Fate/New Dawn   作:まーく

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0.プロローグ

 月光が、蒼き死神の姿を照らし出す。

 鮮血の如く紅き槍をもって、俺の命を刈り取らんと歩を進める。

 相対するは、

 オレンジ色のなんかトゲトゲがいっぱい付いたボールに手足が付いたような変な奴。

 その手には、俺がスーパーで買ってきたネギが握られていた。

 死神から放たれている極大の殺気は、俺がまともに息をする事さえ許さない。

 男の目を見る。そこには、何の感情も宿っていなかった。怒りも、悲しみも、戸惑いも。そこにあるのは、俺たちを、『殺す』という意志ただ一つ。

 男がただそこにいるだけで、手足が震える。足元が覚束なくなる。呼吸が出来なくなる。

 しかしオレンジ色の奴は、そんな事など意に介さず、男を馬鹿にしているかのように、ネギでゴルフの素振りをしているだけだ。……いや何やってんだコイツ。

 

 月明かりを、雲が覆い隠す。

 両者の姿が、影に飲まれる。

 その瞬間、蒼と橙が、ネギと魔槍が、激突した。

 

 

 何なんだこの状況は……。

 どうしてこんな事になっているんだ───

 

 

  *****

 

 

 

「衛宮、必要とあらば、何かを捨てる事が出来る人間になりなさい」

 

 隣で歩いていた葛木先生が、唐突にそんな事を口にした。葛木先生が誰かに何かを諭すなんて珍しい。どうしたのだろうか。

「例えば、お前は前回の期末テスト、ほぼ全ての教科において平均点を下回り、赤点の教科もあったそうではないか」

「え⁉ そ、その情報をどこで……」

「以前藤村先生がおっしゃっていた」

 藤ねぇっ‼ なにバラしてやがんだっ‼ まぁ、人に聞かれて困る点数を取った俺も悪いけどさ……。

「人の能力には限界がある。遠坂のように優秀ならば別だが、すべての教科で良い点を取るなど普通の高校生には不可能だ。だから衛宮、お前の得意科目が何かは知らないが、苦手な科目も得意な科目も同じくらい勉強するのではなく、ある程度比重に偏りを持たせるべきだ」

「はぁ」

 要するに、『今回の学年末テストでいい点を取れるように勉強方法を変えろ。そしてもうすぐ三年生になるのだから進路とか文系理系とかも真面目に考えろ』ってことか。

「葛木先生にしては珍しく、回りくどい言い方ですね」

「なにも勉強に限った話ではない。衛宮、人助けをするのは構わないが、常日頃から誰もかれも助けて、取捨選択が出来ていないのはお前の悪い癖だ」

「………………」

 取捨選択。

 誰かを救うという事は、誰かを救わないという事だと、親父が死ぬ前に言ってたのを思い出す。

 昔は分からなかったが、今ではもうその言葉を理解できる。けど、頭で理解は出来ても、心では納得出来ない。

 誰も見捨てる事なく、全ての人を救う。誰に何を言われようとも、その理想を諦める事は出来ない。今も昔も、そしてこれからも、それだけは決して変わらない。

 だから俺はこの夢を、今も追い続けている。

 ……追い続けてはいるんですけれども、どれだけ頑張っても、古文と二次関数は救えなかったんですよ……そして多分、勉強する教科を絞ったとしても、大して点数は伸びない気がする……。

 けど、勉強だけの話でないのなら、どうしていきなりそんな事を今、俺に言うのだろうか。葛木先生はそういうタイプじゃないと思ってたけど。

「そして今日、お前は日直であり、朝礼まであと数分しかないにも関わらず、私のプリント運びを手伝っているわけだが」

 それが本題かよっ!

「げ、忘れてた。なんでそれを知って……タイガーか。いや、これ運び終わったら急いで向かいます」

「それが駄目なのだと言っている。お前は今、私の手伝いを放棄して、日直としての責務を果たすべきなのだ。お前のやり方では、両方とも中途半端な結果に終わってしまう。行け。このくらい私一人でも問題ない」

「‥‥‥あの、すみません。中途半端になっちゃって」

 俺は葛木先生に頭を下げ、急いで教室に向かった。

 

 

「何かを捨てる事が出来る人間になりなさい、か」

 

 俺が捨てることの出来るもの。それは一体、何だろうか。

 

 

 

 

 相も変わらずチンプンカンプンな授業をノートだけは機械的に取っていたら、あっという間にホームルームの時間になり、担任の藤ねぇが勢いよく入って来た。その勢いのまま教卓にあがろうとした所、床に落ちてた消しゴムを踏んで盛大にズッコケ、教卓の角に頭を思いっきりめり込ませて気絶した。

