氷川紗夜の苦悩   作:ミルティッロ

3 / 6
3日目 本心

ボサボサになった髪を揺らしながら、私はソファーから起きた。

昨日は疲れて服も着替えずにソファーに飛び込んで、そしてそのまま寝てしまった事を思い出した私は、すぐにそこから起きようとした。

しかし、体が重い。

変な所で、疲れたまま寝てしまったこともあるが、そういう重さではなく、もっと物理的な...

 

理由はすぐに分かった。

日菜が善意で掛けてくれたであろうブランケットの上に、その日菜自身がエプロンを付けたまま、頭と腕を乗せて寝ているからだ。

 

全く、この子は...

 

そう思った。

 

そこにあるのは、愛らしいとか、安心みたいな、プラスの感情

 

 

だった。

 

次の瞬間、日菜がどんどん悪魔の様な姿に変わっていった。

醜く恐ろしい、悪魔の風貌に。

 

「ひっ...!」

 

恐怖のあまり、声を漏らした。

 

「ん?おねーちゃん...起きたの...?」

 

目を擦りながら返事をする日菜。

その時には、既に日菜は元の姿に戻っていた。

そして私の恐怖に歪んだ顔を見て、不思議そうな目でこちらを見てくる。

 

「ご、ごめんなさいね、日菜、なんでもないわ。」

 

そう取り繕って、ソファーから起き上がる。

別にただの見間違え、なんの問題もない。

そうやって自分自身を騙そうとしている私が、1番分かっていることがあった。

私が日菜に対して抱いているのは、怒りでは無い。

 

恐怖だ。

 

私の努力し続けた何かを、また超えられてしまうのでは無いかという、強い恐怖。

日菜の事を心の底では恐れているからこそ、あんな幻覚を見たのだ。

そして怒りだと思っていたものは、きっと防衛本能だったのだろう。

自分の命を全力で守るために、日菜に怒っていたということ。

犬は防衛本能が強い。そういう共通点も、もしかしたら私が犬を好んでいる理由の、一つなのかもしれない。

 

「ごめんねおねーちゃん、作っておいたご飯、冷めちゃってるや。」

 

「いいのよ、日菜。温めてから食べるから。

それより日菜、学校は大丈夫なの?」

 

「何言ってるのおねーちゃん、今日は日曜日だよ?」

 

ダメだ、まとまりのある思考が出来ない。

 

「だからさ...

 

 

買い物に行こうよ!」

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局着いてきてしまった...

私は心の中で後悔する。

不意をつかれたとはいえ、OKしてしまうとは...

少し前の自分を恨めしく思う。

だが、ここまで来てしまったのだ。あきらめて、さっさと切り替えなければ。

 

ここは近所のショッピングモール。

数えきれない種類のお店があるのだが、珍しく...というべきなのか、楽器の専門店は無い。

それはもしかしたら日菜の私への優しい気遣いなのかもしれない。

だがギターという共通点を失った私といったい、何を買おうというのか。

 

「さぁて!おねーちゃん!どこ行こっか!」

 

「まさか日菜...決めてないの...?」

 

「うん!でもるんっ♪てするものがあるかもしれないし!」

 

「はぁ...」

 

大きなため息をつきつつも、日菜に着いていく。

せっかくの日曜日なのに、日菜に振り回されるのはあんまりいいことではないが、私の強い防衛本能を解除するには...つまり日菜と仲良くなるなら、今日は絶好のチャンスかもしれない。

 

「おっ!ここ、るんってきた!」

 

日菜が指さしたのは、大きな本屋だった。

そして彼女は人混みを器用にすり抜け、本屋に向かって走っていった。

 

「あっ、日菜!待って!」

 

人混みに消えかける日菜の背中を必死に追いかける。

けれど日菜のスピードには到底追いつけず、直ぐに息が上がり始めた。

 

「はぁ...はぁ...」

 

そうやって私がノロノロ走っていたら、日菜は本屋さんの奥、ちょうど角で立ち止まった。

少ししか走っていないはずなのに、私の息はもう絶え絶えだった。

 

