My Companion, My Dearest 作:春日むにん
ウィンターホールドでは、一年中厳しい冬の気候が続き、晴天になることはほとんどない。
今しも、大学の中庭で対峙するわたしと、破壊魔法の達人ファラルダ先生の上に、曇天から白い雪が降り始めていた。
ファラルダ先生は真剣な表情で右手を胸の前に掲げる。その掌の中に彼女の周りの雪と湿気とが凝集し、鋭利な刃物のように尖った大きな氷の結晶に変化した。彼女はそれをわたしの胸の真ん中を狙って投擲した。
わたしは護身用のダガーを右手で腰から抜き、刃の腹で氷の結晶の軌跡をずらして弾き落とした。同時に左手に魔力を集め、周囲の大気を急激に乾燥させ、細かな塵を燃え上がらせ膨張させて作った火の玉を彼女に向かって放つ。
火の玉は、先生が右手で素早く展開した魔力の盾により水蒸気を上げながら消失した。先生はその傍ら左手に溜めた魔力で空気中に摩擦を引き起こし、青白い雷撃をわたし目がけて迸らせた。
わたしは唇の端でニヤリと笑った。さっきのお返しに、左手で彼女と同じように魔力の盾を展開して雷撃を無効化しながら、彼女にじりじりと近づいていく。
先生は金色の目を一瞬驚いたように見開いてからすぐに鋭く細め、唇をきっと引き結んだ。わたしの歩調に合わせてそろそろと後退しつつ両手を高く掲げ、びりびりと空気を震わせて、巨大な稲妻の塊を頭上に出現させる。わたしたちの周りに舞っていたはずの雪も、湿っていた空気も今や跡形なく、稲妻の塊を中心にして、からからに乾ききった風が一帯に広がった。先生は、金色の瞳をぎらりと閃かせたかと思うと、腕を大きく振り下げ、獰猛に唸りを上げる雷の奔流を一直線にわたしに差し向けた。
この攻撃は魔力の盾ではとても耐えられない。わたしは地面を蹴って跳躍し、すれすれのところでそれを避けた。雷の束がバリバリと凄まじい音を立てて体のすぐ横をかすめる。わたしは素早い足捌きで、両手とも魔法に使って隙のできている先生の背後に回り込み、彼女の喉元にダガーを突きつけた。
先生はぎょっとしたように顔をのけぞらせた。彼女の両手から放たれていた雷がふっつりと途切れ、あたりは静寂に包まれた。
少し間を置いて、一部始終を目の当たりにしていた学生たちから驚嘆の声が上がった。わたしはダガーを鞘に戻し、ファラルダ先生から一歩距離を置いた。曇天から再び雪が舞い始め、冷たくじめじめとした空気が戻ってくる。
ファラルダ先生はわたしにダガーを突きつけられた瞬間の姿勢と表情のまま、数秒間立ち尽くしていた。やがて、彼女は何か考え込むように目を閉じた後、しかめつらしい顔を作ってわたしを振り返った。
「アイススパイクは魔力の盾を使って避けるようにと言ったでしょう。それに、その後で使うのはファイアボルトではなくライトニングボルト。これは習得した魔法をスムーズに繰り出せるかを見る試験であって、実戦ではないのですよ」
わたし――もとい、わたしの姿をしているテルドリンは、しまった、という顔でこちらをちらりと見た。学生たちの後ろから様子を窺っていたテルドリン――もとい、テルドリンの姿をしているわたしは、再び頭を抱えた。
今回の講義ではこれまでに習った魔法を適切に使えるかどうかを大学の中庭で試験することになり、くじ引きでわたし、というかテルドリンが一番手になったのだ。始めに先生から説明があったのに、なぜその通りに動かないのだろうか。
テルドリンは、いかにも苦し紛れといった様子で先生に反論した。
「それならなぜお前は最後にライトニングテンペストを使ったんだ? あんな強力な魔法を使うなんて説明はなかったぞ。私以外が相手だったら今頃消し炭になっていたところだ」
