「……へ?」
何だこの生物? なんで我が家の蔵に……。
「いいから早く縄をほどけよぉぉぉぉ‼ もうすぐ爆発するぞ!」
「爆発?」
柱にくっついている爆弾に目を落とす。残り10秒───
「ええええええ⁉」
急いで結び目を探す。
あった。何故にちょうちょ結び……。
「ほどけた!」
「脱出だぁぁぁぁ‼」
急いで蔵を飛び出す。
「伏せろぉぉぉぉぉ‼」
その日、俺が十余年もの間、毎日魔術の鍛錬の場として過ごしてきた蔵が、盛大に爆発した。
「ハァ、ハァ、ハァ」
「助けてやったんだ、オレ様に感謝しやがれ!」
「ハァ、……いや、助けたのは俺なんだけど……」
まぁ、実際助かったのは確かなのだが。
「そーいやアイツ誰だったんだ?」
「分からない。けど、バケモノみたいな強さで、俺を殺そうとしてきたんだ」
「ふーん」
オレンジ色の奴は、興味無さそうにハナクソをほじくっている。いや興味無いなら聞くなよ……。
「オメー、名前は?」
「俺? ……衛宮、士郎、だけど」
「ふーん」
「興味ないのね……その、お前の名前は?」
「聞いて驚け! 恐れ慄け! オレの名は……アイツ、まだ生きてるみてーだな」
「え?」
蔵の方を見る。
瓦礫の下から、あの男が這い出てきた。あれ程の爆発に巻き込まれたにも関わらず、その体には汚れはあれど傷一つ付いていない。尋常じゃない腕力といい、あの男は、人ならざる者なのか?
男の表情には、怒りもなく、戸惑いもない。ただ、なにか面白いものを見つけたような、薄気味悪い笑みを浮かべているだけだ。
しかし、その目に宿るのは殺意だ。あいつは俺を、俺たちを、殺すつもりだ。
「おい士郎! 武器だッ‼ なんか武器はねーのかよ⁉」
隣にいるオレンジ色の奴が、声を荒げる。武器だって? そんなもの……と、手に何かカサリという感触を感じた。これは、スーパーのレジ袋か。中には、大根と豚肉、それと……いや、他はどうでもいい。俺は大根を手に取り、強化の魔術を施す。上手くいってくれ……。
「
強化しようとした大根を取られる。おいそれただの大根だぞ⁉
「こんな所にこれ程の名剣があるとはなァ……天の助ッ、お前の剣借りるぜ‼ うおおおおおおおお!!!!」
オレンジ色の奴が良く分からない事を言った後、何の変哲もないただの大根を持って男に襲い掛かった。
大根を大上段に構え、男に振り下ろそうとした刹那、一閃。
「あっ」
大根は男の薙ぎ払いで綺麗に両断された。
男はそのまま流れるようにオレンジ色の奴を貫いた。
「グハッ」
男が槍を引き抜くと、そいつは吐血してその場で倒れた。
「…………」
「…………」
ええええ……何がしたかったんだろう、アイツ。
オレンジ色の奴は、そのまま起き上がり、てくてくと俺の所まで歩いて来ると、泣きながらこう言った。
「負けちゃった……」
「いや当たり前だよ」
何故大根で勝てると思ったのか。
後何サラッと復活してるんだよ……傷とかも無いし。
まぁ、コイツなそういうものなのだと、何故か妙に納得している俺がいる。
けど、男にとってはそうどうでもいい事ではないらしく、槍を構えたままその場に留まり、こちらの様子を警戒している。
「……何者だ、てめぇ」
男が感情のこもっていない声でそう尋ねる。しかし全身から発せられる極大の殺意は隠しきれていない。
「オレの名は首領パッチ」
「なっ───真名をばらしやがった……ハッ、単なるバカなのか、それともくだらねえ嘘をついているだけなのか……まぁいい。首領パッチなんて英霊は知らねぇし聞いたこともねぇ。その名が嘘であれ真であれ、正体もクラスも判らない事に変わりはねぇな……。オレはまぁ、見ての通り、“ランサー”だ」
聞きなれない単語を口にする青い男。
そして、この謎の生命体(?)の名前がやっと分かった。首領パッチか。何だろう、すごくしっくりくる名前だ。そんな事を思いながら、首領パッチの方を見ると、何故か腹を抱えて笑っていた。
「ギャハハハ‼ おい士郎、ランサー♂だってよ‼ 全身ピチピチもっこり蒼タイツだし、コイツ絶対ガチホモだぜ‼ 必殺技名には多分『ゲイ』ってついてるぜ‼ 太くて硬い槍♂を相手のケツにぶち込むことで相手のハートをゲットしてきたんだろうぜwww」
「おい、性的マイノリティに対する差別的発言は———」
───ってなんで俺こんな事言ってるんだ? いや突っ込むべき所はそこじゃないだろう。
ランサーとかいう男の方をチラッと見ると、ああ、かなり怒ってらっしゃる……眉間に皺を寄せ過ぎて、右眉と左眉が連結しそうだ。
