1660年9月1日、一週間を期限とした降伏勧告が行われるも黙殺され9日に上陸作戦が開始される。東方世界同盟の連合軍がミリシエント大陸北東部に西海同盟の連合軍が北西部に上陸する事になっている。
ミリシアル帝国本土に上陸しない理由は、占領地では線路や街道の整備が間に合っておらず大軍の移動に制限がある為だ。なので迅速に軍を上陸させる事が重要となる。
この作戦は東方世界同盟、西海同盟共に総力を注いで行われる物であり、周辺の軍事基地は軒並み空爆され機能不全に陥っていた。またミリシアル帝国海軍も主要な艦艇はABSMによる航空攻撃で撃沈されており、日本の制空権下では移動もままならない状態である。ここまで一方的にミリシアル帝国の艦隊が叩きのめされたのは未だに多数目標迎撃システムの開発に成功していない為であり、ミサイルによる飽和攻撃を対処出来なかったのだ。
しかも造船所は軒並み破壊され、艦の補充も思うように行っていなかった。しかし陸上戦力はいまだ健在であり、上陸は全力を注いで行われた。東では日本海軍の大和型、長門型6隻ずつ、アルタラス王国海軍のアキアーン級2隻、フィルアデス連合海軍のウェントゥス級3隻のエアカバーと日輪型4隻、古鷹型10隻の支援砲撃を受けて飛鷹型強襲揚陸艦10隻からエアクッション揚陸艇が次々と陸軍を上陸させていき、フィルアデス連合も多くの上陸艇で兵士や戦車を揚陸する。
西でも空母、戦艦、強襲揚陸艦を総動員してエアカバー、支援砲撃の元で上陸を行う。東西からの挟撃にミリシアル帝国軍は首都に近い西海同盟の上陸阻止を主とする事を決定するもグラ・バルカス空軍の最新鋭爆撃機アリエスの空爆で移動もままならず橋頭保は築かれてしまった。
そして東方世界同盟は日本軍の戦車を先鋒にフィルアデス連合の戦車が側面に配置し、その陣形を多数用意して広範囲に同時かつ連続的に進軍すると言うソ連のスチーム・ローラーを真似た戦略を使用してミリシアル帝国首都のルーンポリスへ進んでいき、補給も輸送型の飛行軍艦を多数使用して補給を行い進撃を続ける。
西海同盟も空軍の対地攻撃で戦車などを破壊して徐々にルーンポリスへ進んでいった。中央歴1661年2月ルーンポリスは西海同盟に占領されたが、ミリシアル九世はゴースウィーヴスへの遷都を宣言し抗戦を続ける。
1661年9月12日、ゴースウィーヴスが東方世界同盟に占領され、ミリシアル九世も捕縛された。その後の講和会議で決められた
・ミリシアル帝国は以下の国に対して総額150兆円を賠償金として支払う、内訳は日本40%、アルタラス王国16%、グラ・バルカス帝国12%、ムー12%、レイフォル12%、フィルアデス連合8%とする。
・ミリシアル帝国は陸海空軍以外の戦力を持つ事を禁ずる、警察機構は例外とするが連射可能な銃器及び口径10㎜以上の銃砲類を保有してはならない。
・ミリシアル帝国陸軍は口径10㎝以上の砲の保有を禁ずる。
・ミリシアル帝国空軍は全ての保有機に空中補給装置を取り付けてはならない、また保有機の大きさは全長15m、全幅12mを限度とする。
・ミリシアル帝国の民間機の大きさは全長17m、全幅20mを限度とする。
・ミリシアル帝国海軍は保有艦艇の総数は100隻とする。
・ミリシアル帝国は軍用、民間用問わず排水量2000トン以上の船舶の保有を禁ずる。
・ミリシアル帝国の造船施設は建造可能船舶の大きさを全長100m、全幅20mまでとし、数は20を超えてはならない。
・領土はミリシアル8世時代を基準とし、それ以外の地域は独立させる。独立後の復興費用はミリシエント大陸でミリシアル帝国50%、日本30%、西海同盟20%、ムー大陸でミリシアル帝国50%、西海同盟35%、日本15%とする。
などが主要な内容であり、ミリシアル帝国は没落した。しかしこれは敵対国の消失につながり、軍縮が叫ばれる。しかし日本とムー、グラ・バルカス帝国、レイフォルは新たに強大な軍事力を持つ侵略思想を持った国家の転移が起きる可能性を根拠に軍縮条約は結ばずに各々が無理のない範囲で軍事力を保有すると発表した。
ひとまず世界大戦は終了し、世界に平和が訪れた。