氷川紗夜の苦悩   作:ミルティッロ

2 / 6
2日目 報われない努力

今日は土曜日。

学校も無いので、日菜も私を起こしに来ることも無い、静かな日。

私は、どうしてこうなってしまったのか。

その答えは夜が明けても、見つかることは無かった。

まあ、それはあくまで昨日の話。

今日は何をしようか。今はまだ、朝の七時。

眠たいし、もう一度夢の世界にでも行こうか。

そんなふうに思考を巡らせていた、その時だった。

 

「おねぇーちゃーん!!!!」

 

下からドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえる。こんなに音を響かせながら階段を登るのは、まず間違いなく妹だろう。

 

「朝から日菜は元気ね...」

 

そんなことを言ってるうちに、ドアを吹き飛ばしかねない程の力でバタン!と彼女は私の部屋に飛び込んできた。

 

「おねーちゃん!お客さんが来てるよ!」

 

「お客さん?こんな朝早くにに誰かしら?」

 

「ん〜?まあ、誰でもいいじゃん!とにかく会ってみてよ!絶対 るんっ♪ てくるから!」

 

「えっ、えぇ...」

 

日菜の勢いに押され、寝ぼけ眼な私の腕を、日菜はどんどん引っ張り玄関へと向かう。

ここで腕を振り払って、仮病かなんかを使って逃げるべきだった。

よくよく考えてみれば、私の必ずいる時間に匿名で会いに来る人なんて、あの人しか考えられないのに、寝起きの私はそこまで頭を回すことが出来なかった。

眠い目を擦りながら玄関のノブを回す。

擦り終わった私の目に飛び込んできたのは

 

 

 

 

「おはよう、紗夜。」

 

見慣れたはずの銀髪だった。

 

「はぁ...」

 

けれども、その銀髪を見て出たのは、大きなため息だけだ...

 

 

 

 

日菜が朝ごはんをテーブルの上に置いた。

2週間、私達のご飯の当番は日菜である。

親が仕事で忙しいときは、2週間で当番が変わるようになっていて、最近、日菜に当番が回ったのだ。

しかし、タバコを舌の上に咥えている私には、他人が満足する様な料理を作ることが、もう出来ないかもしれない。

そんな杞憂に近い事を考えていると、湊さんが、私のことをじっと見ている事に気づいた。

きっと、早く本題に入りたくてうずうずしているのだろう。...しかたない...

 

「なぜ、こんなに朝早くにうちを訪れたのですか?」

 

「今日は授業参観なのだけれど、早く家を出すぎてしまったから、寄らせてもらうことにしたのよ。」

 

嘘だ。

羽丘で授業参観があるのは本当だが、あるのはB組で、湊さんのA組は休みのはずだ。

何より、三度の飯より今井さんの湊さんが、今井さんを置いて登校している事が、それを裏付ける決定的な証拠だ。

けれど、嘘だと突き放すのはまだ早い。

すぐバレる嘘ではあるが、嘘をついてまで私と話したいことがあるということはわかった。

そして、ここまで来れば湊さんの話したいことはだいたい分かっているし、それについて私もちょうどケリをつけたいと思っていたところだ。

 

「日菜、片付けは私がやっておくから、学校に行きなさい。」

 

「えー?でもおねーちゃん、まだ学校に行くには早いよ?」

 

「先生に呼ばれているんじゃなかったかしら?」

 

「あっ!そーだった!ありがとおねーちゃん!」

 

付けていたエプロンを外し、バックを持って飛び出していった。

 

「忘れ物、してないといいわね。」

 

「あの子は天才なので、心配なんて必要ありませんよ。」

 

「そう...それならいいわ。...... じゃあ早速だけど、

 

 

 

 

 

 

Roseliaに、帰ってきて、紗夜。」

 

「......」

 

やっぱり、この話か。

 

「私は、もう戻るつもりはありません。」

 

「それはあなたの本心なのかしら?」

 

「はい、もちろんです。」

 

「はぁ...。気持ちは変わらないのね。」

 

「もう、私のことは諦めて下さい。あれから1度もギターも引いていませんし。」

 

「そんな事は関係ないわ。私達には紗夜が必要なの。あの5人だからRoseliaなのよ!? 1人でも欠けたらダメなの!」

 

私は小声で反論した。

 

「そんな脆いRoseliaなら、さっさと解散した方がいいのに...」

 

パシンッ!

