My Companion, My Dearest 作:春日むにん
ジェイ・ザルゴが開け放った扉の先は、背後のスケルトンたちの部屋の明かりと、奥の方にあるアーチ型の通路に一本だけ立っている灯明の魔法の燭台とで間接的に照らされているのみの、やや暗い、円形の部屋だった。中央の台の上に、ごつごつした装飾の黒い籠手が飾られていた。籠手の掌部分は何やら橙色に光っていた。
ジェイ・ザルゴはわたしの手を離し、頭上に灯火の魔法を打ち上げると、部屋に繋がる階段を降りて、黒い籠手に近づいていった。彼ははじめのうち、籠手を台から外そうとしていた。だがいくら全力で引っ張っても、横へ捻ろうとしても、あるいは台ごと押し倒そうとしても、びくともしなかった。
「やはり動かすことはできないか」
ジェイ・ザルゴはひとりごちた。彼は籠手が置いてある台に古い蝋燭がまだ残っていることに気づき、火炎の魔法で火を点けた。蝋燭の黄色い光が台を下から照らし出し、歪な影を石の床の上に伸ばした。
わたしは彼の隣に追いついて尋ねた。
「これ、何?」
ジェイ・ザルゴは真剣な顔つきで答えた。
「ジェイ・ザルゴの推測では、ムンダスの外の世界に繋がっている『門』の一つだ。見たところデイドラ系統のようだから、オブリビオンに繋がっている可能性が高い」
ジェイ・ザルゴはポシェットの蓋を開けて、中をまさぐり、握り拳を開いた。掌の上に大きさも材質も違う指輪が四つ乗っていた。
「それは?」
「ウラッグ先生が居眠りをしている間に図書館からいただいてきた。この籠手の四本の指にぴったり嵌まりそうだ」
ジェイ・ザルゴは指輪の大きさと籠手の指の大きさを見比べて、まず小指に指輪を押し込んだ。
「どうしてそんなものが図書館にあったの?」
「そりゃあ、ミッデンで起きた事故の遺留品だからに決まっているだろう」
続いて、薬指。
「それじゃ、十年前に起きた事故って」
「ここで起きたんだ。ジェイ・ザルゴたちのいるこの場所で」
中指。
「……その指輪、全部嵌めると何か起きるの?」
「恐らくな。ジェイ・ザルゴの予想では、この指輪は――」
人差し指。
「『門』の鍵だ」
四つの指輪が籠手の四本の指に全て収まったその瞬間。
中身の入っていないはずの籠手が、ひとりでに拳を握りしめた。と同時に、籠手と同じ高さの中空に、どこからともなく、四つの髑髏がふっと現れた。それらは、その場に浮かび上がったまま、互いを追いかけるように円を描いて回転し始めた。髑髏は籠手の前に立っていたわたしたちにぶつかるかと思いきや、すり抜けた。肉の間を、冷たい空気が素通りしていくような感覚があった。
「うわっ!?」
わたしたちは慌てて後ずさった。
四つの髑髏は徐々に高く高く浮かび上がり、回転する速度を増していく。髑髏の軌跡は白い輪になって、一つ一つの判別がつかなくなっていた。しまいに、輪の内側に禍々しい紫色の光が生じ、籠手の向こう側の床の上にカッと落ちた。
紫色の光は、徐々に人の形を成した。最初はただのっぺりした影のようだったそれは、形が整ってくるとともに、わたしたちに判別できる色を、その表面に浮かび上がらせていった。
髑髏の輪はいつの間にかどこかに消え失せていた。その代わりに、籠手の向こう側には、頭に二本の角を生やし、顔面全体に禍々しい刺青を入れ、左脇に曲剣を差した、黒っぽい肌の男が立っていた。男はわたしたちを光を反射しない真っ黒な瞳で見て、にやりと口を大きく裂いて笑った。
「つまり、テメーらのおかげで、オレぁまたムンダスの空気を吸えるようになったってわけだ。で、ここはどこだ?」
その唇の間から覗いた歯と同じ、恐ろしくぎざぎざした声を、男は轟かせた。
これは、何か、すごくまずい予感がする。逃げた方がいいのではないか。
わたしは隣のジェイ・ザルゴをちらりと見た。彼も同じようにわたしの顔色を窺おうとしていたらしく、目が合った。彼は、心許なさそうに緩んでいた口元をぎゅっと結び、黄緑色の両目を挑むように光らせて、肩を怒らせ、一歩前に出た。そして、しかめつらしい口調で、籠手の向こうの男に言い放った。
