My Companion, My Dearest 作:春日むにん
1. 躊躇と拒絶
テルドリン・セロとわたしが雪山を下り、ウィンターホールドの町の門前に立った時には、分厚い雲に覆われた空が暗くなりかけ、肌寒さが一層身に凍みる時間が始まっていた。
門番の衛兵が、勤務前にエールでも一杯引っかけたのか、酒の匂いをさせながら陽気に話しかけてきた。
「おう、あんたらか。またどこか行ってきたんだろ。面白いものは見つかったかい?」
テルドリンは、人の体ほどの大きさの、布でくるんだ荷物を肩に担いでいるというのに、全く乱れていない声で答えた。
「大したものはなかったよ。セプティム金貨の詰まった箱でも置いてあれば良かったんだがな」
実際は、雪山の向こうにあるサールザルの遺跡でセプティム金貨どころではない大発見をしてきたところだが、テルドリンはそれをあっさりと伏せた。サールザルの発掘調査について知っているのが大学の教授陣と首長周辺の人々だけであると考えてのことだろう。
衛兵は、しかし、首を傾げた。
「そうなのか? でも、そのデカい荷物は? お宝じゃないのかい?」
わたしは内心ぎくっとした。中身を見られたら騒ぎになるのは間違いない。
「ああ、これは――」
「君らにとっては宝とは言えぬだろうな」
テルドリンの声に被さるようにして、嫌味っぽい、高圧的な男の声が背後から響いた。少し遅れてやって来た、ウィンターホールド大学顧問のアンカノだった。彼は、テルドリンの運んでいる荷物の中身と同じもの――ドラウグルを一体、連れていた。こちらの方は顧問が死霊術で操っているので、自立し、しゅうしゅうと息継ぎをしている。
衛兵が、うわっと悲鳴を上げ、剣を抜いた。当然の反応だ。普通の人にとって、ドラウグルはスカイリムに並み居る恐ろしいクリーチャーの一種でしかない。わたしは慌てて言った。
「大丈夫です。ちょっとした魔法で動いてるだけで、襲ってきたりはしません」
「死霊術だ。矮小な言い口で貶めるのはやめたまえ」
顧問が鋭く言い放った。誤魔化そうとしたのに、操っている当の本人がこれではどうしようもない。案の定、衛兵は剣を顧問に向けた。
「死霊術!? なんておぞましいものを! ここは通さないぞ。動く死体と死霊術師なんかにオレの町を歩かれちゃたまらない!」
顧問はドラウグルを引き連れて、ずいとわたしの隣に立った。
「死霊術師を通してはならぬという法律などなかったはずだが? こちらとて、辛気臭い寒村など歩きたくはない。道中にあるゆえ通らざるを得ないだけだ」
「かっ、寒村だと? ウィンターホールド地域の首都だぞ、この痩せぎすエルフめ!」
「口の利き方を分かっていないようだな。私を誰だと思っている。サルモールにしてウィンターホールド大学顧問のアンカノだ」
「サルモール……?」
衛兵は、兜を被った頭を何度か上下させて顧問の姿を観察した。それから、剣の切っ先を顧問の胸の高さまで上げた。
「ハッタリをかますのも大概にしろよ。ウィンターホールドにサルモールが来たなんて聞いたことがない。お偉いハイエルフの皆さんがたは、タロスを信奉する反逆者の土地、しかもこんな『寒村』に興味なんか持たないだろう」
顧問は片頬を神経質そうに痙攣させた。彼の唇からは、今にも理屈っぽい文句が矢継ぎ早に飛び出してきそうだった。だが、彼は一息、怒りで震える息を吐き出した後で、連れているドラウグルに片手を向け、軽く引っ張るような動作をした。ドラウグルが降り積もった雪の上にどさりと倒れた。
「要は、私と此奴が村の中を歩きさえしなければ気が済むのだな?」
顧問は、震えの残る声で言い、わたしとテルドリンを見下ろした。
「私は先に行く。このドラウグルを担いで私の部屋まで来たまえ」
言い終わるなり、彼は両手を胸の前に掲げた。真正面にいた衛兵が身構えたのも束の間、彼は薄紫色の光の粒と共に消え去っていた。どうやら今のが、予め自分で決めておいた地点に瞬間移動できるという、リコールの魔法だったらしい。きっと大学寮の中にでも戻ったのだろう。
「どうするんだ?」
テルドリンが溜息混じりに尋ねてきた。もう答えは分かっているとでも言いたげな調子だった。わたしは答えた。
