今日は土曜日。
学校も無いので、日菜も私を起こしに来ることも無い、静かな日。
私は、どうしてこうなってしまったのか。
その答えは夜が明けても、見つかることは無かった。
まあ、それはあくまで昨日の話。
今日は何をしようか。今はまだ、朝の七時。
眠たいし、もう一度夢の世界にでも行こうか。
そんなふうに思考を巡らせていた、その時だった。
「おねぇーちゃーん!!!!」
下からドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえる。こんなに音を響かせながら階段を登るのは、まず間違いなく妹だろう。
「朝から日菜は元気ね...」
そんなことを言ってるうちに、ドアを吹き飛ばしかねない程の力でバタン!と彼女は私の部屋に飛び込んできた。
「おねーちゃん!お客さんが来てるよ!」
「お客さん?こんな朝早くにに誰かしら?」
「ん〜?まあ、誰でもいいじゃん!とにかく会ってみてよ!絶対 るんっ♪ てくるから!」
「えっ、えぇ...」
日菜の勢いに押され、寝ぼけ眼な私の腕を、日菜はどんどん引っ張り玄関へと向かう。
ここで腕を振り払って、仮病かなんかを使って逃げるべきだった。
よくよく考えてみれば、私の必ずいる時間に匿名で会いに来る人なんて、あの人しか考えられないのに、寝起きの私はそこまで頭を回すことが出来なかった。
眠い目を擦りながら玄関のノブを回す。
擦り終わった私の目に飛び込んできたのは
「おはよう、紗夜。」
見慣れたはずの銀髪だった。
「はぁ...」
けれども、その銀髪を見て出たのは、大きなため息だけだ...
日菜が朝ごはんをテーブルの上に置いた。
2週間、私達のご飯の当番は日菜である。
親が仕事で忙しいときは、2週間で当番が変わるようになっていて、最近、日菜に当番が回ったのだ。
しかし、タバコを舌の上に咥えている私には、他人が満足する様な料理を作ることが、もう出来ないかもしれない。
そんな杞憂に近い事を考えていると、湊さんが、私のことをじっと見ている事に気づいた。
きっと、早く本題に入りたくてうずうずしているのだろう。...しかたない...
「なぜ、こんなに朝早くにうちを訪れたのですか?」
「今日は授業参観なのだけれど、早く家を出すぎてしまったから、寄らせてもらうことにしたのよ。」
嘘だ。
羽丘で授業参観があるのは本当だが、あるのはB組で、湊さんのA組は休みのはずだ。
何より、三度の飯より今井さんの湊さんが、今井さんを置いて登校している事が、それを裏付ける決定的な証拠だ。
けれど、嘘だと突き放すのはまだ早い。
すぐバレる嘘ではあるが、嘘をついてまで私と話したいことがあるということはわかった。
そして、ここまで来れば湊さんの話したいことはだいたい分かっているし、それについて私もちょうどケリをつけたいと思っていたところだ。
「日菜、片付けは私がやっておくから、学校に行きなさい。」
「えー?でもおねーちゃん、まだ学校に行くには早いよ?」
「先生に呼ばれているんじゃなかったかしら?」
「あっ!そーだった!ありがとおねーちゃん!」
付けていたエプロンを外し、バックを持って飛び出していった。
「忘れ物、してないといいわね。」
「あの子は天才なので、心配なんて必要ありませんよ。」
「そう...それならいいわ。...... じゃあ早速だけど、
Roseliaに、帰ってきて、紗夜。」
「......」
やっぱり、この話か。
「私は、もう戻るつもりはありません。」
「それはあなたの本心なのかしら?」
「はい、もちろんです。」
「はぁ...。気持ちは変わらないのね。」
「もう、私のことは諦めて下さい。あれから1度もギターも引いていませんし。」
「そんな事は関係ないわ。私達には紗夜が必要なの。あの5人だからRoseliaなのよ!? 1人でも欠けたらダメなの!」
私は小声で反論した。
「そんな脆いRoseliaなら、さっさと解散した方がいいのに...」
パシンッ!