 普通の人間なら即死だが、まぁタイガーこと藤ねぇは普通の人間じゃないので大丈夫だ。もしかしたら、アイツには未知の力が働いているのかも……まぁ、そんな訳ないけど。

 クラスの皆は、またかよ、という顔をした後、藤ねぇを気遣うでもなく、ぞろぞろと教室を出て行った。

 さて、バイトに行く前に、生徒会の手伝いでもしようかな。

 

 

 夜も深まり、街の明かりも静寂と共に消え始めた。

 寒空の下、空気が透き通っているのだろうか。冬の大三角形程の明るさの星ならば、うっすらとだが見ることができる。

 ハッキリと見えないのは、申し訳程度に夜道を照らす街灯のせいだ。

 その街灯に照らされながら、家路を歩む。

 バイトが長引いてしまった。桜はもう帰ってしまっているだろう。今日の晩飯は俺の担当なのに、悪いことをしちまったな……。

 坂道に差し掛かった時、ふと、目線を上にあげると、坂の上、道路の真ん中に、白い長髪の少女が立っているのが見えた。

 この道は歩道もないし、今あの子が立っている交差点には信号がついてないのだ。危ないから注意してあげないと。左から大型トラックも来てるし。随分スピード出してるな。

 ───あれ? あの運転手、寝てないか……?

 気が付くと、俺は全力で走り出していた。 

 女の子が、思い出したかのように口を開く。

 

「早く召喚しないと、死ん」

「危ないっっっ‼」

 

 咄嗟に女の子を突き飛ばす。

 直後、強烈な衝撃が体全体に走った。

 

 

 薄れゆく意識の中、

 

 

 あの女の子は無事なのか、それだけが気がかりだった。

 

 

 

 

 

 

 ふと、目を覚ます。

 そこには、見知らぬ白い天井があった。埋め込まれている空調が、ごうごうと音を立てながら生暖かい風を吐き出している。少し埃っぽい風だ。この空調はあまり掃除されていないのか、そんな事を思った。

「じゃ、なくて。ここはどこだよ……」

 上体を起こし、周りを見てみる。等間隔に並んだ誰も使っていないベッドが4つ、カーテンの仕切り、窓の外に見える、新都の町並み……。

 ここは、新都にある大病院のようだ。どうしてこんな所に? 

 昨日は───頭に浮かび上がってきたものは、白髪の少女とトラック、そして、強烈な痛み。

「そうか、そりゃ病院に運ばれるよな」

 全身が、特に頭が鈍く痛む。大型トラックに衝突したのだ、これくらいで済んで良かっ───

 いや待て、なんで俺これくらいで済んでいるんだ? そもそも、どうして生きているんだ? 普段から鍛えているおかげ、では無いよな。

 いや、そんな事は今はどうでもいい。それより、あの子は無事なのか? 突き飛ばしてしまったけど……。

 

 

「おはよう。元気そうだね、お兄ちゃん」

 

 

 ベッドの脇に、あの白い少女が立っていた。

 お見舞いに来てくれたのだろうか。見た所大きな怪我とかは無さそうだ。

「君は───いや、無事でよかった」

 なんだろう、何か言いそうになったけど、特に何も言うことは無い。

「うん。それじゃあ、またね」

 そう言って、少女は俺に背を向けた。なんかアッサリしてるけど、まぁ、特に話す事もないし、こんなものだろう。彼女が扉の前に立った時、扉が勝手に開いた。

 そこには、慎二が立っていた。慎二の姿を認めると、少女が彼に話しかけた。面識があるのだろうか。

「マキリの子倅ね。いや、今は間桐だったかしら。此度は貴方が出るの?」

「……僕はお前の言う『マキリ』でも『間桐』でもない。アンタが言ってるのはジジイの方だ。そして次の当主は妹の方だ。だから二度と僕に関わるな」

「そう」

 少女はそう言うと、病室を後にした。何の話だったのだろう。慎二に視線を投げかけると、

「お前には関係無い」

 と言われた。まぁ、慎二の家は名家だし、色々と外部の人には言えない事情も抱えているのだろう。

「そんな事より、お見舞いに来てくれてありがとう、慎二」

「元気そうで残念だよ、衛宮」

 ああ、相変わらずの口の悪さだな。

 

 

 

