氷川紗夜の苦悩   作:ミルティッロ

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4日目 ② 過去と、今

ドリームガールズバンドフェス...そう呼ばれたトーナメント式の大会に、私達Roseliaも出場したの。

 

けれど、もちろん出場したのは私達だけじゃなくて、各地から頂点を目指しているガールズバンドが一堂に会したわ。

そしてそこには、あの Pastel Palettes もいたのよ。

 

超有名な音楽家の審査員も来ているということで、私達は最高のコンディションと集中力の中、全力の演奏をし続けたわ。

そして迎えた決勝戦、相手はパスパレ。

今までの演奏から考えても、私たちは絶対に負けない。

紗夜も日菜との決着を付けると、意気込んでいたわ。

 

そして、私達はやりきった

今まで以上の最高の演奏を

あとは審査員に私たちの勝利を宣言してもらうだけ

Roseliaの誰もが、そう信じて疑わなかったわ

 

「2つのバンドはどちらとも。素晴らしい演奏だったわ。

Roseliaの他を圧倒する頂点への渇望と、追随する演奏力、対してPastel Palettesの可愛らしさを全面に押し出したパフォーマンス力。

優劣は付け難いものでした。

 

 

 

 

しかし、ギターが勝敗を分けました。

Pastel Palettesの氷川日菜には、Roseliaのギターにはない、自由さと人を引き込む力があったように感じます。

 

 

 

よって優勝は Pastel Palettes!」

 

 

 

 

 

私は何を言われたのか理解出来ませんでした。

間違いなく、勝っていたはずなのに。

日菜の代わりに、私が喜びを享受するはずなのに。

何を、どこで、なぜ、間違えたのか。

右腕のマイクをだらんと落とした湊さんの横で、必死に考えました。

でも、分からないんです。

完璧だった。何もかもが。

達成感もあった。優越感もあった。手応えもあった。

なのになぜ

なぜ私は落胆している?

勝った、私は、勝っていた。

おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい

 

 

 

 

 

私は必死に抗議しました。

絶対、優勝はRoseliaだ、と。

でも審査員は、決まったことだ、と言うだけ。

しまいには、負けて悔しいのは分かるが、見苦しい、と怒られました。

 

そして私は、フラフラとした足取りで控え室に戻りました。

そこの角を曲がれば、すぐ控え室に着くところでした。

でも、私はそこでトドメを刺されたんです。

それは顔も知らない女性2人組だったのですが...

 

「いやー日菜ちゃんの演奏良かったね〜笑」

 

「それな!パスパレ1位にした審査員見る目あるわ〜www」

 

「それに対して、Roseliaのギター、マジで下手だったよね〜w」

 

「なんだろね?あれ。なんかメトロノームみたいな? ワタシキカイデスって感じで、すっごい気持ち悪かったよねwww」

 

「あー!それ!まじ分かるわ〜w」

 

私に聞かせようとしているのかと思ってしまうほどの大声で喋っていた2人に対して、とてつもない怒りを感じました。

文句を言ってやろうと思ったんです。

でも既にその2人は、どこかに行ってしまったあとでした。

部屋に戻った私は、怒りと悲しみで何が何だか分からなくなっていました。

怒りをぶつける相手はいなくなって、取り消せない悲しみが残って、

 

そこで私は気づいたんです。いや、気づいてしまった、という方が正しいでしょう。

 

私は自分の未熟さを、ギターを弾いたから、こんなことになったんだ、ということにしてしまったんです。

 

そんな私は、背負っていたギターケースからギターを取り出し、そして

 

 

思いっきり、テーブルに叩きつけました。

力一杯、何度も、ギターが砕け散るまで。

思ったより頑丈なギターが壊れないことに、更に私は怒りを増幅させました。

少しずつギターが原型を失い、バラバラになるかと思ったその時でした。

 

「ちょ、ちょっと!何やってんの紗夜!」

 

控え室に戻ってきた今井さんに、私は後ろから羽交い締めにされました。

 

