My Companion, My Dearest   作:春日むにん

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4-4-Interlude: 恋人たちの日
1. オンマンドの場合


 フェルグロウ砦からウィンターホールド大学の図書館の蔵書を取り戻してきたオンマンドとわたしは、ウラッグ先生に少し気に入られたようだった。初めに先生からの呼び出しを受けたときは戦々恐々とした。今度はいったい何をやらかして、拳骨を何発食らうことになるのだろうと思った。だが、実際には、先生はちょっとした給金付きの蔵書整理の仕事をわたしたちに任せるつもりだったのだ。わたしたちは小躍りした。ゴールドが余分にあって困ることは何一つない。

 

「ん。これ、考古学のLの棚に頼むよ」

 

 オンマンドから受け取った本の山を、わたしは指定された棚まで持っていって、作者名順の並びの中に差し入れていく。このくらいの作業だったらわたしにも難なくできる。オンマンドが担当している、本の題名を目録と照らし合わせる作業は、専門用語を含んだ文章を読むのに慣れていないわたしにはまだ無理だ。

 

 フェルグロウ砦の一件を経て、オンマンドのわたしに対する態度は軟化していた。まだ言葉の端々にぎこちなさは残っている。一度芽生えた怒りや不信感はそう簡単には消えないのだろう。けれども、元の朗らかで親しみやすい彼に戻りつつあるのが、本当に嬉しい。何せ、彼はこの大学で初めてできた友達なのだ。

 

「ええっと、これは……へえ、学生の名簿なんてあるのか」

 

 オンマンドは面白そうな声を上げて、大判の本を机の上に広げた。わたしが隣に立つと、少し横にずれて、わたしが覗き込みやすいようにしてくれた。

 

「わたしたちの名前も書いてあるかな?」

 

「たぶんね。最後のページだと思うよ」

 

 オンマンドは、黄ばんではいるが、厚みがあってちょっとやそっとでは破れそうにないその本のページをめくっていった。100、101、102と、ページの一番上に書いてある数字が大きくなっていき、202が最後で、後は空白だった。202の下にずらりと名前が連なっている。オンマンドが、あ、と声を上げて人差し指で指し示した。中ほどにオンマンドの名前が、一番後ろにわたしの名前が書いてあった。

 

 わたしたちはしばらく無言でそのページを見つめていた。この大学の歴史に、確かにわたしたちの名が刻まれているという事実が、図書館のインク臭い空気とともに胸に沁みわたっていった。

 

 オンマンドが拳でぽんともう一方の掌を打った。

 

「待てよ。てことは、トルフディル先生やサヴォス先生の名前も書いてあるんじゃない?」

 

 言われてみれば、そういうことになる。ウィランドリアやウーンファース、それにカリクスト・コリウムの名前もどこかに書いてあるのだろう。彼らとも同窓生なのだと思うと、不思議な気分だ。

 

 わたしたちはわくわくしながら、名簿のページを逆向きに辿り始めた。作業をすっかり放置しているが、幸いウラッグ先生は今、カウンターですやすやと船を漕いでいる。もし見つかっても、このくらいだったら休憩時間として許してもらえると思う。最悪でも拳骨一発で済む。

 

 と、そこへ。

 

「こんちはー!」

 

 ここが図書館であり、厳格なオークの司書が取り仕切っていることを全く理解していないであろう男の声が、出入口の扉の開く音とともに図書館中に響いた。オンマンドとわたしは飛び上がり、咄嗟に名簿をばたんと閉じた。ウラッグ先生がしかめ面で目を覚まし、訪問者を睨めつけた。

 

 出入口の前に身軽そうな服装の男が立っていた。革の頭巾を被り、右胸に馬の顔を表した紋章を付け、大きなナップザックを背負っていた。配達人だ。紋章を見るにホワイトラン領からやって来たのだろう。片手に、丸められた紙と、膨らんだ布袋を紐でぶら下げて持っていた。

 

「ここにオンマンドさんがいるって聞いたんですが」

 

 配達人が大声で言った。ウラッグ先生の不機嫌そうな目が、配達人からオンマンドに移った。オンマンドはひくりと喉仏を上げ、目をまん丸くして配達人に早歩きで歩み寄った。

 

「ぼくがオンマンドだけど、何か――」

 

「あー! あんたがオンマンドさんかい! はっはっは、いやー、いいねえ若いって! はっはっはっは!!」

 

 配達人は、怪訝そうな顔をしているオンマンドの背中をばんばん叩いた。オンマンドと話すだけならそこまで大きな声を出す必要はないのに、出入口の向かい側にいるウラッグ先生までばっちり聞こえ、先生を苛立たせている。酔っ払っているのだろうか。

 

 配達人は布袋をオンマンドに渡し、紙の方を広げた。

 

「オンマンドさん、さるお方からあんたに手紙とプレゼントだ。ええっと、なになに……『オンマンド。元気にしてる? 風邪は引いてない? 友達はできた? あんたったら、全然手紙をよこさないのね。もしかして、好きな子でもできたの? べ、別にそんなことはどうでもいいけど、あたしだって一応――』」