焦っていて気づいていないようだが、わたしはそんなぶっきらぼうな話し方をしない。それに、自分が間違っていたら素直に謝る。
ファラルダ先生のしかめ面がより一層険しくなった。先生はテルドリンの質問には答えなかった。
「他の学生のやり方をよく見学していなさい。次回、再試験を行います」
テルドリンはなおも言い募ろうと口を開いた。しかし、ファラルダ先生は次の学生の名前を呼び、強制的に話を打ち切った。
試験を待つ学生たちの集団から少し離れたところに憮然とした態度で陣取ったテルドリンに、わたしはにじり寄って小声で話しかけた。
「どうして先生の言う通りにやってくれなかったの? それに、どうしてあんなふうに先生に言い返したの」
テルドリンは、不機嫌そうな顔のまま、肩の動きを確かめるように何度か軽く回した。
「慣れない体でいきなり魔法を使ったり、喋ったりしなければいけなかったんだ。いつもの癖が出たって仕方ないだろう。こうなることは分かりきっていたはずだ」
なるほど、言われてみれば無理もない。わたしだって、テルドリンらしく見えるよう腕組みをしているのが精一杯なのだ。
ごめん、と言おうとして、わたしの耳はふと、先生と次の学生の呪文の音に混じって、誰かがひそひそと話をしているのを捉えた。学生たちの一団を窺うと、何人かの学生がこちらを興味津々といった様子で眺め、何事か囁き合っている。
テルドリンは彼らを横目で見やり、わたしに呆れ顔を向けた。
「入れ替わっていることを知られたくないなら、もう少し離れているべきじゃないか。私は講義中にお前に近づいたり、話しかけたりしない。従者の分を弁えろ」
言っていることはもっともだ。わたしが講義を受講しているとき、テルドリンはいつも柱の陰や最後尾の席などの目立たないところにひっそりと立っていた。こんなふうに自ら進んで雇い主に話しかけているのは、他の学生にとってはさぞ珍しく映ることだろう。
しかし、わたしは彼が何気なく口にしたであろう最後の一言に思わずむっとした。今は彼がわたしでわたしが彼なので、見かけ上は彼が雇い主でわたしが従者だが、実際は逆だ。それに、わたしは彼にそんな不躾な文句を言ったことはない。
「分かった。気をつける。とりあえず、授業が終わるまで待ってる」
感情を表に出さないように努めたつもりだったが、わたしが発したテルドリンの声は、思いの外低く、不愉快そうな響きを帯びていた。
テルドリンは目を瞬かせ、まるで幼い子供に言い聞かせるような口調で言った。
「喋り方にも注意するんだぞ。私はそんな砕けた言葉遣いはしない」
そっちこそ、とわたしは思いながら、無言でテルドリンから離れた。
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講義が終わると、わたしの姿をしたテルドリンは、講義に出席していた学生たちに取り囲まれた。驚いてぽかんと口を開けている彼に向かって、学生たちは口々に言った。
「今日はいったいどうしたんだよ。すげーバンバン破壊魔法当ててたじゃん。いつもは見当違いの方向に飛ばして誰かを怪我させるくせに」
「あの足捌きにダガーの使い方! まるで剣士みたいだったよ。惚れ惚れしちゃった」
「先生、一瞬マジになってたよなー、ハハハ」
考えてみれば当然の帰結だろう。わたしは破壊魔法が非常に苦手で、まともに操れたためしがない。ファイアボルトやライトニングボルトを作るところまでは問題なくできる。ところがそれを目標に向かって放つのがどうしてもうまくいかず、暴発させたり誰かを怪我させたりする羽目になるのだ。また、武器の扱いもとてつもなく下手だ。だからあんなふうにダガーで攻撃を逸らしたり、喉元に突きつけたりなどといったことは考えつきさえしない。
