My Companion, My Dearest 作:春日むにん
ロリクステッドからさらに三日ほどでホワイトランに到着した。目的の人物は市場を訪ねるとすぐに見つかった。
イソルダは果物商の女性からリンゴを買い取っているところだった。買い物を終え、リンゴをかごに入れた彼女に横から声をかけると、彼女はぴょんと跳び上がった。
「ああ、びっくりした! もう帰ってきたの。しばらくゆっくりしてくるかと――」
言い終わらないうちに、彼女はわたしの後ろで腕組みをしているテルドリンを見つけた。
「あら、彼も一緒なのね!」
イソルダはぱあっと顔を輝かせた。
「ハネムーンの途中? わざわざ立ち寄ってくれるなんて嬉しいわ。おめでとう、ふたりとも」
……ハネムーン?
「なんだか反応が薄いわね。分かった、恥ずかしいのでしょう。でも胸を張らなきゃダメよ、あなたたちはついに永遠の愛を誓い合って結婚したのだから」
「け、結婚!?」
わたしとテルドリンは同時に叫んだ。噛むところまでそっくり同じだった。周りにいた市民たちが何か面白いものでも見つけたような表情でわたしたちの方を振り向いた。
顔にさっと血が上るのを感じた。わたしはテルドリンにつかみかかるような勢いで質問を浴びせた。
「ちょっと待って。テルドリン、わたし、意識を失っている間にあなたと結婚した!?」
テルドリンもかなり動揺しているらしく、上ずった声で答えた。
「まさか! 呑気にグースカ眠っているお前を私が看病していただけだ。だいたい、お前がそんな、そんなことを私に望むはずがない」
「そうだよね!? ありえないよね!? わたしがテルドリンと、け、け、結婚なんて」
「ああそうだ、オブリビオンの門が開いてもありえない! 私はただの従者だ。それ以上のことなど私には……」
イソルダはぽかんと口を開けている。市場にいた他の人々には痴話喧嘩と思われたようで、「新婚であそこまで仲が悪いとは」「先が思いやられるな」「さっさとお前らのマイホームに帰れ」などと野次を飛ばされている。
「イソルダ! ちょっと話を聞かせてもらってもいい!?」
わたしはイソルダの腕をぐいと掴んで、有無を言わさず市場の外へ連れ出した。
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結論から言うと、原因はわたしだった。
これまでにもさんざん述べた通り、わたしにはバナード・メアからマルカルスのディベラ神殿へ至るまでの記憶が全くないのだが、わたしはバナード・メアを出た後、イソルダの家を訪ね、指輪をツケで買ったらしい。テルドリンに告白したときに渡す婚約指輪にするために。
酔っ払っていたとはいえ、そのような突拍子もない言動を取るに至ったことが信じられない。テルドリンが受け入れてくれるはずがないではないか。わたしだって彼のことは……せいぜい父親のようにしか思っていない。全部サムのせいだ。きっとそうだ。
「ええ? あれはただの酔っ払いのたわごとだったってこと?」
事情を簡単に説明すると、イソルダがぐさっとくるような一言を放った。わたしはしゅんと頭を垂れた。
「そういうことだね」
「じゃあ、あなたたちはまだ結婚してないの?」
「まだ、ではない。これからも、その予定は、ない」
テルドリンはえらく一語一句を強調した。それもまた、わたしの心にぐさぐさと突き刺さった。
「そうなの……。それじゃあ、わたしがツケで売った指輪はどこ? うちの商品なのだから、返してもらわなきゃならないわ」
なぜかしんみりした調子でイソルダが言う。嫌な予感がした。わたしは自分のナップザックを漁った。見つからない。念のため両手を眺めてみても、はまっているのは魔力上昇の付呪をしてある指輪だけだ。
わたしは手もみしながらイソルダに聞いた。
「あ、あのさ、わたしが指輪も作れるの、知ってるよね? それを代わりに納めてもらうというのはどう?」
