My Companion, My Dearest 作:春日むにん
ロリクステッドまでは徒歩で三日ほどかかった。ここには旅の途中で何度か足を運んだことがある。十数軒の質素な家と畑しかないのどかな村だ。
晴天の下、村人たちは土を耕したり農作物に水をやったりと仕事に励んでいる。とりあえず宿屋の主人に話を聞くため、入り口から中心部に向かおうとすると、横の畑で雑草を刈っていた男が突然、雄叫びを上げてわたしに飛びかかってきた。
不意を突かれたために、わたしはなすすべもなく地面に叩きつけられた。男は鬼気迫る表情でわたしにのしかかり、わたしが身動きを取れないように両手首をぎりぎりと締め付ける。
と、男の土で汚れた頬に鋭い刃が突きつけられた。
「私の主人から離れろ。さもなければ、この剣で貴様の頭を切り落とすぞ」
テルドリンだ。片手で剣を男に向け、もう片手で今にも炎の精霊を呼び出そうとしている。
「ひえっ! 助けてぇ!」
恐怖に身を震わせ、男は飛びのいた。
尋常でない様子を察知して、男の周囲に他の村人が数人集まってきた。味方ができたことに勇気を得たのか、男はわたしを指さして叫んだ。
「み、みんな、そこにいるのがあのときの盗人だ!」
村人たちはそれだけで合点がいったらしく、各々がわたしににじり寄ってきた。テルドリンは剣を抜いたままわたしと彼らの間にさっと立ち塞がり、燃えさかるオブリビオンの住人を彼らの背後に召喚した。そして、ならず者やドラウグルと戦っているときと同じ、ぞっとするような野蛮な笑いを含んだ声で凄んだ。
「さあ、どいつからボエシアの生け贄にしてやろうか?」
村人たちの顔が恐怖に染まる。遠くの方で、数人の衛兵がこちらへ走ってくるのが見えた。
わたしはテルドリンに今すぐ武器を収め精霊を還すようにと命令した。このままでは殺し合いになってしまう。彼らの反応を見るに、わたしはロリクステッドで何かしでかしたのだ。弁明しなければならない。
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わたしは衛兵に付き添われて、最初に飛びかかってきた男、エニスと話すことになった。
「つまり、わたしがあなたのグレダというヤギを盗んで、グロクという巨人に売り払ったのですか?」
わたしが他人事のように言ったために、エニスは神経を逆撫でされたようだった。
「そうだ! あいつはオレが手塩にかけて育てた他に二匹といないヤギだ! それをおめえはヘラヘラ笑いながら両手で抱えて走り去ったんだ」
今にもつかみかかってきそうだが、テルドリンが遠くの方で腕組みをしてこちらを眺めているから、おそらく実行はされないだろう。
「いや、本当にすみません。何も覚えてないんです。嘘じゃありません」
心底から謝って頭を下げるも、エニスは取り合わない。
「ああ、おめえは覚えてねえだろうな、ひどく酔っ払ってたんだから。おめえが行った先に運悪くグロクがいたもんで、あの巨人はおめえに金を渡し、おめえはグレダを渡した。そんで、ようやく追いついて途方に暮れるオレを指さして笑ってトンズラしたんだ」
自分がそんな悪人じみたことをやらかしたとは到底信じられない。しかしこの正直そうな男がこんなややこしい嘘をつくとは思えない。たぶん真実なのだ。
「あのう、つまり、わたしはそのヤギを取り戻してきた方がいいんですよね?」
エニスはふんぞり返って頷いた。
「よく分かってるじゃねえか。さっさと行ってこい。グレダが帰ってくるまでこのロリクステッドの土は踏ませねえからな!」
わたしはエニスからグロクの住んでいる方角を教えてもらい、テルドリンを伴ってとぼとぼと歩き出した。テルドリンが低い声で話しかけてきた。
「ヤギを取り返しに行くつもりならやめておいた方がいい。巨人だぞ? この村にはこの先特に用事もないだろう。これは私の勘だが、あのサムとかいう男やら魔法の杖やらは、追いかけたところでどうせろくなことにならない」
