My Companion, My Dearest   作:春日むにん

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6-1: 思い出の夜
1. ホワイトラン


 大勢の客で賑わう酒場バナード・メアの中に、ちょうど二人分の席が空いているのを見つけた。三人掛けのテーブルで中年の男が一人、ボトルからジョッキに酒を注いでいるところだった。男はわたしと目が合うと人懐っこい笑みを浮かべて、手振りでここに座れと示してきた。

 

「やあ、いい夜だ! 実にいい夜だ! あんたたち、一仕事終えてきたところだろ? 俺はサムってんだ。他人様の冒険の話を聞くのが大好きでねえ。一杯奢るから、ちょいと聞かせてくれないかね?」

 

 席に着くなり、男はわたしたちの返事も聞かず店員に新しいジョッキを用意するよう言いつけた。

 

 わたしは、わたしに付き従ってサムの向かい側に座った、キチン装備で全身を固めたダンマー――従者のテルドリン・セロをちらりと見た。テルドリンはやれやれといった様子で肩をすくめた。大がかりな依頼を終えたばかりで疲れも腹の空き具合も尋常ではないのだが、まあ一杯くらいなら大丈夫だろう。

 

 間もなくジョッキが二つ運ばれてきた。サムがボトルから酒を注いでいる間、わたしは店員に三人で食べられそうな料理をいくつか出してほしいと伝えた。

 

「さあさ、ジョッキをお持ちください、魔術師様。いよし、そんじゃ、かんぱーい!」

 

 サムに促されるがまま、わたしはジョッキの酒を一気に飲み干した。まろやかな舌触りと鼻腔に爽やかに充満するベリーのような香りがたまらない。しばらくうっとりしていたら、不意に喉から腹までのあたりを焼けつくような熱さが走り、激しく咽せた。

 

「おい。これはエールじゃないな?」

 

 テルドリンが呆れたような声色でサムに尋ねた。乾杯の合図に従わなかったようだ。彼はまだキチンの兜を脱いでさえいなかった。

 

 サムは一瞬きょとんとした。それから手を叩いて笑った。

 

「ん? ああ、こいつは悪いことをした! 若いヤツにはちょっと強すぎたか。ま、あんたも飲めよ、旨いぞ」

 

「私は酒に弱いんだ。こいつのお守りもしなきゃならないから遠慮しておく」

 

 お守りって何、お守りって! と、言いたかったが声が出ない。わたしは急激に襲ってきた目眩に耐えきれずテーブルに突っ伏した。気軽に勧めてくるから弱い酒だと思ったのに。油断した。ほぼ二日ろくに飲み食いしないで薄暗い墓地を歩き回って帰ってきたところにこれは、きつい。

 

「で、あんたらどんな冒険をしてきたんだ? 聞かせてくれよ。さしずめ、ならず者退治ってところか?」

 

 サムがテルドリンにうきうきと話しかけているのが聞こえる。

 

「それよりはずっとマシな仕事だ。ブリーク・フォール墓地のドラウグルを蹴散らしてきたのさ。依頼主があそこにちょっとした忘れ物をしてね」

 

 テルドリンが答えた。ファレンガーとドラゴンストーンについては伏せることにしたらしい。ドラゴンズリーチの重鎮の一人とお近づきになったことを素性の知れない人間においそれと話すわけにはいかないだろう。正しい判断だ。

 

「へえ、あんな不気味な場所へよく入れたな。しかし、この人はともかく、あんたはかなりの腕利きのようだ。ドラウグルなんぞ目じゃなかっただろう」

 

「まあな。こいつは戦うことに関してはからっきしだから、いつも私が前に出る。今回もそうだった」

 

「そりゃ勇ましい。絵になるだろうねえ。で、この人はあんたが化け物どもを蹴散らしている間、何をしたんだい?」

 

「暗がりを灯火の魔法で照らしたり、私に回復魔法をかけたり、色々さ。たまに男の生霊みたいなのを召喚していた。むしろそいつの方が攻撃魔法に長けているんだ」

 

 何やら悪口を言われている気がする。まるでテルドリンが雇い主で、わたしがその頼りない従者みたいな言い草だ。ぼんやりした頭の中で、名誉を挽回しなければと思う。

 

 わたしは勢いよく立ち上がった。

 

「まだまだ行けるぞ! わたしは、酔ってない! テルドリンと違って、酒には強い!」

 

 こめかみにアイススパイクが直撃したような痛みが走った。足下もなんだかふらふらするが、気にしてはいけない。わたしの名誉のためだ。

 

「おい、無理して立つな。水を持ってこさせるから座っ――」

 

「戦いでは負けても酒では負けないって? いい心がけだ!」

 

 テルドリンの言葉をサムが遮り、がたんと椅子を倒して立ち上がった。見た目に現れないだけで、彼も実は相当酔っていたのかもしれない。

 

「じゃあどうだ? 俺と一気飲みの勝負をするってのは。俺が負けたらいい魔法の杖をやろう。あんたが負けたら何をくれる?」

 

 サムが大声で言ったのを、周囲の酔っ払いたちが聞きつけてやんやと囃し立てた。わたしは、ファレンガーから謝礼として渡された大金の袋をナップザックから取り出し、どんとテーブルの上に置いた。

 

「だははは、あんたの依頼主は随分金払いが良かったんだな。いいだろう、それじゃ、まずは俺から行くぞ!」

 

 彼は例のボトルからジョッキになみなみと酒を注ぎ、瞬く間に飲み干した。わたしは彼の勝ち誇ったような顔に不敵な笑みを返した。ボトルを受け取るとジョッキが満杯になるまで注ぎ、一気に飲む。既に酒の効果が行き渡っているからか、初めのときほどの衝撃は襲ってこなかった。

 

「なかなかやるじゃないか。二杯目だ」

 

 サムがジョッキに酒を注ぎ、またもや一気に飲み干した。しかしジョッキを口から離すと、顔をぎゅっと歪めた。限界が近いのだろうか。わたしはほくそ笑んだ。この勝負、もらった。

 

 わたしはボトルを奪い取り、直に口をつけた。そのままラッパのように掲げ、先ほどまでよりゆっくりしたペースで味わってみることにした。うっとりするような喉ごしと、鼻と口、さらには耳や目にまで染み渡りそうなベリーの香り。全身がふわふわと心地よくなってきた。この酒はなんという名前だろう? いつまでも飲んでいたい気分だ……。

 

「分かった、ようく分かった! あんたの勝ちだ!」

 

 サムにボトルを奪われた。彼は片腕でボトルを持ち、もう片腕でわたしと肩を組んだ。わたしが未練がましくボトルに手を伸ばすのを見て、彼はけたたましい笑い声を上げた。

 

「ハハハハ! そんなに飲みたいなら、いいところに連れていってやろう。もっとうまい酒がたんまり置いてある、俺の秘密の場所だ。実を言うと、そこにあんたにやる杖も置いてあるんだ」

 

 わたしはサムに導かれるがまま、酒場の入り口へ向かって歩く。酔っ払いたちが自分も連れていけだのそのまま押し倒しちまえだの好き勝手なことを喚いているが気に留めることはない。これからうまい酒を浴びるように飲めるって? 最高じゃないか。

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