───闇を駆ける。
寝静まった町並みを、オレンジ色の素敵なサムシングが駆け抜けて行く。向かう先はただ一つ、商店街近くの公園である。
首領パッチは今、猛烈にブランコでブラブラしたかった。先程は、間違えてフランコに乗ってしまったので、しっかりブランコでブラブラしなければ気が済まなかったのである。
まぁ、公園に行くついでに士郎へ会いに行こうかしらん、とも思っていたりいなかったりした。
そんなこんなで公園に着き、リストラされ、ブランコで項垂れていた元○×食品第三営業部係長・田中宏と小一時間ほど話し込んだ後、暇だから、という事で柳洞寺にて美女と戯れている士郎を邪魔しに向かったのであった。
首領パッチを待ち受けていたもの、
それは、平静の柳洞寺とは別物と化していた。
空気が淀んでいる。
風が怜悧さを増している。
生命の息吹が感じられない。
───ここは、全ての命潰える場所、死の魔女が住まう氷獄であった。
ちなみに首領パッチの初見での感想は、
「階段長っ! これ登んのかよ面倒クセェ‼」
であった。緊張感ゼロである。
「こうなったらアレを使うか……」
そう言って、何でも入りそうな四次元風の白いポケットをまさぐる。
「あったぜ! タラリラッタラ~♪ パチコプター(裏声)
説明しよう。パチコプターとは、タケ〇プターのパチモンである」
誰も聞いていないのに律義に説明する首領パッチ。ソレを頭に付け、階段の上を飛ぶ。
「ブーーーーーーーーン」
巨大なハエが飛び回っているような不快音が反響し、山がざわざわと蠢きだす。
途中までは順調に飛べていたのだが、中腹辺りで、首領パッチが唐突に喚き散らし始めた。
「痛で! トゲが! トゲがもげりゅううううう‼」
何故そんな不安定極まりない所に付けたのか。そのまま首領パッチが空中で悪戦苦闘していると、
「あっ‼ 電池切れたァァァァァ⁉」
頂上。
あと僅かで山門に至るという時に、哀れな馬鹿が地に堕ちた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぐげぶっ!!!!!」
石段に激突し、鮮血を撒き散らす首領パッチ。
───その様を、地に胡坐をかきながら、ぼんやりと眺める男がいた。
さらりとした自然体。浮世離れした紺の和装。口元には、他意のない微笑を湛えていた。
「今宵は月が、格別に美しい。かぐや姫でも降りてくるやもと思うたが、いやはや、魑魅魍魎の類が落ちてこようとは」
男が、ゆっくりと腰を上げる。
深夜4時前後に、何の脈絡もなくオレンジ色の不思議なナニカが現れたにも拘らず、平静さを崩さない。それだけで、男の人となりが、そして戦い方が見て取れる。
「ん? 何だこのオッサン」
「アサシンのサーヴァント、佐々木小次郎」
飄々と、短歌を詠み上げるかのように、その男は
「ふーん。知らね」
ハナクソをホジホジしながらそう吐き捨てる首領パッチ。
「………………」
滅多な事では動じないアサシンも、この時ばかりは少し傷付いた。
普通ならばアサシンの言動は異常である。
サーヴァントとは己の正体を隠すもの。真名が露呈すれば敵に手の内や弱点が知られてしまう事となる。
にも拘らず、それを自ら、堂々と告げるサーヴァントが何処にいる───!
