My Companion, My Dearest 作:春日むにん
恋人たちの日の夜も更け、ジェイ・ザルゴの部屋での大宴会の後片付けを終えて、わたしは自室に戻ってきた。椅子に座り、明日の授業で使う本を開いた。中身に何が書いてあるかはろくに理解できなかった。宴会のわくわく、そわそわした空気が未だにわたしの周りに纏わりついているせいもあるが、まだ最後のお楽しみが残っているのだ。勉強に集中できるはずもない。
部屋の扉がノックされた。入っていいよと声を掛けると、テルドリンが何か湯気の立つものを持って入ってきた。
「捗るか?」
「ううん、全然」
「だろうな。あれだけ馬鹿騒ぎした後では」
テルドリンはわたしとテーブルを挟んで向かい側の席に座った。彼の方からなんだかいい香りが漂ってきた。わたしは本から顔を上げ、彼の持ってきたものに視線を注いだ。大きなマグカップの中に、おいしそうな茶色の液体がなみなみと入っていた。
テルドリンは、わたしが聞いてもいないのに、自慢げに説明した。
「ホットチョコレートというやつだ。図書館の古いレシピ本に書いてあった」
わたしは急激な焦りに襲われた。まさか彼が自分用の夜食を作ってくるとは予想していなかった。彼がそれを今から飲むなら、わたしの「あれ」はどうすればいいのだ。
わたしは懸命な努力の末、ふーん、といかにも興味のなさそうな相槌を打つことに成功した。ホットチョコレートを飲み干した後の彼の様子でこちらの出方を決めよう、そう思った。そして、彼がマスクを外し、ホットチョコレートに紫色の唇を浸す瞬間を待った。
しかし、その瞬間はいつまで待っても訪れなかった。妙ちきりんな生物の殻を被った男は、本を適当にめくるわたしを、穴の開くほどじいっと見つめていた。
「冷めちゃうよ。飲めば?」
落ち着かなくなって、わたしは彼を促した。すると、彼はそのホットチョコレートのマグカップをわたしの前に置いた。
「私が飲むわけじゃない。これはお前のために作ったんだ――お前だけのためにな。飲んでくれ。自分で言うのもなんだが、いい出来栄えだ」
彼は、耳に心地良い、柔らかで静かな声色で、そう言った。
「え、あ、……ありがとう?」
わたしは恐らく、今までの人生で一番の阿呆面を彼に晒してしまったと思う。テルドリン[[rb:も > ・]]作っていたのか。でも、「お前だけのため」ってどういう……そうだ、きっと、わたしの稚拙な企みなんて最初からお見通しだったと茶化しているのだろう。
わたしは観念して、ベッドサイドテーブルの中に隠しておいたものを取り出し、テルドリンの前に置いた。
「テルドリンには敵わないな。わたしがやってたこと、ばれちゃってたんだね。これ、わたしもテルドリンのために作ったの。いつもお世話になってるお礼。ちょっと見た目は悪いけど、おいしいよ」
テルドリンと同じように図書館のレシピ本を見て作った、チョコレートケーキだ。テルドリンは甘いのが好きらしいので、レシピに書いてあるよりも蜂蜜をたくさん入れた。その分固めるのが大変で、材料を買ってきた日から昨日まで、彼が風呂などへ行っている時を見計らって何度も作り直していた。ここぞというときに目の前に出して驚かせるつもりだったのに、全部知られていた上に先回りされてしまったなんて、すごく恥ずかしい。
テルドリンは、わたしの不格好なチョコレートケーキを、これまた穴の開くほど見つめていた。
「テルドリン? 嫌だったら無理して食べなくていいよ」
わたしは控えめに声を掛けた。無機質な二つのガラスの目が、部屋の照明を反射してから、わたしを捉えた。
「いいや。いただくよ。ありがとう」
テルドリンは、先ほどと同じ、わたしの耳から入り込み体の奥深いところまで蕩けさせるような、甘い声色で言った。そう、甘いという表現がとてもしっくり来るのだ、この声は。どうしてわたしに向かってそんな声で語りかけるのか。宴会に誰かが酒を持ってきていた。彼はそれを飲んで酔ってしまったのだろう。わたしも記憶はないが、きっとだいぶ飲んだのだ。だから今、やはり酔っている。
心臓がばくばくとうるさくて、何も考えられない。わたしはテルドリンが作ってくれたホットチョコレートに口を付けた。初めのほろ苦さを過ぎると、それはテルドリンの声に似て、とても甘くて、温かかった。
-『恋人たちの日』了-