Fate/New Dawn   作:まーく

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8.神代の魔術師

「目覚めなさい」

 

 耳朶を舐める艶やかな囁き。朦朧としていた意識が、確かな形を持ち始める。

 ゆっくりと瞼を開く。暗がりで見え辛いが、ここは————

「柳洞寺、か……?」

「ええ。ようこそ、私の”神殿“へ」

「‼」

 その声で、全身の毛が逆立つ。命の危機を感じ、急激に鼓動が早まっていく。

 そうだ。俺はついさっき、この声の主に出くわし、そのまま意識を失ったんだ。

 どうする。今手元に武器はない。いや、そもそも持っていたところで太刀打ちなんて出来ないだろう。

 助けを求めようにも、近くに遠坂もセイバーも居ない。首領パッチが居ないのは、まぁ、いつものことか。

「あらあら、そう警戒しないで欲しいわね。私は別に、貴方を殺すつもりなんて無いのだから」

 どこからともなく響く、妖艶さに満ちた女の声。暗がりの中、それは 徐々に姿を現した。

 俺のすぐ近くの地面より、ゆらりと湧き上がるように人影が立ち上る。霞みがかったようなその影は、やがて人の形へと外観を変えた。

 紫紺のローブに身を包む、人ならざる異質な存在————

「キャスター、か?」

「ええ。まぁ、見たら分かるでしょうけど」

 そう、自らのクラスを明かすキャスター。

 奴の目的が全くわからない。俺を殺す気は無い、だって? そもそもなんでこんな所に俺を連れて来たんだ……?

「……殺すつもりは無いって、どういう事だ」

 フードの影に隠れている目を睨みつけ、威嚇するかのように問う。

「フフ、怯える子猫のようね。必死になって、自分を大きく見せようとして……。慣れない事はしない方がいいわよ、『坊や』」

「っ!!」

 看破された。いや、そもそも武器一つ持たない上に半人前の魔術師でしかない俺の威嚇なんて、何の意味も為さないだろう。

 狼狽える俺の姿に冷笑を零しながら、キャスターが言葉を続ける。

「フフフ。言葉通りの意味よ。これからマスターでもなんでもなくなる一般人に興味は無い。私は、貴方のサーヴァントを『頂く』為に、貴方をここまで運んで来たのだから」

「………え?」

 サーヴァントを、頂く?

「どういう、意味だ……?