「ウィンターホールド大学の地下だ、ドレモラ。オマエの主人は、この大魔法使いジェイ・ザルゴ。さあ、大人しくそこに跪け」
男は、眉を吊り上げて、あぁ? とドスの効いた声で唸った。
「な~に寝言を言ってやがる。オレに『主人』なんてふざけた奴ぁいねえよ。テメーの死んだお友達が勝手にここに縛りつけただけだ。元はアビシアンの海賊王ともあろうオレをな!」
男が一言ひとことを発する毎に、ジェイ・ザルゴの尻尾の毛はぞわぞわと逆立っていった。彼はすっかり膨張してしまった尻尾を背中にくっつけて、言い返した。
「そうだ、オマエはここに呪縛されている。だから、オマエを呼び出したジェイ・ザルゴの言うことを聞くしかないんだ!」
男は、小さな両目を丸くして、それから、豪快な笑い声を上げた。
「随分と威勢のいいカジートだな、おい。いいぜ、気に入った。取引をしようじゃねえか――テメー、オレの呪縛を解け。そしたら、オレのすんげェお宝をテメーにくれてやって、黙っておさらばしてやる」
「お宝?」
ジェイ・ザルゴのフードの耳の部分が、ぴょこんと動いた。尻尾の緊張が少し解け、にょろにょろ動き始めた。真面目に考え始めてしまっている。わたしは彼に話しかけた。
「ジェイ・ザルゴ、言うことを聞いちゃダメ。騙すつもりに決まってる」
男は鼻で笑い飛ばした。
「ヘッ。そんな卑怯なこたぁしねえよ。オレぁ筋を通すタイプだ。それに、一刻も早く海で暴れ回りたくてうずうずしてる」
「ジェイ・ザルゴ――」
なおも説得しようとしたわたしを、ジェイ・ザルゴは睨んだ。
「取引を持ちかけられたのはジェイ・ザルゴだ。オマエは関係ない。逃げたければ逃げればいい。そうしたら、お宝は全部ジェイ・ザルゴのものだ」
ジェイ・ザルゴは期待に満ちた声で男に聞いた。
「お宝って、神話紀の魔法書か? 死んでも蘇る魔法のマントか? 常に透明化できる指輪か?」
男は、なんだそりゃ? と首を傾げた。
「金銀財宝に決まってんだろ。この近くで帝国のガレオン船を沈めた時、船に積みきれなくて隠しておいたヤツだ。そりゃもう、一生遊んで暮らせるくらいはあるぜ」
ジェイ・ザルゴの尻尾が、だらんと垂れた。彼はきっぱり宣言した。
「断る。ジェイ・ザルゴは金銀財宝に興味はない」
男は破顔した。
「そうかい。なら仕方ねえなあ」
「そうだ。諦めてそこに直れ、ドレモラ」
わたしが胸を撫で下ろした、その矢先のことだった。男は目にも留まらぬ速さで曲剣を抜き、間合いを詰め、刃の先をジェイ・ザルゴの眉間に突きつけた。
「はっきり言ってなかったが」
男は残忍な笑いを浮かべた。
「呪縛が弱ってるから、テメーの命令を聞く必要はねえんだよ。ヤッちまえば済む話だ」
ジェイ・ザルゴは、一歩、二歩と後ずさった。わたしは彼の腕を掴み、背後の階段に向かって走り出した。だが、ジェイ・ザルゴの足が覚束ない。階段の途中で、彼が、あっと一声上げた。彼の腕がわたしの手から離れた。
ジェイ・ザルゴは、スケルトンの部屋に入るほんの手前で倒れ伏していた。その背中を、男が足で床に押さえつけた。男はにやにや笑って腰を屈め、ジェイ・ザルゴが必死で横へ振り向けた顔の真ん前に、曲剣をちらつかせた。
「ずっと毛皮の敷物が欲しいと思ってたんだよなあ。テメーは若ェし、色ツヤがいい。うってつけだ」
ジェイ・ザルゴは手足をばたつかせたが、男の足の下からは抜け出すことができなかった。
わたしは立ち竦んだ。何も、できない。この男がいつジェイ・ザルゴに手を下すか分からない。割って入ろうとした瞬間にやられるかもしれない。あるいはわたしを先に刺すかもしれない。ダメだ。やはり、ミッデンに降りるのは危険だったのだ。ジェイ・ザルゴをあの時、意地でも止めていればよかった。
う、うう、とくぐもった声がジェイ・ザルゴの口から漏れた。泣いている。その泣き声は、「彼女」とよく似ていた。「彼女」は滅多に泣くことはなかった。けれど、わたしは「彼女」が、本当はとても怖がりで人一倍寂しがり屋なのをよく知っていた。――「彼女」を、いや、ジェイ・ザルゴを守らなければならない。わたしの命に代えても。
