Fate/New Dawn   作:まーく

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3.首領パッチ、言峰教会へ行く

 礼拝堂の内部は、惨憺極まる有様であった。

 人々が座っていたであろう長椅子は、一つ残らず粉砕され、破片が散乱していた。

 荘厳な音色を奏でていたであろう巨大なパイプオルガンは、何をどう頑張ったらそうなるのかは知らないが、巨大ロボットに変形していた。多分もう二度と元には戻れないだろう。

 信者たちが祈りをささげていたであろうキリスト像の頭は、カツオの頭に挿げ替えられていた。

 中央に控える祭壇には男の人がパンツ一丁で横たわっており、股間の部分にはカツオの頭が、上半身にはカツオの切り身が載せられていた。よく見るとご丁寧に大根おろしとポン酢まで掛けられている。

 そのそばで首領パッチが、カツオをかたどった杖(?)を持って一心不乱に祈りを捧げていた。

「カツオ神様の~復活を~カツオ神様の~復カツオ~」

「何やってんだ首領パッチィィィィィィィィィ‼」

 思いっ切り首領パッチを殴り飛ばす。

「カツおべらっ!」

 首領パッチのおもちゃにされてた男性に駆け寄る。

「大丈夫ですか⁉」

「愉悦……何という愉悦……」

 その人は物凄く綺麗な笑顔を浮かべながら、良く分からない事を呟いていた。

「……綺礼」

 遠坂がボソッと呟く。

 この人が聖杯戦争監督者かよっ! どうしよう、もし俺が監督者でこんな事をされたなら、間違いなくやった奴を処罰する……聖杯戦争ってなんか物騒だし、タダじゃ済まないぞコレ……。

「凛か。呼び出しに応じぬかと思えば、今更やって来るとはな」

 その男性———言峰がゆっくりと身を起こし、載せられていた刺身がボタボタと床に落ちる。勿体ないな……いやそれ以前にどっから持って来たんだよ。

「こ、言峰、何やってたの……?」

「見て分かる通り、おやびんによるカツオ神様復活の儀を手伝って差し上げているのだ」

 いや、見ても分かんねぇよ。後なんで首領パッチを親分などと呼んでいるんだ……?

「それで、何の用だ? 凛」

「え? あ、こいつ、最後のマスターなんだけど……」

 遠坂がそう言うと、言峰という神父はゆっくりと俺に視線を向けた。その目に対して、強い嫌悪感と、何処か親しみ深さを感じた。

 どこまでも明るい、希望に満ち溢れた双眸。

 気持ち悪いほど爛々と輝くその目は、どことなく首領パッチと似ているように思えた。

 直感する。この人は首領パッチのせいで、何か取り返しのつかない状態になっているのだと。

「ほう、君がおやびんを召喚してくれたのか。礼を言うぞ。私もおやびんが現世に生を受けられるよう、出来る事は全てやるつもりだ。そうだな、手始めにまず私の持つ予備令呪をすべて君に譲渡」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 何言っちゃってるのよ綺礼! アンタそれでも監督者なの⁉」

「ああ、私は監督者だ。それはつまり、教会にバレなければ何をしようが許されるという事だ。凛、お前も無条件失格にされたくなかったら大人しくこの少年の手伝いをするのだな。どうせお前がこの戦争に参加した理由など、『そこに戦いがあるからよ』とか何とかいうちょっと格好つけた痛々しくどうでもいいものなのだろう?」

 鷹揚に両手を広げ、天を仰ぎながらそんな事を口走る言峰。

 うわ、最低だこの人……。

 遠坂は、どうやら図星だったらしく、顔を真っ赤にしていた。

「ア、アンタ碌な死に方しないわよ!」

 負け惜しみのように喚き散らす遠坂。

「おやびんの為に死ねるのなら本望だ」

 勝ち誇ったように堂々とそう言う言峰。

「っ!……それじゃあ、今日の本題。コイツ、マスターを辞めたいらしいんだけど、いいかしら?」

「そうか。では私が代わりにマスターになるとしよう」

「は⁉」

「辞め方は簡単だ。どうでもいい命令に令呪を三画使えばいい」

 思いの外アッサリとマスター権放棄を承諾してくれた。

「どうすれば、使えるんですか?」

「令呪とおやびんに意識を集中させろ。そうだな、その後『その場でジャンプしろ』と三回口に出せばいい」

「はあ」

 取り敢えず、言われた通りにやってみる。

 成程、令呪が光りだした。

 首領パッチにも意識を向ける。

「おお! カツオ神が復活した!」

 首領パッチは意味不明な事を口走りながら、スケボーを乗りこなしているカツオにポン酢をぶっかけていた。

 ……うん、もう深く考えない方がいいなこれ。まともに受け止めたら、隣で完全に静止している遠坂みたいになってしまう。

「その場でジャンプしろ」

 …………あれ? 首領パッチは反応しない。

 もう一回やってみたが、やはり何も起きない。

 最後の一画まで使い切ったが、やはり何も起きない。

「言峰、さん、あの、何も起きないんですけど……」

 言峰は、しばらく沈黙した後、左手を首領パッチの方に差し出し、ゆっくりと口を開いた。

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 何か呪文のようなものを呟いたが、やはり何も起きない。

「……どうやら、未だおやびんはお前のサーヴァントのようだ。先の令呪は恐らく、おやびんを縛るものでは無かったのであろう」

 柔らかな微笑を崩すことなく、そう告げる言峰。

「……は?」

 首領パッチを縛るものではない? どういう事だ?