 というか首領パッチなんて要るか?  引き取ってくれるなら金払ってでも引き取ってもらいたい位だけど」

「………………コホン。確かに、貴方のサーヴァントは御し難い。けれど、それを差し引いても余りある程の戦闘能力が、彼にはあるわ」

「戦闘能力……?」

 いや、どう考えても差し引き切れないと思うのだが。御し難いとかそういうレベルじゃないんだよ……アイツは……。

「————あら、もう来たようね」

 そう言って、山門の方に目をやるキャスター。

 直後、耳を劈くような爆音が、山の中に鳴り響いた。

「銃声⁉」

「……驚いたわ。アサシンをこうも容易く……やはり、私の目に狂いは無かったようね」

 そう言って、不気味な笑声を漏らすキャスター。

 数秒後に、暗闇の中でもはっきり分かるオレンジ色の物体が山門をくぐってやって来た。アイツ、何しに来たんだ? 助けに来た————訳じゃないな。絶対に。

「どうしたんだよ。首領パッ———」

「士郎っっっっっ! 誰よそのBBA‼ ワタシという女がありながら‼」

「え? えええええ⁉」

 まるで愛する夫の浮気現場を目撃した中年団地妻の如く怒り狂う首領パッチ。ご丁寧にも絶妙なケバさの化粧まで施してある。

「どういうことなの⁉ 何か言いなさいよ!!!!!」

「ぐえっ」

 おれの首を両手で絞めつけながら、前後へと激しく揺らす。

「ちょ、死ぬ……、いや、誤解だって。そもそもなんで俺とお前が愛し合ってる事が前提なんだよ……」

「ワタシとは遊びだったの⁉」

 何故そうなる。

「あんな女のどこがいいのよ! どうせ旦那の短小早漏○○○に満足出来ず、男子〇校生の極太〇〇〇に欲情した欲求不満淫乱外人団地妻なんでしょ!!! シロウとの○○○で○○○拡げて『もうあの人の○○○じゃ満足出来ないのぉぉぉぉ!!! んほぉぉぉぉ!』とか言っておねだりしてたんでしょ!!!! この売女!! 年増!!! ガバガバ○○○!!!!!!!」

 絶妙に腹立つ甲高い声でキャスターを罵る首領パッチ。完全に昼ドラのそれである。なんでコイツは毎度毎度敵のサーヴァントを怒らせるんだ? キャスターの方を見ると、うへぁ……かなり頭に来てらっしゃる……。ローブの下から覗く顔が真っ赤になっていた。

「……キャスター、首領パッチが欲しいんだよな。どうぞ」

 俺に出来る最大限のスマイルを浮かべながら、首領パッチをキャスターへと突き出す。

 …………さて、首領パッチが殺されている内に逃げようかな。

「やーーい、お前の旦那はイ・ン・ポ! 宗一郎は短~小!」

 キャスターの頭から、ブチッ、という嫌な音が聞こえた。ああ、不味い……!

「……ここまで怒りを覚えたのは生まれて初めてよ。いいでしょう、貴方には少々、“躾”が要るようね———!」

 

 キャスターが、ふわり、と宙へ舞い上がる。同時に、大気に充ち満ちている濃密な魔力が、キャスターの下へと寄り集まっていく。

 右手に顕現させたるは、妖気を纏った古の錫杖。その杖先が首領パッチを指した後……首領パッチを取り巻くように、幾つもの魔方陣が現れた。

「お前の母ちゃんデ~べッ…………やっべぇ」

 キャスターが一瞬にして展開して見せた、闇に光る紫光の紋章群。その一つ一つに込められた魔力は、並の魔術師十人の総力に匹敵しているだろう。あんなもの、一つとてまともに喰らえば消し炭にされる。

 結構呑気にしていた首領パッチも自らに砲門を向ける数十の大魔方陣にはビビったらしい。生まれたての小鹿のようにブルブルと震えはじめた。

「……どっ、どうすれば命だけは助けてくれる⁉ 金か! 金を払えばいいのか⁉ 幾ら欲しい‼」

 金持ってるタイプのやられ役悪党Bみたいなセリフを吐く首領パッチ。しかしキャスターは、それに応える事なく、無情にも杖を振り下ろした。うん、まぁそうだよな。

「あの目はっ! 養豚場に居る豚を見るかのような目だッ! 『可哀想だけど殺され————ギィャアアアアアアアアアァァァ!!!!!!」

 良く分からない事を口走った後、首領パッチは地を抉る爆炎に飲み込まれた。

 

 黒煙が風に流された後、キャスターの魔術によって穿たれた大穴から首領パッチが這い上がって来た。顔面は所々腫れあがり、煤だらけで歯も何本か欠け、見るからに分かりやすくボロボロだった。

 

「……何か言う事はあるかしら?」

「申し訳ございませんでした」

 即答だった。土下座しながら。それは、普段の粗野な振る舞いからは想像もつかない程、淀みなく美しい、見事な土下座であった。

 まぁ、首領パッチにはいい薬になっただろう。多分。これで懲りて少しは大人しくなってくれるといいんだけど……なる訳ないよな、うん。

「……よろしい。では誓いなさい、私の僕となる事を。私の手足となる事を……」

 キャスターが、首領パッチの目の前へと降り立つ。音一つ立てず、土煙すら起こさずに。

「今宵、この時より、汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に————」

 何かの呪文を紡ぎながら、キャスターはローブの下から一振りの短刀を取り出す。武器として見るには余りにも歪な形状をしたそれは————

「げ、身体が動かねぇ!」

 何らかの魔術で固定されているのか、身動ぎ一つとれない首領パッチ。その無防備な頭に、妖光の刃が振り下ろされる。短刀と首領パッチが触れ合う刹那、キャスターのローブの中で、静かに真名が紡がれた。

