My Companion, My Dearest   作:春日むにん

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3. 涙の夜

 アーチ型の通路を抜けた先には、入口の広場よりもずっと大きな空間があるらしかった。広場から先には明かりが全く灯っておらず、アンカノ顧問がわたしに持たせたランタンと、顧問とわたしの灯火の魔法だけが頼りだったが、そのいずれも空間の果てに広がる闇を消すことはできなかった。

 

 この空間の地表面は入口の広場よりも更に低い位置にあった。木の足場と石柱を辿って降りていくわたしたちの足元に、石造りの建物が所狭しと並んでいるのが見えた。

 

 降りてすぐのところでは、空間の末端の石の壁を建物が取り囲み、小さな広場ができていた。そこから、石畳の道がいくつか暗闇の中へと延びていた。広場には一定の間隔毎に火の灯っていないランタンが置かれていた。

 

「暗いな。この広場のランタン全てに火を点けたまえ」

 

 顧問は今しがた降りてきた石柱に寄りかかり、脇に抱えていた魔術師ギルドの報告書を開いて、わたしたちに命令した。自ら動く気は全くないようだ。むっとした様子で顧問を睨みつけたテルドリンを横目に、わたしはすごすごと近場のランタンに向かった。手に提げているランタンを開け、蝋燭の皿を取り出して火を分ける。

 

「貴様の主人は私の指示に従ったぞ。貴様もさっさと動かないか」

 

 顧問が命じた。テルドリンはダンマーの言葉で何事か吐き捨てて、わたしとは逆回りに、火炎の魔法でランタンの火を点け始めた。

 

 全てのランタンに火を灯したうえで、灯明の魔法を手近な建物の壁に、灯火の魔法を自分の頭上に放った。顧問の頭上に浮かんでいる灯火の魔法も合わせると、広場は昼間のように明るくなった。

 

 ちょっとした達成感を覚えて一息ついた時、石の壁の表面がきらきらと光を反射しているのが目についた。灯火の魔法を引き連れて近づいてみると――

 

 壁一面に、絵が彫られていた。家屋を背景に、大勢の人が走り回っていた。彼らは二つの集団に分かれていた。一方の集団は当てずっぽうに逃げ惑い、他方の集団は整然と隊列を組み、それを追いかけているようだった。

 

 逃げている側はほぼ丸腰だった。杖をついた老人や子供の姿もあって、恐怖に顔を歪めたり、泣いたり、叫んだりしていた。屈強な体格の男女四人と、彼らの飼っていたらしい犬二匹と鷹と思しき鳥二羽が、威嚇するような姿勢で敵の隊列の前に立ちふさがっていた。だが、彼らの仲間の成れの果てと思われる死体もまた隊列の脇に散らばっていた。

 

 隊列を組んでいる集団は、耳の先と手足が長かった。多くが剣か弓、あるいは光る球のようなものを手に持っていた。彼らは目を細め、大口を開けて笑っていた。まるでこの殺戮を心底楽しんでいるかのように。

 

 そう、殺戮だ。壁画は、昔この場所で起きた悲劇を再現していた。

 

「これが『涙の夜』事件の壁画か」

 

 顧問がいつの間にかすぐそばに立っていた。わたしは息を呑んだ。灯火の魔法に照らされた彼の横顔には、壁画の中の虐殺者と同じ尖った耳がついていた。

 

 顧問はわたしを険しい表情で見下ろした。

 

「これを見て遠い祖先の記憶が蘇りでもしたか? 君の従者が兜を被っていて良かったな。そうでなければ、君は今頃泡を吹いて倒れていたことであろう」

 

 穏やかならぬ調子で脈打っていた胸に更に波紋が広がった。テルドリンは食事をするときや眠るときでさえキチンの兜を絶対に外さないので、わたしは彼のエルフ特有の耳を見たことがなかった。

 

「すみません。この壁画、すごい迫力があって」

 

 心臓のあたりを掌で強く押さえ、顧問と壁画から顔を背け、後ろに何歩か下がった。テルドリンのキチンのブーツに包まれた両脚が視界の隅に映った。わたしは視線を上げた。そこにはいつも通りの、奇妙な生物の頭がちょこんと乗っていた。わたしは安堵の息を漏らした。

 

 顧問の嘲りのこもった声がわたしの横顔に叩きつけられた。

 

「私には稚拙な落書きとしか思えぬが。単純な若者をエルフへの恐怖や怒りに駆り立てるには十分ということだな。いかにも執念深いノルドどものやり口だ」

 

 確かに、エルフと会ったことや喋ったことのない人がここを訪れ、壁画を見せられて「涙の夜」事件について教えられたら、彼らに対して偏見を抱くかもしれない。でも、スカイリムでさえエルフと人間が混じって生活している今は、そのようなことは起こらないと思う。

 

 テルドリンの兜と見つめ合うことで、恐怖は消え去っていた。顧問は壁画に描かれたスノーエルフの一人を指でなぞっているところだった。わたしの見間違いでなければ、彼の冷たく整った眼差しには、なんだか寂しそうな光が宿っていた。

 

「顧問。わたし、もう大丈夫です」

 

 控えめに声をかけると、顧問はこちらに身を翻した。彼は不快そうに顔を歪めていた。

 

「君を待っていたわけではない。しかし声をかけてくれたことには感謝する。あの小うるさいブレトンが起きてくる前に終わらせねばな」

 

 顧問は広場から延びる石畳の道の一つを指さした。

 

「まずはあの道の先に進む。報告書によれば、最も大きな落盤の起きている箇所だ」

 

