事は、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。つまり事実の確実性がない故に、どちらの可能性も考えられる事だ。

 更に言えば『幾つか当て嵌まっていた場合』の時、事実の可能性が大いに上がる点。

 

 そう、そうじゃないの二択で浮かび上がるのが「そう」である確率が高く、実際「そう」である今回のパターンに於いては最悪も最悪だ。

 周りがそう思っているのならば既成事実が確立され、その上白銀は心理を確実に読み取られて焦りを生ませる。

 最早「白銀が対象を好いている事実」は決定的となり、対して四宮は未だ謎となる。このパターンでは白銀が告白する道以外はない。

 

 

「四宮の質問じゃないからこそ疑いが芽生えない。藤原だからこそ「いつも通り」だと思わせる事が出来る」

「これではかぐや様の案だと気付くことが出来ず、それに気付くことで浮かぶ疑いが考えられない。……さて、どうなりますかね」

 

 

 ……まあ、広瀬は「出来れば白銀が告られる側であって欲しい」と思っているだけで、「付き合うなら別に告る側でもいい」と思っている。

 広瀬の白銀が思う思考はあくまで推測の範疇だ。四宮に好意を抱いているのは確実だが、告白される側で在りたい理由は推測の域をでない。

 白銀自身が理由を話してくれれば全力で協力するのも吝かでは無いが、確信を得られない以上下手に動いて場を乱すのもアレだ。

 

 さてどうなる事やらとワクワクしながら見守る広瀬と早坂。

 

 

『……僕は、四宮先輩でした』

 

 

 そんな状態から聞こえたのは石上の声。

 体を包み込むように自分を抱いて震えを抑える石上の様子が気になったのだろう。早坂が広瀬に視線を向けると、広瀬は「あっ」と察して気の毒そうに紡いだ。

 

 

「……えーと、この質問で分かる心理が『好きな人』ってのは分かってるよな?」

「ええ。確信を抱いてるわけではありませんが、恐らく『安心感を得たい』『安心感を与えたい』対象である事がその意味に繋がっているんですよね?」

「そう、その通り。ただ人によっては全く別の意味に捉えちゃう場合があるんだよな……」

 

 

 暗闇の道。

 ロマンチックな感じに安心感を思わせる展開とはまた別……いや、真逆で、ネガティブな思想であるが故に浮かぶイメージ。

 ホラー───つまり、恐怖感情である。

 

 二人は気の毒そうな目を石上に向けた。

 

 

『俺は───』

 

 

 四宮が「あら……」と驚き、藤原が「あー」とどうでもいいように笑う中、白銀の声が放たれる。

 石上を除く二人、タブレット越しに二人から興味の目が向けられた白銀から放たれる言葉は───

 

 

『広瀬だな』

 

 

 ヒントを求めていたにも関わらず、答える際は大して迷うことも無く広瀬の名前を口にした。

 

 

『え?』

『へ?』

 

「あら」

「……あー」

 

 

 安心したかのような残念がるような、複雑な表情で納得したかのように広瀬は声を零す。

 早坂は予想外の答えに驚いていたが、広瀬の納得した様子に気付いて問い掛けた。

 

 

「あまり驚いた様子がありませんね?」

「あ、いや。多分だけど……以前サッカーを教えた時期があったろ?」

「ありましたね」

「その三日間、途中まで一緒に夜道を帰ってたから……イメージってより実際の体験が先に頭に入ったんだろうな」

 

 

 これでは心理テストにならない。

 が、最悪の事態から脱したという意味なら大成功だろう。

 これで四宮から報復されなければ尚良しである。シガレットの件があるのでこれ以上責任は持ちたくない。

 

 

『えー、これは「好きな人」を指してました』

『………ッ!?』

 

 

 白銀、察する。

 流石と言うべきか何と言うべきか、藤原から先程の質問の意味を聞いた瞬間、それ以前の二つの質問が意図的であると気付いたのだ。

 もしも「四宮」と答えていようものならと想像し、鼓動の動きを加速させた。

 同時に白銀は「広瀬、まじサンキュー」と内心で礼を浮かべる。

 

 一方答えが明かされた石上は「まさか……?」と恐る恐る四宮の顔を伺うが、暗く輝く瞳が「いや恐怖の感情だこれ!」と決定付け、「胃が痛いので帰ります……」と生徒会室を出て行った。

 友人を選ぶのは一番つまらない答えだと藤原が溜め息を吐く中、四宮は口元を隠して思考する。

 

 

(……会長は異性ではなく友人を迷いなく思い浮かべた。予め知っていた様子はなかったし、気付いた様子もなかった。同条件での私が浮かべたのは───会長)

 

 

 実は四宮も四宮で、一度何も知らない状態で答えを考えた事がある。

 その状態で浮かべた思考は割と当てはまっており、最終的に『好きな人』を浮かべる質問に於いて出たのも白銀だった。

 異性ではなく友人を浮かべた白銀とは違い、四宮は異性たる白銀を浮かべた。

 

 優先度方式で考えれば───

 

 

(まるで私の方が会長の事を好きで好きで堪らないみたいじゃないっ!?)

