—————遠い、夢を見る。
ここではない、どこか。
いまではない、いつか。
眼前に広がるのは、何処までも続く荒野と、数多の人影。
地平線は、端が見えぬ程の大軍勢で埋め尽くされていた。幾千、幾万、幾十万—————
戦争だ。俺の想像を絶する大戦争が、今まさに起ころうとしているのだ。
俺は、『戦争』というものを実際に見た事も、巻き込まれた事もない。
だけど、沢山の人が死ぬ『地獄』の中にいた事はある。どちらも、個人の力ではどうする事も出来ないものだ。皆が抗う術もなく死に、救われることは無い。
後ろを振り返ると、小さな村があった。人々は逃げ惑い、子供は泣き叫んでいた。彼等に選択肢などない。あの大軍勢は、こんな小さな村など瞬く間に蹂躙し、更地と化すだろう。
あの村に住む人々が生きるためには、自らの住処を棄てるしかない。
戦争によって不幸になるのは、いつも弱い人々だ。奪われ、犯され、殺される。そこには正義も、救いも、存在しない。
時代と共に戦争の形が変化しようとも、今も昔も、きっと未来でも、それは決して変わらないだろう。
そう、思っていた。
ふと、あの大軍勢に向かって爆進する、数人の人影(?)が見えた。
「ハジケ組バンザァァァァァァァイ!!!!」
「ウンコ派サイコォォォォォォォォ!!!!!」
「とこ屁組舐めんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
何か意味不明な事を口走りながら、躊躇いもせず突撃して行く。
彼等の姿は、夢に出て来そうなくらい奇怪奇天烈なものだった。
金髪アフロで鼻毛が異様に太くて長い奴。
半透明なプルプルした何か。
頭がウン……チョコレートソフトクリームの上の方みたいな人。
クレーンゲームの景品みたいな小動物。
普通の見た目をした人が三人。
そして————
「わんぱくアタック‼」
———オレンジ色の、見覚えのあるアイツが、彼等と共に戦っていた。
その後、三十分と経たずに、数十万の軍勢が全滅した。
勝利でも、壊滅でもない。
彼等の人数(人?)は十人に満たないにも関わらず、全員無傷で。しかも、彼等は敵を誰一人殺していない。無力化しただけだ。
なんという、圧倒的な力。彼等は、文字通り『戦争を終わらせた』のだ。
「今日から全員田楽組だ」
「マジで⁉」
「待っていやがれ! ツル・ツルリーナ三世‼」
意味不明な事を叫び、次なる戦場へと駆けてゆく彼等の背中を見ながら、思った。
彼等こそが、数え切れない程の人々を、世界を救う、
本物の—————『英雄』なのだろう。
目が覚める。
じりじりと体を焼く日差しは、心なしかいつもより明るい気がする。ひょっとして……。
枕元の時計を確認する。今、丁度一時になった。
「……寝過ごした……」
まぁ、今日は日曜日だから大丈夫だけど。それにしても……。
「————何だったんだ、あれ」
今の今まではっきり見えていた、おかしな夢。
夢にしては、妙な現実感が残っている。だというのに起きてみれば、靄がかかったように要所要所を思い出せない。
でも、ただ一つ覚えているのは、あの姿。
———オレンジ色のトゲトゲしたアイツ。
細かい所はうまく思い出せないし、それ以外の物になんて見覚えはない。
けど……輪郭がぼやけてはいたが、見違える筈もない。あれは、間違いなく————
「おはよ、お兄ちゃん」
枕元に、白い少女が座っていた。
「————イリヤ、起きたんだね。その、体は大丈夫なのか?」
一昨日の夜の戦いの後、イリヤはずっと目を覚まさなかった。首領パッチが何を飲ませたかは知らないけど、昨日丸一日眠り続けていたのだ。今の体調は大丈夫なのだろうか。見た所元気そうだけど……。
アイツ……昨日は大変だった。首領パッチを藤ねぇと桜にどう説明しよう、というかコイツが街に出たら大混乱が巻き起こる、という事に気が付き、屋敷を縦横無尽に駆け回る首領パッチを何とか捕まえ、夜中の内に急いで、嫌々教会に向かったのだ。
言峰さんからは「一般人の目を誤魔化す魔術すら扱えんとは、クク、魔術師としては三流、いや、最早ただの一般人Bではないか」とか言われて煽られまくる羽目になったが、『対象者がただの子供に見える魔術(一般人にしか効かない)』をかけてくれた。
そして俺の目からは首領パッチが首領パッチとして見えているので、俺は決して一般人Bじゃない。魔術師としては未熟だとしても……。そう言ったら、「そうだな。君はリッパな魔術師だ。ああ、エライエライ。エライゾー」と言われ拍手された。ムカつく。
