夢か現か幻か。

 一人の妄想は世界に広がり。

 悪夢のような空想は、空虚の中で実を結ぶ。

 誰もが知る、誰も知らない、新たな架空神話。

 これは、卯月の初めの、おぼろげな虚の夢――

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いあ! いあ! ■■■!

いあ! いあ! ■■■■!



いあ! いあ! ■■■■■ ふたぐん!


デュエル・マスターズ Mythology Great Old One

「なんだ……ここ」

 

 目を覚ましたと思ったら、そこは真っ暗な空間だった。

 非常に湿っぽい。そして黴臭い。なにより寒い。

 地面は固く、冷たく、濡れている。

 

「外……? 時間は、今は何時だ? 昼なのか、夜なのかもわからない……」

 

 身体が震える。寒さだけではない。この場所の、この空間の異様な空気。なにかおぞましいものがいるかのような気配、予感に、本能が警鐘を鳴らし、悪寒が走らせる。

 

「……とりあえず、進むしかない、のか……?」

 

 いくらここが危険だと分かっても、こんな場所にいたくないと願おうと、状況は変わらない。

 暗闇の奥に、辛うじて見える光。その光を目指して、歩を進める。

 ただ歩いているだけなのに、平衡感覚も狂いそうだった。しかし視覚がほぼ役割を果たしていないせいか、発見もあった。

 鼻孔をくすぐる匂い。微かに、潮の香りがする。

 となると、ここは海なのか。ならば外なのか。

 そんなことがわかったとして、なぜ自分がここにいるのか、ということの証明にはならないが。

 しばらく歩くと、ほんのりと明るい場所に出た。

 そして、目を剥いた。

 

「な……ん、だ、これ……!?」

 

 その場所は、まだ明るく、辛うじて全体を見渡すことができた。

 広間だろうか。見る限りは、四方に大きく開かれた空間で、天井も高い。ただしそれは半ば自然的な造りで、洞窟をくり抜いて造ったかのような部屋だった。

 部屋には苔かなにかが淡く発光しており、滴るような水音が聞こえる。そして中央、最奥には、祭壇のようなものも見えた。

 さらにその部屋には数多くの人影が見える。否――それは、影ではあっても、人ではない。

 それを人などと呼べるはずがない。人類として、それを人と呼称することは、とても受け入れがたい。

 

「う……っ!」

 

 それは人型をしている。手があり、足があり、胴があり、頭がある。

 瞬きのできないギョロリとした目玉は大きく隆起していた。鼻や耳は小さく、そして低く広がっている。頭髪もない。どころか、肌はぬめっとしており、鱗のようなものも見える。その顔面は魚か蛙のようだ。

 手足にも水掻きやヒレのようなものが見えるし、エラのようなものもある。連中はベチャベチャと音を立てながらがに股で歩いたり、蛙のように四つん這いで飛び跳ねたりして、部屋中を闊歩している。

 

「っ、く、ぅ……」

 

 思わず、口元を抑える。

 気が狂いそうだった。あまりにも醜く、異形。人ならざる人型。およそこの世界にいてはいけないような、醜悪な命。

 自分の正気を疑いたくなる。それほどに、目の前の光景はおぞましかった。

 

「クリーチャー、なのか……? いや、違う。あれは……」

 

 魔物(クリーチャー)などではない。あれは化物(クリーチャー)だ。

 同じ異形の生命だろうと、あれは己のよく知るものとは、まったく別のもの。架空の存在としてでしか生きられないような、怪物だ。

 そうに違いない。そうだと、思いたい。

 こんなものが現実に存在するなど、信じたくない。

 

「はぁ、ふぅ……う、お、ぇ……!」

 

 息を吸い込み、吐き出す。生臭い臭気で、胃の中のものまで吐き出してしまいそうだった。

 なんとか正気を保とうと、自分の言い聞かせる。

 

「これはどうしたら……なにか知ってる? アポロン――」

 

 と、そこで気付く。

 そこに相棒がいないことに。

 

「……マジかよ。クソッ、どうなってるんだ……」

 

 腰に手を伸ばすと、デッキはある様子。ただ、彼の声だけは聞こえない。

 頼れるものはいない。ただ一人、この謎の祭儀場へと導かれてしまった。

 これは神話に関与する出来事なのか。それとも――

 

「……考えても仕方ない、か」

 

 というより、手掛かりがない。

 とにかくこの場から脱出しなければならない。あの半魚人の如き異形とは、関わってはいけない。

 しかし、出口はどこにあるのか。

 少しでも情報が欲しい。半魚人たちが巣食う広間に、聞き耳を立てる。

 奴らの言っていることは、まるで理解できない。なにかしらの言葉を発しているようではあるが、人語ではない。

 しかしどうも、同じフレーズを繰り返しているようなことだけはわかった。

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■ ふたぐん! 

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■ ふたぐん! 

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■ ふたぐん!

 

 

 

 意味はまるでわからないが、音としては、そう聞こえる。

 だがフレーズの一部分だけ、なぜか聞こえない。いや、聞き取れない。

 脳がその言葉だけを拒絶しているかのように、その箇所だけノイズがかかったように、音がぶれる。

 まるで、その冒涜的な名前を聞いてはならない、とでも告げているかのように。

 その讃歌のような呪詛の如き声を聴いていると、またも気が狂いそうになる。

 狂気を振り払うように、意識を別のところへと向ける。物陰に隠れながら、広間の様子を再び探る。

 そうして、吐き気を催すような禍々しさを堪えつつ、広間の隅から隅まで注視する。

 そこで奥の壁の端に、横穴が空いているのが見えた。

 

「あそこは、出口か……?」

 

 他に出口らしきものは見当たらない。

 念のために後ろに下がり、背後の暗闇も手探りで探してみるが、ゴツゴツした岩肌に触れるばかりで、なにかがある様子はない。

 となるとあの横穴しか進む道はない。しかし、あの横穴に入るためには、魚人らが集う広間を横切らなければならない。

 つまり、あの異形共の中に飛び込むということ。

 

「……やるしかない、か」

 