「あなたを召喚したのは、わたしだ。だからわたしを殺さなきゃ意味がない」
わたしは情けないほど裏返った声で言った。男は顔を上げ、思いきり馬鹿にした表情でせせら笑った。
「あ? な~に言ってんだ? さっきコイツが自慢してただろーが、オレを呼び出したのは自分だって」
わたしは精一杯声を張り上げた。
「じゃあ、ジェイ・ザルゴが指輪を嵌める瞬間を見たの?」
「は、そりゃあ見てねえけどな。テメーらの態度から分かんだろうが」
「ジェイ・ザルゴは妄想癖が強いから、なんでも自分がやったって思い込むの」
男はわたしの言うことなど全然信じていない。呆れ顔で曲剣の背を自らの肩に乗せた。
「どっちにしろ二人とも殺すつもりなんだ。大した違いはねえよ」
その瞬間、わたしは男の後ろの円形の部屋の中に使い魔を召喚した。同時に、男に全力で体当たりを仕掛けた。わたしは男の空いている左腕であえなく首根っこを鷲掴まれたが、使い魔の方は男の脛に噛みついた。
「いてェっ! 何すんだ、この!」
男は、ジェイ・ザルゴを押さえつけていた足を後ろへ踏み出し、曲剣を振り回した。キャインと鳴いて使い魔が消えた。その隙に、ジェイ・ザルゴは這いつくばって、男の下から逃れていた。
男は忌々しげな唸り声を上げ、わたしに向かって曲剣を振り上げた。
大丈夫だ。痛くても、いつかは終わる。わたしは、父と……たぶん、「彼女」と同じ場所に行ける。
温かな空気が頬を掠めた。温かい、というか、すさまじく熱かった。それはさまざまに赤っぽい色をしていて、わたしの首を掴んでいる男の上半身を、振り上げた曲剣ごと燃やしていた。苦痛に歪み、のけぞった男の姿がうっすらとその向こう側に見えていた。
誰かのブーツの音が背後から聞こえた。頼もしい重みを感じさせながら、無駄のない、素早い足捌き。磨きぬかれた剣を鞘から抜く音。
燃える男の右脇腹から左肩にかけて、銀色の光が走った。光の後を追うように、赤黒い液体が男の体から噴き出した。首の締めつけが、一瞬だけ強くなり、すぐに緩んだ。ぞっとするような叫び声が炎の向こうから上がった。男は最期の力を振り絞り、曲剣を振り下ろした。それを受け止めたのは、奇天烈な姿形をした赤茶色の人物が掲げる、白っぽい盾だった。
男がその場にどさりと崩れ落ちた。まだその左手の縛めに支配されていたわたしは一緒になって尻餅をつき、男の腕を辿ってきた炎に危うく顔から飲まれてしまうところだったが、赤茶色の人物が男の指を素早く取り払い、わたしの両脇を掴んで後ろへ引きずってくれたので、事なきを得た。
「間一髪だったな」
聞き慣れたかすれ声が胸に沁み入った。
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人心地ついて周りを見渡せる余裕ができると、ミッデンに降りてきたのはテルドリンだけではないことが分かった。ミラベル先生、トルフディル先生、ファラルダ先生、コレット先生、オンマンド、その他にも学生や研究生が何人かと、確か、アンカノとかいう、サルモールから派遣されてきたハイエルフ。
コレット先生が、このまま二度と元の顔に戻らないのではないかと思うくらい恐怖と疲労で引きつった顔で駆け寄ってきた。
「なんてこと! あなた、髪の毛がチリチリよ。ああっ、鼻の頭も火傷してる。早く治さなきゃ痕になっちゃうわ。……ちょっとあんた、この子から離れなさいよ!」
わたしは、床に腰を下ろした状態で、ジェイ・ザルゴに抱きつかれていた。彼はわたしの肩に顔を埋めて、えぐえぐと声を漏らしていた。ついでに涙と鼻水と涎も漏らしているので、そのあたりが湿っていて、少し気持ち悪かった。だが、それ以外に関しては、ジェイ・ザルゴの体は全体的にふさふさふわふわしているので、むしろ心地良かった。
わたしはジェイ・ザルゴを引き剥がそうとするコレット先生に慌てて言った。
「もうちょっと落ち着くまでこのままにしてあげてください。わたし、自分で治せますから」
