Fate/New Dawn   作:まーく

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4.狂戦士

 教会の外へ出ると、セイバーが首領パッチに絡まれていた。

「きいいい! この泥棒猫! アナタがヤッくんを誑かしたのね! 最近妙に冷たいと思ったら……アナタ! どうなのよ!」

 そう言って気持ち悪い人形を振り回しながら、セイバーに詰め寄る。

 最近その人形が冷たいのは、今が真冬だからだろ。

 セイバーは今にも斬りかかりそうな形相だったが、何とか堪えて無視を決め込んでいる。

「ヤッくんも何か言ってよ! ねぇ! ねぇ! 何か言ったらどうなのよ!」

 そう言いながら、人形の体を掴んで頭を激しく揺らす。

「ねぇ! ねぇ! ねぇ!」

 揺らすスピードはどんどん早くなり、そして———

 バキッ

「あっ!」

 人形の首がもげた。

「ジョニィィィィィィィィィィィィィィィィ‼」

 首領パッチが悲痛な叫びを上げた。

 そのまま人形を高らかに持ち上げる。

「はっ! ジョニーが飛んだ⁉」

 首領パッチは人形を高らかに持ち上げたまま、街の方へ走り去って行った。

「ジョニーが飛んだああぁぁぁぁぁぁぁぁ‼」

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 しばらく三人で呆然とその場に佇んでいると、道の先の方で首領パッチのものであろう断末魔の叫び声が聞こえた。

「ギィヤァァァァァァァァァァァァ‼」

 ……はぁ。もう何なんだろう、アイツ。こんなサーヴァントで、一体どうしろというのだろうか。

 

 遠坂が、少し溜息を吐き出し、目を閉じて何かを考えるような仕草をした後、

 

「衛宮君」

 

 冷たい口調で俺の名を呼んだ。

「貴方、これからどうするつもりなの?」

 どうするつもり、と言われましても。あの神父の言う通り、悪い奴を止めるために戦う……と言いたい所だけど、ただでさえ魔術師としてヘッポコなのに、サーヴァントまで見ての通り滅茶苦茶なのだ。

 この先の展望なんて全くない。唯一救いがあるとすれば、遠坂が味方である事位だ。

「取り敢えず、遠坂と一緒に動こうと思うけど……俺と同盟を組んでくれるんだろ?」

 遠坂は、あの哀れな元神父の前でそう言っていた筈だ。

「……確かに、私はそう言ったわ。何も考えず、そう口にしてしまった。……あのね、同盟っていうのは、双方にメリットがあるから組むものなの。けれど今現在、私が衛宮君と同盟を結ぶメリットは一切無いわ。残念ながらね」

 厳しい現実を口にする遠坂。

「けど、面倒見てくれるって、さっき……」

「面倒を見る、ね。言峰もあんな調子だし、アイツとの約束なんて守らなくても別に問題ないのだけど……例えば、仮に私が貴方の面倒を見るとして、セイバーが他のサーヴァントと戦っている時に貴方が第三のサーヴァントに襲われたりしたら、どうなると思う?」

「それは……」

 魔術師ではサーヴァントに太刀打ち出来ない。

 だからサーヴァントはサーヴァントと、魔術師は魔術師と戦う。

 聖杯戦争における基本中の基本である考え方だ。

 しかし、俺のサーヴァントはいつも俺の傍にいてくれる訳ではない。一人でいる時に他のサーヴァントが襲ってきたら、成す術なく殺されるだろう。

 それは、仮に俺一人じゃなく遠坂が隣にいたとしても同じことだ。遠坂だけなら逃げる事が出来るかも知れないが、俺という足手まといがいたら……。

 そんな事にならないように、遠坂は俺と手を切って他の優秀な魔術師と組みたいのだろう。

 だけど、未熟な魔術師に、意味不明なサーヴァント。俺達だけで、悪い奴を止める事なんて出来るのだろうか。

 俺は、どうしたら————

 

 

「————ねぇ、話は終わり?」

 

 