 あの様子では機敏に動くこともないだろうと、腹を括る。

 覚悟を決め、呼吸を整え、目標を見定める。

 そして――駆け出した。

 一直線に、横穴目掛けて疾駆する。

 当然、異形の魚人共はその姿を視認する。わけのわからない声を上げながら、ベチャベチャと不愉快な水音を立てながら追ってくる。

 とはいえ、予想通り動きは鈍い。これなら追いつかれるということもなく、横穴まで到達できそうだ。

 

「っ、とと……!」

 

 後ろから追いつかれはしなくても、正面に立って立ちはだかられる。

 もっともそれも、軽く横から抜いてしまえたが。

 どうやら横穴を目指して走っているという意図には気付いていないようだ。そのまま走って、走って、走り続けて、横穴に飛び込む。

 さぁこの先にはなにがある、と身構えたところで、血の気がサァッと引いていく。

 

「嘘、だろ……!?」

 

 その先は――なかった。

 なにもなかった。ただ岩肌が壁のように存在するだけで、出口もなにもない。

 ベチャ、ベチャ、と音が聞こえてくる。

 

「っ!」

 

 振り返ると、生臭い臭いが鼻をつく。

 そして、ギョロリと瞬きできない目を見開いた異形の魚面が、大群となって押し寄せてくる。

 完全に袋小路だ。逃げ場はない。

 最初から、出口などなかったのだ。

 

「あ……く、来るな……!」

 

 ベチャベチャと音を立てて迫ってくる怪物たち。奴らから逃れるように後ずさるが、それもすぐに止まる。

 背後の岩壁が、後退を阻む。

 あの魚面に捕まったら、どうなってしまうのだろうか。

 殺されるのか。喰われるのか。それだったら、まだいいのかもしれない。

 なにかおぞましいものの供物として捧げられるのかもしれない。

 あるいは、奴らの同胞を生む者として、使われるのかもしれない。

 “奴らと同じ存在”に、なってしまうのかもしれない。

 際限なく恐怖が湧き上がる。狂気が、精神を蝕む。

 

「あ……」

 

 魚面が、不愉快な水音と、生臭い臭いを発しながら、また一歩、また一歩と、近寄ってくる。

 もう、どうしようもない。逃げることもできない。戦うこともできない。

 できるのは、祈ることだけだった。

 恐怖で掠れた声で、縋るように、祈るだけだ。

 

「……アポロン……!」

 

 相棒の名を呼ぶ。相棒は姿を現さない。

 しかし、

 

「っ!」

 

 虚空で、炎が揺らめき、光が瞬く、風が巻き起こる。

 空間が引き裂かれたかのように、そこが裂け目となり、なにかが、飛び出した。

 それは真っ白な鳥だ。鴉のような姿をしているが、どういう鳥なのか、判別がつかない。まるで見たことのない鳥だ。

 そして同時に、その鳥が現実ならざる存在であることも、直感的に理解した。

 つまり、これは自分のよく知る異形の魔物なのだ。

 

 

 

「……変な空間ができていると思って覗いてみれば、本当におかしなところに出て来てしまったね」

 

 

 

 その鳥は明瞭で、確かにこの耳で理解できる言葉を発した。

 

「これは海洋神話の眷属……なわけないか。流石にこんな醜悪な怪物を使役はしてなかったはず。というかこの閉塞空間は、やっぱりそういうことか。あれは神話のクリーチャー……のようだけど、妙だな。僕でも知らない神話がいる? ならばあるいは、あれは創造の……」

「お、おい! お前は……なんだ?」

 

 一人でぶつぶつと呟いている鳥に、声をかける。

 するとその鳥は、くるりとこちらを向いた。

 

「君がこの夢の主か。またとんでもないものを受信してしまったものだね、君も。僕の主人と同レベルの巻き込まれ体質と見た」

「ゆ、夢? これは、夢なのか?」

「大雑把に言ってしまうとね。あぁでも、夢だからって死んでもいい、なんて思わないことだよ。ただの夢じゃないからね。タチの悪い悪夢さ。ここで死ねば、君の精神も死ぬ。目が覚めたら正気を失って廃人さ」

「どういうことだよ……お前、なにか知ってるのか?」

「僕はなにも知らない。ただ、知ってることから分析しただけだよ。神話の叡智をも容易く超えてしまうからね、多重の重なった世界ってやつは」

 

 鳥は答える。どこか一方的に話をされているような感覚だった。

 とはいえ言葉は通じるし、敵意はなさそうで、少なくとも敵対者ではないようだ。そこは安心できる。

 そして同時に、気になることも出て来た。

 

「お前、さっき海洋神話とか言ってなかったか?」

「うん? まあ、確かに言ったけど」

「ってことはお前、アポロンたちと……神話(メソロギィ)カードと、関わりがあるクリーチャーなのか?」

「……アポロンだって?」

 

 その名前に、鳥は反応を示す。

 

「なぜ君がその名前を……いや、いや。それはいい。この僕にとってそれはもう終わったこと。けれど、そうか。君はかの太陽神話を知るものなのか。そうか……」

 

 一人でうんうんと頷いている。

 その間にも魚面は迫って来ており、もう手が届きそうなほどだ。

 

「その……悪い、助けてくれ」

「いいだろう。僕個人としては君のことはどうでもいいんだけど、目の前で発狂されても寝覚めが悪い。それに、君が太陽神話と繋がりのある者なのならば……君の世界では、まだ、希望が残っているのかもしれないしね。それは僕が失くした希望だ。関係ない世界の出来事とはいえ、見過ごせないな」

 

 鳥は迫ってくる魚面を、足の爪で引っかき、最も手近な一体を蹴倒した。

 

「どうやったら、ここから出られる?」

「さっきも言ったけど、ここは君の夢、精神世界だ。つまり、最初から出口はない」

「な……」

「ただし、君に干渉した何者かの意志が存在する。その悪意が君から悪夢を引き出しているんだ」

「え、えっと、つまり……どういうことだ?」

「希望を持って進め。光ある世界を目指せ。狂わずに、悪意の思念を振り払え。さすれば、自然と夢から覚めるだろう、ね」

「希望……光……?」

 

 どういうことか、よくわからない。

 抽象的で曖昧な言葉だ。具体的にどうすればいいのか、まったくわからない。

 

「君の希望を見せてくれ。そのための場は、僕が用意しよう」

 

 そう言って、鳥は羽ばたく。

 白い羽が舞い散り、空気が一変する。

 寒々しさが和らぎ、ほんの少し、温かい。

 まるで、陽の光が差すかのように。

 そしてこの空気感――変じたこの空間には、覚えがあった。

 

(これは……神話空間……?)