「うるさい!離して!」

 

私は拘束を振り払おうと、肘で今井さんのことを後ろに押しました。

 

「痛っ!!」

 

そして今井さんは、そのままの勢いで

ゴグッ

鈍い音が響きました

転ぶ勢いで今井さんは大理石の化粧台に頭を打ち付けたんです

私がその鈍い音に反応した時には、ドロっとした真っ赤な血液が、気絶した今井さんの頭から大理石を伝って、手に滴り落ちていました。

 

後ろを振り向いたまま、動けない私と、今まさに、部屋に入ろうとした宇田川さんが、あっ、ああっ... と声にならない声を出していました。

その後唯一理性を保っていた湊さんが救急車を呼んで、今井さんは病院に搬送されました。

 

 

 

 

あくまでも事故。

状況と目撃情報、そして何より今井さん本人の証言のおかげで、私は罪には問われませんでした。

しかし、今井さんが証言したということで、意識を取り戻したことを知った私は、夜の病院にお見舞いに行ったんです。

 

「あっ、紗夜!来てくれたんだ!」

 

病院のベッドの上、病人服で、頭に包帯を巻いている状態ではありましたが、今井さんはいつもと変わりない態度で私に接してくれました。

そのことに対して...つまり、今井さんが今井さんで居てくれたことに対して、私は涙を流しました。

 

「ごめんなさい...ごめんなさいっ...!」

 

「...大丈夫だよ...紗夜。」

 

その直後でした。

ゴトン、と、病室の入口で何かを落とした音が聞こえました。

 

「なぜ...なぜあなたがここに居るの?」

 

「湊さん...」

 

今井さんへのお見舞いだろうか。

コーラの入った缶が、私の足元に転がってきた。

 

「あっ友希那っ!...コーラありが...「出てって!」

 

「よくここへ顔を出せたわね紗夜!リサをこんな目に合わせたくせに!」

 

「や、やめてよ友希那!紗夜は謝りに来ただけだから!」

 

「......謝る...? どうやら、何も知らないでここに来たようね…! なら教えてあげるわ!」

 

 

 

 

 

 

「リサはもう...二度とベースが弾けないのよ!」

 

 

 

 

 

「...えっ?」

 

何を言っているのか、本当に理解できなかった。

今井さんは、もう、ベースが弾けない?

 

それが言葉だということも、状況を表している言葉だとも、私は分かっているのに。

 

その言葉の意味を理解しようとは、出来ない。いや、したくなかった。

 

「あなたが突き飛ばしたせいで頭を打ったリサは!脳へのダメージで利き手に痺れが残ったのよ!」

 

追い討ちのように続く湊さんの言葉。

 

私は、逃げるように今井さんの顔を見ました。

冗談なのでは。

私を懲らしめるための芝居なのではないか。

その一縷の希望に賭けて。

しかし、その目は演技では決して出来ない、

大切な何かを失った、悲哀に満ちた目だった。

 

「...」

 

今井さんは私から目を背けてしまいました。

私は全てを察し、幽霊のようにゆらりと病室から出ました。

 

「二度と私達に近づかないで!」

 

そんな言葉が帰ろうとする私の背中を、更なる追い討ちで、深々と突き刺しました。

 

 

 

何も考えずに、ただただ河川敷のあたりを家に向かって歩いていました。

いっぺんに多くのことが起こりすぎて、私の思考回路はとっくにショートしていました。

もう全てがどうでもいいから、償いとして、死のうかな...とも、考えました。

でも、そんな勇気は無い。

結局、私はただ道を歩くだけ。

 