「うん、大丈夫だけど……シロウ、怒ってる?」
言峰さんにバカにされまくった事を思い出して怖い顔になっていたのだろう。イリヤを怖がらせてしまった。
「いや、怒ってないよ」
そう言うと、何処からか現れた首領パッチが俺の肩を殴って来た。
「えいえい。怒った?」
「…………」
無視した。
「えいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ」
「痛いからやめろ!」
「怒った?」
「怒ったよ! もうどっか行ってくれ!」
「いやぁん、いけずぅ~」
そう言うと、壁に付いてる隠し回転ドアからどこかへ行ってしまった。
……我が家を風雲忍者城に改造しないで欲しい。というか何しに来たんだアイツ……。
イリヤが「ニンジャ……」とか言って固まっちゃってるし。
まぁ、そんなことよりも。
「お腹すいただろイリヤ。今メシ作るから待っててくれ」
食卓を、イリヤと二人で囲む。
「おいしい! こんなの食べた事ない!」
イリヤは満面の笑みで鮭のバターホイル焼きを食べていた。俺の作った料理をここまで幸せそう食べてくれた人は、イリヤが初めてだ。
おいしそうに食べてくれた人は……まぁ、ものをおいしそうに食べる事にかけて、藤ねぇの右に出る者はいないが。
「どうしたのシロウ? ワタシの顔に何か付いてる?」
「ああ、いや、喜んでくれて何よりだ、と思っただけだよ」
そんなこんなで他愛もない話をしながら口を動かしていたら、いつの間にか二人とも料理を食べ終わっていた。イリヤがテレビを付けると、ニュース番組が流れ始める。……海外ではごちそう様と言う文化が無いんだったっけな。まぁ、そんな事気にしないけど。
ニュースは、最近頻発している行方不明事件や集団昏睡事件についての報道を終え、昨日起こったという人身事故について取り上げ始める所だった。
『昨夜、冬木市市内にて、猛スピードで走るバイクに全身蒼タイツの男性が撥ねられたという目撃情報が複数ありました。しかし警察は、犯人はおろか撥ねられた男性すら見つけられておらず、血痕なども無い事から、集団的なイタズラ電話であると断定しています。街の人は————』
イタズラかよ。暇な人もいるもんだなぁ。
————いや待て。全身蒼タイツだって……?
「まさか、ランサーか⁉ アイツ道走ってるバイクに撥ねられたのかよ!」
「ランサー? シロウ、ランサーのコトを知ってるの?」
イリヤが振り向く。……この子に、俺の持つ情報を教えてもいいのだろうか。……イリヤと同盟を結べさえすれば、話しても問題ないんだけど。
というか車道を歩く時は車やバイクが来ていないか位確認しろよ……。
「ああ、一昨日な。……イリヤ、俺と同盟を結ばないか? 交換条件として、ランサーの情報を教えるよ」
交換条件、なんて使い慣れない言葉を使って、同盟を持ちかけてみる。交渉なんて藤ねぇとしかやった事ないけど……。
「え? うーーん……いいよ。シロウは弱いから、バーサーカーで守ってあげる」
アッサリ承諾してくれた。理由が情けなさ過ぎる……。
「……そういえばシロウ、シロウのお父さんやお母さんは今どこにいるの?」
どうしたのだろうか。何の脈絡もなく、そんな質問をされた。
「え……? いや、お母さんは、随分前に死んだよ。親父も、結構前に死んだ」
俺の言葉に驚いたのか、イリヤは一瞬目を大きく開け、そのまま少しの間、言葉を失っていた。
「————そっか。死んじゃったんだ……」
噛み締めるように、遠くを見つめたままそう呟くイリヤ。彼女は、どこか空虚さの宿る悲しみをその顔に浮かべていた。
「ああ、いや、もう昔の話だし、気にしないでいいよ」
慌ててそう付け加える。気を使わせちゃったかな。適当な嘘をつけばよかった。目を伏せ、再び口を噤むイリヤ。やばい、何か他の話題を考えなければ。話題話題……。
「そういえば、イリヤは聖杯にどんな願いを叶えて貰いたいんだ?」
俺は、悪い奴を止めるために戦ってるんだ。悪い奴と手を組んでしまっては本末転倒である。彼女の目的如何では、前言を撤回せざるを得ない。
イリヤは、しかし俺のそんな質問に対して、
「願いを叶える……?」
何故か、首を傾げた。もしかしてこの子は、聖杯が何なのか知らないまま、それを手に入れようとしているのか?