 

 いつの間にか、鳥はいなくなっている。代わりに、デッキがそこにあった。それを無造作に掴み取る。

 魚面たちも、こちらに近づいてくる様子はない。否、近づけないのだ。

 奴らは五枚の盾、城塞の如きシールドによって、進路を阻まれているのだから。

 

「デュエマしろってか……じゃあこいつら、クリーチャー、だったのか……?」

 

 群れの中から、他の個体と少し風体の違う魚人が進み出た。

 姿形はほぼ同じだが、その手にはくたびれた本を持っており、法衣らしきものを纏い、神官のような帽子をかぶっている。

 奴らの中でも上位の存在、司祭かなにか、だろうか。

 司祭魚人が冒涜的な呪文を唱えると、その眼の前にも、シールドが展開される。

 これで、準備は完了した。

 覚えがあるようで未知の、禍々しくも冒涜的な、儀式の戦いが――

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

 司祭魚人は、わけのわからない呪文を唱える。

 まるで耳に馴染まない、この世のものとは思えない、奇々怪々な祝詞。

 その禍々しくおどろおどろしい詠唱によって、魚人が携えた魔本が怪しく輝く。

 

 

 

■■■経典 水文明 (2)

呪文

・Sトリガー

・次のうちいずれか1つを選ぶ。

▼カードを1枚引く。その後、自分の手札を1枚、裏向きにしてバトルゾーンに出す。それは《深きものども ■■■■■》になる。

▼バトルゾーンのコスト5以下のクリーチャーを1体選ぶ。そのクリーチャーを裏返す。それは《深きものども ■■■■■》になる。

▼このターン、次に召喚する水の■■■■■・■■■■■1体のコストを、バトルゾーンにある《深きものども ■■■■■》1体につき2少なくしてもよい。ただしコストは0以下にならない。

 

 

 

 ベチャッ、と気味の悪い水音が鳴り響く。

 見ればそこには、ギョロリと目を見開いた魚面の異形が、佇んでいた。

 

「っ、本当に、なんなんだよこいつ、気持ち悪い……!」

 

 醜悪な容姿も、生臭い臭気も、生理的嫌悪を引き出すには十分すぎる。

 それに、それだけではない。なにかもっと恐ろしい、自分の、あるいは人知をも超越するようなおぞましさがある。

 この魚面だけではない。その背後に、なにかがあるような。

 そんな気がしてならない。

 と、その時。

 ふっと、世界が明るくなった。

 いや、そうではない。光の量は、明るさは変わらない。

 しかし確かに、世界は明瞭になった。この場所がどこかが、ハッキリした。

 それは視界が、ということなのか。意識が、ということなのか。そこだけは、どうにもハッキリしないが。

 岩礁の下に穿たれた穴。奇妙にも海水が多く入り込まずに空洞となった洞窟。それが、この場所だ。

 ところどころ崩れてはいるが、この場所はあの魚面たちにとっては、奉ずべき存在を祀る神殿であり、奴らが生きて死ぬ、都市なのだ。

 

 

 

海底都市 ■■=■■■■ 水文明 (3)

■■■■■・フィールド

・このフィールドを展開した時、カードを1枚引く。その後、手札からクリーチャーを1体、裏向きにしてバトルゾーンに出してもよい。そうした場合、そのクリーチャーは《深きものども ■■■■■》になる。

・このフィールドがバトルゾーンにある時、パワーが0以下になったクリーチャーは裏返る。そのカードは《深きものども ■■■■■》になる。

・■■■■■・■■■―《深きものども ■■■■■》

 

 

 

 ベチャリ、と新たな魚面が生まれる。

 よたよたとおぼつかない足取りで、転倒し、蛙のように四つん這いで跳ね回る。そのたびに、ベチャッ、ベチャッ、と不愉快な水音を怪しく響かせる。

 

「ぐ……《コッコ・ルピア》!」

 

 火の鳥が、昏い洞窟に舞う。

 とても小さな灯だが、今はその小さな火でさえも心強い。

 この狭く、生臭く、禍々しく、冒涜的な世界では、孤独でいるのはあまりにも耐え難い苦痛だった。

 ベチャ、と三体目の魚面が現れる。ぞろぞろと集う化物に、気分が悪くなる。

 

「っ、《コッコ・ルピア》の能力でコストを2軽減! 《ボルシャック・NEX》を召喚!」

 

 火の鳥の笛が鳴り響く。その透き通るも猛々しい音に、一体の龍が呼び寄せられた。

 

「《NEX》の能力で、山札から《ルピア》をサーチ! 《ルピア・ラピア》をリクルート!」

 

 龍が咆哮する。さらに、新たな火の鳥が呼び寄せられた。

 如何な化物と言えど、相手は鈍重な魚面だ。単独で脅威となり得ることはまずないだろう。

 少なくとも単純な力では、この装甲纏いし機龍には及ぼうはずもない。

 その時だ。

 ぎゃあぎゃあと、魚面たちが喚き始めた。

 装甲の龍に恐れをなしたのか。

 否、そうではない。

 奴らは、讃えている。賛美の祝詞を唱えている。

 奴らが奉ずる神を、崇拝しているのだ。

 

 

 

いあ! いあ! ■■■!

 

いあ! いあ! ■■■■!

 

いあ! いあ! ■■■■■!