 道の先から、どこかで耳にしたことのある声が聞こえた。

 闇夜で見えにくいが、何とか声の正体を捉える。

 透き通るように白く、なめらかで長い髪。

 小柄で、可憐な佇まい。

 あの子は————

 

 月が、何かを知らせるかのように、雲間から光を差し込む。

 ———その光が、少女の後ろに控える異形を照らし出す。

 どこまでも巨大な筋肉。全身から迸る力の躍動と、狂気しか感じられぬ淀んだ瞳。視界にソレが居るだけで、俺は死を直感した。

 一目で判る。アレこそ、四人目のサーヴァント。英霊が具現化した、災害にも匹敵する脅威。

 人の域を超越した、バケモノだ。

「こんばんは。元気そうだね、お兄ちゃん」

「君! そこから離れろ! 後ろにバケモノが————」

「? これはワタシのサーヴァントだよ。お兄ちゃんのサーヴァントは……さっきバーサーカーが真っ二つにしちゃったわ」

 ワタシのサーヴァント? まさか、こんな小さい子が、聖杯戦争に参加しているってのか……? というかさっきの断末魔は、あのバケモノにやられた時の声だったのか。……何故だろう、アイツが殺されたって聞いても、別になんとも思わないな。

「うーん……そう言えば、まだ名前を言ってなかったね。はじめまして。ワタシはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば分かるでしょ?」

 巨人の傍らに立つ少女は、何を思ったのか。行儀よくスカートの裾を持ち上げて、丁寧に挨拶をして見せた。

 少女の名前を聞いて、遠坂の顔が僅かに歪む。どこかで聞き覚えがあるのだろうか。

「———じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 その命を受け、巌の巨人が、地を踏み砕きながら俺達に向かって突貫する。

 俺が声を漏らすよりも早く、セイバーが迅雷となって疾駆した。

 巨人の持つ断罪の大剣が振り下ろされる刹那、白銀の騎士が不可視の剣で迎え撃つ。

 轟音、閃光。

「うおっ!」

 巨人の一撃は、ただの余波だけで空気を震わせ、アスファルトを割り、草木を薙ぎ倒した。

 セイバーも、その手に握る不可視の剣に魔力の光を迸らせて巨人の猛威を受け止めるが、あまりの威力に思わず体勢を崩す。

 巨人はその隙を見逃さず、獰猛なまでの凶悪さを以て岩塊の如き刃を叩き付けんとする。

 不味い、避けられない。セイバーが殺され————

 

「はァ————ッ!」

 

 大きく仰け反った体勢のまま、セイバーはその一撃を弾き返した。

 防御の反動で倒れ伏すかに思われたセイバーは、爆発的な魔力の奔流によって体勢を立て直し、その勢いのまま反撃の一閃を放った。

 巨躯からは想像し難い俊敏さを以て、反撃を回避する巨人。

「狂化しているとはいえ、尋常ではない膂力と敏捷性……さぞ高名な英雄なのだろう」

 セイバーが、巨人をそう評する。流石に見た目だけでは、英霊の正体までは分からないのか。

 バーサーカーは大きく距離を開けた後、セイバーに向かって跳躍した。

 

「■■■■■■■‼」

 