 

「———“破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)”」

 

 トスっと、首領パッチの頭に短刀が突き刺さり、

 

「あふん❤️」

 

 首領パッチが気持ち悪い声を出す。キャスターが短刀を引き抜くと、それなりの血が吹き出した。

 

「グバっ!!」

 

 

 …………それだけだった。

「………………?」

 首を傾げるキャスター。もう一度短刀を振り上げ、首領パッチの脳天に突き刺す。さっきよりも深めに。

 

「ふぁん❤️」

 

 引き抜く。

 

「ホデュアア!!」

 

 血の噴水が二つに増えた。それだけだった。

「??????」

 さっきよりも深く首を傾げるキャスター。手に持つ短刀を凝視して、異常が無いかどうか確認し始める。先端を指先でつついたり、側面を指でなぞったりするが、異常は無いようだ。

「……大丈夫か?」

 気を遣って声を掛けてやる。いや、キャスターが戸惑うのも無理はない。普通なら彼女の宝具を刺されて、何も起きない筈が無いのだから。

 

 破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。目視で読み取った構造、構成材質、創造理念などから判明した特性は、『魔術の初期化』。彼女の持つ短刀は、魔力で強化された物体、契約によって繋がった関係、魔力によって生み出された生命を無に帰す最強の対魔術宝具だった。

 聖杯戦争がマスターとサーヴァントとの『契約』を大前提としている以上、それを根本から覆せるキャスターの宝具はその名の通り反則級の強さを有している、いや、最早『反則そのもの(ルールブレイカー)』と言えるだろう。

 

 …………何故か首領パッチには効かなかったけど。マジで何も起こらなかったけど。

 どうして効かないのか、なんて俺にはさっぱり分からないし、キャスターも事態が飲み込めず呆然としてる。けど、まぁそりゃそうだよな、と心の何処かで納得した俺がいる。首領パッチだし。首領パッチだからな。

 俺の掛けた言葉に反応しないキャスター。ブツブツと何かを呟いているが、声が小さすぎてよく聞こえない。

契約に魔術が関係していない………? 私の宝具は魔術そのものには干渉出来ても魔術によって引き起こされた()()そのものには干渉できない。つまり————けど、それじゃあ一体

「……キャスター?」

 再び声をかけるが、やはり答えない。

 うん。もう帰っていいかな。そもそも何でキャスターに気を遣おうなんて思ったんだろう。別に義理なんてないのに。よし、足早に我が家へ帰るとしよう。

「首領パッチ、帰————」

「隙ありぃぃぃぃぃ!!!!」

 首領パッチがキャスターに向けてネギを振りかぶった。何故そこで喧嘩を吹っ掛ける⁉

「ちょ、何やってんだよ!!!」

 しかし、横薙ぎに振るわれたネギが当たった瞬間、キャスターの体が霞の如く消え去った。

「あり?」

 

 

「—————残念ね。それは只の“影”よ」

 

 遠く離れた本堂の前に、彼女は佇んでいた。まるで、最初からそこにいたかのように。

 彼女が、徐に左手を俺達へ向けて突き出す。それに呼応して、新たに十数門の魔方陣が中空より出現し、俺と首領パッチへ照準を向ける。一つ一つの大きさが先程のものと比べて段違いに大きいそれは、含有する魔力量も数十倍に跳ね上がっていた。

「私の支配下に置けないのであれば、貴方達を生かしておく必要性は無くなったわ。未熟なマスターともども、不確定要素は早々に消してしまいましょう。————さようなら」

 古の魔女が、冷酷に死の判決を下す。無力な俺に、抗う事など許される筈も無く、首領パッチは、

「ほな、さいなら~」

 いつの間にか俺を置いて山門の手前まで逃げ去っていた。いや散々状況悪化させておいて自分だけトンズラかよ!!

