氷川紗夜の苦悩   作:ミルティッロ

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4日目 権利と気持ち、そして過去

窓から差す日の光が眩しい。

普段なら、私のベッドに日の光は差さないはず...

そう思いながら、ゆっくりと体を起こす。

 

「そうだ...私は奥沢さんの家に...」

 

昨日日菜と喧嘩別れしたあと、流れで奥沢さんの家にお邪魔し、そのまま泊まらせて貰ったことをようやく思い出す。

隣には私にベッドを貸して、布団で寝る奥沢さん。先程の私の独り言のせいで起こしてしまったのか、布団から起き上がろうと、眠い目を擦っている。

 

「あー...うー。」

 

「起きましたか?奥沢さん。」

 

「もうちょっと寝かせて...ムニャ」

 

「......?」

 

「ムニャムニャ...はっ!?あっ、えっと、す、すいません...いつもの癖で...」

 

「癖...?」

 

「あっ、いや...いつも妹がこの時間に起こしに来るんですよ...」

 

「なるほど...それをいつもああやってグダグダと寝過ごしているんですか?」

 

「......はい...」

 

「ふふっ、やっぱり面白い人ですね。」

 

「そう言って貰えると、なんか嬉しいです。」

 

「別に褒めてはいませんが...」

 

あはは...と彼女は苦い笑いを浮かべた。

そして、なんだかんだ起き上がった彼女は、あちこちに跳ねている髪の毛をわしゃわしゃと掻きむしりながら、どこかへ歩き出す。

 

「どこへ行くんですか?」

 

「どこって...洗面所ですよ。学校へ行く支度をしないといけないじゃないですか。」

 

学校...ああ、そうか、今日は月曜日だ。

まあ日菜もいないし、今のうちに二度寝を...

は?

 

「学校...??」

 

気の抜けた発音に対して、

 

「もしかして...忘れてたんですか?」

 

...今日の朝も、ゆっくりは出来なさそうだ。

 

「はぁ...なんにせよ良かったですね。はい、どうぞ。」

 

「これは?」

 

大きな荷物の入ったバッグを手渡された。

 

「昨日の夜、先輩が寝たあとに日菜先輩が届けてくれたんですよ。あと伝言で、 おねーちゃん、大っ嫌い! だそうです。」

 

日菜が、どうしてここを突きとめられたのかは分からないが、おかげで制服や、今着ているパジャマ、その他生活用品が手に入ったのはありがたい...が、しかし、まだ日菜の機嫌は治っていないようだ。

どのタイミングで家に帰ろうか...

そう思って見た壁の時計。

 

あれ?

 

「奥沢さん?この時計、止まっているみたいなのですが...」

 

「えっ?あーーっ!?」

 

 

 

 

 

 

どうにか学校には時間ギリギリで間に合った。

しかし、日菜が起こしてくれることがこれ程大切だとは思わなかった。

日菜、後でちゃんと感謝と謝罪をするわね。

そう心の中で私は約束した。

 

「じゃあ、また3時間目くらいに!」

 

そう言って彼女は階段を駆け上っていく。

1年生のクラスは最上階なので、私よりも遅刻の可能性が高いからだろう。

私は、周りにいる同学年の人達と同じような速さで階段を上がった。

これなら遅刻することも無い...のだが、遅刻寸前だと言うのに、階段を焦って登っている人が数える程しかいない。

 

まったく...この学校の風紀も悪くなったものだ。

私の周りをのんびり歩く人達は、スカートが校則より2cmも短かったり、横にいる、真面目だったはずのあの人の耳には、小さなピアスがついている。

変な化粧をしていたり、彼氏のプレゼントだろうか、悪趣味なネックレスをしている人までいる。

それもこれも、風紀委員である私が注意を辞めてしまったことが原因かもしれない。

最近は、そんな義務なんてどうでもいいと、勝手にひとりごちていたのだが...

今は何故か、ほっとけない気持ちになる。

 

けれど、今大事なのは、私の気持ちではない。

未成年でタバコを吸っている私に、その程度のことを注意する権利はない。そんなことは、もうとっくに分かっていたことじゃないか...