まぁ、その程度の異常など、歩く
「俺は首領パッチ」
普通に名乗り返しちゃうし。
「名乗り返さずともよ───名乗ってしもうたか……」
何とも言えない哀愁を漂わせながら、セイバーと同じようには行かぬか、と内心落胆するアサシン。
先日、セイバーに同じ事をした時には、中々どうして愉快な反応を見せてくれたのだが、と。
「……まぁよい。名乗りあっただけで互いを分かり合えるとは思えぬ。───この刀で、お主が何者なのかを知るとしよう」
かつん、と。
色々と調子は狂わされたがあくまで優雅に石段を下り、首領パッチと対峙するアサシン。
「いざ、参る!」
「刀なっが! その長さいらねぇだろwwwバカみてぇwwわざわざ刀長くするくらいなら槍使えばよくね?」
「…………」
アサシンの額に青筋が走る。
当然だ。男の人生は、常にこの刀と共にあった。否、この刀こそ、男の人生そのものであった。
幼き日に、名も知らぬ剣聖から譲り受けた愛刀。己が剣術も、人生も、唯一無二の絶技も、全て、この刀あっての物である。
それを愚弄するとは、「槍で良いではないか」とは、
己の生き様を───
「隙あり!!」
首領パッチがアサシンに向けて拳銃を発砲した。
完璧に意表を突いた一発、クィックドロウとしては最高峰の一撃を───アサシンは苦もなく断ち斬って見せた。
「舐めるなよ、妖風情が」
修羅の如き眼光が、男の“誇り”を愚弄した道化に突き刺さる。
「クソっ、これならばどうだ‼ 奥義『マシンガンに頼ります❤️』!!!!」
おいそれ他人の技だろ。
首領パッチが何処からとも無く取り出したのは、片手自動小銃『キャリコM950』。本体重量は2キロ程であるにも関わらず、最大100発の銃弾を装填可能な代物である。
「うらぁぁあ!!」
首領パッチが引き金を引くと同時、鉛の豪雨が、侍を貫かんと降り注ぐ。
初速350 m/sの銃弾が連続して数十発、常人ならばなす術なく一瞬で蜂の巣と化す。
しかし──────
「はぁっ───‼」
アサシンは神速の剣舞でもって数多の弾丸、その全てを斬り、弾き、打ち落として見せた。
まともに振るう事さえ困難な長刀でもって軽やかに、優雅に。
しなやかな剣線は、首領パッチの攻撃を悉く受け流し、そうして───
唐突に、鉛の雨が止む。引き金を引く音だけが、夜の森に虚しく木霊する。
「うへ‼
キャリコM360が持つ弱点の一つ、給弾機構の欠陥である。
落ち着いて対処すれば再び射撃は可能だがしかし、アサシンが、その隙を見逃すはずがなかった。
「フッ───」
嘲笑を浮かべ、銀の光を奔らせるアサシン。
見惚れる程美しい剣閃が、見届ける事が困難な程の速度で振るわれる。
「ちょまっギィやぁぁぁぁぁぁぁ‼」
銀の軌跡が、首領パッチの銃を持つ手を流れるように切り落とす。
「豆粒を飛ばすだけで、この佐々木小次郎を殺せるなどと思うたか。たわけ」
アサシンは汚物に向けるような目で、痛みに項垂れる首領パッチを見下した。
次なる一閃を受ける前に、ぐるぐる転がることでアサシンと距離を取る首領パッチ。
よろよろと立ち上がり、即座に現状を把握する。
(近接戦闘ではこちらが圧倒的に不利っ! キャリコは喪失、コンテンダーは再装填が必要……残る武装は首領パッチソード一本と、ボンタン180個)
……ボンタン180個? というかそれは武装なのか?
首領パッチは何を思ったのか。足元にダンボール山盛りのボンタンをドサっと置き、それらをアサシンに向かってやたらめったら投げつけ始めた。
「うおおおおボンタンボンタンボンタンボンタンボンタンボンタンボンタン!!!!!」
これらのボンタンは別になんの変哲もない、少し柔らかめな只のボンタンである。
「⁉ 気でも狂うたか!」
アサシンは仕方なく、飛来するボンタンを切り刻む。すると、まぁ当然といえば当然なのだが、大量の果汁が飛び散った。そして、その一部が───
「ぬをっ!?」
アサシンの目に入った。ちょっとの間目を開けられない、地味に鬱陶しい痛みがアサシンを襲う。
「今だ!! 死ねぇええええ!!!」
首領パッチがネギを大上段に構え、アサシンに迫る。
「くっ、見えずとも‼ 秘剣───」
両者の間合いは、約三メートル。無形を旨としてきたアサシンが、今宵始めて『構え』を取った。
──────その、瞬間、
世界が、歪んだ。
「───"燕返し"」
ネギがアサシンに振り下ろされる刹那、首領パッチへと、三つの刃が
「え⁉ ぎぃゃぁぁあ!!!!」
為す術なく切り刻まれ、ボタボタと地に落ちる首領パッチ。
燕返し。彼の愛用する長刀、磨き抜かれ、神の域に到達した超絶技巧、そして音速を凌駕した圧倒的な刀速により、人の領域を超えた第二
近接戦闘においてこの技を受ければ生存は絶望的であり、アサシンが生前この技をもって殺せなかった相手など一人も居なかった。
此度の聖杯戦争においても、この技を完璧に防御出来たのはランサーのみである。
伝説の騎士王たるセイバーでさえも対処法を編み出せず、階段を転げ落ちる事で辛うじて回避出来ただけであり、その後撤退を余儀なくされている。
神域の技をもって首領パッチを切り刻んだアサシン。しかし、彼の顔に余裕はなく、額には冷や汗が浮かんでいた。
「……危うかった。ともすれば、命を落としていたのは拙者だったやもしれぬ……」
あの瞬間、首領パッチのネギはアサシンの頭髪に触れていた。自らの技を先に放てたのはただの僥倖に過ぎないとアサシンは思い、その事に戦慄した。
服の袖で目元を拭い、ゆっくりと瞼を開けると、地面に転がるところてんの破片に目を向ける。
(………………ん?)