 

 

 

 その冒涜的な名前だけは、聞き取れない。しかしそれが、恐ろしいことであるということだけは、本能的に理解できる。

 気分が悪くなる。正気を失いそうになる。

 しかしそこには、自らが使役する龍に鳥。彼らが、我が身を守ってくれている。そのために気持ちは先ほどよりも、ずっと楽だった。

 それでも、予感のように存在する、恐怖だけは収まることはなかったが。

 

 

 

■■■秘密教団 水/闇文明 (5)

■■■■■・フィールド

・このフィールドを展開した時、手札からクリーチャーを1体、裏向きにしてバトルゾーンに出してもよい。そうした場合、そのクリーチャーは《深きものども ■■■■■》になる。

・自分のターンのはじめに、バトルゾーンにある《深きものども ■■■■■》の数だけ自分の山札の上から1枚を見る。その中からカードを1枚選び、手札に加えてもよい。その後、残りを好きな順序で山札の一番下に置く。

・自分のターンの終わりに、バトルゾーンの《深きものども ■■■■■》をすべて破壊してもよい。こうして破壊した《深きものども ■■■■■》の合計コスト以下のコストの水の■■■■■・■■■■■を1体、手札からバトルゾーンに出す。

・■■■■■・■■■―《深きものども ■■■■■》

 

 

 

 そこでハッと気づく。

 これは、いつか見た、神話の教団と似ている――否、そう称するのは人間として受け入れ難く、また彼女の友人として許しがたかった。故に、通ずるものがある、と形容する――と感じられた。

 慈悲と慈愛を貴び、狂信的な調和に憑りつかれた、信仰の集団。

 それを人は宗教と呼ぶ。

 宗教は人類の偉大なる発明というが、しかしそれが、人間だけのものとは言い切れない。

 つまるところ、この魚面たちも、奉ずる神があり、信ずる教義がある。

 それが正しき神である保証はなく、人間から見て邪教ではないとも限らないが。

 ベチャベチャと、新たな魚面が這い出て来る。生臭い呼気と体臭を発しながら、邪悪な教義を掲げて信者が集う。

 

「クソ、気味が悪い……こんなところにいられるか。《インフィニティ・ドラゴン》召喚! さらに、《NEX》と《ルピア・ラピア》でシールドをブレイク!」

 

 機龍と火の鳥が翔ける。狭い洞窟で飛翔し、長大な爪で、鋭い嘴で、信者たちを守る盾を砕く。

 また、ぎゃあぎゃあと信者たちが騒ぐ。今度は、明確に絶叫だった。攻撃されたと認識し、惑う声をあげた。

 するとまた、奴らは喚く。それは恐怖、命を乞い願う嘆願――ではないだろう。恐らくは、怒りだ。

 奴らにとってこの場所は、神聖な場所なのだろう。奴らの神を奉ずる、大切な場所。

 そして醜悪なる信者も、奴らにとっては同胞だ。神聖な神殿で暴れ、信者を傷つける。それは、奴らにとっては許し難い行為である。

 しかし奴らは弱い。恐るべき装甲の龍には、束になっても叶わない。

 大いなる力に、非力な民は祈ることしかできない。神に乞い、嘆願するしか術がない。

 司祭魚人は、また他の信者たちも、祈る。称える。希う。

 神が目覚め、我らを救済することを。

 愚直に、愚鈍に、醜悪に、冒涜的に、祈り続ける。

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■ ふたぐん!

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■ ふたぐん!

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■ ふたぐん!

 

 

 

螺湮城本伝(■■■■異本) 水/闇文明 (3)

呪文

・次のうちいずれか1つを選ぶ。

▼カードを1枚引く。その後、手札からコスト■以下の■■■■■・■■■■■を1体バトルゾーンに出す。

▼自分の山札を見る。その中から《■■■■■■■ ■■■■》を1枚選んで相手に見せ、手札に加える。

▼■■■■■・■■■■■を■体破壊する。そうした場合、手札からコスト■以下の水の■■■■■・■■■■■を1体バトルゾーンに出す。

 

 

 

 賛美の祈りと共に、司祭魚人が本の頁を捲る。

 あたりが、スゥッと寒くなる。

 瘴気のようなものが立ち込め、平衡感覚を失い、上下も左右も天地もわからなくなる。

 あらゆる方向から響いてくる、信者たちの冒涜的な賛美。合唱。

 狂気をまき散らす祝詞が、邪悪な神の復活を願う。

 信者の命を捧げて、大いなる邪神の目覚めを嘆願する。

 

 果たしてそれは――現れた。

 

 ぼぅっと、亡霊のように存在感がなく、明確な意志というものを感じないが、その姿は辛うじて、眼に見える。

 蛸に似た頭部は、触腕を無数に生やしている。巨大な鉤爪の伸びた手足には、水掻きが備えられており、水棲の何某かであることが窺える。体表はぬめぬめとしており、ゴムのような鱗のようなものでびっしり覆われ、またぼこぼこと瘤が至る所に見て取れる。背中には蝙蝠のような細い翼。そしてなにより――巨大だった。明瞭にその姿は捉えられず、正確な大きさはわからないが、まるで山のようだと思った。数百メートルはあるのではないかと思わせるほどに、その怪物は巨体だ。

 そのおぞましい姿は、まず間違いなく地球上に存在していいものではない。一目見ただけで、正気を失ってしまいそうだった。

 しかしそうならないのは、それがこの場に存在していないからだろう。

 どこかおぼろげで、蜃気楼のように揺らめいており、その存在をぼやかしている幻影。

 それはこの場に存在しない。ただの影でしかない。存在感はなく、意志も感じない。それは、意識さえも目覚めていない。

 それでも、身体を、精神を凍りつかせるほどの禍々しき威容を放っているのだから、恐怖する他ないが。

 しかしまだ、正気は保てている。

 まだ精神は、死んでいない。

 

「はぁ、はぁ……ぐ、うぅ……!」

 

 恐らくあの魚面たちは、この冒涜的で邪悪な神を、復活させようとしていたのだろう。

 もっとも力が足りなかったのか、完全に呼び覚ませたわけではないようだ。眠っている姿を、幻として一時的に見せつけている、程度か。

 お陰で助かった――とは、思えない。

 眠っている。存在していない。意識がない。

 しかしだからと言って、なにもしない、わけではなかった。

 

 

 

旧■■神話(■■■■・オールド・ワン) 夢見るままの■■■■■ 水/■文明 (■)