片手を鼻の頭に当て、もう片手を元通り、ジェイ・ザルゴの背中に回した。先生の言った通りだ、鼻の頭が水ぶくれになっている。わたしは治癒の念を込めた魔力を鼻の頭に流し入れた。
そう、そうなの? 本当に大丈夫かしら? と心配そうに呟きながら、コレット先生は引き下がった。わたしは若干の後ろめたさを覚えながら微笑んだ。
コレット先生と入れ替わるように、ミラベル先生がわたしの横に膝をついた。何が始まるのかとどきどきしていたら、彼女はポシェットの中から小さな壷を出し、包みを解いて、中身の乳白色の塗り薬を差し出した。
「塗りなさい。よく効きます」
わたしは神妙な顔で頷き、塗り薬を指に取った。塗り薬は滑らかで、少しぴりぴりしていて、鼻の頭に塗るとつんと奥まで通り抜けていく感じがした。
ミラベル先生はわたしとわたしに抱きついているジェイ・ザルゴを、気の抜けたような表情で見つめていた。わたしが塗り薬の刺激で鼻をむずむずさせ、くしゃみをし終わると、彼女は言った。
「あなたの部屋にあんなものがあったとは想定外でした。私がこの大学の歴史を甘く見ていたせいで、あなたがたを危険に晒してしまいました。申し訳なく思います」
先生は深々と頭を下げた。わたしは驚いて、そんなことをしなくても、と声を掛けようとしたが、その時には、先生は頭を上げ、とても厳しい、いつもの彼女に戻っていた。
「しかし。あなたたちはまだ魔法使いとしては修行中の身です。どんなに些細に見えることでも自分たちだけでどうにかしようとは思わずに、教授の誰かに相談してください。そうでないと、今夜みたいに死にかけることになります。……分かりましたか?」
わたしは、はい、としおらしく返事をした。ジェイ・ザルゴもぐすぐす言う合間に、分かった、と不貞腐れた声で呟いた。
ミラベル先生は、本当に分かっているのかとでも言いたげな深い溜息をついた。
「大学へ戻りましょう。死体の臭いがひどくなってきました。上も片付けなければいけません」
男の死体はかなり無残な状態になっていて、目に入れたくなかった。実際は異形の怪物だとはいえ、角も何も分からなくなった状態では、ただの人の死体と変わらない。ところで、上を片付けるって、どういうことだろうか?
わたしはジェイ・ザルゴに立ち上がるよう励ました。ジェイ・ザルゴは、立ち上がるには立ち上がったものの、わたしの横にべったりくっついて離れなかった。
「すっかり懐かれちゃったね」
ミラベル先生を先頭にどやどやと戻っていく一行の最後で、オンマンドが待ってくれていた。
「うん。なんだかよく分からないけど、疲れたんだと思う。ずっと頑張ってたから」
わたしがそう答えるなり、ジェイ・ザルゴはごろごろと喉を鳴らしてわたしの肩に頬を擦りつけた。
しんがりを務めるために後ろに控えていたテルドリンが、呆れ返った声で言った。
「頑張ったも何も、全部身から出た錆じゃないか。私がもう少し遅ければどうなっていたことか。しかも、元凶のそいつじゃなく、お前が先に殺されていたんだぞ」
頑張っていた、というのは今日のことだけを指したわけではないのだが、説明するのは面倒臭いのでやめておこう。
「ジェイ・ザルゴが全部悪いわけじゃないよ。わたしもちゃんとジェイ・ザルゴを引き留められなかったの。テルドリンがいなくてもどうにかしてやるぞって、無駄に意気込んじゃって」
テルドリンははっとしたように顎を引き、首を横に振った。
「すまなかった。そもそも、私がもっと早く帰っていれば良かったんだな。あるいは、あの出入口のことを正直に伝えておけば良かった」
わたしは目を丸くした。テルドリンはどうやらあの秘密の出入口の存在をわたしたちよりも先に把握していたらしい。
「どうして言ってくれなかったの?」
「お前をあれ以上怖がらせたくなかった。今夜にでもトルフディルに伝えようと思っていたんだ」
だから、食堂の前であの時、わたしを部屋から遠ざけるようなことを言ったのか。少し寂しくなった。
テルドリンのことは、とても頼りになる仲間だと思っている。けれどもテルドリンから見たわたしはそうではないのだ。今のわたしの体たらくでは無理もないけれど。