そう、ところてんである。オレンジ色などとは程遠い、半透明なプルプルしたアレである。
よく見ると、ソレには目と口があり、うわ言のように何かをブツブツと呟いていた。
「首領パッチ……マジ許さねぇからな……てか、ここ何処だよ……」
「これは───」
戸惑い、一瞬思考停止状態になるアサシン。彼の思考を引き戻したのは───
「はーっはっはっはっはー!」
森の中に響き渡る、鬱陶しい高笑いであった。
声のする方に目を向けるアサシン。そこには、木の幹の上で、両手を腰に当てて尊大に立つ、首領パッチの姿があった。
「な! いつの間に⁉」
「すり替えておいたのさ!」
アサシンをビシッと指差し、そう言い放つ首領パッチ。
……いや無理があるだろ。そもそも何処からところ天の助連れて来たんだよ。
そういう事を考えたら負けである。
「さぁーて、反撃開始じゃボケぇ‼」
そう言って何処からか取り出したのは、ドス黒いボディを持つ、超巨大なガドリングガンだった。
「……ふっ、またもや種子島か。どれだけ図体が大きかろうと、豆粒を出す事に変わりはあるまい」
「文明の利器舐めんなァァァ! いくぜっ‼」
首領パッチが、引き金を引く。
静寂を
「AAAAARRRRRRTTTTTTHHHHUUUUUURRRRRRRRRRRRR!!!!!!!!!」
「無駄な事を! 全て叩き斬ってくれる‼」
アサシンが、またも数多の弾丸を、切り、弾き──────刀身が千切れ飛び、アサシンの身体に無数の孔が穿たれた。
「…………コプっ⁉」
吐血と共に、全身から血が噴き出す。
ばかな、とアサシンは驚愕し、何が起こったのか全く把握出来なかった。
それもそのはず、サーヴァントが与えられる現世の知識は、『一般常識』だけである。ゆえに、
『GAUー8 アヴェンジャー』首領パッチの使用したガトリングガンの名称である。
全長6.4m 、総重量1830kg。
一分間に3900発もの弾丸を発射可能。使用弾口径は30mm。これは日本の警察が使用している拳銃の口径より3倍以上大きい。
しかし、大口径故に反動が凄まじい為個人使用など到底不可能であり、通常は戦闘機などに搭載した上で運用する。
その威力たるや、一キロ先にある装甲でさえ厚さ4センチまでなら貫通できる程である。
首領パッチとアサシンとの距離は約20メートル。悲しいかな、アサシンの愛刀
「『銃は剣よりも強し』ってな‼ 棒切れ振り回す原始人の時代は終わったんだよ‼」
食物振り回すチンパンジー以下の奴が何を言っているのだろうか。
「…………」
アサシンは、無残な姿となった愛刀に目を落とし、ポツリと、
「フッ。時代、か……」
そう呟き、何処か物悲しい顔を浮かべながら、仰向けに崩れ落ちた。
真紅の円が、男を中心に広がっていき、地の色を塗り替えて行く。
もし、セイバーとして召喚されていたなら。
もし、自らの愛刀を只の刀としてでは無く、宝具『長物干し竿』として使えていたなら。
きっと、このような終わり方にはならなかっただろう。
だが、全ては仮定でしかない。稀代の剣豪、佐々木小次郎は、バカに銃で撃たれて死んだ。結果としてはそれだけである。
「じゃーなーばいびー」
首領パッチはそう言ってそそくさと山門をくぐり抜けていった。
「……そうよな、所詮拙者は、古き時代の遺物よな───」
アサシンの目端から一粒の雫が流れ落ちた。如何ともし難い、男の『無念』が、其処にはあった。
「──────何者か。用があるなら早くするが良い」
アサシンが、虚空に声を掛ける。
それに呼応するかのように、するすると、数多の黒い点が収束する。寄り合わさった影は、混ざり、固まり、ヒトの形へと変貌していく。
そうして出来上がった翁の姿をした何が、アサシンに語りかけた。
「カカ。なに、お主の霊基を使わせて頂こうと思うてな」
そう言って、ブツブツを呪文を唱え始める。
(───? 何を───)
「───来たれ、闇に生きし英雄よ」
翁が、詠唱を完了する。それと同時、アサシンの腹の中から、宵闇の衣を纏った『何か』が這い出て来た。
「ギィィィィィィ‼」
「おお、上手くいったわい」
老人が陰惨に笑う。その様を横目で見やりながら、しかしアサシンは驚く事もなく、
(ああ、拙者の腹から出て来たのだ。碌なものではあるまい)
そんな皮肉を、内心で吐いた。
(最早拙者には関係のない事だがな……フッ、何と淀みなき月夜か。これを見ながら逝けるとは、僥倖よな───)
そうして佐々木小次郎は、ゆっくりと、地を這う闇に呑み込まれていった。
****
『タリナイ タリナイ タリナイ タリナイ』
『──────満つる時は、幾許も無し──────』