 狂戦士が咆哮する。

 その重量でもってセイバーを圧殺せんと落下の勢いのまま大剣を振り下ろすが、その攻撃は再び不可視の剣によって受け止められる。

 あれだけの打撃をまともに防ぎ、斬り返すセイバーの力は、あの巨人に劣ってはいない。驚くべきことに、小柄な少女は暴の化身と互角に打ち合っていた。

 その理由は、傍目にも判るほどの絶大な魔力。

 彼女は自らの一挙手一投足、全ての動きを魔力の逆噴射によって加速・推進させている。それによって生み出されるパワーは、バーサーカーにも対抗しうる程だ。

 だが———その力を以てして尚、この巨人は強大だった。

 己の肉体性能のみで圧倒的な力と速度を見せつけるバーサーカー。

 理性など欠片も感じられぬにも関わらず、鋼の巨人はただ本能のみで空間ごとセイバーを蹂躙しようと暴れ狂う。その腕から繰り出される大剣は、天の禍に他ならない。

 僅かずつ押され、後退していくセイバー。灰色の異形は破竹の勢いで爆進し、次々と大剣を叩き付ける。

 ただの余波でアスファルトが割れ、ブロック塀が舞い、電柱が砕ける。紙屑の如く、周囲の全てが崩壊し散乱していく。破壊の衝撃で、空気すら悲鳴を上げていた。

 それは、さながら大嵐の如く。ただの打ち合いに過ぎぬ筈のこの一戦は、地を穿ち鉄を刻み空を割り、瞬く間に大地を蹂躙していく。

 

「■■■■■■■■■!!!!」

「————ッ!」

 

 鬼気迫る程の気合を以て、少女と巨人が切り結ぶ。

 力と速度に於いて、あの巨獣はセイバーをも上回る。その攻撃に技巧などある筈も無いが、そんな物はバーサーカーにとって必要ない。そもそも技とは、弱者と強者の差を埋めるために編み出されたもの。それを凌駕する程の差の前では、小手先の技など何の意味を為そうか。

 莫大な魔力放出によって、瞬間的な出力ではバーサーカーに拮抗、或いは上回って見せるセイバー。しかし基本性能で劣っている以上、セイバーはどうしても攻勢に転じえない。

 勝機を見据えるべく剣を交えるセイバーだが、このままでは埒が開かぬ事など彼女とて理解していよう。時間を掛ければ掛ける程、総合力で劣るセイバーは不利になっていく。

 だが、嵐のようなバーサーカーの猛攻に、隙など欠片も見当たらない。一撃一撃の全てが必殺というその規格外を前にして、受けに回る以外の選択肢など———

 

「セイバー‼」

 

 遠坂が、いきなり声を張り上げる。

 

「この辺りにはもう敵の使い魔は居ないわ! 貴女の本気、ここで見せて‼」

 

 その言葉を受け、セイバーは僅かに笑みを零し———彼女の手に持つ剣から、魔力を孕んだ暴風が解き放たれた。

 

風王鉄槌(ストライク・エア)‼」

 

 竜巻など優に匹敵する暴風の一撃を受け、巌の巨体が大きく吹き飛ばされる。

 

「■■■■■⁉」

 

 両者の間合いが、大きく開く。バーサーカーに叩きつけられた風は、そのまま周囲を取り囲む防壁となった。

 

 

 風が、流れてゆく。

 セイバーの手に持つ武器が、徐々にその姿を現していく。

 この光。いと尊き輝きは、幾星霜流れようとも決して忘れないだろう。ここが戦場である事さえ忘我して、俺はその光に見入っていた。

 遍く騎士たちの羨望の剣。人の願いを、星の力を秘めた聖剣。その名は———

 

 

「————“約束された(エクス)————」

 

 

「■■■■■■■■■!!!!!」

 

 バーサーカーが全力をもって突貫する。本能で察知したのだろう。その剣を前にして、生存する事は能わぬと。

 光が渦巻く。

 光が吠える。

 天を仰ぎ、聖剣を構えた剣士が動く。燦然たる黄金の光は、地にあって尚星にも届く純度を誇る。一目見て分かった。それは、星の光を集めた至高の宝具。触れる物全てを両断し、城さえ呑み込むその光は、空想の身でありながら最強に至る。

 伝説は此処に。あらゆる騎士たちの誉れ、戦場に散った全ての者たちの誇りの結晶。眩い幻想は、見る者の心すら奪い、何より尊い光を成す。

 

 

「———勝利の剣(カリバー)”———!!!!」

 

 

 眩き光の奔流が、狂える巨人を飲み込んだ。

「うわっ‼」

 視界が真っ白に染め上げられ、思わず両目を瞑る。

 

 

 轟音が収束した後、ゆっくりと瞼を上げる。そこには、直線状に深く抉られた地面と———上半身が完全に消滅した、バーサーカーの姿があった。

 

「…………凄い…………」

 

 呆けた顔をしながら、そう呟く遠坂。俺も、目の前で起きた光景が壮大過ぎて、その場に立ち尽くす事しか出来なかった。

 エクスカリバー、世界で最も有名な剣。遠坂のサーヴァントは、まさか彼の名高きブリテンの騎士王なのか……?

