My Companion, My Dearest   作:春日むにん

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6. アンカノの絶叫

「用を足す? 何か用事があったの?」

 

 それが比喩表現だと理解できなかったわたしのためにテルドリンは言い直した。

 

「トイレに行ってくる」

 

 なんだ、トイレに行きたかったから様子が変だったのか。わたしはとりあえず安心してから、彼の言ったことを改めて咀嚼して、動揺した。

 

 考えてみれば、体が入れ替わっているのだから、いつこういう事態に陥ってもおかしくはなかった。そして昼食を食べてしばらく経っているのだから、そろそろ催すのが自然な流れだ。でも、テルドリンが、わたしの体でトイレに行く? 彼が無事にあの作業を終えられるかが不安だ。それに、恥ずかしい。いくら旅芸人をやっていたわたしだって、排泄行為を他人に見られたくはないし、ましてや代行されたくはない。

 

 だが、そんなことを言っている場合ではないことは理解している。わたしは最低限確認しなければならないことを確認することにした。

 

「場所は分かるよね? やり方は?」

 

 一旦言葉に出したら踏ん切りが付いたのか、テルドリンの頬に差していた朱は徐々に薄れつつあった。彼はこともなげに頷いた。

 

「たぶん分かる。何度か見たことがある」

 

 テルドリンはすたすたと歩いていって扉を開け放ち、外に出た。見たことがあるというその具体的な意味がかなり気になったが、わたしは深く考えないことにした。とにかく、なんとなくやり方が分かっているのならそれでいい。

 

 心の中でそう独りごちていたら、閉まりかけていた扉がガッと音を立てた。テルドリンの(つまりわたしの)手が扉を押さえ、扉の隙間からわたしの顔が覗いていた。

 

「何、どうしたの?」

 

 テルドリンはいやに真面目な顔つきで言った。

 

「変なことはしないから安心しろよ」

 

 今度こそ彼は扉を閉めて去っていった。おかしなことを言い残していくものだ。わたしはそんなことはまるで心配していないのに。

 

 しかし、他人に自分の体のあらゆる行為を一任するというのは心臓に悪い。これからテルドリンがトイレに行くたびに寿命が一年くらい縮んでしまいそうだ。そろそろブレリナには本当に治す方法を見つけてもらわなければ困る、とわたしは思った。

 

 そこで、彼を待つ間に一度ブレリナの部屋を訪ねてみることにした。幸い、部屋の外の円形の廊下に人はいなかった。皆自分の部屋に籠もっているか、どこかに出かけているかしているらしい。わたしは同じ階のちょうど向かい側にあるブレリナの部屋へ足を向けた。

 

 彼女の部屋の扉をノックして、小さく声を掛ける。

 

「ブレリナ? テルドリン、だ。調子はどうだ?」

 

 返事はなかった。扉に耳を当ててもなんの音も聞こえてこない。よほど集中しているのか、それとも図書館に資料集めにでも行っているのか。いずれにしろ、この姿でこれ以上粘って誰かに目撃されたら面倒なことになる。いったん退散してテルドリンが帰ってくるのを待とう。

 

 自室に戻ろうと踵を返したそのとき、わたしが今まで意識しないよう努めていた下半身のとある部分の根元あたりに、何かがじわじわと集まっている感覚があった。一歩踏み出す毎にその感覚は強くなっていく。自室に入り扉を閉めた頃には、明確な自覚が芽生えていた。

 

 わたしもトイレに行きたい。

 

 でも、テルドリンが戻ってくるまでは待っていなければ。そして彼に一言断りを入れなければ。いや、それ以前に、この鎧の外し方がよく分からないから、彼に聞く必要がある。服も下着もだ。あとはあの部分をどうやって持てばいいか――ダメだ、そんなの聞けっこない。というかあの部分って、テルドリンの? どうしてわたしが、恋人でもそういう仕事の最中でもないのに見て、触らなければならないのか? いやいや、今はわたしがテルドリンなのだから、あれを触るのもテルドリン自身と言えるわけで、わたしはなんら恥じる必要はなく堂々と――