 

そう自分に言い聞かせながらも、私の心の中には何か、嫌なものが残った。

 

 

 

「紗夜先輩、お疲れ様です。」

 

「ええ、お疲れ様。」

 

屋上に着いた私はさっそくタバコに火をつけた。

 

「...なんで、タバコを吸い始めたのか、まだ教えてくれませんか。」

 

「...ハァ...またその話ですか? ......いいですか?私は理由なんて忘れたんです。だから諦めてくださいと、少し前に言ったはずです。」

 

「本当に、忘れちゃったんですか?」

 

「ええ、理由を知っている真面目な氷川紗夜は、私の中には残っていません。」

 

「でも今朝、風紀を正そうとしてましたよね?」

 

「えっ?」

 

急な話の転換に、思わず変な声が出た。

 

「上の階から見えたんです。注意をしようかどうか、おどおどしながら迷ってる先輩が。

先輩がぱったりと注意をやめたのはタバコを吸い始めたからだとしても、今更また注意を始めるのはおかしいですよね?」

 

「それは......」

 

心を見透かすような彼女の言葉。だけど、なぜか彼女に対して怒ろうという気持ちにはならない。

彼女の人柄か、はたまたその圧倒的な正論ゆえか。私自身も、私のことが分からなくなってきた。

 

「つまり先輩の中には、真面目だったころの良心が残ってるんですよ。それなのに、そんな変な嘘までつくってことは、」

 

やめて

わたしのこころをのぞかないで

 

「本当は、理由を覚えているのに、あたしのことも、先輩自身のことも偽って、それを忘れようとしてるだけなんですよね?」

 

...いつか、バレるとは思っていた...

 

「......ええ、そうよ。ごめんなさい。嘘をついていて。」

 

「やっぱり... でも、いいんですよ、別に、あたしにだって話したくないことのひとつやふたつありますから。もう、これ以上追求するのは辞めます。だから、先輩の良心が戻ったら...そしたら、話したい時に話してください。」

 

「...分かりました。ありがとうございます…」

 

「じゃあ、あたし次移動教室なんで、そろそろ戻りますね。」

 

「はい...」

 

「あっ、そうだ紗夜先輩。」

 

「どうかしましたか?」

 

思い出したかのように、こちらを振り向き、この一言。

 

「気分を落ち着かせるには、コーヒーを飲むのがいいと思いますよ。」

 

情緒不安定な私への、優しい気遣いだろうか。それにしてもチョイスがコーヒーとは、やっぱり奥沢さんは、よく分からない人だけれど、そんな私でも1つ、悪意は無いことだけは、間違いなく伝わってきた。

 

「そうですか、分かりました。ありがとうございます。」

 

ガチャンと音がしてドアが閉まった。

話し相手が居ないと、何となくタバコが不味く感じる。

そして、なんだかんだ1本を吸い終え、吸殻を処理した直後だった。

 

「はぁ...はぁ...」

 

「...? 誰かいるんですか?」

 

「はぁ...はぁ...ここに...いたんですね。」

 

「白金さん!?どうしてここに!?」

 

「いつも...授業を抜けて...ハァ...どこかに行ってたので、今日は追いかけてたんですけど、見失っちゃって...」

 

「そうでしたか...しかし、なぜ授業をサボってまで私のことを?」

 

半ば答えが分かる質問だった。

 

「お願いします紗夜さん。

 

どうかRoseliaに戻って来て下さい...」

 

またか

またその話か

 

「戻ってきて欲しいって思ってくれてるのは、多分白金さんと湊さんだけですよ。」

 

「えっ?」

 

「宇田川さんは、私を見ると、まるで肉食獣の前のうさぎのように怖がりますし、今井さんも、上手く隠しているつもりでしょうが、きっと私のことを毛嫌いしてるでしょう。だって、あんなことがあったのだから......」

 

「そんなこと...」

 

「いいんですよ白金さん。本当のことを言ってください。Roseliaの評判を落としたのはこの私。消えろと言われれば、二度とRoseliaの皆さんの前には...「そんなことありえないです!」

 

「!?」

 

私の声を遮り、吹き飛ばすような勢い。

それは白金さんの滅多に出さない、大声だった。

 