 あの輝き、あの威力。なんて、デタラメな強さだ。伝説そのものじゃないか……!

 

 だが、自らのサーヴァントが無惨な姿となったにも関わらず、白い少女は————嗤った。

 

「アハハハハ! やるじゃない、ワタシのバーサーカーを殺すなんて!」

 

 一体、何が可笑しいのか。なぜ、自らの眷属が無惨に敗北しても尚、余裕を持った態度を取れるのか。

 

「でも、残念ね。アナタのサーヴァントがどれだけ強くても————」

 

 俺は、自らの目を疑った。

 

 

「————ワタシのバーサーカーには勝てないわ」

 

 

 消滅した筈の巨人の上半身が、()()()()()()()()()()()()()

 訳が分からない。いや、もしかして、これがバーサーカーの『宝具』なのか……?だとしたら、滅茶苦茶過ぎる。死んでも生き返れる宝具だって———?

 

「自己再生、いや、これは最早時間の巻き戻しに近い、蘇生の呪い……! だが‼」

 

 セイバーが、再び聖剣を構える。まさか、あのとんでもない攻撃を、もう一度放つつもりなのか———⁉

 

「凛、魔力は問題ありませんか?」

 

 星の聖剣に光を収束させながら、遠坂に目を向けそう尋ねる。対する遠坂は自信タップリの不敵な笑みを浮かべながらそれに応える。

 

「ええ! 後三,四発くらいなら問題ナシよ‼」

 

 三,四発くらい、だって? マスターは、サーヴァントの代わりに魔力負担を肩代わりする。故に、どれだけ強力なサーヴァントと契約できたとしても、マスターの保有魔力が低かったらまともに戦えないのだという。

 つまり遠坂は、あれ程の攻撃を連発出来る程のとんでもない魔力を持ってるって事か……⁉

 バーサーカーの体躯が、完全に修復される。同時に、セイバーの聖剣も魔力装填を完了させ、再び眩き光を帯び始める。

 

 

「————“約束された(エクス)————」

 

 

「■■■■■■■■■!!!!!」

 

 二度も殺される訳にはいかぬと、狂戦士が天高く跳躍し、セイバーへと襲いかかる。だが、それは愚手。空中では身動きが取れない為、聖剣の一撃をまともに喰らう事になる。

 誰もがセイバーの勝利を確信する中————白い少女がぽつりと、

 

「フフフ、愚かね……()()()()()()()()()()()

 

 そう言ったのを、確かに聞いた。

 

 

「———勝利の剣(カリバー)”———!!!!」

 

 

 闇夜を照らす光の大柱が、狂える巨人を貫い————

 

「っ!!」

 

 セイバーが何かに気付き、咄嗟に防御の構えを取る。そこに、光の中から躍り出た、()()()()()()()()()バーサーカーの一撃が炸裂した。

 

「■■■■■■■■■!!!!!」

 

 セイバーの生半可な防御を隕石の如き破壊力で叩き落とすバーサーカー。堪らず後退するが、逃げる事など許さぬと、バーサーカーは怒涛の追撃を繰り出す。

「…………え? どういうこと⁉」

 困惑する遠坂。その反応を見て、愉しげに嗤う白い少女。俺も訳が分からなかった。

 意図せぬ奇襲により、防戦一方となっているセイバーに猛攻を仕掛けるバーサーカーの体は、無傷。聖剣をまともに受けたにも関わらず、その体躯には傷一つ無い。これは、一体……?