 

 

 

どうにか息を整えて、周りの本を見てみる。

どうやらここは、雑誌コーナーのようだ。

 

「おねーちゃん!見て見て!」

 

日菜が手に取った雑誌には、

 

ドリームガールズバンドフェス

優勝はPastel Palettes

 

と、大々的に書かれていた

「あたし達...と、おねーちゃんもいるよ!」

パスパレの優勝を示した大きな写真の右下辺りには、本当に小さく

準優勝はRoselia

と書かれた文字とおまけ程度の写真が載せてあった。

 

ああ...

 

 

 

 

 

 

嫌なものを、思い出してしまった。

 

それは私がまだRoseliaにいた頃の、いや、この時既に私の心はRoseliaには無かったが、Roseliaのギターであるという、心とは切り離された強いプライドが、どうにか私をRoseliaにつなぎ止めていてくれたころの写真。

 

途端に、気分が悪くなる。

ひどい頭痛と、吐き気に襲われる。

 

「ごめんなさい、日菜、ちょっとトイレに行ってくるわ...」

 

「えっ...?あっ、うん!気をつけてね!」

 

私は走り出し、ショッピングモールの人混みの中に飛び込んだ。

 

 

 

 

喫煙所に飛び込んだ私は、急いで隠していたタバコとライターを出し、火をつけた。

ああ、落ち着く。

それまでの体調不良は一瞬にして消え去り、心が晴れやかになった。

 

まさかあんなものを見せられるなんて...

やっぱりこの時間が一番。

タバコに依存していようが関係ない。

この平穏が得られるのなら、私はいくらでも依存してやる。

 

そんなふうに考えながら、1本、2本と消費していく。

そして3本目の半分辺りで、ようやく日菜の存在を思い出す。

流石に戻らないと、怪しまれる。

タバコを吸い殻に押し付け、喫煙所を出る。

 

その姿を見ていた、ある存在に気づかずに...

 

 

 

 

「あっ、おかえり!おねーちゃん!」

 

「ごめんなさいね、日菜、トイレがすごく混んでたのよ。」

 

左のポケットからハンカチを取り出して、バレないように執拗に手を拭いているフリをした。

 

「そっか......それじゃあしょうがないよね!じゃあ、行こう!おねーちゃん!」

 

「えっ、えぇ...」

 

また日菜は1人で走っていってしまう。

私との買い物が楽しいのかもしれないが、だからといって私を置いてきぼりにしては、1人の時と何も変わらないのではないか。

そうは思いつつも、やはり追いかけないわけには行かない。

 

「日菜!ちょっと、待って!」

 

早く追いかけようと思ったその時、日菜はエスカレーターを降り、目の前の店で止まった。

もうるんっ、とするものを見つけたのか。

 

「あっ!おねーちゃん!遅いよ〜。」

 

「あなたが速すぎるのよ...」

 

言いたいことはたくさんあるが、喉の奥へ飲み込んで日菜とお店に入ろうとする。

だが、何かがおかしい。

小さな、違和感を感じた。

普段あるはずの何かが足りないような、さっきとは決定的に違うけど、気づけないような本当に小さな変化。

その誰にも分からずに起きたであろう変化が、私の心をざわつかせた。

 

「おねーちゃん?早くー!」

 

店の前で立ち止まって考える私を、日菜が大きな声で呼んだ。

考えても仕方ない。とりあえず中に入ろう。

 

 

「アクセサリーショップ?」

 

「うん!楽しそうでしょ?」

 

「えぇ、まぁ。」

 

近くのアクセサリーを手に取ってみてみる。

どれも小学生のおこづかいで買えそうな額で売っているのに、形は材質は結構しっかりしていて、簡単に壊れるということは無さそうだ。

 

...ハートの形の髪飾り。

これは今井さんに似合いそうね。

可愛らしいドクロの髪留め。

これは...宇田川さんね。

そして、この...