しかし、道外れの坂で暗闇の中、何かが光って見えました。

そこにあったのは、タバコの箱。

蓋を外すと数本のタバコと一緒に、ライターが入っていました。

まるで、私に吸えと言ってるような気がして、おもむろに私はそのタバコを口に咥えて、ライターで火をつけました。

ゲホッゲホッ

上手く煙を吐けず、苦しんだ後に、むせてしまいました。

しかし、私はそれをいい拾い物だと、そう思いました。

このタバコに誓おう。

私は一生Roseliaに近づかない、と。

そして、そのタバコの呪いと共に、体に刻みこもう。

二度と他人を傷つけるな、と。

 

 

 

 

 

「そんなことが...」

 

「......滑稽ですよね。仲間の足を引っ張り、惨めに騒ぎ立て、仲間の心も体も傷つけたんです。

最低のクズだって、罵られるべき女です...」

 

「紗夜さん...」

 

「では、私はこれで......さようなら...つぐみさん。」

 

「...待ってください!」

 

逃げるようにドアノブに手をかけた紗夜は、つぐみの声に反応し、ゆっくりと後ろを向いた。

 

「......?」

 

「紗夜さんはそんな人じゃ無いです!」

 

「!?」

 

「確かに、悪いことをしたかもしれない...

タバコを吸ってるかもしれない...

でも!それだけが紗夜さんじゃないです!

誰よりもマジメで!優しく、自分に厳しい、かっこいい紗夜さんを!私の好きな紗夜さんを!!勝手に否定しないでください!」

 

「...」

 

「だから...!涙なんて流さないで下さい...」

 

「......つぐみさんっ...ううっ......」

 

泣き崩れそう私を支えてくれた、女神のようなつぐみさんの腕の中で、恥ずかし気も無く、ひたすら泣き続けました。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻 にゃーんちゃんの出る公園のベンチ

 

「と、ここまでが紗夜の知ってる話よ。」

 

「...?紗夜さんが知っている話?」

 

「そうよ。この話には紗夜がRoseliaからいなくなってからの、続きがあるのよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「...そうだったんですね...だからあの時...」

 

「そうよ...でも、このことを紗夜はまだ知らないの...タイミングが...分からなくて...」

 

「じゃあ、あたしが伝えてきます!」

 

「あっ!...いや、わかったわ...頼んだわよ。」

 

「もちろんです!」

 

あたしは走り出しました。

紗夜さんがいるであろう、羽沢珈琲店へ。

 

 

 

 

 

 

カランカラン

紗夜はしばらく涙を流したあと、決着をつけると言って、お店を出ていった。。

 

紗夜が店から出た後、静寂が訪れた。

 

「これで...良かったですよね...」

 

すると店の奥から、水色の髪の毛を揺らめかせ、1人の少女が出てきた。

 

「うん、バッチリだよ。ありがとね、つぐみちゃん。」

 

「いえいえ!それもこれも、紗夜さんがあんなに追い詰められているって、花音さんが教えてくれたからです。」

 

「ううん。私も美咲ちゃんに教えもらったんだ。それに、つぐみちゃんに伝えるように言ったのも、実は美咲ちゃんだし...」

 

「...そうだったんですね...」

 

「......あのさ?つぐみちゃん。紗夜ちゃんがタバコ吸ってるって知った時...どう思った?」

 

「えっ?」

 

「あっ、いや、深く考えなくてもいいよ。ちょっと気になっただけだから...」

 

「...嬉しかった...です。

あのかっこいい紗夜さんにも、そういう一面があるんだな、きっと私しか知らない、新しい一面だな...なんて。」

 

「そっか...ごめんね?変なこと答えさせて。」

 

「い、いえ!全然大丈夫です。」

 

「...あれ?美咲ちゃんからメッセージだ。

今からそっちに向かいます...だって。」

 

「でも、紗夜ちゃんは、もう帰っちゃったよ...っと。」

 

「紗夜さんと会えるかなぁ...」

 

「美咲ちゃんなら大丈夫だよ。きっと。」

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ。」

 

「奥沢さん?どうしたんですか?そんな息を切らせて。」

 

「大変なんです!紗夜先輩!リサさんと日菜さんが!」

 

 

 

 

「誘拐されちゃったんです!」

 


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