■■クリーチャー:■■■■■・メソロギィ ■■000

・このクリーチャーは《■■■■■■■ ■■■■》が■■■■いなければ攻撃できない。

・このクリーチャーまたは《■■■■■■■ ■■■■》が相手のカードの効果でバトルゾーンから離れる時、代わりに自分の■■■■■・■■■■■を1体破壊する。

・自分の場に《■■■■■■■ ■■■■》がある時に、■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■、■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■。■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■。

▼■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

▼■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。

▼■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■、■■■■■■■■■■■■■。

・■ブレイカー

・■■■■■・■■■―《旧■■神話 父なる■■■》《旧■■神話 母なる■■■■》《旧■■神話 ■■■■■の騎士■■■■■》《旧■■神話 ■■■■■■の長■■■■=■■》《■■■■の■■■ 右腕の■■■■》《■■■■■の星の落し子》

 

 

 

 いくら眠っていようと、それは死んでいるのではない。

 その思念だけは、生きている。そして思念が生きているのなら、古き世界を支配していた大いなる神は、その力を行使できる。

 ゴボゴボと、(あぶく)が立つ。

 ――神にも、格がある。

 上位の神、下位の神。神にも力関係が存在し、下位の神は、上位の神の眷属と成り得る。

 魚面たちは信者であり、神の眷属でもあるのかもしれない。

 そしてこの幻の邪神は、大いなる神だ。人知どころか、魚面共たちの理解さえも超えるほどの、超大なる邪神だ。

 であれば、これなる邪神が、同じ教義に連なる下位の邪神を眷属として使役できない道理はない。

 邪神の声なき呼び声に応じ、新たな、あるいは代替なる邪神が――蘇る。

 

 

 

旧■■神話 母なる■■■■ 水文明 (6)

■■クリーチャー:■■■■■・■■■■■ 9000

・自分のターンのはじめに、カードを1枚引く。その後、手札を1枚裏向きでバトルゾーンに出す。そのカードは《深きものども ■■■■■》になる。

・自分の《深きものども ■■■■■》は「ブロッカー」と「ウルトラ・セイバー:水の■■■■■・■■■■■」を得る。

・Wブレイカー

・■■■■■・■■■―《深きものども ■■■■■》

 

 

 

 幻影の邪神ほどではないが、見上げるほどの巨躯。昏い水底のように淀んだ眼球はギョロリと突き出しており、その下の鼻は低く広く、唇は弛みきっている。両手足には水掻きがあり、体表はぬめぬめしたゴムのような鱗に覆われていた。

 その姿は大いなる邪神との共通項も見て取れるが――それ以上に、魚面たちによく似ていた。

 まるで、かの信者たちの上位種であるかのようだ。奴らが奉ずる神としては、あまりにもおあつらえ向きだ。

 あるいはこの邪神は、魚面たちの祖なのかもしれない。

 なんにせよ、その姿はあまりにもおぞましく、おどろおどろしく、寒気がするほどに気持ち悪い。

 見た目の醜悪さも、生臭い臭気も、正気を失いそうな妖しい気配も、魚面の比ではない。

 そしてなにより、その邪神は、大いなる邪神と違い、確かな存在感がある。

 今にもその巨大な水掻きを振り降ろし、こちら潰してしまいそうだと思える。それほどに、あの邪神から危機感を、恐怖を覚える。

 

「あ……ぐ、か、ふぅ、ぐっ、うぅ……!」

 

 嗚咽のような声が漏れる

 ――こんなのに、どう立ち向かえばいいんだ。

 わかりきっていたことだが、こんな化物は、見たことも聞いたこともない。まるでわからない。

 もしかしたら、あの意地の悪い愚かな賢者なら、なにか知っているかもしれないが、自分は知らない。

 その未知が、更なる恐怖を駆り立てる。

 そもそも奴らは本当にクリーチャーなのか。こうしてクリーチャーが戦う戦場に立っているのだから、クリーチャーなのだろうとは思いたいが……

 あまりにも、性質が違いすぎる。大いなる邪神に至っては、規格までもが別物とさえ感じられる。

 ただひたすらに未知であり、異端である。

 未知なる恐怖は正気を奪い狂気に堕とし、正常な思考をも消し去る。

 

「くっ……あぁぁ!」

 

 半ば獣のような咆哮を上げる。

 新たな装甲龍を、そしてその龍が次なる火の鳥を呼び、そして――突貫する。

 龍と火の鳥。すべての力を以って、魚面と、邪神たちの懐へと、突っ込む。

 恐怖に駆られ、中途半端な力が暴走する。精神が蝕まれ、蛮勇が正気を唆し、愚かな前進を促す。

 魚面が壁となり、龍の前身は止まる。しかし二体の火の鳥は、教団を守る盾を打ち砕く。

 それは正気を失った前進であったが、我武者羅で、無我夢中の歩みは、魚面たちを守る盾をすべて破壊した。

 しかし、その代償も、決して小さくはない。

 

ボゴボゴ

 

グチュグチュ

 

ベチャベチャッ

 

「っ!?」

 

 龍たちの身体が、ボゴボゴと膨れ上がる。

 腕が、足が、胴が、そして頭が、ぐんにゃりとねじ曲がり、その形を変えていく。

 泡のように膨らんだかと思えば、水面のように静まり返る。しかし、そうなった時、もはや限界だった。

 

「お……ぐ、がはっ! おぇ、ぐぅ……っ!」

 

 胃の中のものを、すべてぶちまける。

 それは、それだけは、耐えられなかった。信じたくなかった。この眼を、正気を疑いたかった。

 

 “自分のクリーチャーが、魚面の信者へと変貌してしまうなど。“

 

「《NEX》……《インフィニティ》……僕の、クリーチャーが……」

 

 口元を拭いながら、彼らを見遣る。

 ギョロリと突き出た、瞬きもできぬ目玉。小さく、低く広がった鼻。ぬめりとした、鱗のような、ゴムのような体表。

 元は龍だった魚面は、奇怪な声を上げながら、邪神たちに平伏し、崇め称えている。こちらに敵意や害意はない様子だが、あちらを攻撃する様子もない。

 害あるものではないのは救いかもしれない。だとしても、共に戦う仲間が、同胞が、異形の怪物に変じてしまうなど、とても受け入れがたい、恐ろしい光景である。

 

 

 

深きものども(ディープ・ワンズ) ■■■■■ 水文明 (2)

クリーチャー:■■■■■・■■■■■ 1000

・このクリーチャーとバトルしたクリーチャーは、そのターンの終わりに裏向きになる。そのカードは《深きものども ■■■■■》になる。

・このクリーチャーは、バトルゾーンに水の■■■■■・■■■■■があるプレイヤーと、水の■■■■■・■■■■■、《深きものども ■■■■■》を攻撃できない。

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■!