 

 軽快なノックの音が響いた。扉を開けると、幾分すっきりした表情のテルドリン、もといわたしがいた。

 

「おかえり。大丈夫だった?」

 

 わたしは焦りを抑え、一応の礼儀として尋ねた。テルドリンは短く、ああ、と答えて、いらいらするほど悠々とした足取りで部屋に入った。部屋の中央あたりまで行ったところでこちらへ悠然と振り向き、これまたむかむかするほどゆったりと穏やかな口調で話し始めた。

 

「なあ。さっきのジェイ・ザルゴの話だが、やはりあれは私の――」

 

「ね、ねえ、テルドリン。そんなことより、わたしもトイレに行きたい」

 

 わたしは待ちきれなくなって彼の話に割って入った。

 

 テルドリンは急に話を中断されて若干気分を害したようだったが、わたしの声色から事態が切迫していると悟ったためか、素直にわたしの話題に乗り換えた。

 

「そうか、さっさと行ってこい。えー、あれだ、支えないと零れるからな。あと、そう、あまり勢いよく出しすぎると撥ねる」

 

 かなりばつが悪そうだ。それはそうだろう、わたしだってそんなことを彼の(そしてわたし自身の)口から聞きたくなかった。

 

「う、うん、出し方は分かったよ。でも……」

 

 わたしはもじもじしながら言い淀んだ。その間にも意識したくないあの部分周辺の疼きは深刻な速度で増していく。

 

「何が問題なんだ。はっきり言え」

 

 テルドリンにせっつかれて、わたしは上ずった声で答えた。

 

「鎧と服の外し方が分からない。それに、その、テルドリンのだと思うと、恥ずかしい」

 

 テルドリンの操っているわたしの頬に再びぱっと紅が散った。

 

「ばっ、馬鹿。私だってさっき同じことをしたんだぞ、我慢しろ。いいか、まず腰のベルトを――」

 

 テルドリンがわたしの手を取って教えようとするのを、わたしは下半身からの激しい突き上げに見舞われて振り払った。

 

「もう間に合わない! お願い、一緒に来て!!」

 

「はぁ!!?」

 

 わたしは彼の、もとい自分自身の腕を乱暴に掴んで、寮の奥まったところにあるトイレに向かって駆け出した。

 

 

====================

 

 

 ウィンターホールド大学の大学寮は、多数の学生と教授陣を収容するため、トイレが各階に男女別に設けられている。トイレの中には複数の便器が設けられ、それぞれ壁とドアで仕切られて個室になっている。便器の横にあるレバーを引っ張ると排泄物は水で押し流され、一カ所に集められて浄化された後で海へ排出される仕組みになっている。スカイリム中、いやシロディール中と比べても非常に先進的な設備で、以前、アーリエル先生がドゥーマーのトイレからヒントを得たとかなんとか誇らしげに教えてくれた。しかし、今はそんなことはどうでもいい。

 

 テルドリンとわたしは男性トイレの一番手前の個室に駆け込んだ。

 

「あぅ、早く! 漏れちゃうよぉ!」

 

 わたしはもはや見境なく叫んだ。もうパンパンに張り詰めているのに、まだ鎧さえ脱げていない。危機的状況だ。

 

「分かった、分かった! その姿でそんな声を上げるな、気が狂いそうだ」

 

 テルドリンは泣きそうな顔でわたしをなだめながら、わたしの体の横に片膝をつき、カチャカチャと金属の触れ合う音をさせながらベルトを外していく。下腹部の締め付けが緩むと本能からの要求はより一層ひどくなった。

 

「ねえ、まだ!? まだ準備できない!?」

 

「まだだ! 堪え性のない奴だな、黙って待ってろ。もうすぐ楽にしてやる」

 

 鎧をばさりと脇に持ち上げられ、腰のあたりをまさぐられる。下穿きの紐がしゅるしゅると素早く解かれた。最後は下着だ。彼は、それを全て取り払うことは諦めて必要な部分だけ取り出すことにしたらしい。わたしの手が下着の隙間から中に忍び込み、彼のあの部分を掴んだ。頭のてっぺんから爪先までを激しい電流が走り、わたしはテルドリンの喉から妙に艶めかしい声を上げてしまった。テルドリンはその声の下で、彼自身のそれを下着の中から荒々しく引きずり出した。