「……イリヤは、どうして聖杯を手に入れたいんだ?」
質問を変えてみたら、今度はすんなり答えてくれた。
「聖杯はアインツベルンの悲願だから、ワタシが完成させなくちゃいけないの。それが、お爺様から与えられた使命」
……成程。この小さな女の子を戦争に利用してやがるのが、その『おじい様』とやらか。間違いない、そいつは悪い奴だ。聖杯を渡すわけにはいかない。
……だけど、ここで同盟を切ってしまえば、誰がこの子を助けるんだ?
取り敢えず、この子の傍に居よう。これからどうするかは、明日慎二にでも相談すればいい。
「イリヤ、聖杯ってのは何でも願いを叶えられるものなんだ。イリヤは何か、願い事とかは無いの?」
「そんな事したら、おじい様に」
「大丈夫だよ、バレないって」
我ながらなんと頭の悪い言葉であろうか。けど、そんな言葉を真に受けてくれたのだろうか、ぽしょりと、イリヤが自らの心の裡を明かしてくれた。
「……また、お父様と、お母さまと一緒にいたい」
そんな、普通の人にとっては当たり前の事を、少女は願うのだという。
おじい様とやらは、この幼気な少女から両親を奪ったのか。己の裡で、ふつふつと怒りが沸いてくるのを感じながら、しかし表情は柔和に取り繕って、
「分かった。聖杯はイリヤに譲るよ。願い、叶うといいな」
そう、答えた。
……やばいな……遠坂を頑張って説得しないと。セイバーは、ええと、セイバーどうしよう…………そうだ、慎二に知恵を貸してもらおう。今度アイツに何かおごらないとな……。
その後、これと言って話すような事もなく、二人で静かにお茶を啜っていたら、呼び鈴の音が鳴った。
郵便だろうか、そう思い、引き出しからハンコを取って玄関まで歩く。……廊下の窓から首領パッチの姿が見えたけど、無視する。見てない。俺は首領パッチが鎖剣で庭を滅茶苦茶にしてる様子なんて見たくない。
「どちら様でしょうか」
と言いつつ引き戸を開ける。あれ? 誰もいない。足下に、白い封筒が置かれているだけだ。
「士郎! 今夜は蛇鍋だぜ!」
首領パッチが荒縄でグルグル巻きにされたナニカを引きずりながら近付いてきた。
「ナニソレ……モゾモゾ動いてて気持ち悪いんだけど……」
蛇鍋、という事は、いや、想像もしたくないな。そのサイズの蛇とか……どこで捕まえて来たんだよ。
「ていうか醤油付けて食え! 今すぐ!」
「喰えるかっ! 捨てて来なさい」
「そんな~! ママなんか大嫌いっ!」
うわああんと泣きながら、首領パッチはナニカを引き摺りながら走り去っていった。
———赤くベットリとした円が、ナニカがあった場所に残されていた。そこから延びる線が、アイツの走り去った跡に続いている。
はぁ。明日、桜が来る前に何とかしないと、殺人現場か何かと勘違いされるな……。
「っと、そんな事よりこの封筒は誰から来たんだ?」
封を切り、中に入っていた手紙を取り出す。そこには、見慣れた文字が書いてあった。
『深夜三時 商店街近くの公園に来い』
……全く。慎二の奴、一体何の用だ?