 

いあ! いあ! ■■■■■!

 

いあ! いあ! ■■■■■!

 

 

 

 信者たちの、冒涜的な賛美の合唱が聞こえる。

 気持ち悪い。不愉快だ。狂いそう。逃げ出したい。

 その心的負担から、自分の身さえも、奴らに変じてしまうような錯覚に陥りそうになる。

 そう、先の龍たちのように。

 

「っ、う、ぉぇ……!」

 

 もはや吐き出すものもない。喉も胃も、枯れている。

 ただ全身を奔る鈍い痛みと、精神と共に蝕む不快感が蟠るだけだ。

 ゴボゴボ、と泡が立つ。

 泡は立ち上り、巨大な一つの形を作る。

 その創造、あるいは復活に、魚面の信者たちは、より一層、湧き上がる。

 それは、先ほどの邪神とほとんど同じ姿をしている。即ち、魚面たちを大きくしたような、醜悪で不気味な容貌だ。

 しかしその邪神の下半身は、人のようなそれではなく、魚のようなヒレがある。

 そしてこちらの邪神は、先ほどの邪神と比べると、些か男性的に見えなくもない。逆に、比較してみると先の邪神は、女性的に見えるような気がする。

 

 

 

いあ! いあ! ■■■!

 

いあ! いあ! ■■■■!

 

いあ! いあ! ■■■■■!

 

 

 

 三柱の邪神の復活に、信者たちはさらに湧く。冒涜的な賛美の合唱で、邪神たちを讃える。

 相変わらず、防衛本能なのかなんなのか、肝心の名前らしき箇所だけは、ノイズが走ったように聞き取れないが。

 もっともそんな本能も、無意味かもしれない。

 大いなる邪神は、もはや動く気配はない。しかし確かな存在感と、悪意を感じる二柱の邪神たちは違う。

 信者たちはより活発に跳ね回り、ベチャベチャと不快な水音を響かせる。

 それは当然、龍が変じたこちら側の信者も、だ。

 いや、違う。

 龍だけでは、ない。

 

「っ……!? う、そ……だろ……!」

 

 ベチャベチャと気味の悪い音を鳴らす数は――八。

 二つは、相手が呼び込んだ信者だ。では、残り六は?

 二つは、龍が変じた信者だ。では、残り四は?

 生き残った火の鳥たち、そして、新たに呼び込んだ装甲の龍の姿がない。

 代わりに、こちら側に、六体の魚面が、飛び跳ねている。

 それは、つまり――

 

「僕のクリーチャーがすべて……あいつらに……」

 

 

 

旧■■神話 父なる■■■ 水文明 (7)

■■クリーチャー:■■■■■・■■■■■ 11000

・バトルゾーンにある《深きものども ■■■■■》は、他の《深きものども ■■■■■》1体につきパワーが+1000される。

・バトルゾーンにある《深きものども ■■■■■》と■■■■■、■■クリーチャー以外のクリーチャーは、バトルゾーンにある《深きものども ■■■■■》1体につきパワーが-1000される。

・Wブレイカー

・■■■■■・■■■―《深きものども ■■■■■》

 

 

 

 血の気が引いていく。

 いつの間にか、周りは魚面の信者だらけだった。

 そこには信者しか存在していない。信者しか、存在できない。

 この世界は今、そんなおぞましい世界に変じてしまったのだ。

 奴らの奉ずる、神の復活によって。

 

「す……《スクランブル・チェンジ》! コストを下げて、《ボルシャック・クロス・NEX》を召喚!」

 

 本来なら神をも屠るほどの力を持つクリーチャー。しかしこの世界の異様な空気に蝕まれ、魂が淀み、その力は明らかに濁っていた。

 それは、彼らにとっての神と、この場に存在する神の定義が違うからか。

 やはり奴らは単なるクリーチャーではないのか。

 そんなこと、正気を失いかけた頭でいくら考えても、わかるはずもないのだが。

 

「……ターン、エンド……!」

 

 身が竦んで、前には進めない。その竦みは、もはや冷静さの証左かもしれなかった。

 邪神の復活で、信者たちは大いに賑わっている。奴らの力は、より一層、増している。

 対してこちらは、戦う力すら削がれている。変貌してしまった信者は戦力にならず、辛うじて姿を保っている龍も、本来の力のほとんどを失っている。

 あの邪神たちに飲み込まれる未来が、見えたような気がした。

 それは、予感か、預言か。

 どちらにせよ、それが真となるのは、そう遠いことではない。

 正に、今だ。

 ぎゃあぎゃあと信者たちが喚き、邪神が水掻きのついた手を振り上げる。

 二枚の盾が直撃こそ防ぐが、砕けた破片が、全身を刻む。

 あぁ、だがこの痛みは、知っている。いつもの、戦いの痛みだ。その見慣れた痛苦は、少しだけ安心できた。

 しかしその先に幻視される結末を想像すると、そんなささやかな安堵は、途端に凍りつく。

 さらに二枚、水掻きの手で押し潰され、割れ、砕かれる。

 魚面の信者が飛び掛かる。ぎこちない動きで、水掻きのついた諸手を振り上げて、襲い掛かる。

 最後の一枚。割れる。砕ける。

 

 

 

いあ! いあ! ■■■!

 

いあ! いあ! ■■■■!

 

いあ! いあ! ■■■■■!

 

 

 

いあ! いあ! ■■■!

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■!

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■!

 

 

 

 

 

いあ! いあ! ■■■!

 

 

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■!

 

 

 

 

 

いあ! いあ! ■■■■■!

