My Companion, My Dearest 作:春日むにん
キッチンを片付け終え、わたしたちは自室に戻った。今日は本来であればこの後ウィンターホールドの街へ戦利品を売りに行き、ついでに夕食を食べて帰る予定だったが、この緊急事態の前には延期せざるを得ない。
わたしたちは朝にやりかけてそのままになっていた戦利品の整理を再開することにした。今日売りに行かなくても、分類して袋に詰めておくに越したことはない。
その作業に少し手をつけたところで、また朝のように部屋の扉を叩く音がした。今度はごくのんびりとした叩き方だ。ブレリナがついに解決策を見つけたのだろうか。
扉を開くと、そこにいたのは、大学唯一のカジートの学生であるジェイ・ザルゴだった。
「ああ、テルドリン。彼女は戻っているか?」
ジェイ・ザルゴはテルドリン(の姿のわたし)に笑いかけた。彼は、ふわふわの毛に覆われた首をにゅっと伸ばして室内を見渡し、ベッドの影で床に座っているわたし(の姿のテルドリン)を認めると、ぱあっと顔を輝かせた。扉を後ろ手に閉め、わたしの横を器用にすり抜けて彼の方へ歩いていく。
「やっぱり部屋に戻っていたのか。体調は大丈夫か?」
ジェイ・ザルゴはうずくまってテルドリンと目線の高さを合わせた。テルドリンの、というかわたしの顔を、鼻先が触れ合いそうなほど近くからじっと覗き込む。
テルドリンは眉をしかめてのけぞり、じろりと胡乱な目つきを返した。
「……絶好調だ。で、なんの用だ?」
ジェイ・ザルゴは不思議そうに目をぱちくりさせた。わたしの様子がいつもと違うことに気づいているらしい。
「いきなり自分で自分の名前を叫んで飛び出していったから、熱でもあるのかと思ったんだが。本当に絶好調なのか?」
テルドリンはしかめ面のまま首を縦に振った。
「ああ、絶好調だ。ファラルダの講義の後、皆が私の華麗な戦いぶりを褒め称えているのを見ただろう。なんの問題もない。だからお前に心配される筋合いもない。用件はなんだ、カジート」
彼は、ジェイ・ザルゴを大げさに避けるようにして立ち上がると、ベッドにどっかと腰を下ろし、腕組みをしてジェイ・ザルゴを睥睨した。
わたしは地団駄を踏みたくなった。相変わらず喋り方をわたしに似せようという努力が全く見られない。それにその傲岸不遜な態度はいったいなんなのだ。ジェイ・ザルゴの言う通り、熱でもあるんじゃないか。
ジェイ・ザルゴはまだ疑わしげにヒゲをぴくぴくさせていたが、オマエが絶好調と言うなら信じよう、と呟いて、テルドリンの隣にするりと座った。
「あのな、今日も『まっさーじ』をお願いしたいんだ。ジェイ・ザルゴは一昨日も昨日もずっと勉強をしていたから肩が凝っている」
ジェイ・ザルゴはのんびりと言った。
わたしは、かつてシロディールで旅芸人一座の一人として生きていた。一座は、歌や曲芸に限らず、訪問先の町や村に不足しがちな様々な娯楽を提供することで生計を立てていた。そのうちのひとつがマッサージだった。一座にとっては大した収入源ではなかったが、独りでスカイリムに放り出されてから、この技能は身銭を稼ぐのに役立った。特にウィンターホールド大学では、室内に籠もってばかりの教授や学生にそれなりに好評だ。
中でもジェイ・ザルゴは良い客だ。頻繁に来てくれるし、どこを触ってもふわふわしていて気持ちが良いからこちらとしても得をした気分になる。それに彼にマッサージを施していると、一座の仲間だったカジートのことを思い出す。「彼女」はジェイ・ザルゴと同じくらいの年齢で、わたしの妹同然に育ち、わたしによく膝枕をせがんだ。……二度と戻れない過去だ。「彼女」にしてあげたかったことを今ジェイ・ザルゴに代わりにしてあげることで、わたしは「彼女」や一座の他の仲間たちを想い、自分の心を慰めているのかもしれない。