「連れていくよ。こんなところに置いておいたら町の人たちに迷惑だし。わたしが担ぐから、ちょっと手伝ってくれない?」
さすがに、道端に打ち捨てられるのはかわいそうだから、とまでは言えなかった。魔法に縁のない人々の間では、死霊術は忌むべきものという認識が根強い。わたしだって、サールザルを一緒に冒険したこのドラウグルでなければいい気持ちはしない。大学でも、一般人の前で死霊術を使うなと教わっている。顧問はあくまで顧問だから、大学の決まりに従うつもりはないのだろうけれど。
テルドリンは空いている方の手を二つのレンズの間に当て、力なくかぶりを振った。
「いいや、その必要はない。少しどいていろ」
テルドリンは億劫そうな掛け声と共に、顧問のドラウグルをもう一方の肩に担いだ。服の下の筋肉がぐっと盛り上がったのが分かった。すごい力だ。ウインドヘルムやソリチュードの船着き場の人夫に混じっても余裕で働けるだろう。
わたしは門番の衛兵に顔を向けた。彼の剣は既に鞘に収まっていたが、先ほどまでの親しげな空気は消えていた。すっかり酔いが醒めてしまったようだった。彼は木の門を開け、気遣わしげに、若干の警戒心も窺わせる声色で言った。
「あんたら、ああいう輩とは関わらないのが身のためだよ。朱に交われば赤くなるって言うだろ」
わたしが、はあ、と曖昧な返事をする横で、二体のドラウグルを担いだテルドリンが、うんざりした様子で言った。
「そうだな。もうこれっきりになることを願いたいものだ」
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乾ききっているとはいえ死体を二体も担ぐと、さしものテルドリンでも歩く速さは落ちた。町と大学を繋ぐ長い橋を渡りきり、達成の間の前に着いた頃には、雲に覆われた月も星もない夜を迎えていた。
達成の間の扉を開けながら、そういえば顧問の部屋はどこにあっただろうと考えたものの、わざわざ探す必要はなかった。顧問が自室の横の壁に背中を預け、本を読んでいたからだ。
顧問はわたしたちに目を留めて、優雅な動作で本を閉じた。
「ようやく来たか。入りたまえ」
そう言うなり自室に引っ込んだ。わたしはテルドリンの先を歩き、顧問の部屋の扉を開けた。
彼の部屋に入るのは初めてだった。大学の顧問の部屋だからどんなにか豪奢な内装が施されているかと思ったが、そこにあったのは、想像とは真逆の、ひどく殺風景な部屋だった。広々とした空間の一方の隅に藁の束と樽が置かれ、もう一方の隅に衣装ダンス一つと木箱がいくつか、それに机がある。木箱と机の上には、本が沢山、几帳面に積まれている。中央には寝心地の良さそうな上質なベッド。それだけだ。装飾も何もあったものではなかった。
わたしは扉の端を手で押さえてテルドリンが中に入ってくるのを待った。当然のことながら、部屋の主である顧問は、訪問客をもてなすつもりは全くなく、藁の束の横に陣取っていた。
「で? こいつらはどこに置けばいい?」
テルドリンが単刀直入に尋ねた。顧問は藁の束の上を示した。
「親玉はここだ。手下の方は適当にそこらへ置け」
テルドリンは待っていたとばかりに顧問のドラウグルを扉の脇に下ろした。続いて顧問の前を通り過ぎ、藁束の上に布にくるんだままのもう一体のドラウグルをどさりと乱暴に寝かせた。
顧問は苛立った様子で眉を吊り上げた。
「其奴について調べたいことがあると言ったであろう。もっと丁寧に扱え」
テルドリンが言い返した。
「忌まわしい死体をずっと背負ってきた身にもなってほしいものだ。調べたいと言っても、どうせろくなことではあるまい。あの衛兵の反応は至極真っ当だよ」
「無論、貴様らのような偏見と迷信に支配された者にはそう見えるであろう。理解されることなど期待していない。――ああ、待て。布を取り払い、鎧も外せ。私には外し方が分からぬ」
テルドリンは背を向けたところで顧問に呼び止められ、不満そうにぶつぶつ呟きながら藁束の上のドラウグルに向き直った。
わたしはテルドリンに手伝おうかと声を掛けたが、断られた。そんなわけで手持ち無沙汰になって、なんとはなしに机の上の本の背に書いてある題名を追っていった。『死霊の生成と消失』、『ドラウグルに囲まれて』、『ノルドの葬儀』、『霊魂の行方』、『死霊術とエルフ』……どれも死霊術や死者に関連する本のようだ。