 

 

 

 

 

 頭が割れそうだった。

 もう、ダメだ。

 正気を保っていられない。狂気に、飲まれてしまう。

 そうした方が楽だと。苦しみに抗うのは疲れたと。なにかが、告げている。

 なにもかもを捨て去り、放り投げ、信者と同じ道を辿る。もう、それで、いいだろうと――

 

「ダメに決まってるじゃないか」

 

 ――意識が、引き戻される。

 ハッと顔を上げると、そこにはあの、純白の鳥がいた。

 

「あんな連中と同じになる末路なんて、地獄だよ」

「…………」

「狂気に飲まれちゃいけないよ。君らは恐怖を振り払う者だろう? 少なくとも、僕の主人の小さな女の子は、そうだったよ」

 

 そうだ。

 ここで、消えたくはない。

 なにかを為したいだなんて、崇高な目的はない。

 守りたいものがあるだなんて、善性に溢れてもいない。

 それでも帰るべき場所はある。自分がいたい世界がある。

 それだけは、確かだ。

 

「待たせたね。少し、力を溜めていたんだ。僕は不完全な存在だからね」

「不完全……?」

「僕は太陽の片翼だ。もう一つの翼――相棒がいれば良かったんだけど、まあ、こんなわけのわからない悪夢の中だ、それは高望みってものだろう。そもそも僕の仲間なんて、彼女以外にはもういないのだけれど」

 

 鳥は羽ばたく。大空に向かって飛び立つように。

 散らばったシールドの破片が、手の内に集まってくる。

 最後の魚面の信者が、こちらに飛びかかってきた。しかし――

 

「S・トリガー! 《熱血龍 メッタギルス》! コスト5以下のカードを破壊!」

 

 その信者は、身体を八つ裂きにされ、肉塊となる。

 直後、龍の身体がゴボゴボと泡立ち、新たな信者と成り果ててしまった。

 

「あぁ、これは間近で見ると、気分が悪いね。友が、仲間が、異形の存在に変じてしまうとは……実に、不愉快だ」

 

 同胞がやられ、ぎゃあぎゃあと騒ぐ魚面の信者たち。

 しかしその怒りは、こちらも同じだ。

 ただ死ぬよりも恐ろしく、惨い結末を迎えさせられた。怒りの火が灯るのは、至極当然の帰結だ。

 

「君はまだ生きている。君はまだ、希望の火が灯り、希望の陽が昇っているはずだ」

「……あぁ。そう、だな」

 

 カードを引く。

 とても、暖かい。その熱は、とても覚えがあるようだが、少し違う。

 今はそれでもよかった。この寒く昏い世界で、暖かく熱い陽がここにある。

 それだけで、十分だ。安心できる。勇気が湧き上がる。希望が、持てる。

 装甲の龍が咆哮する。天高くまで届くような雄叫びを上げる。

 

「太陽を掲げてくれ。ただそれだけで、僕は総てを焼き払おう」

 

 言われるがままに、その一枚を天高く掲げる。

 この薄暗く、陽の光も当たらない世界に、その存在を示すかの如く。

 

 

 

 太陽が――昇る。

 

 

 

太陽神■ ■■■■■ 火文明 (7)

■■クリーチャー:■■■■・■■■■■/ファイアー・バード/アーマード・ドラゴン 11000+

・進化―自分の《太陽の■■■ ■■■》1体の上に置く。

・■■■■■・■■―バトルゾーンに自分の《太陽の■■■ ■■■》または《■■■■■》と名のつくクリーチャーがおらず、自分のファイアー・バードまたはアーマード・ドラゴンがバトルゾーンにいる時、■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■■■■火のクリーチャー1体の上に重ねて進化する。

・このクリーチャーをバトルゾーンに出した時、コスト6以下のカードをすべて破壊する。

・このクリーチャーがクリーチャーを破壊した時、山札の上から1枚目を表向きにする。それが火のドラゴンまたはファイアー・バードであれば、コストを支払わずにバトルゾーンに出してもよい。それ以外であれば、山札の一番下に置く。

・このクリーチャーが攻撃する時、攻撃する代わりにタップしてもよい。そうした場合、このターン自分の他のクリーチャーはすべて、パワー+5000され、「スピードアタッカー」を得て、それらのクリーチャーがこのターンはじめてバトルに勝った時アンタップする。

・Wブレイカー

 

 

 

 暗黒の世界で輝く陽光。あまりの眩さゆえに、そのすべてを見通すことはできない。御言葉の一部は炎で燃え、焼けている。

 しかし言葉が読めずとも、その力の行使に問題はない。

 太陽は既に、昇っているのだから。

 

「……アポロン」

 

 相棒の名を呼ぶ。しかし、この炎はかの神話の炎ではない。

 とても近い。神話の如き太陽の炎の再現と言っても過言ではないほどに、この炎はあの炎と熱、そして光と酷似ているが、それでも違う。

 かの神話の炎には届かない。性質こそ似ているが、大きさが違う。

 それでも、この寒々しく昏い世界を明るく照らすには、十分だ。

 

「アポロン、か。懐かしい名だ。もうその名を聞くこともないと思っていたが……」

 

 白翼にして片翼の太陽が昇る。白く燃える鳳。その姿はやはり、かの太陽神話と酷似しているが、違う存在である。

 白き太陽は、めらめらと炎を揺らし、ぼぅっと遠くを見遣る。

 

「生きてみるものだね。希望を持って生きていれば、こんな“奇跡”にも辿りつける、か。夢のようだよ」

 

 夢だけど、と太陽は笑う。

 そして、こちらを向いた。

 

「少年。希望を持ちなよ」

「き、希望……?」

「そう、希望だ。君が僕ら太陽神話とどう関わっているのかは知らないが、君がその神話の担い手に、あるいはそれに準ずる何某かであろうとするのなら、君自身が、太陽の在り方を忘れてはならない」

 