わたしは寂しさを押し込めて言った。
「何か困ったことがあったら隠さないでちゃんと言ってよ。わたしに関わりがあることもそうだけど、その、他のことも、良ければ相談に乗るから。わたし、あなたが思ってるより、ずっと大人だよ」
テルドリンは何拍かの間、わたしを静かに見下ろしていた。それから、ふっと笑い声を漏らした。
「ああ。これからはそうするよ。勝手に歩き回られて死なれたりしたら、後悔してもしきれんからな」
子供扱いをやめる気は一向にないようだ。まあ、わたしの気持ちが少しでも伝わっているのならそれでいい。気を取り直して、話題を変えることにした。
「でも、とにかく、さっきはありがとう。あの時あなたが火炎の魔法を使ってくれなければ、今頃天国にいたかも。助かったよ」
テルドリンは首を傾げた。
「私が駆けつけた時には既にあの男は燃えていたが。お前の一か八かの危なっかしい魔法が当たったんじゃなかったのか? 普通の火炎の魔法では、あそこまで盛大に燃えないぞ」
わたしは、肩に頬を埋めているジェイ・ザルゴに目をやった。ジェイ・ザルゴは、わたしたちが立ち止まって話し始めたのをいいことに、わたしに全体重を預けて、立ったまま幸せそうに眠っていた。
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わたしの部屋はひどい有様になっていた。ベッド二つはバラバラになり、他の家具も刀傷や焼け焦げた跡がつき、スケルトンの残骸がそこらじゅうに散らばっていた。テーブルに置いてあった本の一部も被害を受けていた。部屋の外の廊下も負けず劣らず、スケルトンの残骸と各種魔法の痕跡で塗れていた。スケルトンたちがあの時どこへ行ったか、ようやく理解した。
ジェイ・ザルゴとわたしは、指輪を盗んだ咎と、本を使い物にならなくした咎で、後日、ウラッグ先生から拳骨を五発ほどお見舞いされることになった。
テルドリンが夜遅くになっても帰ってこなかったのは、別に名残惜しいとか、わたしの世話を焼くのが面倒臭くなったとかではなく、件の用事からの帰り際に、偶然スノー・サーベルキャットの群れに襲われた漁師を助け、ウィンターホールドの町まで送っていたからだという。結局その用事がなんだったのか、彼が語ることはなかった。
語らないと言えば、ミラベル先生やトルフディル先生もだ。わたしの部屋になんらかの「歴史」があるのは分かったが、それ以上のことは教えてくれない。だが、それでも他に入れる部屋もなし、寮の出入口に近くて寝坊しても授業に間に合って便利なので、今のところはテルドリンと二人でこの部屋を使い続けるつもりでいる。地下の牢屋付きの部屋との境にある鉄格子の仕切りに鍵を掛け、出入口も漆喰で念入りに塞いだので、妙な足音に悩まされることも今後はないだろう。
……と、部屋でこんなことを日記に書いていたら、扉をノックする音が聞こえた。扉を少し開けるなり、ふわふわの毛に覆われた顔がその間から突き出した。
「よかった、部屋にいたか。あのな、サルジアス先生に頼まれて、今から少し町に出てくるんだ。今日は休みか? だったら一緒に遊びに行かないか? 今日は珍しく晴れているから、きっと気持ちがいいぞ。ジェイ・ザルゴの毛並みにもさらにツヤが出るに違いない」
最初の数日間のつんけんした態度はいったいなんだったのかと思うほど、ジェイ・ザルゴはわたしに素直な友情を向けてくれている。相変わらず自信たっぷりなところは変わらないが、そこが余計にかわいらしさに拍車を掛けていたりもする。
わたしが頷くと、ジェイ・ザルゴは顔を綻ばせた。
「すぐ準備してくる。あ、オンマンドやブレリナも誘うか?」
「うん。わたし、声を掛けてくるよ」
ジェイ・ザルゴは鼻歌を歌いながら隣の部屋に入っていった。毛皮の寝床(ベッドの予備がなくなったので、やむをえず使ってもらっている)の上で、片手で腕立て伏せをしていたテルドリンがむくりと起き上がった。
「外では何があるか分からないからな。邪魔にならないようについていく」
わたしは微笑んだ。今日も、いい一日になりそうだ。
-了-