My Companion, My Dearest 作:春日むにん
わたしとオンマンドがやってきたのは、海からの風が冷たい雪を孕んで吹きすさぶ、ウィンターホールド大学の屋上だった。
いったいここで何をするのかときょろきょろしていると、オンマンドはわたしに、屋上の入り口近くに立てかけられていた木刀を一本投げてよこした。慌てて受け止めた。オンマンドはもう一本の木刀を両手で持って構え、それから若干間の抜けた声で叫んだ。
「よし、それじゃ、行くぞおおおおお!!!」
何が始まったのか全く見当がつかずにいるわたしに、彼は木刀を大きく振り上げて襲いかかってきた。
「セイント・ノルディック・アターーーック!!」
オンマンドは何やら大仰な掛け声とともに木刀を振り下ろす。その木刀の振り方は、攻撃を避けるのだけは得意なわたしからみると信じられないくらい遅く、太刀筋がぶれまくっていて威力を著しく損ねている。柄の握り方も構えの姿勢もめちゃくちゃで、今にも木刀があらぬ方向へ飛んでいきそうだ。
わたしはオンマンドの木刀による攻撃を体を軽くずらすことで避けた。テルドリンの装備は重くて窮屈だった。だが彼の体についている筋肉は適切にわたしの動きを支え、不意のことにもかかわらず驚くほど軽やかかつ思いのままに彼の全身を操ることができた。
オンマンドは目を丸くしたが、すぐにこちらへ向き直り、第二波を仕掛けてきた。
「グレート・イスグラモル・スラーーーッシュ!!」
今度は横斬りだ。しかし、先ほどと同じようにその攻撃は緩慢で不安定で、攻撃されているはずのこちらが心配になるほど隙が多い。
わたしは後ろに跳躍することで攻撃を避けた。彼の木刀は、キチンの胸当てをかすりもしなかった。
「サウザンド・ベアーズ・クローーーーッ!!!」
第三波は、わたしを逃して大きく体勢を崩し、歯を食いしばって返す刃での斜め斬り。わたしは素早く横転してその攻撃から遠ざかった。
オンマンドは木刀を屋上の石畳の上に落とした。早くも肩でぜえぜえと息をしていた。
「だ、大丈夫、か?」
オンマンドの肩に労るように手を置くと、彼はその上に自分の手を重ねて、ごく丁寧にわたしの手を振り払った。
「テルドリン! どうしていつもみたいに戦ってくれないんだ?」
「……え?」
わたしは固まった。そういえば始めに木刀を渡された。ずっと片手にぶら下げたままにしていたが、これで彼の剣を受け止めないといけなかったのか。
「いつもはもっと真剣に戦ってくれるじゃないか、テルドリンの得意な『モロウィンドの陽炎』とか『ネレヴァリン・ザ・ブレイカー』とか『必殺砂塵剣』とかで」
「え? あ、うん、え?」
なんなのだろうか、その、オンマンドのさっきの謎の掛け声にも負けず劣らずの、胸のあたりが無性にむずがゆくなるネーミングは。
オンマンドはわたしの煮え切らない相づちに、荒い息をつきながら苦笑いした。
「やっぱり彼女がみんなに囲まれてたのが気にかかるの? 大丈夫だって、盗賊やならず者の集団じゃないんだから」
もちろん何か余計なことを口走るかもしれないという意味では心配だ。でもむしろ彼がわたしの中にいた方がわたしの体は安全なのではないかと思う。第一、大学内であれば、わたしたちが別行動を取ることは普段から珍しくない。その間テルドリンがどうしているか、さして気にしたことがなかったが、こうしてオンマンドに稽古をつけたりしていたのだろう。
オンマンドが、そういえば、と口を尖らせた。
「彼女の今日の動きはテルドリンが仕込んだんだろ? もし独りで戦うことになっても安心できるようにって。まったく、あれくらいすぐに上達させられるなら、僕の戦い方もどうにかしてくれよ」