頬を平手打ちしたときの乾いた音が、部屋中に響いた。
「...... もう帰るわ。」
私は真っ赤になった頬を彼女に向けたまま、黙った。
「ほひほうはま」
皿の上のパンを頬張り、そう言って牛乳を喉へと流し込んだ後、彼女早足で玄関へ向かって行った。
「私は諦めないわよ!あなたがRoseliaに戻るって言うまで!」
負け犬が玄関でそう叫んだ後、力任せにドアを閉めた音が今度は家中に響いた。
そうして私1人になったリビングには、イキリちらした静寂が、これみよがしに幅を利かせていた。
「...っていうことがあったんです。」
所変わって、ここはとあるジャンクフード店。
美咲がふらっと立ち寄ったその店は、丁度お昼時で人が多く、席を探していた所に、一人でポテトを食べている紗夜を見つけたわけだった。
「へぇ〜。湊さんが家に...ですか...。」
「全く、いい迷惑でした。」
「それにしても、紗夜さんもこんなジャンクフードのお店に来ることがあるんですね。」
「...きょ、今日はたまたまです。
日菜に昼ごはんはジャンクフードでも食べてきてくれと頼まれたからであって...」
「随分とピンポイントですね...」
(しかもポテトバクバク食べてるし)
紗夜の右手に着いた塩の量はまさにえげつなく、ゆっくりとしたペースで食べている美咲の3倍を優に超える量。まず普通のスピードで食べていないことは明白だった。
「まあ、それは今話すべきことではありません。相談したいのは、Roseliaについてなのですが...」
「あー、はい!!分かります。どうやってみんなと仲直りしてRoseliaに戻るか、ですよね。」
「いえ、どうやってRoseliaと縁を切るかです。」
「...... それ、本気で言ってます?」
「もちろん本気です。私が奥沢さんに嘘をついたことがありましたか?」
「ゼロとは言わないですけど...」
「ゼロです! って、話を逸らさないで下さい!」
「あーすいません。でも、それは無理な相談ですよ。」
「どうしてですか?」
「Roseliaのみんなは、紗夜さんが大好きですもん。みんな同じように、紗夜さんに帰ってきて欲しいって思ってますし。」
「そんな事、あなたに分かるんですか?」
「分かりますよそれくらい。だって紗夜さんがいる時のRoseliaは今より数倍輝いてましたから。」
「......」
「もう諦めて、ちゃんと謝って、Roseliaの所に戻ってあげてください。私もRoseliaの皆さんが悲しんでるの見るの辛いんで...」
「諦める...ですか。」
「大丈夫です。今ならタバコもやめて、何をしたか私は知らないですけど、しっかり謝れば、絶対許してくれますよ。仲間なんですから。」
「そう...ですかね。やっぱり、許してくれますかね...」
「大丈夫です。絶対に。」
今まで曇っていた私の行先に、一筋の光が刺した。
その光を掴むために歩きだす。
ゆっくりと、そして確実に。
そう、私の心が決まったときだった。
甘いのだ...何もかも。
信頼出来る後輩を前に、強がっただけ。
自分の罪の重さから、逃れようとしてるだけだと...
「あっ!おーい!みさきー!」
「あこ!?どうしてここに?」
「おねーちゃんと待ち合わせして...」
奥沢さんを見つけたことによる、友達に出会ったときの驚きと喜びが、私と目が会った瞬間、驚きと恐怖に染まっていくのは、誰が見ても明らかだった。
「...お、お久しぶりです...紗夜...さん。」
会いたくない人に、会ってしまった。
声には出さなくともあこの目は、その意思を全面に押し出していた。
「......」
ガタッ
私は走り出した。
店を勢いよく飛び出し、ひたすら走り続けた。
どうして、どうしてだろう。
私が希望を持った瞬間に、どうしてそれをうち壊そうとするのだろうか。
頬を伝う涙は、一体何が理由で流れているのか。分からなかった。
もう自分のことすら理解できなくなっていた。
なんで...
なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!なんで!