テルドリンは気遣わしげな表情でこちらに顔を向けたが、学生たちは彼をしばらく離してくれそうにない。ここで彼らとの交流を切り上げるのはさすがに不自然だと思ったのか、テルドリンは賞賛の声に引きつり笑いで応え始めた。
学生たちの興奮が収まるまで大人しく待っているしかないだろう。わたしは近場のベンチに大股を広げて座り込み、もっともらしく腕組みをした。
「彼女は、今日はとても調子がいいようですね」
横からいきなり女性の声がした。わたしは小さく叫んで飛び上がった。振り向くと、ファラルダ先生が立っていた。足音も気配も全く感じなかった。今までどこにいて、どうやってわたしの隣までやってきたのだろう。
先生は無理矢理貼り付けたような微笑みを浮かべていた。無表情でいることの多い彼女はごくたまに笑顔を見せても、まるで笑うこと自体は二の次で、相手が自分の言ったことにどう反応するか、その一挙手一投足を見逃すまいとしているような雰囲気を醸し出す。だから、わたしとテルドリンが入れ替わっている今は特に、彼女が笑っていると気が気でない。
「あ、そ、そう、だな。珍しい、かな。ハハ、ハハハハ」
動揺しつつもなんとかテルドリンに似せようとしたが、無理だった。かなり不自然な話し方になってしまった。
先生は、そんなテルドリンの様子に気づいているのかいないのか、一切の素振りを見せず、硬い微笑みのまま言った。
「純粋な戦闘能力でいえば私と互角か、それ以上ではないでしょうか。一度本気でお手合わせ願いたい、と常々思っているのですよ。こう見えて私、一時期は破壊魔法で身を立てていたことがあるので」
破壊魔法で身を立てていた? それは現在、大学の教授として学生に魔法を教えているのとは違うのだろうか。そもそも、なぜそんなことをわざわざわたし、つまりテルドリンに話すのだろう。
わたしの返答を待つつもりはなかったらしく、先生は、それでは、と一言挨拶をして、中庭から達成の間に繋がる渡り廊下へと去っていった。
わたしはほっと息をついてベンチに再び腰を下ろした。よかった。なんだかよく分からないが、とりあえずテルドリンとして振る舞わなければならない機会からは逃れられた。
と思ったら、すぐにキチンの肩当てを着けた左肩をちょんちょんとつつかれて、わたしはまた飛び上がってしまった。
「うわっ。そんなに驚かないでよ、テルドリン。こっちがびっくりするじゃないか」
大柄なノルドの男子学生、オンマンドだ。いつの間にか、テルドリンをもみくちゃにしている学生の一団から抜け出してこちらに近づいていたのだ。ファラルダ先生に警戒するのに必死で気づいていなかった。
「な、なんだ。オンマンド、か。わたしに何か用、か?」
またもや不自然な喋り方になってしまった。オンマンドは少し不思議そうに眉をひそめたが、それよりも自分の用件を伝えることに意識が行っているらしい。彼は手を口の横に立てて、声を潜めた。
「今日もアレ、頼んでいいかな?」
アレとはなんのことだろう。わたしは首を傾げた。オンマンドはまた眉をひそめたが、やはり彼の用件を優先させたい様子で、
「彼女が心配なの? 大丈夫、そのうちジェイ・ザルゴがみんなから引きはがしてくれるさ。だからちょっとだけ付き合ってよ」
わたしはオンマンドにずるずると引きずられるようにして中庭を出ていくことになった。
未だに学生の集団に取り囲まれているテルドリンがわたしたちに視線を向け、また厄介事が増えたとでも言いたげな顔をした。わたしと目が合うと、わたしの眉をしかめて顎を軽くしゃくった。お前だけでどうにかしろ、ということらしい。彼は元の引きつり笑いを浮かべながらの学生たちとの語らいに戻っていった。