 

「あっ!おねーちゃん!今Roseliaのみんなのこと考えてたでしょ!」

 

「何言ってるの?日菜。私はRoseliaを辞めた身なのよ? もうあんな人達のことなんて...」

 

「......じゃあおねーちゃんが左手に握っているのは...?」

 

私は今まで指先で弄っていたアクセサリーを眺めた。

蒼い...綺麗なバラのブローチだった。

これは...湊さんにと思ったもの...

 

「おねーちゃん...。本当にRoseliaのこと、嫌いになっちゃったの...?」

 

日菜が悲しげにこちらを見てくる。

 

「本当は...Roseliaのことが大好きで、戻りたいと思ってるんじゃないの...?」

 

日菜は、諭すように私に話してくる。

だが、私の心から湧き出たのは本心ではなく

 

純粋な怒りだった。

 

「なんなのよ!」

 

ビクッと日菜の体が跳ね上がる。

 

「どうしてあなたはいつもそうやって!!

私の心を見透かしたみたいに話してくるのよ!

私はRoseliaのことが大っ嫌いなの!それが嘘偽り無い私の本心!だからこれ以上私の心を探らないで!」

 

驚きの表情をしていた日菜の顔がだんだん恐怖に染まっていく。

また、やってしまった。

こんなふう私は、周りの人達をみんな恐怖に陥れていくのか...

 

 

そう心の中で後悔していたときだった。

 

「そんなの本心じゃないよ!」

 

今度はこっちが驚く番だった。

日菜はいつも声が大きいが、怒号混じりの大声は、久しぶりだった。

「本心なら!これ以上探るな、なんて言わないでしょ!? それに!ずるいよおねーちゃん!表情で!仕草で!辛いとか!分かって欲しいって言ってるくせに!いざとなったら怒るし!そんなの理不尽だよ!」

 

意味が分からない。

訳の分からない怒り方をされて、どこかに飛んでいっていた日菜への怒りが舞い戻ってきた。

「私が...私がいつあなたに助けを求めたって言うのよ!」

 

「左手...。」

 

「は?」

 

「おねーちゃん、嘘をつく時、いっつも左手を動かしてるもん!

犬が嫌いだって変な見栄張った時も左手で不自然なくらい犬のこと触ってたし!ポテトが嫌いだって言いながら何故か利き手じゃない左手でバクバクポテト食べてたり!」

 

私自身も、知らないことだった。

無くて七癖とは、まさにこういう事だった。

確かにそういわれてみると、さっきのバラも左手で弄っていたし、それにあの時も...

 

「ほらね、心当たりあるでしょ?」

 

「あったら...なんだって言うのよ。」

 

精一杯の強がりだった。

 

「本心で話してよ...おねーちゃん。

私が好きなのは、嘘で塗り固められた偽りのおねーちゃんじゃなくて、本心で話してくれる、そんなおねーちゃんだもん。」

 

「わ、私は...いつも、本心で...」

 

ここまで話して気づいた。

頬を伝う、温かい涙に。

 

「あれ、なんで、どうして...?」

 

「口ではいくらでも取り繕うことができるけど、体が叫んでるんだよ、おねーちゃん。

 

 

苦しいって、本心を打ち明けたいって。」

 

「うっ...ううっ...」

 

「おねーちゃんはRoseliaが好きなの?嫌いなの?」

 

「私は...私はRoseliaが...」

 

そう言いかけた時だった。

日菜が私目掛けて飛び込んできた。

そしてそのまま

 

 

私にキスをした。

唇の柔らかくも、変な感触に驚いている私の口をこじ開け、ムリヤリ舌を入れてくる。

生温かい日菜の舌が、私の口の中を貪り回る。

離して欲しくて、必死に日菜を押すが、いつの間にか体の後ろに回された日菜の腕が、私を掴んで離さない。

息が苦しくなってきたくらいの所で、やっと日菜が私から離れた。

 

「日菜!あなたいったい何を...」

 

「紗夜...さん...?」

 

「えっ!?つぐみさん!?」

 

「つぐちゃん、ひっさしぶり〜!」

 

「あっ日菜先輩!お久しぶりです!」

 

「つぐちゃんも買い物に来たの?」

 

「えっ!?...あっ、はい!そうなんですよ!」

 

「ふーん...。アクセサリーショップってことは誰かに贈り物?それとも自分用?」

 

「えっと...じ、自分用に、ちょっと...あはは...

