My Companion, My Dearest 作:春日むにん
主人公がテルドリンを雇い始めて数日後のソルスセイム北部で過ごす夜の話です。
暖を取る
間延びした女性の悲鳴に似た風の音が、雪の洞窟の出入口を覆う毛皮の幕の向こうから聞こえていた。
わたしは、灯明の魔法の光でてらてらと輝く雪の洞窟の奥で、横に二つ並んだ古い毛皮の敷物の一方に座って膝を抱え、従者のテルドリン・セロを待っていた。彼は、焚き付けにするための木の葉や枝を取ってくると言って、吹雪の中に出ていったのだった。
スカール村に向かうためにわたしたちがレイヴン・ロックを発ってから半日ほどは気持ちのいい晴天に恵まれ、野生動物やならず者に襲われることもなかった。わたしはソルスセイム北部を襲う吹雪についてのテルドリンの脅し文句はかなり大げさだったのではないかと呑気に思ったものだった。
だが、空の彼方に鈍色の雲の塊が現れ、なだらかな雪の丘の斜面を歩いているわたしたちに迫ってきてからは、わたしはむしろ、テルドリンの警告は控え目過ぎたと考えるようになった。
雲が連れてきた雪混じりの風は冷たく、しかも強烈だった。わたしは一度足を取られて転がりそうになって、テルドリンに肩を抱き寄せられた。それからは彼にぴったりくっつき、その頑丈な体の影に隠れるようにして、灰色の空気と吹き付ける雪の白に支配された世界を彼の導きのままに進んでいった。
この洞窟の出入口には、わたし一人で歩いていたら到底気づかなかっただろう。地表から突き出た岩の陰に隠れていて、腰を屈めなければ入れなかった。やはり、なけなしの所持金をはたいてテルドリンを雇っておいて良かったとわたしは思った。だが、それも今となっては彼が無事に戻ってきてくれればの話だった。
洞窟の出入口の方から、がさごそという音がした。出入口を覆う毛皮の幕が揺れた。わたしは咄嗟に腰を上げ、右手に魔力を集めた。テルドリンは、この隠れた避難場所を知っているのは自分だけではないだろうと言っていた。自分がいない間は用心するようにと。
わたしが相手の出方を待っていると、幕がひょいとめくり上げられた。何かの生物の殻で造られたヘンテコな兜と赤いマスクを着けた顔が、悲鳴じみた風の音と共に暗闇の中から現れた。
「ああ、まったくおおごとだった。こんなことなら晴れている間に枝を集めておくんだった。私としたことが、見通しが甘かったよ」
紛れもない、テルドリンの皮肉っぽい、かすれた声だった。わたしは安堵の息をついて魔力を霧散させ、歩み寄った。背の低い穴の中でうずくまっている彼の前には、彼が掻き集めてきた葉と枝が山盛りになっていた。
「運ぶの手伝うよ」
「そうか? それじゃ、よろしく頼む」
わたしが広げた腕の上に、テルドリンは枝の半分ほどを乗せた。わたしは枝をぽろぽろと何本かこぼしながら、洞窟の一番奥にある薪の山の前まで運んでいった。薪の山は、テルドリンがレイヴン・ロックでわたしに買わせて自分で背負ってきた真新しい薪も含めて、ノルドの大男三人分くらいの量があった。
テルドリンは、敷物の手前の地面に露出している岩肌の上に、葉と枝と薪を小さいものから順に重ねていって小山の形に組み合わせ、火炎の魔法で火を点けた。じっと待っているうちに、火は綺麗に燃え広がった。少しだけ寒さがましになった気がした。
「ふん。これでようやく人心地つける」
テルドリンが満足げに鼻を鳴らし、毛皮の敷物の一つにあぐらをかいた。わたしは彼に倣ってもう一つの敷物の上に座った。
「ねえ、ここを知ってるのはテルドリンだけじゃないって言ってたよね? それって、盗賊とかが突然入ってくるかもしれないってこと?」
わたしは不安になって、出入口の方をちらと見た。毛皮の幕には、脇に置いてあった大きな石でテルドリンが重しをしていた。
「そうだな。あとは、スカールの猟師やら、迷子のドラウグルやら、リークリングやら。色々だ」
「リークリング?」
聞き覚えのない単語にわたしは首を傾げた。テルドリンは、あぐらをかいた自身の頭と同じ高さの中空に手を伸ばした。
「ああ。このくらいの背丈で、槍を持っている。ゴブリンに似た人型のクリーチャーだ。言葉が通じず、大抵は問答無用で攻撃してくる。猪に乗っている奴もいる」