 

頬を平手打ちしたときの乾いた音が、部屋中に響いた。

 

「...... もう帰るわ。」

 

私は真っ赤になった頬を彼女に向けたまま、黙った。

 

「ほひほうはま」

 

皿の上のパンを頬張り、そう言って牛乳を喉へと流し込んだ後、彼女早足で玄関へ向かって行った。

 

「私は諦めないわよ!あなたがRoseliaに戻るって言うまで!」

 

負け犬が玄関でそう叫んだ後、力任せにドアを閉めた音が今度は家中に響いた。

 

そうして私1人になったリビングには、イキリちらした静寂が、これみよがしに幅を利かせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...っていうことがあったんです。」

 

所変わって、ここはとあるジャンクフード店。

美咲がふらっと立ち寄ったその店は、丁度お昼時で人が多く、席を探していた所に、一人でポテトを食べている紗夜を見つけたわけだった。

 

「へぇ〜。湊さんが家に...ですか...。」

 

「全く、いい迷惑でした。」

 

「それにしても、紗夜さんもこんなジャンクフードのお店に来ることがあるんですね。」

 

「...きょ、今日はたまたまです。

日菜に昼ごはんはジャンクフードでも食べてきてくれと頼まれたからであって...」

 

「随分とピンポイントですね...」

 

(しかもポテトバクバク食べてるし)

 

紗夜の右手に着いた塩の量はまさにえげつなく、ゆっくりとしたペースで食べている美咲の3倍を優に超える量。まず普通のスピードで食べていないことは明白だった。

 

「まあ、それは今話すべきことではありません。相談したいのは、Roseliaについてなのですが...」

 

「あー、はい!!分かります。どうやってみんなと仲直りしてRoseliaに戻るか、ですよね。」

 

「いえ、どうやってRoseliaと縁を切るかです。」

 

「...... それ、本気で言ってます?」

 

「もちろん本気です。私が奥沢さんに嘘をついたことがありましたか?」

 

「ゼロとは言わないですけど...」

 

「ゼロです! って、話を逸らさないで下さい!」

 

「あーすいません。でも、それは無理な相談ですよ。」

 

「どうしてですか?」

 

「Roseliaのみんなは、紗夜さんが大好きですもん。みんな同じように、紗夜さんに帰ってきて欲しいって思ってますし。」

 

「そんな事、あなたに分かるんですか?」

 

「分かりますよそれくらい。だって紗夜さんがいる時のRoseliaは今より数倍輝いてましたから。」

 

「......」

 

「もう諦めて、ちゃんと謝って、Roseliaの所に戻ってあげてください。私もRoseliaの皆さんが悲しんでるの見るの辛いんで...」

 

「諦める...ですか。」

 

「大丈夫です。今ならタバコもやめて、何をしたか私は知らないですけど、しっかり謝れば、絶対許してくれますよ。仲間なんですから。」

 

「そう...ですかね。やっぱり、許してくれますかね...」

 

「大丈夫です。絶対に。」

 

今まで曇っていた私の行先に、一筋の光が刺した。

その光を掴むために歩きだす。

ゆっくりと、そして確実に。

そう、私の心が決まったときだった。

 

甘いのだ...何もかも。

信頼出来る後輩を前に、強がっただけ。

自分の罪の重さから、逃れようとしてるだけだと...

 

「あっ!おーい!みさきー!」

 

「あこ!?どうしてここに?」

 

「おねーちゃんと待ち合わせして...」

 

奥沢さんを見つけたことによる、友達に出会ったときの驚きと喜びが、私と目が会った瞬間、驚きと恐怖に染まっていくのは、誰が見ても明らかだった。

 

「...お、お久しぶりです...紗夜...さん。」

 

会いたくない人に、会ってしまった。

声には出さなくともあこの目は、その意思を全面に押し出していた。

 

「......」

 

ガタッ

 

私は走り出した。

店を勢いよく飛び出し、ひたすら走り続けた。

どうして、どうしてだろう。

私が希望を持った瞬間に、どうしてそれをうち壊そうとするのだろうか。

頬を伝う涙は、一体何が理由で流れているのか。分からなかった。

もう自分のことすら理解できなくなっていた。

 

なんで...

 

なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!

 

 

ガッ っと腕を掴まれた。

涙でほとんど見えない目でも、奥沢さんの瞳の光が見えた。

 

「紗夜先輩!待ってください!」

 

「なんでなんですか...」

 

「きっと誤解があったんですよ!落ち着いて戻って話し合いましょう!」

 

「どうして!どうして私がこんな辛い思いをしなきゃいけないんですか!私は誰よりも!何よりも努力してきた!それなのに!努力なんて無駄だと現実を叩きつけられ!たった一度の誤ちで!恐怖の目を!軽蔑の目を向けられて!理不尽じゃないですか!どんなに積み重ねても!積み重ねても!!1度崩れたら無かったことになる!なら、私は、私は、もう」

 

言葉を遮られた。

奥沢さんに抱きつかれることによって。

 