 その後、なんてことは無い話をしていたら、一時間ほどたった。ふと、慎二が俺の右手をじっと見ているのに気が付いた。

「衛宮、その右手は」

「ああ、擦りむいたのかな。包帯が巻いてあるし……どうした?」

 慎二は、一瞬だけ何かを考えた後、俺に右手の包帯を取ってくれと言ってきた。包帯の下には、やはり赤い痣みたいなものが出来ていた。

「これがどうしたんだ?」

「いや、何でもない。」

「? 別にいいけどさ」

「……長居しすぎた。じゃあな」

「ああ、またな」

 そう言って、慎二は帰って行った。

 

 

 その後、藤ねぇや桜が見舞いに来たり、トラックの運転手が謝罪に来たり、医者が診察に来たりした。医者によると、明日には退院できるらしい。

 皆が帰った後、病室で一人、何もすることがなく、暇になった。

「寝るか。まだ昼の二時半だけど」

 

 

 目が覚めた。時計を見る。深夜二時か。丸々半日も寝ていたわけだ。……こんな中途半端な時間に目覚めしまうとは。まずいな、しっかり熟睡したせいで、もう一睡もできない。完全に昼夜逆転してしまった。

 さて、何をしようかと考えていたら、ふと、違和感を覚えた。何か明確なものに対してではなく、目の前の光景、いや、空間そのものに。

「? いつもと違う場所で、しかも朝じゃなくて夜に起きたから、かな」

 まぁ、どうでもいいか。よし、魔術の鍛錬をしよう。入院しているからといって鍛錬をサボったら親父に叱られる。気合いを入れて、自己の精神に埋没する。いつも以上に、今日は集中できそうだ。

 

 

 

   ***

 

 

 新都にある病院の屋上、目の前で、落下防止の鉄柵に手を置く私のマスターに、声をかける。

「よろしいのですか? シンジ。神秘の秘匿のこともありますし、それに敵に手の内を晒すことに」

 少年は、明かりが消えゆく街並みを見下ろしながら、少し、溜息を吐き、心底面倒臭そうに口を開いた。

「別に一般人を巻き込むわけでも、大きな爆発が起こるわけでもない。霊体、非自然的存在に対してのみ働く結界……キャスターも同じようなものをずっと張りっぱなしにしてやがるんだ、本来のお前の宝具でもないし、手の内もクソもないだろ。」

 ……確かにそうだ。これは、私の宝具に、シンジが手を加えたものだ。柳洞寺にある結界を参考にしたと言っていたが、そう簡単に模倣できるものなのだろうか。確かに性質は私の宝具と似てはいたのだろうが……。

 それにしても、この冷淡な少年が、友人を、しかも敵になるかも知れない者の為にここまでするとは思わなかった。

 彼はシンジにとって、それ程大事な存在だという事なのだろう。

「分かりました。では、始めます」

 魔方陣に魔力を流し込む。目視できぬほどの薄い結界が、病院全体を包み込む。

 

 

 ***

 

 

 翌朝。結局違和感の正体は何か分からなかったけど、無事退院はできた。一旦家に帰って、昼から学校に行くことにした。

 

 

 校門をくぐった時、また何か違和感を覚えた。病院の時と同じような。

「……もしかして頭がまだ治りきっていないのか?」

 時刻は丁度昼休みに入ったころだった。食堂で昼飯を食べ、授業の準備をする。

 一日休んだだけなのに数学と古文はもうさっぱり分からなかったけど、英語や社会は、藤ねぇと葛木先生が俺の為だけにプリントを作ってくれていたお陰で何とか追い付けた。ありがたい話だけど、勉強しろよ、という無言の圧力を感じる……。

 

 

 そうこうしているうちに放課後になった。藤ねぇが、帰ろうとしている慎二に声を掛けている。

「……何ですか? 部活はしばらく無い筈ですが」

 最近、冬木市は物騒な事件が続いている。犯人がいまだ見つかっていない一家惨殺事件、多数の行方不明者、頻発するガス漏れ事件……学校側も、生徒を夜遅くに帰すわけにはいかないのだろう。部活動は無期限で停止となっていた。

「いや、今日弓道場の掃除担当の美綴さん、風邪で休みなのよ。だから代わりにお願いしてもいいかしら~」

「………」

 慎二は心底面倒臭そうに、溜息をついた後、大人しく首肯した。タイガー相手に拒否権などハナからない事を知っていたのだろう。

 トラが去った後、慎二に声をかける。

「慎二、掃除手伝うよ」

「いらない」

 一蹴された。本当に嫌そうな声で。

 でもまぁ、慎二相手ではいつもの事である。何と言われようと、俺は手伝うだけだ。

「ちょっと生徒会で用事があるから、先に行っておいてくれ」

「来なくていいって言ってるだろ」

 

 ハハ、相変わらずだな。

 

 

 