「他人の部屋を許可も得ず不躾に観察するのは楽しいか?」
顧問の不機嫌そうな声が飛んできた。わたしは弁解した。
「すみません、暇だったので。本を読むの、好きなんですか?」
「研究に必要だから読んでいるだけだ。この大学は蔵書だけは豊富にあるゆえ、それなりに捗る」
わたしは意外な気持ちになった。顧問の仕事は、アーチメイジへの助言とか、大学運営に対する提言とか、もっと実務的なものだと思っていた。
「顧問も研究してるんですか? 先生たちと同じように?」
顧問は、テルドリンが赤茶色の手袋をはめた指先でドラウグルの鎧の留め金を器用に外していくのを眺めながら、答えた。
「今は、彼らと違って個人的な趣味に過ぎないがね。私がこの任務に抜擢されたのは、過去の経歴を買われたためだ。ウィンターホールド大学の教授陣と対等に話をするには相応の実力が必要だということでな。尤も、あの程度のレベルなら、私でなくとも十二分に事足りたであろうが」
あの程度のレベルと言われても、わたしから見ればどの先生もすごいとしか思えない。返しに困って、わたしは話題を変えた。
「サルモールにも色んな人がいるんですね」
街道で行き会ったサルモールの司法官は一皮剥ければごろつきと変わりなかった。かと思えば、ソリチュードで見かけた大使一行は選り抜きのエリートという雰囲気だった。顧問は、話しぶりから推測すると、ずっと魔法の研究でもしていたのだろうか。
「当然だ。幼少期から一兵卒として訓練を受ける者もいれば、長じてから能力を見込まれ引き抜かれる者もいる。私は――」
顧問はそこまで言って、眉間に皺を寄せ、わたしを睨んだ。
「君にこんな話を聞かせてやる必要はない。無遠慮にずけずけと尋ねてくるゆえ喋りすぎてしまった。まさか、サヴォス殿から密命でも受けているのか?」
密命とはなんのことだろう。アーチメイジであるサヴォス・アレン先生には、すれ違うときに挨拶するくらいで、何も頼まれてはいない。遺跡に残っているトルフディル先生の指示で、この後、サールザルでの顛末を報告することになっているから、それがサヴォス先生とまともに言葉を交わす初めての機会になる。
わたしは首を横に振った。
「いえ、ただ、顧問がどういう人なのか気になっただけです」
顧問は、眉間の皺はそのままで、金色の目をみはり、唇を呆けたように開けた。気に障る言い方だっただろうか。わたしがこわごわ彼の出方を待っていると、顧問は、不安定な抑揚のある声で、やや早口に言った。
「個人的に、ということか? それが分かって何になる。私と君では立場が違う。大学顧問たる私が君らの経歴や素行を把握することには一定の意義があるが、君が私について理解しても得られるものはなかろう」
どうも話が噛み合わない。わたしはそんな難しいことは考えていない。
藁束に向かっていたテルドリンが、両手をパンパンと大げさに叩き合わせ、長めに息をついて、振り返った。彼は隣に立っている人物になんらかの含みのある視線を投げてから、わたしの方へ戻ってきた。藁束の上に横たわっているドラウグルは、水分が抜けてよれよれになった全身を部屋の空気に晒していた。
テルドリンはわたしと顧問の間に立ち塞がった。彼に遮られて、顧問の姿はほとんど見えなくなった。
「お望み通り放っておけばいい。サルモールなど、親身に接したところでつけ込まれるだけだ」
いくらなんでも、そこまで言わなくてもいいのに。そう返しかけたわたしの肩を、彼はやんわり掴んだかと思うと、扉の方へわたしの体を押し出した。
「さっさと出よう。これ以上こいつらと一緒にいるのは我慢ならん」
わたしは、なぜかいつにもまして強引なテルドリンに背中を押されながら、顧問を振り返った。彼は苦々しそうに唇を曲げていたが、わたしと目が合うなり、威圧するように顎を上向けた。
「サヴォス殿らに報告に行くのであろう? 私も同行する。あの球体に関して諸々の提案をせねばならぬ。君らも、私がいた方が都合が良かろう――あの遺跡で為したことの全ての責任は私にあると、弁明ができるからな」
-『躊躇と拒絶』了-