 

「バーサーカーはね、」

 

 少女が、自分の持っている人形を無邪気に自慢するかのような口調で、言葉を紡ぐ。

 

「一度や二度殺したぐらいじゃ死なないし、()()()()()()()()()()()()()()()()。凄いでしょ? ウフフ。だからね、どんなに強いサーヴァントが相手でも、バーサーカーには勝てないわ」

 

 少女の声は、この場に似つかわしくない程、明るく、無垢だった。だけど、その言葉は、絶望そのものでしかなかった。

 俺も、遠坂も、言葉を失った。

 少女の言葉が紛れもない事実である事は、セイバーの戦いを見ていたら分かる。

 セイバーがバーサーカーの胴を斬ろうと剣を横薙ぎに振るうが、その刃はバーサーカーに届くことは無く、直前で()()に弾かれる。

 

「くっ」

 

 それと同時、大剣がセイバーへ振り下ろされる。返す刀で防御するが、防ぎきれず膝を付いてしまう。セイバーのガラ空きの胴体に、巨人の蹴りが炸裂する。

 

「がはっ!」

 

俺達の近くまで吹っ飛ばされ、地面を転がるセイバー。

 

「そんな……セイバーが……」

 

 遠坂の顔が、絶望の色に包まれる。

 セイバーは、左腕が折れたのだろう。片腕だけで剣を持ちながら戦っていた。

 しかし、狂戦士は手心など加えない。際限など知らぬとばかりに、更なる速度で大剣が叩き付けられる。

 一撃ごとに防御を破られ、体勢を崩しながらも、セイバーは無理矢理攻撃を凌ぎ続ける。

 だが、それは一秒先の死を二秒後に引き延ばすだけの行為だ。終わりがすぐそこまで近づいている事は、当人が誰よりも知っているだろう。

「セイバー…………」

 自らのサーヴァントが苦戦する姿を見て、呆然とする遠坂。絶対の信を置く自らのサーヴァントが、手も足も出ず蹂躙されている事実を受け止め切れないのか。もしくはもっと単純に、年端もいかぬ少女が無慈悲な化物に蹂躙され、傷付けられていく凄惨な光景に耐え切れなかったのか。

 もし助けられるなら、今すぐにでも飛び出すだろう。だけど……俺達じゃ、あんな化物に手出しする事なんて出来ない。

『魔術師ではサーヴァントに太刀打ちできない』————聖杯戦争に於ける大前提だ。

「イリヤ! 待ってくれ! こんな事はしたら駄目だ!」

 無駄だと分かっていても、そんな言葉が喉の奥から飛び出してくる。だけど、俺のそんな説得なんて、少女の心には響かない。

「何を言っているの? お兄ちゃん。ワタシはマスターなんだから、敵を殺すのは当たり前だよ。お兄ちゃんは特別だけど」

 少女は至極当然の事のように、そんな事を口にする。

 間違ってる。こんなの間違っている。

「なんで————やめろ! やめてくれ!」

 俺は叫んだ。喉が千切れそうになるくらいの声で。けれど、いくら叫んだって、暴の化身が止まる訳が無かった。一撃、また一撃と、少女の命を削り取っていく。

 

「————しぶといわね。いいわよバーサーカー。そいつ再生するみたいだから、首を刎ねてから犯しなさい」

 

 歌うように、少女はそう告げた。今———あの少女は一体何と言った。

 ————その瞬間、月の下に散る鮮血が、おれの視界を紅く染めた。

 地に倒れ伏したセイバー。動きを止めたバーサーカー。

 ……たった今、セイバーは、バーサーカーに斬り伏せられたのだ。

 愉快そうに細められた少女の瞳が、ボロボロになったサーヴァントを冷たく見つめる。

 セイバーはまだ死んではいない。傷だらけになりながらも、彼女はまだ立ち上がろうとしている。

 けれど、その小さな体に、もう戦う力など残ってはいない。血が滲むほど握りしめられた遠坂の拳が、何よりもそれを物語っていた。

 少女の命令を、首を刎ね、犯せという残酷な命令を実行すべく、バーサーカーが再び動き出す。

 何をしたって、少女も、巨人も、誰も止めらない。

 俺は、なんて無力なんだ。

 俺は、何も出来ないのか。

 だったらせめて————

 

「衛宮くん⁉」

 

「お兄ちゃん⁉」

 

 

 ————あ、死んだ。目の前で、巨人が岩剣を振り上げる。

 まぁ、女の子を守って死ねるなら、

 