 しかしキャスターが大人しく逃がす筈も無く、

「げ、また体が動かねぇ!!!」

 山門前に予め設置していたのであろう空間固定魔術に絡め捕られていた。そして首領パッチの頭上に、目を焼く程の極光を纏った大魔方陣が新たに現出する。

 俺に向けられている魔方陣も、その光を高めていく。確信する。あれは絶対に避けられないと。横に飛ぼうが、全身に強化魔術を掛けようが、あれが放たれれば俺という存在は消し去られる。

 あの魔女が口を開いた時、俺の人生は、終わる。

 クソ、どうすれば—————

 

 

「φω「■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!」「ぷげっ⁉」

 

その瞬間、山門を突き破って、巌の巨人がその姿を現した。狂える咆哮が、境内全体を揺らす。

 

「バーサーカー!!! シロウを守って!!!」

 

「■■ッ!!」

 

 バーサーカーは一瞬にして俺の目の前に到達すると、キャスターが放った魔術の全てを手に持つ大剣で切り払った。

「くっ、ヘラクレス…………!」

 キャスターが忌々し気にそう呟く。

 まさか、彼女はバーサーカーを知っているのか? というか、『ヘラクレス』だって……⁉

「シロウ‼ 大丈夫⁉」

 イリヤが白い髪を揺らしながら駆け寄って来る。

「あ、ああ。大丈夫。ありがとう。それより……」

 キャスターの方を見遣る。バーサーカーの乱入で僅かに動揺したものの、即座に冷静さを取り戻し、再び魔方陣を展開し始める。先程と同様の魔術を数十門、無論照準は全てバーサーカーへと向けられている。

 如何にバーサーカーが強力とは言え、遠距離攻撃が主体のキャスターが相手じゃ分が悪いか……?

「シロウ、そこでじっとしててね」

 そう言うとイリヤは手早く魔術防壁を構築し、俺と自身を取り囲む。

「キャスターは、ここで殺すわ。やっちゃえ、バーサーカー!!」

 

「■■■■■■■■!!!!!」

 

 バーサーカーの肉体が膨張する。その足は地を踏み砕き、その咆哮は大気を震わせる。

 キャスターが魔術を放った瞬間、バーサーカーが大地を鳴動させながら突貫した。前後左右、あらゆる角度から放たれた光弾が、無防備なバーサーカーへと襲いかかる。

 しかし、それらは一つとしてバーサーカーに届くことは無く、その身に纏う『何か』によって弾かれ、虚しく火花を散らす。

 巨人の進撃は、止まらない。

 

「■■■■■■■■!!!!」

 

「くっ‼」

 

 キャスターの顔に動揺の色が浮かぶ。自らの攻撃が全く効かなかったのだ、無理もない。

 近接戦闘になればキャスターに勝ち目はない。浮き上がる事でバーサーカーとの距離をとり、新たな魔方陣を自らの手前に展開する。

 

「Μεγάλο φως———!」

 

 バーサーカーの体躯さえも凌駕する、超巨大な魔方陣。そこに籠められている魔力は、周囲の景色を歪ませる程だ。

 これだけの大魔術を一瞬で編み上げるなんて……。バーサーカーの真名を『ヘラクレス』と言った事といい、キャスターはもしかして、ギリシア神話の時代を生きた魔術師、なのか?