「要するに、お前は聖杯戦争を降りることが出来ないという事だ」

「え……そ、そんな……」

 最悪だ。魔術師や人外のバケモノ達による戦争。そんなものに無理矢理巻き込まれて、その上逃げる事さえ許されないってのか……?

 俺は死ぬだろう。近いうちに、間違いなく。唯一の希望である筈のサーヴァントはアレだし、俺自身の力量も全然無い。もう本当に、どうしようも無い。

「まぁ、そんな顔をするな。勝てばどんな望みでも叶うのだぞ? そんな機会に巡り会える幸運な人間など、世界中を見渡してもそうはいまい。無論、私も可能な限り支援をしよう。勝ちの目は十分にある。悲観することはない」

 そう、優しく告げる言峰。

 悲観する事は無いと言われても、今日突然殺し合いに強制参加させられる羽目になったのだ。悲観しない方が難しい。

 けど、勝てばどんな望みでも叶う———

「望み、か」

 正義の味方になる事。

 昔は親父の夢で、

 今では俺の理想(ユメ)だ。

 ふと目を閉じれば、あの炎の夜が浮かび上がる。

 

 あの地獄で死んだ人達が、責めるように俺をみつめている。

 

 彼らは何も言えない。喉が焼けているからだ。

 

 彼らは何も視えない。両目が灰になったからだ。

 

 彼らは何も聞こえない。全てを燃やす業火の音が、助けを求める声も、悲痛な叫び声も、全ての音をかき消してしまうからだ。

 

 俺は、あの日死んでいった全ての人の為に———

 

「絶望を塗り替える、正義の味方になりたい。それが俺の……」

 

 ───いや、その夢は、俺自身が成すべき事だ。聖杯に頼ったって仕方がない。

 そうだ。俺は聖杯なんて、欲しくはない。

「フッ、まあいい。正義の味方、と来たか。であれば、取り敢えずは、悪党の手に聖杯が渡る事を阻止する為に戦えばよかろう」

 ……そうだ。もし聖杯なんてものが実在して、悪い奴が世界征服なんかに利用したら……。

 俺は、それを止めるために戦う。

 首領パッチの方を見る。パソコンで何かのゲームをやっていた。

「士郎! この月姫っつーゲームクソおもしれぇぞ! 一緒にやろうぜ!」

 止めるために戦えるのかなコレ……。

 

 

「……凛、この少年を拾ってきたのはお前だ。その責任を持とうとは思わないのか?」

 遠坂が、言峰に呼ばれて我に返る。

「え? 責任? ……まぁいいわよ。取り敢えず同盟は結んであげるつもりだったし」

「そうか。今ここに契約は完了した。『遠坂家は衛宮士郎がしたことに対して責任を持つ』とな。録音もしておいたぞ」

 そう言って、パンツからズルっと録音機を取り出す言峰。

 ……うへぁ、臭そう……。

「では手始めに、この教会の修繕費を弁償してもらおうか。おやびんの儀式も終わったようだしな」

「は?」

 目が点になる遠坂。

「そ、そんな事、魔術で何とか……」

「存分に試してみると良い。しかし窓ガラスのように小さい物ならともかく、これ程の規模の破壊となると、お得意の宝石魔術を使うしかないだろう。宝石にかかる金と修繕費、どちらが高くつくものか……」

「え、衛宮君に対して責任を持つとは言ったけど、こんな事まで」

「ほぉ、遠坂家は一度宣誓したことを簡単に無かったことにするのか。よーく分かった。これは魔術協会と聖堂教会に於いて周知の事実とする必要があるな。証拠もしっかりとある」