「ダメ。あれはリフテンのマデシという有名な職人が作ったものなの。あなたみたいな駆け出しの作品とはわけが違うわ。あれを返してくれなきゃダメ」
「じゃあ、弁償するのは?」
「二つとない指輪なのよ。あなたから頼まれなければ、本当はもっとすごい高値をつけて売るつもりでいたの。あなた、そんなお金があるの?」
泣きたい気分だ。どこへ行ったか分からない指輪を探すなんて、世界のノドから爪の先ほどの大きさの氷の結晶を見つけ出すようなものだ。
わたしはしつこく食い下がった。
「でも、どこにあるかも全く心当たりがないんだ。わたしがイソルダから指輪をもらったとき、何か言ってなかった?」
イソルダは首を傾げた。
「そうねえ。ああ、確か、イーストマーチにあるウィッチミスト・グローブという場所で告白すると言ってたわよ。あなたがテルドリンと初めて会ったのもそこだったのよね? とってもロマンチックな出会い方をしたのですってね」
何を口走ったんだ、この酔っ払いは。わたしは過去の自分に憤慨した。全然事実と異なるじゃないか。第一、ウィッチミスト・グローブなんて聞いたこともない。どこからそんな名前が出てきたのか。
「出会ったのと同じ場所で告白しようだなんて、あなたも案外キザなのね。テルドリンが羨ましくなっちゃった」
イソルダがなんだか楽しそうに見えるのは気のせいだろうか。
「分かった。とりあえずそのウィッチミスト・グローブとかいうところを探してくる」
わたしは早々に出発することにした。これ以上イソルダの話を聞いていると顔から火が噴き出そうだったからだ。
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道中は非常に気まずかった。
いつもはペラペラとよく喋るテルドリンが終始押し黙っていた。その隣を歩くわたしも、時折薬の材料になりそうなものを見つけて待ったをかける他は、全くの無言だった。
隣を歩いているとは言ったものの、わたしたちは普段と比べると異様に距離を空けていた。まるで何かの拍子に互いの体に触れてしまうのを恐れているかのようだった。
何日か野宿をして歩き続け、道沿いにあった小さな村で聞き込みをしてウィッチミスト・グローブの場所を突き止めた頃、わたしはついにこの重苦しい行軍に耐えきれなくなった。
村を出て少ししてからわたしは立ち止まった。
「あ、あのさあ、テルドリン?」
人間十人分ほどは離れたところにいるテルドリンに声をかけると、彼は無言でこちらに顔を向けた。無表情なキチンの兜がわたしを見据えている。気圧されたが、わたしは勇気を振り絞って彼に歩み寄った。
「あなたも分かってるだろうけど、わたしはあの数日間おかしくなってた。だから本当は思ってもいないことを言ったりやったりした。テルドリンに、きゅ、求婚したいなんて、普段から考えていたわけじゃない」
「…………」
沈黙がつらい。でもこの空気はなんとかしなければ。このままだと最悪、朝起きたらテルドリンがいなかった、なんてことになりかねない。
「きっとサムに吹き込まれたんだ。あの従者と結婚したらどうかって。わたしはその言葉に一時的に惑わされただけで」
話しているうちに、なんだか胸のあたりがモヤモヤしてきた。なぜだろう。わたしは間違ったことは言っていないはずなのに。
「つまりね。わたしがあなたに変な気を起こしてるんじゃないかって心配はしなくて大丈夫だよ、テルドリン。わたしはもう、平気だから」
わたしはキチンの兜に向かって努めて明るく笑いかけた。言い終える頃には、心臓に重りがついたみたいに胸が苦しくなっていたが、気にしないことにした。
「……そうか」
テルドリンのざらついた声を久しぶりに聞いた。
「私は初めから心配などしていなかったよ。お前に変な気を起こされたところで、返り討ちにできるしな」