 生徒会でストーブを修理した後、弓道場に向かった。久しぶりの光景だが、以前と全く変わっていない。

 慎二は、黙々と床を雑巾がけしていた。入ってきた俺に見向きもしない。

 さて、やりますか。掃除用具入れから雑巾とバケツを取り出し、黙々と掃除をする。二人の間には、何の会話もなかった。

 三十分くらい経ち、粗方終わった所で、なんとなく、的を見る。久しぶりに射ってみたいなと、ふと思った。まぁ、弓が無いから出来る訳がないのだが。

 慎二が、唐突に口を開く。

「衛宮、お前弦張り直すの得意だったよな」

「え? ああ、直して欲しいのか。いいよ」

 慎二が、自分の弓を俺に渡す。

「掃除は終わったし、僕は帰る。弓は明日返せよ」

 そう言って、慎二は帰ってしまった。

「……ありがとうな、慎二」

 

 さて、今日は、隅から隅まできっちり掃除しよう。その後、少しだけ射をやって帰ろう。

 

 

 

「……っと。もうこんな時間か」

 真っ暗になってしまった空を見上げ、まずいな、と顎に手を当てる。

 見上げた空は白い雲に覆われ、月明かりを遮ってしまっている。おかげで、今が何時ぐらいなのか全く判らない。

 久しぶりに弓道場に来たという事もあり、ついつい掃除に気合をいれすぎてしまった。これじゃあ、弓を引く時間は無いな……仕方ないか。

 でもまぁ、その甲斐あってか、床には埃一つない。次に誰かがここに来ても、気持ちよく過ごすことが出来るだろう。

 自分の努力で、他人が報われるならそれでいい。

「早めに帰らないとまずいな。最近、なんか物騒だし」

 ここの所冬木はなぜか事件が多い。俺が被害者になっても何ら不思議ではないのだ。

 嫌な静けさの中、なんとなく、不気味な気分に襲われた。

 

 

 ***

 

 

 また、今日という日が終わる。

 太陽はとうの昔に沈み、街は静かな闇に覆われている。

 時刻は、既に夜の八時。学校に残っているのは、わたしと……横に居る、甲冑姿の少女だけ。ブリテンの騎士王、セイバー、アルトリア・ペンドラゴン。わたしが今回召喚に成功したサーヴァントだ。

 お父様が前回の聖杯戦争の折、もしもの時の為に用意しておいた予備の聖遺物を、何が出るか分からないまま使ったけど、これ程の大英雄を呼び出せるとは思ってもいなかった。

 これが『予備』なのだ。お父様は一体、どれほど強力な英霊を使役していたのか、わたしには想像もつかない。

 

 

 そんな彼女と、目の前の異物を見下ろしながら、わたしは静かに口を開く。

「セイバー、貴方たちってそういうモノ?」

「…………」

 対するセイバーは、無言。その沈黙が、何よりも雄弁な答えだった。

 ———結界。

 古来より存在する魔術であり、基本的には術者を護る働きを持つ。一定の区域に作用し、範囲内への人目を避けるものから、踏み入った者へ何らかの束縛を与えるものまで、その効果は様々だ。

 その中でも最上位のモノが、わたしの目の前には存在している。

 堂々と描かれた刻印は、魔術師にしか見ることが出来ない。刻まれた文字は見た事も聞いた事すらないカタチだ。

 魔術師であるわたしの知識に無いモノだが、それでもこれが桁違いの神秘で貼られたモノである事は理解できる。

 そして、何より厄介なのは……この結界の性質が、“攻撃”である事だ。

 おそらくは、生命活動に干渉する結界。まだ未完成のようだが、こんなものが完成すれば、一般人はひとたまりもない。

 いや、これは、下手したら私ですら影響をうけるかもしれない。結界というものは普通、地形・場所に作用するもので、自分の体に魔力を通している魔術師には効きにくい。

 だけどこれは……しかも認識阻害の魔術防壁のせいで、これがどのようなもので、どれくらいの脅威なのか、大まかにしか読み取れない。

「…………」

 朝のうちに異物の存在を探知したわたしは、夜になるのを待ってからセイバーと合流し、こうして結界を調べていた。

 この屋上で、結界の起点、所謂呪刻は七つ目。当然全てを解除した……と言いたい所だが、これはもうわたしの手には負えない。発動の妨害くらいは出来るが、呪刻そのものの撤去は出来ない。