しかし目下のところ、わたしはテルドリンと体が入れ替わっている。そしてテルドリンには当然マッサージの心得はない。いったいどうするのかと思って眺めていると、テルドリンは眉間の皺を深め、ベッドに腰掛けたままジェイ・ザルゴから距離を取った。
「断る」
ジェイ・ザルゴは首を傾げた。
「絶好調なんじゃないのか?」
「体の方が絶好調でも、気分というものがある。今はそういう気分じゃない。いや、本音を言うと、お前を相手にするのはいつも気が乗らない」
テルドリンの返答にわたしは頭痛を覚えた。気分で誤魔化すのはまあいい。が、言い方が悪すぎる上に一言多い。わたしには決してそんな本音はない。むしろ逆だ。
ジェイ・ザルゴのフードがぺたんと平たくなった。フードの下に隠れている耳が垂れ下がっているのだ。
「そう、だったのか? ジェイ・ザルゴはずっと迷惑だったのか? オマエはいつも楽しそうだったじゃないか。本当に気が乗らないのか?」
ジェイ・ザルゴはあたふたとテルドリンに問いかけた。テルドリンはもったいぶった態度で大きく頷いた。ジェイ・ザルゴのくりっとした両目が、みるみるうちに涙でいっぱいになった。
「そんなことはありえない。今日のオマエはやっぱりおかしい。休んだ方がいい。ジェイ・ザルゴも帰って寝る」
ジェイ・ザルゴは尻尾をだらりと下げてわたしのベッドから腰を上げた。彼が部屋の扉に向かってとぼとぼ歩いていこうとするのを、わたしは慌てて腕を広げて遮った。
「ま、待ってくれ、ジェイ・ザルゴ」
ジェイ・ザルゴは、わたしの存在を今思い出したとばかりにきょとんと顔を上げた。一筋の涙がふわふわの毛並みに覆われた頬から顎へ伝っている。わたしは胸を締め付けられた。ジェイ・ザルゴがわたしを避けていかないうちにとまくしたてるように言った。
「なんだか知らないが、彼女は今日すごく機嫌が悪くてね。悪気があるわけじゃないんだ、本当にすまない。ほら、テ……お前も謝ってくれよ」
テルドリンに呼びかけた。彼はしかめ面のまま返事をしなかった。わたしは苦々しく思いながらも先を続けた。
「ジェイ・ザルゴ。よかったらわたしがマッサージをしてあげよう。いつも彼女がやっているのをそばで見ていたんだ、できないはずがない。ああ、金は取らないから安心してくれ」
ジェイ・ザルゴのつらそうな顔は見ていられなかった。テルドリンが彼に冷たくした分、わたしがどうにか埋め合わせなければいけないと思った。さらに言えば、わたしはこの機会をいくら緊急事態とはいえみすみす逃したくなかった。否、こういうときだからこそ癒やしが必要なのだ。
わたしが提案したその瞬間、ジェイ・ザルゴの憂鬱そうな表情がすうっと引っ込んでいった。代わりに彼は目を不審そうに細め、口を不満そうにすぼめた。
「オマエが、無料で、まっさーじ? ……イヤだ。オマエの手も膝も硬くて痛そうだ。それに、オマエはまっさーじのとき、いつもピリピリしている。そんなヤツにまっさーじをされるのはイヤだ」
完膚なきまでに拒絶された。わたしは自分の小さなプライドがずたずたに引き裂かれたような気がした。彼はマッサージのたびにわたしの掌の下や膝の上でごろごろと喉を鳴らしていたから、すっかり満足していると思って嬉しかったのに、それはわたしの幻想に過ぎなかったのか。いや、落ち着け。彼はわたしに対して言っているのではない、テルドリンに対して言っているのだ。これはテルドリンに対する彼の印象だ。
「もういいか? ジェイ・ザルゴは帰る」