憎まれ口を叩かれるのも久しぶりだ。この様子だと、彼がホワイトランからずっと黙りこくっていたのも、わたしへの気遣いだったのだろうか? きっとそうなのだろう。年上の余裕というやつだ。
わたしは、返り討ちとは失礼な、とふざけて怒るふりをした。それからウィッチミスト・グローブまでの間は、いつものわたしたちに戻れた。
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ウィッチミスト・グローブは、到底愛の告白をするとか、ロマンチックな出会い方をするとかいったイメージには似つかわしくない場所だった。
森の中にぼろ屋が一軒建っている。その周りを囲むように、先端を鋭利に尖らせた太い杭が乱雑に突き立てられている。ぼろ屋の敷地内と思わしき範囲には、ところどころ血溜まりができている。しかも、近くの地面から吹き出す熱くむしむしした蒸気が霧のように一帯を覆っている。一言で表すと、不気味だ。
「こんなところで愛の告白をするなんて、どうしたら考えつくんだ? ソルスセイムのアッシュスポーンだらけの廃城の方がまだマシだ」
テルドリンがやれやれというように首を横に振った。言い返すこともできず、わたしは赤面した。こんな場所で告白したら受け入れてもらえるどころか、怪しげな魔術の犠牲にされてしまうのではと恐れられ、殺されるのがオチだ。
「とりあえずあの家の中を探してみる。指輪が落ちていればいいんだけど」
わたしは敷地内に足を踏み入れ、ぼろ屋に近づいた。てっきり空き家だとばかり思っていたのだが、中からゼイゼイとせわしない息遣いが聞こえ、突然、黒い影が飛び出してきた。
「ダーリン! 待っていたよぅ、帰ってくるのを!」
怖気の走るようなだみ声が響きわたった。
わたしは、一羽のハグレイヴンにべったりとしがみつかれている。どうやら今の声はこのハグレイヴンが出したらしい。
ハグレイヴンって人間の言葉も喋るんだ。そうか、元人間だから当たり前か。思考停止してからまず浮かんできたのは、そんな、他のもっと目に見えて深刻な問題に比べれば至極どうでもいい感想だった。
「さあ、早く家の中にお入りよ。そして約束していたように愛を実らせようじゃないの、情熱的な臥所の中で」
わたしはハグレイヴンのこの一言で、ようやくこれが普通の状況ではないことを認識し、悲鳴を上げて彼女(?)を振りほどいた。彼女はぼろ屋の前に放り出され、しわだらけの顔に怪訝そうな表情を浮かべた。
わたしは震える口を無理に動かして尋ねた。
「ど、どういうこと? わたしはここに指輪を探しにきただけ。あなたにダーリンなんて呼ばれる覚えはない」
ハグレイヴンは黒い小さな目を見開いた。
「嘘だ! あの夜のこと、あたしはまだ覚えてるよ。ダーリンはあたしに愛の言葉を囁いて、この指輪をくれたんだ。誓いの印だと言ってね」
ハグレイヴンがよろめきつつ立ち上がり、わたしに骨張った左手を見せつけた。その薬指には金色の指輪がはまっている。優美な文様の彫られた、つややかな光沢のある指輪だ。あれは、わたしがイソルダから受け取ったものに違いない。何をどうしたら見知らぬハグレイヴンに渡すことになってしまうのか。
衝撃のあまり何も言えずにいると、彼女は顔に刻まれたしわを醜悪に歪め、まくし立てた。
「さてはエスメラルダにたぶらかされたね!? あの売女め。ダーリンはあたしのものだ。エスメラルダなんかに渡すくらいなら――」
ハグレイヴンは腕を振り上げた。
「あたしが殺す!」
ハグレイヴンの両手に魔力が集まる。
この距離からでは避けられない、魔力の壁を発動させている時間もない。そう思って慄然としたとき、背後から脇をかすめて火の玉が飛んできた。それはハグレイヴンの腹部に直撃し、その小さな痩せた身体をぼろ屋の中へ吹っ飛ばした。
彼女は耳障りな悲鳴を上げて板の間を転げ回っている。テルドリンが後ろから走ってきて、わたしを突き飛ばすようにぼろ屋の入り口に立ち、すらりと剣を抜いた。