「っ!! 伏せて!」

 イリヤが咄嗟に俺の頭を下げさせる。

 直後、魔方陣から放たれた光の大槍が、バーサーカーの上半身を抉り穿ち、俺達のすぐ上を掠めていった。

 

 

「あら、案外呆気無かったわね。貴女のサーヴァント」

 フワリと地に降り立ち、そう勝ち誇るキャスター。だけど、違う。バーサーカーの本領は、()()()()()()()()

 

「……なかなかやるじゃない。バーサーカーを殺すなんて。けど、残念ね。一度殺したくらいじゃ—————バーサーカーには勝てないわ」

 

 不敵に笑うイリヤ。その言葉を受け————暴の化身が、復活する。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!」

 

「なっ!?」

 

 完全に虚を突かれたキャスターは、しかしバーサーカーの振り下ろしに対して即座に魔術障壁を展開する事で防御する。

「なら、もう一度死になさい! Μεγάλο φως———!」

 バーサーカーの足下に、巨大な魔方陣が形成され、光の大槍が天に向かって放たれる。先程バーサーカーを殺せしめた大魔術だ。しかし、それは悪手。バーサーカーに対し一度放った攻撃は、二度と効かなくなる。

 

「■■■■!!」

 

「何———ごふっ!!」

 

 光の中から現れたバーサーカーによって腹部を蹴り飛ばされ、天高く打ち上げられるキャスター。バーサーカーもまた地を踏み砕いて飛び上がり、キャスターの体を一刀両断した。

 

 

「あら、呆気ないわね」

 イリヤが退屈そうにそう告げる。古の魔術師は、無惨にもその臓物を撒き散ら—————すことなく、数多の蝶となって、月の下へ散っていった。

 これは…………。

 

 

「その『影』はかなり頑丈にしたつもりなのだけど、一撃で壊すなんて。流石はヘラクレス、と言った所かしら」

 

 境内に女の声が響き渡る。

 

「それにしても、不可解な能力ね。貴方が生前そんな能力を有していた記憶は無いのだけど……。まぁ、おおよその原理は理解出来たわ。一定以上の『神秘』を有しない攻撃は一切遮断し、殺されても復活する。そして、一度受けた攻撃は二度と通じない……。有する命の数は、そうね。貴方の伝説『十二の難行』になぞらえて、十二個、と言った所かしら」

 キャスターの推測に、顔を顰めるイリヤ。まさか、キャスターの推測は全て的中しているというのか。真名が分かっているとはいえ、正体不明の宝具の性質をこの短時間で完璧に暴くとは……。

「けど、それが分かったからって、アナタがバーサーカーには敵わない事に変わりはないわ!! 隠れても無駄よ! ここに拠点を構えているのは分かってるんだから、見つかるまでここを壊し尽くしてやるわ!! 暴れ狂いなさい、バーサーカー!!!」

 

「■■■■■■■■!!!」

 

「————————あら、お嬢さん。まさか貴女、私が使える魔術の内、ヘラクレスを殺し得る魔術が()()()()()()()()()()だとでも思っているのかしら?」

 

 ……今、キャスターは何と言った? さっきバーサーカーを殺した魔術は、セイバーの宝具程ではないが、ランサーの宝具から感じた脅威を優に超えていた。アレと同等の魔術を、キャスターは少なくとも十二種類以上使えるってのか……⁉

 バーサーカーが威嚇のために雄叫びを上げる。だが、本体の位置が分からないこの状況で無闇に動いたら、マスターであるイリヤを危険に晒す事になる。だから、バーサーカーはイリヤの命令を無視して、俺達の前に陣取った。

「さぁ、貴方は耐えきれるかしら? ヘラクレス———!!」

 

 

 

 キャスターによる集中砲火が始まった。雷撃、轟炎、氷塊、猛毒、光線、ありとあらゆる魔術が、俺達に襲いかかる。バーサーカーは手に持つ斧剣と規格外の膂力でもって魔術を弾き、砕き、振り払うが、あまりの物量に対処しきれず、何度も致命傷を受けてしまう。

 最早、戦いなどではない。今目の前で行われているのは、姿見えぬ敵による、一方的な蹂躙だ。

 いや、バーサーカーはもしかしたら、自らの身を守るだけならまだ手の打ちようはあったのかもしれない。だが、バーサーカーの後ろには、俺とイリヤがいる。防御障壁を展開しているとはいえ、キャスターによる猛火の前では紙切れ同然でしかないだろう。だからバーサーカーは、敵の攻撃を『躱す』という手段が取れない。背後に控える俺達を守る為に、捌き切れない攻撃は、その身で受け止めるしかないのだ。