「あこちゃんは紗夜さんに悪いことしちゃったってずっとしょんぼりしてたし!あんなことがあったからこそ!今井さんなんて、一番紗夜さんにRoseliaに戻って来て欲しいって思ってます!」

 

どうやら、奥沢さんの言う通り、Roseliaのみんなは私に帰ってきてほしいと思っているらしい。

だけれど、結局それは叶わない。

 

「例え、みなさんが私に帰ってきてほしいと願ったとしても、2人もメンバーを傷つけた私に、Roseliaへ戻る権利はありません。」

 

「権利...ですか?」

 

「そうです。授業をサボって、こんな所で時間を潰し、風紀を正すどころか自分で破るしまつ。

そんな今の私もRoseliaに入れても、足を引っ張るし、前みたいなことになりかねないです。

だから、私に戻る権利はないんです。」

 

「そんなことを...気にしてたんですか?」

 

「え?」

 

「紗夜さんに...権利があるのか無いのか。

それは私には...分かりません。

でも...これだけは言えます。

一番大事なのは...権利じゃなくて...

 

紗夜さんの気持ちです。それさえあれば、他のことなんていりません。

 

だから、権利とかじゃなくて、自分の気持ちに素直になって答えて下さい...

 

Roseliaに...戻って来てくれますか...?」

 

泣きそうになりながら、白金さんはそう言ってくれた。それでも、私の気持ちが一番大事だなんて、そんな考えを、今の私は持つことが出来そうにない。

 

「...... ごめんなさい...

今の私には、自分自身が何をしたいのかすら分からないんです。

だから...

 

自分の気持ちに気づく事が出来たら...また、お返事します」

 

その瞬間...白金さんの顔が、すごい笑顔になった。

別に、戻ると言った覚えは無いのだが...

 

私は白金さんの横を通り過ぎ、屋上を出るためにドアを開いた。

そろそろ戻らなくては、さすがにサボりがバレてしまう。

 

「分かりました。気持ちに気づくまで...Roseliaみんなで、ずっと、ずっと待ってますから...」

 

「......ありがとうございます…」

 

 

 

放課後になって、私はさっきの奥沢さんのアドバイスを思い出す。

 

「気分を落ち着かせるにはコーヒーがいい」

 

そして偶然にも昨日貰ったチケットは、羽沢珈琲店の半額券。

これは...行くしかないのだろう。

何度も言ったことのある店で、リラックス。

私の気づけない何かを、掴めるかもしれない。

ゆっくりと歩き出す。

この時の私のは既に、タバコを吸っているところを見られたかどうかの確認よりも、ただそれだけの理由のために、歩き出していた。

 

 

 

 

 

同時刻 羽丘女子学園の2―A教室

 

「あれ〜?ヒナ?帰らないの?」

 

「うん...ちょっと...考え事してから帰る」

 

「まーだ紗夜と喧嘩したこと引きずってるの〜?大丈夫だって!紗夜だってきっと許してくれるよ♪」

 

「リサちーはさ...おねーちゃんが、本当にRoseliaに戻りたいと思ってると思う...?」

 

「えっ?そ、それは...」

 

「わかんないよね...。

あたしもさ、わかんないんだよね。おねーちゃんが何を考えてるのか、あたしを好きでいてくれてるのか、とか。そーいうの」

 

「ヒナ...」

 

「分かってるんだ。あたしはおねーちゃんじゃないし、他人とは考え方も感じ方も違うってことくらい。

でもさ、そう思ったら寂しいんだ...。

こんなにもおねーちゃんが好きなのに、ずーっと近くにいたのに。おねーちゃんの気持ちが何一つわかんないなんてさ...」

 

「なるほど...丁度いいわね...日菜。手伝って欲しいことがあるのよ。」

 

「友希那ちゃん...?」

 

「友希那!?いつの間に!?」

 

「話は聞かせてもらったわ。大丈夫。私の言う通りにすれば必ず上手くいくわ。

さあ、作戦会議よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カランカラン

 

「あっ、紗夜さん!来てくれたんですね!」

 

「はい、折角の半額券なので...」

 

「ご注文は何にしますか?」

 

「では、コーヒーを1杯、頂けますか?」

 

「はい!少々お待ちください!」

 