「待って、テルドリン!」
わたしは咄嗟にテルドリンの背中に向かって叫んだ。テルドリンはハグレイヴンから目を離さずに言った。
「何を待てと!? こいつはお前を殺そうとした。危険だ。とどめを刺さなければ」
「確かにそうだけど、元はといえばわたしが悪いんだよ。わたしが酔って指輪を渡しちゃったんだから」
ハグレイヴンの身体からは既に火が消えているようだ。彼女は怯えた表情でテルドリンを見上げている。わたしはテルドリンを押しのけてぼろ屋に踏み込んだ。
ハグレイヴンは縋り付くような目をわたしに向けた。こうして眺めてみると、思いの外、理性的な表情をしている。老婆のように恐ろしくしわくちゃだが、見慣れてしまえばどうということもない。それに彼女は人間の言葉を喋れるのだ。ロリクステッドで出会った巨人のグロクと同様、決して意思疎通のできない敵などではない。
「わたしは、結婚するって約束したんだよね?」
静かに聞くと、ハグレイヴンは頷いた。彼女は左手の薬指を大事そうにぎゅっと握りしめた。その小さな動作から、彼女は心からわたしのことを好きなのだと分かった。ロリクステッドと同じで、全てはわたしの過ちから始まったことだ。その気持ちに応えないわけにはいかない。
「さっきは取り乱してごめん。わたし、約束を果たすよ」
わたしはハグレイヴンに右手を差し出した。彼女はわたしの手を取って立ち上がった。痩せているせいか、それとも半ば鳥のような身体になっているせいか、彼女は驚くほど軽かった。
そうだ、テルドリンにはとりあえず遠くの方で待っていてもらわないといけない。というか、雰囲気を察して出ていってくれないだろうか。
後ろからガタッと何かが落ちる音がした。やはり直接伝えないとダメかもしれない。わたしはハグレイヴンの手を離して振り返った。
一瞬ののち、わたしは火山灰の匂いのするキチンの腕に両肩を掴まれていた。テルドリンの、蛇のような刺青の入った灰色の素顔がわたしの前にある。赤い両目がぼろ屋の薄暗がりの中でうっすらと光を帯びて見える。足下にキチンの兜が転がっている。いつの間に兜を外した? どうして彼はわたしを捕まえている? 呑気に考えているうちに彼の顔がわたしに近づいてきて、唇を塞がれた。
彼の唇は薄くて熱っぽかった。彼は舌でわたしの唇をこじ開けるとわたしの舌を絡め取った。わたしは顔を左右に振って抵抗したが、無意味だった。少し離れても、すぐにむしゃぶりつかれた。暴れているうちに、キチンの鎧とわたしの身体が密着した。鎧の下の筋肉が張り詰めているのが分かった。彼は片腕をわたしの頭の後ろに、もう片腕を腰に移動させて押さえ、わたしの口内をさらに奥深く責め立てた。わたしはたまらず声にならない声を上げた。全身を得体の知れない心地良い痺れが襲い、がくんと力が抜けた。テルドリンは腰に回した腕の力を強めてわたしの体を支え、しばらく水音を立てながらわたしを蹂躙していたが、最後にわたしの唾液を全て奪おうとするかのように貪欲に口内を吸って、唇を離した。そして、わたしの顔を自分の肩に押しつけるようにして引き寄せた。
何度か荒い呼吸をすると痺れは取れたが、指一本たりとも動かせなかった。先ほどのあの瞬間のえもいわれぬ快感が、まだどこかに残っている。それをテルドリンに気づかれて刺激されたらどうにかなってしまいそうで、このまま動けないふりをしておくのが得策のように思われた。
テルドリンはやがてわたしを解放した。わたしは彼の体温が離れていくのをとても切なく感じた。テルドリンは、初めて見る表情をしていた。眉を下げ、両眼を潤ませ、唇を何か言いたげにわずかに開けている。それがどのような感情を表したものなのか、わたしが考えをまとめられないうちに、ギャーッという断末魔の叫びのようなものが耳をつんざいた。