わたしは不安に駆られた。スカールの猟師以外は全く歓迎できない。
テルドリンはからからと笑った。
「私がいるんだ、心配は要らない。もし何か起きたとしても、お前が洞窟の隅で震えている間に全てが終わっている」
テルドリンの物言いは、かなりざっくばらんだ。それはいつでもどこでも誰にでも、レイヴン・ロックのお偉方や雇い主であるわたしに対してでさえ全く変わらない。たぶん、わたしに対してはわざとそうすることで、不安や緊張を解こうとしているのだと思う。出会ったばかりの頃は馬鹿にされていると思って臍を曲げていたけれど、今ではそんな彼の態度を気に入っていた。
テルドリンはナップザックから布袋を取り出した。その布袋の中からさらに紫色の細長い塊を出した。モロウィンドでよく栽培されているという芋、アッシュ・ヤムだった。
「シチューを作る。お前にも分けてやろう」
テルドリンは更に、スプーン、ナイフ、小ぶりな鍋、ニンジン、キノコ、それにいくつかの小袋を取り出した。わたしは、普段酒場でさんざん呑んだくれている傭兵のナップザックの中からそんな生活感のある品物が出てくるとは思わず、目を丸くして見守っていた。
「料理、得意なの?」
尋ねると、テルドリンは陽気な声色で言った。
「得意というほどじゃない。適当な手料理だよ。一緒に作ってみるか?」
わたしは頷いた。シロディールで旅芸人をやっていた頃、ときどき仲間内の料理当番が回ってきたことを思い出して、懐かしくなった。
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アッシュ・ヤムのとろみと、アッシュ・クリープ・クラスターの粉末によるぴりっとした風味のついたシチューは美味しくて、あっという間に平らげた。だから腹は膨れたが、問題は、焚き火があっても洞窟の中がひどく寒いことだった。
食後にテルドリンのソルスセイムにまつわる思い出話でひとしきり盛り上がった後は、各々毛皮の敷物の上に横になった。しかし、ナップザックに入れてあった薄布を一枚体に掛けただけでは、周囲からにじり寄る冷気を遮断しきることはできなかった。北の土地の寒さにはそれなりに慣れたつもりだったが、雪に囲まれた場所でじっとして眠るのがこれほど難しいとは思わなかった。もっと厚着をしてくるべきだった。わたしは何度も寝返りを打ち、しまいには起き上がって両膝を胸の前にくっつけて背を丸め、薄布で体をくるみ、かじかんだ手足の先を焚き火にかざした。
テルドリンはといえば、全く何も掛けず、自分の腕を枕にして平然と寝転がっているのが、焚き火の橙色の光にまざまざと照らし出されていた。顔と体は焚き火の方へ向けているが、兜とマスクを着けたままなので、起きているのか眠っているのかよく分からない。
わたしは敷物を引きずって焚き火のさらに近くへ寄せようとした。
「それ以上近づくと、火の粉が飛んで火だるまになるかもしれんぞ」
唐突に、テルドリンのしっかりした声が響いた。起きていたのか。わたしは敷物から手を離し、すごすごと元の体勢に戻った。
「そうなんだけど、寒くてさ」
テルドリンは驚きと呆れが半分ずつ混じった声で言った。
「ノルドならこの程度は問題ないと思っていたが」
「ずっとシロディールで暮らしてたから、慣れてないの」
「そうか。それならフェシスの店でも薦めておけばよかったな。東帝都社から何年も前に仕入れたマントがまだ残っているとぼやいていた」
最後の方は少しからかうような口調になっていた。わたしは一昨日、彼の口車に乗ってグローヴァー・マロリーの店で鎧一式を買わされそうになったことを思い返し、唇を尖らせた。
「そうやって仲介料で荒稼ぎしてるんだね」
テルドリンは笑いながら仰向けになり、わたしのじとっとした視線からわざとらしく逃れた。
「とんでもない。私は傭兵だ。お前のような腕っ節に自信のない者の護衛をしたり、タダ同然で衛兵隊の助っ人に駆り出されたりするのが私の主な仕事だ。ああいう機会は稀だよ。それに、誓って言うが、役立たずのガラクタを買わせたりはしない。そんなことをしたら私にとっても、あいつらにとっても不名誉だ」
