My Companion, My Dearest   作:春日むにん

39 / 41
5. モルヴンスカー - 霧の森

 三日後の昼過ぎ、わたしたちはモルヴンスカーを近くの大岩の陰から観察していた。

 

「あれが披露宴の会場だって? 傑作だな」

 

 テルドリンが言った。兜の下で笑っているに違いない。わたしは改めて、酔っ払った自分の馬鹿さ加減に恥じ入った。

 

 モルヴンスカーは朽ちた城塞跡だった。剥がれ落ちた壁やぼうぼうに伸びた雑草が景観も足下も悪くしており、黒いローブを着た魔術師が五人ほど城塞の上や入り口をうろうろしているのが見える。どう考えても披露宴にはふさわしくない。

 

 わたしが独りで正面から近づいていくと、挨拶代わりにアイスジャベリンとファイアボールが数発飛んできた。わたしはそれらを魔力の壁で無効化し、お返しに鎮静の魔法を数発放った。鎮静の魔法は一番近い位置にいた一人に奇跡的に当たるも、一人には当たったのに効果がなく、三人からは大きく逸れた。残った四人はもう一発ずつ攻撃魔法を撃ち出しつつ、オブリビオンから精霊を呼び出そうとしている。わたしは攻撃魔法を横に跳躍して避けながら眺めた――彼らを剣の柄で次々に殴り、気絶させるテルドリンの姿を。彼にはわたしが正面で敵を引き付けている間、側面の崩れた部分から城塞跡によじ登ってもらったのだ。

 

 城塞跡の外側部分はすっかり静かになった。テルドリンには気絶した魔術師の両手を彼らの身体の後ろできつく縛り、そのままの場所に横たえてもらった。わたしは鎮静の魔法のかかった残りの一人に尋ねた。サムという男や、不思議な魔法の杖のことを知らないかと。

 

 魔術師は首を横に振った。わたしたちは仕方なく、城塞内部の大まかな構造と敵の位置を聞き出した後で、彼も気絶させて忍び込むことにした。

 

 城塞の中は薄暗く、何十年も掃除していなそうな埃っぽい匂いが漂っている。出入り口付近に人の気配はない。少し遠くから鍛冶仕事でもしているらしいカンカンという音がするくらいだ。右手に階段が見える。先ほどの魔術師から聞いた、城塞の地下部分に降りる階段だろう。わたしはテルドリンと一緒に忍び足で近づき、そろそろと降りていった。下にあった扉を音を立てないように開けると、人気のない細い通路に出た。通路はすぐに左手に曲がった。その先は一直線に長く続き、また左へ曲がるようだった。壁に燭台がついていたり通路の隅に火が焚いてあったりするおかげで、上階よりは全体が明るい。

 

 わたしはほっと一息ついた。こんなところに隠れているくらいだからろくなことをしていないと分かりきっているとはいえ、討伐命令も出ていないのに彼らの住処に侵入するのは気が引ける。このままうまいこと戦わずにサムだけを見つけ出せるといいのだが。

 

 忍び足のまま通路をゆっくり進んでいくうちに、何やら視界が白くかすみ始めた。疲れて目がおかしくなっているのかと思いこすってみても変化はない。自分の目ではなく、周りがおかしくなっていると気づいたのはしばらく経ってからだった。

 

 わたしはいつの間にか濃い霧に包まれていた。自分の手さえ少し離すと分からなくなるほどで、さっきまであった石造りの壁や燭台の明かりも見えなくなっている。わたしは背筋が寒くなって忍び足をやめ、後ろを振り返った。ついてきているはずのテルドリンの姿がなかった。

 

「テルドリン! どこ?」

 

 敵に聞こえてしまうかもしれないことも忘れて叫んだ。すぐに、ここだ、と返事が返ってきた。しかし、どの方角から聞こえてきたか皆目見当が付かない。それどころか、自分が先ほどまでどの方角に向かって進んでいたのかも分からない。わたしは両腕を前後左右へ伸ばした。腕をいっぱいまで広げたら両手が壁につきそうなくらい細い通路にいたはずなのに、何も感触がない。そばにいたはずのテルドリンも、気配さえ感じられない。

 