「───」

 セイバーは口を結んだまま開かない。しかしその険しい表情が、彼女の怒りを示している。

 それも当然、と言えば当然だ。こんなモノ、まっとうな人間なら許容出来る筈もない。

 魔力を奪う、活動を制限する、なんて生易しいモノじゃない。精神や体力ではなく、魂そのものを奪う血の結界。

 だが、魂なんてモノを手に入れた所で、それを扱える魔術師は存在しない。魂という概念は扱いが難しく、それを確立させた者は歴史上たった一人しか確認されていないのだ。

 そんな集める意味のないモノを、大規模な結界を設置してまで奪おうとする目的。一般人にも、魔術師にも使い道のない魂が必要だとすれば、それは───

「───サーヴァントのエネルギー源、か。こんな事をするなんて、ほんとに英霊なのかしら」

 セイバーが、感情を押し殺した声で答える。

「……確かにあまり好ましくない行為ではありますが、非常に合理的な手段ではあります。自らが有する魔力量の限界を理解し、効率的に魔力の確保を図っている。これを仕掛けたマスターは、ある意味正しい」

「……なによ、それ」

 確かに、手段としては確実だろう。学校の生徒を丸ごと魔力に出来るのだ、効率だけを考えれば優れていることは間違いない。

 だけど、その為だけに、何の咎もない一般人を何百人も虐殺していい筈がない。

 それに、これを貼った奴は何も考えていない。

 何百人もの一般人を巻き込む結界に、神秘の秘匿なんて要素は見当たらない。そんな基本すら無視する魔術師なんて、よほどの馬鹿か、或いはとんでもなく自信がある者だけだ。

「───潰すわ。こんなものをわたしの土地で使おうなんて、癪に障るったらありゃしない」

「ええ。敵にむざむざ魔力を補給させる訳にはいきません」

 セイバーの表情は険しいままだが、口から出る言葉は冷淡だ。

 ……恐らく彼女は、自らの判断と行動から個人的感情を切り離す事ができる人間なのだ。必要とあらば一般人を犠牲にする事も躊躇わないのだろう。

「……凛」

「分かってるわ。余計な心配は無用よ」

 

 そう、わたしは魔術師としては甘すぎる。

 そんな事、言われなくても分かっている。

 取り敢えず、結界は消さなくちゃ。左腕を突き出すと、刻まれた魔術刻印が淡く光った。

 

 

「嬢ちゃんにソイツが消せるのかぁ?」

 

 

 その声に、身体が咄嗟に動いた。

 振り返る。

 身を包むのは、蒼い鎧。

 愉快そうに吊り上がった口元は、粗野でありながらもどこか親しみ深さを感じさせる。

 顔は笑っているが、こちらに向けられた目線は鋭い。そこに込められた殺気は、この男が歴戦の戦士であることを示していた。

 だが何よりも先に、その圧倒的な存在感が、それは人間ではないと告げている———

「まぁ、オレにとっちゃあどっちでもいいんだがよ。用があるのは、そっちの姉ちゃんの方だ」

 隣に立っているセイバーは、既に臨戦態勢に入っていた。セイバーに用……という事は、コイツやっぱり———!

「サーヴァント……!」

「そうとも。で、それが判るお嬢ちゃんは、オレの敵ってコトでいいのか?」

 

 背筋が凍る。

 何でもないという風に、まるで世間話のように告げられたその一言。だがその言葉は、命を懸けた闘いの始まりを意味する。

 まるで、蛇が鎌首を擡げているような。そんな、危険な感覚。

 取り敢えず、離れなければ。魔術師ではサーヴァントには絶対に敵わない。冷静になれ。セイバーの邪魔にならない所は───

「……ほう、大したもんだ。年の割には度胸が据わっている。こりゃあ、ひょっとしたら少しは楽しませてくれるのか?」

 

 男の腕が静かに上がる。

 次の刹那、何も握られていなかったその手には……血のように、不気味な槍が現れていた。

「っ! セイバー‼」

 わたしと槍兵の間に入るセイバー。

 その隙に、屋上の隅に駆ける。

「……何が目的だ、ランサー。何故我々が気付く前に攻撃してこなかった」

 今まさに殺し合いが始まろうとしているにも拘らず、冷静な態度を崩さないセイバー。その言葉に、槍兵が答える。

「様子見、って所だな」

「そうか。では十分に見ただろう。満足して逝け、ランサー」

「ハハッ、血の気の多いこった。三大騎士クラスの一つ、セイバーか。その上不可視の剣……コイツは骨の折れる仕事だぜ───」

 そう言いながら、身体に魔力で二つの文字を書くランサー。瞬間、全身を紅色の光が包み込む。

 あれは確か、ルーン魔術か───?