テルドリンの言っていることは正しいのだろう。でも、どうしてもあの杖のことが気にかかる。それに、わたしは断じてエニスの考えているような悪人ではない、と自分では思っている。だから、このまま逃げたら何か大切なものを失いそうな気がする。
わたしはテルドリンにいったいどのように答えようか考えあぐねた。彼が大きく息を吸ってさらに文句を言おうとしているのが分かった。しかし、わたしたちはそこで数人の村人とすれ違った。「ああ、あれがヤギ泥棒か」「ウィンターホールド大学のアーチメイジなんだってよ」「隣のは専属の殺し屋なんだって」などと囁いていた。驚いたことに、わたしがアーチメイジだということは既に周知されているらしい。宿屋の息子のエリクあたりが広めたのだろうか。もはやわたしだけの問題ではなくなってしまったようだ。
「選択肢はなくなったね」
わたしは苦笑いした。テルドリンが兜の中で渋面を作っているのが容易に感じ取れた。
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空の端が燃える炎の色に変わり始めた頃、背の低い草原の中をグロクとおぼしき巨人がヤギを連れて歩いているのに遭遇した。いや、正確に言うと、あてどなく草原をうろつくヤギを巨人が監視しているようだ。
わたしたちは近くの岩陰に隠れた。
「こちらには気づいていない。奇襲すれば有利に戦える」
テルドリンが早速両手に魔力を蓄え始めた。
「待って。わたしはあの巨人と一度取引してるはず。だから交渉できるかも」
そう言うと、テルドリンは苛立たしげに声のトーンを上げた。
「おい、また酔っ払ってるのか? こないだのお前は運が良かったんだ。今出ていけばミンチにされるぞ」
「試してみるだけだよ。まずいと思ったら逃げるから、そのときに攻撃を始めて。わたしが囮になっていればテルドリンには向かってこないでしょう」
「…………勝手にしろ」
わたしは苦々しげな雰囲気を漂わせるテルドリンを岩陰に残し、忍び歩きで巨人に近づき始めた。
本当のところは、無闇な殺生をしたくないのだ。巨人は問答無用で襲いかかってくる獣とは違い、ある程度の意思疎通はできる、らしい。少なくとも記憶にないわたしはやってのけた。話が通じるなら穏便に事を進めたい。それに、テルドリンの鎧や剣を血塗れにするのも避けたい。彼はわたしの護衛として雇っているのであり、殺し屋ではない。――もっとも、そんな思想を口に出そうものなら、スカイリムでは偽善者呼ばわりされてしまうだろうけど。
わたしは意を決してグロクの前に躍り出た。グロクの図体はわたしを縦に三倍、横に二倍したくらいはあるだろう。巨人はわたしをじろりと見下ろして、手に持っている骨の棍棒を振り上げた。
大丈夫だ、と自分に言い聞かせた。もしいきなり攻撃を仕掛けられても、避けることに関しては達人だ。スカイリムでは、身のこなしの軽さで生き延びてきたようなものなのだから。
棍棒は振り下ろされなかった。グロクはわたしがヤギを売りにきた小人族だと気づいたらしい。棍棒を掲げたまま、わたしの出方を窺っている。やはりエニスは嘘をついていなかった。
わたしは大げさに両手を広げてグロクに笑いかけた。
「こんばんはグロク! このあいだはグレダを買い取ってくれてありがとう。でも非常に申し訳ないんだけど、事情が変わってしまったんです。お金を返すからグレダも返してくれませんか?」
グロクが棍棒を頭上でぶんぶん振り回した。怒っているらしい。あれを叩きつけられたらひとたまりもないだろう。全身に鳥肌が立った。
「グロクはマンモスも飼ってるでしょう? その上ヤギも飼うなんてことになると、ちょっと負担が大きいんじゃないでしょうか。それにほら、グレダはいかにも逃げたがってるし。見張っている方がかえって手間ですよ」
わたしは平静を装った声を絞り出しながら、金の詰まった袋をグロクに差し出した。二百ゴールドくらいで足りるだろうか。
グロクはわたしにぬっと顔を近づけ、武器を持っていない方の手で袋を取り上げた。すえた肉と毛皮の匂いがあたりに充満する。グロクは重さを確かめるように何度かじゃらじゃら袋を上げたり下げたりした。それから袋を地面に置いて、人差し指をすっと一本立てた。