 

 

 そう。この質問の意図である『好きな人』に於いて最も盛り上がるのは、浮かべた対象が異性である時だ。

 逆に友人を選べばかなり盛り下がるだろう。実際藤原は「分かってないなぁ」と全くもってうざったらしい表情で首を振っていた。

 

 無論友人を選んだ場合でも「キマシタワー!」展開になって盛り上がる場合もあるが、こと生徒会室に於いて“腐”の要素を浮かべる人物はいない。だからこそ「そっか、友人かぁ」という考えに留まる。

 だが、異性だった時の盛り上がりは他と大して変わらない。つまり普通に「おお〜!」となるのだ。

 

 友人=友人

 異性=好きな人

 

 つまりこの二つの構図が出来上がり、異性を答えた四宮の方こそがベタ惚れ状態ではないのかと疑っている。

 当初は早坂から「ほーらやっぱそうじゃないですか」という視線を向けられながらも「ちーがーいーまーす! 浮かんだのが偶々会長だっただけ!」と否定していたが、内心では「そうかもしれない」と思い込んでいたのだ。

 まあ、“偶然”浮かんだのならばそれこそ心理なのだが。

 

 事実かもしれないならば、この心理テストの効果は絶大だ。故にこそ白銀に仕掛けた。

 それも、ただ仕掛けるだけでなく。三連鎖によって成り立つ『強制プロポーズ』という形を取り付けて。

 

 NGワードゲームの経験もここで活き、白銀がどんな人柄かの想像は出来ていた。故に「何人と付き合うか」の答えは容易に考える事ができ、問題は「子供の人数」と「好きな人」の答え次第となる。

 もし「好きな人」が四宮ならばその効果は絶大だったのだが……友人たる広瀬を口に出した以上、優先度はそれ以外となる訳で。友人よりも異性を浮かべてしまった四宮の好意が白銀以上となってしまう。

 

 

『〜〜〜〜ッ』

 

 

 染まる頬。それを隠すように視線を下げる四宮に気付き、白銀は心配そうに声を掛けた。

 

 

『どうした四宮、体調が優れないか?』

『いえ……答えが分かっていると、どうも気乗りしないもので』

 

「あら……戦闘不能手前まで追い詰められましたね」

「……なるほど」

 

 

 四宮の対藤原用心理テスト耐性に付き合わされていた早坂の言葉の意味……つまり「白銀が広瀬と考えた一方、四宮は白銀を考えた」事、且つそれ故の羞恥だという事を理解した広瀬は、同情するように四宮へ気の毒そうな目を向けた。

 同時に「とっとと告ればいいんじゃないかな?」といえ思考も浮かべながら。

 

 

『確かにそうですよねー。……あ、じゃあネットから適当に探しますか!』

『あまり変な質問を出すなよ……?』

『答えが分からないんですから変な質問だとしても分かりませんよ。えーと……あ、じゃあこれにしますね』

 

 

 机に置かれたPCをカチカチと操作して、パッと見つけたものを声に出す。

 

 

『あなたは熱中していたRPGをクリアしました。最後のエンディング画面が流れた時の感想は?』

『……あの、あーるぴーじー…? をやった事は無いのですが』

『ふふん、大丈夫ですよかぐやさん! RPGは『コツコツと経験値を貯めて、初期状態では絶対に倒せない相手を倒す事』を目的とする単純なゲームです! もちろんそれに掛かる時間はそれぞれなので……そうですね。大体合計20時間くらいだと仮定しますか!』

『20時間……』

 

 

 それ程の時間を取るのに何日掛かるのか。

 四宮は家柄の事もあって他人とは少々ズレた思考で考える。

 

 

『私は達成感と、少しの期待感ですかね? エンドロール後で記録に残ってないアイテムとか探すの楽しいじゃ無いですか!』

『うむ、気持ちは分かるぞ藤原書記。まあかく言う俺は達成感一筋だがな。成長して魔王を倒す快感は果てしないものだ』

 

 

 うんうん、うむうむと頷きあう二人の視線は、やがて四宮へと向けられる。

 

 

『私は……喪失感、でしょうか』

 

 

 光景をイメージしたのだろう。移入した感情と同じく悲しい表情で言葉を紡ぐ。

 

 

『達成感もない訳ではありませんが……「これで終わり」と思うと、どうもそういった感情が先に浮かんでしまいます』

 

「かぐや様……」

 

 

 昔からの付き合いだ。最近こそ四宮自身の変化によって対応に違いは出ているが、本心はそう変わらない。

 早坂にとって四宮は妹の様な存在。……近くで見守り、誰よりも側にいた。

 だからこそ理解出来てしまう。「これで終わり」という言葉の意味が、どれだけ重いものかを。

 