 こんな幻惑魔法は聞いたことがない。この城塞跡の魔術師たちがこれほどまでに高度な魔法を使えるのなら勝ち目はない。ここで死ぬのか? わたしは恐怖で震えながら魔力の盾を発動させた。ただでは死なない。せめてテルドリンには逃げてもらわなければ――。

 

 不意に、左手からジャリジャリと土を踏んで誰かが近づいてくるような音がして、霧の中からぬっとキチン装備を着けた腕が一本出てきた。腕は何度か空を掻いた後でわたしの左肩を掴んで引き寄せた。目の前に全身をキチン装備で固めた人物が立っていた。

 

「テルドリン?」

 

 確信が持てず、わたしは聞いた。そうだ、と紛れもない彼の声が返ってきた。一瞬ほっとして気が抜けたものの、すぐに我に返った。

 

「敵が攻撃してくるかもしれない。逃げないと」

 

「いったいどこに逃げるというんだ? それより、少し口を閉じて周りの状況を確かめろ」

 

 わたしは逸る気持ちを抑えて、テルドリンに言われた通り黙って耳を澄ませた。さらさらと水の流れる音と、木の葉のこすれる音が周囲から聞こえる。鼻の中に流れ込むのはみずみずしい土と草の匂い。……わたしたちは打ち捨てられた城塞の中にいたのではなかったか?

 

「どういうわけか、別の空間に入り込んでしまったようだ。しばらくじっとしていた方がいいんじゃないか? この妙な霧が晴れてくれるかもしれない」

 

 テルドリンの提案にわたしは頷いた。幸い、わたしたちの他に人の気配はない。下手に動くのも危険だ。

 

 わたしたちはそのまま待機することにした。テルドリンの右手はわたしの左肩に置かれたままだ。万一にでもはぐれないようにと思っているのだろう。だがテルドリンの手の温かさがウィッチミスト・グローブでの一件を思い起こさせ、こんなときにも関わらず恥ずかしくなった。

 

 わたしは思いきって、テルドリンの腕に沿わせるようにしてわたしの左手を彼の右肘に添えた。彼はびくりと震えたが、振りほどきはしなかった。

 

「早く晴れるといいね」

 

 心の奥底で感じたのとは正反対のことをわたしは呟いた。

 

 

====================

 

 

 腕が痺れてきた頃を見計らったように、霧が若干薄くなった。

 

 わたしたちは、低木の森の中の少し開けたところに立っていた。まばらな石畳が足下から前方に向かって敷かれている。その先には小川が数本流れており、それぞれ上に石製の橋が架かっている。さらに奥にも石畳の敷かれた道が、鬱蒼と茂る低木に囲まれて続いている。少し薄暗いが、道のところどころにランタンが掛けられ、また木立の中に蛍の光が舞っているおかげで難なく見通すことができた。

 

 頭上を見上げても霧のせいで空の様子は分からない。しかしおそらく今は夜なのだろう。そしてあの城塞跡とは明らかに別の場所だ。

 

「行こう」

 

 わたしは言った。テルドリンがわたしの肩から手を離したので、わたしの手も自然と彼の腕から離れる形になった。わたしはそこはかとない名残惜しさを感じた。

 

 道はいくつかの小川を挟みながらわたしたちを森の奥へと導いた。やがて、大勢の人間が楽しそうに喋っているようなざわめきが聞こえてきたかと思うと、明るい光が目に飛び込んできた。

 

 そこはドラゴンズリーチの謁見の間ほどの大きさのある、木立に囲まれた広場だった。木立の枝と枝を結ぶ紐に掛けられたたくさんのランタンによって、全体がまばゆく照らされている。広場には何列にもわたってテーブルが並び、老若男女さまざまな人々が端から端まで欠けることなく席についている。彼らはジョッキを傾け、目の前の豪華な料理をつまみながら、ひっきりなしに隣近所の人たちと頭を寄せて話をしてゲラゲラ笑っている。まるでどこかの大きな村の祭りのようだ。

 

 わたしはテルドリンと顔を見合わせた。ここが終着点、だろうか。

 

「おう! あんたかぁ! もう戻ってこないんじゃないかと思ってたぞぉ」

 

 聞き覚えのある声がした。わたしたちの一番近くに座っていた男が席を立ち、こちらへやってきた。紛れもなく、バナード・メアで一気飲み対決をしたサムだ。わたしとテルドリンをここ十数日振り回した張本人だ。酔っているらしく、足取りが危なっかしいうえに口調も若干怪しい。