 

「いいぞ、やれ!」

 

 テルドリン、もといわたしの声を合図に、わたしは目をぎゅっとつぶって溜まっていたものを放った。

 

 心地良い水音が長い間トイレの中に響いていた。わたしは全てを出し終わると瞼を開け、安堵の溜息をついた。しかし下を見る勇気はなく、トイレの壁を凝視しながら、彼のものを支え持ったままのテルドリンに聞いた。

 

「どう? ちゃんと全部中に出せてる?」

 

 テルドリンはぐったりと疲れきった声で応じた。

 

「ああ。全く、本当に頭がおかしくなりそうだった。次からは自分でやるんだぞ」

 

「……気が進まないけど……分かったよ。でも、今のはよく見てなかったからもう一度やり方を――」

 

 言いかけた時、背後で蝶番の軋む音がした。個室のドアだ。確か入るときに鍵をかけたと思ったのだが。

 

 わたしは反射的に顔を巡らせ、何が起こったのか確かめた。

 

 わたしたちの個室のドアは内側に向かって開放されていた。個室の入り口に、神経質そうな顔を真っ赤に染め唇をわなわな震わせている、背の高いハイエルフが立ち塞がっていた。この場面で出くわす人物としてはおおよそ最悪の相手、アンカノ顧問だった。

 

 わたしの頭の中で、顧問から見える光景が一瞬のうちに組み立てられる。

 

 テルドリンの足元にひざまずいているわたし。彼の下半身にはまだあの部分が露出しているばかりか、わたしがしっかりと握りしめている。そして、先ほどまでわたしたちが口走っていた言葉の数々。

 

 顧問の口が今までにないくらい大きく開かれ、彼の絶叫が響き渡るまでがひどく長く感じられた。

 

「な、何をやってるんだ、貴様らー!!」

 

 

====================

 

 

 アンカノ顧問の緊急招集を受けて、全学の教職員と学生が達成の間に集められた。例外なく全員だ。ブレリナは部屋で睡魔に負けて熟睡していたところを叩き起こされたらしく、大変不機嫌だった。だが、テルドリンの恨めしそうな顔はいい眠気覚ましになったようで、彼女はわたしたちと一緒に事のあらましを皆の前で打ち明けた。

 

「やはりそうだったんですね。二人とも魔力の感じが普段と全然違いましたから、もしかしてと思っていたんです」

 

 ファラルダ先生はさらりと言い放った。話しかけられた時点でほぼ見破られていたのか、とわたしは思った。

 

「どうりで避けてばかりだったわけだ。あの……最後に話したことはとっくに忘れてるよね? そうだと言ってくれよ」

 

 オンマンドは鼻の頭まで真っ赤にしていた。わたしは罪悪感に苛まれた。

 

「あんた、免疫がなさすぎるんじゃない? さっさと押し倒しちゃえばよかった」

 

 ニルヤはつんとした表情でわたしの耳元に囁きかけた。背筋が凍りついた。

 

「ジェイ・ザルゴをお婿に行けない体にしたのはテルドリンだったんだな! 責任を取れ!」

 

 ジェイ・ザルゴは誤解を招きそうなことを叫んで泣き崩れた。婿には行けると思うけど、ごめん、ジェイ・ザルゴ。

 

「停学! いや、退学だ! あのような破廉恥な行為を顧問たる私の目と鼻の先で行うとは!!」

 

 アンカノ顧問は事の次第を知ってなお喚き続けている。彼はトイレの一番奥の個室で用を足していたらしい。そこに怪しげな声を上げる二人組が入ってきたから何事かと思い、わざわざお手製の鍵開けの呪文を使って現場に乱入したということだ。

 

「特に貴様。テルドリン・セロと言ったか? サヴォス殿の温情でここに置いてもらっている分際で、なんだその態度は!」

 