「うわあああん!! ダーリンが、あたしの目の前でえぇ! 暴力男とキスしたあぁぁぁぁ!!」
先ほど約束を果たすと伝えたばかりのハグレイヴンが、その場にしゃがみこんでわんわんと泣き喚いている。まずい。わたしは結婚相手の前でなんてことを。
テルドリンが、どんと床を踏み鳴らした。ハグレイヴンは肩を震わせて、涙と鼻水まみれの顔を彼に向けた。
テルドリンは赤い目を細めて口の端を不機嫌そうに曲げ、苛立たしげに腕組みをした。モヒカンと刺青も相まって、ならず者の親玉のような雰囲気を醸し出している。
「いいか、ハグレイヴン。こいつとは私が先に結婚していたんだ。酔っ払って正気を失いあることないこと喋ったようだが、その事実は変わらん。貴様とこいつは結婚できない」
テルドリンはわたしに視線を移して、な、そうだろ? と同意を求めてきた。わたしは大変混乱した。テルドリンは何を言っている? わたしが彼と結婚したというのは、わたしのたわごとを聞いたイソルダの早とちりだった。実際にわたしが求婚したのはこの哀れなハグレイヴンなのだ。
テルドリンは深い溜め息をついた。それからわたしの肩を掴み、もう一度さっきと同じように顔を寄せてきた。わたしは彼がその瞬間に浮かべた危険なほど甘い表情に魅せられて動けなくなって――。
「う、裏切り者! ダーリンの馬鹿っ! ううん、もうあんたなんかダーリンじゃないっ!!」
ハグレイヴンが指輪を外してわたしの顔面に投げつけた。それはわたしの頬を直撃し、慌てて広げた掌の中に収まった。
彼女の攻撃はそれで終わらず、ぼろ屋の中のあらゆるものを投げつけてきた。散らばっていた動物の骨、ナイフ、腐った板の切れ端、獣臭いベッド……わたしとテルドリンは全速力でウィッチミスト・グローブを脱出した。
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だいぶ遠くまでやってくると、あのぼろ屋のあった方角から叫び声や泣き声がかすかに聞こえるだけになった。
わたしは隣を走っているテルドリンを盗み見た。いつの間にかキチンの兜を被り直している。
「ここまで来ればもういいだろう」
テルドリンが言った。わたしは返事をする代わりに徐々に走る速度を緩め、立ち止まった。さすがに息が乱れている。蒸し暑い中を走ってきたから余分な汗もかいている。少し休憩してから歩き出そう。
ナップザックから取り出した布で汗を拭っていると、不意にぼろ屋での一件が脳裏に蘇った。顔がパン焼き釜の真ん前に立っているみたいに火照った。
わたしは、腕組みをしてわたしを待っていたテルドリンに話しかけた。
「さっきはなぜあんなことを?」
彼は組んだままの指先をぴくりと動かした。それから長いこと微動だにせず黙りこくってから、押し殺した声で答えた。
「お前があのハグレイヴンと結婚するなどと馬鹿なことを言い出すから。阻止するためには、ああするしかなかった」
ああする、のところで、わたしはまた一連の行為のことを思い出してしまった。わたしはテルドリンから顔を背けた。
「ば、馬鹿なことじゃないよ。誰も試してないだけで、実際は結婚できるかもしれないじゃない。いい人そうだったし」
テルドリンは苛立ったように声のトーンを上げた。
「いい人? あれは化け物だ。まともに関われる相手ではない」
「そう思うなら、まわりくどいことをせずに攻撃すればよかったのに」
「そうしたらお前は怒るだろう?」
確かに、そうだ。なるほど、彼はわたしがどのような方針でスカイリムを旅しているか、グロクのこともあって理解したのだろう。だからわざわざ穏便に済ませようと努力してくれた。
よく考えたら、見知らぬ相手といきなり関係を持っても、生活や価値観の違いから不仲になりかねない。ただでさえハグレイヴンはわたしたちとは根本的に違う生き物だ。問題が生じる可能性は非常に高い。テルドリンはわたしが感情に流されて誤った選択をするのを止めてくれたのだ。