 

 他の者たちはわたしたちのことなど一切気にしていないようだ。サムの席にはすぐにどこかからやってきた別の男が座り、近くにいた連中と談笑し始めた。

 

 何もかも不思議なことだらけだったが、人懐っこそうにニコニコするサムからは特に邪な意図は感じられなかったので、わたしはこの状況に関してはあえて言及しないことにした。おそらく、わたしにイーストマーチとホワイトランの間、ロリクステッドからマルカルスまでを超高速で行き来させたのと同じ力で、わたしたちはここに辿り着いたのだ。

 

「サム。魔法の杖を直す材料を持ってきたよ」

 

 わたしはナップザックから巨人のつま先、ハグレイヴンの羽、ワインを取り出してサムに渡した。マルカルスでテルドリンが拾ったサムの走り書きのうち、「聖水」だけが意味不明だったけれども、ごみの中にあったワインがそれに該当すると信じたい。少なくとも、これらの材料を見せれば、魔法の杖とやらを拝むことはできるだろう。

 

 サムは、おお、これこれ、などと嬉しそうに言い、地べたに座り込んだ。彼は渡した材料を地面に並べ、どこからか一本の杖を取り出した。杖は真ん中が力任せに折ったみたいに裂けて、木の皮一枚でつながっている状態だ。先端に大きな花の飾りがついている。花弁を幾重にも重ねた赤い花だ。これと同じ形状の花をソリチュードのブルー・パレスの中庭で一度だけ見たことがある。確か、バラという名前だった。

 

「あんたがすんごい盛り上がっちゃってさあ、『今から手品しま~す!』とか言ってバキッと折っちまうから大変だったのよ?」

 

 バキッ、のところでサムは白目を剥いて杖を折るふりをした。もしかして、そのときのわたしがそんな顔をしていたのだろうか。信じたくない。

 

 サムは杖の折れた部分に巨人のつま先を当て、ハグレイヴンの羽でその周りをぐるぐると巻いた。しまいにワインをその上から乱雑に振りかけた。

 

 その瞬間、暖炉でも爆発したかのような派手な音がして、杖とサムの周りに白い煙が立ち昇った。わたしとテルドリンは素早く飛びのいたが、音だけで実際に爆発したわけではないようだった。

 

 煙が晴れるとサムはいなかった。その代わりに、頭にヤギの角のようなものを四本生やし、黒い派手な鎧を着た大男が杖を片手に立っていた。

 

「俺の真の名はサングイン。放蕩と快楽を司るデイドラ・ロードなり!」

 

 男は雄牛の唸り声のような低く厚みのある声で宣言した。そこまで大声ではないのに空気がびりびり震える。

 

 デイドラ・ロード。オブリビオンに住んでいる邪悪な神々を指す呼称だ。サムがデイドラ・ロードだった? 何かの冗談ではないのか。しかし、今までのことを思い返してみると納得がいく。時間や空間を自由自在に捻じ曲げるなんてことは常命の者には不可能だ。もし万一できるとしても、自身の命や魂を賭すなど、重い対価を支払うことになるだろう。そんなことが軽々しくできるのは神かそれに類する存在だけだ。

 

「いやあ、実に愉快だ。やはりこの杖はあんたに相応しい。心からそう思うよ」

 

 サングインが杖を持ったまま、意外なほど優雅な足取りで近づいてきた。テルドリンが剣を抜き、腰を落として一歩前に出る。サングインは鋭い歯を剥き出して笑った。

 

「熱心な従者だ。主人のためならデイドラ・ロードにまで歯向かうか」

 

「金で雇われている分、こいつが逃げるための時間稼ぎくらいはしなきゃならないさ」

 

 テルドリンはお馴染みの憎まれ口を叩いた。普段とは違い、ごく真剣な口調で。

 

 サングインはガハハと笑い声を上げた。

 

「殊勝なことだ。だが誤解してほしくはないな。俺はこの杖をあんたの主人に渡して、少し世間話をしたいだけだ。物騒だから剣を収めてくれないか?」

 

 テルドリンは動かなかった。わたしが命令すると、姿勢はそのままで、渋々といった様子で剣だけを収めた。

 

「結構。さあ、こっちへ来るんだ」

 