「───成程。あの糞神父が言ってたのは、お前だな」
ランサーが、口を開く。
瞬間、空気が凍り付く。
「あいつは俺に、一つだけ令呪を使った命令を出しやがった」
男が、ゆっくりと構え方を変える。
「
男が動きを止めた。
瞬間、堰を切ったように、男から膨大な魔力と、殺気が放たれる。
空気が歪む。大地が震える。
何なんだあの魔力量、人間が出していい量じゃない。
本能が訴えかけている。お前はもう死ぬと。助からないと。
アレは、人のカタチをした天災だ。人類が太刀打ちできるものじゃない。
「くそっ、首領パッチソードさえあれば……おい士郎‼ 何か武器はねーのか‼」
首領パッチの声で我に返る。まだだ、まだ衛宮士郎は死ぬわけにはいかない。武器になりそうな物を探して、辺りを見回す。
あった。さっきランサーに弾き落されたネギが。あれは既に強化をしてある。あれを取りに行ければ……けど、かなり距離がある。
くそっ、間に合うか———
「その心臓貰い受ける」
死神から、無慈悲な死刑宣告が下される。
槍兵の纏う膨大な魔力が、その鮮血の如く紅き槍に収束していく。
放たれる前から理解してしまう。あの一撃から逃れられる者など存在しない。狙った獲物は過たず穿たれる、文字通りの必殺。
「ここは俺に任せて行け‼」
首領パッチが叫ぶ。
「でも!」
「このセリフ一度言ってみたかった……」
首領パッチが頬を染める。
「言ってる場合かよ‼ ああチクショウッ!」
槍兵に背を向け、ガムシャラに走る。
「“
ネギを何とか拾う。その瞬間、轟、と槍が唸る。
見ると、ランサーは首領パッチとの距離を詰めていなかった。
あの距離から? 一体何を───
「───“
ランサーは、膨大な魔力を込めた槍を首領パッチに向かって突き出した───
───突き出した。
……突き出した。
……突き出した。
……うん。当たり前の事なのだが、距離が開いているので、突き出しても刺さらない。投げる訳でもなく、先端からビームが出る訳でもなく、ただ槍から魔力を放出させ、大気へと返した。それだけだった。
マジであの距離から一体何をしたかったのだろう……。
ランサーが驚きと戸惑いに満ちた目で首領パッチを凝視する。
「……テメェ、まさか
は? 心臓が無い?
もし、今の技が、『狙った相手の心臓を必ず穿つ』というものなのだとしたら、成程。相手が心臓を持っていなければそもそも発動しない訳だ。
……コイツ何なの? 虫か何かなの?
当の本人は呑気に笑ってるけど、下手したら、というか十中八九死んでもおかしくなかった状況だぞ……。
「イヒヒヒヒ‼ ゲイ♂ボルクだってよ‼ 予想的中だぜっ‼ しかもかっこよくポーズ決めてキメ台詞までっ、ギャハハハ‼ ただの痛い奴じゃん‼ はぁ~ずかしぃ~」
うわあ……やめて差し上げて……ランサーはもう顔を真っ赤にしていた。
「ってうぉい! 士郎、それ首領パッチソードじゃねぇか‼ 寄越せッ!」
ほぼ反射的に首領パッチの言葉に反応し、強化したネギを投げて渡す。
「……首領パッチソード? あと今思ったんだけど、それ、強化しているとはいえ、只のネギだぞ? さっきの二の舞になる気が」
「大丈夫だって! 余裕余裕~♪」
首領パッチはそう言って、ネギでゴルフの素振りを始めた。
月光の下、全身青タイツの紅槍を持った男とオレンジ色の謎の生命体が我が家の庭で相対しているのは、傍から見れば中々シュールな光景である。
月を、雲が覆い隠す。
両者の姿が、影に呑まれる。
瞬間、両者が互いに向かって疾駆した。
「シッ───!」
「オラァァァ!!!!」
両者の武器が、激突する。
耳を貫くような爆音とともに、火花が飛び散る。
武器と武器との衝突は、一度や二度では止まらない。
三度、四度、五度、両者の剣戟は、最早目で追いきれない程に加速していく。
空気が爆発したと、そう錯覚させるような、凄まじい連撃の応酬。
両者の攻撃が余りにも早すぎて、まるで無数のネギと槍が交錯しているかのようだ。
男の攻撃は、苛烈そのものだ。しかし絶え間なく繰り出される数多の技は、どこか優美さを感じさせる。
まるで蒼き龍が、真紅の長布を身に纏い、闇夜に舞っているかのようだ。
素人の俺にすらそう感じさせる、圧倒的なまでの技量。あれは天賦の才だけでも、極限の努力だけでもたどり着けない。その双方で頂点に立たねば、あの域には至れないだろう。
対する首領パッチは、なんだろう、ものすごくはやく、矢鱈目ったらネギで叩いてるだけに見える。