「ありがとう。わたしのやり方に合わせてくれたんだね。でも、その、好きでもないのに、嫌だったでしょ」
わたしは顔を背けたまま言った。さすがに今正面から向き合う勇気はない。
「……お前こそ、嫌ではなかったのか?」
逆に問われて、答えに窮した。嫌ではない。そう、彼とああいうことをするのは決して嫌ではない。むしろ……。
「テルドリンって上手いんだね! 久しぶりだったけど、すごくよかったよ。やっぱり長生きすると経験豊富になるものなの?」
わたしは話を逸らした。素直な気持ちを伝えてしまったら、彼がこの場で契約を解除して消えてしまってもおかしくないと思った。そんなのは絶対に嫌だ。わたしは彼を手放したくない。それは――彼が優秀な戦士で、物知りで、お喋りで、一緒に旅をするのが楽しいからだ。
テルドリンはまた少し黙り込んだ。だが次に口を開いたときには、急にいつも通りの陽気な口調に戻っていた。
「ハハハ、そうだな、二百年以上もこの世にいれば多少の経験はある。いや、実際人間や獣人がどんなに頑張ろうが、エルフのテクニックには敵わないだろうよ。飽きてくるから色々試すんだ。例えばアルトマーなんかは――」
上品とは言えない豆知識を共有しながら、わたしたちはどちらともなく歩き始めた。わたしは、わたし自身には全く役立たないテルドリンの無駄話の登場人物に対しどす黒い感情を抱いた。
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ホワイトランに着いたのはそれから四日後の夕方だった。イソルダの家を訪ねて戸口で指輪を渡すと、まさか本当に見つけてくるとは思わなかった、とロリクステッドのエニクと同じようなことを言った。彼女のことだから、指輪が見つからなくてへろへろになって戻ってきたわたしに、他の要求もついでに上乗せしようと思っていたのではないだろうか。
イソルダはわたしの後ろで鼻歌を歌っているテルドリンをちらっと見て、ちょっと来て、とわたしだけを家の中に招き入れた。テルドリンが背後で、おい、どうした? と言っているのが聞こえた。
「テルドリンと何かあった?」
イソルダはなぜか真剣な面持ちで尋ねた。わたしは、いや、特には何も、と視線を泳がせた。そう、何もなかった。少なくとも彼はわたしのことをなんとも思っていない。だからあのことは数に数えなくていい。
「ふうん、そう……。ああほら、出ていくときは険悪だったでしょう? 仲直りしたみたいでよかったと思ったのよ」
イソルダは、計算高い彼女に似つかわしくない聖母のような微笑みを浮かべた。もしかして、わたしはバナード・メアから出た後、まだ何か彼女にやらかしていたのか? 次は何をふっかけてくる気だ? 内心、戦々恐々とした。
イソルダは、ふと考え込むような表情になったあと、ぽんと手を叩いた。
「そういえば、あなたたちが帰ってきたら伝えようと思っていたことがあるの」
「な、何?」
できうる限りの心の準備をしてわたしは聞いた。返ってきたのは意外な答えだった。
「あなた、テルドリンとの結婚披露宴はイーストマーチのモルヴンスカーという場所でやるって言っていたわよ。なんでも、特製の魔法の杖で彼や招待客を驚かせるとか豪語していたわ。もしかしたら、そこにも何か置き忘れてきたのではないの?」
魔法の杖。そうか、指輪騒ぎですっかり忘れていた。わたしはサムと、彼がくれると言っていた魔法の杖を追っていたのだ。ここに来てついに手掛かりがつかめた。それすなわち、ようやくこの奇妙な旅の終わりが見えてきたということだ。
それにしても、たった四日間でイーストマーチとホワイトランの間を何度も行き来し、さらにマルカルスまで行くなど、常人にはまず不可能だ。なんらかの特殊な力が働いていたことは間違いない。その正体を確かめるためにも必ずサムと杖を見つけ出そう、とわたしは決意した。