「落ち着いて下さい。......それにそんな悲しいこと言わないで下さい。

確かに積み重ねたものは崩れたら無くなっちゃいます。でも、きっと何か大切なものが残りますよ。だって、無くなるんじゃなくて崩れるんですから。

その失敗を踏まえて、更に崩れにくいように積み上げていけばいいじゃないですか。」

 

「...あなたに、あなたに何がわかるんですか。」

 

私は抱きついたままだった奥沢さんをひき離した。

 

「......」

 

「分かりますか私の気持ちが!そうやって信じて!何度も何度も、色んなものを積み重ね続けて!そしてギターに出会い!ギターを信じて、今まで頑張ってきたのに!それなのに!あんな目を向けられるんですよ!頑張りなんて、結局全部無駄になるんですよ!だから私は、二度となにかを積み重ねたりはしない......したくないです!」

 

「...そうやって逃げるんですか。紗夜先輩。」

 

「...なんですって?」

 

ぴくりと、紗夜の耳が動いた。

温厚だったかつての紗夜の面影は無く、美咲の眼前にいるのは、逆鱗に触れられ怒り狂った、凶暴な獣だ。

 

しかし、彼女が臆することは無かった。

 

「確かに先輩が何度努力を積み重ねたか私は知りません。でも、そうやって逃げることが、いい事だとは思いません。辛いことはあります。逃げたくなることもあるし、逃げちゃうこともあります。でも努力からも逃げちゃったら、後は何も残りませんよ。あっ、でもチキンっていう称号は残るかもしれないですね!」

 

「奥沢さん...あなたいい加減に」

 

「いい加減にしません。紗夜さんに逃げて欲しくないんで!」

 

思いっきり胸ぐらを掴んでやった。

私との身長差的に、奥沢さんが上を向いて、足先で立つ状態になる。

こうなると中々抵抗出来ない。つまり奥沢さんは、私に攻撃されたら、対処出来ない状態なのだ。

しかし、それでも彼女の目に、恐怖が浮かぶことはなかった。

その体制のままこちらが睨み付けると、キリッとした目付きで、こちらを睨み返してくる。

一発ぶん殴ってやろうか。そんなことを考えた瞬間だった。

 

「美咲ちゃんに、紗夜ちゃん...? 何やってるの?」

 

「花音さん...」

 

目の前のコンビニから、商品の入った袋を持って、松原さんが出てきた。

思わず、胸ぐらを掴んでいた手を放した。

 

「ふえぇ... もしかして、喧嘩、とかじゃないよね?」

 

私達は黙ったまま、そっぽを向いた。

少しの沈黙が流れたあと、私はゆっくりと、しかし力強く切り出した。

 

「今日は帰ります。もう、追ってこないで下さいね。」

 

私は歩き出した。

もう、走る気力すら残っていないから。

 

 

 

「大丈夫?美咲ちゃん。」

 

「...助かりましたよ花音さん。それにちょうど良かった...1つ、手伝って欲しいことがあるんですよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タバコを吸いながら、家へと向かう。

足取りはフラフラとしていて、足元がおぼつかない。

これもタバコの影響かしら...

なんてことを考えていると、さっきの奥沢さんの言葉を思い出す。

 

「しっかり謝れば、絶対許してくれますよ。

仲間なんですから。」

 

「仲間...仲間、ですか。」

 

今の私に最も似合わない言葉だなと思った。

Roseliaを裏切り、妹を裏切り、後輩に暴力を振るおうとし、それを同級生に見られる。

今の私は完全に孤立している。

だが、これで良かったのかもしれない。

もう、誰も傷つけたくないから。

 

「あっ!おかえり。おねーちゃん。」

 

疲れきった心で、疲れきった足をどうにか動かして、リビングのソファーに倒れ込む。

 

「どうしたのおねーちゃん!?」

 

「ごめんなさい日菜。今は少し寝かせて。」

 

私はそう言って目を閉じた。

昨日より嫌な1日だった。

もう いやだ

 

 

 

 

 

 

 

「おねーちゃん...?おねーちゃん、もう寝ちゃったの?」

 

あたしはおねーちゃんに声をかけてみる。

どうやら本当に一瞬でぐっすり寝てしまっているようだ。

相当疲れていたのだろう。

 

「もう、こんな所で寝たら風邪引いちゃうのに...」

 

あたしはブランケットを持ってきて、おねーちゃんに掛けてあげた。

 

「おやすみ。おねーちゃん。いい夢見てね。」

 

あたしはそう言ったあと、起きた時の食べ物の準備を始めた。




pixivから持ってきたものです。
感想、評価、ご意見等お待ちしてます!貰ったら飛んで喜びます!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。