 わたしは顧問に指定された道の前に立った。かざしたランタンの光の中に、分厚い石を継ぎ合わせて造られた平屋建ての建物が左右に並んで浮かび上がった。建物の入口はどれもぽっかりと開いていた。

 

 わたしはテルドリンがすぐ後ろについてきているのを確かめてから、一番近くの建物の中へランタンと頭を突き出してみた。どこかから水が沁みているらしく、埃の匂いに混じって優しい苔の匂いがした。

 

 正面に暖炉のようなものがあり、四人掛け程度の大きさの石のテーブルと長椅子が暖炉の前に、石でできた背の高い棚が壁際に置かれ、向かって左にいくらか広い空間が開けていた。

 

 その空間の壁には、先ほどの壁画よりもかなり大雑把な描き方ではあるが、波に逆らって十人乗りくらいの船を漕ぐ人々と、海面下を群れをなして泳ぐ魚のような生物の姿が生き生きと描かれていた。

 

「へえ。ああいう感じでアトモーラから渡ってきたのかな」

 

「あんなちゃちな船で、亡霊の海の荒波によく耐えたものだ。私だったらアトモーラで凍死する方を選ぶな」

 

 わたしに続いて中を覗いたテルドリンが陽気に相槌を打ったところで、ランタンの光に大きな影が差した。顧問が尊大な笑みを浮かべて立っていた。

 

「ノルドの芸術に理解を示すふりなどしなくてよい。君らは遺跡や賊から奪った財宝を売却してあぶく銭を稼いでいるのであろう? あそこにあるものが欲しいならさっさと取ってきたまえ」

 

 壁に沿って、わたしの膝丈ほどの高さのある幅広の段差が設けてあり、その段差の上に、きらびやかな装飾の武具や、器や、宝石が山と積まれていた。積みきれないものは段差の下の床にばらけていた。

 

 わたしは顔を赤くした。それらは目に入っていたが、さすがに墓所の捧げ物を売り飛ばす気はなかった。まして、ここにあるものは全て大学の研究対象なのだ。

 

「いえ、結構です。先へ進みましょう」

 

 わたしは顧問の横を素早くすり抜けた。

 

 テルドリンがわたしの後を追いながら言った。

 

「他人を低く見積もるのはやめた方がいい。そんなことではいずれ足元を掬われる」

 

「きッ、貴様、それはどういう意味だ」

 

 顧問の裏返った声は建物の壁に反射して虚しく響いた。

 

 わたしはその先のいくつかの戸口でも、ランタンをかざして少し中を覗いてみた。どの建物の中にも面白そうな壁画があったが、顧問に不名誉な思い違いをされないよう深入りするのは避けた。

 

 不思議だったのは、やはりどの建物の中にも、墓所らしく捧げ物がたっぷり置いてあるのに、棺が全く見当たらないことだった。ドラウグルになって飛び出してこないのはとても助かるが……どこかにまとめて埋葬されているのだろうか?

 

 十数軒の建物を通り過ぎ、左右の分かれ道に出た。顧問の指示で左の道を取った。またしばらく進んだら石柱に突き当たった。足場を辿って、今度は上へ昇っていった。石柱の上部からは細い通路が、更に別の空間へと続いていた。その空間の入口を入って少し歩いたところで、瓦礫を含んだ大量の土砂が行く手を阻んだ。

 

「ここだ」

 

 顧問が呟いた。彼はわたしたちに片手でうるさそうに振り払う動作をした。

 

「邪魔だ。下がっていたまえ」

 

 わたしはテルドリンを右後ろに従えて、顧問の背後にやや離れて陣取った。

 

 顧問が両手を開き、体の前で掌を向かい合わせた。火花が飛び、わたしの頭の三倍ほども大きさのある火球がめらめらと顧問の前に浮かび上がった。それは次の瞬間、道を塞ぐ土砂に火の粉を振りまいて突進していった。

 

 派手な爆発音が響き、足元が揺れ、すさまじい量の砂塵がこちらへ押し寄せた。思わず目を細め、鼻と口を服の裾で覆った。瞼の隙間から、顧問も同じことをしているのが見えた。

 

 しばらく経った頃に砂塵は収まった。土砂はいくらかは崩れていたが、向こう側にあるはずの空間は、まだ髪の毛一本ほども姿を現していなかった。

 

「さすがに一度では貫通しないか」

 

 顧問はひとりごち、体の前で両手を向かい合わせ、大きな火球を再び作り出した。また躊躇なく土砂に当てる。爆発、揺れ、砂塵。顧問は今度は砂塵に怯むことはなく、再び火球を作る。それを繰り出す。再び爆発、揺れ、砂塵……。何度も繰り返しているうちに、気のせいか、足元の揺れが大きくなっているような気がした。

 

 そして、その瞬間は唐突に訪れた。

 

 派手な爆発音の合間に、ビキビキビキと不吉な音が鼓膜に届いた。

 

 わたしの右腕を誰かが掴んだ。テルドリンが顧問に背を向け、右手でわたしの右腕を捕まえて元来た方へ走り出そうとしていた。

 

 わたしが彼につられて足を踏み出す前に、全身がふわりと軽くなった。まるで、旅芸人をやっていた頃の空中ブランコの芸で、ブランコから手を離して飛んだ瞬間みたいだった。

 

 華やかな浮遊感は、すぐに絶望的な落下感に変わる。

 

 信じられなかった。あんなに頑丈そうに見えた石の床が、出来の悪いパイ生地みたいに、ぼろぼろと崩れ落ちていた。

 

 落ちていく先には、淡い蝋燭の光に照らされた円形の空間が見えた。わたしは右手を伸ばし、テルドリンの右腕の付け根をありったけの力で捕まえた。

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