「凛、ここであの男を切り捨てても宜しいですか?」

 セイバーが、わたしに問いかける。

「ええ。……わたしは邪魔にならない所に……」

 そう言って、一瞬、ランサーとセイバーが重なって見える位置に立つ。

(セイバー、床が崩れたら、一気に襲いかかって)

(───! 分かりました)

 左手を床に置き、刻まれた魔術刻印を起こす。

 

in einergeradenLinie(直線上) ,Material der Konstruktion(構成材質),Zusammenbruch(崩壊)!!」

 

 瞬間、ランサーとセイバーの立っていた場所が、塵となって消滅した。

 

「ほう!」

「はぁぁぁぁっ!」

 

 即座に切りかかるセイバー。

 今二人が降り立った場所は、廊下だ。ランサーのあの長い槍は、広い場所であればそのリーチが脅威となるが、スペースが狭い屋内戦闘においては足枷となる。大上段からの叩きつけや薙ぎ払いなどが使えなくなる為、武器のリーチが短いセイバーが有利に成るはず───!

「ハッ、いい考えだな、嬢ちゃん」

 しかし、槍兵は動じない。槍の中ほどを持ち、苦も無くセイバーの攻撃を捌いていく。

 セイバーのパワーは、間違いなく聖杯戦争中最強だ。その踏み込みは床に亀裂を走らせ、その一撃は剣を振るうだけで学校全体が震える程だ。まともに受ければ槍を持つ腕が折れる事は間違いない。

 まさに、重戦車の如き攻撃。

 一撃、只の一撃槍兵が受けるだけで、勝負は決するに違いない。

 だが、その一撃が決まらない。槍兵は攻撃を正面から防御するのではなく“いなしている”。剣先を逸らさせ、力を受け流し、微妙に真正面には立たないように立ち回っている。

 この狭い廊下の中、槍を縦にも横にも出来ない状況であるにも関わらず。

 何という技量。これ程の死線など、幾度となく潜り抜けて来たとでもいうのか。セイバーが攻めあぐね、状況を打開しようと、より威力の高い大振りな攻撃を繰り出し始める。 

 その隙を、槍兵は見逃さなかった。

「シッ───!」

 攻撃の合間を縫って、鋭い突きが繰り出される。即座に防御するセイバー。

 しかし、その槍は蛇のように()()()()()()セイバーの胸に———かろうじて刃が掠り、セイバーの肩に突き刺さった。

「な——⁉」

「え⁉ 今のって───まさか宝具⁉」

 槍が、現実では有り得ない軌跡を描いてセイバーを貫いたのだ。一体どんな……。

「ほぉ、初見で今のを防ぐか」

「っ……幻術の類か? しかし私に並の魔術は効かない筈───」

「宝具でも幻術でもねーよ。今のは槍のしなりと目の錯覚を利用した『技』だ」

 技⁉ 曲がる突きなんて聞いたことも無い……これが『英霊』……しかし、ランサーが人智を超える技を持つように、セイバーもまた常識を超えた能力を持つ。

「……へぇ、傷が勝手に治るのか。しかも中々な早さだ。便利な体だなぁオイ」

「侮るな、ランサー。先の技、最早私には通じない」

 一度喰らっただけで、もうあの不可思議な技を見切ったのか。何という眼力。いくら攻撃を受けようとも、セイバーの体は自動で治癒され続ける。先の絶技も最早通じる事はない。このままいけば、ジリ貧になるのはランサーの方だ。

 しかし、ランサーは余裕な態度を崩さない。

「そうかい。じゃあ他の技を使うとするかっ!」

 先ほどまでとは一転、ランサーの猛攻が始まった。

 凄まじい速度の連撃、最早わたしの目で追うことは出来ず、無数の槍が雨霰となってセイバーに襲いかかっているようにしか見えない。

 なんという速さ、これがランサーの本気か。

 しかし侮るなかれ槍兵よ、ここに居るのはかの名高きブリテンの騎士王なり———

 連撃の中に紛れた一瞬の隙を突き、槍兵の槍を剣で無理矢理右へ逸らすことで、懐に入る。

「上手いッ!」

 槍という武器は懐に入られたが最後、攻撃ができなくなる。リーチの長さ故の弱点だ。

 咄嗟に右足の蹴りでセイバーの脇腹を狙うランサー。

 しかしそれを読んでいたセイバーは左手の手甲でそれを防ぎ───膝から先の軌道が突如変化し、ランサーの足がセイバーの側頭部に叩き込まれた。

「がっ⁉」

 勢いよく壁に叩きつけられるセイバー。

「なっ、嘘⁉ ブラジリアンキック⁉」

 

 ブラジリアンキック。エセ神父から少しだけ見せられた事がある。蹴り上げる軌道の途中で軸足を返す事で、腹部を狙った蹴りから頭部への蹴りに突如変化させるというものだ。

 口で言うのは簡単だが、実戦で使うなんて、それこそ言峰クラスの格闘家でなければ出来ない最高難度の芸当だ。それを一介の槍兵が……?