「もう一つ欲しいんですか? いいですよ、ちょっと待っててくださいね」
グロクがわたしに支払った正確な金額は分からない。わたしがマルカルスへ行くまでにどこかへ落としてしまったからだ。羊一頭に四百ゴールドは高いが、違約金ということなのかもしれない。
わたしはナップザックの中からもう二百ゴールドを集め、袋に詰めてグロクに渡した。グロクは慎重に袋の重さを確かめた後、棍棒をゆっくりと下ろした。
「返してくれるんですか?」
恐る恐る尋ねると、グロクは大きな手でグレダをこちらへ押し出した。
「ありがとう、グロク!」
わたしはグロクを見据えたままそろそろと後ずさった。グレダがわたしの横を無邪気についてくる。巨人はしばらくヤギを目で追っていたが、やがてゴールドの袋を拾ってこちらに背中を向け、夜の帳が降りつつある草原へ消えた。
自然と安堵の溜め息が出た。
「怪我はないか?」
テルドリンが駆け寄ってきて聞いた。一部始終を見ていたのなら分かりそうなものだが。
「大丈夫」
それでも、喉から出た声は、緊張が緩んだからなのか情けないくらい震えていた。
「もう、また父さんみたいな心配の仕方はやめてよ」
誤魔化すために軽口を叩いた。テルドリンは何かを掴もうとするかのようにこちらに手を伸ばしたが、すぐに引っ込めた。
「父さんじゃないと言っているだろう」
やはり父親呼ばわりは気に食わないらしい。
「ねえ、それよりも、巨人がちゃんとこっちの話を聞いてくれたよ。ゴールドも受け取ってくれたよ。巨人も懸賞金をかけられるような凶暴なやつばかりじゃないんだ」
襲われる危険が完全になくなったと分かると、わたしはにわかに興奮した。もしかして、巨人とも商取引ができるのではないだろうか? それを実現できたらわたしは、商人として唯一無二の強みを持てるかもしれない。
テルドリンは一瞬間を置いてから、不意にくつくつと笑い声を上げた。わたしはぎょっとした。あまりに非常識なことをやったから、呆れられてしまったのだろうか。
幸い、そういうことではなさそうだった。テルドリンはひとしきり笑った後で答えた。
「ああ。その通りだな。私は狩るべき対象としての巨人しか見たことがなかったが、お前のようなやり方もあるんだな。やはりお前と一緒にいると退屈しない」
少しくすぐったい気分になった。こんなふうにあけっぴろげに褒められるのは久しぶりだ。マルカルスで再会してからこのかた、テルドリンは何かとわたしに手厳しかった。
テルドリンは続けて言った。
「これまであまり乗り気でなくて悪かった。私は、お前のことが、その……先達として心配だったんだ。だがここまで来たら、最後まで付き合ってやろうじゃないか」
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翌朝ヤギのグレダをロリクステッドに連れて帰ると、エニスはわたしがかつてした仕打ちが申し訳なくなるほど彼女の帰還を喜んだ。まさか取り戻してくるなんて! 八大神よ、感謝します! とまで言われた。もしかして、わたしは逃げるか死ぬかすると思われていたのだろうか。
エニスによると、わたしはマルカルスのディベラ神殿に到着する前の日、つまりバナード・メアから姿を消して三日目に、ロリクステッドに一人でやってきたらしい。ひどく酔っ払っていて、グレダの面倒を見るために家の外に出ていたエニスにたちの悪い絡み方をした。エニスにとってはわたしの話すことのほとんどが支離滅裂で理解できなかったが、唯一明確に聞き取れた情報は、わたしがホワイトランのイソルダに借りを作った、というものだった。その直後に、わたしはグレダを盗み出したという。
バナード・メアから出た直後に何かやらかして、借金でも作ったのだろうか。イソルダはわたしの商売仲間の一人で大切な友人で、しかしかなり計算高い。内容によっては一生こき使われかねない。早いところ、何をしてしまったのか確かめなければ。
しかし、ロリクステッドからたった一日でマルカルスに辿り着くなどということが果たして可能なものだろうか?