 

「■■■■■■■■—————」

 

 魔術の嵐が、黒き巨人の胴を穿ち、頭を抉り、四肢を断ち切る。いかほどの英雄であろうが関係ない。即死だ。しかし、巨人はそれでも尚立ち上がる。俺達の為、己が主の為に、絶望的な戦いに身を投じる。 

「バーサーカー!!!!」

 少女が悲痛な叫び声を上げる。 

「クソッ、どうすれば…………、そういえば!」

 さっきから首領パッチの姿が見えない。山門の前でバーサーカーに踏みつぶされたっぽい断末魔は聞こえたけど、今アイツは何をやってるんだ……? 普通に考えたらとっくの昔に逃げているだろうけど、まだ近くにいるのであれば、この状況を打開できるかもしれない。

 俺がそう考えた矢先、

 

「おーい! 士郎~!」

 

 首領パッチの呼ぶ声が聞こえて来た。

「首領パッチ!!! お前何やって「助けて士郎ゥゥゥゥ!!! やばいやばいヤバいやはりヤバい!!!」

 

 声のする方を見ると、首領パッチが必死でキャスターの猛火から逃げ回っていた。

「ヤバいっ、死ぬっ、死ぬ!!! ひええええええ!!!」

 情けなく涙と鼻水を撒き散らしながら走り回る首領パッチ。……こんな奴に頼るのは不本意極まりないけど、今この絶望的な状況を打開できそうなヤツは首領パッチしかいない。爆音にかき消されないよう、大声で叫ぶ。

「首領パッチ!!! 何とかしてくれ!!! もうお前しか————」

「無理無理無理無理!!! ってやべぇ!! また足が動かなぎゃあああああああああ!!」 

 再び空間固定魔術の餌食となり、集中砲火をモロに喰らう首領パッチ。

「…………こんな奴に勝てる訳ないだろ……ぐはっ」 

 そう言い残して地に倒れ伏し、首領パッチは力尽きた。いや、多分尽きてないけど。首領パッチは完全に戦意消失している。アテには出来ない。

 一体どうすれば……。

 

「■■■ッ! …………————」  

 

「バーサーカー!!! 立って! 立つのよ!!」

 また一つ、キャスターの魔術がバーサーカーの命を奪う。残る命のストックも、後二つしかない。

「フフ、そろそろ頃合いね。Αλυσίδα———!」

 キャスターが新たなる魔術を唱える。その瞬間、前後左右、あらゆる角度から漆黒の鎖が現出し、バーサーカーに絡みつく。

 

「■ッ! ■■■■■■■!!!!」 

 

 バーサーカーは、その程度の拘束などものともしない。圧倒的膂力をもって、自らを縛る鎖を引き千切っていく。しかし、引き千切るその数秒間、バーサーカーは確かな隙を晒して————

「死になさい、お嬢ちゃん」

 キャスターの魔術が、イリヤの防壁に直撃した。 

「ッ!!!? ガフッ!」

 イリヤが、吐血する。

 あまりの威力。それを防ぐ為に自らの限界を超えた力を行使し、少女の華奢な体が悲鳴を上げる。

 その、無惨な姿など意にも介さず、キャスターが再び魔術を放つ。直撃。防壁に深い亀裂が入る。 

「コフッ……」

 再び血を吐くイリヤ。そして————膝から力なく崩れ落ちた。

「イリヤ!!!」

 咄嗟に抱きかかえる。同時に、防壁が消え去り、バーサーカーが活動を停止する。魔力が、もう残っていないのか。

「あらあら……。ヘラクレスがいかに強力でも、それを従えるマスターがこの程度で限界を迎えるようじゃ、宝の持ち腐れね。安心しなさい、貴女が死んだ後は、私が効果的に運用してあげるわ。————さようなら」