 

「犯せと命令するって事はよぉ~」

 

 

 巨人の動きが止まる。

 それは、誰の声か。

 姿を見なくても分かった。

 

 

「自分が犯される“覚悟”があって言ってるんだろうなぁ~」

 

 

 声が聞こえた方を見る。そこには、イリヤに後ろから抱き付き、スカートの中に手を這わせている首領パッチの姿があった。

 

「首領パッチ⁉」

 

「あれ? さっきバーサーカーが殺したのに———」

 

 真っ二つになったら死ぬ。

 そんな常識、コイツには通じない。

 

「紅茶しか無かったんだけどさぁ、いいかな?」

 

 首領パッチはそう言って、イリヤに無理矢理コップに入った紅茶を飲ませる。

 

「え⁉ んん! んんんん~!」

 

 イリヤは紅茶を口に含んだ瞬間、その場に倒れこんでしまった。

 

「え⁉ 首領パッチ、お前何やったんだ……?」

 

「■■■■■■■■■■‼」

 

 バーサーカーが怒声を上げる。目の前で戦っている相手さえ無視して、極大の殺意を首領パッチに叩き付ける。

 しかし、バーサーカーは、一歩も動かない。いや、動けないのだ。要するに今の状況、バーサーカーにとっては敵サーヴァントに自らのマスターを人質に取られているようなものだからな……狂化して理性を失っているとは言え、自分が今動かない方がいい事位は本能で分かるのだろうか。

 首領パッチが、いやらしい手付きでイリヤの足をさする。

 

「さぁ~て! ハァハァ……ブヒっ、イリヤたんをフィストファッ「おいやめろ‼」

 

「くべらっ!」

 

 首領パッチがマジで洒落にならない事をする前に蹴り飛ばす。

 イリヤは……頬をぺちぺちと叩くが起きない。まぁ、今は眠っているままの方が都合がいいか。

 

「セイバーッ!」

 

 バーサーカーが静止するや否や、遠坂がセイバーに駆け寄り、治癒魔術を施す。

「……ごめん。令呪を使うべきだったのに……何も、出来なかった」

「ハァ、ハァ……いえ、序盤で令呪を使ってしまうのは得策ではない。くっ、使わなかったのは正しい判断でしょう。……それより、バーサーカーがいつ動き出すか分かりません。治療を終えたら、即座に退きましょう」

「そう、ね…………あれだけ研鑽を積んだのに、いざって時には体が動かないものね」

 粗方傷を塞いだ後、セイバーに肩を貸す遠坂。ふと、セイバーが顔を上げてこちらに視線を向ける。

「礼を言っておきます、少年。貴方のサーヴァントがいなければ、私は殺されていた」

 真っ直ぐに俺の目を見つめながら、改まって感謝の言葉を述べるセイバー。

 なんとなく、テレビとかでたまに映されている、会見で報道陣に向かって謝罪をしている政治家に似てるな、とかそんな事を思った。

「うわあああん‼ 政務調セイ、セイッイッム活動費の、報告ノォォー‼ ウェエ、折り合いを付けるっていうー! 高齢者問題はー! 我が県のにドゥワッハッハッハァーーン‼ 我が県のみぬッハァーーーー! 我が県ノミナラズ! やっと議員に」

「うるさい」

 なぜ数ある政治家の中から日本政治史に名を残すレベルの変態(イレギュラー)をピックアップしちゃったんだよ……後サラッと思考を読むな。

 

 ————ん? 今、いい歳こいて幼稚園児みたいに泣きじゃくる駄目なオッサンが脳裏に浮かんだけど、誰だコイツ? こんな奴見た事も聞いたこともない。なのに、俺はコイツを()()()()()。何だろう、この気持ち悪い感じ……。