私とつぐみさんだけが店内にいる静かな空間。

都会の喧騒とは程遠いそこは、まさに私の望んだユートピアだった。

コーヒーの入る音。コポコポという音そのものが、私の好奇心を不思議と揺さぶり、カチャカチャという食器同士が当たる音が、もうすぐ出てくるコーヒーの見栄えという期待を、さらに増幅させた。

 

「お待たせしました!」

 

現れたのは白いティーカップに入った茶色寄りの黒みたいな色のコーヒー。

どちらかと言うとカフェオレに近いそれは、常連になりつつある私の口に合うように、つぐみさんがコーヒーと牛乳を完璧な比率で混ぜてくれた特別な逸品。

コーヒーの中に入った牛乳は、さながら花の蜜のような甘美な味。

だが素のコーヒーの苦味が私の舌を襲い、じわじわと貪り始める。

そして、舌の上で混ざりあった2つの液体が、私の最も好みの味へと変化し、最高のコントラストを描き出す。

 

「美味しいです...とても...」

 

「えへへ、ありがとうございます。」

 

「でもつぐみさん...これは一体...」

 

最初は、カラフルなマドラーかと思っていた。

しかし持ち手の近くに円形状の穴がポッカリと空いてる、プラスチック製のそれは...

 

「ストローです。」

 

「いや、そういう事では無くて...えっと...」

 

どう考えても不釣り合い。

真っ白に磨かれた、オシャレなティーカップに、子供用の赤青黄の3色で出来たストロー。

色のアンバランスさもさる事ながら、長すぎるストローがカップからはみ出して、滑稽さを引き立たせている。

 

「つまり...紗夜先輩が吸っていいのはストローだけってことです。」

 

怒っている。間違いない。

正直この伝え方は空回りとしか言い様がないのだが、そんなことを言える雰囲気ではなかった。だって、いつも私のことを紗夜さんと読んでくれるつぐみさんが、先輩を付けて私を呼ぶ時は、間違いなく機嫌が悪い時だということを、私は知っていたから。

 

やはり...

 

「昨日...私がタバコを吸っているところを...見たんですね?」

 

「はい...」

 

「......ごめんなさい」

 

「風紀を守るために頑張ってる紗夜先輩が好きだったのに、そんなのって無いですよ...」

 

「...すみません」

 

「謝るのも大事ですけど...じゃあ、教えてください。どうしてタバコなんて吸ってるんですか?」

 

「ごめんなさい...ごめんなさい...」

 

「...きっと、何か理由があるんですよね?そんなに話したくないことなんですか?」

 

「......」

 

「分かりました。ごめんなさい、紗夜先輩。無理やり聞き出そうなんて、おこがましいことをしてしまって。」

 

踵を返し、厨房へと戻ろうとするつぐみさん。

私は咄嗟に立ち上がり、その服の裾を掴んで...

 

「待ってください...

 

 

...分かりました...全部、お話します。

なぜ私が、タバコを吸い始めたのかを...」

 

そう言った。

 

 

 

数分前 羽丘女子学園 校門前

 

「あっ、リサさん!」

 

「あれ?美咲じゃん!どうしたのこんな所で?学校の帰り...みたいだけど、家と方向逆だよね?」

 

「ええ、でも聞きたいことがあって...」

 

「?」

 

「知りたいんです。

どうして紗夜さんがタバコを吸い始めたのかを。」

 

「あー...その事...ね。えっと...」

 

「リサ...私から話すわ。」

 

「うん...じゃあ、お願い...」

 

「日菜、先にリサと行っててちょうだい。」

 

「うん、じゃあ、行こ?リサちー。」

 

「...ごめんね。友希那。」

 

「謝らなくていいわ。あれは別にあなたのせいじゃないのだから。」

 

ゆっくりと頷いてから、リサさんは日菜先輩と歩いていった。

 

「じゃあ、話すわよ。」

 

 

 

 

 

「あれは、とあるライブ...有名なガールズバンドが一堂に会する、本当に大きなライブの日の事だったわ...」




次回、ついに紗夜さんのいうあの事件の回想に入ります
もし良かったら、感想、評価とか、よろしくお願いします。
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