ガッ っと腕を掴まれた。
涙でほとんど見えない目でも、奥沢さんの瞳の光が見えた。
「紗夜先輩!待ってください!」
「なんでなんですか...」
「きっと誤解があったんですよ!落ち着いて戻って話し合いましょう!」
「どうして!どうして私がこんな辛い思いをしなきゃいけないんですか!私は誰よりも!何よりも努力してきた!それなのに!努力なんて無駄だと現実を叩きつけられ!たった一度の誤ちで!恐怖の目を!軽蔑の目を向けられて!理不尽じゃないですか!どんなに積み重ねても!積み重ねても!!1度崩れたら無かったことになる!なら、私は、私は、もう」
言葉を遮られた。
奥沢さんに抱きつかれることによって。
「落ち着いて下さい。......それにそんな悲しいこと言わないで下さい。
確かに積み重ねたものは崩れたら無くなっちゃいます。でも、きっと何か大切なものが残りますよ。だって、無くなるんじゃなくて崩れるんですから。
その失敗を踏まえて、更に崩れにくいように積み上げていけばいいじゃないですか。」
「...あなたに、あなたに何がわかるんですか。」
私は抱きついたままだった奥沢さんをひき離した。
「......」
「分かりますか私の気持ちが!そうやって信じて!何度も何度も、色んなものを積み重ね続けて!そしてギターに出会い!ギターを信じて、今まで頑張ってきたのに!それなのに!あんな目を向けられるんですよ!頑張りなんて、結局全部無駄になるんですよ!だから私は、二度となにかを積み重ねたりはしない......したくないです!」
「...そうやって逃げるんですか。紗夜先輩。」
「...なんですって?」
ぴくりと、紗夜の耳が動いた。
温厚だったかつての紗夜の面影は無く、美咲の眼前にいるのは、逆鱗に触れられ怒り狂った、凶暴な獣だ。
しかし、彼女が臆することは無かった。
「確かに先輩が何度努力を積み重ねたか私は知りません。でも、そうやって逃げることが、いい事だとは思いません。辛いことはあります。逃げたくなることもあるし、逃げちゃうこともあります。でも努力からも逃げちゃったら、後は何も残りませんよ。あっ、でもチキンっていう称号は残るかもしれないですね!」
「奥沢さん...あなたいい加減に」
「いい加減にしません。紗夜さんに逃げて欲しくないんで!」
思いっきり胸ぐらを掴んでやった。
私との身長差的に、奥沢さんが上を向いて、足先で立つ状態になる。
こうなると中々抵抗出来ない。つまり奥沢さんは、私に攻撃されたら、対処出来ない状態なのだ。
しかし、それでも彼女の目に、恐怖が浮かぶことはなかった。
その体制のままこちらが睨み付けると、キリッとした目付きで、こちらを睨み返してくる。
一発ぶん殴ってやろうか。そんなことを考えた瞬間だった。
「美咲ちゃんに、紗夜ちゃん...? 何やってるの?」
「花音さん...」
目の前のコンビニから、商品の入った袋を持って、松原さんが出てきた。
思わず、胸ぐらを掴んでいた手を放した。
「ふえぇ... もしかして、喧嘩、とかじゃないよね?」
私達は黙ったまま、そっぽを向いた。
少しの沈黙が流れたあと、私はゆっくりと、しかし力強く切り出した。
「今日は帰ります。もう、追ってこないで下さいね。」
私は歩き出した。
もう、走る気力すら残っていないから。
「大丈夫?美咲ちゃん。」
「...助かりましたよ花音さん。それにちょうど良かった...1つ、手伝って欲しいことがあるんですよ。」
タバコを吸いながら、家へと向かう。
足取りはフラフラとしていて、足元がおぼつかない。
これもタバコの影響かしら...
なんてことを考えていると、さっきの奥沢さんの言葉を思い出す。
「しっかり謝れば、絶対許してくれますよ。
仲間なんですから。」
「仲間...仲間、ですか。」
今の私に最も似合わない言葉だなと思った。
Roseliaを裏切り、妹を裏切り、後輩に暴力を振るおうとし、それを同級生に見られる。
今の私は完全に孤立している。
だが、これで良かったのかもしれない。
もう、誰も傷つけたくないから。
「あっ!おかえり。おねーちゃん。」
疲れきった心で、疲れきった足をどうにか動かして、リビングのソファーに倒れ込む。
「どうしたのおねーちゃん!?」
「ごめんなさい日菜。今は少し寝かせて。」
私はそう言って目を閉じた。
昨日より嫌な1日だった。
もう いやだ
「おねーちゃん...?おねーちゃん、もう寝ちゃったの?」
あたしはおねーちゃんに声をかけてみる。
どうやら本当に一瞬でぐっすり寝てしまっているようだ。
相当疲れていたのだろう。
「もう、こんな所で寝たら風邪引いちゃうのに...」
あたしはブランケットを持ってきて、おねーちゃんに掛けてあげた。
「おやすみ。おねーちゃん。いい夢見てね。」
あたしはそう言ったあと、起きた時の食べ物の準備を始めた。
pixivから持ってきたものです。
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