My Companion, My Dearest   作:春日むにん

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2. ジェイ・ザルゴの場合

 チョコレートの材料はビルナさんの店でも他の店でも山積みになっていたので、買うのに苦労しなかった。しかし、少し遅れて買いに出た学生たちは、倉庫係のエンシルに買い占められ、法外な値段で売りつけられたそうだ。見かねたミラベル先生がエンシルをこってり絞り、適正な価格で学生たちに販売させ、町にもいくらか戻した。被害者の一人であるニルヤ曰く、毎年こんな感じだという。

 

 オンマンドとテルドリンとわたしは、日持ちの良いチョコレートタルトを作った。器の形にしたタルト生地の中に、蜂蜜と山羊の乳で味をまろやかにしたチョコレートを注ぎ、テルドリンが持っていた、モロウィンドのつんとした風味の香辛料を振りかけた。甘いものに香辛料なんて、と普通は思うだろうが、結構おいしい。ただし、このおいしさに辿り着くまでに散々試行錯誤した。まるで新しい魔法の実験みたいだ、とオンマンドは笑っていた。

 

 わたしたちはあの陽気な配達人を呼んで、オンマンドの幼馴染みと村の人たちと、わたしのスカイリムとソルスセイムの友人たちに届くよう手配した。少しでも喜んでもらえたら嬉しいと思う。

 

 やがて、恋人たちの日がやって来た。朝からみんななんだかそわそわしていた。恐らく、言葉通りに恋人と過ごす人や、意中の相手に告白したい人、それにオンマンドの幼馴染のように、この機会にかこつけて誰かに好意を仄めかしたい人が少なからずいるからだろう。

 

 わたしは既に何人かの先生や学生から、テルドリンとわたし宛の菓子を貰い受け、お返しに三人で作ったチョコレートタルトを渡していた。チョコレートを中心に色々な種類の菓子が目の前に並んでいくのは楽しかった。特に、ブレリナ・マリオンから貰った、ソルトライスという植物から作った菓子は、モロウィンドから取り寄せたのだろう、包装にテルヴァンニ家の紋章が刻まれていて、わたしが一ヶ月で稼ぐゴールドの額を遥かに超える価値がありそうだった。それを大学の全員に配っているというのだから、彼女が相当裕福な家の出身であることが窺える。

 

 チョコレートを携えた訪問者が一段落した後、わたしは配る側に回ることにした。テルドリンに部屋を任せ、後ろ手に菓子を入れた袋を持って、まずはジェイ・ザルゴの部屋の扉を叩いた。

 

「ジェイ・ザルゴ。いる?」

 

 一拍置いて、ふが、と水牛が鼻を鳴らすような音が聞こえた。わたしは不審に思って扉を開けた。ジェイ・ザルゴがベッドに突っ伏していた。部屋の隅にある机の上に目をやって、わたしは驚いた。剥き出しの菓子や、菓子の入った袋が山盛りになっていた。朝から今までで、既にこの量? わたしたちはこんなにたくさん貰っていない。

 

 考えてみれば、ジェイ・ザルゴは意地っ張りで自信家だが、その分裏表がなく、妙に抜けているところもあって憎めない。そして見た目や仕草や表情のひとつひとつがとてもかわいい。そんな彼が人並みの成果で終わるはずがないのだ。

 

 ところが肝心のジェイ・ザルゴはと見れば、気の向かない様子で起き上がってベッドの脇に座り、尻尾をだらんと垂らしていた。ふわふわの毛に覆われた目の周りがうっすら光っていた。もしかして、泣いていたのか? その姿にわたしは胸を衝かれ、彼に駆け寄った。

 

「どうしたの、ジェイ・ザルゴ。どこか具合でも悪いの?」

 

 ジェイ・ザルゴはわたしを見上げ、ふらふらと立ち上がり、わたしの肩に縋りついた。

 

「ひどいんだ。みんなジェイ・ザルゴのことをなんにも分かってない!」

 

 そのままわたしの肩に顔を埋め、ぐすぐすと鼻を啜りだした。またローブが汚れてしまう。まあ、すぐに乾くし、ジェイ・ザルゴの体がふわふわしていて気持ちいいのでどうということはないのだが。

 

「分かってないって? あんなにいっぱいお菓子を貰ってるじゃない。羨ましいよ」

 

 ジェイ・ザルゴはがばと顔を上げて、まるで親の仇でも見るような目つきで、机の上の菓子の山を指さした。

 

「よく見てみろ。チョコレートばかりだ!」

 

 わたしははっと気付いた。カジートがチョコレートを食べられないというのは、彼らの身近で暮らしたことのない人にとっては馴染みのない知識だろう。わたしは旅芸人時代にカジートの妹分がいたので、当たり前のこととばかり思っていた。作っている人たちに言っておけばよかった。