「ほぉ、あの一瞬で頭を少しずらしてまともに喰らう事を回避しやがった。さっきのもそうだが、中々勘が鋭いねぇ、姉ちゃん」

「セイバー‼」

「くっ……問題ありません、凛」

 気丈に答えるものの、重心が安定せずふらふらとしている。頭部への強烈なダメージは、流石にすぐには回復しないのか。

 ……令呪を使うべきか? しかし、ランサーは何故か追撃をして来ない。

「……なぜ、とどめを刺しに来ないの?」

「だから言っただろ、『様子見』だって」

 訳が分からない。ランサーのマスターは、敵を殺すなという令呪でもかけているのだろうか。しかしランサーの動きは、令呪で縛られているとはとても思えない。

 ……悔しいけど、まともにやりあっていれば危なかった。

 セイバーの宝具は間違いなく最強だ。宝具の打ち合いになったら絶対に負けないだろう。しかし、この男の前では、宝具を解放する隙さえ無かった。

 圧倒的な敏捷性。それに、さっきの蹴りの威力から察するに、その膂力は恐らくセイバーと同等……。

「嬢ちゃん、オレは優しいからよ、一つだけ忠告をしといてやる」

「え?」

 そう言うと、ランサーは目にもとまらぬ速さで槍を回転させた。

 ランサーがピタッと動きを止める。

 その瞬間、天井が、壁が、窓ガラスが、全てがバラバラに切り刻まれた。

 

「え⁉」

「凛‼」

 

 セイバーに抱えられ、建物が崩れる前にグラウンドへ飛び出す。

 振り返ると、わたし達が立っていた場所は完全に崩れ去っていた。

 

 

「まぁ、そういう事だ」

 隣には、いつの間にかランサーが立っていた。

「オレ達を、人間と同じ尺度で考えない方がいい」

 

 そう、ランサーは槍を自由に振るえない訳ではなかったのだ。

 建物の中にいようが、建物ごと切り裂く事ができるのだから。

 ふと、ランサーが弓道場の方を向いた。

「あちゃー、まだ人が残っていやがったのか。神秘の秘匿ねぇ。めんどくせー時代になったもんだ」

 そう言うと、ランサーはフッと姿を消した。

 

「ッ‼ 追って、セイバー‼」

 無言で首肯するセイバー。こちらに向き直りすらせず、セイバーはランサーを追って疾駆した。

 まさか生徒がまだ残ってたなんて……。

 ああくそっ、なんて間抜けなのわたし!

 今まで十何年、ずっとそんな失敗はしなかったのに、よりによってなんで今日に限って……っ!

 

 

 

 冷たい弓道場。

 月明かりの下、セイバーは静かに佇んでいた。

 その流麗な顔には、困惑の表情が浮かんでいる。その足元には……物言わぬ躯が、一つ転がっていた。

 ツンと鼻を突く、錆びた鉄の臭い。

 床に溢れた血だまりは、つい先程まで、その躯が生きていた事を物語っていた。

「……追って、セイバー。ランサーはマスターの所に戻るはず。こいつの手当ては、わたしが引き受けるわ」

「あの……凛、手当ては不要だと思います」

「……そう。死んだのね」

 

 感情を押し殺す。これは、わたしの責任だ。

 わたしがもっと気を配っていれば、こんな事は、避けられたに違いない。

「いえ、その……逆です。()()()()()()()。私が近付いた時、出血が止まり、傷がひとりでに塞がったのです」

「……は?」

もしかして、あの男か? だけど一度殺してから治療するなんて、意味不明にも程がある。 

 一体、あの男は何を考えているの……?

「と、取り敢えず、記憶を部分消去して、服と床に付いた血を綺麗にするわ。セイバーはランサーを追って頂戴」

「……分かりました」

 困惑の表情を浮かべたまま、セイバーは走り去った。

 一応、生徒の顔を確認する。

 

「───え?」

 

 時間が、止まる。

 

「嘘でしょ。なんで、アンタがここに───」

 

 

 ***

 

 

 夢を見る。

 剣だ。

 誰もいない荒野に、数多の剣が突き刺さっている。

 その光景は、どこまでも、俺の心を虚ろにさせる。

 寂しい、淋しい、サビシイ。

 小高い丘に、傷だらけな白髪の男が独り立っていた。

 ここはきっと、()()()()が行きつく果てだ。

 