 サングインに呼びかけられて、わたしは彼に歩み寄った。正直、極度の恐怖で今にも卒倒しそうだが、命令に従わないわけにはいかない。危害を加えるつもりはないと言っているし、それがもし嘘だとしても、咎を受けるべきはテルドリンではなく、安易にサングインの術中に嵌り、ここまでのこのこ来てしまったわたしだ。

 

 わたしはサングインから差し出された杖を受け取った。いったいどんな仕組みなのか、折れていた部分は跡形もなくきれいになっている。この現象について一瞬考え込んだわたしの頭に、サングインの手がぽんと乗った。テルドリンが剣の鞘をカチャリと言わせる音がした。

 

 サングインの籠手はひんやりしていた。その爪先が頭に食い込んでくる気配はなかった。

 

「ハハハ、真面目くさった顔をして。酒を飲んで暴れていたときとは別人だな」

 

 被っていたフードを外され、頭をわしゃわしゃ撫でられた。まるで幼い子供の成長を喜ぶ親族のおじさんのような接し方だ。驚いた。デイドラ・ロードたるもの、もっと傲岸で乱暴な性格だと思っていた。

 

「そんなにひどかったんですか?」

 

 わたしは尋ねた。サングインが少しでも怒っているのなら謝らなければいけない。しかしサングインはむしろひたすらに上機嫌だった。

 

「ああ。ここでも、ニルンに戻ってからもな。内なる欲望のまま存分に踊り狂っていたよ。後始末のつけ方もなかなかイカしていたじゃないか、え?」

 

 わたしは思いがけず狼狽した。内なる欲望とはなんのことだ。ヤギ泥棒も求婚騒ぎも自分で進んで引き起こしたわけじゃない。全てはサングインにおかしな酒を飲まされ唆されたせいだ。そのはずだ。

 

「わたしはあんなこと、本当にしたかったわけじゃ……」

 

 いかにも言い訳めいた口調で呟いてしまった。するとサングインは意地悪そうに唇の端を上げて、わたしの頭からぱっと手を離し、大げさに両腕を広げた。

 

「俺はあんたをつまらん理性から解放して、あちこち動き回るのを助けてやっただけだ。ああしろこうしろと指示してはいない。全部あんたが心底やりたくてやったことだ」

 

 わたしは唖然とした。つまり、全てはわたしが無意識下で望んでいたことなのか?

 

「信じられないって顔をするなよ。悪いことじゃない。おかげであんたの世界は広がったんだから」

 

 世界が広がったとは随分もっともらしいことを言ってくれる。確かに、巨人やハグレイヴンと殺し合うことなく交流ができたのは面白い経験だった。でも、わたしはヤギ泥棒などという不名誉を被りたくなかったし、イソルダに迷惑をかけたくなかった。何よりテルドリンに求婚なんて……あれは、わたしの……。

 

「あなたはどうしてわたしを選んだのですか?」

 

 些細な抵抗を試みるつもりでわたしは聞いた。誰か他の人を選んでくれればよかったのに、とまでは言えなかった。

 

 サングインは顎に手を当てた。

 

「初めはなぜだか俺にも分からなかった。しかしまあ、今考えてみれば――運命、かな」

 

「運命?」

 

 放蕩と快楽を司る神ゆえ、ふざけた答えを返してくるのではないかと思っていた。予想外に重い言葉だった。

 

「あんたは面白そうな運命を背負っている。俺はそれに惹かれてあんたを選んだらしい。それをより愉快なものにするために少しちょっかいを出してやりたくてな」

 

 その運命とは、いったいどのような類のものなのか。わたしはさらに質問しようとした。サングインはそれを手振りで押し留めた。

 

「悪いがそろそろお開きの時間だ。あんたの運命の時が迫っている」

 

 おもむろに視界に白い霧が漂い始めた。霧は森の中の宴会場を、サングインを覆い隠し、どんどん濃くなっていく。不意に両足の下の重みがなくなった。足をついていたはずの地面がなくなっている。バランスを失って体勢を崩したが、どこかにぶつかることも下へ落ちる感覚もなく、そのまま何も見えない霧の中に浮かぶ。

 

「これからも俺を楽しませてくれよ! その忠実な従者と一緒にな」

 

 霧の向こう側でサングインが楽しそうに叫んでいるのが聞こえた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。