オンマンドは、以前、家宝のアミュレットを取り戻すためにわたしたちと外出したことがあるので、わたしの実力も知っている。それから一ヶ月足らずであの動きが身につけられるのなら、わたしは今頃帝都の闘技場のチャンピオンにでもなっていることだろう。ともあれ、自分の戦いぶりがあまり芳しくないことはオンマンド自身も理解しているようだ。
しかし、彼はわたし同様、ウィンターホールド大学の学生だ。ウィンターホールド大学は武を重んじる人の多いスカイリムで唯一、魔法を体系的に学び、研究するための施設と人材が揃っている場所だ。そんなところに安くない学費を払って来てまで、わざわざ剣の腕前を磨こうとしているのはなぜだろうか。
「ええっと。この稽古を始めたのは、どうしてだったかな?」
少し興味が湧いて、わたしはこの奇妙な稽古の発端をテルドリンが忘れたように装った。
オンマンドは少しがっかりしたように眉を下げた。
「なんだよ、忘れちゃったの? 言ったじゃないか、何度も」
それでも彼はそのことについて再びテルドリンに語れるのが嬉しくてたまらないようで、照れ臭そうに鼻をこする。
「僕は幼馴染みを見返したいんだ。ノルドなら剣で戦え、魔法なんて臆病者の道具だ、ってそいつはずっと言ってた。僕はそいつに魔法のすごさを証明するためにここに入学した、けど」
頬が少し赤らんでいる、ような気がする。
「ただ魔法だけ得意になるよりも、テルドリンみたいに剣と魔法両方で戦えるようになった方がかっこいいんじゃないかと思って。それで、テルドリンに頼んだんだよ」
オンマンドにそんなに気にかける相手がいるなんて知らなかった。もう少し詳しく聞いてみたいけれども、これはきっとオンマンドとテルドリンの間だけの秘密なのだろう。いくら今はわたしがテルドリンだからといって、踏み込んでよいことではないように思える。わたしは、そうだったな、すまなかった、と当たり障りのない答えを返した。
さて、彼がそこまで剣を極めたいのなら、友人としてはぜひ協力したい。テルドリンが剣で戦っているのを見たり、敵の攻撃を避けたりしている側として感じることを伝えれば参考にはなるだろう。例えば、わざわざ掛け声で自分の攻撃を仕掛けるタイミングを相手に知らせない方がいいとか、剣の持ち方を直した方がいいとか、体幹を鍛えた方がいいとかだ。もっとも、こんなことはテルドリンには分かりきっているはずだから、彼がオンマンドに教えないばかりかオンマンドの調子に合わせてやっているらしいのが不思議で仕方ないが。
わたしがマスクの下で口を開きかけたところで、魔法の鐘の音がどこからともなく響いた。正午の鐘だ。腹を空かせた学生たちが一斉に大学の食堂へ集まる合図でもある。
鐘の音を聞いた途端、わたしはかすかな空腹感が湧き上がるのを覚えた。テルドリンは普段、空腹や疲労などの生理現象に悩まされている素振りを一切見せないけれども、見せないだけで感じてはいるらしい。
オンマンドの幼馴染みへの思いも腹の虫には勝てないようだ。彼は石畳の上の木刀を取り上げ、元通りに屋上の扉の近くに立てかけた。
「付き合ってくれてありがとう、テルドリン。はいこれ、いつもの」
そして、わたしに何かを差し出してきた。わたしがなんの気もなしに手を広げると、金貨が一枚、掌に収まった。
唖然とした。有料でやっていたのか、あんな内容で。
「じゃ、またよろしく頼むよ」
オンマンドは実に軽やかな足取りで屋上から下へ繋がる螺旋階段を降りていった。わたしは独り寒々とした屋上に取り残された。
……とりあえず、わたしも昼食を食べよう。この体で目を回して倒れたら、テルドリンにどんな文句を言われるか分からない。
オンマンドを追いかけて自分も食堂へ行こうとして、はたと思い留まる。そうか、今のわたしはテルドリンなのだから、食堂へ行っても食べられるものはない。寮に帰り、自分で作らなければ。