ふざけてはいるが、どこか温かみも感じる話しぶりだった。レイヴン・ロックの住民たちの多くは、こんな町は嫌いだ、出ていきたいと文句を言いながら、実のところあの町をこの上なく愛しているのだった。
それはそれとして、寒いことには変わりがなかった。わたしはぶるっと身震いをして、薄布の中でさらに体を縮めた。
テルドリンののんびりした声が洞窟に響いた。
「ま、向こう三日は我慢することだな。ほんの何日か眠れなくても死にはしない。ふらついていようとなんだろうと、スカール村まで私が五体満足のまま連れていってやるよ。スカール村に着けば、頼み込めば納屋くらいは貸してくれるだろう」
本気で言っているのか。わたしは愕然とした。彼の方では、わたしがどんな状態でもスカール村まで生きたまま引きずっていく絶対の自信があるのだろうが、わたし自身は気が気ではない。
わたしは歯をガタガタ言わせながら考えた。シロディールにいた頃、ジェラール山脈のふもとの村に興行し、村外れに設営したテントの中まで寒さが忍び込んできた時はどうしていたか。そうだ、そういう時、わたしたちはいつも。
「テルドリン。くっついて寝ていい?」
「は?」
素っ頓狂な声が上がった。テルドリンが肘をついて上半身をもそりと持ち上げ、こちらへ顔を向けた。聞こえなかったのだろうか。わたしは辛抱強く繰り返した。
「寒いから、テルドリンと体をくっつけて寝たい」
「…………お前、よくそんなことを平然と他人に持ち掛けられるな」
いくらかの沈黙の後、芯から呆れたような声でテルドリンは言った。そんなにおかしなことだろうか? レッチング・ネッチ亭での一件といい、どうも彼の感覚がよく分からない。
「寒い時はいつもそうしてたんだけど。ダメ?」
テルドリンは、震えるわたしをしばらく眺めていた。それから、溜息をついて、敷物の上に寝転がったまま体を少し後ろにずらし、焚き火側にスペースを作った。
「仕方がない。その布と敷物を持ってこっちに来い」
わたしはほっとした。言われた通りに薄布と毛皮の敷物を持って移動し、彼が空けてくれたスペースの前に両膝をつけた。ちょっと考えて、向かい合うのではなく、彼と同じように焚き火の方を向いて、やや背中を丸め、両手を胸の前で畳んで寝転がった。家族や特別親しい仲間でもないのに向かい合って寝るのはまるで恋人みたいで気恥ずかしかった。
彼は、ようやく人一人を包み込める程度の大きさの薄布をめいっぱい広げてわたしと自身の上に被せ、毛皮の敷物を二人の足元に重しのように乗せた。そして、わたしの後ろに、わたしと同じ姿勢で鎧を着た体をぴったりと沿わせ、わたしの肩に遠慮がちに手を置いた。
彼の体は、鎧に包まれているので少しごつごつしていたが、鎧越しでも熱が伝わってきた。彼の体に触れているところから薄布の中全体へと、徐々に温もりが広がっていった。
「これでいいか?」
わたしのつむじの上から、テルドリンの妙に居心地の悪そうなかすれた声がした。わたしの心臓がとくんと心地良く脈を打った。ずっと昔、やはりこんなふうに体を包み込まれ、肩に手を置かれ、つむじの上から頼りになる誰かの声を聞いた気がした。父か、あるいは母だったかもしれない。
わたしはなんだか嬉しくなった。父あるいは母にその時そうしたように、肩に置かれたテルドリンの手を取って、鎖骨のあたりまで引っ張った。
「おい、どういうつもりだ」
なぜか少し慌てた声が降ってきた。わたしは不思議に思いつつ、全てがちょうど理想の位置に収まったことに満足した。
「こうするとあったかいから。これで安心して眠れるよ。ありがとう。おやすみ、テルドリン」
わたしは首と目を上向けて囁いた。この位置からでは当然、彼の顔は見えないけれども。
わたしのうなじの上で、テルドリンはもう一度溜息をつき、わたしの挨拶に応じた。
「ああ。おやすみ」
洞窟の中は再び静かになった。外の吹雪の音がぼんやり耳に届いた。焚き火が二、三度小さく爆ぜた。うなじの上から規則的な呼吸音が聞こえ始めた。自然と瞼が重くなった。穏やかに遠のく意識の中で、わたしは父か母の歌う優しい子守歌を聞いた気がした。
-了-