それでも面と向かって拒絶された事実は変わらず、わたしは彼を引き留めるために差し出していた腕を力なく下げた。ジェイ・ザルゴはわたしの横を通り過ぎ、部屋の扉に手を掛けた。
「……待て。気が変わった」
テルドリンの、もといわたしの声がベッドの上から飛んできた。テルドリンはファラルダ先生顔負けの作り笑いを浮かべて、ジェイ・ザルゴを誘うようにぽんぽんとベッドを叩いた。
「マッサージをしてやるよ、ジェイ・ザルゴ。こっちに来い」
ジェイ・ザルゴはそれを聞くなり驚くほど機敏な動作で振り返り、全身に喜びをみなぎらせてベッドに飛び込んだ。テルドリンの腰にすがりつき、彼を見上げる。
「本当か!? 迷惑じゃないのか!?」
テルドリンは頬を引きつらせ、ジェイ・ザルゴが自分の腰に回した手を払いのけた。それでも作り笑いは崩さなかった。
「ああ。さっきまでアンカノの嫌味な言動を思い出してむかむかしていたんだ、悪かったな。さあ、うつぶせに寝転がれ」
ジェイ・ザルゴは嬉々としてわたしのベッドにうつぶせになった。テルドリンは自信満々にあんなことを言っているが、大丈夫なのだろうか。
テルドリンの操るわたしと、わたしの操るテルドリンの視線が一瞬かち合った。彼はわたしの目に得体の知れない光を宿していた。
「それじゃあ、行くぞ」
彼はそう言うなり、ジェイ・ザルゴの右の前腕に両手を掛け、関節とは反対の方向に思いきり押し曲げた。
「ぎゃーーーー!!!」
ジェイ・ザルゴのすさまじい悲鳴が部屋中に響き渡った。
なるほど確かにその方向も伸ばした方がいい。しかし急激に伸ばすと皆痛がるのでやるのであれば少しずつなだめすかせるように伸ばすべきで……
「こいつはどうだ?」
続いてテルドリンはジェイ・ザルゴの右肩の付け根を掴み、腕を体の後ろ側へ、骨ごと引き剥がすような勢いで引っ張った。
「ぎえーーーー!!!」
そこも確かに動かした方がよいが、多くの人は十分に使いこなせていないため下手に扱うと激痛を伴うわけで……
「ハーッハッハ、まだまだ序の口だぞ。そらぁっ!!」
テルドリンはジェイ・ザルゴの首を、彼が普段動かさないであろう角度までぐいと曲げた。
「ぐわーーーー!!!」
「テルドリン! やめてよ、それはマッサージじゃない!」
わたしは自分が今はテルドリンであることも忘れて叫んだ。その声は完全にジェイ・ザルゴの絶叫に紛れてしまった。
その後、数分間にわたってわたしの部屋の中ではオブリビオンもかくやと思うような光景が繰り広げられた。もはやマッサージではない何かでジェイ・ザルゴを弄ぶ、わたしの姿をしたテルドリン。声を枯らして叫び続けながらも、テルドリンに両脚で体をがっちり押さえつけられているため逃げるに逃げられないジェイ・ザルゴ。そしてそんな二人の迫力に負け、ただその周りをおろおろとうろついている、テルドリンの姿のわたし。
右膝に関節技のようなものをかけ終わり、テルドリンがいやに晴れ晴れとした表情でジェイ・ザルゴを解放すると、彼はベッドから飛び起き一目散に部屋の外へ逃げていった。
「うわあああん! ジェイ・ザルゴ、もうお婿に行けない!!」
隣の部屋の扉がバタンと閉まる音がして、周囲に静寂が降りた。
わたしはしばらく愕然としていた。テルドリンが鼻を鳴らしてわたしのベッドから降りると、我に返って彼に詰め寄った。
「どうしてあんなことしたの!? ジェイ・ザルゴが痛がってたじゃない」
テルドリンはふいとそっぽを向いた。
「あいつが硬すぎるのが悪い。私の体なら同じことをされても痛くもかゆくもない」
「それはテルドリンが普段から体をよく動かしてるからでしょう。自信がないなら無理にやらなくてもよかったのに。なんとか誤魔化せてたんだから」