 

「カジートにとってチョコレートは猛毒と同じだ。でも、皆嬉しそうに持ってくるものだから、無下に断れなかった。オマエは? オマエもまさか、ジェイ・ザルゴにチョコレートを贈るつもりか?」

 

 ジェイ・ザルゴは絶望に染まった表情で喉から声を絞り出し、わたしの肩に置いた両手を強張らせた。わたしは空いている方の手で、彼の腕を軽くさすってあげた。

 

「ううん。ちゃんとチョコレートじゃないの作ったよ。ジェイ・ザルゴ専用にね」

 

 ジェイ・ザルゴは、ほわあと息を漏らした。柔らかそうな口元が綻んだ。彼は、わたしが持ってきた袋の口を開けるのを見守っていた。中から鮮やかなキツネ色をしたクッキーが顔を出すと、彼の目がきらきら輝いた。

 

「これは?」

 

「エイダール・チーズで香りを付けたクッキー。オンマンドとテルドリンと三人で作ったの」

 

「うわーん、ありがとう!! オマエはジェイ・ザルゴの一番の親友だ!」

 

 わたしはジェイ・ザルゴに抱きすくめられた。クッキーがわたしたちの体に挟まれて何枚か割れた感触があった。だが、やはりジェイ・ザルゴの体は絶妙に柔らかくて心地が良い。ちょっと気を抜くと、その妙なる感触に魂を奪われてしまいそうだ。

 

「……おい」

 

 低い、不機嫌そうな声がした。ジェイ・ザルゴの声ではなかった。わたしたちは部屋の扉の方を振り返った。テルドリンが腕組みをして立っていた。

 

「ああ、テルドリン、来てたの」

 

 わたしは、二人だけの癒しの時間を中断され、内心恨めしく思いながら声を掛けた。

 

「来てたの、じゃない。その猫の大声が聞こえたから飛んできたんだ。なんだ、その格好は」

 

 彼は苛ついた口調で答えて顎をこちらへしゃくった。わたしは自分の服装を見下ろした。ジェイ・ザルゴに縋りつかれ、抱きつかれていたせいで、ローブを留めていたボタンが外れ、下の服も少しはだけていた。わたしはジェイ・ザルゴをベッドに座らせて、服装を直した。

 

「ジェイ・ザルゴと友情を確かめ合ってただけだよ」

 

「友情を確かめ合うためにお前が服を脱ぐ必要があるのか?」

 

「脱いだんじゃなくて、脱げたの。というか、わたしたちが何をしてようとテルドリンには関係ないでしょう。確かこないだも同じこと言ったよね?」

 

 テルドリンは、フンと鼻を鳴らして黙り込んだ。彼は時折、おてんばな子供を心配する口うるさい父親のごとく振る舞うことがある。彼の年齢に比べると、わたしは孫や曾孫どころではない若輩者なので仕方ないかもしれないが、もう何度も伝えているようにわたしは人間としては大人で、それ以前に彼の雇い主なのだ。そういう扱い方はやめてもらいたい。

 

 ジェイ・ザルゴがちょいちょいとわたしの手の甲をつついた。

 

「なあ。クッキー食べていいか?」

 

 わたしは笑顔を作り、ジェイ・ザルゴを見下ろした。

 

「もちろんだよ。喉に詰まらせるといけないから、水持ってこようか?」

 

「ほんとか? 助かる」

 

 わたしがキッチンから水を持ってくると、ジェイ・ザルゴは口の周りに食べかすを沢山くっつけて、クッキーをもりもり頬張っていた。彼はわたしに、うまいぞ、と満面の笑みで言った。わたしはほんわかと胸が温まるのを感じた。

 

 テルドリンはジェイ・ザルゴの机の上を漁っていた。

 

「何人かはお前たちカジートの生態についてきちんと調べたようだな。これなんか随分と手が込んでいる。気合いを入れて作ったんだろう。物好きな奴だ」

 

 ジェイ・ザルゴのために菓子の山を選り分けているようだ。ジェイ・ザルゴを「猫」呼ばわりし、何かと冷たく接することが多いが、困っていればああして世話を焼く。彼の、素直ではないけれど心優しいところが、わたしはとても好きだ。

 

「さて、チョコレートの方はどうしたものか。こいつとオンマンドとブレリナあたりを呼んで宴会を開いて、代わりに食わせるか?」

 

 テルドリンの冗談半分の一言に、ジェイ・ザルゴは口元から横に伸びるヒゲをぴんと真っ直ぐにした。

 

「名案だ。テルドリンも来てくれ。いや、むしろ大学寮の者たちをありったけ呼ぼう」

 

 その夜、ジェイ・ザルゴの宣言通り、彼の部屋で宴会が催されることになり、色々と愉快な事件が起きたりもしたが、それはまた別の話だ。

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