 録音機をこれ見よがしに遠坂の目の前でブラブラさせる言峰。

「あああああああもう! 分かったわよ! 払えばいいんでしょ払えば! 地獄に落ちろ糞神父!」

「ククク、愉悦」

 顔どころか首まで真っ赤にして怒り狂う遠坂。

 対照的にとても嬉しそうに笑う言峰。

 コイツやっぱり首領パッチに汚染されてるな……。

 後で遠坂には払えるだけ払っておこう。我が家の家計はそこまで裕福じゃないんだけど……藤ねぇに借りるしかないか……。

「ギャハハハ‼ リアル『遠坂家ノ家計事情』だ‼ ちょっと種付けおじさん呼んで来るぜ‼」

 ……マジでコイツを質に入れてやろうか。

「さて、他に何か用はあるのかね? 少年」

 何か用……別に何も無い筈だけど……いや、一つ、一応聞いておきたい事があった。

「その、言峰神父はなぜ、俺と首領パッチにそこまで協力してくれるんですか?」

「ふむ」

 男は少し、沈黙する。

「……一つ、訂正しておこう。私は、おやびんに命を捧げると誓った。故に、私は最早神に仕える身ではない。神父、とは呼んでくれるな」

 驚くべきことに、申し訳ない事に、言峰綺礼という男は首領パッチのせいで自らの信仰を捨ててしまったのだという。

 男は独り言のように、俺ではなく自分自身に語りかけるように、滔々と自らの心の裡を言葉にし始めた。

 

「いや、まさかこんな所で、長年追い求めていた『答えの答え』が見つかるとはな」

 いったい何が可笑しいのか。男は堪え切れぬとばかりに喉から笑い声を零しながら、右手を天に伸ばす。

「そう、私が求めていたのは、『混沌』だったのだ。意味不明なもの、不条理、不合理こそ、私が無意識に求め続けている物だった……」

 神を捨てた神父の独白は続く。

「前回の聖杯戦争において、長年教えを乞うた師匠をいきなり後ろから突き刺してみたり、雁夜とかいう男を使ってリアル火曜サスペンス劇場を開いて、それをギルガメッシュに見せびらかしてみたり、何の脈絡もなく辺り一帯を炎の海にする事を願ったり……成程、そんなものを好み、秩序や倫理、道徳などには嫌悪感を抱く……聖職者など、向いているはずもなかった」

 

 何を言っているのか、俺にはさっぱり分からない。けど今サラッととんでもない事を口にしてなかったか……?

「あ、アンタ、十年前の聖杯戦争に……?」

 しかし、男は答えない。

 遠坂の方を向くと、彼女は無言で首肯した。……物凄い気になるけど、とても嬉しそうに語り続ける言峰を邪魔するのも悪いと思い、言葉を飲み込む。

 

「十年前。私は自らの答えを見極め、そして、その在り方を良しとした。しかし……それは、答えであって答えでは無かった。方程式の解だけを渡されても、そこに至る過程が無くば、到底納得出来るものでは無い。ならば、今度こそ答えを。その為に、この世全ての悪(アンリマユ)の誕生を。

 そう、私は思っていた。おやびんに会うまでは。

 私の教会が無惨な姿になっていく様を、おやびんの意味不明さを、混沌の権化そのものの姿を見て、わたしは悟った。自分は、混沌に連なるものなのだと。人が美しいと思う物を美しいと感じる事が出来ないことも、他者の不幸に愉悦を感じることも、全て、それが理由なのだと」

 

 言峰はふと、無敵要塞ザイガスと化した首領パッチの方に目を向けた。

「これが、無敵要塞ザイガスか……」

 名も無き兵士が、また一人倒れる。

 ……無敵要塞ザイガスって何?

 

「答えは得た。私は、満足してこの生を終えられる。ならば私に残された唯一の使命は、どんな犠牲を払ってでも、おやびんという存在をこの世界に残す事だ」

 

 くつくつと愉快そうな笑い声を噛み殺しながら、男は自らの人生を変えたモノへ静かに祈りを捧げた。

 

 何だろう、彼は物凄い勘違いをしている気がする。明確にどこがどう違うのかまでは指摘出来ないけど。多分、その間違いに気付かない位、首領パッチという存在が彼にとって衝撃的だったのだろう。

「───さて、では行くがいい少年、衛宮と言ったか。令呪を譲ろうとも無駄になる故、こんな物しか渡せぬが」

 言峰はそう言って、黒い僧衣の様な物を渡してきた。何か微妙に生暖かいし、ポン酢でビショビショなんだけど……。

「私が着ていた服だ。防弾加工、及び呪的防護処理を施してある。喜べ少年。これでキミも聖堂教会代行者の仲間入りだ」

「いりません」

 何が嫌でオッサンが着ていたポン酢まみれの服を貰わなければならないのか。

「私は白鳥よ! スワンなのよ!」

 そう叫びながら、首領パッチは窓ガラスを突き破って飛び去って行った。

 ……はぁ。なんだろう、いい加減アイツという存在に慣れてきた。

「帰ろうか、遠坂」

「……そうね」

 ふう、と溜息をついて、言峰に背を向ける。短い時間だったけど、すごい疲れた……。

 言峰は、

「おやびん、何という美しい去り様……」

 意味不明な事を呟いて惚けている。

 神父の醸し出す気持ち悪い空気から逃れようと、足を速める。

 教会の扉を潜り、外界に足を踏み出す。もう、この場所に用はない。後はただ、夜の街を歩き、我が家を目指すだけだ。

 ───その、瞬間。

 

 

「───喜べ少年。お前の求める答えは、すぐ傍にある」

 

 

 そう、祝うように神父は告げた。

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