テルドリンはむっとした様子で唇を引き結んだ。彼はわたしの(彼自身の)体を大回りで迂回し、テーブル横の椅子に乱暴に腰掛け、お得意の腕組みをした。そして、長い長い溜息を口から吐いた。
「……あのなあ」
溜息の最後に低い掛け声を乗せ、これからなんらかの主張を行うことを示唆してから、彼は息を大きく吸い込み、咎めるように言った。
「いつも思っていたんだが、あいつはただの猫じゃない、カジートの男だ。馴れ馴れしくいちゃつくべきじゃない」
予想外の方面から攻め込まれたため、わたしはマスクの中でぽかんと口を開けた。
「いちゃつく、って。わたしはただ仕事でジェイ・ザルゴにマッサージをしてただけだよ」
テルドリンはわたしを厳格な父親のような目で見据えた。
「仕事だと? お前はあのカジートと触れ合えることを明らかに喜んでいるだろう? あいつにあのマッサージとやらを施しているときは決まってだらしなくにやけた顔をしているぞ」
全く否定できない。彼の毛並みと四肢の筋肉の絶妙な柔らかさは抗いがたい魅力だ。それに、ジェイ・ザルゴはかつての仲間たちを、カジートの「彼女」を想うための貴重なよすがなのだ。もはや仕事ではなく、個人的な楽しみになっていることさえ否めない。
わたしはテルドリンの言葉を正直に肯定した。
「確かにそうだけど。それはその、触り心地が良くて、昔の仲間と一緒にいるみたいな気分になれるからだよ」
テルドリンは眉間に深い皺を寄せ、何かの痛みを堪えるように瞼をきつく閉じた。
「いくら昔の仲間と似ていたって別人だ。勘違いするな。それに、触り心地……触り心地だと?」
テルドリンは突然目をカッと開き、握り拳でテーブルを叩いた。
「それがいずれ思わぬ過ちに繋がると、お前には分からないのか!?」
彼に操られているわたしの体全体から、まるで調子に乗って薪を入れすぎた焚き火のような熱気と歪みとが伝わってくる。ニルヤと対峙したときと同じくらい怒っているかもしれない。今度は何が彼にそうさせているのだろうか。どうやらわたしの危機感のなさを嘆いているようだが、理由が全く分からない。
わたしは彼の謎の怒りを受け流そうとして、あえてへらへら笑ってみせた。
「いや、過ちって。大げさすぎない? ジェイ・ザルゴもわたしもお互いのことをなんとも思ってないから平気だって」
「よりによって私の口からそんな台詞を吐くな! いいか、油断しているときこそ一番危ないんだ。ふとした拍子に踏み越えてはいけない一線を踏み越えてその気になり、のちのち後悔することになる」
さらに怒らせてしまった。やけに実感のこもった話しぶりだ。もしかしたら彼自身がそういう経験をしたことがあるのだろうか。
しかし、なぜそんなことで彼に説教されなければならないのかが甚だ疑問だ。わたしも子供ではないのだからそのくらい知っている。その上で全く危険がないと判断した(そもそも仕事だ)から行動しているわけだし、万一何かあったとしても全てわたし自身の責任だ。
「仮にその可能性があったとして、それがテルドリンとなんの関係があるの。わたしたちがどうなろうがわたしたちの勝手でしょう」
わたしは若干苛立ちを覚えて尋ねた。
わたしが反論するとは思っていなかったのか、テルドリンは大きく見開いた目を何度かぱちくりさせた。それから盛大な溜息を鼻と口から噴き出し、これだから思慮の足りない奴は困る、とでも言いたげにかぶりを振った。
「関係ないわけがないだろう。私の目の前で何か始められたらたまったものではない」