 太陽は白き片翼を羽ばたかせる。

 炎が、舞い上がった。

 羽のような火の粉が散り、竜巻の如き火柱が上がる。

 焼き払う。その言葉通り、悪魔の岩礁下にある洞穴は、白き炎が燃え広がる。

 魚面の信者たちが喚き、惑い、走り回る。神を、奴らの奉ずる邪神を守らんと、その身を焦がす者もいた。

 それでも、燃える。寒気を、冷水を、なにもかもを焼き焦がし、蒸発させていく。

 ぎゃあぎゃあと死にぞこないの信者たちが騒ぐ。断末魔のような叫び声。焦熱地獄の如き世界。

 それでも太陽は昇る。その炎天で以って、総ての命を、魂を、照らすために。

 

「太陽の光は苛烈だ。その炎は熾烈だ。けれど、世界には陽の光がなければならない。それが、総ての者を導く灯火であり、標であるからね」

「標……?」

「あぁ。たとえ魂を焼き焦がそうとも、太陽は昇り続け、輝き続けなければならない。あまねく民の希望の光でなくてはならない」

 

 再び、太陽は羽ばたく。

 白羽が舞い散り、熱風が竜巻の如く渦巻く。

 その風で、信者たちはすべて蒸発した。

 枯れ果てた邪神が、辛うじて生きている。しかし、信者を失い、邪神たちは消えかけている。大いなる邪神も、陽炎のように、その姿が薄らいでいた。

 

「君の光は些か弱くはあるけれど、なに、大丈夫だ。僕の主だって、ちっぽけな火しか灯せなかった。それでも彼女は、光となれたんだ。君だって太陽となれるさ」

 

 太陽は拳を握り締めた。

 三度目の羽ばたきは、飛翔。

 太陽は昇り、宇宙(ソラ)を翔け、邪神へとその拳を振り上げる。

 

 

 

「諦めるな。希望を失うな。進め。天へと昇って輝け、少年。それが我ら――太陽神話だ!」

 

 

 

 暗い星たちの世界。その中で、めらめらと燃え盛る白い陽。

 片翼の太陽は、拳を振り降ろし――すべてを焼いた。

 夢も、現も、命も、魂も、崇拝も、信仰も、邪神も、神話も。

 光り輝く太陽の炎で、総てを、燃やし尽くした――

 

 

 

◆ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ ◇

 

 

 

「――お兄ちゃん!」

「うわっ!」

 

 鋭い声で、身体が跳ね上がるように起こされる。自律的に身体を動かしたはずなのだが、その動きはほとんど反射だった。

 そこは、ほんのりと人肌の温もりがある。柔らかな布の感触。そしてなにより、明るい。

 岩礁の洞窟、ではない。そして、そこにいるのも、魚面の信者ではない。

 

「あ、(あきら)……?」

 

 見慣れた妹の姿。彼女は少々不機嫌そうだった。

 

「やっと起きたし。もう、いつまで寝てるのさー。早く朝ご飯食べてよ、洗いものしなきゃなんだから」

「あぁ……えっと……」

「? どしたの?」

「暁……だよな?」

「はぁ? あったりまえじゃん。私が私以外に見えるの? あ、ゆずや小鈴(こすず)に見えたとか? 私もおっきくなったかなぁ」

「いや、それはあり得ない。そうだよな、あり得ないよな……」

「む、その言い草はちょっぴりムカつくけど、まあいいや。早く起きてご飯食べて。さっさと洗いもの済ませて出かけたいんだから」

「出かける? どこか行くのか?」

「小鈴と(こい)と、あと一騎(いつき)さんと……まあ、ちょっとね。お兄ちゃんには関係ないよ」

「そう、か……悪い」

「わかったら早くしてねー。まったく、四月の初っ端から、お兄ちゃんはぼんやりしてるなー」

 

 などと苦言を漏らしながら部屋から出ていく妹。奴も近頃は、以前に比べて大人しくなったというか、思慮分別がつくようになったというか……なにがあったのかはわからないが、なんにせよ、落ち着き始めたのはいいことだ。

 それよりも、と机の上のデッキケースへと手を伸ばす。

 そこから、一枚のカードを抜き出した。

 

「アポロン」

「ん……? あぁ……おはようだ……」

 

 カードの中からひょっこりと小さな顔が飛び出す。その眼は眠そうだった。

 ――やっぱり似ている。けれど、確かに違う。

 悪夢の内容を思い出す。実感は薄らいでいる。正しく夢幻の如く、揺らいでおぼろげに消えていく。

 やはりあれは、夢、だったのだろう。

 とても、とても恐ろしい、夢。

 

「なぁ……アポロン」

「んん、なんだ?」

「……いや、やっぱりいい。なんでもない」

「? 変な奴だな」

 

 デッキケースを置いて、カーテンを開ける。

 隙間から差し込んでいた光が、バァッと部屋の中に入り込み、この小さなく狭い世界を明るく照らす。

 

「太陽……」

 

 明るく、暖かな日差しに、陽気。

 その輝きに、暖かさに、夢から覚めたことを自覚する。

 それにしても、あのクリーチャー紛いの怪物は、なんだったのだろうか。

 神話カードのようではあった。しかし自分たちの知るものとは、どこか異質なもの。

 

「神話……か」

 

 ひょっとしたら、まだ見ぬ未知の神話が、あるのだろうか。

 神ならざる神話。伝承ならざる創作。

 数多の民が空想し、寄り集まったものが神話と呼ぶのなら。

 ただ一人の想像が形となり、世界へと伝播した架空の神性もまた、神話であるのか。

 皆に伝えるべきか、考えた。

 少し考えて、やめた。

 あんなおぞましい悪夢、思い出したくもないし、話したくもない。

 故にこれは、ただの夢だと、少し不運だっただけの悪夢だと、切って捨てることにした。

 そうだ。こんな現実は、あっていいはずがない。

 調和と秩序こそが神話だ。

 狂気と混沌に塗れた邪神が、神話であろうはずがない。

 あんなものは、伝承ではない。妄想と想像の産物だ。

 ――虚構でしか、ないのだから。

 

 

 

 四月一日(エイプリールフール)

 空城夕陽は、そんなタチの悪い(フィクション)から、目覚めたのであった。

 それが真に虚構なのか、虚ろなる現実のものなのか。

 彼はまだ、知らない――














ふんぐるい むぐるうなふ ■■■■■ ■■■■ うがふなぐる ふたぐん

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