 

「わああー!! やめて!! やめてくれ!」

 

 甲高い声色を作って読み上げ始めた配達人を、オンマンドは遮って手紙を奪い取り、布袋と一緒に抱えて後ずさった。配達人は爽やかな笑顔を浮かべた。

 

「う~ん、いい反応だ。俺の若い頃を思い出すねえ。プレゼント、大切に食べなよ。それから、お嬢さんにはちゃんとお返しをしてやりな。イスミールに懸けて、俺たち配達人がばっちり届けるから」

 

「分かったよ! 分かったから、もうどっか行ってよ!」

 

「ああ、もちろん。名残惜しいが、まだたっくさん仕事があるんだ、あんたみたいな若者たちのためにね」

 

 オンマンドは空いている方の手で、相変わらず上機嫌な配達人の背中を押し、図書館の外へ追いやった。扉が閉まり、図書館内は静寂で満たされた。

 

 オンマンドはそろそろと振り返った。ウラッグ先生がカウンターに両手をつき、オンマンドをまっすぐ睨み据えている。オンマンドはどもり気味に弁解した。

 

「せっ、先生。ぼくのせいじゃありません、そうでしょう? 配達人が直接渡しに来るなんて聞いてない。門番は何をしてたんでしょうか」

 

 ウラッグ先生の牙の生えた口が開いた。ひっと小さく悲鳴を上げて首をすくめたオンマンドに、先生は思いの外、抑えた声で言った。

 

「どんな事情があろうと、飲食物の持ち込みは禁止だ。出ていけ」

 

 オンマンドは素朴な藍色の目を瞬かせた。

 

「じゃあ、蔵書整理の仕事は?」

 

「今日は仕舞いにする。浮かれ半分で作業をされてはかなわん」

 

 わたしは少しがっかりした。途中までとは言え仕事はこなしたのだ。次に頼まれるときは、今日の分も色を付けてもらえるといいのだが。

 

 オンマンドの方は、そうですか、と言うなり手元の羊皮紙と布袋に目を落とし、そこまでは頭が回っていないみたいだった。彼はぼんやりした声でウラッグ先生に挨拶をして図書館を出ていった。

 

 わたしは彼を追いかけた。あの配達人のせいで、わたしも彼の受け取ったプレゼントが気になっていた。

 

 

====================

 

 

「チョコレート?」

 

「うん、そう。知らないの? 『恋人たちの日』に友達と贈り合ったりしなかった?」

 

 オンマンドに聞かれて、わたしは首を横に振った。以前は旅芸人だったから、普通の町や村に住んでいる人たちの暮らしぶりには詳しくない。だから、こういう話を聞くと新鮮で面白いと思う。

 

 オンマンドの部屋で彼が見せてくれた布袋の中身は、真ん中に動物をかたどったクッキー生地をそれぞれ嵌め込んだ、チョコレートの山だった。クッキー部分はかなり不格好で、中にはなんの動物を表しているかよく分からないものもあった。それでも頑張って丁寧に作っているのが伝わってきて、心がほっこりと温かくなった。

 

 「恋人たちの日」と呼ばれる祝日は数日後に迫っていた。このチョコレートを作った誰かは、その日には間違いなく届くよう、配達人に託したのだろう。

 

「恋人たちの日は友達とチョコレートを贈り合う日なの? なんだかちぐはぐなネーミングだね。それに、あの手紙は友達って雰囲気じゃなかったように思うけど」

 

 若干のからかいの意図も込めて聞いてみた。オンマンドは非常に分かりやすく鼻の頭を赤らめた。

 

「ううん。本当は言葉通りの日だよ。恋人同士で過ごしたり、好きな人にチョコレートとかのお菓子やアクセサリーなんかを贈って告白したりするんだ。でも、ぼくたちくらいの世代にとっては、そういう相手がいなければ、代わりにきょうだいや友達や、とにかく親しい人にお菓子を贈る日になってる。あいつ、幼馴染へのお情けだとか言って毎年渡してくるんだ」

 

 以前わたしが偶然知ってしまった、オンマンドが何かと張り合っている幼馴染みか。実に微笑ましい気分になったわたしの前で、オンマンドは困ったように頬を掻いた。

 

「でも、今年も貰っちゃった以上、ぼくも作らないわけにはいかないな。お返ししないとすごい剣幕で怒るからなあ……」

 

「このあたりで材料なんて手に入るの?」

 

「たぶん大丈夫。この時期はどこの店もたっぷり仕入れるんだ。あればあるだけ売れるからね。ビルナさんのとこなんかも、大学の学生目当てに用意してるはずだよ」

 

 そうは言っても、スカイリムは内戦の真っ最中で、しかもわたしたちがいるのはこんな極北の地だ。嗜好品を大量に仕入れることなどできるのだろうか。でも、確かに配達人は平気な顔をしてスカイリム中を飛び回っているし……などと考え込んでいたら、オンマンドでもわたしでもない、三人目の声が割り込んできた。