「衛宮君」

 遠坂が俺を呼んだので、取り敢えず深く考えるのをやめる。まぁ、きっとどっかで見かけた事があるのだろう。

「借りが出来たわね」

「いや、俺は何も……」

 そう、俺は何も出来なかった。

 あの時、咄嗟に飛び出したけど、首領パッチがいなければ俺は間違いなく叩き潰されていたし、そのままセイバーも敵の手に掛かっていたに違いない。

 俺は————

「取り敢えず、ここから離れましょ。というか、教会に戻るのが一番いいかしら」

「……もう二度とあそこには行きたくないな……家に帰ろう。イリヤは取り敢えず俺の家に連れて行くよ。俺はまだ殺さないって言ってたし、同盟を組んでくれるかも知れないだろ」

「……そうね。じゃ、行きましょうか」

 

 

 夜の道を、特に会話もなく進んでいたら、いつの間にか見慣れた町並みの交差点に着いた。

 遠坂が唐突に口を開く。

「じゃあ、私はこっちだから」

 ……そうか。ここから先は、それぞれの家へ続く道。衛宮士郎と遠坂凛は、ここで別れなければならない。

 遠坂は、きっと他のマスターを見つけて同盟を組むのだろう。となれば、次会う時は敵として対峙してくる、という事か。無視してくれれば、それが一番ありがたいけど……。

「ああ、応援してるぞ、遠坂」

 何を言えば良いか分からず、そんな、気休めにもならない事しか言えない。

 だけど、俺のそんな言葉を聞いて、遠坂が少し逡巡するような仕草をする。

 しばらく瞑目し、考えをまとめたのだろうか。俺の目を真っ直ぐに見つめて、導き出した結論を語りだした。

「……わたしにとって貴方と同盟を組むメリットが無いって言ったこと、訂正するわ。貴方のサーヴァントは意味不明で行動が全く予測できないけど、少なくとも衛宮くんを守っ……てはいないけど、付近に出没したり、衛宮君を殺そうとするサーヴァントやマスターに攻……ちょっかいをかける事は分かったわ。そして、曲がりなりにも、ランサーとバーサーカーを撃退……何とかした。だから」

 遠坂がちら、とセイバーに視線を向ける。それに応えるように、セイバーが続きを語る。心なしか顔色が優れないが、何でだろう。バーサーカーに受けた傷のせいじゃない事は分かるけど。

「利点が……無いとは言いません。しかし不確定要素も……」

 多くある為同盟は結ばないほうがいい、と言いたかったのだろうが、強くは主張しない。

 マスターの方針には従うつもりなのか。例えそれがどれだけ不本意なものであっても。

「だから、衛宮君と手を組んであげる事にしたわ。借りも絶対に返すつもりだし。不確定要素は、まぁ、なるようになるわよ」

「遠坂の足を引っ張るかもしれないんだぞ? 俺のせいで、遠坂の命が危なくなるのは嫌だ」

 一応、反対しておく。遠坂に死んでほしくないのは本当だ。けれど、遠坂は俺のそんな言葉を鼻で笑い飛ばし、

「命の危機なんて常にあるわよ。『戦争』をやっているんだもの。それより、衛宮君は私と組む気はあるの?」

「え? そんなの願ったり叶———」

 いや待て。俺は、悪い奴が聖杯を手にしない為に戦うと決めたんだ。だから、遠坂には一つ聞いておかなくちゃいけない事がある。

「———遠坂、もしお前が聖杯を手に入れたら、何に使うつもりなんだ?」

「え? そうね……取り敢えずコレクションにでもしようかしら。あって困るものでもないでしょうし」

 なんともアッサリとした答えを返された。

 ……まぁ、何も知らない俺に事情を説明して、助けてくれたんだ。遠坂が悪人なわけがないか。

「分かった。同盟を組もう。聖杯も遠坂に譲るよ」

「は⁉ え? いや、そうよね。アンタは悪い奴を止めたいだけだものね……じゃあ、同盟成立ってことで」

 そう言うと、背を向けて歩き出す遠坂。なんかサッパリした奴だな。

 そんな事を思いながら、俺も足を踏み出す。長い一日だった…………。

「トコロカリパァァァァァァァ!」

 首領パッチがプルプルした何かで俺を叩いてくる。いや、頼むから大人しく俺の一日を終わらせてくれよ……。

 

 


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