 キャスターが、終焉の魔術を展開する。

 

 

 ———————俺は、何をしているんだ。こんな小さな女の子に血を吐かせて、守られて……。

 男なら、守ってあげるべきじゃないのか。華奢な女の子一人守れないで、何が『正義の味方』だ。

 俺は——————

 

 

 少女を寝かせ、キャスターの魔術に相対する。

 守らなければ。イリヤを、絶対に。

 

 けど、この体を肉壁にしたところで、二人とも死ぬだけだ。

 

 

 —————武器がいる。この手に、キャスターの魔術を防げる程の武器が。

 

 武器。俺は、強化魔術の他に、もう一つだけ魔術を使える。今までは上手くいかなかったけど、今ならきっと使える。

 だが、何を作り出せばいい?

 

 セイバーの剣—————駄目だ。あれ程の聖剣は、恐らくこの身に余る。

 ランサーの槍—————無理だ。何故か分かる。まだ俺は、剣以外の物を作り出すことは出来ない。

 

 

 ならば————

 

 

投影(トレース)」 

 

 

 キャスターの魔術が迫る。駄目だ、詠唱が間に合わない—————

 

 

 

 右手には、既に『ソレ』が握られていた。

 

 

「うおおおおおおおおおお!!!!!!!」

 

 

 『ソレ』は、勝手に動いているようだった。俺の体は、ただ『ソレ』に付いていくだけ。

 派手な火花を散らしながら、『ソレ』はキャスターの魔術を叩き潰していた。

「なっ!? ネギ、ですって!!? そんなもので、私の魔術を……!?」

 限界を超えた俺の右腕は、骨が砕け、肉が千切れた。だけど、まだ左腕が残っている。守るんだ。絶対に。

 

 電撃が放たれる。生物が反応する事など出来る筈が無いその攻撃を—————弾き落す。

 

「っッ!? これも防ぐというの!?」

 

 

「アアアアアアッ!!!」

 

 

 左腕の皮膚が焦げ、骨まで焼かれた。

 けど、まだだ。両手を使えば、まだ辛うじて握れる。腕が動かなくとも、身体が動くなら————!

 

 轟炎が、光線が、氷塊が迫る。まだだ。まだ、倒れる訳にはいかない!!

 

「こっのオオオオオオオオオ!!!」

 

 上半身を振りかぶって、両手に握る『ソレ』を、無理矢理叩き付ける。いや、違う。壊れた筈の両腕で、手に持つ武器に力を込められている。

 

「うおおおおおおおりゃあああああ!!!!」

 

 凌ぎきる。凌ぎきれた。同時に、俺の中の何かが、急速に失われていくのを感じる。

 構わない。関係ない。この後俺がどうなったって構わない。

 今、この瞬間に、全てを——————

 

 

「あ——————れ?」

 

 身体が、急に言う事を聞かなくなる。立つことさえ出来ずに、前から地面に倒れ伏す。

 

「クソッ、動けッ……! 動いてくれ……!!」

 

 駄目だ。俺はまだ、倒れる訳にはいかない。

 けど、幾ら力を込めても、指一本さえ動いてくれない。体中が熱くなり、視界が赤く染まっていく。

「—————どんな術を使ったかは知らないけど、限界が来たようね。……死になさい」

 キャスターが、数十の魔方陣を展開する。バーサーカーを殺せしめた、強大な魔術を。

「く、そ……」

 俺は、なんて無力なんだ。あの日の夜と同じ。何年たとうが、結局、俺は誰一人救う事が出来ないのか——————

 

 キャスターが錫杖を振り下ろす。死の光が、俺達を包み込む——————その前に、全ての魔方陣が霧散した。

 

「なっ!?」

 

 

 

「悪いな、キャスター」

 

 

 

 俺は知っている。この声は、この、飄々とした声は————

      

 

 

「テメェの相手はこのオレだ」

 

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