……テルドリンはわたしたちを動物か何かだと思っているのだろうか。高尚なエルフ族から見たら人間もカジートも少し知恵のついた動物程度の存在かもしれないが、わたしたちにだって彼らと同じ理性がある。人目を気にせずなんでもできる者はそう多くない。
「何も始めないよ、テルドリンの前なんかで。そんなに嫌ならマッサージをしてるときは外に出てればよかったのに。どうしていつも中にいたの?」
ジェイ・ザルゴが部屋を訪ねてくれば十中八九マッサージが始まることは分かりきっている。もし嫌なら彼の方が避ければいいのに、とわたしは思った。
テルドリンはわたしの爪先で石の床を何度か踏み鳴らした。
「ここはお前の一人部屋ではない。お前が従者である私に一部を貸し与えている部屋だ。間借り人であるとはいえ、お前たちの都合に付き合っていちいち部屋から出てやる義務は私にはない」
テルドリンが怒っている理由がようやく腑に落ちた。つまり、彼にはこの部屋でゆっくり静かに過ごす権利があるのに、同居人が彼の気も知らず勝手に他人と「いちゃつき」始めるのはいい気分ではない、ということだ。本人たちにそういう気が全くなくても。
わたしは、旅芸人一座にいた頃は狭いテントの中で大勢の仲間たちと一緒に暮らすのが当たり前だったから、どこまでが誰の領域であるとか、自分のそばで誰が何をしているなどといったことは滅多に気にならない。しかし、テルドリンは違ったのだ。わたしは彼の雇い主なのだから、彼が快適な毎日を送れるようもっと気を遣うべきだった。わたしはここに至って潔く納得し、反省した。
「ごめん。今まで配慮が足りなかった。わたし、テルドリンの時間を邪魔してたんだね」
テルドリンはようやく理解したかとばかりに満足そうに頬を緩ませた。
「分かってくれたならいいんだ。今後ジェイ・ザルゴ相手の仕事は控えてくれ。少なくとも私がこの姿でいる間は断るぞ。ま、さっきの様子だと、奴がまた来るかは知らんがな」
これまで鬱憤が溜まっていたせいか心底楽しそうだ。恨みがましい気分になったものの、今回は完全にわたしが悪いのだからとやかく文句を言うことはできない。ただ、ジェイ・ザルゴ相手の仕事を控えるのは嫌だ。彼はわたしの貴重な癒やしであり、救いだから。わたしは今後の方針についてテルドリンに伝えることにした。
「元に戻ったらジェイ・ザルゴに謝りにいくよ。彼が許してくれたら、今度から他の人と同じように、マッサージを頼まれたら彼の部屋に行くようにする」
いつもジェイ・ザルゴが部屋に入り込んできた流れでその場でマッサージになだれ込んでいたのが良くなかったのだ。今後は他の客と同じように扱えばテルドリンも心穏やかに過ごせるだろう。
わたしはこれで一件落着だと思った。ところが、一方のテルドリンは笑顔をぴしりと強ばらせた。そのまま何も言わずに固まっている彼に、わたしは急に体調でも悪くなったのかと思って話しかけた。
「どうしたの? 大丈夫?」
彼はわたしの声に反応して肩を跳ね上げた。
「……あ? ……ああ……大丈夫だ」
そう呟きながら、何やら呆然とした表情で、視線を斜め下の虚空へゆるゆると移動させた。その頬が熱に冒されたように赤く染まっていく。本当に平気なのだろうか? わたしが彼の(というか、自分自身の)様子をよく見ようとして立ち位置を移動し中腰になると、彼はわたしから顔を背けた。耳まで赤くなっているのが分かった。
「具合が悪いんじゃないの? どういう状態か教えてくれれば手伝うよ」
テルドリンはわたしの問いかけに答えなかった。ただひたすら肩で息をし、わずかに見える睫毛を震わせていた。
その状態のまま、外の廊下を歩いて一周してこられるくらいの時間が経過した頃、彼は不意に椅子を引いて立ち上がった。
「用を足してくる」