あっ、日菜先輩と紗夜さんは何を買いに来たんですか?」

 

「ん〜?いやーるんっ♪と来るものを探しにね!」

 

「それはあなただけよ...日菜。」

 

「そうなんですね...。えっと...その...そうだ!紗夜さん!あの...これ...」

 

よく分からないまま、つぐみさんから何かの紙を渡された。

 

「これは...?」

 

「今うちのお店でやってるキャンペーンのチケットなんです!

これを使うと、飲み物が1品半額なんですよ!

日菜先輩もどうぞ!」

 

「おー!ありがとう!つぐちゃん!」

 

「あっ、ありがとうございます。」

 

「いえいえ!是非今度飲みに来てください!

それじゃあ私は買い物の続きがあるのでこれで!」

 

「分かりました。では近いうちに必ず飲みに行きますね。」

 

「はい!お願いします!」

 

「じゃーねー!つぐちゃ〜ん!

 

......さて、帰ろっか!おねーちゃん!」

 

「いいけど、一つ、説明してもらおうかしら...?」

 

「......あれ? ...もしかしておねーちゃん、怒ってる?」

 

「ええ、かなりね。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もー!違うんだってば!」

 

「何が違うのよ!あんな人のたくさんいる所でキスだなんて!変態だと思われたらどうするのよ!」

 

「逆だよおねーちゃん!人がいたからこそやったんだよ!」

 

「日菜...まさか...そういう趣向に...」

 

「だーかーらー!違うって!

気づかなかったかもしれないけど!おねーちゃんずっとつぐちゃんにつけられてたんだよ!」

 

「つけられてた?」

 

日菜から出た突拍子の無いその発言を、思わず聞き返す。

 

「そう!つけられてたの!尾行だよ尾行! ストーカー!」

 

「そんな証拠がどこに...」

 

「おねーちゃんにキスした後、すぐに飛び出してきたでしょ?まるですぐ近くで見てたみたいに。」

 

「まさか、たまたま近くを通りかかっただけよ...」

 

「それだけじゃないよ。つぐちゃんのいるアフターグロウはロック系のバンド、自分用とは言ってたけど、つぐちゃんは普段アクセサリーは付けないから、十中八九バンドの誰か用。

でも私達のいた店の奥にあるのはカワイイ系のアクセサリーがほとんど。

つまりつぐちゃんの欲しいアクセサリーは無いはずなんだよ。」

 

「別に...つぐみさんがどんなお店に入ったっていいじゃない。」

 

「んー...まあ、そうだけど...あっ、でも一つだけ分かったことはあったよ!」

 

「?」

 

「悪意は無かった!きっとおねーちゃんが心配だったんだよ!」

 

「...なんでそう言いきれるの...?」

 

「んー。つぐちゃんを見た時にきゃるるん♪ってきたからかな!」

 

「きゃるるん??」

 

相変わらず日菜の言っていることは理解出来ない。

でも、あのつぐみさんが悪意を持って何かをするとは考えにくい。

だから日菜もそういう結論に至ったのだろう。

しかし、問題はそれだけじゃない。

いつから後を付けられていたのだろうか。

もし、喫煙所の出入りを見られていたら...

 

「おねーちゃん...おねーちゃん!」

 

「えっ?な、何かしら?日菜。」

 

「来週もどこかに行こうね!」

 

「...そうね。」

 

嫌なことはあったし、辛いことも、心配事はむしろ増えた。

けど、あのキスの件も含めても、今日は楽しかった。

久しぶりに感じる幸せを、私は享受していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「次はさ〜!一緒にギターとか引ける場所に行きたいな〜」

 

 

は?