 早坂の手に入る力が強まる。

 今すぐにでも言葉を投げ掛けたい。

 イヤホンを取って立ち上がろうとする早坂───その腕を広瀬は掴み、肩を竦めて優しい笑みを浮かべた。

 

 

「四宮はもう、『氷のかぐや姫』なんかじゃないぞ?」

「………」

 

 

 イヤホンから僅かに漏れ出る音が気になり耳に挿れ、広瀬が見つめるタブレットに目を近づける。

 それに映るのは、四宮の後ろから抱き着く藤原と肩に手を置く白銀の姿。

 

 

『これで終わりなんて悲しい事言わないで下さいよ!』

『ふ、藤原さん……?』

『そうだぞ、四宮。目的を達成する事だけが全てじゃない。寄り道して好きな事をするのもまた楽しいものだ。こうして下らない日常に華を咲かせるのもまた娯楽。……それとも、“今”の様な日常はつまらないか?』

 

 

 「そうならば悲しいものだが」と紡ぐ白銀に、四宮は僅かに視線を下げる。

 驚きで口を開け、生徒会室での出来事を思い出して笑みを浮かべた。

 身長差で表情が見えない白銀は訪れた間を気不味く感じるが、やがて四宮が口を開き、紡ぐ言葉にふと微笑んだ。

 

 

『いえ……それなら、期待してもいいかもしれませんね』

 

 

 笑顔で言い放つ四宮は、有無を言わせぬ美しさがあった。

 

 

「……成長しましたね、かぐや様」

「………んー。まあ、そうだな」

 

 

 良い友人に恵まれ、気になる人ができ、謳歌する青春。

 慈しむ様に笑みを浮かべる早坂に、それとは対照的な微妙な表情で広瀬は歯切れ悪く返事する。

 何とも言えぬ表情の彼に早坂が疑問を浮かべていると、タブレット越しの生徒会室で動きがあった。

 

 

『ところで藤原、この質問で分かる心理はなんなんだ?』

『あ、そうですね。ちょっと待ってて下さい。……かぐやさんも来て!』

『え、ちょっ……仕方ないですね』

 

 

 寂しそうな表情の四宮を見た藤原は「離れるつもりなんてないです!」と言わんばかりに腕に抱き着いたままパソコンへと向かう。

 四宮は僅かに困惑するが、藤原の好意は別に嫌という訳ではない。胸は邪魔だが今はその好意に甘えようと付いて行く。

 

 白銀には見えない角度でマウスを動かす。

 静けさ漂う夕日に照らされた生徒会室にて、クリック音が鳴り響く。

 モニターを見ていた二人は、沈黙しながらも変な空気を漂わせて顔を赤くした。

 

 モニターに映る物は白銀の角度からは見えない為に、二人の表情に彼は疑問を浮かべる。

 少しの間停止していた二人の動きは再び動き、何度かクリックを繰り返し、PCの電源を落とした。

 

 

『さて、帰りましょうか』

『ええ』

『え、なに? どういった意味だったんだ?』

 

 

 気まずい雰囲気を漂わせ、二人はスクールバッグを持って生徒会室を出て行く。

 白銀は困惑し、二人が出て行くのを見送った後に気になってPCを開く。

 履歴画面から先程の結果を見ようとするが、恐らく電源を切る前に素早く履歴削除を行っていたのだろう。先程の質問を調べていたであろう履歴は消されていた。

 

 結論分からぬまま、白銀は何とも言えぬ表情で立ち尽くしている。

 

 

「……青星くん」

「あー、うん。……この質問の意味は、『デートをした後に抱く感情・思考』なんだよ。つまり期待を抱くって事は」

「ああ……なるほど」

 

 

 意図せずして、四宮は途轍もないカウンターを食らったという訳だ。

 恋人ならば間違いなく好きな人。その上で『デートをした後に抱く感情』を考えれば、その『好きな人』とのデートに於いて抱いた感情を指し示す。

 

 喪失感と期待感。デート後の感情として考えると、この二つを示す意味は『これで終わり……そんなの嫌。この後も誘って』という事。

 デート後の期待と問われれば、言わずもがな。そして藤原はもちろん、最近性の意味やシチュエーションを理解し始めた四宮も、その“期待”の意味を理解している。

 

 幸い四宮の『好きな人を示す心理テスト』に於いての相手が白銀と知られていない上、今回の『デート後の感情を示す心理テスト』の意味そのものが白銀には伝えられてない。故に本人にバレる事はないが、内心では焦るに決まってる。

 何せこの意図せぬ二連鎖によって、四宮の心理は「白銀とのデート後はそれだけで終わりたくない」という事を表してしまっている。

 100%違うとも、100%違わないとも断定出来ないからこそ、尚のこと質が悪かった。

 

 

 ───本日の勝敗

 四宮の敗北(白銀への攻撃は防がれ、思いっきりカウンターを食らった為)

 

 

 


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