いや、実際そうなのだろう。技もクソもない。例えるなら、スーパーのオモチャコーナーで欲しいものを買って貰えず駄々をこねてる幼稚園児、みたいな。
極限まで磨き抜かれ、最早神域にまで至ろうとする程の者が最高峰の武器を用いているのだ。スーパーで買ったネギでテキトーに叩いてる首領パッチが勝てる訳が───
壮絶な打ち合いの末、攻撃を弾かれ、大きく体勢を崩したのは、ランサーだった。
「何ッ⁉」
「おらよっ‼」
男のガラ空きになった鳩尾に強烈な前蹴りを喰らわせる。
「ぐばっ!」
吐血しながら、一瞬くの字になった男の脳天に上から拳骨を叩き込む。
男は頭から地面に突っ込み、そのまま動かなくなった。
「……へ?」
頭が地面に埋まり、うつぶせのままピクリとも動かない槍兵の体を踏みつけながら、首領パッチはネギを高らかに上げ、
「わーい、勝ったー」
勝利を宣言したのだった。
終わった、のか? 安堵したと同時に、気を張っていた全身から力が抜け、その場にへたり込んでしまった。
「良かった……一体、あの男は———」
その時、どこからか視線を感じた。なんとなく、家の屋根を見る。しかし、そこには誰もいなかった。……気のせいか。
「ん? おいてめぇ、オレの体に何書きやがグハッ」
突如、首領パッチが血を吐いて倒れた。と同時、地面から爆炎が巻き起こる。
「……まだだ……まだ終われねぇ……」
よろめきながら、ランサーが身を起こす。
魔力で自らの体に文字を書くランサー。柔らかな光が全身を包み込み、男の口と頭から流れ出る血が止まる。あれは、治癒魔術か———?
首領パッチが、幽霊となって俺の下へやって来る。
「おらーは死んじまっただー♪」
「いやピンピンしてるじゃん……」
何今の流れ。そもそもなんで吐血したんだよ。
「死のルーンも効かねぇか……まぁいいさ。どの道マスターを殺せば、それで終わりだ」
ルーン、マスター、耳慣れない単語を口にするランサー。だが、それが何なのか考える暇なんてない。さっきまでとは比較にならない程の、膨大という言葉でさえ足りない量の魔力が、ランサーの槍に集まっていく。
何だ。いったい何をするつもりだ。
やばいやばいやばい。
「首領パッチ‼ ちょ、やばいって‼」
オレンジ色の体を揺さぶる。しかし首領パッチは悟りきった顔のまま、穏やかな態度を崩さない。
「人はいつか死ぬものです」
アルカイックなスマイルを浮かべる首領パッチ。
「そんな事言ってる場合かよぉぉぉぉ‼」
……ランサーが、地に伏せるような構えを取った。同時にあの凄まじい量の魔力が、全く漏れ出る事無く、彼が携える真紅の魔槍に収束されていく。
一瞬、静寂が訪れる。冷たい風が、俺の頬を撫で、槍兵の髪を揺らす。
「この一撃、手向けとして受け取るがいい」
呼吸さえ困難な程に凍り付いた空気の中、槍が静かに唸りを上げる。全てを破壊してやると、そう言わんばかりの魔槍の猛り。直感した。あれが放たれれば、俺という存在が塵一つ残さず消滅する。
地を踏みしめた足は、地面を割り、尚も深く沈んで行く。上半身は極限まで撓められ、逆手に握られた槍が軋みを上げる。紅の魔槍が、今まさに解放されようとしていた。
「───行くぞ」
槍兵が跳躍する。
空が震える。あの槍に、世界そのものが怯えているのか。
「“
すまない、親父。アンタの願いは───
「はぁぁぁぁぁぁ‼」
その瞬間、闇夜に銀の彗星が奔った。
「チッ!」
突然の襲撃により、攻撃を中断するランサー。空中で、謎の敵を迎撃する。
地面に降り立つと同時、再び跳躍して屋根の上にあがる。
「流石にサーヴァント二人を相手にするのは無理だな……首領パッチ、てめぇだけは絶対に殺す」
そう吐き捨てた後、ランサーの体は光の粒子となって、夜の空に溶けていった。
助かった、のか? 今度こそ本当に。
「ご無事ですか」
鈴のような、少女の声。
月光に照らされる白銀の甲冑。
柔らかな金の髪に、西洋人形のような精緻に整った顔立ち。
凛々しく澄み渡った翡翠の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめている。
「え、あ、その、平気、です」
その姿が余りにも現実離れしすぎて、しどろもどろな受け答えをしてしまう。
「それは良かった。しかし、ランサーは何故、この無力な少年に対して自らの宝具を───⁉」
少女の目に、驚愕の色が浮かんだ。視線の先には、
「プルコギ、プルコギ」
プルプルと震えながら、両手を狐の形にして、謎の動きを繰り返している首領パッチの姿があった。