 

「日菜...今なんて?」

 

「えっ?だから次はギターとか...あっ...」

 

「日菜、もう二度と、ギターの話はしないでって言ったでしょ?」

 

「う、うん...。で、でもさ!ギターは折れちゃったけど、また買い直せば。」

 

「やめてって言ってるでしょ!」

 

また大声を出してしまった。

しかし、日菜はほとんど驚く素振りは見せなかった。

きっと私がギターのことで怒ることをもう見越して、身構えていたのだろう。

 

「でも!でも、おねーちゃん、ギターを勝手にやめないって約束...」

 

「忘れたわよそんなもの!そもそも!私がギターをやめたのは...」

 

そこまで言ったところで、私は欠片ほどの理性を取り戻すことが出来た。

私が言いかけた言葉、それは姉として、善意をもつ人として、絶対に日菜には言ってはいけない言葉、越えてはいけない最後の一線。そう決めた言葉。

私がタバコを吸い始めても、自分がナニカになったと自覚する前も、した後も、墓場まで持って行こうと決意していた言葉。

それをこんなあっさり言いかけるとは、自分は最低だ、と自分を叱りつけた。

でも、どうやら手遅れだったようだ。

たとえその言葉を言わなくとも、 忘れた その一言で、日菜を泣かせるには充分だったようだ。

 

「もうおねーちゃんなんて!大っ嫌い!」

 

泣きながら日菜は走っていってしまった。

同じようなことがさっきもあったが、今回ばかりは追いかけることが出来なかった。

声も出せない。

足も動かない。

どうにか日菜を捕まえようと、右手を前に出すけれど、それは空を切るだけだった。

 

「あ...あっ...」

 

声にならない何かが私の口から漏れた。

頭の中がこんがらがって、何も考えられなくなる。

日菜の姿が、曲がり角で見えなくなった。

それと同時に体が動くようになった私は、すぐに左のポケットのタバコを取り出して、口に咥えた。

火をつけ、吸った煙を空に向かって吐く。

心を落ち着かせようと思ったタバコ。

でも最悪だ。

吸っている途中で少し下を向いたら、タバコの火が消えてしまった。

 

雨だろうか、いや、多分汗だろう。

目の周りをぐっしょり濡らした汗を拭う。

しかし、目の辺りからまた汗がポロポロ零れてくる。

何度、何度拭っても、目から汗が止まらなかった。

なぜ止まらないのだろう。

汗じゃないのか。

でも、これが涙なわけが無い。

私が怖がっていた恐怖は既に撃退したのだ。

じゃあ嬉し涙だろうか。

嬉しくて、膝が震えて、その場に崩れる。

 

「止まって......止まってよぉ...」

 

溢れ出す涙を、その場で拭い続けた。

 

 

「あれは...紗夜先輩...?!どうしたんですか...!?」

 

「ううっ...ぐすっ...、えっ...? 奥沢、さん?」

 

「うわ!?目が真っ赤ですよ!?いったい何が!?」

 

「ごめんなさい、ぐすっ...奥沢さん...こんなみっともない姿を...」

 

「そんなこといいですから!とりあえず乗ってください!」

 

奥沢さんが、私の目の前で背中を見せて膝をついた。

 

「いえ、うっ...1人で歩けます...」

 

「大丈夫ですから、力には自信ありますし...てか...あー!もう!」

 

意外と短気なのだろうか。

私が遠慮するので、背中に載せるのを諦めたのか、私の後ろについて、膝と首の部分に手を当てた。

 

「暴れないで下さいね、っと!」

 

私の体が、奥沢さんの腰のあたりにまで持ち上がる。

お姫様抱っこ、というやつだろうか。

 

「なっ、降ろしてください!」

 

恥ずかしさのあまりさっきまで泣いてたことも忘れ、必死に抵抗する。

 

「うるさいです!ちょっと静かにしてて下さい!とりあえずうちまで運ぶんで!」

 

奥沢さんは身長的にも重いはずの私を持ちながら、猛スピードで走った。

 