 顧問の攻撃の矛先はわたしの姿をしたテルドリンに向かった。それもそのはず、彼はキーキー騒ぎ立てる顧問を実に冷めた目で眺めており、名指しされようが一切動じない。

 

「やれやれ。懇切丁寧に事情を説明して下げたくない頭まで下げたのに。融通の利かない、典型的なアルトマーだな」

 

 彼は小さく呟いた。運が悪かったのか、それともわざと聞こえるように言ったのか分からないが、顧問はそれを耳ざとく聞きつけ、さらにヒステリックに声を張り上げた。

 

「き、貴様ッ! この大学の最高顧問の私を、サルモールのアンカノを馬鹿にするのか!?」

 

 顧問がテルドリンに向かって何かの呪文を発動しそうになったのを、アーチメイジのサヴォス・アレン先生が間に入って止めた。

 

「まあまあ、アンカノ殿、落ち着いて。まずは彼らを元に戻してやらなくてはなりません」

 

「どいてください! 目にもの見せてやらないと気が済まない!」

 

 その傍らで、変性魔法の教授であるトルフディル先生は、ブレリナからわたしにかけた(はずだった)筋力増強の呪文について説明を受けていた。ブレリナが羊皮紙に書かれた複雑な図式の意味とわたしたちに起こったことを伝えるにつれ、先生の藍色の目はきらきらと輝きを増していった。

 

「素晴らしい! つまりブレリナ、きみは二人の脳に致命傷を与えられたと擬似的に認識させることで魂を乖離させ、魂石ではなく互いの体を容れ物とみなして魂縛を行い、さらに死霊術の原理を変則的に応用……」

 

 ブレリナの話が終わるか終わらないかのうちに、先生はブレリナに向かって鼻息荒くまくし立てた。後半は専門的な用語が多すぎるのと早口すぎるのとでわたしには理解できなかった。とりあえず、わたしたちに想像以上に物騒な呪文がかけられたことだけは分かった。

 

「偶然とはいえ、よくこんなに強力な効果のある呪文を考え出せたものだ。ブレリナ、きみは将来有望だ!」

 

 トルフディル先生は自分より背の高いブレリナの肩を抱いた。ブレリナの今までしおらしく伏せていた顔に喜色が浮かんだ。

 

「本当ですか!? わたくしにもついに研究者としての芽が出たのですね。ありがとうございます、先生!」

 

 テルドリンが大きな咳払いをした。トルフディル先生とブレリナは瞬時に彼らの世界からこちらに意識を引き戻されたようだった。先生は、テルドリンとわたしに向かって大げさに腕を広げた。

 

「おお、すまんすまん。儂らにとっては大発見でも、きみたちにとっては災難だったな。……念のため聞くが、あと二、三日そのままでいる気はないか?」

 

 トルフディル先生はこの変わり者だらけの大学内では数少ない常識的な考え方の持ち主だと思っていたが、未知なるものへの探究心には勝てないらしい。

 

 テルドリンとわたしは全力で先生の提案を拒絶した。あと数日このままでいるとして、その間にわたしたちが何をされるか、分かったものではないからだ。ブレリナの口車に乗ったわたしはともかく、巻き込まれただけのテルドリンがかわいそうだ。

 

 先生は心底残念そうにあごひげをしごいた。

 

「そうか。ならば仕方ない、もう一度入れ替わりの呪文をかけて元に戻そう。ただブレリナの呪文だけでは少し心許ないから、色々と補強する必要が……」

 

 先生はぶつぶつ言いながらわたしたちに背を向け、他の何人かの教授や研究生を呼んで頭を寄せ合った。集められた人々の間から、「本当にもう元に戻してしまうのか?」「書籍にまとめればタムリエル中の魔術師がこぞって買い求めるだろうに」などといった言葉がだだ漏れしている。やはり断っておいて正解だった。

 

 トルフディル先生は、いきり立つ彼らの意思を統一するのに少し時間を費やした後、入れ替わりの呪文をどのように補強すればよいかについて彼らから意見を仰ぎ、それらを素早くまとめあげててきぱきと指示を出した。間もなくわたしたちは、教授たちが作り出したひどい味の薬湯をいくつも飲まされ、呪文を幾重にも重ねがけされた。