 

 

「…………」

 

 目を覚ます。

 見慣れた、懐かしい天井がそこにはあった。

「げ、寝ちまってたのか。もう真っ暗じゃないか。……まぁ、桜は『今日は家に行けないんです』って言ってたし、タイガーはどうでもいいし、別にいいか」

 さて、今夜は鍋で済ませてしまおうかな。商店街は……もう閉まってるか。スーパーがまだ空いてるといいけど。

 

 

 ようやく家についた。なんか長い一日だったな。

 さて、カギカギ、寒いし早く入───

「まだ生きてやがったのか」

 ぞっ、と背筋を冷たいもので撫でられたような感触。

 からん、と。鳴子のような音が響き渡った。

 振り返ると、蒼い鎧を纏い、真紅の槍を持った男が立っていた。

「え? どなたですか?」

「…………ハァ。あのお嬢ちゃん、人が好過ぎるにも程があるぜ。ほっときゃあいいものを、ご丁寧に治療した上で記憶を消すとはな」

「? 何の話、ですか?」

 どうやら頭のおかしい人のようだ。変な恰好してるし。警察を呼ぼうにも電話は家の中だ。ここは自分の身は自分で守る必要があるな……。

 男が動く。

 取り敢えず、蔵まで駆ける。

 武器になるような物が何かあるはずだ───

 

「そら」

「がっ⁉」

 

 左腕に、衝撃。

 持っていた袋を落としてしまう。

「じっとしてろよ。仕方ねえが、嬢ちゃんに免じて記憶を消すだけにしてやる」

 痛い痛い痛い。

 男が何か言っているが、全く頭に入ってこない。

 武器だ。今すぐに武器がいる。

 足元に、袋から落ちたネギが見えた。

 咄嗟に拾い、強化を施す。

同調、開始(トレース オン)

 ネギの造形を読み込み、空いている隙間に魔力を流し、一時的にその強度を上げる。

 こんな簡単な事ですら、今の俺には難しい。

 けれど、それすら満足に出来ないのなら、今まで俺は何をやって来たというのだ───!

「構成材質、補強」

 ……うまくいった。正直、全然集中出来てないというのに、何故かすんなりと強化できた。

 滅多に成功しない強化魔術。強度を上げるというただそれだけの魔術だが、成功したのは何年ぶりだろう。

 だけど、

「よっ、と」

 あっけなく、俺の手から弾かれた。

 いくら硬い物を持っていても、俺自身の力が全然足りていなかった。

 なんなんだコイツの腕力は。ただの変質者じゃないのか?

「随分と初歩的だが、一応魔術を使えるのか。……ん? この坊主が魔術師なら、神秘の秘匿なんて心配しなくてもいいのか? まぁ、一応消しておくか」

 俺を消すと、男は言った。魔術の事も知っているようだった。

 魔術師狩り、のような者なのか?

 わからない。取り敢えず、蔵に向かって走る。

 走れ走れ走れ!

 

 

 男が俺を殺すよりも早く、蔵にたどり着けた。

 扉を閉め、鍵をかける。どうしよう、事態は一向に改善していない。

 取り敢えず、朝までここに立て籠もれば───

 扉に、何本もの線が走った。

 瞬間、分厚い扉がバラバラになり───蒼き死神が、月明かりの下に照らし出された。

「手間かけさせんなよ、全く」

 ───終わった。近くに武器に出来そうな物もない。

 いや、武器があった所で、鉄製の分厚い扉をバラバラにできる奴に勝ち目なんてない。

 駄目だ。

 こんなバケモノ、俺なんかにどうこう出来る訳がない。

 

「───」

 

 

 あの日の夜と同じだ。

 俺の力ではどうしようもない、理不尽な絶望。

 ただ、願う事しか出来なかった。

 この絶望を覆して欲しい。

 願いは届いた。俺は救われた。

 けど、俺しか救われなかった。

 あの日死んでいった人たちの為に、

 親父のように、心から嬉しそうな顔をするために、

 俺は、絶望を塗り替えるような、正義の味方にならなくちゃいけないんだ。

 だから、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。

 

 

「───お前みたいな奴に、殺される訳にはいかないんだ‼」

 

 

 その瞬間、蔵の奥から大きな柱が飛び出してきた。

 男がその下敷きになった。

 

 

「───へ?」

 

 柱には、大量の粘着式時限爆弾と、

 

「た、助けてくだしゃい……」

 

 オレンジ色の、謎の生物が括りつけられていた。




一応、行き当たりばったりではなく、最終話までのプロットは出来ています。
書き上げたいなぁ・・・・・・
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