そうやって何分ほど走っただろうか。

私達は、すぐに奥沢さんの家に着いた。

 

 

 

 

ベッドに寝かされ、お茶を持ってこられる。

大丈夫です。と何度言っても 心配だ。の一点張り。こっちの話に耳を傾けてくれない。

仕方が無いので、こちらが少し声を荒らげて いい加減にしてください!と言うと、冷静になったのか、すいません...と謝ってきた。

ベッドに座り直してから、今日の事情を話す。

日菜と買い物に行ったこと。

Roseliaにいた頃の写真を見せられたこと。

アクセサリーショップでつぐみさんと会ったこと。

その後日菜と喧嘩別れしたこと。

そのせいで泣いていたこと。

キスしたことや、なぜ写真を見せられただけで体調が悪くなったのかは言わなかったが、彼女は別に気にするような素振りは見せなかった。

 

「ということがあったんです。」

 

「そうだったんですか...」

 

「私は...どうしたらいいんでしょうか。」

 

「えっ?」

 

「私は...私が分からないんです。私はRoseliaに戻りたいのか、そうでは無いのか、それに、日菜とどうしたいのか。それすらも分からないんです。」

 

「......難しいですよね。私も妹と喧嘩した時、どうしたらいいのか分からなくなりますもん。

でも、そういう時って、何気ないことから、何となく仲直りするもんですよ。どんな大きな間違いをどっちかがしても、もう片方が許せば、チャラなんですから。」

 

「そう...ですか。」

 

友希那さんは、もう許してくれていたみたいだった。

でも白金さんや宇田川さん、特に今井さんは、私の大きな罪を許してくれるのだろうか。

そんな恐怖が、私を支配しそうになる。

 

「今の紗夜先輩に必要なのは時間ですよ。きっと。タバコだって時間があればきっと止められますし、Roseliaの人達も時間が経てば許してくれますから。」

 

時間......

 

「では...もし、時間を開けずに仲直りするには、どうすればいいのでしょうか。」

 

「それは......気持ち...ですよ。」

 

「気持ち...?」

 

「開いてない時間を埋めるような、そんな強い気持ち、それを相手にぶつけて謝るのが、大事だと思います。」

 

「そうですか...」

 

「大丈夫。紗夜先輩はじっくり考えて、苦しんで来たじゃないですか。もう自分を、許してもいいと思いますよ。」

 

「......ありがとうございます、奥沢さん。おかげで心が少し軽くなった気がします。」

 

「あはは、それなら良かったです。」

 

ここで、そんな話はやめておけば良かった。

 

「では、最後にもう1つ、いいでしょうか?」

 

聞くべきでは、無かった。

 

「もし、もし自分が死ぬ気で努力し続けたものを、天才にあっさり追い抜かれたら、奥沢さんはどうしますか...?」

 

後悔した。

 

「うーん......多分、そんなことは無いと思いますよ。努力すれば報われるんですから、死ぬ気で努力した人が抜かれるわけありません。」

 

こいつはまったく分かってない。

凡人の努力を一瞬で抜いていく天才の力を。

というか、そもそもこいつ自身が天才なのだ。

日菜から聞いたことがある。

彼女は、ミッシェルという大きなキグルミを着たまま、スノボが出来るそうだ。

少なくとも、春にキグルミを着始めた女性が、その姿でスノボなど普通は出来ない。ありえない。

つまるところ彼女は 努力の天才

努力が得意な才能を持っているから、努力した物事で誰にも抜かれたことが無いのだろう。

私と彼女は似ている...そう思っていた。

でも決定的に違った。

やっぱり私は、1人だ。

やっぱり...孤独だ。

 

「そうですか、そう思いますか。」

 

今までに感じたことのない孤独を感じ、それによって深い悲しみを得た。

今日も、やっぱりいいことは無かった。

 

さみしいな




感想、ご意見などお待ちしてます。
ちなみにこの作品は、紗夜さんが2年生、美咲が1年生の頃のお話です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。