 

「さて。準備は整った。儂らの話を聞いていたので分かっていると思うが、仕上げはきみたちにやってもらう」

 

 トルフディル先生は、わたしたちに気合を入れるようにパンと手を叩いた。

 

「まずは、しっかりと抱き合ってくれ」

 

 入れ替えの呪文が発動されるときは互いが物理的にも心理的にも近くにいた方が確実に違いないと誰かが言い出したことにより、わたしたちは大学中の人が見守る中で抱き合い、見つめ合うことになってしまった。彼らから見たら既に関係を持っているらしい者同士が。わたしたちから見たら自分自身と。……駄目だ、下手に意識してしまったら卒倒する恐れがある。

 

 わたしは極めて事務的な態度で自分自身の背中に腕を回した。テルドリンがわたしの口からウッと気持ち悪そうな呻き声を上げてあからさまに視線を逸らした。わたしだって同じ反応をしたい。自分の操っている腕の中にこれまた自分自身の体の厚みや温かさを感じている、という常識の範疇を超えた事実に本能が警鐘を鳴らしている。

 

 テルドリンはかなり躊躇った後、必要とあらばいつでもわたしを突き飛ばせるとでも言いたげな手つきで、彼自身の腰をがっちりと掴んで引き寄せた。わたしの顔がテルドリンの肩に、胸と腹がテルドリンの胴体に押しつけられた。マスク越しに体臭まで明瞭に感じられる。誰かがヒューヒューと茶化すような口笛を吹いた。なんの拷問だ、これは。

 

「よし。よくできている。次に、お互いの顔、つまり本来の自分の顔をしっかりと見据えて。それこそが本来あるべき自分だと心に刻み込むのだ」

 

 わたしは既に、自分自身が赤くなったり青くなったりしているのを、嫌悪感を覚えながらも間近な距離からずっと眺め続けている。問題はテルドリンだ。

 

「兜は、外さなくてもいいか?」

 

 テルドリンがやっと絞り出したような声で尋ねた。トルフディル先生は灰色のあごひげを少しの間くるくるともてあそんでから答えた。

 

「きみがその姿を自分自身であると認識できるのなら」

 

「……それなら問題ない」

 

 彼は、非常に不承不承といった様子でわたしに視線を向けた。わたしと彼は、まるで今にも口づけでも交わしそうな距離で、自分自身の目を(彼の方は兜のレンズを)思いきり覗き込む体勢になった。またもやどこかから口笛。塵と化して消えたい。

 

 トルフディル先生からさらに指示が出た。

 

「では、最後に、名前を。相手の名前を呼ぶんだ。自分が自分であり、相手が相手であることを自分と相手に言い聞かせるために」

 

 最後にとんでもない試練が待っていたことを忘れていた。この体勢でさらに彼の名前を呼ばなければならない。もはや公開処刑だ。

 

 でも、これでもし元に戻れなければ、わたしは彼の姿でずっと生活することになる。それ以前に、先生たちが研究者としての情熱に掻き立てられておかしな実験を始めてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。彼も同じように思っているはずだ。

 

 わたしは、意を決して彼の名前を呼んだ。彼自身のかすれた声で、はっきりと、淀みなく。

 

「テルドリン。テルドリン・セロ」

 

 テルドリンは、それにほとんど被せるようにして、わたしの声でわたしの名前を口にした。

 

 その瞬間、わたしたちの周りで、さまざまな色の光の帯が一斉に沸き立った。それらの光は輝きを増しながら重なり合い、まばゆい白一色に収斂されていった。まぶしさに目をやられ、頭がくらくらした。身の回りの事象の何もかもが影のように薄くなり、自分から遠ざかっていく。わたしはその中で唯一存在を実感できるテルドリンの、わたし自身の体だけは離すまいと、無我夢中で抱きしめた。薄れゆく意識の中で、わたしはテルドリンが彼自身の胴に腕を回し指を食い込ませる感触を捉えた。

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