 

「ハッ。なるほど。何年か前、レイヴン・ロックの若者の間でそいつが流行っていたが、そういうことだったのか。東帝都社の商魂の逞しさには恐れ入る」

 

 皮肉っぽい口調のかすれた声。それは、奇妙な生物の殻でできた兜と赤いマスクとで顔を覆い隠し、兜と同じ素材でできている鎧を身につけた男が発したものだった。わたしの従者のテルドリン・セロだ。彼は、達成の間に帰ってきたわたしたちと合流し、一緒にオンマンドの部屋を訪ねていた。

 

 わたしは尋ねた。

 

「レイヴン・ロックでも?」

 

「ああ。私もいくつか貰ったよ。苦くてとても食べられたものじゃなかったがな。嫌がらせをされているんじゃないかとさえ思った」

 

 苦笑を含んだ声でばっさりと切って捨てたテルドリンを、オンマンドはにこやかに振り返った。

 

「あはは、テルドリンはそのまま食べさせられたみたいだね。蜂蜜を入れたり、クッキーと組み合わせたり、他にも色んな食べ方があるのさ。ちゃんと作ればおいしいよ」

 

「どうだか。ノルドの舌は信用しかねる」

 

「ハイロックやシロディールでも大流行してるって」

 

「ブレトンまで持て囃しているのか。連中、珍しもの好きだからな」

 

 オンマンドとわたしの間の緊張が解けたことに伴い、オンマンドとテルドリンの仲も元に戻りつつあった。わたしはほっとしていた。年齢も人種も違えど、彼らは気の合う友達同士だ。わたしのせいでテルドリンがオンマンドに冷たく突き放されているのを見るのは心臓に悪かった。

 

 オンマンドは布袋に片手を突っ込み、フクロウらしき動物をかたどったクッキー付きのチョコレートを取り出して、自分の口の中にそっと放り入れた。

 

「うん、おいしい。きみたちも一つ食べてみなよ」

 

 オンマンドはもぐもぐしながら、わたしたちに布袋を差し出した。

 

「いいの?」

 

「うん。一つだけね」

 

 テルドリンとわたしは、布袋の中からチョコレートを一つずつ取り上げた。テルドリンのチョコレートには、狼らしい四つ足で口の長い動物のクッキーが嵌まっていた。わたしのチョコレートのは、なんだろう? 鳥でも蝙蝠でもない、二つの翼を左右に広げた生物だ。

 

 オンマンドがわたしのチョコレートを覗き込んだ。

 

「あ、珍しいの取られちゃった。それはドラゴンだね。帝国の紋章を真似て作ってるんだって」

 

 ドラゴンと聞いて、胸がざわついた。今スカイリムに降りかかっている災厄の一つだ。わたしの生活も、あの日ヘルゲンに現れたというドラゴンのせいで一変した。だが、伝説上の彼らは、人間がエルフや敵対するドラゴンに対峙するために、強大な知恵と力をもたらしてくれた存在でもある。だからこそ、帝国の紋章にまで姿が刻まれているのだ。

 

 わたしは小難しい物思いを振り払い、チョコレートを口の中に入れた。一瞬、鼻の奥がぎゅっと締まるような苦みが来た後で、蜂蜜の甘みが湧いた。ひと噛みするとクッキーが砕け、小麦粉の香りで鼻腔が満たされ、頭の奥の方まで幸せな気分がふんわり広がった。

 

「おいしい。ね、テルドリン」

 

 わたしはテルドリンに笑いかけた。彼はマスクを引き下げ、刺青の入った灰色の肌を露わにしてチョコレートを味わっていた。

 

「まあ、そうだな。昔食わされたものに比べれば、かなりまともな味だ。私はもっと甘い方が好みだが」

 

 素直に褒めないのがいかにも彼らしい。

 

 オンマンドはわたしとテルドリンに代わる代わる顔を向けて、どことなく遠慮がちに聞いた。

 

「ぼく、これから材料を買いにいくけど、きみたちはどうする?」

 

 わたしは色めき立った。蔵書整理の仕事もなくなって暇になったところだった。スカイリムやシロディールの若者の間で大流行だというこの行事に、せっかくだから一度は参加してみたいと思った。

 

「わたしも一緒に作りたい。お菓子を大学の人たちに配って、配達人に頼んでスカイリムとソルスセイムの友達にも贈りたいな」

 

 オンマンドが嬉しそうに頷いた。

 

「いいね! そうしよう。テルドリンは?」

 

 テルドリンは肩をすくめた。

 

「無論、私はこいつを護衛するために行かざるを得ない。だが、それを抜きにしても、たまには新しい料理に手を出してみるのも面白そうだ」

 

 テルドリンは、わたしの護衛もなく手持ち無沙汰なときは、自由気ままな時間を送っている。以前から野営地などで簡単な料理を作っていたが、ここではもっと時間の掛かる料理にも挑戦しているようだ。

 

 話が決まれば、善は急げだ。わたしたちは連れ立ってウィンターホールドの町に繰り出した。

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